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2010年3月28日 (日)

NHK龍馬伝(13)さらば土佐よ:暗殺と脱藩の家族達

承前:NHK龍馬伝(12)暗殺指令:負の心うずまく

 これまでは主に土佐編だったわけです。途中、江戸の千葉道場で千葉佐那とも出会いましたが、ほとんどは土佐での出来事でした。
 さて今夜の見どころ味わいどころを忘れぬ間に記しておきましょう。ともかく、今夜で第一部終了しました。

1.龍馬暗殺未遂
 吉田東洋の甥・後藤象二郎から龍馬の暗殺を強いられた岩崎弥太郎は、龍馬の茶に毒をいれます。しかし、直前にそれを振り払いました。
 ドラマでは、岩崎弥太郎が龍馬をけなしていても、弥太郎にまともに接してくれる唯一の龍馬を憎みきれない様子が良く描かれていました。
 上士である後藤は、龍馬への疑心暗鬼(吉田が龍馬を高くかっている)から暗殺を指示し、「これは吉田さまの指示である」と岩崎に思い込ませました。それを果たせなければ、お役ご免、新妻と別れる羽目になるとまで恫喝したわけです。弥太郎は家族の崩壊を人質にとられたわけです。
 岩崎は龍馬に事の次第を告げて、「下士が下士を毒殺する命令を上士から受ける、そんなばかばかしいことが嫌になった」と言います。

2.吉田東洋暗殺
 龍馬と武市は幼なじみだったと描かれていました。
 武市の回想は、龍馬と二人して「酒に漬けた餅に雀がとびつけば、千鳥足になって、難なく捕まえられる」という話を真に受けて、実際に庭に餅をまいたが、雀はそれを食べて飛び立ってしまったという内容でした。
 そういう少年時代は、お互いに大人になった今はもう繰り返すことができないと、武市は言います。
 龍馬は最後の最後まで、武市の吉田暗殺を止めようとしますが、龍馬と武市の間には考えの違いが大きくなりすぎて、昔のようには行かないという、武市の暗黙の拒絶を受けます。
 すでに武市の妻は、夫の暴挙を怖れていました。

 吉田東洋の暗殺は、特別に武市が指示した土佐勤王党の三名でした。だれがだれかは画面をみているだけではよく分かりませんでした。雨のなか、提灯持ちと二人で帰宅途上の東洋を、三人の刺客が襲い、吉田東洋は絶命しました。東洋は46歳前後でした。

3.土佐脱藩
 脱藩とは無許可で藩籍を抜けるわけですから当時は大罪でした。たとえば、新選組の法度では、組を脱するのは即切腹の掟が当然のように掲げられていました。江戸時代の武士階級は現代の公務員のような仕事に日常就いていたわけですが、本質は武人、すなわち軍人だったわけです。軍人の縛りは強いです。つい戦前までは、軍を脱走することは重罪でした。まして、敵前逃亡は有史以来死罪が常でした。

 今夜のドラマでは二つの観点から「龍馬脱藩」の重さを味わいました。
 一つは龍馬の視点からでした。龍馬はやむにやまれず土佐を出たく思います。自分の考えや目的を果たすには、土佐という藩「国」から外に出なければなりません。上士や下士の締め付けだけでなく、黒船の来航によって世界に窓が開きました。土佐藩一国の中でいろいろ考えて行動しても、龍馬の志は果たせないからです。このとき龍馬は、世界と直に接することで日本全体や自分の可能性を確かめたかったのでしょう。石組みのようにかっちりと組み立てられた旧態の藩制度の中では窒息しそうだったのだと思います。

 しかし、坂本家のすこやかでおだやかな「自宅生活」には、そこから家出する要素は無かったはずです。もちろん次男坊だから、収入もなく、家督も継げず、ただ居候を続けるか、道場を開くしかないわけですが、後者については江戸遊学帰りで北辰一刀流の目録がありますから、生活は保障されています。
 脱藩の唯一の障害は、残された家族に累が及ぶことでした。龍馬本人に追っ手がかかる可能性(捕まれば、切り捨てられることもあり得ました)だけではなく、坂本家が取りつぶされる危険性は非常に高かったわけです。

 もう一つの視点は家族、主に姉の乙女が見た、弟龍馬への深い愛情でした。つまり、「龍馬は、やっと為すべき事を見つけた。その龍馬を土佐に死ぬまで閉じこめるのは、龍馬を殺すようなものだ」という、実に深い考えがありました。そして、坂本家は乙女の考えに従ったと言うよりも、もともとそういう深い家族愛があったから、乙女の言葉によって、全員が龍馬の脱藩に納得したわけです。
 兄は「本家の才谷屋には、上士達の借金の証文がある。これを盾にすれば、上士・藩もむやみに坂本家に手出しはできない。それが我々の戦い方だ」と腹をくくって、弟龍馬の意志遂行を支援する側に回りました。 

 こうして龍馬自身と龍馬を支える乙女さんをはじめとする坂本家の一致した考えによって、龍馬は脱藩したわけです。そのように、今夜のドラマは描いていました。

★.まとめ
 実は後藤象二郎は吉田東洋の死後、土佐藩の実力者となり、大政奉還推進者の一人となり、幕末に活躍しました。この象二郎が、三菱財閥の創始者総帥となる岩崎弥太郎を使って、まだまだ海とも山ともわからない龍馬暗殺を命じたというドラマ展開に唖然としていました。しかも毒殺です。古来毒殺は女性の技と決まっているわけですが、……。
 しかし吉田東洋という傑物の下で秘書のような役目を担っていた俊才・後藤象二郎ですから、そういう悪手を若さにまかせてやったかもしれないという、奇妙なリアリティを味わいました。もしかしたら弥太郎翁自伝にでも、そういう告白が残っているのでしょうか(笑)。

 今夜の吉田東洋暗殺は雨中の3対1でした。武市側のなみなみならぬ「必殺」意識が漂っていました。つい魔が差してとか、憎いからとかいう感情を振り捨てた、殺人マシンとしての土佐勤王党の片鱗が窺えました。場所を選び、警護の手薄を突き、二人が背後に回り腕の立つ者が正面に立つ。こんな攻撃をされると逃げられないと感じました。さらにこういうことは一度実行すると、後はくせになりますから、土佐勤王党がまた一歩破滅の岸に近づいた感がしました。
 しかし藩を国とするなら、参政とは閣僚クラスだと思います。警護なしで雨中を帰るところを、必殺の三人組で襲うとは、これは東洋の動向を内報する者がいたのではないかと想像してしまいます。
 何よりも一番残念なのは、田中泯(吉田東洋)さんが退場することです。ものすごい配役だと痛切に思いました。この方、台詞や動きが他の俳優との間にわずかな破調をもたらし、その落差が快感でした。そしてまた全身から立ち上る不気味さは、真似ができません。

 龍馬の脱藩について、後日坂本家では藩の咎めをかわすために長姉が自害したようです。詳細は要調査。当時の脱藩はいくつかの藩で流行にもなりましたが、龍馬をはじめ、脱藩者は相当に腹をくくって行動した結果だったと想像できます。

☆.追伸
 今夜、龍馬伝が始まる前に木幡研で話題になっていました。「今年の龍馬伝はおもしろい」という話でした。木幡研の歌人が言うには、脚本を書いた人は映画「アラビアのロレンス」の影響を強く受けたふしがある、とのこと。第一話が、功成り名を遂げた岩崎弥太郎の回想に始まり、音楽や雰囲気もなんとなくロレンスっぽくて、よく似合っています。忘れられた英雄。その回想、……。うーむ、私が第一話ですでに胸をかきむしられたのは、映画「アラビアのロレンス」が原因だったのかもしれない、と思い至りました。

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2010年3月27日 (土)

小説木幡記:2010/03/27(土)無為の良さ・日常放念

 今日はこのまま眠ってMuBlogにも手を触れないつもりだったが、終日を思い出してみると実に心地よかったので記しておこう。

 起床は6時ころだったか、よい寝覚めだった。することもなくPCを触っていたら、TVが見たくなって、「復活の日」という小松左京原作、角川春樹さんが造った30年前の映画をみてしまった。草刈正雄さんが主役で、オリビア・ハッセィとかいう女優さんも出ていて豪華だった。最後まで見てしまったが、感動が深かった。

 見終わって、また映像を見たくなったので、バジリスクという借り物の甲賀忍法帳の8と9とを見た。全12枚のDVDだ。伊賀と甲賀の10人ペアの忍者合戦だが、今日で残りはそれぞれ確か3人ずつになってしまった。死んでも生き返る忍者もおるので、この計算は当てにならぬ。

 それが終わって午後遅くなったので、読書しようと思ったが、寝入ってしまった。夕方になって「大仏開眼(上)」がBS-hiで放映されていたので、それも小一時間みたら、グルニエドールのショートケーキと紅茶が用意されたので、そのまま録画して、久しぶりのグルニエドールをいただいた。ストレートティーと味がよく合っていた。

 すぐ後で夕食だったので、夕刊を眺めていた。
 なんとなく眠くなったので、そろそろ眠るとしよう。
 と、これが無為の一日だった。ただ、なにをもって無為とするのか、いま考えながらPCに向かって木幡記を書き終えようとしている。

 無為といいながら、結構愉しんだ一日だった。「復活の日」は原作よりも映画の方がよいような気がした。多国籍の人たちが南極に取り残され、人類最後の日々を送っているという設定は、徐々に国境感、人種感を溶かせていく。公用語は英語だったが、映画を見ている間に、それでよいと思っていた。一つでも共通の言語があれば、なにかしら意志を通わせることができるのだと、実感を持った。
 バジリスクは戦闘場面にだいぶ慣れてきたので、奇っ怪さは薄まってきた。あとは12巻目で、伊賀と甲賀の跡取り達がどういう戦いをし、どういう決着を付けるのかが楽しみとなった。
 大仏開眼は、大伴家持がちらりと顔を出したのでおもしろく思えた。まだ「上」の後半はみていないが、「下」とともにまとめて見直すつもりだ。

 ところで桜。
 最近はMuBlogアクセスのうち、桜が多くなったが、余はいっかな木幡を出ずに無為に過ごしている。ただ、その無為とは名ばかりで、要するにビデオ三昧といった方がよいかもしれない。明日の日曜日も似たような終日になるのだろう。余の無為とは日常の放念を意味しているとようやく分かってきた。毎日がビデオ三昧なら、それが日常となって、責務感から映画やドラマを見る羽目になってしまう。

 ああ、良い無為であった。
 また、それが訪れるのを楽しみにしよう。
 桜。
 さて~、どうしようか。悩むところだ。

 

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2010年3月26日 (金)

小説木幡記:2010/03/26なかなか答えのでないこと

 今日は久しぶりに木幡で夕食を取った。鶏肉の水炊きで豆腐もあって、ポン酢でいただいた。日本風のご飯は美味しいものだ。
 江戸から江戸るん君がサマーウォーズというDVDを持参してくれた。短くておもしろかったのですぐに見終わった。
 ハルキ猫君は、相変わらず元気だった。以前から噂されていた、ハルキ猫の声色(こわいろ)を、月曜日に初めて実際に知った。カラスを見ながら、カラスそっくりに鳴くのだ。これは動画にして掲載すると、評判を呼ぶかもしれないが、そんな一瞬を撮影するのは難しい。

1.サマーウォーズを考えた
 昨年ずいぶんはやったアニメらしい。古典的な田舎の風景や家族関係と、とんでもなく先端的な仮想空間とがかさなって描かれるところにおもしろさがあるのだろう。森博嗣さんのS/Mシリーズにもそれがあった。
 ところで。急に花札の「こいこい」をやりたくなった。余は幼稚園のころから花札で「おいちょかぶ」を遊んでいたのでなじみ深い。
 で、一番考え込んだのは。
 仮想空間内でのトラブルが現実生活を狂わせたり破壊したりすることの手続きだった。仮想空間内のアバターが持つアカウント(ID名やパスワード)が現実を動かす仕組みがわかりにくかったのだ。要するに、前方後円墳のようなロゴを持ったOZ(オズ)世界で、人々が仮想も現実もすべてこなしているから、戦争がはじまったのだろうか、と。
 仮想の世界も現実の世界もネットワークでつながっているから、あの作品はリアリティを持ちうるのだろうか? と考え込んだ。現代は、もう、仮想と現実とを切り離せないのかもしれない。
 身近なところでも、最近は大学生のアカウントをGogleのGmailに変えているところがでてきている。これは学生がGoogle世界で生きる深度が深くなると、アバター世界の闘争が現実学生生活の闘争に直結してくる可能性がある。
 なかなかに難しい話になってくる。

2.読書読書を考え込んだ
 いろいろあるのだが、眠くなったのでまた今度。
 

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2010年3月22日 (月)

春の私の京都:春うらら

直接承前:そろそろの京都桜:2009/04/01(水)四条大橋、四条高瀬川
間接承前:しじょうかわらまち:私の京都;四条・三条・河原町

 私の京都と言ってもごく限られた地域しか歩かないわけですが、それがまた数十年一日のごとくのことですから、記しておきます。
 今日は祝日らしいですが、まことに暑さ寒さも彼岸までといいまして、京都も先般の黄砂に自動車が泥水をかぶったような姿でしたが、そろそろ桜のつぼみもあちこちに、……。もちろん散歩ですから、愛車は木幡においたまま、自慢の(?笑)京阪特急ダブルデッカーの、1階補助椅子に座って無事、祇園四条に着きました。特急は満員御礼の状態でしたが、このダブルデッカー車両の地階のような所の補助椅子は、穴場なんです。
Muimg_6030 11時過ぎに家をでて、南座前のラーメン店で昼食をとりました。920円。昔、「とんとん来」とかいうお気に入りのラーメン店でしたが、何代か店主が替わり、昔日の味はなかったです。背脂抜きといったのに、油まみれでした。だからスープは一口も味わっておりません。などと、最初からしょぼい話になりましたが、二階席から南座が見えたので、写しておきました。
 しかしラーメンが920円とは、ジーンズが1000円のご時世に、なかなか強気な商売です。
Muimg_6031_2
 今日の京都は黄砂も晴れて、それなりに透明でした。この大きな写真は↑、MuBlogをごらんになっている方は見飽きたかもしれませんが、本日四条大橋から三条大橋遠望の図です。いつ見ても気持ちがよくなるので、こうしてつい写真に撮って、MuBlogに掲載してしまいます。変わったところでは、四条大橋西詰め北の交番が、現在修理中で中はもぬけの殻でした。お巡りさん達は別の所へ移っているようでした。(しかしこれは諸行無常の変化に当たらない)

Muimg_6033 おやおや話が急にすっとんで寺町通りのガンショップというか軍装店に移りましたが、実はここに至るまでにスローな歩きとスローなテンポで、さまざま店舗を回ってきたのです。
 まず第一に、四条大橋を渡って小橋でフランソワに入ろうとしたのですが、「まてまて、今日は混んでいるだろうな」と推理して、そこは見送りました。次に、阪急や高島屋あたりの地上は人でごった返していましたので、迷わずフランソワの通りから地下に潜り、そこから藤井大丸まで潜行したわけです。案の定、大阪とは違って京都の地下は店舗がないせいか、がら空きで、快調に歩けました。

 藤井大丸の地下を眺めながら、地上に現れて、それから南に下りました。まず電子パーツ屋さんがあって、ここでRS232Cの変換アダプターを探しました。あるにはあったのですが、♂♀の違いを確認していなかったので、あきらめました。一個1200円程度で、それぞれFとMとが売られていたので、裕福なら二つとも買うわけですが、この頃はなにかと~。始末しております(当たり前!と、空耳) 普通の人なら片方を買うかもしれませんが、なにかしらこだわりがあって、どちらかを確定的に買うか、両方買うかしかできない質なのです。だから、上下本の小説の上だけを借りたり買う人は、私には宇宙人に見えまする。

 さてそれからドスパラというPCパーツ屋に寄って、件の憤怒の地上ディジタルチューナを物色し、ままよ清水の舞台から飛び降りる覚悟で、IO-data社のGV-MVP/VSとかいう内蔵、PCIエクスプレス対応(わからんでよろし、呪文みたいなもの)、「地上、BS、110CS」三波対応とかいう物々しいのをついに、やっぱり入手しました。13000円前後して青くなりましたが、しかし「地上ディジタル日曜評論家」としては、入手せざるを得ません!

 どっこい、それで終われば世話無いのですが、それからまた南へ数分あるいて、今度は鉄道模型専門店の4Fまで一直線に登り、そこでDCC製品という、いささか特殊なパーツを物色しました。要するにアナログに動かす鉄道模型をディジタル対応にして、PCとの相性をよくする仕掛け品なのです。しかしなんですなぁ、ほとんど諸外国に頼る技術製品はなかなか日本で普及しないようで、広い店舗のわずかに40センチX1メートルほどの棚に、他のパーツに混じって数品目が並んでいるだけでした。がっくりしました。それでも、DZ125PSという、列車によってはそのまま差し込むだけで用をたすタイプの普及品を入手しました。3675円、おお高価。一円玉ほどの大きさに5センチほどの線が8本ついているだけで、この価格。しかし自分ではまだ造ることができないので、あきらめて買ったわけです。

 さて用品はすべて手にしたので、このまま混んだフランソワによって一息ついて帰ろうかと思ったのですが、気持ちが高揚して、そのまま寺町通りを北に向かって散歩しました。それがさっきのガンショップだったわけです。何年も昔にここを撮ったのですが、相変わらずお店も達者で、重畳至極、世にマニアの種は尽きまじ、という感しきりでした。
Muimg_6035 そこから途中で右折し、新京極を抜けて河原町に出ました。目指したのは、実はジュンク堂だったのです。以前書店で探した図書がなくて、今日ふと思い出したわけです。それが、眼前に「寺田屋」という提灯があったので、びっくりしました。求める図書は社会科学の本なのに、突然龍馬が目に入ると、なぜ愕然としたのかは、実は謎。人の脳は不思議な動きをするものです。それにしても、年末は「池田屋」騒動、今春は「寺田屋」騒動と、符丁が合いすぎて、おもわず自笑しきり。(注:本当の寺田屋

Muimg_6042_2 ジュンク堂では目指す図書も無事発見できて、いそいそと店をおりました。そこから京阪三条駅まで帰るつもりでしたが、途中で「エスプレッソ珈琲の吉田屋」に寄りました。ここ数日来、このお店へのアクセスがものすごく増えているので、気になっていたのを、このとき思い出したのです。世間にはいろいろおられますなぁ。私が昔から気に入っているだけで、他の人も同じように気に入られると、なんだか不思議な気分になってきます。お店はいつになく繁盛していましたが、私が年に1回程度座る固定席はちゃんと空いておりました。店の人は若いひとでした。そして客の半分も若いひとでした。これまでは壮年の方ばかり見ていたので、もしかしたらこのお店はいつのまにか、ちょっとすかした若者の店に変わったのかもしれません。ただし雰囲気その他、すべて従来通り、お味もお値段も変化がなくて、安心しました。

付録写真
 付録に写真を数枚載せておきます。3月下旬の京都の風景です。
 左端は、河原町通りのBAL(ジュンク堂のあるビル)から西にむけて、赤尾照文堂という古書店を写したつもりですが、意外にも1階は土産物店のようになっておりました。この古書店は20代のころに日参した店で、そのころ入手が絶望的だった保田與重郎という文芸評論家の著作で、極上品のものが次々と用意された店なのです。悪友が言うには「店主が、お前の熱心さに、ほくそ笑んでいただろう」と悪口を言いましたが、そこで一年間くらいかけて戦前の20冊前後の絶版図書をそろえたのですから、私には忘れられない古書店です。なんとなく看板はありますから、店舗が2階に移ったのだろうと、希望的観測に止めておきます。諸行無常の写真となりました。

 次の写真は、三条高瀬川から南の方向です。桜がほんの少し咲いています。あと一週間ほどすれば、写真らしくなるでしょう(笑)。その次の二枚は、吉田屋を出て鴨川を望み、しばらく座り込んで水の流れを眺めておりました。春うらら、という雰囲気でした。鴨川の水は透明でした。三条大橋にも人がたくさん歩いていました。ちらちらする桜枝も四月になれば、桜花で一杯になることでしょう。
Muimg_6038Muimg_6040Muimg_6043Muimg_6044

 そのまま三条大橋を渡って京阪からダブルデッカーの上階に座って帰ったのですが、丁度4時ころに木幡研にもどったので、今日のスローな散歩は4時間強かけたことになります。日頃だと(と、言っても年一)2時間程度で済ませる行程を、えらいしんねりと味わったものです。気分は上々でした。
 もちろん、地上ディジタルやDCCのセットは四月以降にするつもりです。そんな、息せき切って慌てふためいて愉しみを浪費する年齢ではございません。眼前にキャプチャーボード(ないし、いろいろ)を置いて、数週間ためつすがめつ眺めおるというのも、このごろの生き甲斐です。

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2010年3月21日 (日)

NHK龍馬伝(12)暗殺指令:負の心うずまく

承前:NHK龍馬伝(11)土佐沸騰:下士と上士の因縁劇

 ドラマなので史実とは違いもあり、あくまで脚本と演出と俳優と、そしてプロドューサー、あるいはNHKの世界観だと、断りを入れた上で、今夜の龍馬伝を思い返してみます。

攘夷とは
 「攘夷」を理解したく、そして生来の好奇心、放浪癖も重なって、龍馬は武市半平太に相談し、長州の久坂玄瑞(くさかげんずい)を訪ねました。久坂は24で自刃しましたが、このころは22歳前後だったはずです。とすると龍馬は26歳のころでした。ちなみに、武市半平太は33歳でしょうか。

 みんな若かったです。久坂は故・吉田松陰門下の秀才で、若くとも考え方がしっかりしていたのでしょう。ドラマでは多少戯画化されていて、ことあるごとに久坂が松陰先生の死を思い出し号泣する姿に、龍馬があっけにとられている場面が印象的でした。

 昔風に言うと龍馬は「ノンポリ」のイメージを付与されています。つまり政治的な関心が少ない青年と位置づけられています。だから、なぜ土佐で武市半平太が攘夷を叫ぶのか理解しがたいわけです。「アメリカは大砲もぶっ放していない。ただ、商売をしたいだけに思える」と、久坂に言います。
 久坂はそれに対して、不平等な条約内容を小判一枚と銀5枚でしめし、実際には小判一枚は銀15枚に等しいと、言います。商売っ気というよりも、バランス感覚の強い龍馬はこれによって、攘夷の必要性、その理屈をある程度納得します。
 次に久坂は、幕府も朝廷の臣下にすぎない。一君万民こそが正しい。その日本の美風を、幕府は破り、勝手に不平等条約を飲み開国した、……。と言います。
 今夜の龍馬は、久坂がもどかしく言った、一君万民、それは尊皇攘夷のうち「尊皇」部分ですが、この点では理解できなかったと想像します。

 土佐勤王党の勤王と、尊皇攘夷の尊皇とは、日本政治思想的にはいろいろ専門家がおって、定義はされていますが、難しい内容だと思います。中古では北畠親房『神皇正統紀』、古代では『萬葉集』にまで立ち返り、それを精密に現代語に翻訳しないと、理解しにくいことです。いずれにしても、尊皇とか勤王という言葉を政治的にあつかうかぎりは、スローガンであって、別の真意は抜け落ちていくものだと思います。武市も久坂も、「実行」という言葉が優先し、政治的に動くために、合い言葉として使っていた部分があると思います。

 ただし、武市や久坂が、そういう言葉の真意を知らなかったとは思いません。知っていたから、感得していたから、人々を動かす原動力、核になり得たのだと想像しています。しかし、我らが坂本龍馬は、その真意が分からなかったのではないでしょうか。事情は、若い頃にそれほど勉強したとは思えません。過去の歴史はそれなりに学ばないと心底まで通じないものです。尊皇や勤王、一君万民の実情は歴史観に根ざしたものであり、遠く建国時までさかのぼらないと、そういう切実さは理解できないものです。人柄のよさや、日々の付き合いや、日常の起伏の中では考えにくいものです。

 だから。
 坂本龍馬は、日米条約のアンバランスを久坂から教えられ、侵略を知り、「攘夷」の妥当性を理解しました。しかし龍馬は内心、その均衡をもとにもどすには、武力ではなく、国内が手を結び、新しい政治形態を引き寄せ、世界とつきあえる別の独立国にまで変えることを目指したのだと想像します。これは、尊皇も勤王も抜け落ちた、ひとつの道だと、私は感じています。それは現代用語だと、自由人だともいえますし、放浪癖、根無し草とも言えます。言えることは、龍馬だからこそ、真実あり得た生き方だったと思っています。
 龍馬でなければ、ただの精神的浮浪者に過ぎません。なぜ、龍馬だからこそだったのかは、年末までのドラマが証明してくれるはずです(笑)。

武市半平太と吉田東洋
 門前で土下座して、土佐藩一体としての「攘夷」を説く武市を、吉田東洋は土佐勤王党の若者達の前で、足蹴にしました。実際に激しく打擲したのは、甥の後藤象二郎でしたが。
 東洋は武市の痛いところを突きました。

 「朝廷が、攘夷を求めていると言ったが、なぜ貴様にそれがわかる?」
 三条家に入った加尾から情報は得ていますが、天皇の異国嫌いは周知でも、朝廷全体が実力攘夷を求めているという確証は、武市自身持っていなかったわけです。

 「山内容堂公が攘夷を求めていると、貴様になぜわかる。山内家は関ヶ原の戦いで家康公から土佐一国を安堵され、それを恩義に思っておる。その徳川幕府にたてつくことなど、あり得ぬ」
 そこで、武市は反論を試みますが、最後に東洋は武市の人格をずたずたにします。
 「貴様は自分の考えだけを正義と思い込み、他を認めようとも考えようともしない。そういう貴様とは二度と会いたくない」と、言い切りました。

 傷つき自宅に戻った武市は長い懊悩のあと、もう一人の冷徹な半平太に心をゆだねました。
 あわてて駆けつけた龍馬に向かって、
 「わしは、これほど、簡単なことに気づかなかった」
 「……」
 「吉田東洋を斬れ、龍馬、斬ってくれ、斬るのだ」と、鬼の形相で爆発強要しました。

岩崎弥太郎と後藤象二郎
 弥太郎は美しい娘さんと結婚しました。さすがに、三菱財閥の総本家の初代花嫁ですから、人選に苦慮されたよし。しかし弥太郎が鼻下を伸ばすのもよく理解できる映像美でした。これで三菱関係者諸氏も多少は、気持ちが落ち着いたことと想像しました(笑)。

 しかし、後藤象二郎。
 吉田東洋は、下士の分けのわからない坂本龍馬を象二郎の眼前で褒めそやします。今の象二郎にはどうしても、オジであり先生である東洋の真意がつかめません。もしかしたら、東洋は自分よりも龍馬を高くかい、自分の上に龍馬が立つかもしれない、という疑心暗鬼に襲われます。

 難敵・土佐勤王党の盟主武市半平太と龍馬を比較して、東洋は「龍馬は武市の下で終わる男ではない」と言い放ちました。後藤象二郎も俊才でしたから、これにはこたえたことでしょう。夜半、岩崎弥太郎を訪れ、弥太郎の首根っこをつかみ、「龍馬を殺せ」と、鬼になって弥太郎に強要しました。

みどころ
 一杯ありましたが、
 武市が龍馬に「東洋を斬れ」と鬼があらわれ、それに同期して、後藤象二郎が弥太郎に「龍馬を殺せ」と二匹目の鬼が現れる場面、これは秀逸でした。古来嫉妬とは男女間でよく言われますが、同性、特に男子の嫉妬とは「死」や「組織失墜」にまで追い込む陰惨さと激しさがありますね。やはり、なんですなぁ、脳ある鷹は爪隠すというのは、必要なのでしょう、……。しかし、龍馬の才能は天然に属しますから、観ること聞くこと素直に解釈し、遠くへ駆け抜けていくという、別種の異能もついています。だから、おそらく「嫉妬の罠」からも、なんとか逃げてくれることでしょう。

 岩崎弥太郎がドラマのように生きたかどうかは分かりませんが、心身、あそこまで汚れ役というのも、これはこれで香川さん、役者冥利につきると思います。あそこまで、嫌みたっぷり、卑怯たらたら、いじましく振る舞うのは、しかもそれが画面一杯に大手を振って動き回るのは、これはもう、千両役者といっても過言ではないです。
 香川さん、最後までお人好しや善人にならずに、がんばってください!

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小説木幡記:2010/03/21(日)嵐電・嵐電・江ノ電

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↑嵐電天神川駅に蚕ノ社から来た嵐電26号

 数日前の木幡記でカツカレーを食べながら窓越しに嵐電を写した。後で写真を整理しながら、「余もここまで姑息に肩身狭く生きるのは、辛い、我慢できぬ」と呟いておった。要するに、窓越しから電車を隠し撮りするような余自身を疎ましく思ったわけだ。
 そこで、と二度目の嵐電「撮り鉄」に出かけたわけではない。
 今春、右京中央図書館を学部新入生全員にそつなく、つつがなく静かに見学してもらうには、いささか集団引率の技が必要となる。放っておけばピーチクパーチク囀って他の利用者達からの苦情殺到、合わせて行方不明者続出となるは必定。
 余も冷や汗がわくほどに苦慮しておる。
 ……。
 つてをたどって大規模小学校の代用教員を半年ほどインターンシップせねばなるまい。
 と、そこまで思い詰めるのは愚策。
 ともかく。
 別の要員(SA)を引き連れて、二度目の下見に出かけた、……。

Muimg_6009_3 下見話はおいておく。引率という昨今大学の教員責務内容を赤裸々に記すのは洒落にもならぬ。
 それよりも、同行者達と別れて余はついに正面切って嵐電を撮った。
 誰はばかることなくレンズを真っ正面にむけて、撮った。爽快だった。
 繰り返しになるが、余は幼稚園に上がる前から、大学を卒業するまで、20年近くもこの嵐電の世話になった。幼稚園と高校時代は、これが通学電車だった。後者は帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅で北野線に乗り換えていた。
 そして。
 爾来、一度も乗車しなかった。近くを自動車で走ることは良くあるので、視野には入っているはずだが、まじまじと眺めた記憶すらない。おそらく経路から考えて、「乗る必然性がない」と思ったから、脳の情報処理がすべてカットされだしたのだろう。撮影しながら、身近に走り眼前にあっても「無い」とする脳の動きに、愕然とした。

Muimg_6006_3 帰路は嵐電に乗って、途中で阪急に乗り換えて、大回りして帰学した。おそらく、当日現地解散する新入生達の数割は、嵐電に乗って帰る者もおることだろう。どんな様子か確かめてみたわけだ。
 が、その前に向かいのホームを見慣れぬ電車が入ってきた。あわてて写した。
 写真を整理するときに拡大してみると、「江ノ電号」と書いてあった。
 ……。
 Googleで「嵐電 江ノ電」と検索したところ、2010年は江ノ電と嵐電とが、ともに100周年記念で姉妹提携した記事があった。鉄道マニアではないのでよく分からぬが、お互いの車両を「江ノ電風塗装」「嵐電風塗装」にしたようだ。電車自体を相互に交換したわけではなかろう。(わからぬ)。
 半世紀ぶり(ちょっと大げさ)に乗った嵐電は、まるで外国の電車のように、異人さんたちで一杯だった。ありとあらゆる国の人たちが嵐電を使っていることに気づいた。
 ショック、衝撃。
 何人かは、西院で下りて阪急に乗るまで一緒で、そのうちの数名は完全に京都に溶け込んでいる雰囲気だった。身のこなしが観光客じゃなかった。きっと、住んで居る方なんだろう。
 ともかく観光立国日本の京都の嵐電!
 すばらしい光景であった。

追伸
 乗車賃は200円、市バスよりも安い。ワンマンカーだった。

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2010年3月20日 (土)

小説木幡記:2010/03/20(土)研究と文芸、そしてノンレム~レム睡眠

ノンレム(熟睡)とレム(軽睡)の狭間に立ち尽くす日々
 昨夜午後9時就寝、今朝1時過ぎ起床。4時間強熟睡したことになる。
 寝覚めが良い。
 余の場合、睡眠時間は4、6、8と偶数時間が多い。ここ十年は4時間か6時間かのどちらかになる。睡眠周期は年齢に応じて変化するようなので、合計2ないし3時間が「ノンレム睡眠(深い眠り)」で、残り2~3時間が「レム睡眠(浅い眠り)」なのだろう。就寝直後のノンレム睡眠(深)は大脳を休めているらしく、この時間帯域がうまく作用して、寝起きが良いと想像しておる。
 たぶんリズムとして、就寝>深→浅→深→浅<起床、となっておるのだろう。想像にすぎぬが。

 そういえば。ドライブしていて、睡魔に襲われると、道幅あれば路肩、高速道路ならサービスエリアに直行して、そのまま眠る。約10分の熟睡(ノンレム睡眠)で、脳がさえて視野が広がるから、これは短時間居眠りの効用なんだろう。

 この一週間は気持ちが落ち着かなかった。
 昨夜8時頃に「疲れたな。なんでだろう」と思ってカレンダーを見てみると、会議や掃除や公務や図書館見学下見(2回!)、各種打ち合わせ、卒業式、……。と、いろいろあった。全般に非定常的な仕事が多くなると、気疲れが強くなる。今朝の寝覚めがよいのは、そういう非定常性というストレスが続き、昨日一旦終わったからだろう。日々、判を押すような、決まり巾着、毎日が日曜日生活に慣れていると、ちょっと変わったことがあるだけでアドレナリンが全身を駆け巡り活性化を急ぎ、それが終了したとき、どっと疲労がでる。
 まことに、蒲柳の質(ほりゅうのしつ)とはよくいったもんだ。

 眠る前に二つ考えておった。
 いずれも今年の夏期のことだが、授業は無くなるが諸行事が山積みし、定常の授業期間以上に拘束時間が長くなる。これは今から調整しないと大変な事になる! という危機感だ。それに純粋の身体拘束時間が会議や祝典やで長時間に及ぶと、血流が悪化し心身に負担がかかる。余が社会に出て以来、必ず廊下を熊のようにのそのそ歩き、机上に閉じこもり、またうろうろし、巡回の多い授業になるのは、一種のエコノミー症候群を避けるためだったと、今更思い返すなり。

 一つは、純粋学術としての夏期論文。これは明日の日曜日を再開日とする。
 一つは、純粋文芸としての日曜作家。これは、今朝から再開する。

 夏期論文も日曜作家も、一挙に完成するものではないので、日々定常的な営みとするのが良策だ。しかし日常異変に気疲れしやすい質なので、時間をむりやり作って専念しないと、今年の夏はうまく行きそうにない。その要点は「熟睡」にある。

1.夏期論文
 保田與重郎『後鳥羽院』の論考。古典文芸の視点からは、新古今和歌集そのものへの言及よりも、「物語と歌」について、現代の目でよく考えて、日本の古代~近世にかけての文学を思い返す必要がある。これは、先年夏に考えた『芭蕉』から逆戻りすると理解が深まる予感がする。歌枕現地の原風景と人が幻視した歴史との二重の想念が物語りと歌の関係を解きほぐすように、今から想像しておる。

2.日曜作家
 これは小泉佐保探偵司書シリーズの第四作目にあたる。もう、3年以上手が掛かっておる。これくらい手離れが悪いと、完成させるのが惜しいような気がしてくる。もちろん専念しすぎて構想が膨らみ長期に及ぶケースとは逆で、日常がごった返しているので、物語世界になかなか同期がとれないのが実情だ。
 ただし。
 日曜作家という概念は、目に見えないものを文章で定着することにおいて工作の一種である。日曜と限っているのは、実情は土曜日もあるのだから休日作家といえばより正確だが、「物語」創作工作への耽溺を戒めている意味が強い。24時間、日曜作家になると、一種の心神喪失を来たし、他のおもしろいことができなくなる。余は文芸するときはその中で身命削る覚悟もあるが、他のこと、たとえば邪馬台国周遊図書館ジオラマを創作しているときは、まさにその世界に埋没しておる。多重人格を維持するほど強靱ではないので、相互に入れ替えていかないと、心身が壊れる。
 それで。
 実情は、現在500枚ほどやっと書き上がっておる。それをずっと読み返して、昨夜も考え込んでいた。実はあと500枚追加して背景情景を念入りにし、それを700枚程度に圧縮すれば最良のものとなる。しかし、この2年間は心中、次の最終回『嵯峨野編』が待ち遠しいので、『近江編:湖底宮』は、あと300枚書き継いで、その合計800枚程度の作品を、600枚ほどに圧縮する算段である。
 とはいうものの、たかが500枚や600枚の中編小説を作るのに四苦八苦している余を顧みて、さすがに平日作家の村上春樹さんや高村薫さんは、りっぱだなぁと、感心する(爆)。しかし、村上さんや高村さんは、邪馬台国周遊図書館ジオラマを造る根気は無いじゃろう~。神様は、やはり平等だ、と思った。

3.三島由紀夫四部作『豊穣の海』
 この新春に、やれDelphi のPascaltの、と木幡記に書いておった余がおった。これは今夏の『後鳥羽院』、来夏の『戴冠詩人の御一人者』という保田シリーズを一区切りして、21世紀初頭に4年間かけた『豊穣の海』を、統合して分析するために、新たなシステム造りをする必要性から出た想念であった。
 気持ちとしては、この壮絶な物語世界をなんとかかんとか、余が得心できる多次元地図としてメディア変換し尽くしたいという思いである。これまでの手法は、単一地図だったが、この世界に入ってこの段階で、新境地を得たい。
 今年は保田與重郎生誕100年の節目だ。その101年目にヤマトタケルノミコト論考(戴冠詩人の御一人者)で自分の中のもやもやを解消し、次に現代「物語」(豊穣の海)そのものを理解し尽くしたい。

 それが余の今朝の想いである。
 想いは実行することで、形となり、それがまた後の世の余の想いの種となる。
 流転はしても永劫回帰。
 それで、余(の)生の決着がつく。
 呵々大笑。

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2010年3月19日 (金)

邪馬台国周遊図書館ジオラマ(6)上塗りと運河

承前:邪馬台国周遊図書館ジオラマ(5)下地塗り

6.1 上塗りや工程管理
Bigimg_5896
↑運河に水もどきを流し込んだ直後:「水もどき」は乾燥一日目なので、まだ不透明。

 情景モデルとしてのジオラマ(レイアウト)製作には工程管理が必要になる。難しい話ではなくて、家を建てるのに似て、前後関係が難しく、後戻りをし難く、また時間を要する作業もあって、一応の順番を守って製作していかねばならない。

 たとえば、棟上げもしない前に壁の上塗りや壁紙を貼ることはできない。2階までたてて、あとで大きな地下室を1階の下に作るのはできない。当シリーズでは、レールの敷設で他の製作事例とは逆にしているが、一般には多くの工程に前後関係がある。一言で言うと、上塗りの後で下塗りはできないし、おかしい。

 この段階に来ると、地形やレール基盤を大きく変更することは不可能で、もしそれをするならそれまでの成形物を破壊して作り直すことになる。逆に、これまでの工作結果を内心で認めて、残りの作業を淡々と仕上げるという納得心が必要となる。たとえば、塗装などは下塗りでほぼ決定してしまっている。タイトルには「上塗り」と記したが、このジオラマでは、点描に過ぎない。ここでは噴霧するのをやめて、筆で数色のアクリル水性塗料を、薄く、濃く、わずかに色づけした。その詳細は、写真6-1にまとめた。

 モデル制作における塗装はもっとも難しい工程と言ってよい。ただし、目的によって異なる。この事例では、精密モデルでもないし、現実感あふれるモデルでもない。それらしく色がある状態でよいわけだ。このモデルの目的は、図書館列車が順調に、深山幽谷に擬した起伏のある地形を、図書館駅から図書館駅に走りぬけることにある。強いて言えば、発泡スチロールという不備の多い原材料を隠し保護するために塗装しているとも言える。

写真6-1:上塗り点描

仕上01:灰色、茶色
仕上02:緑
仕上03:緑、茶、灰色を岩や地面に塗る

6.2 運河作りと水もどき
 邪馬台国の原イメージに、水が関係することは最近の情報として信憑性が高くなった。よって、最初の頃には想定していなかった川ないし運河、あるいは古墳周濠の要素を取り入れることにした。

 モデル製作での水表現は、塗装と同じく難しい工程である。これまでに、二つの方法を試してみた。
 一つは「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」で、「保津川もどき」と「空也滝もどき」を、透明セメダイン(ないし透明ボンド)で作った事例である。一般の木工ボンドでも可能だが、やや透明性に欠ける嫌いもあり、セメダインは重宝した。しかし、60センチX5センチ程度の河川を作るのに、約千円のセメダインを一本使い、大きなモデルでは経費的に問題となる。

 他の一つは、「高台の図書館」で古墳周濠をイメージして、顆粒状の樹脂(KATOのEZウオータ)を熱して溶かし流し込んだ。これは温度調整を誤り、やたらに気泡ができて、上出来とはならなかった。勿論、この手法も経費的にセメダイン利用と変わりなく、安価ではない。

 今回は基盤が90X120cmで、これまでの事例に較べてやや大きいジオラマなので、経費の面から別の方法を取った。選んだ水の素材は、アクリル水性塗料のクリア(光沢あり)とした。700ccで1000円程度で、これをまず一缶使い約3mmほどの水深を得た。後日、もう一缶を追加予定である。

 工法は平均的な方法で、緑、青、白の水性アクリル塗料を使い、筆で適当に川底を塗った。川底の中央あたりは、青や緑で濃いめにして、岸のあたりには水で薄めた白を含ませた。すぐに乾燥したが、時間の関係で一晩おいて、翌朝透明アクリル塗料を原液のまま流し込んだ。この乾燥には二日間かかった。工法として、時間のかかるものは塗装関係だが、今回の水性アクリル・クリア塗料では完全に乾燥し透明度を持つのに二日間かかったことをメモしておく。天候は晴だった。

 後日の追加クリア塗料については、極少量の青を混ぜて使う予定だ。透明度がどこまで失われるかは、実験して分かることだ。現状の一缶では、水深が足りないくらいで、先に述べた二つの工法と比較しても、作りやすく安価で、運河のそれらしさは再現できた。作業の難易度としては、容易である。もっとも長時間を要するが、単純に流し込むだけなので初心者には適した方法である。この作業の詳細は、写真6-2にまとめた。

写真6-2:水もどき(アクリル水性塗料・光沢クリア)

仕上04:運河の底と水もどき
仕上05:水もどき
仕上06:乾燥前の運河
仕上07:24時間後の半乾燥
仕上08:乾燥直前の石段
仕上09:上塗りと運河完成

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2010年3月18日 (木)

纒向宮殿紀行(0)大型建造物遺構と幻視する邪馬台国:目次

主承前:桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに
従承前:卑弥呼の墓(013)~シリーズ

 2009年11月23日(月)に、畏友のJo翁と奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡、およびその周辺を見て回りました。その秋に第166次調査が桜井市教育委員会の手で執行されて、類のない大型建造物遺跡が発掘されたからです。この建造物は宮殿なのか神殿なのか、よく分かりませんが、3世紀としては異色の建物のようです。前後してNHKがまとめたTV番組「謎の古代都市は邪馬台国か?」では纒向一帯を水の都・邪馬台国という視点でとらえ、興味深いものがありました。(MuBlog記事)

 これから数年は、このJR巻向駅の近くにある纒向遺跡に関する詳細な情報が多数でてくると思います。当MuBlogでもそれにそなえ、2009年の秋に訪れた現地の初期情報として、ここに目次化し掲載しました。

 1.纒向宮殿紀行(1)崇神天皇・山辺道勾岡上陵

↑邪馬台国問題というよりも、奈良県桜井市の纒向遺跡を含む三輪山周辺は、日本書記・崇神紀にみられるように扱いが丁寧で重いです。史実として卑弥呼や壹与の後に位置するヤマト王権の、特筆すべき崇神天皇と邪馬台国との関係は深いと考えています。その方の御陵は纒向遺跡(JR巻向駅を中心として)から、北北東1500mの地点にある巨大前方後円墳が比定されています。

 2.纒向宮殿紀行(2)桜井市・埋蔵文化財センターの見学:纒向遺物
↑今後、日本の古代史、纒向遺跡を知るためには必ず訪れる施設として、桜井市の埋蔵文化財センターがあります。そこを見学しました。月火と連続して休館なので参観には気をつける必要があります。過去の展示物カタログや案内書が豊富に入手できます。昨年秋は166次調査でしたが、それでもまだ全体の数パーセントの調査らしいです。今後第1000次調査ほどになる予感もします。

 3.纒向宮殿紀行(3)纏向遺跡第166次調査現地:建築物遺構
↑現地は、JR巻向駅の北側(奈良市方面)のすぐそばです。遠方から訪ねる人は、無人の巻向駅を目指してください。しかし、おそらく遺跡は一旦埋め戻されると想像しています。

 4.纒向宮殿紀行(4)他田坐天照御魂神社
↑宮殿(大型建造物)遺跡の真西、すぐそばに不思議な神社があります。邪馬台国問題は、神社をよく理解することで解けると考えています。ただし、神社は一般に遷地が多いです。もちろんどこからどこへ移ったかという点にも、なにかしらヒントがあるかもしれません。

 5.纒向宮殿紀行(5)葛城一言主神社
↑この紀行文は、桜井市の纒向遺跡から、話が一挙に南西16kmにある御所市の葛城一言主(かつらぎ・ひとことぬし)神社に移ります。邪馬台国や三輪王権問題と、葛城王権の本家本元とが、一体どういう関係にあるのかは、今は何も申せません。しかし三輪王権時代に南西の葛城一帯が一大勢力だったことは、おそらく事実でしょう。これから、いろいろなことを調べていくうちに、なにか強い縁が浮かび上がってくると想像しました。

地図:JR巻向駅周辺

大きな地図で見る

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九十六万アクセス(96万/全体167.3万):MuBlogの分析

承前:九十四万アクセス(94万/全体163.8万):MuBlogの分析 (2010.02.03)

観測日時:2010/03/18(木)15:03確認

 MuBlog累計アクセス数: 960087 1日当たりの平均: 438.00

   (開設日2004/03/07 記事数 1,981 件 コメント 4,410 件 トラックバック 1,442 件  )

 サイト全体累計アクセス数: 1672808 1日当たりの平均: 763.14

 携帯全体累計アクセス数:  117516 1日当たりの平均: 108.61

 ↓解析対象期間: 2010年2月16日(火) ~ 2010年3月17日(水)

(0)  MuBlog96万アクセスの感想

☆この一ヶ月間のPC・MuBlog単体アクセス対象の傾向につ いて(1-1)

 今回は上位(1-11位)にNHK龍馬伝が3つ入りました{7,10,11}。先回調査時には2つでした。追加されたのは11番目の土佐沸騰でした。これは放映してからまだ一週間に満たないわけですが、伸びています。

 そろそろかなと思うのは4番目の「佐野藤衛門桜」です。関西では例年3月末から花の季節になり、京都市右京区の広沢池あたりでは4月上旬が見頃になります。ただ、今年は本当に身近なところだけの観桜予定なので、ご期待に添えられないと、心中忸怩たるものありです(笑)。例年ですと{大覚寺大沢、広沢、佐野桜、嵐山、五条天神川、祇園、伏見、……α}と見ておりますが、今年は{大沢、佐野桜、天神川、宇治、伏見}くらいでしょうか。うむ。

 あとはPC関係が3つ{2,5,9}といずれも古い記事への遡及検索です。鉄道関係が2つ{6,8}。肝心の文学は3番目の小野不由美さんだけです。さらに、古代史関係は上位に姿を見せておりません。14番目にやっと「卑弥呼の墓013」がありました。

☆この一ヶ月間の携帯・MuBlog単体アクセス対象の傾向につ いて(1-2)

 携帯MuBlog単体でみてみると、ドラマ志向の強いことは変わりません。上位(1-11)までにNHK大河ドラマ関係が5つ{2,3,5,7,8}もあるのですから特徴がよく現れています。

 MuBlog読者層のPC部門は圧倒的にPCアクセスが多いわけですが、今回は携帯でも6番目に「Macでubuntu」が入りました。先回は33番目にやっとPC記事として「Macでubuntu」が入ったのですから異変(笑)と言えます。これは要するに、普通の軽いノリでubuntuを使う人が出てきている証だと考えます。勿論記事自体も土曜の昼下がりに、疲れて気分が晴れなかったので、ごにょごにょとMacを触っている間にubuntu(Linux)がハードディスク上にセットされたという、わずか30分のSE話ですから、親近感が湧くのかもしれません。みんなが専門家じゃないですから、意外なインストール結果にアクセスが増えたのでしょう。

 ところで、MuBlogで記事にしたのですが、現状のグヌム上海上級のベストワンは、2分46秒です。これに似た近似再現はいまでもあるのですが、どうしても3分を超えます。この時の記憶では殆ど思考なしで、マウスだけがひたすら画面上を休憩なく走っていたという印象が残っています。72セット(144枚の牌)のペアを見つけるのですから、平均すると1ペアを発見し消すのに2.3秒(166秒÷72)です。

 もう、再現は無理です。自己ベストです。

(1-1)PCページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 13,730
訪問者数: 10,891
解析ページ 訪 問者 ア クセス
1 トップページ 658 1,162 6.0% 8.5%
2 Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 865 1,053 7.9% 7.7%
3 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 390 459 3.6% 3.3%
4 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 156 224 1.4% 1.6%
5 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 153 203 1.4% 1.5%
6 自作鉄道模型 154 195 1.4% 1.4%
7 NHK龍馬伝(01)上士と下士:カーストのような 166 175 1.5% 1.3%
8 伊勢参り(1)「楽」近鉄ビスタカー20000系・二階建て車両 80 164 0.7% 1.2%
9 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 124 155 1.1% 1.1%
10 NHK龍馬伝(04)江戸の鬼小町:千葉道場の楽しさ 128 141 1.2% 1.0%
11 NHK龍馬伝(10)引き裂かれた愛:密偵 128 135 1.2% 1.0%
12 室町和久傳(むろまち・わくでん) 108 134 1.0% 1.0%
13 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 92 115 0.8% 0.8%
14 卑弥呼の墓(013) 纒向遺跡の宮殿跡 74 113 0.7% 0.8%
15 NHK龍馬伝(11)土佐沸騰:下士と上士の因縁劇 100 108 0.9% 0.8%
16 NHK龍馬伝(06)松陰はどこだ?:吉田松陰の考え 94 107 0.9% 0.8%
17 NHK龍馬伝(09)命の値段:龍馬のひとがら 93 103 0.9% 0.8%
18 よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 52 95 0.5% 0.7%
18 NHK龍馬伝(07)遥かなるヌーヨーカ :龍馬のすこやかさ 83 95 0.8% 0.7%
20 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 58 94 0.5% 0.7%
21 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 66 80 0.6% 0.6%
22 木曾殿最期 65 77 0.6% 0.6%
23 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 49 73 0.4% 0.5%
23 NHK龍馬伝(08)弥太郎の涙:現実とは辛いことも多いろぅ 66 73 0.6% 0.5%
23 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 53 73 0.5% 0.5%
26 落照の獄・十二国記/小野不由美:柳国のたそがれ 54 68 0.5% 0.5%
27 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 64 67 0.6% 0.5%
28 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 48 66 0.4% 0.5%
28 纒向宮殿紀行(3)纏向遺跡第166次調査現地:建築物遺構 41 66 0.4% 0.5%
30 自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」 56 65 0.5% 0.5%
31 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 41 64 0.4% 0.5%
32 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 33 57 0.3% 0.4%
32 じょうしょうこうじ:常照皇寺 37 57 0.3% 0.4%
34 「壬申の乱」の関係地図 42 55 0.4% 0.4%
35 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 48 54 0.4% 0.4%
35 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 31 54 0.3% 0.4%
37 纒向宮殿紀行(2)桜井市・埋蔵文化財センターの見学:纒向遺物 30 51 0.3% 0.4%
38 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 42 50 0.4% 0.4%
39 坂本龍馬と桜:2009/04/05(日)祇園八坂神社~円山公園の桜 44 47 0.4% 0.3%
39 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 42 47 0.4% 0.3%
41 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 32 45 0.3% 0.3%
42 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 44 44 0.4% 0.3%
42 邪馬台国周遊図書館ジオラマ(3)基盤の完成 31 44 0.3% 0.3%
44 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 29 42 0.3% 0.3%
44 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 33 42 0.3% 0.3%
46 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 39 41 0.4% 0.3%
46 伊勢参り(2)伊勢神宮とトポスとしての「おかげ横丁」 20 41 0.2% 0.3%
48 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 32 40 0.3% 0.3%
48 目次:嵯峨野鉄道図書館ジオラマ 17 40 0.2% 0.3%
48 NHK龍馬伝 33 40 0.3% 0.3%
51 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 29 39 0.3% 0.3%
51 NHK篤姫(40)篤姫と和宮、家茂を挟んで写真を撮る 36 39 0.3% 0.3%
53 CPU空冷装置・掃除のお勧め 31 38 0.3% 0.3%
53 昭和の鉄道模型をつくる(40)樹木2(ライトグリーン4本) 27 38 0.2% 0.3%
53 自作ロボット 29 38 0.3% 0.3%
56 佐野藤右衛門邸の桜:20070403 31 37 0.3% 0.3%
56 墨絵のような佐野桜2009:2009/04/03(金)佐野藤右衛門邸 22 37 0.2% 0.3%
56 纒向宮殿紀行(5)葛城一言主神社(かつらぎ ひとことぬし じんじゃ) 18 37 0.2% 0.3%
59 嵯峨野鉄道図書館 26 36 0.2% 0.3%
60 N2高台の図書館 30 35 0.3% 0.3%
60 地図の風景 32 35 0.3% 0.3%
62 纒向宮殿紀行(1)崇神天皇・山辺道勾岡上陵 (すじんてんのう:やまのべのみちのまがりがおかのへのみささぎ) 33 34 0.3% 0.2%
63 てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 29 33 0.3% 0.2%
63 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 20 33 0.2% 0.2%
63 昭和の鉄道模型をつくる(39)樹木(グリーン4本) 29 33 0.3% 0.2%
66 長岡宮跡(向日市)ながおかきゅう 23 32 0.2% 0.2%
66 NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 29 32 0.3% 0.2%
66 若冲の秋:ミホミュージアム200910 23 32 0.2% 0.2%
66 邪馬台国周遊図書館ジオラマ(4)プラスタークロスと石膏塗り 30 32 0.3% 0.2%
70 前方後円墳の航空写真 16 31 0.1% 0.2%
70 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 21 31 0.2% 0.2%
72 On30レイアウト:庭園鉄道趣味/森博嗣 25 30 0.2% 0.2%
72 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 21 30 0.2% 0.2%
72 昭和の鉄道模型をつくる(37)石畳道パーツ、柵パーツ 16 30 0.1% 0.2%
75 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 23 29 0.2% 0.2%
75 日本・歴史・古代:白鳥伝説/谷川健一 26 29 0.2% 0.2%
75 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 25 29 0.2% 0.2%
75 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(2)箸墓と三輪山遠望 24 29 0.2% 0.2%
75 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(3)ホケノ山古墳 24 29 0.2% 0.2%
75 160万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他) 28 29 0.3% 0.2%
81 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 19 28 0.2% 0.2%
82 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 27 27 0.2% 0.2%
82 0412311・「サークル状に大型祭殿群」滋賀県伊勢遺跡(平成十三年) 22 27 0.2% 0.2%
82 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、 2008.8 19 27 0.2% 0.2%
82 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 19 27 0.2% 0.2%
82 嵯峨野の桜、まだまだ:2009/03/25(水)嵐山、広沢池、佐野邸桜 26 27 0.2% 0.2%
82 小説木幡記:2010/01/11(月)Windows7やRAIDが人生さ 26 27 0.2% 0.2%
82 桜井茶臼山古墳の被葬者:壹与(近藤喬一説) 20 27 0.2% 0.2%
89 詩仙堂と猫町:私の京都 15 26 0.1% 0.2%
89 ηなのに夢のよう/森博嗣 25 26 0.2% 0.2%
89 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 20 26 0.2% 0.2%
89 博物館・明治村の桜2008 20 26 0.2% 0.2%
93 長岡京市埋蔵文化財センター 19 25 0.2% 0.2%
93 二階建て図書館列車考(5-1)列車篇:嵯峨野トロッコ列車 19 25 0.2% 0.2%
93 昭和の鉄道模型をつくる(38)踏切・架線柱セット 22 25 0.2% 0.2%
93 纒向宮殿紀行(4)他田坐天照御魂神社(おさだにいます あまてるみたま じんじゃ) 23 25 0.2% 0.2%
97 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 19 24 0.2% 0.2%
97 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 22 24 0.2% 0.2%
97 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 22 24 0.2% 0.2%
97 『豊饒の海/三島由紀夫』の課題 16 24 0.1% 0.2%
97 みわ・ひばら:三輪山・檜原神社 20 24 0.2% 0.2%
97 大沢池(大覚寺)2009/04/06(月)大沢池の桜・塔と堂 12 24 0.1% 0.2%
97 隠された十字架--法隆寺論/梅原猛 20 24 0.2% 0.2%
97 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 23 24 0.2% 0.2%
97 邪馬台国 21 24 0.2% 0.2%
106 みわやま:三輪山遊行(2)箸墓から檜原神社 18 23 0.2% 0.2%

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解析ページ 訪 問者 ア クセス
1 トップページ 168 168 4.7% 4.7%
2 NHK龍馬伝(04)江戸の鬼小町:千葉道場の楽しさ 149 149 4.1% 4.1%
3 NHK龍馬伝(07)遥かなるヌーヨーカ :龍馬のすこやかさ 69 69 1.9% 1.9%
4 木曾殿最期 59 59 1.6% 1.6%
5 NHK篤姫(38)嫁姑よりも勝海舟と坂本龍馬 58 58 1.6% 1.6%
6 Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 56 56 1.6% 1.6%
7 NHK龍馬伝 51 51 1.4% 1.4%
8 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 46 46 1.3% 1.3%
8 NHK龍馬伝(10)引き裂かれた愛:密偵 46 46 1.3% 1.3%
10 ミホミュージアムの秋 45 45 1.3% 1.3%
11 新誠会2009:伏見港の「月の蔵人」 2010/03/06(土) 41 41 1.1% 1.1%
12 NHK龍馬伝(06)松陰はどこだ?:吉田松陰の考え 36 36 1.0% 1.0%
13 室町和久傳(むろまち・わくでん) 33 33 0.9% 0.9%
13 NHK龍馬伝(09)命の値段:龍馬のひとがら 33 33 0.9% 0.9%
15 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 29 29 0.8% 0.8%
15 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 29 29 0.8% 0.8%
15 NHK龍馬伝(11)土佐沸騰:下士と上士の因縁劇 29 29 0.8% 0.8%
18 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 28 28 0.8% 0.8%
19 伊勢参り(1)「楽」近鉄ビスタカー20000系・二階建て車両 27 27 0.8% 0.8%
19 NHK龍馬伝(08)弥太郎の涙:現実とは辛いことも多いろぅ 27 27 0.8% 0.8%
21 昭和の鉄道模型をつくる(22) パン屋(みのりベーカリー) 26 26 0.7% 0.7%
22 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 25 25 0.7% 0.7%
23 バックナンバー 24 24 0.7% 0.7%
23 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 24 24 0.7% 0.7%
23 葛野図書倶楽部2001 24 24 0.7% 0.7%
23 地図の風景 24 24 0.7% 0.7%
27 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(05) 地面に色粉(パウダー)をまく 23 23 0.6% 0.6%
28 美味しいところ 22 22 0.6% 0.6%
29 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 21 21 0.6% 0.6%
30 NHK篤姫(48)西郷隆盛と勝海舟 20 20 0.6% 0.6%
30 池田屋集合:倶楽部忘年会2009 20 20 0.6% 0.6%
32 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 19 19 0.5% 0.5%
32 NHK天地人(47)最終回 19 19 0.5% 0.5%
34 てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 18 18 0.5% 0.5%
34 小説木幡記:2010/02/17(水)剛い話、柔らかな話 18 18 0.5% 0.5%
36 私の京都:木嶋神社の三柱鳥居(このしまじんじゃ・の・みはしらとりい)魔界巡礼秦氏の謎 17 17 0.5% 0.5%
36 二階建て図書館列車考(5-2)乗車篇:嵯峨野トロッコ列車 17 17 0.5% 0.5%
36 NHK篤姫(34)和宮降嫁 17 17 0.5% 0.5%
39 とんとん来:私の京都・河原町通{四条→三条} 16 16 0.4% 0.4%
39 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 16 16 0.4% 0.4%
39 小川珈琲本店 16 16 0.4% 0.4%
42 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 15 15 0.4% 0.4%
42 高台の図書館:鉄道図書館(2)試験走行→DD51+ED790(Nゲージ) 15 15 0.4% 0.4%
42 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 15 15 0.4% 0.4%
42 そろそろの京都桜:2009/04/01(水)四条大橋、四条高瀬川 15 15 0.4% 0.4%
42 NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 15 15 0.4% 0.4%
42 NHK天地人(35)家康の政治力と前田利家 15 15 0.4% 0.4%
42 小説木幡記:2009/10/24(土)EF81:カシオペアの改造:急カーブ対応 15 15 0.4% 0.4%
42 纒向宮殿紀行(5)葛城一言主神社(かつらぎ ひとことぬし じんじゃ) 15 15 0.4% 0.4%
42 昭和の鉄道模型をつくる(39)樹木(グリーン4本) 15 15 0.4% 0.4%
42 映画の余香 15 15 0.4% 0.4%
52 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 14 14 0.4% 0.4%
52 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 14 14 0.4% 0.4%
52 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 14 14 0.4% 0.4%
52 NHK篤姫(49)さらば大奥 14 14 0.4% 0.4%
52 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 14 14 0.4% 0.4%
52 Mu現代古典 14 14 0.4% 0.4%
52 NHK風林火山 14 14 0.4% 0.4%
59 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 13 13 0.4% 0.4%
59 小説木幡記:2008/02/02(土)二階建て電車:京阪ダブルデッカー:近鉄ビスタカー 13 13 0.4% 0.4%
59 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 13 13 0.4% 0.4%
59 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 13 13 0.4% 0.4%
59 博物館・明治村研修旅行HMK(1)歴史的建造物探訪 13 13 0.4% 0.4%
59 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、 2008.8 13 13 0.4% 0.4%
65 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 12 12 0.3% 0.3%
65 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 12 12 0.3% 0.3%
65 長浜研修旅行20090827(3)海洋堂フィギュアミュージアム黒壁-Nagahama2009 12 12 0.3% 0.3%
65 くらまでら:鞍馬寺 12 12 0.3% 0.3%
65 NHK篤姫 12 12 0.3% 0.3%
70 石宝殿(石乃宝殿:いしのほうでん)と生石神社(おうしこ) 11 11 0.3% 0.3%
70 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 11 11 0.3% 0.3%
70 少年司書ロボ0号(01) プチロボXの概略 11 11 0.3% 0.3%
70 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 11 11 0.3% 0.3%
70 へいあんじんぐうのかぐら:平安神宮の神楽 11 11 0.3% 0.3%
70 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 11 11 0.3% 0.3%
70 空色勾玉(そらいろまがたま)/荻原規子 11 11 0.3% 0.3%
70 「壬申の乱」の関係地図 11 11 0.3% 0.3%
70 読書余香 11 11 0.3% 0.3%
70 自作鉄道模型 11 11 0.3% 0.3%
80 うさじんぐう:宇佐神宮 10 10 0.3% 0.3%
80 前方後円墳の航空写真 10 10 0.3% 0.3%
80 ほうしょうかん:鳳翔館・平等院ミュージアム 10 10 0.3% 0.3%
80 カクレカラクリ(TV放映)/コカコーラ提供 10 10 0.3% 0.3%
80 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 10 10 0.3% 0.3%
80 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 10 10 0.3% 0.3%
80 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 10 10 0.3% 0.3%
80 NHK篤姫(50)最終回:清らかな晩年 10 10 0.3% 0.3%
80 高台の図書館:鉄道図書館(7)レールレイアウト仮設と試運転 10 10 0.3% 0.3%
80 私の京都:伏見港の三栖閘門(みす・こうもん) 10 10 0.3% 0.3%
80 小説木幡記:2010/02/15(月)訃報とか読書とか雑記 10 10 0.3% 0.3%
80 三条大橋の高山彦九郎・正之(たかやま・ひこくろう・まさゆき) 10 10 0.3% 0.3%
80 NHK天地人 10 10 0.3% 0.3%
93 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 9 9 0.3% 0.3%
93 前巷説百物語/京極夏彦 <御行師・又市の誕生秘話> 9 9 0.3% 0.3%
93 NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 9 9 0.3% 0.3%
93 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 9 9 0.3% 0.3%
93 私の京都:ブックファースト京都河原町店 9 9 0.3% 0.3%
93 北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」 9 9 0.3% 0.3%
93 太陽を曳く馬/髙村薫 殺人:芸術と宗教(読書感想文) 9 9 0.3% 0.3%
93 卑弥呼の墓(014) 水の都・水上宮殿:纒向遺跡の全貌 9 9 0.3% 0.3%
93 NHK龍馬伝(01)上士と下士:カーストのような 9 9 0.3% 0.3%
93 小説木幡記:2010/02/26(金)雨です、車中クーラーやご隠居達 9 9 0.3% 0.3%
93 小説木幡記:2010/03/06(土)生を愉しむ 9 9 0.3% 0.3%
104 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 8 8 0.2% 0.2%

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1 十 二国記 丕緒の鳥  G Y M 257 2.8%
2 上 士 下士  G Y M 110 1.2%
3 ubuntu mac  G Y M 107 1.2%
4 丕 緒の鳥  G Y M 103 1.1%
5 龍 馬伝  G Y M 57 0.6%
5 佐 野藤右衛門  G Y M 57 0.6%
7 mac ubuntu  G Y M 49 0.5%
8 ubuntu mac インストール  G Y M 47 0.5%
9 う ぶめのなつ  G Y M 43 0.5%
10 佐 野藤右衛門 地図  G Y M 37 0.4%
10 mac ubuntu インストール  G Y M 37 0.4%
12 壬 申の乱 地図  G Y M 33 0.4%
13 わ くでん  G Y M 32 0.4%
14 魚 三郎 伏見  G Y M 31 0.3%
15 木 曾の最期 解説  G Y M 30 0.3%
15 佐 野藤右衛門邸  G Y M 30 0.3%
17 佐 野とうえもん  G Y M 29 0.3%
17 mublog  G Y M 29 0.3%
17 近 鉄20000系 車内  G Y M 29 0.3%
20 mac ubuntu usb  G Y M 28 0.3%
21 ウ ブントゥ  G Y M 27 0.3%
22 千 葉道場 鬼小町  G Y M 24 0.3%
23 佐 野藤右衛門 桜  G Y M 23 0.3%
24 下 士 上士  G Y M 22 0.2%
24 巻 向遺跡 地図  G Y M 22 0.2%
26 ubuntu usb mac  G Y M 21 0.2%
26 龍 馬伝 吉田松陰  G Y M 21 0.2%
28 ubuntu mac usb  G Y M 20 0.2%
28 ア クリル pcケース 自作  G Y M 20 0.2%
28 長 岡宮跡  G Y M 20 0.2%
28 京 都 ホットケーキ  G Y M 20 0.2%
32 箸 墓古墳 地図  G Y M 19 0.2%
33 神 々の乱心  G Y M 18 0.2%
33 ubuntu bootcamp  G Y M 18 0.2%
33 京 都 寺町通り 地図  G Y M 18 0.2%
36 龍 馬伝 引き裂かれた愛  G Y M 17 0.2%
37 筒 城宮  G Y M 15 0.2%
37 Ubuntu mac  G Y M 15 0.2%
37 じょ うしょうこうじ  G Y M 15 0.2%
37 モ ンゴルの残光  G Y M 15 0.2%
41 宇 佐神宮 謎  G Y M 14 0.2%
41 mac ubuntu usb 起動  G Y M 14 0.2%
41 伊 勢遺跡  G Y M 14 0.2%
41 是 非もなし  G Y M 14 0.2%
41 豊 饒の海  G Y M 14 0.2%
41 小 川珈琲 アルバイト  G Y M 14 0.2%
47 Ubuntu Mac  G Y M 13 0.1%
47 mac usb boot linux  G Y M 13 0.1%
47 桜 守 佐野藤右衛門  G Y M 13 0.1%
47 み わやま  G Y M 13 0.1%
47 mac usb ubuntu  G Y M 13 0.1%
52 纏 向遺跡  G Y M 12 0.1%
52 天 神川 桜  G Y M 12 0.1%
52 う ぶめのなつ 映画  G Y M 12 0.1%
52 椿 井大塚山古墳  G Y M 12 0.1%
52 室 町わくでん  G Y M 12 0.1%
52 地 蔵院 桜  G Y M 12 0.1%
52 佐 野籐右衛門  G Y M 12 0.1%
52 鬼 小町  G Y M 12 0.1%
52 京 阪 ダブルデッカー  G Y M 12 0.1%
61 森 博嗣 gシリーズ  G Y M 11 0.1%
61 や まのへ  G Y M 11 0.1%
61 明 治村 桜  G Y M 11 0.1%
61 図 書館司書 試験  G Y M 11 0.1%
61 河 田小龍 龍の絵  G Y M 11 0.1%
61 美 しいサイト  G Y M 11 0.1%
61 桜 井茶臼山古墳  G Y M 11 0.1%
61 鉄 道模型 自作  G Y M 11 0.1%
61 白 鳥伝説 谷川健一  G Y M 11 0.1%
61 prius hdd 交換  G Y M 11 0.1%
61 石 塔寺 滋賀  G Y M 11 0.1%
61 raid 自作  G Y M 11 0.1%
61 桜 井市立埋蔵文化財センター  G Y M 11 0.1%
61 昭 和の鉄道模型をつくる  G Y M 11 0.1%
75 ヨ ルムンガンド 漫画  G Y M 10 0.1%
75 税 所篤  G Y M 10 0.1%
75 パ ンケーキ 京都  G Y M 10 0.1%
75 nhk 龍馬伝  G Y M 10 0.1%
75 mac linux usb  G Y M 10 0.1%
75 十 三の冥府  G Y M 10 0.1%
75 猫 町 京都  G Y M 10 0.1%
75 大 沢池の桜  G Y M 10 0.1%
75 じ ぶり  G Y M 10 0.1%
75 レ スタト  G Y M 10 0.1%
75 背 割り桜 京都  G Y M 10 0.1%
75 纒 向遺跡 地図  G Y M 10 0.1%
75 弟 国宮跡  G Y M 10 0.1%
75 梅 原猛 隠された十字架  G Y M 10 0.1%
75 小 野不由美 丕緒の鳥  G Y M 10 0.1%
75 室 町和久傳  G Y M 10 0.1%
75 ディ オゲネス症候群  G Y M 10 0.1%
75 近 鉄 20000系  G Y M 10 0.1%
75 ホ ケノ山古墳  G Y M 10 0.1%
94 松 本清張神々の乱心  G Y M 9 0.1%
94 GA-G33M-D S2R  G Y M 9 0.1%
94 葛 城山 一言主神社  G Y M 9 0.1%
94 丕 緒(ひしょ)の鳥  G Y M 9 0.1%
94 ジ オラマ 地面  G Y M 9 0.1%
94 ホッ トケーキ 京都  G Y M 9 0.1%
94 ケー スファン 電源  G Y M 9 0.1%

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1 mac 588 6.5%
2 ubuntu 572 6.3%
3 丕 緒の鳥 385 4.2%
4 京 都 329 3.6%
5 十 二国記 278 3.1%
6 龍 馬伝 247 2.7%
7 地 図 234 2.6%
8 usb 233 2.6%
9 自 作 225 2.5%
10 211 2.3%
11 ジ オラマ 174 1.9%
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13 イ ンストール 148 1.6%
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15 佐 野藤右衛門 144 1.6%
16 鉄 道模型 132 1.4%
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20 Mac 69 0.8%
21 篤 姫 68 0.7%
22 ア クリル 66 0.7%
23 近 鉄 64 0.7%
24 卑 弥呼 61 0.7%
25 設 定 60 0.7%
26 起 動 58 0.6%
27 う ぶめのなつ 57 0.6%
28 bootcamp 55 0.6%
29 風 林火山 54 0.6%
29 模 型 54 0.6%
29 千 葉道場 54 0.6%
32 伏 見 53 0.6%
33 木 曾の最期 52 0.6%
34 N ゲージ 50 0.5%
35 邪 馬台国 49 0.5%
36 小 説 48 0.5%
36 xp 48 0.5%
36 windows 48 0.5%
36 森 博嗣 48 0.5%
36 魚 三郎 48 0.5%
36 macbook 48 0.5%
42 感 想 45 0.5%
42 わ くでん 45 0.5%
44 鬼 小町 43 0.5%
45 USB 42 0.5%
46 レ イアウト 41 0.5%
47 吉 田松陰 40 0.4%
48 ウ ブントゥ 37 0.4%
48 明 治村 37 0.4%
48 解 説 37 0.4%
48 壬 申の乱 37 0.4%
52 ホッ トケーキ 36 0.4%
52 佐 野藤右衛門邸 36 0.4%
52 引 き裂かれた愛 36 0.4%
55 RAID 35 0.4%
55 mublog 35 0.4%
55 し る幸 35 0.4%
55 近 鉄20000系 35 0.4%
59 巻 向遺跡 34 0.4%
59 写 真 34 0.4%
59 pc ケース 34 0.4%
59 龍 馬 34 0.4%
63 日 立 33 0.4%
63 boot 33 0.4%
63 分 解 33 0.4%
66 神 々の乱心 32 0.4%
67 prius 30 0.3%
68 車 内 29 0.3%
68 坂 本龍馬 29 0.3%
68 司 書 29 0.3%
68 佐 野とうえもん 29 0.3%
68 NHK 29 0.3%
73 箸 墓古墳 28 0.3%
73 樹 木 28 0.3%
75 纏 向遺跡 27 0.3%
75 嵯 峨野 27 0.3%
77 背 割り桜 26 0.3%
77 usb メモリ 26 0.3%
79 桜 井茶臼山古墳 25 0.3%
79 交 換 25 0.3%
79 天 神川 25 0.3%
82 ヨ ルムンガンド 24 0.3%
82 プ リウス 24 0.3%
82 京 阪 24 0.3%
85 地 蔵院 23 0.3%
85 nhk 23 0.3%
85 ラー メン 23 0.3%
85 和 宮 23 0.3%
85 小 川珈琲 23 0.3%
85 23 0.3%
85 20 世紀少年 23 0.3%
85 昭 和の鉄道模型をつくる 23 0.3%
93 新 世界より 22 0.2%
93 n ゲージ 22 0.2%
93 三 輪山 22 0.2%
93 改 造 22 0.2%
93 奈 良 22 0.2%
98 試 験 21 0.2%
98 吉 田東洋 21 0.2%
98 図 書館 21 0.2%


(4)アクセス地域:1ヶ月分:MuBlogのみ

 (↓総アクセス28%(3,907/13,730)程度が地域判別できます)

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都道府県 割合
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28 山口 27 0.7%
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37 高知 18 0.5%
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40 徳島 15 0.4%
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(5)検索サイト:1ヶ月分:MuBlogのみ
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2010年3月17日 (水)

小説木幡記:2010/03/17(水)帰郷の挨拶と柚子茶

 早朝から葛野研を掃除した。毎年この時期になると新学期のことや、人の出入りがあるので、書類をファイルに綴じたり、床を拭いたり、無駄な物を捨てたり始める。本当は、年度内の責務一切合切を終えてするのが気持ち良いのだが、今年はそうも言っておれない。来週は野暮用で3日間も家を空けるので、この新年に思い描いた算段が狂ってくる。三日間くらいで大げさなと思うだろうが、一科目あたり一日かけて入念な計画をたてるとしたら、3科目分の準備が宙に浮く。三日間あると、小さなジオラマなら叩きモデラー風にすると、丁度完成してしまう(笑)。

 掃除というても午前8時前から9時過ぎまでで終えた。終わったわけじゃなくて、疲れるから小一時間で止めた。その後、書類をつかんで事務所に行って、担当者と打ち合わせして、また戻ってメールを数通書いて送った。昼前頃にノックがあった。

 ご隠居さんが帰郷の挨拶に来てくれた。
 土産は柚子茶とかいうて、マーマレードみたいなもので、これを湯にとかしていただく。後で夕方に、説明されたように湯せんして硬い蓋をあけて、スプーンでマグカップに入れて、湯をいれて飲んだ。うまかった! orn。

 そうそう、帰郷の挨拶。
 仕事にも疲れたので辞して帰郷するとのことだった。お金もたまったようだ(笑)。最後の最後の日の棚卸しに立ち会って、サイナラするらしい。うむ。会社とは、今夜見たP.ドラッカー(NHKのクローズアップ現代)と違って、人を消耗品あつかいするようだ。なぜなら、数年つとめて慣れた状態でも、日々、餓死寸前栄養失調になるくらいに追われるのが常。つまり毎日、朝食を軽くとって出勤したとたん、昼休みもなくなり、残業が続き、帰宅したらご飯を食べられないほどに疲労困憊。これが何年も続けば、あほくさくなっても仕方ない。

 「君は若い頃、相当に我慢強い人だった。その君がそういうのだから、よい決断だと思います。お金もたまったようだし、自宅で数ヶ月ごろごろしたら、気力体力がもどるでしょう」と、はなむけの言葉を贈った。また別の道が見えてくるだろう。

 余は杖突きながら駅前近くに行って、ご隠居さんには二人前の昼食を、柚子茶のお礼返しに接待した。倶楽部でも名にし負う、「痩せの大食い」だったから、栄養失調も少しは補填されただろう。そのまま、電車を見送った。~、歴女じゃないはずだが、話したことはなんだか、……。「宮本武蔵の生誕地」だった。人間というのは、おもしろいと、自笑。

 再び舞台は葛野研。
 来週初めに、最後の会議があって、余もほんの少し関係している。その書類をメールで探して印刷して、チェックをいれて、背景を考えていた。
 知らぬ間に時間がきた。
 今日は会議が一つあった。出かけた。なかなかに問題はあったのだが、余が武蔵の生まれ故郷を想像している頃、別のメンバーによる事前専門委員会があって、そこで細かく論議したようだ、……。

 会議終了後、しばらく横臥した。早朝の掃除と、どたんば年度末仕事と、会議と、午後という時間帯が疲労を思い出させた。これで餓死すると言っても世間や同僚は許さぬだろうが、30分横になっていたら、また気力が戻ってきた。

 研究計画を思い浮かべた。
 期する所は年末にあったのだが、体力や気力は戻っても、知力はかすんでおった。しかたなく、脳を中断して屯所に入り、気になっていたレールの勾配を実験しなおした。一番の見所になる大ループなのだが、機関車をいれて四両編成にすると登らない。ストップする箇所で約2mm、レールを持ち上げた。上がった! そのまま発泡スチロールを削ってボンド付けした。再度試験した。また、スムーズに上がった。うむ。

 早々と屯所を後にして、研究室にもどり、この半年間書類や物の影に隠れていた専門図書(情報学のほうだ)を数冊発掘し、横になってページや図版を見た。脳には入らないのだが、風景としてはすっきり入ってきた。理由は、いつも考えていることだったので、夕方の疲れた脳でも、その著者の意図よりも、余の解釈を強く全面にだしたからであろう。図書内容はよう、分かった!(著者が知れば怒り出しそうな、珍解釈で了解したのかもな)

 そうこうするまに日が暮れた。
 無事木幡研に帰還し、夕食を食べた。今日も一日終わった。うむ、食事がうまい。 

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2010年3月16日 (火)

小説葛野記:2010/03/16(火)日暮れがゆったりしてきた

 日が暮れかけている。気がつくと以前よりも長くなった。
 昨日夕方に研究室でぼんやりしていると(笑)、事務から電話があって、年度末(というとあと、2週間ほどかな)までに何人もの公式文書が必要と言ってきた。本来なら、そんなのぎりぎりになって無理だよと一蹴するところだが、事情をよく知っているのでやんぬるかな。

 だから、今朝はまずその仕事の段取りをはじめた。
 春休みに入っているから、方々いろいろな方に、あれこれ連絡するのは、なかなか難しい。いくらメールが定着してきた現代でも、人にもよるし、またいくつものメアドのうち、ご覧にならないメアドもある。

 しかたなく、ファックスや電話や何やらを併用した。……。
 本式は明日以降にまた連絡をとって、詰めをはかる。
 やれやれ、貧乏暇無し。
 いまだに署名捺印が必要な書類があることが、ディジタル時代の狭間では、手間がかかる。郵政省(あったかな?)機能は、しばらく必要だ。しっかりした会社や、大きな組織では、署名捺印なんかもネットでするようになったのかな? 日本最大の組織が、いまだに署名捺印を求めるのは、なんだか、おもしろい。

 午後はNゲージのレールを1/4ほどセメダインで固定した。手や屯所のドアノブが、接着剤でこてこてになった。今週はなにかとうるさ型の先輩達も出入りするので、ドアノブだけは綺麗に削り取っておいた。ふむふむ。工作は心だけが透明になり、手足身体は汚れるなぁ。
 昔の炭鉱だったか、あるいは造船所だったか、そこで働く人達の最大の息抜きは、仕事が終わると粉塵だらけ、油まみれの身体を、大きな風呂に入って、石鹸で洗って綺麗さっぱりしてから、帰宅するという話があった。屯所にも風呂を欲しくなった。セメダインや塗料で、こてこてになる日々やから。

 さっき、湯で手洗いして、木幡から持参したミカンをたべた。ほっとした。
 今日も一日、なんとかかんとか、予定通りの時間をすごせた。

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2010年3月15日 (月)

小説木幡記:2010/03/15(月)春の嵐と嵐電

Muimg_5991

 帰路自動車のTV(音声)が「春の嵐」と言っていた。夏の嵐、秋の嵐、冬の嵐が瞬時に駆け巡り、嵐に四季があったのかなと、首をかしげた。
 『春の雪』といえば三島由起夫の長編小説「豊穣の海」の第一巻だが、春の嵐といえば、なにかそんな小説もあったなぁ~。と、そのまま帰還した。

 そのとき実は昼に見た写真の電車を別途イメージしていたわけだ。パラレルイメージだな。連想ではなくて、同時並立イメージだ。パラレル(並行処理だな)にイメージする? だから結構毎日忙しい。ぼんやりしているように見られるが、脳のなかはいつも脳の嵐なんだ(笑)。イメージがパラレルに流れると、どちらを見れば良いか分からなくなることもある。

 ところでこの電車は丁度、嵐電天神川駅(蚕ノ社と山ノ内駅の中間新駅)のカツカレー屋の中から写したものだ。余は、写真も人生もちょっと踏み込みが足りなくて、邪魔くさがりというよりも気弱なんだな。がらっとドアを開けて外に出て、真っ向正面から写真を写す勇気がない。写真は踏み込まないとだめだ、と高校時代に親友が言っていた。いまだに守れていない。望遠で遠くからこっそりと(爆:まるで盗撮)、あるいは物陰からこっそりと、はたまたカレーライスを食べながらガラス越しからこっそりと、写してしまう。

 まあよい。そういう人生を選んでしまったのだから、いまさら変える気もない。
 それでじゃ。
 なぜこの写真が春の嵐とシンクロしたのか。いや、実に単純なことだと後で理屈をつけた。この電車は、京福電車(京福電気鉄道・嵐山線)というて、通称「嵐電(らんでん)」という。四条大宮から嵐山まで通じている路面電車のような郊外電車のような、余が幼稚園時代から乗っていたランデンなのだ。それで嵐山(あらしやま)が何故嵐の山であるかの考証は辛気くさいのでやめておくとして、この「嵐」という言葉が「春の嵐」と「嵐電」とのパラレルイメージを喚起したちゅうことを、ながながとメモしておきたかった。

 終わり。
 (人間というのは、まことに、けったいなことを考えながら生きておるもんじゃ)


大きな地図で見る
 注:京都市「右京中央図書館」の見学下見のため、サンサ右京にでかけ、そこでカツカレーと珈琲をとった。900円強だったかな。桜が咲く頃に、大勢の新入生を連れて行く計画があってな。

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2010年3月14日 (日)

NHK龍馬伝(11)土佐沸騰:下士と上士の因縁劇

承前:NHK龍馬伝(10)引き裂かれた愛:密偵

 龍馬伝好調、福山龍馬よし、でした。
 龍馬が姪の三味線を自ら弾くのが、声もよく(龍馬は歌手か?)、若者の切腹の後の哀調を奏でておりました。この三味線場面は、今期龍馬伝の「名場面」だと思いました。

 参政の吉田東洋は龍馬に向かって、「おぬしゃ、変わった。なにがあった?」と尋ねます。下士と上士の諍いを止めに、丸腰で上士達のいる場所へ乗り込んできた龍馬の剛胆さ、沈着さを知って、東洋が龍馬に強い興味を持った瞬間でした。

 「何かを、捨てたな」と、東洋。
 「……。江戸で目録を取りましたから」龍馬の心中には京都へ去った加尾が浮かんできます。

 実は年を取るとこういう場面・状況はそれほど珍しいことではなくなります。しかしよくあることであっても、ドラマの中で生身の役者が眼前で生きているのを見ると感動が深まります。どういうことかというと、理屈の上で「人は、苦難を経験すると、心の柄(がら)が大きくなる場合もある」と知っていても、それをその通り役者(龍馬=福山)が演じるのは難しいことです。それなのに、今夜の龍馬は実にその雰囲気を深く表しておりました。

 対比、コントラストの妙でもあります。本当に最初の頃の龍馬は普通の、何を考えているか分からない「変な若者」だったのです。それが、江戸へ行き、土佐に帰り、なにかと苦労(ストレス)に直面するたびに、どんどん深みを増してくるわけです。今夜は、下士と上士の諍いを仲介し成功したかに見えましたが、武市半平太が吉田東洋の甥、つまり後藤象二郎と手を打った内容は、武市の弟子の「切腹」という結果を招いたわけです。この一連の流れの中で、龍馬がどんどん成熟していく様子がよく分かるわけです。

 加尾を失った挫折、そこから陽の思考=世間と無関係には生きていけない→武市半平太に自分の考えを述べる。
 武市の周りで事件が起きる=武市の苦難を救う(下士と上士の諍いを納める)→いきり立つ上士との交渉に向かう→東洋から交渉を認められる→成功
 武市と後藤象二郎の交渉→上士と下士の諍いの手を打つ←条件は武市の弟子の切腹
 一応の成功だったが、龍馬は自分になぞらえて「切腹すれば、それで終わりになる」→再び挫折→三味線

 もちろん龍馬はこの先、何度も何度も苦難、工夫、歓喜、挫折を繰り返していくわけです。少なくとも龍馬は、失敗を常に陽に変えていく気力を捨てません。それが、今夜の大きな見所でした。今夜の挫折が来週どうなるのかは分からないわけですが、また別の道が開けてくるのだと思います。

 さて。
 吉田東洋(田中泯)、武市半平太(大森南朋)、この二人の脇役に感動しきり。吉田東洋の不気味さ、武市半平太の暗さ激しさ、骨の髄に染み渡る快感です。今年の龍馬伝は、3月半ばの評定で、私にとっては「秀」となりました。めでたいことです。
 注:主役と脇役とがそれぞれに、味わいを出したとき、そういうドラマはすばらしくなります。

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邪馬台国周遊図書館ジオラマ(5)下地塗り

承前:邪馬台国周遊図書館ジオラマ(4)プラスタークロスと石膏塗り

5.1 下地色を噴霧する
Muimg_5847b0

 先回は紙粘土とプラスタークロス(石膏布)で成形し、保護の意味もかねて石膏を塗って地形を完成した。今回は、地面らしい雰囲気を出すために下塗りをした。ただし、第6回に予定している「上塗り」が仕上げ塗りとは言えない面もある。つまり、この下塗りの終了とともに気持ちの上では「塗り」が完成したと考えている。もちろんこういう感想は、ベテランのものではない。いろいろな事情で、手間暇をかけられないことと、目的(図書館間を図書館列車でリンクする)からすると、地面らしいものができたという時点で、半ば完成したと見なしている。

 この第一期工程だけでジオラマの大きさは、90x120cmである。巨大とは言えないが小さくはない。この面積を筆で塗装する余力がなかったので、噴霧することにした。用意したスプレーはアクリル水性塗料で、{つや消し黒、ライトグレー、ライトブラウン、つや消しクリア}の四種である。いずれも一般家庭用のもので一本あたり900円弱した。

 ジオラマの地面塗装は、筆塗りでもスプレーでも、一色でまんべんなく塗るのではなく、交互に薄く重ねぼかし塗るのが要諦である。しかし4種類を用意したのは用途をあらかじめ決めておいたからである。

 つや消し黒:主にトンネルの中や、背面。この箇所は列車の待避場所として、機械的情景なので隠す意味もある。
 ライトグレー:主に岩場。しかし灰色はまんべんなく重宝な色なので多用した。
 ライトブラウン:土のある場所、普通の地面。一種の「約束事」のようなもので、適当に使う。
 つや消しクリア:皮膜を保護したり、光沢を押さえるために使った。
 注記:緑や赤はこの段階では使っていない。上塗り時に予定している。あるいは緑や赤は色粉や植物を造るときに自然に使うことになる。

 スプレーは30センチ以上離れたところから、薄く噴霧した。ときどき黒もアクセントをつけるためにトンネル以外の箇所でも軽く噴霧した。色が溶け合わないように、一色につき数回噴霧するたびに、色を変えた。

5.2 様々な角度から見た下塗り
Muimg_5877b1

 筆塗りに比べて噴霧するのは時間が掛からない。あまり深い理屈は考えずに無心になって、次々と色を変えてはスプレーした。その結果を、写真5.2によって様々な角度から記録した。
 この状態で各部分とも下地塗りを完成したと、みなした。次は上塗りとなるが、その前につや消しクリアを噴霧して、光沢を抑えた。写真ではフラッシュに反射して濡れているように見える部分もあるが、翌日には地面として色が定着し落ち着いた。

写真5.1:つや消し黒、薄灰色、薄茶色の噴霧

塗装01:材料・水性アクリル塗料
塗装02:塗装前の全景
塗装03:つや消し黒
塗装04:トンネル入り口付近
塗装05:ライトグレー
塗装06:聖山南面の岩場
塗装07:聖山神社の地盤
塗装08:ライトブラウン
塗装09:聖山南面(北向き)
塗装10:聖山地底部(西向き)
塗装11:聖山北面細部(南西向き)
塗装12:つや消しクリア(透明)

写真5.2:つや消しクリア水性塗料で下地塗り完了

塗装13:塗装完了全景・西面(東向き)
塗装14:塗装完了(東南向き)
塗装15:塗装完了・南面の聖山神社(北西向き)
塗装16:塗装完了・北面のトンネル細部(南東向き)
塗装17:塗装完了・北面と西面(南東向き)
塗装18:塗装完了・東面地底部(北西向き)
塗装19:塗装完了・南面山頂トンネル細部(北西向き)
塗装20:塗装完了・南面聖山神社石段細部(北向き)
塗装21:塗装完了・正面(西面)細部(北東向き)

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小説木幡記:2010/03/14(日)地上ディジタル放送などの著作権保護機能の醜悪さ

奇っ怪な著作権保護機能
 地上ディジタル放送(地デジ)など、どうして国を挙げてするのか、それも実質、強制的に、……。そこについて回るのが家電メーカーや放送局が一体となった「著作権保護機能」で、それを一手に扱うのがB-cas社という奇っ怪な株式会社らしい。つまり、B-cas社のカードを器具に挿入しないと、TVも見られない。録画に至っては、1回か10回かはしらないが、それ以上はコピーできないらしい。「ムーブ」という言葉があったが、PCでわかりやすくいうと、記録した内容をDVDなどに録画すると、元のファイルを自動的に消すらしい。
 ここで、余は怒髪冠を刺し貫いた。
 まるでウィルスソフトを購入させられるような仕様ではないか。勝手に人のファイルを自動消去するとは! 
 しかしどうも、現実はそうらしい。

ディジタル放送:PC内蔵チューナー
 らしい~、と書いたのは余はまだ地デジなどみたこともないし、量販店ではあえて薄型大型TVや青い録画機の前をうつむいて通り過ぎる。これは経済的な問題も多いが、なんとなくそういう世間がばかばかしいと感じる年齢なのだろう。
 先頃WinXPからWindows7に入れ替えたら、カノープス社のよくできたアナログチューナーが動かなくなって、しかたなく、はやりのディジタル放送をちっこいPC画面で見ようと思って、内蔵チューナーをネットしたら、????。
 大ショックだったのは、マザーボードを変えたり、チューナを変えると、記録した動画はすべて無効になるという、ホラーのような実話が、まさに現実が、怪奇現象としてあることだった。こういう仕様を、まともで正しい日本国メーカーや技術者達が本当に受け入れたとは、信じがたい。
 そこまで墜ちたか技術者魂!
 政治力や金に魂を売ったのか!

B-CAS社って、一体何者なんだ?
 放送界とかB-casとか、日本国全体が発狂しているように思えた。
 人のPCに録画したものを勝手に消すとはなにごとぞ。
 B-CAS社貸与のカードなくしては、公器電波を受信も録画もできぬとは~。
 複製ができないディジタル・コンテンツなど、この世に存在する値打ちはない。
 いまさら、そう思った。

 ネットをあれこれよくみると、動きは10年昔から始まっていたようだ。勝手に公器電波をコントロールするB-Cas社がどんなものかは大体想像できたが、法治国家日本で、こういう会社が存在して家電メーカーに指図して、電波を自由に操れるとは、恐れ入った。
 なんだか、日本が恐くなった。

発想が信じられないのだ
 そういうセンスの者らが日本を動かしてきているのは、理屈ではわかっていても、身近に1万円程度の内蔵地上ディジタルチューナーを買う算段をして、初めて身の毛がよだった。
 実感だ。
 寒気がした。
 (他国からの謀略とさえふと思った)
 電波を複製できない? 
 まともにPC上で編集できない? 

 それが、ここ数年の実態で、そんなへんちくりんな記録機器を、技術者魂をすててまで、営々とメーカーも、唯々諾々つくって高く売ってきたのかい! あと数百日で、日本の家庭TVのすべてを発信者だけの都合で醜悪な保護機能付きで強制的にディジタル化するのか、それを日本国は許してきたのか、奨励しているのか~。
 想像を絶する悪行だ。
 未来を捨てるような愚策ではないか。

錦旗が泣いておる
 お為ごかしの、著作権をまもるためというのが彼らの「錦旗」なのか。
 幕末の薩長よりもたちが悪い。
 著作権と書いて著作権法と書かないのは、叙述トリックみたいで一層たちが悪い。
 無法国家だな。
 著作権者たち、著作人格権保有者たちへの始末は、発信者が責任をもってなせばよい。その尻ぬぐいを日本国国民の電波享受への掣肘とするくらいなら、番組を造らなければよい。TVがなくても短波ラジオでよい。紙の新聞でよい!
 この方式(悪しき著作権保護機能)のディジタル放送一辺倒になるなら、それは世界や人類に向けての、日本国の恥となる。
 恥を知れ。どれだけのセンスの悪さか、分からぬのだろう。
 まさに、余は悲憤慷慨するなり。

 NHKも民放も公器と思ってきたのが、余の甘さであり、うかつさだった。ネット時代、ディジタル時代の革命を前にして、死にものぐるいの往生際の悪さをさらけ出しておるではないか。もはや公器たるをえず、野合集団といえる。

まとめ
 と、憤怒を記したあとで冷静にまとめを書こう。
 そもそも、電子計算機が1945年前後(説によって変化)に生まれて、記憶媒体、メモリーなどを使い出して以来、そして1990年前後にWebを中心とするインターネット利用が誕生して以来、「ムーブ:移動」とは異形の作法だったのだ。コンピュータを使う限り「コピー:複製」が自然だったと余は断言する。ムーブとは、複製して元を消すという二重手間であって、自然ではない。DNAだって複製が基本ではないか。そういう自然に逆らってムーブを地上ディジタル時代に、技術者達に押しつけたTV業界の者達は、圧倒的なセンスの悪さだと考える。しかも、どのような約款をもとうとも、国をあげてディジタル放送一本化する強硬措置の中で、民間団体一社がその悪しき作法を最終的に国民に押しつけるなどとは、天に向かってつばを吐くような悪行である。

 余が余の購入した図書や雑誌を余のために複製したなら、勝手に図書や雑誌が燃え上がるようなものだ。
 どう考えても、おかしい。
 つまり、まともではない。
 関係者達は秀才だから頭はよかろう、まるで某カルトのように、手をかえしなをかえて屁理屈をいうじゃろうが、天網恢々疎にして漏らさず、……。

追伸
 余の冷静な判断を疑う者もおろうから、少し追記しておく。
 余は、たとえばDVD映画を海賊出版して荒稼ぎする者は泥棒だと考える。しかしそれを取り締まるのは法にもとずいて警察がすればよい。民間団体が自警団を組んで泥棒の家に押し入り、元のハードディスクを消すのは、西部劇の時代だけに許される。

 が、鑑賞代を払って映画館で個人がディジタルビデオ撮影するのを取り締まるのはおかしい。個人が記憶補助装置としてメモするのまで、警察権が介入するのは、いずれ法の乱用と見なされるだろう。そのビデオを海賊出版し出したら、明確に著作権者に無断で営利行為をするのだから、自然法に反する。余の写真を勝手に撮って、断りもなく勝手に売るようなもんだ(爆)。
 あるいは余がサイボーグ化して目をディジタル機器に入れ替えたら、余は映画も見られなくなるのか?

 コンビニや書店で長時間の立ち読みを見かける。これは取り締まればよい。なぜなら、本や雑誌は形があるから、不特定多数の者が手垢や汚い息や鼻くそをつけた商品は、傷物だ。そういう行為を放置するのは、購入する客に対して不利益をもたらす。
 また、学生や社会人のコピペは、これは犯罪だと考える。人のものを自分のものと詐称するなど、著作権者の人格を無視し、踏みにじる行為である。

 なら、放送。
 ディジタル放送を複製して余の記憶補助にするのは、当然のことだ。余にとってネットやPCやハードディスクは文房具であって、単にメモするだけのことだ。ましてNHKには受信料を払っておる。余は記録物を慎重に、RAID1で記録し、重ねて他のハードディスクの方々に記録する。
 これを余が偽って売れば余は監獄に入ってもしかたない。
 ただし利益はなくとも、それをネット配信するとなると、制作発信者の利益を直接損なうから、勝手にしてはいけない。だが、近頃は発信者自身が認めている所もでてきた。

 しかし、余のチューナーでハードディスクに複製記録できず、場合によっては削除されるとなると、そういう仕組みを強制した関係団体は、別の法で裁かれるべきだ。

参考
 ディジタル放送関係は、猫の目のように右往左往しているので、以下参考記事の有効性がどこまであるかは確証できぬ。いまごろ、件のB-CAS社は消えているかもしれない(笑)。関西弁だと「カス」とは言い得てみょうじゃね。

  B-CAS社の罪は「退場」では消えない
  録画人間の末路
  地デジ録画対策 CPRMを攻略
  地デジの利便性を損ない、普及を妨げる原因となっている謎の私企業「B-CAS社」に行ってきました 
  DPA:社団法人デジタル放送推進協会  

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2010年3月13日 (土)

小説葛野記:2010/03/13(土)今日も葛野じゃ~

毎日が日曜日
 今日も葛野記とあいなった。土曜日だからといって忙しいわけでもないが暇でもない。
 日本語文章として微妙な書きようだね。

 毎日が日曜日人生の余ではあるが、逆に70年ほど昔の海軍兵学校ちゅうか、月月火水木金金、ともいえるのう。すべてが平日とは、これは考えようによっては毎日が日曜日に通じる。まことに、人生は多彩なり。

 というわけで8:25葛野着~、午前中はたまった責務を果たしたり、物を考えたり(これが曲者)、HOゲージのレールを触ったりで、忙しい。正午丁度に別館の講堂に出かけて、群衆の中に身を潜めた。つまり、入学予定者の半数が事前に葛野に出向いていて、その説明会に、枯れ木も山の賑わい気分ででかけたということじゃ。

さまざまな学生達
 それが終わってしばらく休憩したあと、今度は自分の学部学科の学生だけが集まる簡単な懇親会に出向いた。約10名単位の新入生予備軍たちの間に同僚と一緒に机を囲み、ケーキを囲み、どこから来られた? とか、どんな勉強をしたいの? とか、和気藹々。
 余の席では、名前を聞くのははばかれるので(一体、どういうことかな?)、どこの産地かを同僚と一緒に聞いてみた。右に同僚一人(たしか枚方生まれ?)、滋賀県能登川、奈良県天理市の柳本(桜井纒向の直近)、京都市中京区円町、京都府亀岡市、滋賀県大津市の石山、大阪府高槻市の山の近く、大阪府茨木市、福井県大野市、そして左手が長崎県(市は聞き忘れた)。多彩だが、よくみると非近畿は福井県と長崎県だけじゃった。他のテーブルではもっと多彩かもしれない。
 余は産地は福井県やが、現住所は宇治市。十円玉の裏に平等院があって、そこから来ていると言ったが、一向にうけなかった(苦笑)。

あっというまの学生時代
 というわけで余の学生時代では想像もできない、入学前の行事であった。まあ、いろいろあって良かろう。
 学生時代は余にとっても昨日のことのように長期記憶化しておるが、いまの若者にとっても、その時期はあまりに短い。人生の「一閃」という思いがする脳。

 そういえば、今朝メールがあって、ご隠居の一人が四月から新しい職場(高校の司書かな?)に就くことになったとあった。望外の喜びじゃ。葛野図書倶楽部2001とは名乗っていても、実際に司書系に進む者は少なく、寂しい思いもするが脳、こういうメールは良い! 胸のつかえがおりる。前途多幸を祈念するなり。

しかし日々
 楽しみは日々山積みじゃが、心身がそれに追いつかぬ。四月からは鉄道図書館列車のAI化を考えておる。あたかも人工知能搭載の未来の鉄道図書館列車のごとく、……。思いはつのるが、脳が追いつかない。

 さきごろ読んでいるSFで意外な感動をえた。プルーストの一節をながながと引用して、ある天才画家(ルノアールなのか、ゴーギャンなのか、だれか忘れた。ゴッホでもないし、……)が世界を変えたという文章じゃった。それが納得できたから、プルーストは読まないと駄目だとおもったな。
 プルーストは退屈だろうが、ながながと考えをとつおいつ記していき、いつか普通では思いつかないことを自ら紡ぎ出していくということは、大切な、人間の生き方だと思ったね。

 つまり天才画家が、人々の世界を見る目を変えたという一節に感動した。うむ、じれったい、うまく表現できない。たとえば余が鉄道模型に図書館の未来を見た! といっても、余はそれを透視し、透観しておるわけだが、人々にはそれが見えない。それは余が天才ではない証じゃろう(爆笑だね)。
 もし仮に、全世界の読書人が、余がみるがごとく、世界に鉄道図書館列車が巡航することを日常として感じたなら、それは世界が変わったということで、それを変えた天才鉄道図書館評論家の余の面目躍如と、あいなる。
 プルーストという人は、そういうものの考え方が出来た人のようだ。素晴らしい!

 分かりやすくいうと、かつてのプレスリーとか、あるいはビートルズ、あるいは三波春夫さんは天才芸術家だった可能性がある。保田與重郎は我が国の古典の見方を変えた。小林秀雄は近代評論の考え方や見方を変えた。それぞれを天才と言ってよいのじゃろう。世界をどのように見るのか、その見方を変えるのは、昔はやったパラダイムの変換という言い方もあろう。いやいや言葉の定義は置いておく。要するに、プルーストは優れた人だったと、言いたかったのである。

 そういうことを今から勉強するのは、しんどいことだ。
 もう少し若ければ~と、貨車一杯の言い訳。

 いろいろ日々楽しいことがある。少しずつ味わうのもよかろう。

追伸
 もしかして1Q84は、世界の見方を変えるのか! と、ふと思った。
 余にはまだ霞みがかかっておる。

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2010年3月12日 (金)

小説葛野記:2010/03/12(木)ちょっと野暮用、仕事がたまるのう

現代の保田先生
 ちょっと野暮用で二日間ほど家をあけた。昨日帰宅してみると保田與重郎先生関係の新刊書が届いていた。家を空けている間に持参した文庫が『後鳥羽院』だったので、引っ張ったかなと、らちもないことを考えた。
 後鳥羽院は頭がぼんやりしていたので、序章と「第一章」相当分しか読めなかった。今月はまた三日間ほど野暮用があるので、その時は半分ほど読むつもりだ。
 件の新刊書は、保田與重郎生誕100年を記念したもので、先生ご自身の文章はなかったようだ。またいずれ読んでおこう。執筆者が200名近くなので、辞書的にも読める。それにしても、物故者が多い。余の元に送られてきたのは、30代のころの若気の余の文章が掲載されているからだ。

葛野の授業準備
 葛野では新学期の課題などを調整し、公開するはこびとなった。余の科目受講生は、学期開始前に課題をしることとなる。一般に余の社会的流儀は、総てを時系列や地図に組み入れて、あらかじめ公開周知する方法である。私的には、まるっきりこれを外れる。カオスである。余にも余の考えや、行動を律せぬことが多い。ただ、公的と見なすことについては、滅私に尽きる(爆:嘘だろうぉ~と、空耳)。

昼休みの散歩「きりん」さん
 早朝(7:20)~昼過ぎまで、新学期業務に専念した。まだ終わっていない。しかし、野暮用疲れか、午後からは頭がうまく回らなくなったので、昼休みがわりに近所の「きりん」とかいう薬局日用雑貨店まで歩行した。あたたかく気持ちがよかった。目当ては、レールを固定する大型セメダインないし、水もどきのクリア塗料だった。だが、残念ながら、シャンプーや洗剤やちり紙は山積みされておったが、セメダインなどは子供の工作用のものしかなかった。
 当たり前だ。薬局であって、ホームセンターではない、ことに気づいた(笑)

全長70センチ長の編成車両快走
 仕方なく、重い足をひきずって屯所に戻った。
 HOタイプの車両は一両あたり25センチほどある。これを二両、DE10機関車(20センチ長)に引かせて、すでに固定したフライシュマン製レール(半径36センチ)を走らせた。なんと、走った! 全長70センチ長の編成車両が、半径36センチのカーブを順調に走ることで、なにやら胸のつかえがおりた。図書館列車となると、どうしてもHOタイプの大型(Nタイプに較べて)でないと、委細を尽くせない。これが安定して走るということは、わが邪馬台国周遊図書館ジオラマは半ば成功したといえる。レールは完全に固定することで、安定走行するという原則を身にしみて知った。

JR九州の特急ソニック
 隣の外周では、JR九州のソニック特急(小型のNタイプ)が走っておった。これはレールを固定していないが、なんとかよく走る。勿論セメダインでレールを後日きっちり処理するが。なお、見せ場の巨大ループをソニック3両編成が登らなくなったので午後2時頃少し鬱になった。よくよく調べてみると、車輪ゴム(摩擦係数を上げる)の一輪が外れていた。この車両は、ふりこ式の台車だから、以前むりやり外して壊してしまった。今度は丁寧に台車を外して、ゴムをきっちり元にもどした。うまく登坂してくれた。うむ、鬱は消えた(他愛ないなぁ)。

 午後遅く、鬱もはれて気分がよくなったので、たまった会議資料二日分をいろいろ検収した。余が直に関係することもあるし、メールも数通あった。貧乏暇無しだねぇ。

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2010年3月 9日 (火)

小説葛野記:2010/03/09(火)雨の葛野

 葛野記を記すのは久方ぶりである。日々葛野に日参しているわりには、葛野記を書くゆとりがない。
 今朝からずっと雨だった。

1.GNOME(グヌム)上海:上級
 手が上がったと言うよりも、最近はベストテンに入らない。すでに随分上位を占めてしまったからだ。現在は調子の良いときで3分30秒、普通で4分台、それにしても手詰まりは多い。上級は難しいとも言える。
 ただ、以前あるとき、4枚の同一パイが重なったことがあった。これはバグかもしれない。

 2分46秒、2分49秒、2分59秒
 3分5秒、 3分8秒、 3分10秒
 3分11秒、3分12秒、3分13秒
 3分14秒

 以上がベストテンだ。3分を切ることは滅多にない。よって自己ベストは2分46秒。これ以上は無理だ。
 この場合、牌面をまったく選んでいない。かえって最初がよさそうに見える時は、手詰まりになる(笑)。
 パターンを認識する能力は確かにあがった。

2.事務所の引っ越し
 全学的に学部学科が再編成されたので、4月の入学式にむけて、4Fにあった共同研究室その他施設が、この数週間で一挙に1Fに移った。秘書さん達には大変な労力をかけることとなった。合掌。
 そういえば図書館の若い司書さんたちも、昨日なんか、大きな箱(多分図書が詰まっている)をキャンパスで何度も運んでいた。司書は力持ちでないと勤まらない!

3.DCC ディジタル制御
 鉄道模型をディジタルに動かすシステムを入手して一ヶ月ほどたった。PC接続インターフェースやアプリケーションや、デコーダー(一台一台の動力車などが、指示を解析しモーターを動かす。チップみたいなもの)がなくて、まだまだ眺めている状態だ。この点で、日本はなかなか進展がなく、大抵の部品は店になく、通信販売も在庫切れが多い。日本には、専門メーカーのようなものが無いようだ。一社が米国製のOEMでもないが、輸入して多少の加工というか、アレンジして販売してくれている。個人で販売しているのも、一つほどは見つけた。
 工学系、電気系の人なら、こういうシステムをゼロから作る人もネットでは散見するが、難しい脳。
 AI的な雰囲気を持った歩行ロボットは日本独自のものが多数多種開発販売されているのに、鉄道模型のAI化は非常に遅れている。日本はアトムボーイの国だから、鉄道よりもロボットの方が先端を行くのだろう。
 一つの方法は、ロボットをまるまる大型鉄道に搭載すれば、おもしろそうなものも出来よう。もう少し、余も若くてメスさばき(ハンダとかピンセット)が鋭くて、脳がきらきらしていたらなぁ~と、老いをかこつなり。ぐちぐち。

4.本日定食
 本日は屯所で2時間程度、邪馬台国周遊図書館ジオラマのHOゲージ・レール部分をセメダインで固定した。午後に走らせてみると、脱線が皆無になった。HOはNに較べて車両が重いから、レールをそのまま置いた状態では地盤に応じてレールがたわみ、よく脱線する。来週はNゲージレールを固定化する。今週は、多分おそらく屯所工作は無理となろう。残念。
 乱れに乱れた部屋を整理し、書類をかたずけることで、夕方になってしまった。今のままでは新学期の授業準備がまだ手つかずだ。
 特殊な新規2科目に手を取られているせいだ。
 一つは、新入生に公共図書館を見学してもらう。このためのプログラム作成。
 一つは、集中授業の予定で、「地域としての生涯学習施設:ジオラマ製作」がある。
 二つとも、新しい科目で、これまでにない手法が必要なので、ずっと悩んできた。旧来は旧来で残るから、なかなかに貧乏暇無し状態が激しくなる。困った、困った。

*.というまに夕方
 今日も午前3時に起きて(昨夜就寝は午後9時!)、あれこれすませて、早朝から葛野にでてきた。することなすこと手が遅いから、なかなかことが進まぬ。これが人生ちゅうもんや。まだ、何かに手を付ける気力だけはあるから、夕食は毎晩美味い。よく眠れる。そういうことだ。

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2010年3月 8日 (月)

小説木幡記:2010/03/08(月)詩(うた)とか人生とか

 原詩はそらで言葉に出して言えるのだが、漢字がわからぬので、意訳して記しておこう。こんな詩があった。

 長雨が空の塵や花粉を落ち着かせ、地を潤している。
 わらぶきの軒に水がしたたり、屋根も青々と雨に映えている。
 さて、友よ。雨があがった。
 君に勧める一献。
 君、杯をあけ西に旅立てば、はやなし。
 君の席に換わる者なし。換わる者なし。

 漢詩であれ日本の詩歌であれ、ひとつの芸ではあるが、心と言葉はお互いに絡み合っているから、良い詩がうまれればよい心映えにもなる。その逆もある。心を写す鏡は言葉や行いや、日常おりおりの風姿に現れる。だから詩ある人生を歩むには功利を求めぬ方がよい。黄泉路を照らすのは利ではなくて、詩情なのである。
 詩情は利に疎い。だから、詩情なのである。

 一つの詩や物語を心に描くだけで豊かになる。それを言葉に記すのは芸事、技術でもあるから巧拙がある。しかし心の中は手技よりも、ゆとりが大きい。だから、詩を心の中で詠えばよい。心の中で大きな声を出せばよい。多少の拙さは広い心が包み込んでくれる。
 それでも巧拙がある。だが妙なうまさは味わいが落ちる。きつい味付けに飽きるのと同じ。だから昔の人が歌った歌の、心に響くものを歌えば良い。

 余はときどき昔の詩や物語を心で読み返している。すると、気持ちが楽になる。
 故人なからん、なからん。

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2010年3月 7日 (日)

NHK龍馬伝(10)引き裂かれた愛:密偵

承前:NHK龍馬伝(09)命の値段:龍馬のひとがら

 今夜は感動を伴いながらも感想を記しにくい日曜の夜でした。
 加尾(広末さん)の雰囲気は、土佐弁と若いしなやかな女性らしい口調とが相まって、ドラマに実に溶け込んでいたのですが、兄を選ぶか龍馬を選ぶかの岐路に立たされて、兄を選んだわけです。あの情景では、しかたないと思いました。
 だから書きようがないのです。
 めちゃくちゃな話ですからね。

 他方、江戸の千葉佐那(貫地谷さん)の気持ちも悲痛でした。好きな殿御が完全に地元に籠もるというのですから、さすがの鬼小町も涙を浮かべておりました。問題は、龍馬が故郷に許嫁のいることを佐那に伝えたことでしょうか。佐那ほどの気性なら、龍馬を追いかけて土佐まで行くのも自然ですが、地場で根をはると硬い決心の龍馬を追いかけることは、好きな殿御の意志、気持ちを踏みにじることになります。辛い立場でした。

 ところで見所(みどころ)ですが。
 吉田東洋の敵ともいえる上士の屋敷に、加尾と兄と、武市半平太がうちそろっています。加尾が山内家から三条家に嫁いだ姫(山内容堂の妹)の世話係として、上京し三条家にはいる話をしているときでした。龍馬が加尾、加尾と叫びつつ押し入ろうとします。もちろん家士たちに止められます。龍馬は北辰一刀流目録の腕をもって、真剣のつばに手をかけます。そのとき、「抜くな、龍馬」と、武市半平太が止めに入ります。

 この武市の動き、表情、台詞がよかったです。
 この場合、武市が止めたのは自分たちの計画(反吉田勢力の結集と、加尾の上京、三条家を通しての情報収集)が壊れるから、という意味にはとれませんでした。龍馬が抜刀すれば、龍馬もその兄の坂本家も死罪となり、家が取り潰しに遭うのを止めた、と感じるのが妥当だと思ったのです。

 ところで。
 まだ来週も土佐藩の中での権力闘争が描かれ、そこで龍馬も武市も、あるいは岩崎弥太郎ももみくちゃにされます。武市は土佐勤王党の盟主として、主体的ではありましょうが、それでも下士という制約からの脱出と藩内抗争の板挟みの感が深いです。できれば、龍馬は早く土佐脱藩までワープしてほしいです。見ていて辛いのです、土佐での龍馬が(笑)。

 それと。
 人斬以蔵の伏線が今夜もありました。武市は、「大事な話があるから、おまえは下で見張って、だれも近づけるな」と以蔵に言います。以蔵は不服そうな顔をしました。つまり、以蔵はずっと下っ端扱いされるわけです。これがどんな風な影響を後日もたらすのか~。
 

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新誠会2009:伏見港の「月の蔵人」 2010/03/06(土)

承前:新誠会2008:伏見港の「黄桜」 2009/02/21(土)

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↑記念写真:新誠会2009 & 当夜の料理

 昨夕、京都の伏見港「月の蔵人」で葛野図書倶楽部2001総会・送別会「新誠会2009」(しんせいかい)が催されました。丁度昨年2009年2月に同地「黄桜」で2008年次組を送り出したことが、つい数日前のことのようによみがえりました。その時は2009年次が黄桜に集い先輩を送り、昨夕はつい隣の「月の蔵人」で送られる立場になったわけです。
 永劫回帰、我々はいつも青春の伏見港界隈にたち返り、宴に集い、想いを新たにしてきたのです。

 送られた幹部は、局長2009、経理局長兼務一番隊長2009、書記局長兼務二番隊長2009の3名でした。
 送る側は、副長2010新誠会幹事長、三番隊長2010幹事、経理局長2010出納幹事の三人で会を進行し、局長2010、書記局長2010、一番隊長2010の三名で花をそえました。私をいれて、総勢10名のささやかな新誠会でありました。

↓最高顧問祝辞
Opne201003062 最高顧問の祝辞は、常と変わりなく、自宅から京阪電車に乗車中、窓のそとを見ながら旅立つ青年たちへのはなむけの言葉を考えておりました。想いは継承にあったのです。継承は難しいことです。倶楽部の創造が2001年に始まり、継承発展蹉跌中興そしてまた再びの継承発展、やがて全てが消える組織として、私は歴代の新誠会が催された会場名を当夜列挙しておりました。古事記にしろ、旧約聖書にしろ、おびただしい眠りをさそう神名列挙に神話の本源がありました。会場がたかだか3つの回遊であるにしろ、さすがにそのすべての倶楽部ご隠居たちの名をあげることは避けましたが、しかし心中ではつぶやいていたのです。その最後に、昨夕の幹部3名も追加しました。人の営為というものは、名を順繰りに唱えることにつきるものよ、と私は宴が終わった後、ふたたび京阪電車に一人乗り、思った事でありました。

 あと、今度送り出した4名が2011年3月に送られ、その時送った者たちが2012年3月3日に幕を引きます。常おもうことは、万物の流転、始まりと終わり、この二つにつきます。寄り集った青年達には、まだその世界観は難しいかもしれませんが、加齢・経験とともに想いをともにすることでしょう。

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    新ご隠居からのメッセージと新・局長2010からの送辞↑

 新・ご隠居から後輩たちと葛野図書倶楽部2001へのメッセージが披露されました。それぞれの気持ちが込められていて、すがすがしく思いました。なかんずく、局長2009のメッセージは紙片数枚に及ぶ長文でした。助勤(倶楽部員としての学生支援)代表として、常に同輩に代わって総括することを責務とした経験から、かくあいなったことと想像しました。それに続く二人のご隠居たちも、メッセージをそこに合わせ、なお自分自身の核となる言葉を後輩達に紡ぎ出してくれました。密かな壮観であったと、私は味わいかみしめました。諸先輩への送辞には、新・局長2010からの言葉がありました。新旧、いずれも型にはまらず、空疎な言葉ひとつとしてなく、これこそ葛野図書倶楽部2001、その青春群像の真骨頂なりと、私は深く感じ入った次第です。

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    プレゼント交換↑
 2月末に経理局長2008がわざわざ北国から、2008年次を代表してご隠居祝い品を持参してくれました。当日二人には直手渡しができましたが、局長2009には新誠会渡しとなりました。歴代、一つ前の年次の人たちがこうしてお祝いを寄せたり、卒業式当日に訪れたりで、同じ時期に屯所で同居した倶楽部員達はなにかと細やかな優しさで、旅立ちを祝してくれています。
 現役達はいつも、時間をかけて工夫をしたプレゼントを先輩達に贈ります。このたびも3人の幹事が中心になって、屯所であれこれ手作りしていたのを見かけておりました。なにかしらこういう美風は、私のような多少荒っぽい気性の者には、異世界じみていて、それでも毎回毎回感動しています。
 卒業生からは後輩たちに、きらきら光る「何か(笑)」が送られました。私には、渋みのあるマグカップと木のスプーンが贈られ、破顔しました。私から、卒業生達には~贈る言葉につきます。気持ちを込めて、機関誌Truthに送別の辞を記しました。私にとっての最大の責務は、青年達が都で生きた事跡を言祝ぐことにあります。

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    笑顔と二次会(駅前ミスド)↑

 時がすぎました。経理局長2010の〆の挨拶も無事おわり、一同定例の駅前ミスドに参りました。私は牛乳珈琲を注文しようとしましたが、メニューでは「終了」と書いてありました。珈琲を飲み、私一人が早々と席を立ち、最後の最後まで写真班をつとめた三番隊長2010からカメラを受け取り、また来年もこの年並の行事に、今夜の倶楽部員たちが皆々参加できることを念じつつ、京阪電車の暗くなった車窓から、伏見港の風景をながめておりました。
 その夜、葛野図書倶楽部2001・新誠会2009(月の蔵人)の記録を書き出しました。

参考新誠会2007/03/03(伏見港の「月の蔵人」)

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2010年3月 6日 (土)

小説木幡記:2010/03/06(土)生を愉しむ

 雨だ。花粉症が少し落ち着くと耳にした。
 今日は久しぶりの電源落とし日(世間ではオフとかいう)と決めていたので、気持ちが朝から軽やかだ。もっとも、新春に造った二つのマシン、Win7とubuntuは、電源スイッチを落としても通電はしている。時にbiosレベルで不調をおこしたときは、コード全体を引き抜かないと完璧な再起動を果たせない、……。などとマシン話をするつもりはなかったのだ。

マシン往還
 それにしても、今春の自作マシンは2台ともまだ記録を残していない。理由の一つは安価なもので、自動車で申すと大衆車クラスなので、書くほどの目新しさなど無い、とうそぶきつつも、他方、「なにも書かなくてすむほどに、快適きわまりない」というのも、事実なのだ。それぞれのOSは、実に良くできておる。そして一昔前なら高級PCといえる、現代の普及システムで、夢のような快走を毎日果たしてくれている。
 ただし、葛野のubuntuマシンは入れ物が工具箱(1500円)なので不備が目立つ。500GBの2.5インチハードディスクをテープで底に貼り付けていたのだが、知らぬ間にはがれ落ちて、SATAケーブルだけでぶら下がったまま。スイッチは、工具箱の硬い樹脂に穴あけするのがめんどくさくて、そのままワイヤーのしなりに任せているから、いまだに宙ぶらりん、……。
 (動けばよい! という荒技思想のもとでは、万事がこうなりがちだな)
 (余の人生も、こういう点がなきにしあらず。日々、喰えればよい! 多少電気代のかかる人生じゃ)

少しずつ読書
 いま高床式寝床(つまり、世間ではベッドという)の枕辺には数冊の図書が置いてある。今のこの時点で横切り(スライスというたほうがわかりやすかろうか)するならば、松本清張(古代史談義)、ダン・シモンズ(長編SF)、水野良太郎(鉄道模型)、青柳正規(世界史)、保田與重郎(後鳥羽院)、DelPhyマニュアル(2006年版!)などがある。
 珍しくふつぅーの現代小説が皆無である。
 まして政治もビジネスも絶無である。
 そうなのだ、加齢のよさがしみじみ分かってくる。世の中、どれほどばかばかしい情報に満ちあふれているのか。そして代々、才子たちがどれほど気色悪く世界や日本をうごかしてきたのか。多くは、みすぎよすぎのため、名声のため、……。やめておこう、書けば筆が濁る(キーボードが汚れ、へし曲がる)。
 というわけで。
 枕辺にのこった情報にこそ滋味がある。

新誠会2009
 今宵は伏見港ちかくの店で、葛野図書倶楽部2001の総会がある。隊を出する幹部は2009年次と記録される。
 そぼ降る雨が詩情を豊かにする。
 これ、人生劇場のひとこまなり、也。

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2010年3月 5日 (金)

纒向宮殿紀行(2)桜井市・埋蔵文化財センターの見学:纒向遺物

承前:纒向宮殿紀行(1)崇神天皇・山辺道勾岡上陵

2.0 桜井市立埋蔵文化財センターについて
 纒向遺跡発掘は奈良県桜井市の教育委員会が中心に行ってきました。その現場拠点が「桜井市立埋蔵文化財センター」だと思います。この施設には以前から数度訪れてきましたが、外観からは「重要なセンター」という雰囲気がつかめません。各地にあるごく普通の埋文センターの一つにしか見えません。しかし当たり前ですが、実質的には様々な遺物が調査研究されていて、将来は規模を拡大し、施設自体も記念碑的な構造に改良する必要が出てくるかもしれません。あるいは充実した付置研究所も設けざるえを得なくなることでしょう。

桜埋文00:「纒向へ行こう!」
 それはさておき、休館日が月火と祝日の翌日になっています。先年(2009)の春先に寄ったときはあいにく火曜日だったので閉まっていました。この記事の時(2009年秋)は事前にしっかり確認して旅行日を定めたので、無事入館できました。なによりも、過去の資料類やパンフレットが豊富にそろえてありますから、興味の深さにしたがっていくつか購入されるのがよいでしょう。左写真は、その中でも纒向遺跡の全体が一目でわかる地図と遺物解説のついた、手頃なパンフレットです。
 表紙写真には良く晴れた日の箸墓古墳が写っています。纒向遺跡の全体を象徴するものとして、巨大な前方後円墳を選んだのは、それなりの理由があるのだと想像しておきます。

2.1 第166次発掘展示コーナー(2009年秋の巨大建築物遺構:宮殿?)
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 会場ではちょうど「平成21年度秋季特別展 弥生後期の集落史」の展示中でした。私が興味を持つ邪馬台国問題は時期的に弥生後期~古墳時代前期に属するものですから、一通り場内を一巡しました。しかし事実は、遺跡の写真や遺物の写真をみても、そこに何かを想像できるほど詳しくはないので、「ふむ、ふむ、いろいろあるなぁ」程度の感想しか持てませんでした。私などは、等身大の人形がいくつかあって(笑)、音楽や光の効果がないと当時のことをイメージできないものです。ただしそういうことを現在の埋文センターに求めるのはお門違いであるとは、十分認識しております。

 目当てのコーナーは、実は入り口近くにありました。今回の大型建造物発掘に関係する「第166次発掘」がそれでした。コーナーには直接関係する第162次発掘(2008年)が一緒に展示されていました。出土遺物のうち162次分については、すでに分類名称が付けられていましたが、下記写真1の166次今回調査の結果は、素のまま展示されていました。

 ここで上記写真の「庄内3式」というタイプは、
 {庄内0式(2世紀末)~庄内3式、布留0式~布留4式(5世紀末)}
に分類される相対的な土器編年の一区分です。ともに土師器(はじき:素焼き土器)で、後世の須恵器(すえき:陶質土器)とは異なります。庄内とは大阪府豊中市庄内、布留とは奈良県天理市布留が名称の起源のようです。庄内式の壺は底がやや尖っていて、布留式の壺は丸くなっています。
 ただしこういう土器編年は複雑な区分原理でなされているので専門家によって多少違いがあります。要するに、庄内式土器は纒向遺跡によく出土され、それより新しい布留式は箸墓古墳の話題によく登場するという程度に、現在の私は認識しております。

写真1:162次~166次発掘展示コーナー

桜埋文01:纒向遺跡第162、166調査コーナー
桜埋文02:纒向遺跡第162次調査
桜埋文03:纒向遺跡第166次調査
桜埋文04:出土物>162次~166次調査
桜埋文05:第166次発掘地写真

2.2 これまでの発掘調査出土遺物
 展示場を行きつ戻りつしている間に、これまでの纒向出土遺物で特に気になった物を写しておきました。一つは木製仮面です。口のところに鍬の柄をさして土を耕していたのでしょうか。一目見たとき、農耕の鍬を連想しました。しかし鍬にこういう仮面様式を取り入れるのははなはだ実用性に欠けるので、農耕神事に関係した仮面かもしれません。この木製仮面については、鼻の穴があったり、目がくりぬかれたりしていて、造った人の現実認識感がよく現れていると思いました。国内に類似例があれば、もう少し詳しく考えてみます。現在の私には、白布をみにまとった女性がギリシャ悲劇の仮面演劇のような雰囲気で登場するイメージが濃厚でした。

 もう一つは、水に縁が深い舟や水鳥の出土物でした。このことは、邪馬台国が水の都だったという仮説をNHKのTVで見て以来、印象がますます深まってきました。Mulogの 「卑弥呼の墓(014) 水の都・水上宮殿:纒向遺跡の全貌」を参照してください。
 その説を補強する意味で、箸墓の周壕が全長500mにも及ぶかもしれないという2008年の発掘調査を思い出しました。(MuBlog記事
 後世になるともっと明確になるのですが、纒向というよりも大和の王朝は河川によって難波(なにわ)と直結していたようです。そういうことが不意に出現することはなく、2~3世紀の纒向地帯では舟によって重要施設を往還していたのかもしれません。具体的には穴師の谷からでてくる巻向川などが中心河川だったのでしょう。もちろんこういうことはもっと調べないと正確にはいえないことですが、展示場で直接、舟の模型などを見ていて気持ちが深まりました。

写真2:これまでの調査出土遺物

桜埋文06:木製仮面>第149次調査
桜埋文07:様々な出土遺物:水に縁がある
桜埋文08:主要古墳の配置図
桜埋文09:纒向遺跡航空写真

2.3 箸墓模型
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 箸墓の模型がありました。1/1500の縮尺でしたから、箸墓古墳(280m)は19センチ弱の大きさで表現されていたはずです。こういう模型を眺めると、博物館、資料館のありがたさを感じます。本当は、実物の古墳をながめても全貌がよくわからないのです。たとえば河内の仁徳天皇陵などは、市役所の最上階からみても、ただの山にしか見えません。しかし近所の資料館の模型を見たとき、はじめて仁徳天皇陵の巨大さというよりも、偉容に心うたれました。
 箸墓については、書陵部管轄の前方後円墳ですから私などが現地を経験することは絶対にあり得ないわけですが、それでも比較的信憑性の高い測量地図、原型図などは教科書、参考書でよく見かけます。別の話になりますが、現在「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」を制作しています。その第二次工程では、1/1500程度の箸墓古墳を造る予定にしています。1/1000ですと28センチほどになりますから、形が明確になるはずです。
 この箸墓模型で気に入ったのは、樹木の繁茂が上手に表現されていることです。横の池については、少し水の雰囲気が低調です(笑)。

写真3:箸墓古墳模型など関連展示物

桜埋文10:弥生時代後期後半の集落や溝
桜埋文11:箸墓古墳模型 1/1500
桜埋文12:土偶や石棒
桜埋文13:箸墓古墳の解説
桜埋文14:メスリ山古墳の巨大埴輪列模型

参考
 (JoBlog)纏向遺跡の古代地形
 (JoBlog)纏向遺跡の遺物について

桜井市立埋蔵文化財センター
  所在地案内ページ
  ↓所在地Google地図

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2010年3月 4日 (木)

昭和の鉄道模型をつくる(40)樹木2(ライトグリーン4本)

承前:昭和の鉄道模型をつくる(39)樹木(グリーン4本)

40:ここまで完成(~38、39、40号)
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 今回の昭和の図書館列車姿はいかがでしょうか。先頭のディーゼル機関車は詳しくいうと、DE10-1049ゼブラ塗装米子(Nゲージ・マイクロエース社製)です。鉄道図書館列車としてはリチウムイオン電池などに動力源を変更する必要がありますが、私の考えるジオラマがいずれも電化のない田舎や深山幽谷を走る想定なので、このDE10形は大きさやバランスから重宝しております。

 後ろの客車は、これは後日、二階建て図書館列車に改造してからまとめて報告するつもりです。実車を見たことがないのですが、関東地方の方で箱根へ行かれる際に乗車する特急車両です。多くの二階建て図書館列車の中でも、このモデルには期するところがあります。おなじみのサロ124に較べて、華やかさ、斬新さが深いです。前者が通勤緩和の車両だったなら、後者は純然たる観光地行きの特別車両だと思います。図書館列車は、本当は日常に使ってもらいたいわけですが、やはり一等「ハレ」の気分を秘めている方が、将来の人々を図書館列車に惹きつけると思うわけです。

 DE10+二階建て特急車両(2両連結)、でこのレール・レイアウトを走行します。マイクロエース社の車両もTOMIXと同じく半径14センチを通過する20m級が多いです。

40:部品と工作(樹木2:ライトグリーン4本)
 というわけで、「40:部品と工作」は休載です。

40:鉄道模型の達人/楠井利彦 (くすい としひこ)

401:楠井利彦(くすい としひこ)
 紙で車体を造るというのは、惹かれます。真鍮でもない、プラスチックでもない質感が出ると思います。最近紙製のストラクチャ(建物など)に興味を持ちました。近所にできた「ボークス社のホビースクウェア」という鉄道模型の大型専門店で素晴らしい神社や建物の模型があったので、よく見ると紙製でした。そしてまた、その製品を製作していたのが「さんけい」といって、葛野の近所でした。(この会社のことはMuBlog記事で「嵯峨野トロッコ列車模型」について書きました。
 楠井さんは、もちろんご自身ですべて製作されるわけです。Oゲージといって普段見慣れているNゲージからすると巨大です。「20メートル級車両をNゲージで作ると15センチ足らず。しかし、Oゲージでは、全長45センチ近くなる」。この事情については、十数年前から小さな車両を自作するだけの視力がなくなったとも書かれておりました。
 身につまされるお話です。
 写真説明によると屋根は木製のようです。多分、シャーシー(というのでしょうか)・床板も木製と想像します(笑)。屋根はカーブを出すのに紙よりも木が適していると思いますが、それだけではなく車両全体の剛性を高めるために、屋根と床が木製で、側面を紙になさっているのでしょう。しかし完成品を写真で見る限り、素材が紙にも木にも見えません。塗装が極みをだすのでしょう。驚くべき技術だと思いました。(と、私には永遠にできません!)

40:車両の製作(3)/車両のウェザリング

402:車両の製作(3)/車両のウェザリング
 ウェザリングというのは人工的に汚れを付けて実車の現実感をモデルで表現することだと思いました。これは以前に少しやってみましたが、「ただ、汚れる」という感じで成功感はなかったです。それとは別に、私の使っている車両は目的が狭いので(二階建て、トロッコ的、JR九州の斬新な仕様、深山幽谷走行的ディーゼル機関車、……)、なかなか新しいものが手に入らず、すでに1~2年を経過した物ばかりで、ほこりや手垢や接着剤や飛沫塗料で、それなりに汚れちまっています。

 今回は「正統汚し技法」について、記事の要点をまとめておきます。
1.クリアスプレーを塗布する:塗料のノリをよくする。
2.エナメル塗料と薄め液を1:3で、凹部(床下器機など)に塗り、綿棒でこする(均一性を無くし、影を作る)
3.パンタグラフのような明瞭は部材は、エナメル黒原液で塗装し、汚れパウダー(タミヤウェザリングマスタ:私も持っています)で、雰囲気を出す。これは化粧するような扱いでしょうね。
 以上3点を何度か試みれば、それなりにリアリティーが出ると思いました。雑誌なんかで見ると、様々な技法があるようですが、なにか一つをマスターすれば、コツをつかめるのではないでしょうか。

40:昭和の『鉄道模型』をつくる

403:昭和の『鉄道模型』をつくる;40
 北陸本線「米原~直江津 353.9km」を走る全国唯一の寝台特急電車(581系、583系)を改造した419系の話に興味がわきました。
 というのは、たとえば自家用車ですと数年毎にマイナーチェンジ(部分改良)し、5年以上経過するとデザインを根本的に変えて購買欲をそそる、いわゆる「新車」指向が強いわけです。中古車市場も盛んですが、大体十年をすぎると廃車の憂き目にあいがちです。もちろん電車などもその周期が長いだけで、変化はあるわけですが。

 ところが鉄道車両の場合は、最近の京阪電車もそうですが、色と内装と部分的に新調されるくらいで、ものすごく車両の使用期間が長いようです。つまり、古物扱いされるものが延々と生命を保っています。原型が質実剛健、丈夫で頑丈なのでしょう。
 この記事によれば、北陸本線の近郊型電車になると、もともとが寝台特急ですから大改造にあたります。それをするだけの値打ちが車両にあるのでしょう。
「働き者の特急電車は、老いても盛んだ。第二の人生も、北陸本線の優秀な戦力になっている。その性能は、乗ってみて納得した。動きや乗り心地が実に快適なのだ」

 以前、どこかの市電が数十年間実際に使われている記事を読みました。部品なんかは、いちいち一品製作するようでした。普通の列車だと、限界はあるでしょうが、命あるかぎり使い切るのでしょう。鉄道車両の質実剛健さが今後も残ることを期待します。

40:未来の図書館、過去の図書館
 一月末に伊勢参りを近鉄二階建てビスタカーで経験して以来、ますます「鉄道図書館列車構想」が私の中で実感をともなってきました。近鉄電車の奈良から伊勢への路線が定規で引かれたように延々と続く直線であったことや、近鉄電車が標準軌幅(広軌1435mm)だと人に教えられ、それならまるで新幹線と同じ条件だったと後で気づいたのです。
 新幹線が時速300kmで走る振動に比較して、同じような路線を時速約100km程度で走るビスタカー「楽」の車内での静粛さ、読書環境の良さを実感しました。奈良線などの、JR旧来線は狭軌(1067mm)ですから、約40センチの幅の大小が高速度や揺れの少なさ、全体的な安定感をもたらしていると考えました。
 その後調べて分かったのですが、関西圏の私鉄は昔から軒並み標準軌のようで、私が幼児から親しんでいた京福電車(嵐電)も阪急、京阪、近鉄と同じく広軌でした。あの小さな電車も少し手を加えれば、静粛で安定感のある図書館列車に変身するかもしれません。

 さて常日頃考えている特急車両改良の「二階建て図書館列車」ですが、いままでの復習を兼ねて、図書館列車構想の要点をまとめておきます。

1.二階建て図書館列車
 比較的長距離を想定し、都会から地方、地方から都会への往還ないし環状運用を図る。
 目的は、柔拘束状況(停車時以外は椅子に座る)での読書や研究の便を図る。
 観光や一般旅行を兼ねてもよい。
 列車構造は、一階を書庫及び重読書室とし、二階は軽読書室、サロン、カフェテリア等の快適さを用意する。
 このために、振動や騒音の少ない現行特急車両を改造する。
 車両編成として、会議室車両、コンテナ書庫車両、岩風呂車両、お座敷車両などの編入も可能とする。
 
2.トロッコ図書館列車
 比較的短距離を想定し、一地域内での網状、環状運用を図る。
 目的は、地域にある生涯学習施設(図書館、博物館、美術館、名所旧跡など)を相互にリンクすることにある。
 すなわち、地域の「知育の足」とする。
 この場合、地域によっては観光遊覧の意味が高くなることもあり、その地域では地元住民と(観光)来訪者とが等しく安全・安価な「足」を共有することに意義を見いだす。
 車内には、地域資料、観光パンフレットなどを恒常的に配架する。小図書室である。

3.二階建てトロッコ図書館列車
 主に風光明媚な地域では、上記1と2との機能を複合した編成列車を用意し、一定地(駅舎、名所地での引き込み線など)で、長時間停車する静止型図書館列車として機能させる。過疎地においては、従来の移動型図書館と同じ意味を持つ。

 以上の構想を果たすには、技術的には問題は少ないです。強いて言えば、騒音や排気ガスなどの環境問題を解決するために、リチウムイオン電池などを用いた牽引車が必要になります。あえて自走電車を後回しにしているのは、各車両毎の特徴を徹底して出すため、動力は牽引車に任せるという考えからです。

社会・経済制度の観点からは説き起こすべき問題が残ります。
<注:以下は結論にいたるメモです。>
 今、多くの路線が採算性の問題から廃線になり、バス輸送に切り替えられ、そのバスがまた不採算の故に路線を縮小ないし廃棄されています。こうして地域全体の移動機能は自家用車やタクシーに限定されてきています。自動車は、個々の利便性は高いのですが、社会全体を豊かにする点では限界を迎えています。個々の維持費、燃料代、交通事故、無謀運転、走る狂気・凶器、ライセンス制、若年および高齢者の利用制限など、個々に任せる故の自由や孤立性が、逆に将来の足かせとなってきました。なによりも、訓練の少ない不安定な生命体が、長時間大馬力の自動車を扱うという、根本的な危険性を内包しています。

 そのような社会全体の動きの中で、自動車自体に問題があるにも関わらず、鉄道が都会の私鉄や、新幹線などを除いて凋落してきたのは、鉄路というものを「輸送」という限定目的のみではかってきたことが、衰退の要素だったと考えます。輸送という観点だけならば、大型トラック便や、ドアtoドアの自家用車に席を譲るのは自明だったと言えるでしょう。

 鉄路に輸送以外の他の目的はないのでしょうか。
 その解の一つが、安定した広く豊かで静かな空間移動だと考えます。このことを利用すると、将来の人々の生き方を見据えた生涯学習施設としての「二階建て図書館列車」が走ります。
 おそらく今後ますます「人の移動」が少なくなっていきます。効率の面から、エネルギーロスの面から、人が移動しなくてもよい世界を迎えつつあります。ただしかし、生物としての人間が、移動するエネルギーを無駄、消耗と考えたとき、世界は植物状態になることでしょう。植物が悪いのではなくて、もともと移動する動物としての人類が、移動をストップしたとき、無気力となり衰亡が始まると予想できます。インターネット技術などの隆盛は、自動車と同じく利便性の裏面で反人間性を助長しているわけです。
 ……
 この先の話はまた後日に考えてみましょう。
 空間移動しながら、学習であれ研究であれ娯楽であれ脳を使うことに私は、なにか秘められた人類再生の謎を味わっているのです。

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2010年3月 3日 (水)

小説木幡記:2010/03/03(水)長い年月の水垢かな?

 ここ数日間MuBlogを休講した。気疲れしたようだ(いつものこと)。つまり、非日常的なことがあると、日常的なことができなくなり、当然日々これ好日、日次のMuBlogも書けなくなる。記憶があるうちにメモしておこう。

3月1日(月曜)のことじゃった。
 8:45~14:30、某国立系の病院へ行った。遊びに行ったわけでもないが、水杯を交わして出かけたのでもない。好奇心一杯で、冒険に出かける気分だった。

 掛かり付けの医師と先年から相談していて、そろそろ長い人生の身体の垢を「まとめて落としましょうや」、ということだ。病院の担当医師は、掛かり付けの医師の後輩にあたるらしい。
 「腕はよいから、心配しなくてよいです」とのこと。なにかしら笑えた。
 余も難しい調べ物を頼まれたとき、もし後輩の関係者にまかせるなら、きっと「紹介した後輩がもしかして頼りなく見えても、ちゃんとしていて、調査する腕はよいですよ」というだろう。まさか、「どうしようもない後輩でね、客がよりつかないから、あんたちょっと彼の常連になってよ」とは言わない。

 ということで、まず検査室A、次に検査室B、さらに検査、……。検査好きだね、現代医学は。黙ってすわればぴたりとあたる名医はおらんようじゃ。血圧、体重、血液検査、心電図、エコー、レントゲン、……。いやはや、盛りだくさん。
 ということで、一通り済ませて、やっと件の名医に面会した。40代半ば、賢そうで穏やかなドクターなのでほっとした。
 医師と一緒に検査データをひとつひとつ点検していった。ふむふむ。30代ころから、かならずひっかかる、やれ中性脂肪、コレステロール、肝臓、腎臓、心電図、……。その全てをクリアしていた。すごい。社会に出て以来、もっとも正常な状態のようだ。
 これは、逆に異様な話だ。

 むろん、それで「サイナラ」ではない。実は年末に、あらかじめ64カ所を一時に照射するCTスキャンを別の病院でつかって、完全なデータがDVDに収まっておる。掛かり付けの医師から託されて、当日最初に渡したのが、DVDと紹介状だった。
 だから、ネタは割れておる。つまり、余の掛かり付けの医師の専門分野と余の実情がぴたりとあったわけじゃな。普通の医師なら、「データはすべて正常だから、大丈夫です」と、なっておったろう。眼前の担当医も、余の表層的データよりも、DVDですべて見てしまっておる。

 「では、ここの脈を診ましょう」
 「はい」
 「!」
 「どうしましたか?」
 「おお、脈がない」(爆)

 まあ、わかりやすく申すとそういうことじゃ。脈がない、なのに余は生きておる。不思議。正確にいうと、他の箇所に比べて脈が弱いという文脈なのじゃが、余と医師はすでに一定の文脈を保って話しておるから、他のものが聞けば「脈がない!」としか、文法的には聞こえない。

 「それじゃ、この日に一泊しに来てください」ということで、いろいろ書類をもらった。
 (治ると必ず別の箇所が目立ってくるから、この一泊が何度かあるとのこと)
 どれもこれも必ず、「まれに死亡することもある」という意味が婉曲に書いてあって、それでも「サインしろ」が結末じゃ。そりゃ雑煮をたべても死亡するし、工作していても死亡する。授業をしていても、教壇でひっくり返って頭蓋骨骨折もあるしなぁ。ハンドルを握るのが好きだから、これこそ日々死亡する危険性と隣り合わせ。
 まあ、悪い医師や看護師がかねがね余の命を狙っておらぬ限りは、大丈夫じゃろうと、自分に言い聞かせておる。世の中がミステリでないことを祈ろう。

 ところで担当医や看護師には安心したが、当日は病院が受け付けシステムを変更した初日で、「やばいなぁ」と思っていたら、案の定複合脱線というか、余の名前の読み方が一字だけ異なっておった。「と」が「よ」じゃった。それを告げると、さあそれからが大騒ぎ(本当)。結果としてシステムにIDが二重発生して、最初のIDを消せなくなって、検査に行く先々で大混乱(だって、旧IDでよばれたり、新IDで呼ばれたり。そのたんびに方々へ電話しておった)。

 一体どこの会社がシステムに関係しておるのかとみると、なんと昔のガリバー。普通は旧国立系システムにはあまりないのだが、この大病院は外資系のシステムのようじゃった。だから総時間6時間滞在して、普通なら2時間程度で済んだことが3倍かかった。
 もちろん誰も余に、正式なわびはいれなかった。看護師ひとりが、「もうしわけないです」を連発してくれたが、看護師のせいじゃないからなぁ。最後の支払い窓口で、そばにたっておった職員に「こういうこと、こまるんだけど(支払い窓口には百人以上待ち行列)」と言ったら、「もうしわけないです。みなさん、ご迷惑のようで(言外に、あんただけじゃない)」とのこと。
 あはは。
 やっぱり、旧国立系じゃなくて、現在も親方日の丸のようだね。
 (ただし、システムを変えた初日の混乱は、赤子が泣くようなものだから、そういう日にあたった余の不運と、あきらめておる)

 さてと。
 というわけで、今年は全身ドックに入ったつもりで、つもりつもった長年の垢を落とそう。最後の最後は勢いで、なんとなく、心の診療科に追い込まれそうで、いやだね。昔「あんなもの占いだから、余の方がよっぽど腕が良い」というと、知り合いの関係者は以前、余を憎悪の目で見て、怒った(爆)。
 まあ、お互い様かな。
 今でも学生達は、余の図書館ジオラマをみて「それって、センセの趣味でしょう」と、さらりと言いよる。腹が立つ脳。

 ついでに昨日2日と、今日3日のメモも残そうとしたが、疲れてきたので眠ろう。またな。

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