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2010年6月22日 (火)

法然院の一夕:筑前琵琶/片山旭星(かたやま きょくせい)

Muimg_6161 京都銀閣寺の近く、東山の麓に「法然院」があって、日曜日の夕方にそこで筑前琵琶を愉しんだ。
 筑前琵琶は、琵琶の演奏と語りとが渾然となり、現代の弾き語りと思ってよい。曲は「壇ノ浦悲曲」、「船弁慶」そして「大原御幸」だった。最初の二つが1時間ほどで、間に20分近くの休憩があってお茶とお菓子とが別室で振る舞われた。
 筑前琵琶は平家琵琶(平曲)とは異なるようだが、この夕べに聞いたのは三つとも平家物語を典拠にしたものである。

 奏者・片山さんの声は少し高めで透明な感じだった。余がもっとも愉しんだのは、「船弁慶」だった。夕闇を背にして迫り来るばちさばきが座敷と庭に響き、古典的な平家物語の語りの中で、平知盛の怨霊と弁慶との調伏合戦が活気を帯びて、日本・土着的な厚みがあった。もともと余はネイティブな楽曲が好みなので、軽くトランス状態を味わった。また「船弁慶」を聞きながらも、時々片方の耳は朝鮮土着・パンソリの幻聴におおわれていた。
 
 最初の「壇ノ浦」は、NHK義経を思い出していた。平家物語の名場面だった。壇ノ浦近辺の情景をまざまざと思い浮かべることができた。
 最後の大原御幸は、灌頂の巻といって、平家物語では少し後で追加された巻と、大昔の大学受験勉強で学んだ(笑)。大原の里に住む建礼門院徳子は平清盛の娘で、入水した安徳天皇の母だが、壇ノ浦でむりやり救助されて、余生は大原寂光院で過ごしている。そこに源平争乱の張本人でもあった後白河法皇が訪れて、仏教的大団円を迎えるという、実に日本的な奥深い演劇である。
 夕べの閉じ目の曲として、静謐を招く気持ち佳さがあった。

Muimg_6157 後になったが、会場の法然院は銀閣寺の南数百メートル、哲学の道の東200m、東山連峰に包まれた寺である。自然な苔におおわれた大きな山寺とも言える。(だれも法然院を山寺とは申さぬが、余はそう感じた)
 往路途中、犬を散歩に連れたお女中に道を尋ねると、「ものすごい坂ですよ」と、にやりと笑った。余は白川通りのバス停「浄土寺」から杖を付いて、とろとろ来たので、その若い人は<坂を上がれるかな?>と想像したのだろう。
 →写真は、西に向かった景色のよい大広間から、正面に吉田山を眺めたものである。右手にはうっすらと京都大学キャンパスも見える。

 帰路はタクシーで新京極に寄って、四条よりの昭和初期風「スタンド」で鰯のフライやビールを飲んで梅雨払いをした。その後、老舗の木屋町・大黒屋でおろしそばのかわりにナメコそばを流し込んだ。
 京都の名刹で夕方から苔の映える庭を眺めながら、筑前琵琶を心地よく愉しみ、鹿ヶ谷の陰謀に思い巡らせたのだから、実によい日曜であった。
 京阪特急は空いていた。よきかな、よきかな。

参考サイト
 ・法然院
 ・片山旭星
 ・筑前琵琶 日本橘会
 ・NHK義経の感想「壇ノ浦残照」(MuBlog)
 ・船弁慶(能の演目としての解説)
 ・京都大原・寂光院
 ・主催:えん(伊藤和子)

 
大きな地図で見る
↑地図:法然院

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