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2010年2月26日 (金)

小説木幡記:2010/02/26(金)雨です、車中クーラーやご隠居達

 京都地方は宇治市も含めて朝から雨であった。やむかなともおもったが、帰路本格的に降っておった。RSのクーラーを動かして、窓ガラスの曇りを取りながら帰還した。

 最近フツーの記事を書いておらぬので、筆をとったが(PCのキーボードのこと)、雨で御題が終わりそうだ。
 いささか神経を痛める校務がずっとまだ続いておる。
 気が休まらぬ濃。

1.ご隠居の帰郷
 数年間会社つとめをしておった倶楽部のご隠居さんから突然連絡があって「仕事を辞めて帰郷します」とのことだった。芯強く聡明かつ人柄がよい青年だったが、いささかこの何年か疲れたようだ。もう一つの美点に「おっとりしていた」「せかせかしていない」(ただし、約束や規律はよく守った)というところが記憶に鮮明にのこっておる。その点において、現代の効率重視、せかせかしすぎの世間風潮と合わなかったのだろう。

 その連絡を受けて余はしばらく、沈思黙考した。世界の中にあることの意味や、労働することや、組織に属することの本源を、考え込んでいた。
 解も悟りもなかった。
 ただ、なぜに余は、いままでずっと社会ないし組織に属してきたのか? このことを探れば、優れた青年が帰りなん、いざ、田園まさに荒れんとすの心境に立ち至ったかが、分かるかもしれぬ。余はその青年の辞職を惜しんでおる。
 しかし、また会う日もあろう。笑顔で見送ってあげよう。
 (苦労して得た職を捨てるも、帰郷するも、やはり本人が選び抜いた道なんだろう。人柄を知る故に、その決断を軽々しく、批評はできぬ)

2.雪国のご隠居来訪
 週初めに、はるばる雪国からご隠居さんが寄ってくれた。今春卒業する新ご隠居さんたちに、卒業記念品を持ってきてくれたのだ。その分、余への貢ぎ物はゼロだった。事前連絡があったので、新ご隠居さんたちに連絡したら、二人が都合ついた。新旧のご隠居たちは、屯所に早めに来て、余の畢生の作品「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」を汚いとか、変だとか、噂していたようだが、余は気にしないふりして、そこにおった在学生一人も交えて、一行五人でくりだした。
 とはもうしても、客人のたっての希望もあって徒歩3分の「theめしや」だった。

 この青年は雪国で魚のおいしい処出身なのに、妙に「めしや」のお造りが好きで、大抵はお造り数種類と、デザートをたのむ癖があった。これは何度考えても分からない。
 たとえば、瀬戸内海は吉備の国の者とか、奥州太平洋沿岸の者とかは、ご近所の「回転すし」を絶対に食べない。手軽なので歴代皆々との昼食会に使っていたが、最近はとんとのれんをくぐっておらぬ。そういえば、大昔に隠岐の者も、この寿司を嫌っておった。要するに、魚の豊かな地域出身者は、一般に、京都の魚を嫌う。たとえば「何、これ、紙みたな烏賊(いか)!」 とか、大声でのたまう。
 もちろん都に遊学していても、決して贅沢はしておらぬ。それは分かる。だが、食においては絶対に譲らぬことが多いのが、魚美味き国の民のふつうの姿じゃった。

 しかるに。
 雪国にして、名にし負う魚うまき国の住人が、「せんせ、めしやでお昼をご一緒したいですねぇ~」と連絡してくると言うのは、どう考えても、この二年間、解のない課題であった。
 不思議だ。何故なのだろう。それほどに近所の和風カフェレストランのお造りは美味しいのじゃろうか。
 (実は余も一人でいくと、必ず一品はトレイに入れる。そうじゃね、トロサーモンとか、烏賊だね。悪くない)
 また、哲学的な解きえぬ問いに直面した。

3.そろそろ話がつきた。
 明日は土曜なのに、終日は大げさじゃが、早朝から3校時分の責務が発生した。
 貧乏暇無し。
 つらい日々なのであった。

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