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2010年3月18日 (木)

纒向宮殿紀行(0)大型建造物遺構と幻視する邪馬台国:目次

主承前:桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに
従承前:卑弥呼の墓(013)~シリーズ

 2009年11月23日(月)に、畏友のJo翁と奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡、およびその周辺を見て回りました。その秋に第166次調査が桜井市教育委員会の手で執行されて、類のない大型建造物遺跡が発掘されたからです。この建造物は宮殿なのか神殿なのか、よく分かりませんが、3世紀としては異色の建物のようです。前後してNHKがまとめたTV番組「謎の古代都市は邪馬台国か?」では纒向一帯を水の都・邪馬台国という視点でとらえ、興味深いものがありました。(MuBlog記事)

 これから数年は、このJR巻向駅の近くにある纒向遺跡に関する詳細な情報が多数でてくると思います。当MuBlogでもそれにそなえ、2009年の秋に訪れた現地の初期情報として、ここに目次化し掲載しました。

 1.纒向宮殿紀行(1)崇神天皇・山辺道勾岡上陵

↑邪馬台国問題というよりも、奈良県桜井市の纒向遺跡を含む三輪山周辺は、日本書記・崇神紀にみられるように扱いが丁寧で重いです。史実として卑弥呼や壹与の後に位置するヤマト王権の、特筆すべき崇神天皇と邪馬台国との関係は深いと考えています。その方の御陵は纒向遺跡(JR巻向駅を中心として)から、北北東1500mの地点にある巨大前方後円墳が比定されています。

 2.纒向宮殿紀行(2)桜井市・埋蔵文化財センターの見学:纒向遺物
↑今後、日本の古代史、纒向遺跡を知るためには必ず訪れる施設として、桜井市の埋蔵文化財センターがあります。そこを見学しました。月火と連続して休館なので参観には気をつける必要があります。過去の展示物カタログや案内書が豊富に入手できます。昨年秋は166次調査でしたが、それでもまだ全体の数パーセントの調査らしいです。今後第1000次調査ほどになる予感もします。

 3.纒向宮殿紀行(3)纏向遺跡第166次調査現地:建築物遺構
↑現地は、JR巻向駅の北側(奈良市方面)のすぐそばです。遠方から訪ねる人は、無人の巻向駅を目指してください。しかし、おそらく遺跡は一旦埋め戻されると想像しています。

 4.纒向宮殿紀行(4)他田坐天照御魂神社
↑宮殿(大型建造物)遺跡の真西、すぐそばに不思議な神社があります。邪馬台国問題は、神社をよく理解することで解けると考えています。ただし、神社は一般に遷地が多いです。もちろんどこからどこへ移ったかという点にも、なにかしらヒントがあるかもしれません。

 5.纒向宮殿紀行(5)葛城一言主神社
↑この紀行文は、桜井市の纒向遺跡から、話が一挙に南西16kmにある御所市の葛城一言主(かつらぎ・ひとことぬし)神社に移ります。邪馬台国や三輪王権問題と、葛城王権の本家本元とが、一体どういう関係にあるのかは、今は何も申せません。しかし三輪王権時代に南西の葛城一帯が一大勢力だったことは、おそらく事実でしょう。これから、いろいろなことを調べていくうちに、なにか強い縁が浮かび上がってくると想像しました。

地図:JR巻向駅周辺

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