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2010年1月 7日 (木)

小説木幡記:2010/01/07(木)木幡2010マシンの誕生

 今日あたりようやくMuBlogに普通の記事を投稿できる気分になった。年末年始の約2週間ほど気持が離れていた記憶がある。毎晩毎晩マックの日本語入力や、旧Winマシンのハードディスクと格闘し、ほとほと疲れ切った。珍しく連日深夜(午前1時とか2時)まで実験と作業をしてきた。その経緯は語りたくなれば正確に詳細に書いてみるが、なんとも言いようのない泥沼だった。

倶楽部員のお土産
Mu091229_172657 葛野図書倶楽部2001も新年早々活動を始めていた。余も簡単な挨拶と連絡を一斉メールで送った。すると返事の代わりに写真を送ってきてくれた。昨年の夏にもローカル線の鄙びた様子を送ってくれた記憶がある。今度のは地元ではなくて、旅行した時に、思い立って写してくれたようだ。

 この小さな蒸気機関車は、明治村で観たのとは違っているはずだ。なにかの記憶では、実際に蒸気で動かしているのではなくて、ディーゼル機関を積んでいるようだ。現代、薪炭水をメンテナンスするのは、労力も経費もかかりすぎると想像する。だから、きっとディーゼル機関車なのだ、これは!

 もっとも、この世界に親しんでいないと、動力機関が蒸気だろうが、ディーゼルだろうが、電気だろうが、原子力だろうが、オリハルコンだろうが、あんまり関係ないだろうな。

Mu091229_172637_2 こういう列車に乗ってみたいと思うことがある。しかし根が出不精だから、そういう経験は滅多になかったし、これからもないだろう。10年ほど昔に岐阜で会議があったとき、明治村に立ち寄って本当の蒸気機関車に乗った記憶はゆらゆらと霞んでしまっている。観光であれ通勤であれ、こういう列車が地元にあると、ほのぼのとする。

 ああ、そういえば嵯峨野トロッコは、あれはDE10というディーゼル機関車だった(笑)。1200馬力ほどだなぁ。と、モデル世界と現実世界がごっちゃになって、余はついさっきまで、保津峡を走るトロッコ列車をモデル(鉄道模型)の範疇で考えておった。

 倶楽部の人達は、遠隔地から来ている学生が多い。往き帰りに途中下車していろいろ各地を巡る人もいるようだ。平成21年度だと、宮城県、新潟県、愛知県、京都市2名、大阪府2名、兵庫県、岡山県、大分県。平成20年度だともっと広域で、秋田県、岩手県、千葉県房総、富山県、新潟県、静岡県、愛知県、岡山県、大阪府2名だった。残念なのは、お国訛りを聞きたいのだが、あまり聞かせてはくれぬ。

非文学的な二週間
 葛野では毎日が校務の嵐で、まだまだ続く。こうご期待のほど、ねがいたてまつるぅ~(だれもそんな話はききたくなからう)

 その合間、隙間をねらってまんまとMini-ITXタイプのubuntu専用マシン、「春霞2010ウ」を製作運用し出したのは、すでに記事断片として記録し始めた。末尾の「ウ」はubuntuのウである。なぜ「まんまと」~書いたかは、あまりに労苦が少なかったからである。ミスなし、思い違いなし、快調に走っておる。(上海!)

 二週間の間に10種のIPアドレスをそれぞれ再割り振りした。外部への出口が4つあって、この一つを余の業績蓄積サーヴァーとすることを目論んでおる。その片鱗はあったのだが、1990年代に造り出した物なので、老朽化が激しい。

 いくつものマシンの画面を眺めながら、時々マックマック(複数形)のハードディスクを取りだして、入れ替えながら、眼前の涼夏2007はびくともせずに、重くって長ったらしくて断片的な校務に黙々と動いておった(ああ、もちろん、余が様々な書類を編集しているわけ。ロボットや助手がしているのではない)。今回のPC災難の中、ひたすらRAID1ミラーリングの涼夏だけが悲鳴も上げず、アラートも出さずに動いてくれたのは、これ僥倖というべきか、あるいはそのようにシステムを設定した2007年の余の慧眼(気恥ずかしい!)というべきや。仕事は堅実でなければならぬ、諸君。

Muimg_5694

さてそこで木幡PCの問題。
 もう、今はあれこれ書けない。要するに、5台のハードディスクと、一台のIDEタイプDVDとを、とっかえひっかえ、インテル社のマザーボード上で、データ更新して、やっと旧マシンの破壊を回復したという、血と涙と汗と嗚咽と慟哭の物語が、この二週間続いた。ただ、それだけの話。

 その間の代替マシンが、MacBookで、これは最後にはなんとか動き出したが、日本語入力が最悪の状態になっておってな。一時期はメル返も書けない、ああ、そうそうネットも見られない~。ライフラインが停まったようなものだった。カーソル、ぴょこぴょこ、みぴょこ、ここの世界で日本語をマシンに入れるのは、もう、至難の技というか拷問じゃった。

 ああ、そうそう。MacBookに限って言うと、その調整はあっけなかった。
 要するにノートタイプやから、マシンにパッドがついていてこれがマウスの代わり。で、マウスを同時に使うと、この2008年末マシンは半ば発狂するようだ。だから、マウスを使ったときは、パッド機能停止、というオプションに気付いてこれを直した途端に、あら不思議、カーソルはきっちり所定位置で文字入力をしだした。これに気付くまでに三日三晩なやんだ(本当話)。

 で、winマシン。
 これが、結論をいうと、最初のギガバイト社のマザーボードがうんともすんともいわずに、お亡くなりになった。しかたなく4日早朝に追加料金を支払って、もうすこし上等な(1.2万円)インテル社に代えて、いそいそと木幡に帰ったら。おお、ミステーク、神仏。

1.ビデオ出力がディジタル口しかなく、木幡には、昔風のRGBタイプのディスプレイケーブルしかなかった。
2.IDEタイプのハードディスクが2台とDVDがあるのに、このインテルボードには、SATAコネクターしかなかった!

さらに災難が続いた↓。
Muimg_5696
3.SATAハードディスクの一台は、物理的というか、コネクター差し込み口が破損していて、普通のSATAケーブルでは、なんとしても接続できなかった。
4.思いあまって、昔買った「三本刺し」とかいう、SATA、IDE(2.5、3.5両用)変換装置を使った。これでもうまくいかなかった。(物理的には接触を可能とした)
5.winのディスク管理ユーティリティーで調べたら、接続はしておるが、オフラインになっていた。これを再オンラインにした。
6.やっと動いた。
ああ~

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