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2010年5月 5日 (水)

第9地区 = District 9 /ニール・ブロムカンプ(Neill Blomkamp)監督(映画)<こういう映画があったのだ>

Mudistrict9 昨年3D映画・アバター(MuBlog感想)が世界や日本で流行した。あの映画が世間で受け入れられたのを不思議な気持ちで眺めていた。私はもちろん気に入った。見終わった後にさっそく感想を記した。あの映画は西欧人、なかんずく北米のインテリにとっては見るのが辛くなる映画だったはずだ。だから特に全米での興行成果が高くでたことが不思議だった。自虐というよりも鋭い自罰映画だった。ただし映像の美しさは比類がなかった。いわゆる、この世にはない「美」を求め得るSF映画の可能性を表していた。
 年末のアバターも、今度の第9地区も、エドルン君と京都のMOVIXで愉しんだ。映画の朋はよいものだ(笑)。

さて、第9地域。
 映画・アバターを100点満点で90点とするならば、District9は、180点を出してよかろう。評価をまともにつけられなくなってしまった。これは番外映画なのだ。どのように番外だったのか、その詳細は劇場や将来のDVDで鑑賞していただくとして、……。

予測のつかない映画展開。
 脚本(監督と、ニール・タッチェル)が番外だった。最初から最後まで、話がどのように展開し、主人公らしき人間がどうなり、エイリアンがどうなっていくのか、まるっきり予測を立てられなかった。極端にいうと、画面の数秒後しか見えない映画だった。

卑怯悪人ばかりの映画。
 ヒーロー不在に近い映画だった。もちろんカタルシスは十二分に味わえたのだから、人の心を強烈に打つ場面はあったわけだが、……。
 それにしても全員がさえない。汚い、臭い、卑怯な、優柔不断な、姑息な、陰湿な、どうしようもない現実的生命体ばかりだった。むしろ、特定のエイリアンに少しだけ「おもしろみ」とか「知性」があるくらいで、ナイジェリア人のブラック・ギャング達も、傭兵達も、多国籍企業MMUの幹部も、生命科学研究者も、エイリアン達も、主人公らしき<ヴィカス>も、その友人知人縁者達も、全員が小汚くさえなく、保身と目先利益しか考えない、つまりは狡い庶民なのだ。とくに、ヴィカスの最初の印象は、「この人の英語は、一体なに?」「この人、素人?」だった。実はこの二つとも、解答はあるのだが、それにしても、不思議が最初の画面から一杯にあふれ出ていた。

SFとして。
 居留地に押し込められた100万体以上のエイリアン。後の第10地区には250万体以上の繁殖を見るとあった。
 差別されるエイリアンは、最近もアバターで堪能した。しかし、第9地区ほど現実的に、汚く、スラム化した居留地を真っ正面から描いたSFは少ないと思う。スターウオーズあたりから、宇宙船がいささか中古車的に薄汚く描かれ出して、SFのリアリティが高まったが、第9地区にいたっては、宇宙船自体が不衛生な難破・難民船、と描かれている。だから映画全体も、未来の超文明を持った宇宙人どころか、巨大なゴキブリが隣家に住みだしたような、嫌悪感を抱かせる。
 実はそこにこそ鋭すぎる、薬の効きすぎる「差別」の実態が見える。
 場所が、つい最近まではアパルトヘイトで著名な南アフリカ、ヨハネスブルクなのだから、迫真性が高まる。だから、SFというジャンルで安易にまとめると破綻する。これからのSFとはいえるが。

映画制作として。
 制作者のピーター・ジャクソンという人は、私も感動した「指輪物語、3部作」の監督で、世界的に有名な方らしい(笑)。それ以外は、監督も新人、俳優女優もほとんど無名・新人、なんというか売れないTVドラマ並の陣容だ。パンフレットには、大作が制作費2億ドルなら、この第9地域は3000万ドルらしい。人件費が低いせいかもしれない。しかしSF的な映像表現は迫力があり、スピードもあって、制作費を削ったようには思えなかった。
 最初から最後まで思い切り力を込めて、考えや感じていることを表現し尽くした映画、容赦のない妥協のない映画。もしも映画監督業の者が見たなら、しばらく立ち直れないほどの創造、表現の極地を味わう事だろう。

感想。
1.終了時、しばらく声が出なかった、立ち上がれなかった。こういう映画を作る人が、世界にはまだいるのだという、深い感動があった。創造に対する希望を持てた。

2.祝日だというのに、190あまりの席はがら空きだった。悲しいことに、「第9地区」は日にたったの2回上映になっていた。
 こういう映画を見ずして、なにが映画だぁ! と、私は毒づいていた。
 しかしある女性映画批評家は、週刊誌でこの映画に滅多に付けない五つ星を与えた。妥当だ。

3.常識外れの映画ではない。グロイ場面もあったが、それは想像力で激しく見えた部分が多かった。主人公の爪や歯が抜ける場面など、よく考えてみれば普通にあり得ることだが、映画の中では胸がつまるほどの恐怖に襲われた。
 映像が激しいのではない。映画の表現自体が鋭く迫力があるのだ。たとえば、傭兵がエイリアン数匹に襲われる。俯瞰になる。四肢がもぎ取られて、餌になったことが分かる。映像は俯瞰のままだから、細部は全く見えない。しかし、恐怖に襲われた、……。

*.映画は時々しかみないが、世界には優れた監督や脚本家や、制作者がいるのだと、あらためて気づいた。しばらくは、このDistrict9のような映画には出会えないだろう。

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» 映画「第9地区」(監督:ニール・ブロムカンプ)を見た [飾釦]
■配給:2010年 ■監督:ニール・ブロムカンプ ■出演:シャルト・コプリー、デヴィッド・ジェームス、ジェイソン・コープ、ヴァネッサ・ハイウッド、他 映画が始まってからスナック菓子を開けようとするが、なかなか袋を破ることができずガサガサと暗闇で音を立てていた一つ席を空けて横に座っていた客。ボクは心の中でうるさいなと思いながら、映画はインタビュー中心のニュース番組かドキュメンタリー番組のような映像が矢継ぎ早に流れる。そして超リズミカルな映像と予想もできない話の展開にボクは目の前のスクリーンに釘付けに... [続きを読む]

受信: 2010年5月 5日 (水) 21時40分

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