« NHK龍馬伝(40)清風亭の対決:緊張感があった | トップページ | 小説木幡記:2010/10/07(木)日はゆるゆると、数字合わせ »

2010年10月 6日 (水)

天橋立研修旅行20100909(3)丹後国分寺跡と丹後郷土資料館

承前:天橋立研修旅行20100909(2)天橋立{文殊堂、阿蘇海、籠神社、傘松公園}

3 丹後国分寺跡と資料館
 研修旅行の目的には、各地の図書館や博物館、資料館、史跡などを体験することが含まれています。私は景観全体のイメージを重視していますので、個々の現代の建物・資料よりも、地域全体の雰囲気を味わうことに心しています。
 
 奈良時代(8世紀)、聖武天皇の頃に仏教を日本の国是とする考えが成熟してきました。その一つに、全国に国分寺、国分尼寺を建立し、中心を奈良の東大寺(総国分寺)、法華寺(総国分尼寺)としたことです。東大寺の大仏さんはその象徴で、鎮護国家を願う宗教的な気持ちが根本にあります。

 関西に限っての国分寺(男・僧寺)を旧国名で探してみると、紀伊、大和、近江、山城、丹波、丹後、河内、和泉、摂津などがありました。山城の国分寺跡は恭仁宮跡として以前探索したことがあります。この宮津市には丹後一宮・籠神社と、丹後国分寺跡がありますから、一帯・与謝郡に国府があったのだと想像できます。つまり、上代・古代の地域中心地として栄えたのでしょう。

3.1 史跡・丹後国分寺跡(たんご こくぶんじ あと)
12kokubunnji

 国分寺跡には案内板とベンチがありました。
 写真の下方は現地の案内板の内容です。これによると中世・後醍醐天皇時代の建武年間に、国分寺が再建されたとのこと。
 資料館を見た後、ここのベンチで阿蘇海を眺めていると、バスに弱い幹事の書記局長2010が傘松公園・ケーブル府中駅から自転車でやって来たので、しばらく古代話をしゆっくり休みました。

3.2 資料館への道
13siryoukann

 写真最初の海は、資料館への登り坂から振り返ってみた宮津湾・阿蘇海です。地図で見ると、天橋立を眺めていることになります。
 次の二葉は資料館の遠景と近景です。建物は老朽化が激しく思えました。炎天下の坂道だったので私はいささか疲労が重なり、前を歩く隊員に荷物を持ってもらったり、杖をひっぱってもらいました。

 ようやくたどり着いた資料館ですが、電気も消えていました。だれかがおとないをいれると、係の方が出てきて「クーラーが故障しています」との事でした。写真撮影も禁止で、クーラーも無かったので、私1人だけ早々に退室し、国分寺跡のベンチで涼んでいました。(旅の終わりは疲れるものだ、と思いました)

3.3 足湯
14img_4572

 バスで天橋立駅に戻ってきました。幹部の計らいで「おみやげ」「散策」時間を約1時間用意してありました。実はそれでも計画が前倒しになり、当初予定していた京都駅までの直通特急を止めて、1時間早めた別の特急(福知山で乗り換え)にしたのです。

 駅前に外湯「智恵の湯」がありました。研修旅行を終わってからこうして記録をまとめていると、智恵の湯に入らなかったのが残念なことでした。これからはタオルくらいは持参して、いつでもどこでも外湯に入れる準備をしていた方がよいようです。
 タオルや石鹸は用意してあるでしょうが、「心構え」です。
 それで私や、あと数名の人たちがぱらぱらと、この無料の足湯をつかったようです。遠くから眺めるとしばらく混んでいたのですが、私の時は、見知らぬ旅人がひとりいたくらいで、無人に近い足湯をじっくり楽しめました。

 靴下をぬいで足をつけると、疲れが足先から湯に溶けて出ていくような感じがしました。足湯の効能には、実際に血液循環がよくなって疲れるが取れるのも事実ですが、イメージとして「落ち着いて、ほっこりして、疲れを出していく」という想像が、心身を楽にしてくれました。

3.4 帰路
15kiro

 帰りは、天橋立→エクスプローラ4号→福知山→きのさき10号→京都、となっていて福知山で乗り換えました。おそらくこのエクスプローラ4号は福知山から大阪方面に向かったのだと思います。ここで、幹事・三番隊長だけが大阪方面にそのまま向かった記憶があります。残りは、「きのさき10号」に乗り換えました。

 こうして、行きは西舞鶴経由で、タンゴ浪漫号に乗って天橋立に着き、帰路は二つの特急に乗って快適に京都駅に無事たどり着きました。バス旅行や鈍行旅行に比較すると旅費が少し上乗せされましたが、鉄路を特急タイプの車両で走る快適さはすてがたいものがあります。
 幹事達の旅行計画として、疲れの少ない往路に観光列車を選び、復路は広々とした特急タイプを選んだのは正解だったと思います。

3.5 エクスプローラ4号
Bmuimg_4576

 現代の特急車両大写しを掲載しておきます。日が経っていたので一瞬車種がわからなかったのですが、後ろから見える髪型で判定できました。なお、特急エクスプローラはKTRサイトに記事がありましたので、記録しておきます。眺望のよいハイデッカータイプと分かりました。
   KTR タンゴ・エクスプローラ
 福知山から京都まで乗った特急・きのさきは、JRおでかけネット:きのさき183系、という記事がありました。

3.6 まとめ:天橋立研修旅行
 現代の日本三景・天橋立が歴史観光地としてどれだけの吸引力を持っているのか、それは私には判断できませんでした。ただ、夏期の猛暑の九月上旬平日では、それほど沢山の人がいたわけではなかったのです。特急列車の贅沢な空席や、傘松公園のレストランの空席からそれはうかがえると思います。

 日本三景といわれるだけあって、天橋立の景色は感動をもたらしましたが、私は最後に回った丹後国分寺跡と眼下に見下ろす阿蘇海との対比がもっとも印象深いものでした。無人の国分寺跡から眺める景観を、古代日本の原風景の一つとして味わいました。

前←→先頭

参考
  ふるさとミュージアム丹後:京都府立丹後郷土資料館
  智恵の湯
  
大きな地図で見る
↑丹後国分寺跡

|

« NHK龍馬伝(40)清風亭の対決:緊張感があった | トップページ | 小説木幡記:2010/10/07(木)日はゆるゆると、数字合わせ »

葛野図書倶楽部2001」カテゴリの記事

情報図書館学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 天橋立研修旅行20100909(3)丹後国分寺跡と丹後郷土資料館:

« NHK龍馬伝(40)清風亭の対決:緊張感があった | トップページ | 小説木幡記:2010/10/07(木)日はゆるゆると、数字合わせ »