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2010年3月28日 (日)

NHK龍馬伝(13)さらば土佐よ:暗殺と脱藩の家族達

承前:NHK龍馬伝(12)暗殺指令:負の心うずまく

 これまでは主に土佐編だったわけです。途中、江戸の千葉道場で千葉佐那とも出会いましたが、ほとんどは土佐での出来事でした。
 さて今夜の見どころ味わいどころを忘れぬ間に記しておきましょう。ともかく、今夜で第一部終了しました。

1.龍馬暗殺未遂
 吉田東洋の甥・後藤象二郎から龍馬の暗殺を強いられた岩崎弥太郎は、龍馬の茶に毒をいれます。しかし、直前にそれを振り払いました。
 ドラマでは、岩崎弥太郎が龍馬をけなしていても、弥太郎にまともに接してくれる唯一の龍馬を憎みきれない様子が良く描かれていました。
 上士である後藤は、龍馬への疑心暗鬼(吉田が龍馬を高くかっている)から暗殺を指示し、「これは吉田さまの指示である」と岩崎に思い込ませました。それを果たせなければ、お役ご免、新妻と別れる羽目になるとまで恫喝したわけです。弥太郎は家族の崩壊を人質にとられたわけです。
 岩崎は龍馬に事の次第を告げて、「下士が下士を毒殺する命令を上士から受ける、そんなばかばかしいことが嫌になった」と言います。

2.吉田東洋暗殺
 龍馬と武市は幼なじみだったと描かれていました。
 武市の回想は、龍馬と二人して「酒に漬けた餅に雀がとびつけば、千鳥足になって、難なく捕まえられる」という話を真に受けて、実際に庭に餅をまいたが、雀はそれを食べて飛び立ってしまったという内容でした。
 そういう少年時代は、お互いに大人になった今はもう繰り返すことができないと、武市は言います。
 龍馬は最後の最後まで、武市の吉田暗殺を止めようとしますが、龍馬と武市の間には考えの違いが大きくなりすぎて、昔のようには行かないという、武市の暗黙の拒絶を受けます。
 すでに武市の妻は、夫の暴挙を怖れていました。

 吉田東洋の暗殺は、特別に武市が指示した土佐勤王党の三名でした。だれがだれかは画面をみているだけではよく分かりませんでした。雨のなか、提灯持ちと二人で帰宅途上の東洋を、三人の刺客が襲い、吉田東洋は絶命しました。東洋は46歳前後でした。

3.土佐脱藩
 脱藩とは無許可で藩籍を抜けるわけですから当時は大罪でした。たとえば、新選組の法度では、組を脱するのは即切腹の掟が当然のように掲げられていました。江戸時代の武士階級は現代の公務員のような仕事に日常就いていたわけですが、本質は武人、すなわち軍人だったわけです。軍人の縛りは強いです。つい戦前までは、軍を脱走することは重罪でした。まして、敵前逃亡は有史以来死罪が常でした。

 今夜のドラマでは二つの観点から「龍馬脱藩」の重さを味わいました。
 一つは龍馬の視点からでした。龍馬はやむにやまれず土佐を出たく思います。自分の考えや目的を果たすには、土佐という藩「国」から外に出なければなりません。上士や下士の締め付けだけでなく、黒船の来航によって世界に窓が開きました。土佐藩一国の中でいろいろ考えて行動しても、龍馬の志は果たせないからです。このとき龍馬は、世界と直に接することで日本全体や自分の可能性を確かめたかったのでしょう。石組みのようにかっちりと組み立てられた旧態の藩制度の中では窒息しそうだったのだと思います。

 しかし、坂本家のすこやかでおだやかな「自宅生活」には、そこから家出する要素は無かったはずです。もちろん次男坊だから、収入もなく、家督も継げず、ただ居候を続けるか、道場を開くしかないわけですが、後者については江戸遊学帰りで北辰一刀流の目録がありますから、生活は保障されています。
 脱藩の唯一の障害は、残された家族に累が及ぶことでした。龍馬本人に追っ手がかかる可能性(捕まれば、切り捨てられることもあり得ました)だけではなく、坂本家が取りつぶされる危険性は非常に高かったわけです。

 もう一つの視点は家族、主に姉の乙女が見た、弟龍馬への深い愛情でした。つまり、「龍馬は、やっと為すべき事を見つけた。その龍馬を土佐に死ぬまで閉じこめるのは、龍馬を殺すようなものだ」という、実に深い考えがありました。そして、坂本家は乙女の考えに従ったと言うよりも、もともとそういう深い家族愛があったから、乙女の言葉によって、全員が龍馬の脱藩に納得したわけです。
 兄は「本家の才谷屋には、上士達の借金の証文がある。これを盾にすれば、上士・藩もむやみに坂本家に手出しはできない。それが我々の戦い方だ」と腹をくくって、弟龍馬の意志遂行を支援する側に回りました。 

 こうして龍馬自身と龍馬を支える乙女さんをはじめとする坂本家の一致した考えによって、龍馬は脱藩したわけです。そのように、今夜のドラマは描いていました。

★.まとめ
 実は後藤象二郎は吉田東洋の死後、土佐藩の実力者となり、大政奉還推進者の一人となり、幕末に活躍しました。この象二郎が、三菱財閥の創始者総帥となる岩崎弥太郎を使って、まだまだ海とも山ともわからない龍馬暗殺を命じたというドラマ展開に唖然としていました。しかも毒殺です。古来毒殺は女性の技と決まっているわけですが、……。
 しかし吉田東洋という傑物の下で秘書のような役目を担っていた俊才・後藤象二郎ですから、そういう悪手を若さにまかせてやったかもしれないという、奇妙なリアリティを味わいました。もしかしたら弥太郎翁自伝にでも、そういう告白が残っているのでしょうか(笑)。

 今夜の吉田東洋暗殺は雨中の3対1でした。武市側のなみなみならぬ「必殺」意識が漂っていました。つい魔が差してとか、憎いからとかいう感情を振り捨てた、殺人マシンとしての土佐勤王党の片鱗が窺えました。場所を選び、警護の手薄を突き、二人が背後に回り腕の立つ者が正面に立つ。こんな攻撃をされると逃げられないと感じました。さらにこういうことは一度実行すると、後はくせになりますから、土佐勤王党がまた一歩破滅の岸に近づいた感がしました。
 しかし藩を国とするなら、参政とは閣僚クラスだと思います。警護なしで雨中を帰るところを、必殺の三人組で襲うとは、これは東洋の動向を内報する者がいたのではないかと想像してしまいます。
 何よりも一番残念なのは、田中泯(吉田東洋)さんが退場することです。ものすごい配役だと痛切に思いました。この方、台詞や動きが他の俳優との間にわずかな破調をもたらし、その落差が快感でした。そしてまた全身から立ち上る不気味さは、真似ができません。

 龍馬の脱藩について、後日坂本家では藩の咎めをかわすために長姉が自害したようです。詳細は要調査。当時の脱藩はいくつかの藩で流行にもなりましたが、龍馬をはじめ、脱藩者は相当に腹をくくって行動した結果だったと想像できます。

☆.追伸
 今夜、龍馬伝が始まる前に木幡研で話題になっていました。「今年の龍馬伝はおもしろい」という話でした。木幡研の歌人が言うには、脚本を書いた人は映画「アラビアのロレンス」の影響を強く受けたふしがある、とのこと。第一話が、功成り名を遂げた岩崎弥太郎の回想に始まり、音楽や雰囲気もなんとなくロレンスっぽくて、よく似合っています。忘れられた英雄。その回想、……。うーむ、私が第一話ですでに胸をかきむしられたのは、映画「アラビアのロレンス」が原因だったのかもしれない、と思い至りました。

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