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2010年4月22日 (木)

1Q84:Book3/村上春樹 (読書感想文)牛河の魅力に圧倒された

承前:1Q84:Book1、Book2/村上春樹 Jと男が綾なす異・位相世界(読書感想文)

注記:この記事は、2004年3月7日にMuBlogを開設し、森博嗣『四季』のメモを記して以来、2001番目の記事です。1000番目の記事が伏見港で、2001番目は村上春樹『1Q84』感想文となりました。

3.1 起承転結のある世界か?
 1Q84の楽しさを、その小説構造に見いだす。
 最初にBook1から読み出したときは、そういう考えはまったくなくて、ひたすらとれとれの現代小説とは、どういうものなのかという好奇心が強くて、文芸の、小説の構造の、ましてや人物像のなどと、めんどうなことは考えていなかった。世の読書人、婦女子もすなる1Q84というものを、してみんとて、……するなり。
 Book2に読み入って「どうも、これはBook3、4までないと終わらない」と気づいてから、「小説」と意識しだした。すなわち小説構造を強く味わいだしたわけである。

 もちろんそういう条件付けは以前から事情があったので、あらかじめ記しておく。
 私は、テキスト(全文)構造の分析を研究のテーマとしてきた。たとえば三島由紀夫『豊饒の海』全4巻について分析し、4作の構造と登場人物との関係についてパターンを提示した。
 今回1Q84が、そういう構造を持った長編小説だと気ずいたとき、Book3の立場は起承転結の「転」になる。Book1でことが起こり、それを継承してBook2で最初の絶頂を迎える。その余韻を突然断ち切るようにBook3が始まり、意外な転を見せる、……。
 転となったのは、牛河という弁護士くずれの調査員だった。

3.2 牛河という人物
 Book3では目次に「牛河」表示が立てられた。これまでは「青豆」と「天吾」が中心だった。そこに第三の「牛河」が突然Book3の先頭章に現れてきた。
 異変である。
 それまでの牛河は予備校で授業している天吾の前に現れたややこしく、暗く、しつこい、とてつもなく「嫌み」な探偵風だった。宗教教団「さきがけ」のメッセンジャー、代理人を兼ねた探偵か調査員か弁護士か、ともかく正体不明の人物として外装から描かれていた。
 案の定、私は前回Book1、Book2の感想文を記したとき、牛河に関してはなんの言及もなく、一切の関心を寄せなかった。私はただただ、牛河という人間が気色悪かったことを覚えている。しかるに、Book3の先頭は牛河の内面描写から始まった。私は、青豆や天吾から始まると考えていたので、「牛河」という目次表示にも気づかず、「なんだか、久しぶりの1Q84は随分新鮮だ」と思った。
 Book3を約30%読み進んだとき、牛河の人物造形に引き込まれてしまっていた。青豆でも、天吾でも、ボディーガードでもない、もちろん「ふかえり」でもない、特徴ある人物として全身で彼を迎え入れていた。それが、Book3の総てだった、と言っても過言ではない。そのくらいに「牛河」に注目した。

3.3 日常の違い:牛河と天吾
 たとえばBook3で印象に残った描写には、天吾が千葉県の南、千倉の療養所で父を見舞う数日間のことがある。朝起きる、軽い朝食を取る、ペンで小説を書く、駅前まで散歩する、喫茶店で珈琲を飲む、昼食をとって病院へ看病に行く、意識の無い父に本を読み上げる、看護婦(1Q84時代には、看護師という用語はつかわれていなかった。あったとするなら、男性をさして看護師と言っていた)と談笑する~。
 こういう淡々とした日常が何日も続く。その穏やかな日々に私は心身をマッサージされるような思いがし、徐々に気分が楽になっていった。

 一方、探偵の牛河はどうか。牛河がどれほど異形なのかに描写が費やされている。曲がった足、短足、顔の相が極度に歪み、頭が大きく背が低い「福助頭」という表現があり、もし映画化をするならば、指輪物語のように特殊な撮影をしないと表現できない人物である。このことから、調査探偵の仕事をしても尾行は殆どできない。一度でも目にとまれば、それで尾行は失敗する。だから牛河の日常は狭い部屋を借りて寝袋と登山用のバーナーを持ち込み最低限の煮炊き食事をまかない、あとはひたすら隠しカメラのシャッターを押し、出入りの人物を観察するという、天吾の日常と比較すると極端に陰湿陰惨な描写が連続した。

 Book3で天吾がどうなり、牛河がどんな結末を迎えたかは、「転」の重みとして両者とも胸に迫るところがあった。天吾は世界の開放、牛河は世界の閉塞、この両者の違いは大きい。村上春樹がドラマツルギーを考えてそれぞれの結末を用意したのは、小説作法としては心惹かれたが、Book3を読み終わって自分の暗い書斎を眺め渡したとき、村上に対する軽い怒りも覚えた。そこまで、小説の世界を自由自在に操るのはなにかしら、現実人生の、聖なる領域への冒涜ではないか! と。
 
 だが、そこに現代小説作家の真骨頂、才能の特殊性があると思い返したとき、怒りを収めた。まだBook4がある、と。

3.4 禁煙と1Q84
 今のところ1Q84に禁煙の話は全くない。1984年頃だと今ほど嫌煙、禁煙の話題は少なかったせいもある。
 登場人物はひっきりなしにタバコを口にし、ビールをのみ、ナッツを食べて肉を口にする。「セブンスター」などのタバコは明白な嗜好品とした扱われ、文学1Q84での小道具ともなっている。
 小道具というのは、人物がタバコを深々と吸うことで、場面全体の情景描写がより鮮明になるということだ。
 ここで禁煙のことを書く必要はないが、これだけタバコ場面がぴったり作品に組み込まれてしまうと、タバコを1Q84から除外することは無理である。その点において、1Q84は「紫煙風景がよく似合う」古典小説と言える。

3.5 現代小説1Q84:性遊戯
 ところが。
 携帯電話がなくて、盛りだくさんな喫煙があって、時代は古調そのものなのに、それでも現代的な小説。
 現代的と思った主要な理由は、道徳とか倫理感が少なくとも明治時代から昭和初期にかけての小説とは異なるからである。性道徳、殺人、なにもかもがあっけなく素知らぬ顔をして、破られていく。

 典型的な発想として、30代の男性が10代の少女と相互の好ましさだけで根元まで埋め込んだ性に埋没し、なおそれが少女を媒介にして他の女性との深い性愛に入った様態であると解き明かされたとき、私は「では眼前の少女との性愛」は一体どこに潜んでしまったのかと、唖然とした。それは過去の性道徳では曲芸に近い性遊戯に思える。
 それが、Book3であっけなく淡々と再描写され解かれていた。

3.6 現代小説1Q84:日常殺人
 好ましい物語には好ましい登場人物がいる。その人物は主役級とは限らない。たとえばNHK大河ドラマのように長期間連載されるものでは、主役の魅力だけでなく、四半期程度登場し、時には主役以上に輝く脇役がいる。1Q84でもすでにBook1、Book2、Book3で数名の脇役が登場した、……。
 ここに脇役と思われるAとBという二人の人物がいる。AもBも作者によって育てられ、一部の読者にとっては「たまらぬ」ほどの存在感を醸し出している。その立場が悪役か善役かはささいなことである。その物語世界で生き生きと動くことによって、息づかいまでが耳元で感じられるようになり、読者の気持ちをつかみきる。
 このAが、Bを過酷な手段と策略を弄して拷問死させるのが1Q84である。しかも、さりげなくあっけなく、ほとんどなんの感興もなく、「悪いなぁ」の一言で日常の殺人が犯されてしまう。

3.7 1Q84のすさまじさ
 往年の映画007までさかのぼらなくても、娯楽映画や小説での登場人物は、息をするように異性とねんごろになり、瞬きする間に殺人が行われる。それで非日常的な冒険心をかりたてられて、小気味よく物語が展開していく。1Q84:Book3も、「次はどうなるのか、謎が解けない~」の想いでわくわくしながら数時間で読み終えてしまった。
 文芸の持つ娯楽性が一杯つまった小説といえる。
 しかし、読み終えた後に、性遊戯と日常殺人の二つがずっしりと私の感性に覆い被さってきた。小説作品の中でさりげなく描かれ、「性と殺人、これがテーマなのだ」というような宣伝は一切なく、作者自身も忘れたような表現が、読み終わった後で胸を突く。
 この点で、すさまじい現代小説なのだと呟いた。

 そして。
 青豆と天吾とが重なった世界。1984→1Q84→1984’ と連鎖を続ける世界。青豆や天吾の世界が元に戻ったのかどうかは、依然として謎のままだ。世界の出入り口で見かけた虎のマークが反転しているかもしれないとのわずかな証言で、世界が裏返しだったと言い切るのには、躊躇する。
 天吾の両親の秘密が解かれることを含めて、Book4への期待が高まる。

後の注記
 1Q84の世界に緑の月がでようとも、NHKの集金人がホラー映画のようにドアの外に立とうとも、七人のこびとが死人の口から湧出しようとも、ありとあらゆる日常をはずれた表現内容は、村上春樹の場合、「そういうものだ」と読み取るのが普通の読者の姿だと、身近な愛読者のつぶやきを耳にし、私ははっとした。
 そうだ。
 村上春樹は、私にとってはかつての安部公房のように、SFとか文学とかまよわずに、普通の世界として読めば楽しみが倍加するのだろう。それに愕然と気づいた今日、気持ちが楽になった。

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コメント

今、1984年の物語である「ねじまき鳥クロニクル」を読み返すとおもしろいかもしれないと思っています。牛河も出てきます。

投稿: morio0101 | 2010年4月30日 (金) 15時04分

その、牛河既出話、見かけますね。
Book4までのエピソードとして、牛河問題がどうだったのかによって、Muも感想の意味が変わりますかな?
つまり、作家が何かを繰り返したとき、自己模倣なのか、あるいは、新解釈なのか、それは作品全体で決まるから、よくわからない(笑)

投稿: Mu→morio0101 | 2010年4月30日 (金) 15時21分

村上は、これまでにも羊男とか鼠とか、さんざん使い回してきましたから、それぞれを関連づけるべきか否かは、作品を読んで自分で考えろということではないかと思います。
と、逃げておきます(笑)。

投稿: morio0101 | 2010年4月30日 (金) 15時44分

羊とかネズミとか、ゲゲゲの鬼太郎みたいと思わないでもないのですが、それぞれの作家には癖があって、それをとやかく言うのは申し訳ないので、黙っております。良いところが一杯あれば、羊や山羊や小人がぞろぞろでてきても、じゃけらしい(福井弁かな?)と言わずに、黙って飲み込んでおきまする。読者と作家は、五分(ごぶ)のものですから、いまさら眼前の好意を持つ作家に、「おまえ、チャーシュー麺、食べてみいや!」とか、まるで「飛んでみぃ!」みたいな台詞を吐かないようにしております。

投稿: Mu→morio0101 | 2010年4月30日 (金) 18時18分

牛河は牛のような風貌をしているが、本当は私たち持っている孤独と心の醜さをあらわしているんじゃあないかと思う。自分が持っているあるいは、持ちたくない孤独を表現しているような気がする。青豆も天悟も気になるが周りの人たちがどうなっていくのかも気になる。BOOK4を楽しみにしている

投稿: ミーコ | 2010年5月 3日 (月) 19時21分

ミーコさん、はじめましてこんにちわ
 牛頭天王(ごずてんのう)とかエレファントマンとかを思い出しながら読みました。しかしミーコさんが言うように、読者は自分自身を味わうところに凄味がありました。夏目漱石がロンドンで、向こうからくる貧相な男に驚いていると、ショーウィンドーに映った自分の姿だった、~というような感覚です。
 Book4は大いに期待していますが、「謎」「人物」のほとんどが未解明のまま放置される衝撃にも耐える準備をしておきます(笑)

投稿: Mu→ミーコ | 2010年5月 4日 (火) 04時39分

牛河と小便との考察が抜ている

投稿: まるた | 2011年3月 6日 (日) 15時14分

入院することになって何か読むものをと本屋へ
店頭に並んでいた文庫本を適当に選んで買ったbook1の2冊
村上春樹は初めてで、まあいいやってな感じでその日の内に読んだ。
TVで見る作者像と同じで小洒落た表現と並列で進む物語が新鮮だった
続きが気になり、ハードカバーで残りを買ってきて貰った
う~ん・・・こう終わるか・・・
1作では評価できないので他の村上作品も6作ほど読んでみた。 
面白くない・・・けどエッセイは良かった
今は彼の旅紀行を読んでいる。私は彼のドラマ性は評価できなかったが
色々なモノに対する感性と表現がとても気に入っている

牛河のイメージにそっくりな人が向かいのベッドに寝ている・・・不気味だ・・


投稿: | 2012年6月 9日 (土) 23時46分

名無しさん
 病気にもよりますが、ベッドでのミステリとか、邪馬台国探検とか、あるいは村上春樹アドベンチャーは、なかなか似合いますね。
 もちろん、昔風なら高原のサナトリウムで、透き通る青い静脈(ホラーだな)の少女が詩集を口ずさむ雰囲気でしたが。
 今だと、癌病棟なんかでモルヒネ打ちながら読書に親しむのが現代的でよさそうです。

 しかし院内に牛河がいると、なんだかミレニアムの3巻目(殺されかけたヒロインと、殺しかけた悪の男が、廊下を挟んだ個室に)を思い出し、本気で怖くなりまする。

 お体、心身、お大切に。
 村上春樹さんを読んで自殺した人の話は聞かないので、結構、生きる力を充填してくれる良書だと思っております。

投稿: Mu→名無し | 2012年6月10日 (日) 07時10分

牛河利治は上田利治から命名したんじゃないですかね。

投稿: ななし | 2013年10月 5日 (土) 20時22分

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