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2010年3月22日 (月)

春の私の京都:春うらら

直接承前:そろそろの京都桜:2009/04/01(水)四条大橋、四条高瀬川
間接承前:しじょうかわらまち:私の京都;四条・三条・河原町

 私の京都と言ってもごく限られた地域しか歩かないわけですが、それがまた数十年一日のごとくのことですから、記しておきます。
 今日は祝日らしいですが、まことに暑さ寒さも彼岸までといいまして、京都も先般の黄砂に自動車が泥水をかぶったような姿でしたが、そろそろ桜のつぼみもあちこちに、……。もちろん散歩ですから、愛車は木幡においたまま、自慢の(?笑)京阪特急ダブルデッカーの、1階補助椅子に座って無事、祇園四条に着きました。特急は満員御礼の状態でしたが、このダブルデッカー車両の地階のような所の補助椅子は、穴場なんです。
Muimg_6030 11時過ぎに家をでて、南座前のラーメン店で昼食をとりました。920円。昔、「とんとん来」とかいうお気に入りのラーメン店でしたが、何代か店主が替わり、昔日の味はなかったです。背脂抜きといったのに、油まみれでした。だからスープは一口も味わっておりません。などと、最初からしょぼい話になりましたが、二階席から南座が見えたので、写しておきました。
 しかしラーメンが920円とは、ジーンズが1000円のご時世に、なかなか強気な商売です。
Muimg_6031_2
 今日の京都は黄砂も晴れて、それなりに透明でした。この大きな写真は↑、MuBlogをごらんになっている方は見飽きたかもしれませんが、本日四条大橋から三条大橋遠望の図です。いつ見ても気持ちがよくなるので、こうしてつい写真に撮って、MuBlogに掲載してしまいます。変わったところでは、四条大橋西詰め北の交番が、現在修理中で中はもぬけの殻でした。お巡りさん達は別の所へ移っているようでした。(しかしこれは諸行無常の変化に当たらない)

Muimg_6033 おやおや話が急にすっとんで寺町通りのガンショップというか軍装店に移りましたが、実はここに至るまでにスローな歩きとスローなテンポで、さまざま店舗を回ってきたのです。
 まず第一に、四条大橋を渡って小橋でフランソワに入ろうとしたのですが、「まてまて、今日は混んでいるだろうな」と推理して、そこは見送りました。次に、阪急や高島屋あたりの地上は人でごった返していましたので、迷わずフランソワの通りから地下に潜り、そこから藤井大丸まで潜行したわけです。案の定、大阪とは違って京都の地下は店舗がないせいか、がら空きで、快調に歩けました。

 藤井大丸の地下を眺めながら、地上に現れて、それから南に下りました。まず電子パーツ屋さんがあって、ここでRS232Cの変換アダプターを探しました。あるにはあったのですが、♂♀の違いを確認していなかったので、あきらめました。一個1200円程度で、それぞれFとMとが売られていたので、裕福なら二つとも買うわけですが、この頃はなにかと~。始末しております(当たり前!と、空耳) 普通の人なら片方を買うかもしれませんが、なにかしらこだわりがあって、どちらかを確定的に買うか、両方買うかしかできない質なのです。だから、上下本の小説の上だけを借りたり買う人は、私には宇宙人に見えまする。

 さてそれからドスパラというPCパーツ屋に寄って、件の憤怒の地上ディジタルチューナを物色し、ままよ清水の舞台から飛び降りる覚悟で、IO-data社のGV-MVP/VSとかいう内蔵、PCIエクスプレス対応(わからんでよろし、呪文みたいなもの)、「地上、BS、110CS」三波対応とかいう物々しいのをついに、やっぱり入手しました。13000円前後して青くなりましたが、しかし「地上ディジタル日曜評論家」としては、入手せざるを得ません!

 どっこい、それで終われば世話無いのですが、それからまた南へ数分あるいて、今度は鉄道模型専門店の4Fまで一直線に登り、そこでDCC製品という、いささか特殊なパーツを物色しました。要するにアナログに動かす鉄道模型をディジタル対応にして、PCとの相性をよくする仕掛け品なのです。しかしなんですなぁ、ほとんど諸外国に頼る技術製品はなかなか日本で普及しないようで、広い店舗のわずかに40センチX1メートルほどの棚に、他のパーツに混じって数品目が並んでいるだけでした。がっくりしました。それでも、DZ125PSという、列車によってはそのまま差し込むだけで用をたすタイプの普及品を入手しました。3675円、おお高価。一円玉ほどの大きさに5センチほどの線が8本ついているだけで、この価格。しかし自分ではまだ造ることができないので、あきらめて買ったわけです。

 さて用品はすべて手にしたので、このまま混んだフランソワによって一息ついて帰ろうかと思ったのですが、気持ちが高揚して、そのまま寺町通りを北に向かって散歩しました。それがさっきのガンショップだったわけです。何年も昔にここを撮ったのですが、相変わらずお店も達者で、重畳至極、世にマニアの種は尽きまじ、という感しきりでした。
Muimg_6035 そこから途中で右折し、新京極を抜けて河原町に出ました。目指したのは、実はジュンク堂だったのです。以前書店で探した図書がなくて、今日ふと思い出したわけです。それが、眼前に「寺田屋」という提灯があったので、びっくりしました。求める図書は社会科学の本なのに、突然龍馬が目に入ると、なぜ愕然としたのかは、実は謎。人の脳は不思議な動きをするものです。それにしても、年末は「池田屋」騒動、今春は「寺田屋」騒動と、符丁が合いすぎて、おもわず自笑しきり。(注:本当の寺田屋

Muimg_6042_2 ジュンク堂では目指す図書も無事発見できて、いそいそと店をおりました。そこから京阪三条駅まで帰るつもりでしたが、途中で「エスプレッソ珈琲の吉田屋」に寄りました。ここ数日来、このお店へのアクセスがものすごく増えているので、気になっていたのを、このとき思い出したのです。世間にはいろいろおられますなぁ。私が昔から気に入っているだけで、他の人も同じように気に入られると、なんだか不思議な気分になってきます。お店はいつになく繁盛していましたが、私が年に1回程度座る固定席はちゃんと空いておりました。店の人は若いひとでした。そして客の半分も若いひとでした。これまでは壮年の方ばかり見ていたので、もしかしたらこのお店はいつのまにか、ちょっとすかした若者の店に変わったのかもしれません。ただし雰囲気その他、すべて従来通り、お味もお値段も変化がなくて、安心しました。

付録写真
 付録に写真を数枚載せておきます。3月下旬の京都の風景です。
 左端は、河原町通りのBAL(ジュンク堂のあるビル)から西にむけて、赤尾照文堂という古書店を写したつもりですが、意外にも1階は土産物店のようになっておりました。この古書店は20代のころに日参した店で、そのころ入手が絶望的だった保田與重郎という文芸評論家の著作で、極上品のものが次々と用意された店なのです。悪友が言うには「店主が、お前の熱心さに、ほくそ笑んでいただろう」と悪口を言いましたが、そこで一年間くらいかけて戦前の20冊前後の絶版図書をそろえたのですから、私には忘れられない古書店です。なんとなく看板はありますから、店舗が2階に移ったのだろうと、希望的観測に止めておきます。諸行無常の写真となりました。

 次の写真は、三条高瀬川から南の方向です。桜がほんの少し咲いています。あと一週間ほどすれば、写真らしくなるでしょう(笑)。その次の二枚は、吉田屋を出て鴨川を望み、しばらく座り込んで水の流れを眺めておりました。春うらら、という雰囲気でした。鴨川の水は透明でした。三条大橋にも人がたくさん歩いていました。ちらちらする桜枝も四月になれば、桜花で一杯になることでしょう。
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 そのまま三条大橋を渡って京阪からダブルデッカーの上階に座って帰ったのですが、丁度4時ころに木幡研にもどったので、今日のスローな散歩は4時間強かけたことになります。日頃だと(と、言っても年一)2時間程度で済ませる行程を、えらいしんねりと味わったものです。気分は上々でした。
 もちろん、地上ディジタルやDCCのセットは四月以降にするつもりです。そんな、息せき切って慌てふためいて愉しみを浪費する年齢ではございません。眼前にキャプチャーボード(ないし、いろいろ)を置いて、数週間ためつすがめつ眺めおるというのも、このごろの生き甲斐です。

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