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2010年1月11日 (月)

小説木幡記:2010/01/11(月)Windows7やRAIDが人生さ

成人の日は昨日だったのか?
 月曜が祝日なのか代替日なのかよくわからぬ。さっそくGoogleカレンダーをみてみると、本日が成人の日のようだ。昔は1月15日だったはずだが、いつの間にか変わっている。世間にはついて行けぬ脳。
 TVニュースで新成人達が写っていたが、感性にぴったり収まらぬ風情であった。余はあきもせず大学教員をしているのだから、もともと若者には寛容だし(笑)、近いところもある。だが、なぜかTVの中で着飾った彼ら彼女らは自分の欲望しかかたらぬ。幸せになりたいとか、彼氏や彼女らとうまくやりたいとか〜。
 そんなことは初詣の折に、神や仏の前で、心の中で願えばよいのに。余なんかもそのレベルならこっそりと心中で「どうか、お金が空から降ってきますように」と欲望まるだしの願いをとなえておったが、それは人に言うものじゃ〜無い!

 日本を憂うとか、人類に役に立ちたいとか、(自分じゃなくて)人々の平安を祈るとか、どうしてもっと大きな気持ちになれぬのじゃ。
 きっと、親が悪い。
 親たちが楽して儲けよう、楽してとるものだけはむさぼりとろう、人からむしり取ろうなんて人生観で生きてきたから、それが遺伝しちょる。
 よう、ない。
 まあ。
 よい。余は連中より先に消えるから、無惨な日本を、未来社会を見ることも無かろう。
 さて。

Windows7事始め
 木幡マシンがすでにして自壊した話はもうしたかな? (くどい、という声が空耳)
 簡単に経緯を記しておこう。(飽きもせず)
 要するに正月に完全に自壊した。昨年12月にブートディスクが徐々におかしくなり、最後はマザーボードが死んだ。電源を入れてもディスプレイにBIOSはでないし、肝心のビープ音も出なくなった。MSI社のマザーボード(MBと略)も6年目に入ってお釈迦になった。

 正月三日にギガバイト社のMBを丁寧に選んで、旧式の受け口を備えたものにした。ところが三日の夜に、まるっきり同じ状態を見せた。呪われているな。
 翌日にあわてて店に出向き、テストを依頼した。木幡と同じ状態が再現された。内蔵表示装置死亡、全域死亡。しかたなく、インテル社のMBを5千円追加して購入しなおした、12000円。

 ところが、これがIDEが無くて(旧式ハードディスクを付けられない)、ディスプレイ装置のソケットが新式だけ。……。結局、5日に葛野に再度出向いて、いろいろ用意した。葛野研にはあらゆる事態に対応できるように、ストックがある。それに葛野ではすでに「春霞2010う」が完動しておるから、これを持ち帰りハードディスクを入れ替えれば、うまくいくのはわかっていた。
 ……

 と、ここで魔が差した。つまり、ことが12月初旬からのことだから、内心うんざりしていて、すべてを捨てたくなっておった。
 それで、急遽500GB のSATA3ディスクを二台調達し(合計1万円)、これでもってインテル社のMB上にてRAID1にすることに決めたわけじゃ。CPUはすでに3日に、一時代昔のペンティアム4:Dual-Coreとかいうのを8千円で調達しておいた。最新のだと1万6千円から数万円もするので、あきらめた。
 OSは5日に大学からアカデミーライセンスのあるWindows7をかり出していた。大学と自宅に一台ずつインストールできるらしい。

PC結論
 Windows7は新鮮だった。おお〜、とにんまりした。
 はじめてMacに入ったときや、あるいは初めてWin95に対面したときの感動が蘇った!

 途中短命のWindowsVistaをまったく知らないままに使い出したから、多くの点で満足した。これならubuntu(最新の9.10)やTiger(MacOSXの旧式OS)に比べても遜色ない(爆笑)。
 余の木幡新マシンの性能は、スコアが3.6だった。低い性能といえるが、これは内蔵表示装置を使っているからとわかった。ギンギンのグラボを数万円投資してセットすれば、おそらくスコア5以上になるじゃろう。ペンティアムCPUは古いと思っておったが、Dual-Coreタイプだとそれなりになるもんだ。
(注:スコアと書いたのは、性能指標のことでVista時代からそういう仕組みがWindowsに組み込まれたようだ。これを上げるのが趣味の人もおるようじゃ)

Delphiの課題は残った
 開発言語のTurboDelphi6が動かなくなった。ハードディスクを新品のRAIDにしたので、再認証を必要とし、これがだめだった。それにいつのまにか、ボーランド社が消えていた! 
 いろいろ手は打ち出したが、最後の手段は最近のDelphiを諦めて、10数年昔のバージョンを確かめるか、あるいは「潮時」と考えて、別のシステムに変える算段もしだした。
 ところで。
 WindowsもDelphiも、再インストールがややこしい、がんじがらめのガードをつけたアプリケーションは、やがて消えるのじゃないかと想像しておる。昔からそういう経験がよくある。
 正当な利用者が難儀するくらい堅いガードをしなければ、立ちゆかなくなっているのが実情なんじゃろう。世間では無法コピー者をなじるが、それはもとから犯罪だから、警察と泥棒の関係が成り立つ。しかし普通の市民が、なにかするたびに(食事するとか、旅行する)捜査をうけて、書類がちょっと間違えたら、即逮捕だなんて、おかしい。

 もとからあったWinXPのハードディスクは健在だから、これを春霞2010に接続すればなんとかなるじゃろうが、〜。退嬰的やね。

EASEUS Partition Master
 古いハードディスクが6台あって、これに、あちこちに動画が納められておる。これを調べたら、300GBのドライブが100GB単位でパーティション・分割されておった。5年も使っているとこういうことになる。それを整理するために、EASEUS Partition Masterというソフトをダウンロードして(無償)使い出した。よいソフトだが、最終調整するのに数時間かかっておる。100GB単位のデータを右に左に動かすのだから、旧タイプのHDをUSB外付けでセットしての作業だから、しかたなかろう。

RAID 
 書く必要もないほどに、Windows7では単純だった。MBがインテル社の「DG45ID」でRAIDが使える。これをBIOS設定でRAID可能にして、2台のHDを指定し名前をつけて、それで終わり!
 機能選択はRAID1におとなしくしておいた。
 あとはWindows7が無意識にやってくれた。おお、楽な世界になったものじゃ。
 そのうえ、MBのマニュアル(日本語)を読む限り、RAID構成に昔あった制限はなくなっておる。要するにどんなハードディスクでも(1台でも)、きっちりRAIDを組んでくれるようだ。同一規格のHDに限定なんて、どこの国の話? と、なっておった。

今後のMuBlog
 もう自作PCの話はええかげんに止めようと、おもっておったが暫くは顔をだしそうだ。
 葛野のubuntu専用マシンのことや、木幡のWin7の話や、パーティション操作ソフトのことや、Pascal系言語のことや、あれこれ、書くネタが増えてきた。
 日記じゃから、しかたない。最近の余の脳内は、OSやCPUやハードディスクではち切れんばかりになってきておる。
 うむ。

余録
 さすがに休日。
 今日は先月の17日以来、ひさしぶりに本格的な日曜作家をつとめた。8時間がんばって風呂に入って夕寝して、今にいたった。よき日々であるのう(笑)。

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