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2010年10月 3日 (日)

NHK龍馬伝(40)清風亭の対決:緊張感があった

承前:NHK龍馬伝(39)馬関の奇跡:大政奉還の夢

 大政奉還の主役に土佐藩・後藤象二郎を抜擢するかどうかで、人事考査したのが龍馬でした。
 後藤は大殿の山内容堂から、薩長との接触を命じられています。どの程度の接触を求められたのかは、ドラマでは見過ごしたのか、表現されなかったのか、分かりません。ただ、龍馬は後藤象二郎に向かって、土佐藩が薩長と接触したいのなら、しっかり仲間になることが条件だと言います。つまり、大殿容堂の意向にかかわらず、後藤がパイプを通すだけのことや、外交辞令レベルで話を付けることを、龍馬は拒否したわけです。

 大政奉還と引き替えでなくては、死んだ武市半平太や岡田以蔵の魂が浮かばれません。
 土佐藩が、武力倒幕に傾いている薩長と手を合わせることで、武力倒幕への歯止めになるという考えでした。土佐は関ヶ原の山内一豊以来、徳川に弓を引く気持ちは無い(少ない)わけです。そして15代将軍となった慶喜と山内容堂は気心の知れた仲です。だからこそ、あり得ない「大政奉還」が土佐の裏切りによって可能となるかもしれないのです。

 源頼朝(鎌倉)も、足利尊氏(室町)も、徳川家康(江戸)も、朝廷から征夷大将軍(付帯的に、淳和奨学両院別当(じゅんなしょうがく・りょういんのべっとう)という名誉職)を任命され、源頼朝は鎌倉に幕府を開設し、日本全国の実効支配を行いました。征夷大将軍という官名には、日本を支配する意味はなく、形式的に天皇から大将軍職を任命されたわけです。

 江戸幕府も17世紀初頭の家康が初代将軍に任ぜられてから、徳川家が日本を支配していました。大政奉還というのは、形式的には征夷大将軍職を返すことで、実質的には政権を手放すことです。天皇によって授けられた職ですから、天皇に返すわけです。

 龍馬の大政奉還は彼らしい尊皇思想だと思います。ドラマの中では「お元」の幼児期の身売り話など、世の中が悪いのは幕府のせいにしていましたが、徳川家であれ足利家であれ、……。自民党であれ、民主党であれ、民人(たみびと)を幸せにできる時期は限られています。徳川幕府は260年間も統治してきて、ついに経年変化・老朽化に耐えられなくなったわけです。しかし政権の禅譲、無血革命は一般に無理ですから、無理を承知で土佐藩という龍馬自身の育った、かつ徳川にとって特殊な藩の性質や、朝廷の不思議な力を利用して、一段上位の「大政奉還」を計ったのでしょう。

 今夜の感想文は、すこし理屈がすぎました。
 しかし緊張してドラマに没入していたのは、先回と変わりはありません。
 ドラマとして尊皇思想を色濃くだしていないのは、NHKの立場と、現代日本人がそういう教育を受けていないこととから、表現しても現実感が無くなると考えたのでしょう。その是非は問いません。
 ただし、緊張感がみなぎっていましたから、いろいろな感想が生まれると想像しています。

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受信: 2010年10月10日 (日) 20時27分

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