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2010年3月13日 (土)

小説葛野記:2010/03/13(土)今日も葛野じゃ~

毎日が日曜日
 今日も葛野記とあいなった。土曜日だからといって忙しいわけでもないが暇でもない。
 日本語文章として微妙な書きようだね。

 毎日が日曜日人生の余ではあるが、逆に70年ほど昔の海軍兵学校ちゅうか、月月火水木金金、ともいえるのう。すべてが平日とは、これは考えようによっては毎日が日曜日に通じる。まことに、人生は多彩なり。

 というわけで8:25葛野着~、午前中はたまった責務を果たしたり、物を考えたり(これが曲者)、HOゲージのレールを触ったりで、忙しい。正午丁度に別館の講堂に出かけて、群衆の中に身を潜めた。つまり、入学予定者の半数が事前に葛野に出向いていて、その説明会に、枯れ木も山の賑わい気分ででかけたということじゃ。

さまざまな学生達
 それが終わってしばらく休憩したあと、今度は自分の学部学科の学生だけが集まる簡単な懇親会に出向いた。約10名単位の新入生予備軍たちの間に同僚と一緒に机を囲み、ケーキを囲み、どこから来られた? とか、どんな勉強をしたいの? とか、和気藹々。
 余の席では、名前を聞くのははばかれるので(一体、どういうことかな?)、どこの産地かを同僚と一緒に聞いてみた。右に同僚一人(たしか枚方生まれ?)、滋賀県能登川、奈良県天理市の柳本(桜井纒向の直近)、京都市中京区円町、京都府亀岡市、滋賀県大津市の石山、大阪府高槻市の山の近く、大阪府茨木市、福井県大野市、そして左手が長崎県(市は聞き忘れた)。多彩だが、よくみると非近畿は福井県と長崎県だけじゃった。他のテーブルではもっと多彩かもしれない。
 余は産地は福井県やが、現住所は宇治市。十円玉の裏に平等院があって、そこから来ていると言ったが、一向にうけなかった(苦笑)。

あっというまの学生時代
 というわけで余の学生時代では想像もできない、入学前の行事であった。まあ、いろいろあって良かろう。
 学生時代は余にとっても昨日のことのように長期記憶化しておるが、いまの若者にとっても、その時期はあまりに短い。人生の「一閃」という思いがする脳。

 そういえば、今朝メールがあって、ご隠居の一人が四月から新しい職場(高校の司書かな?)に就くことになったとあった。望外の喜びじゃ。葛野図書倶楽部2001とは名乗っていても、実際に司書系に進む者は少なく、寂しい思いもするが脳、こういうメールは良い! 胸のつかえがおりる。前途多幸を祈念するなり。

しかし日々
 楽しみは日々山積みじゃが、心身がそれに追いつかぬ。四月からは鉄道図書館列車のAI化を考えておる。あたかも人工知能搭載の未来の鉄道図書館列車のごとく、……。思いはつのるが、脳が追いつかない。

 さきごろ読んでいるSFで意外な感動をえた。プルーストの一節をながながと引用して、ある天才画家(ルノアールなのか、ゴーギャンなのか、だれか忘れた。ゴッホでもないし、……)が世界を変えたという文章じゃった。それが納得できたから、プルーストは読まないと駄目だとおもったな。
 プルーストは退屈だろうが、ながながと考えをとつおいつ記していき、いつか普通では思いつかないことを自ら紡ぎ出していくということは、大切な、人間の生き方だと思ったね。

 つまり天才画家が、人々の世界を見る目を変えたという一節に感動した。うむ、じれったい、うまく表現できない。たとえば余が鉄道模型に図書館の未来を見た! といっても、余はそれを透視し、透観しておるわけだが、人々にはそれが見えない。それは余が天才ではない証じゃろう(爆笑だね)。
 もし仮に、全世界の読書人が、余がみるがごとく、世界に鉄道図書館列車が巡航することを日常として感じたなら、それは世界が変わったということで、それを変えた天才鉄道図書館評論家の余の面目躍如と、あいなる。
 プルーストという人は、そういうものの考え方が出来た人のようだ。素晴らしい!

 分かりやすくいうと、かつてのプレスリーとか、あるいはビートルズ、あるいは三波春夫さんは天才芸術家だった可能性がある。保田與重郎は我が国の古典の見方を変えた。小林秀雄は近代評論の考え方や見方を変えた。それぞれを天才と言ってよいのじゃろう。世界をどのように見るのか、その見方を変えるのは、昔はやったパラダイムの変換という言い方もあろう。いやいや言葉の定義は置いておく。要するに、プルーストは優れた人だったと、言いたかったのである。

 そういうことを今から勉強するのは、しんどいことだ。
 もう少し若ければ~と、貨車一杯の言い訳。

 いろいろ日々楽しいことがある。少しずつ味わうのもよかろう。

追伸
 もしかして1Q84は、世界の見方を変えるのか! と、ふと思った。
 余にはまだ霞みがかかっておる。

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