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2010年3月21日 (日)

小説木幡記:2010/03/21(日)嵐電・嵐電・江ノ電

Muimg_6010
↑嵐電天神川駅に蚕ノ社から来た嵐電26号

 数日前の木幡記でカツカレーを食べながら窓越しに嵐電を写した。後で写真を整理しながら、「余もここまで姑息に肩身狭く生きるのは、辛い、我慢できぬ」と呟いておった。要するに、窓越しから電車を隠し撮りするような余自身を疎ましく思ったわけだ。
 そこで、と二度目の嵐電「撮り鉄」に出かけたわけではない。
 今春、右京中央図書館を学部新入生全員にそつなく、つつがなく静かに見学してもらうには、いささか集団引率の技が必要となる。放っておけばピーチクパーチク囀って他の利用者達からの苦情殺到、合わせて行方不明者続出となるは必定。
 余も冷や汗がわくほどに苦慮しておる。
 ……。
 つてをたどって大規模小学校の代用教員を半年ほどインターンシップせねばなるまい。
 と、そこまで思い詰めるのは愚策。
 ともかく。
 別の要員(SA)を引き連れて、二度目の下見に出かけた、……。

Muimg_6009_3 下見話はおいておく。引率という昨今大学の教員責務内容を赤裸々に記すのは洒落にもならぬ。
 それよりも、同行者達と別れて余はついに正面切って嵐電を撮った。
 誰はばかることなくレンズを真っ正面にむけて、撮った。爽快だった。
 繰り返しになるが、余は幼稚園に上がる前から、大学を卒業するまで、20年近くもこの嵐電の世話になった。幼稚園と高校時代は、これが通学電車だった。後者は帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅で北野線に乗り換えていた。
 そして。
 爾来、一度も乗車しなかった。近くを自動車で走ることは良くあるので、視野には入っているはずだが、まじまじと眺めた記憶すらない。おそらく経路から考えて、「乗る必然性がない」と思ったから、脳の情報処理がすべてカットされだしたのだろう。撮影しながら、身近に走り眼前にあっても「無い」とする脳の動きに、愕然とした。

Muimg_6006_3 帰路は嵐電に乗って、途中で阪急に乗り換えて、大回りして帰学した。おそらく、当日現地解散する新入生達の数割は、嵐電に乗って帰る者もおることだろう。どんな様子か確かめてみたわけだ。
 が、その前に向かいのホームを見慣れぬ電車が入ってきた。あわてて写した。
 写真を整理するときに拡大してみると、「江ノ電号」と書いてあった。
 ……。
 Googleで「嵐電 江ノ電」と検索したところ、2010年は江ノ電と嵐電とが、ともに100周年記念で姉妹提携した記事があった。鉄道マニアではないのでよく分からぬが、お互いの車両を「江ノ電風塗装」「嵐電風塗装」にしたようだ。電車自体を相互に交換したわけではなかろう。(わからぬ)。
 半世紀ぶり(ちょっと大げさ)に乗った嵐電は、まるで外国の電車のように、異人さんたちで一杯だった。ありとあらゆる国の人たちが嵐電を使っていることに気づいた。
 ショック、衝撃。
 何人かは、西院で下りて阪急に乗るまで一緒で、そのうちの数名は完全に京都に溶け込んでいる雰囲気だった。身のこなしが観光客じゃなかった。きっと、住んで居る方なんだろう。
 ともかく観光立国日本の京都の嵐電!
 すばらしい光景であった。

追伸
 乗車賃は200円、市バスよりも安い。ワンマンカーだった。

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