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2010年2月 7日 (日)

NHK龍馬伝(06)松陰はどこだ?:吉田松陰の考え

承前:NHK龍馬伝(05)黒船と剣:龍馬の青春像

 今夜の龍馬伝、見所を二つあげます。

1.鬼となった武市半平太
 当時の土佐藩主・山内容堂(やまうち ようどう)は明治5年に45歳でなくなっていますから、近藤正臣さんの演じる容堂は、今夜はまだ30代の後半だったのではないでしょうか。真っ白な髷、鯨飲する様子や「武市は下士ではないか」と口をゆがめた名演は、現実年齢からすると少し貫禄がありすぎです(笑)。しかし、近藤さんは好みです。昔、我が国を「神州なり」と言い切った北畠親房の役を近藤さんがされていたのが、昨日のことのようです。

 このとき画面では、吉田東洋はまだ武市を見込んでいたと見えました。そして武市を呼び出して、日本はどうするのかと問いただします。武市は「この神州に異国を入れてはなりません。打ち払うべきです」と応えます。
 すると東洋は「それだけか。おまえはそれだけの男だったのか」と漏らします。
 武市は瞬時に「私が下士だからですか、……。そのような扱いには慣れています」と、悄然とするのでした。

 帰ってからの武市は道場で一人居合抜きをします。
 そのときのカメラ、光線、すべてが武市の形相を「鬼」に見立てていました。その鬼が、なんの特殊メークも無いのに、本当の「鬼」に見えました。
 このとき、吉田東洋への憎しみが芽生えたのでしょう。後の事件につながる伏線です。
 武市は弟子達に「攘夷」の文字を見せて、その後の結束(土佐勤王党)を図りました。

 上士、下士のカースト問題は武市の内奥のこととしてやり過ごします。人の鬱屈、屈辱感は感じる人によって異なりますから、外からあれこれ言うても仕方ないと、思っているからです。

★武市を私人、私塾・徒党のリーダーと見たとき
 彼の「攘夷」は、その中身は知りませんが、一つの考えとして妥当と思います。「(不平等)通商」か「戦争するか!」では、どう考えても、祖国を踏みにじる蛮夷の暴虐です。日本土着民にとっては、日本は神州であり聖地なのです。他国に売り渡す物でもないし、他国に占領されるべきものでもありません。攘夷、エイリアンを打ち払う思想は自然法として認められます。鎖国貫徹は当時も、そして今も正しい選択の一つです。

★武市を重役補佐、政治中枢に参画する者と見たとき
 政治は国を守らねばなりません。国とは国体と民と国土です。それが国防、外交の基本です。あらゆる術策、奸計をとろうとも、祖国壊滅、亡国を防ぐには、許されます。昔は諸国ともに政教が一体、ないし政教表裏一体でしたから、あらゆる諸国間係争は神仏の御名において、双方の陣営で正当化されました。

 ただし戦争も外交の一手法という考えからするならば、「勝てない戦争」はしてはならないことでした。それがあるから、古代から合従連衡(がっしょうれんこう)、諸国同盟が盛んだったのでしょう。

 要点を述べます。武市の攘夷は、勝てない戦争だと、吉田東洋は見切ったのです。精神論では勝てない、剣でも勝てないのが黒船来襲でした。その策を論じられない武市は、政治の中枢においても、いたずらに和平交渉を邪魔する癌でしかなかったのでしょう。

 おそらく武市半平太は、上記の二つながらに理解していたと思います。ただ、下士であることが、心に余裕をもてなかったのではないでしょうか。とはいうものの、この攘夷論は難しい問題として現代にまで尾を引いています。

2.武士道とは剣道とは
 吉田松陰が下田で龍馬や桂小五郎に語ったことは、本当に為さねばならぬことは「自分自身の心に聞け」でした。桂や龍馬が、松陰のアメリカ密航計画を制止した理由には、「密航は死罪」「二度と日本には戻れない」「親しいひとや日本と分かれるのが辛い」といろいろあっても、それらはすべて「言い訳にすぎない」と、松陰は応えます。
 さらに松陰は「僕は、自分の気持ちに従うことで、命は惜しくない」といいます。

 松陰が、密航についてこようとした龍馬を殴打したのは、「僕は僕がしたいことを知っている。しかし君は、単に僕のまねをしているにすぎない。大切なことは、君自身の心にたしかめよ。そして自分の道を見つけよ」と言う意味だったのです。

 このことで、はじめて龍馬は千葉道場を追放された自分の愚かさに気がつきました。
 それは、龍馬がまだ自分自身を極限まで追い詰めていなかった。自分の心をみつめていなかった、という事実を知ったことでした。熱にうかされるように、黒船:外界の騒ぎに巻き込まれてしまっていたわけです。
 そのことで龍馬は千葉定吉にわびをいれました。もう一度剣の修行をしたいと。

 龍馬「剣を道具として考えたことが間違いでした」
 千葉「そうか。それなら、私から君に聞きたい。剣で黒船に立ち向かえるのか?」
 龍馬「黒船に立ち向かうのは、剣ではなくて、私自身なのです」
 千葉「ずいぶん、時がかかったなぁ(笑)」

 当時はその「私自身」を確立するのが、武士道であり剣道だったのでしょう。
 おそらく武士のたしなみ、剣の修行によって生死の境目を知ることで、言い訳や屁理屈という無明世界から脱する可能性が剣道にはあったのだと思います。そこまで行くと仏陀が王家や家族を捨てて出家したことと相似になります。これはキリストも同じでしょう。

 出展を思い出せないのですが、昭和の名宰相、吉田茂首相も弟子達に「言い訳なんかは、なんの努力をしなくても、貨車一杯つくれるものだ」と言ったようです。だから、「言い訳なんかはするな!」という指導が吉田茂の信条だったのです。
 特に、青年達が「こういう理由で、あれもできない、ああいう事情でこれもできない」と、言い訳するときは、ダンプ山盛りの言い訳が自然に背中に負ぶさっているのだと、想像します(笑)。

 事例として、現実の私が「心身が蒲柳の質で、研究がすすまない」と言ったときは、それは実は心の中に、研究よりも小説を読んでいたい、ubuntuPCで上海ゲームをしていたい、という別の「心」があって、自分自身がまだ定まっていないのだと思っています(笑)。極限状況まで追い詰めたなら、私自身が今、何を為すべきかは分かってくるはずです。解はすでに出ていますが、失う物がおおすぎて、研究に専念したくないわけです。と、「校務が忙しい」「倶楽部運営が忙しい」と、つぶやきはじめ、実はこれこそが悪しき言い訳なのです。
 だから、今夜の龍馬と松陰と千葉定吉の一連の場面は、非常にわかりやすかったです。そして私は「龍馬伝」の良質な面を堪能しました。
 また来週が楽しみです。

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コメント

吉田松陰なんて大っ嫌い!

なぜなら松陰と彼の弟子たちによって「僕」「君」といった男性に特化した呼称が広まったからです。こういった言葉の性差には悩まされます。

「僕」とはしもべを意味します。辞書で「僕」を引くと、「親しい人や目下の人に対して用いる」と書かれているので、子供が「僕」と言うのは問題ないし、大人でも友達や子供相手に「僕」を使うのは自由だと思いますが、上司など目上の人に対して「僕」を使っているのを見ると、男は女以上にへりくだらんといけんのかっていう感じで、ちょっと嫌です。

敬称の「君(くん)」は同輩や目下の人に対する場合に限って用いられ、「さん」は年長者を含め広く一般的に用いられますが、女子に「さん」、男子に「君」と男女を区別するための使用されるというのは、どうも頂けません。これは男性には上下関係の厳しい環境に耐えることを要求してるのに対し、女性は上下関係をあまり意識せず自由でいいということを暗示しているかにも思えます。あと、小学生から男子の「君」に対して女子が「さん」っていうのは、女子は大人のようにお行儀よくしなさいというのを暗示してるようで、女子もかわいそうなので、女子も「さん」で呼ぶなら男子も「さん」で呼ぶべきと思います。

投稿: グリム伊藤公雄 | 2011年5月 4日 (水) 23時18分

グリムくん
 余は言葉に性差があってもよかろうと~と思う立場です。どないにころんでも男と女は別種ですから、違った言葉を使っていても、それを差別じゃ、社会的軋轢じゃというのは、ちと神経質すぎるように、余は思うのであるぞ。グリムさん。

 主義主張として、「君」や「さん」に文脈的な制約をもうけるのはグリムちゃんの勝手であって、あちきはそういう縛りにはしたがえません。おいらは、そのときそのとき最適の自称や他称をつかいまする。

 よってもって、貴君のいう「松陰大嫌い」論は、肯えません。そんなの松陰殿のせいにするんは不当でっせ、なあ、あんさん。

投稿: Mu→グリム伊藤公雄 | 2011年5月 5日 (木) 05時58分

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