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2010年7月 4日 (日)

NHK龍馬伝(27)龍馬の大芝居:冴え渡る北辰一刀流

承前:NHK龍馬伝(26)西郷吉之助:薩摩弁の応酬

今夜の見どころ
 坂本龍馬の剣の腕というか、修行の成果を久しぶりにみました。藩の重役である後藤象二郎に「吉田東洋に天誅を加えた手柄は、この私、坂本龍馬にある」と、大芝居を打ったとき、後藤を絡め取った体術がさえていたのです。
 それにしても、東洋暗殺を全くしらなかった龍馬ですが、岩崎弥太郎に「調書」を持ってこさせてそれを頭にいれて、雨の夜、龍馬がどのようにして襲撃したかを、後藤に事細かく言いつのるわけです。後藤は、はじめから東洋が龍馬を高くかっていたことに嫉妬していたくらいですから、龍馬が暗殺したとはなかなか信じません。

 今夜の所では、後藤象二郎が武市半平太や岡田以蔵への疑いを晴らしたとも思えませんし、~不思議な結末でした。来週の予告では、武市や岡田が無事(?)切腹する運びとなるのですから、後藤象二郎や山内容堂が、龍馬の自白(あるいは芝居と見破って)によって、気持ちに変化が現れた可能性もあります。

 ところで、武市半平太の切腹ですが、これは現代の私が想像しても、免れないと思いました。問題は、切腹か斬殺かの違いであって、「土佐勤王党」を作ったという点で、死を逃れることができなかったのが、当時の土佐藩の実情だったと思います。
 たとえ龍馬の嘘であっても、土佐勤王党の関係者だった龍馬の東洋暗殺という芝居は、その盟主であった武市半平太の責任問題になっていたし、京都での勤王党の越権行動の非を糺す点からも、武市の死は逃れられないと思いました。

 これまで武市や岡田以蔵が生き延びてきたのは、むしろ、山内容堂の躊躇からだと想像しました。容堂もまた対外的には内政(藩内仕置き)や外政(朝廷での動き)に関する責めをおったり、心理的な面子の維持もあるわけですから、難しい葛藤がいろいろあったと想像できます。

寺田屋のこと
 先々会のドラマ鑑賞を休んだので、寺田屋でのおりょうやおとせのことがよくわかりません。しかし、おりょうがすでに寺田屋に預けられたことは画面から分かりました。
 後知恵ではなくて、今夜のおりょうさんは、おとせさんにも龍馬のことで嫉妬しイライラしていましたね。現実のおりょうさんにとっても、寺田屋の女将さんと龍馬のことは気になったのかもしれません(笑)。つまり、多少マザーコンプレックスのかかった龍馬は年長の女性に対して甘え上手だったのでしょう。それにおりょうが気付かぬはずも無し。

 それにしても、寺田屋の結構というか、吹き抜けの大きなお店の様子が実によかったです。現在伏見港にある寺田屋の印象とは随分ことなりますが、それでよいと思っています。
 ただし、当時はいろいろなものが寺社やお城以外のところでは小振りにつくられていましたから、ドラマの寺田屋よりも、現在「寺田屋」と名乗っている旅籠の方が、リアルだと想像しています。
 ドラマの寺田屋は実に気に入りました。俯瞰できるわけです。ドラマの関係者の工夫がよく出ている場面だと思いました。

龍馬の絶叫、饅頭屋の悲傷
 龍馬や饅頭屋だけでなくて、今夜はいろいろな男性の絶叫を味わいました。
 龍馬に焦点をあてると、彼のなすすべもない雄叫びに感動しました。
 人は、どうにもならないとき、天を仰いで叫ぶしかないことがあるようです。
 そしてまた、男子は徹底的に「志」にこだわることが顕著です。生死の狭間を志だけで走っていくところがあります。それは若さでもあり、地に足がなかなか付かない、志と理屈と男気だけで生死を計る男子の傾向なのでしょう。女子は一般に、もうすこしネイティブに自然に大地にしっかり腰を据えて物に対処します。男子は妄想や思いや理屈で、宇宙の果てまで飛んで行きたがります。どちらも優れた機能ですが、時代に応じて極端になることもあるわけでしょう。

 それではまた来週。

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