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2010年5月16日 (日)

NHK龍馬伝(20)収二郎、無念:視点の交差

承前:NHK龍馬伝(19)攘夷決行:攘夷の背景

 土佐勤王党の没落の始まりは平井収二郎の切腹に始まりました。しかし「切腹」という様式は破廉恥罪扱いの斬首に比較すると、名誉は残るようです。もちろん死に変わりはなく、どのような形式であっても罪科のもとに裁かれた結果でした。

 ドラマではその裁きの経過はなかったです。大殿の一存で、朝廷に勝手に周旋した罪の結果として、切腹の裁可があったわけです。それが切腹にあたいするかどうかは、当時の国情や土佐藩の状況によって、現代ではなんとも言いようがないです。ただし、同時代の新選組では、勝手に金策をするだけで切腹でしたから、ルールとしては、藩の意向や指示なく朝廷と関係を持った平井の罪が、切腹であっても驚天動地のことではないでしょう。

 龍馬もドラマを見ている人たちも、むごい裁きと思った事でしょう。しかし4つの面で、この平井収二郎の死を「当然」と考える視点がありました。

1.山内容堂(大殿)
 土佐勤王党が殺害した吉田東洋は、容堂を補佐する優秀な側近、相談役だったわけですから、容堂の目からすると状況証拠だけであっても、東洋を殺害した勤王党を許せるはずがないです。

2.後藤象二郎
 象二郎は吉田東洋の養子でしたから、血縁は知りませんが、肉親であり、自分を登用してくれた庇護者です。その庇護者が暗殺されることで土佐藩内での政権交代が起こり、後藤象二郎は一時、乾されたわけです。だから、東洋暗殺に深い関係を持つ土佐勤王党、平井収二郎、武市半平太を許せるはずがないです。

3.勝海舟
 海舟は、一つのことであっても対立する双方からの視点は異なり、正義も悪も相対的にしか見えないという、物の考え方を龍馬に教えました。ですから、大殿の側近・吉田東洋を暗殺した土佐勤王党は、すでに大罪を犯しているのだから、龍馬の土佐勤王党への同情に対しては「(勤王党が弾圧されても)仕方なかろう」という答でした。

4.横井小楠(よこいしょうなん)
 龍馬が福井越前の松平春嶽(まつだいら・しゅんがく)に千両の借金を申し出たとき、熊本藩士横井小楠が同席していました。小楠は龍馬が嘆いた土佐藩内事情に感想をもらしました。結論は、「歴史の流れの中では、ひとりひとりのことは芥子粒(けしつぶ)のようなものだから、(平井や武市ら)土佐勤王党が弾圧されても、それは用がなくなったからにすぎない」と、冷徹に言いました。

 ドラマを見ていた私は、これら4つの考えすべてに「あたりまえだな、仕方ないな」と思いました。それは私が後世に生き、当事者ではないからだとも思います。ただし、弾圧する側の容堂や象二郎に、なにかしら人間としてのおもしろみが表現されていないのが、残念でした。これは岩崎弥太郎にも当てはまります。奸計策略を弄したり、儲けに邁進したりしても、滑稽さや深みや、かわいらしさが醸し出されると、ドラマに奥行きが増すと思いました。容堂も象二郎も弥太郎も、まだまだ一直線におもしろみがないです(笑)。

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受信: 2010年5月23日 (日) 19時38分

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