カテゴリー「桜2009」の14件の記事

2009年4月22日 (水)

自薦・Mu桜2009年(京都の桜)

承前:都の春・桜花ベスト3:平成十七年自薦柳桜写心
承前:自薦・Mu桜2007年 (京都の桜)

 四月も下旬になったので、「桜2009」の中から数葉をえらび今年のMu桜として記録します。気になって過去を見たのですが、2006年と2008年の「自薦」記事が見つかりませんでした。書かなかったのでしょうか()、と独り言つぶやいても朧です。本年からはあらためて表記タイトルで毎年残していくつもりです。

第一席→大覚寺の大沢池と塔:心経宝塔

 ←親記事:大沢池(大覚寺)2009/04/06(月)大沢池の桜・塔と堂
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 この写真を第一席に選んだ私をみて、知友たちはきっと「やれやれ、単純なMuさんだ」と思われることでしょう。いや、きっとそうです。しかし、今も記事しながら写真を眺めているのですが、どうにも私の原点はこういう単純な古典的な分かりやすい風景にあるのだと、本心から思いました。これこそMu流の「写心」そのものです。堂々胸張ってこの大覚寺は「大沢池の塔と桜写心」を一席といたします。

第二席→京都平安郷の桜
 ←親記事:空間に伸びる枝垂れ桜:2009/04/03(金)広沢池畔・京都平安郷
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 第二席にしておいて、「実はこの写真が一番強烈でした」と書くのはレトリックを操りすぎる悪癖ですが、しかしなおこの「無人感」「ジオラマの極致感」に痛切に心惹かれたのも事実です。なにかしら桜や山が、絵に描いたような、精密な模型・ジオラマのような、無人なのにそれが人為であるという点において「人」の極みだと感じたのです。それが私をものすごく惹きつけました。(おそらく背景の山:遍照寺山が一種のだまし絵効果を出しているのでしょう)。素晴らしい桜ですし、この写心は大切にしたいです。

第三席→桜見る人
 ←親記事:墨絵のような佐野桜2009:2009/04/03(金)佐野藤右衛門邸
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 常ならば、この佐野桜を筆頭にあげていたことでしょう。そして一席でなくて三席である必然性はまったくないと思います。たまたま先の二つが日頃にないものなので、こうなったに過ぎません。
 私は桜を見上げるオジサンがお腹を突き出している所で、何度見ても笑えてくるのです。今年選んだ桜で人が人として印象深く写っているのはこの「桜見る人」だけになりました。
 こういうちょっと笑えそうな写真もまた、私の写心と言い切ることができます。

 番外1→御香宮本殿東側の桜

 ←親記事:桜のおわり:2009/04/11(土)伏見港・弁財天長建寺桜と御香宮桜
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 一応、枝垂れ桜と山桜と判定しておきます(笑)。「御香水」という石碑が偶然はいっていたので、番外として記録することにしました。おそらくなんということもない普通の桜なのだと思います。しかし御香宮の御香水石碑横に咲いていたので私の記憶に残ったわけです。世の中全般、何を見ても「おお」とか「綺麗だ」「すばらしい」と感動ばかりしている私が、なにかを選ぶとするなら、ちょっとした背景によって左右されるのでしょう。それもまた私の写心なのです。

 番外2→坂本龍馬、中岡慎太郎銅像

 ←親記事:坂本龍馬と桜:2009/04/05(日)祇園八坂神社~円山公園の桜
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 桜が光で飛んでしまって、これを自薦桜にいれるのはおかしいと思う方もおられるでしょう。しかし京都には幼稚園に入る前から住んでいるのに、著名な坂本龍馬さんや彼の友人の中岡慎太郎さんが、こうして春の桜を添えて都を眺めている姿は、恥ずかしながら今年始めて写真にとったわけです。これまでも何度かみたことがあるはずなのに、意識・記憶にはまったく残っては居ません。つまり、何度も「写心」と上述した中身は、こういう写真にも現れているのです。

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2009年4月18日 (土)

桜のおわり:2009/04/11(土)伏見港・弁財天長建寺桜と御香宮桜

承前:(2009年桜シリーズ)今年の桜海と塔:2009/04/07(火)天神川(北)桜
承前:(2007年桜シリーズ)MuBlog千番記念記事:伏見港柳と長建寺糸桜
承前:0501120・ごこうのみや;ごこうぐう:表から見た御香宮

 京都の桜季節も終わりになって、桜2009の最後の記事を投稿します。場所は、京都市伏見区の伏見港界隈(長建寺桜)と、そこから少し上がった御香宮(ごこうぐう)です。伏見港も御香宮もMuBlogでは定番ですから、過去にお目に触れたこともあると存知おりまする。

 日時は四月の桜季節の終盤土曜日、今度の撮影助手は少し若い御隠居二名でありました。
 事の起こりは、二人がこの二月に卒業生のために「先輩」としてはなむけの言葉を葛野研で創ってくれたおりに、「忙しい中、後輩達のためにわざわざ葛野まで出向いてくれて、有り難くうれしい。ついては、春には桜でも見に行こうかい」と、おもわず独り言。しかし言葉は一度口から出ると、後戻りしませんから~()。三月頃には「えっと、桜」というメルも到着し、日程調整には手間取りましたが、かくなった次第。

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(長建寺の庭の桜)

 京都駅で午前中に集まり一路、伏見は鳥せい(笑)に出掛けました。以前、江戸のエドルン君と鳥ラーメンを食べに行った折には、わずか15分遅れ(11:45)だというのにすでに店内満席で「1時間はお待ち願えないとぉ」と店員に言われて、急遽「牛タン塩焼き」(和こう)に変更した経験から、この度は名うての「ギリギリ君」もいたので時間厳守といたしまして、到着は11:25と開店前(のはず)だったのですが、既に客がいました。よく見るとこの季節は無休でしかも開店11時となっておりました。しかし運良く危うくセーフでした。
(なお京都駅ではギリギリ君が先に到着し、堅実な旅行(冒険)家が数分遅れたという珍事もありました。西から、東から各々電車に乗って、京都の桜見物も大変です)

伏見港の十石船
長建寺前の船着き場
弁財天・長建寺の桜
弁財天・長建寺の庭
弁財天・長建寺のお堂

 長建寺は境内も小さく可愛らしい弁天さんです。よくお参りした後で外にでると、そばに十石船の乗り場もあって、川面に散る桜を愛でながらうらうらと下りましょうとなったのですが、生憎二時間待ちと知って、急遽スゥイートをいただくことに変わりました。
 そこで場所選びとなりましたが候補地は幾つかあり、結局ギリギリ君が以前同期たちと訪れた伏見夢百衆となりました。そこでアイスクリームに日本酒をぶっかけた不思議なスゥイートを食べた姿がいまでも瞼にうかびました。私は、伏水のアイス珈琲と葛菓子だったような(ここ数日来の強烈鎮痛剤で記憶欠落)、なんと御馳走されました。近頃そこここで有り難い喜捨を受けるようになりましたぁ~
(と、そう言えば近頃葛野研で初代御隠居から老舗弁当や老舗蕨餅など大盤振る舞いをいただき随喜涙、合掌)。

 一息ついて、さて伏見見物「御香宮はご存じかな?」と問いかけると、二人ともご存じ無い様子。「それでは、幕末維新戦争、薩摩と新選組の激戦地、伏見奉行所跡を通り抜けて、お宮に参りましょう」と相成り候。

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(御香宮本殿東側の桜)

御香宮の拝殿
御香宮の本殿
記念写真(伏見港と御香宮)

 この時期に境内の桜が一行三人をあたたかく迎えてくれました。まず駐車場にはいるとオジサンがきて「ご参詣ですか?」「はい」「それなら、このままどうぞ」と嬉しい言葉をいただきました。確かに参詣そのものでした。
 私も帽子を外して、一同深くお参りして、ゆるゆると境内を歩きました。写真のようにこのお宮さんも豊かな桜を育てております。そして御香水というのも伏見銘水の一つ。

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(御香宮本殿裏の装飾)

 温かくて途中でうつらうつらしてきたので「僕は、RSで寝ているからじっくり境内を散歩してください」と言ってひと眠り。しばらくして起き上がった頃に戻ってきました。なんと二人とも手に新しい布バッグをもっておりました。「今日は縁日でした。境内にお店が一杯ありました」との言葉を聞き、佳い日に来たもんだと独りごち。

 まだ日は高かったのですが、伏見の桜も鳥せいも、夢百衆の伏水珈琲も味わい、御香宮へのお参りも無事おわり、RSのハンドルを京都駅に向けました。駅頭にて笑顔で別れ、それから後の若い御隠居たちの様子は存じませぬ。ただ、佳い一日だったという記憶が残りました。


(地図:御香宮)

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2009年4月10日 (金)

今年の桜海と塔:2009/04/07(火)天神川(北)桜

承前:(2009年桜シリーズ)水辺の桜花:2009/04/02(木)天神川(南)桜
承前:(2009年桜シリーズ)大沢池(大覚寺)2009/04/06(月)大沢池の桜・塔と堂
承前:(2008年桜シリーズ)天神川の柳桜:20080408(火):小野道風柳桜

 MuBlog読書の皆様にはすでに定番記事となっている「五条・天神川沿いの桜柳」を今年も無事掲載できました。若年時にはおもってもいなかったのですが、そうして若い人達には到底理解できないでしょうが、「来年」も同じ風景を見られるのかなぁ~という気持には、切実なものがあります。
 失礼ながら(大家ですからお許し願えることでしょう)、西村京太郎さんや内田康夫さんの定番ミステリーを来年も読めるのかな、という気持と同じ味わいです。

 (Mu注:近頃の若い人は国語教育に若干の弱さがあると想像して、少し注釈を加えます。「来年も読めるのかな」という文章には二重の意味があって、一つは書いているMu自身がそれを目にすることができる、つまり来年も達者かなという詠嘆です。もう一つは、まことに失礼ながら隠された意味として、有名作家が来年もおもしろい作品を出してくださるかな? いや出して欲しい、……。という他者の行為に対する希望と危惧とを含んでいるわけです。このように、日本語文章は深い書き方ができますから、安易に流し読みして即断しないように気をつけましょう。意味が多様にとられる文章は悪い意味では政治家や官僚の造る「玉虫色:みる方向で色が異なる」の文章や言葉と言われますが、佳い意味では自らの気持を直截に相手の心に土足で踏み込んで伝えない佳さ、謙虚さもあるわけです。

 京都市右京区、天神川の桜はソメイヨシノという木種です。この桜は群生して一斉開花した姿が好まれます。いつのころからか、私はそこに「桜の海」を見ていました。五条通(国道9号線)を挟んで天神川沿い南北に咲くわけですが、南の方が一週間から10日間早くさき(三月下旬)、遅れて北が満開(四月上旬)になっていきます。ですから天神川桜は、二週間以上も豊かに見られる息の長い桜だといえます。もう一つの特徴は、本数は少ないのですが柳が桜と重なって鮮やかに色づきます。柳といえば京都の伏見港ですが、私は天神川の柳桜にも都振りを毎年味わってきました。

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(桜海:天神川北)

天神川桜(北)と塔
天神川(北)桜と柳
天神川(北)柳桜をこきまぜて
天神川(北)柳桜と桜塔
天神川(北)桜海のマンション
天神川(北)あれこれ一杯
蒼穹(そうきゅう)

 それでは、来年平成22年春も、同じ風景・桜海塔を掲載しましょう(笑)。

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2009年4月 9日 (木)

大沢池(大覚寺)2009/04/06(月)大沢池の桜・塔と堂

承前:(2009年桜シリーズ)賀茂川と鴨川の桜:2009/04/05(日)出町柳駅近く賀茂大橋
承前:大覚寺裏と広沢池の桜:20080405:桜変じてオブジェとなる

 週初めの月曜日に関東と関西から若い研究者が葛野研に足を運んでくれた話は記しました。外からは誰一人訪れる者もいない寂れた我が研究室ですが、当日は「二階建てトロッコ鉄道図書館列車」について白熱の論議が交わされたことも、その日のMuBlogに記したところです。

 さて頭を冷やすためと、遠来のまれびとを待遇するためにRSを引っ張り出して、嵯峨野の蕎麦屋さんへ昼食にお連れしました。そのあと、大覚寺の境内・大沢池に二人を案内したのです。

 これまでいろいろな冒険、経験、趣味・研究をつくしてきたお二人ですが、「やはり」というかこの地の大沢池はご存じなかったようです。時代劇映画のロケではよく登場するところですが、嵐山からは離れていますので、普通には知られた所とは思っておりません。私の場合は、近所の幼稚園、小学校、中学校、高等学校と、青年期にいたるまでの散歩道、遊び場だったわけです。

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(大覚寺の大沢池と塔:心経宝塔)
↑ つまりこういう写真が好きなのです。同行のNaka某先生は、「Mu先生は、これがお好きなんだぁ」と諦め顔してご自分の針穴写真機を8秒露出で触っておりました。Oo某先生は、「ほぉ」とうなずきながら、用意がよくて、ご自慢の一眼レフカメラを常に3枚自動連写で使っておられました。(カシャカシャカシャと、連続音がするのです。すごい機能があるんですね

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(大沢池の堤桜・東岸)
↑ 電線も電柱も排気ガスもJRも何もない、ただただ古典的な堤桜が咲いておりました。嵯峨・嵐山、つまり嵯峨野からは少し外れた大沢池がこれほど優雅であると、他国の人はご存じないと思うのです。

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(大覚寺本堂:五大堂)
↑ 撮影日が6日、今日は9日、そろそろ満月の夜ですが、いまごろ月見の広縁からは池が鏡になってよい頃合いの春月夜でしょう。

大沢池東岸の堤桜
大沢池:堤の桜
大沢池:なんでしょう(笑)
大沢池:塔と堂
西岸の五大堂(本堂)と、月見の広縁
大沢池の桜枝
名古曽の滝跡から撮影隊を撮す
大沢池の男二人

 MuBlogでは毎年京都の桜をあちこち出歩いて撮っているように見えますが、よく考えるとつまりは毎年毎年大沢池や広沢池、それに佐野桜、天神川桜、まれに祇園や伏見、……。限られています。それだけで許容量が一杯になってしまいます。今日4月の9日夜半になって、ようやく数日前の大沢池桜写真を整理し始めたのですから、私自身の桜精を迎える限界があるのでしょう。

 あと二つほど桜記事を掲載しますが、そろそろ今年の桜2009の自薦を考え出しました。
 結局上位には必ず冒頭の大沢池桜塔をいれることでしょう。つまり、ある意味で月並み、別の意味で私自身の心象風景のひとつがこの写心(ママ)ということです。小学校から現代まで、この風景がいつも心にあったわけです。だから嵯峨野の桜は私の歴史と言えます。

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2009年4月 7日 (火)

賀茂川と鴨川の桜:2009/04/05(日)出町柳駅近く賀茂大橋

承前:(2009年桜シリーズ)白昼の高台寺枝垂れ桜:2009/04/05(日)高台寺桜

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(賀茂大橋北側の橋から賀茂川遠望)
撮影地点地図

 一昨日、日曜日の早朝に京阪電車の終点「出町柳駅」でおりて、下鴨神社の側を通って賀茂川に出ました。この出町柳駅は、私が青年時には京阪電車京都線が届いていなくて(三条京阪が終点)、比叡山や貴船・鞍馬に行く電車(叡山電鉄)だけがここから出発していました。

 実はというと何ですが、このあたりの桜木の数は他の地で見られるほどに豊かではないのです。しかし世の中は桜だけで成り立っているわけでなし。私は出町柳の三角州が気に入っているのです。北の東側から高野川が流れ、西側から賀茂川が流れ、この出町柳駅近くで鴨川になるわけです。この三角州で往時、唐十郎さんの紅テントが張られて「吸血姫」が上演されたのは生涯忘れられない記憶になっています。なにしろ芝居の終わりにトラックが三角州を爆走(笑)したのですから。

↑ 写真は賀茂大橋と葵橋の中間にある橋上から賀茂川の北を写したものです。右手は下鴨神社の糺の森(ただすのもり)で、写真正面奥のもっと奥の右手が植物園でして、このあたりの賀茂川両岸の桜はみものです。しかし、この日は昼に祇園八坂神社に行く予定だったので、失礼しました。

出町柳の桜
賀茂川の桜姫
賀茂大橋下の花見基地とその他基地?
賀茂大橋から見た鴨川西岸桜
賀茂大橋の枝垂れ桜
鴨川遠望

↑ 写真の一枚一枚に簡単な説明を加えましたが、賀茂川と高野川と鴨川の関係は、大学生の頃には知らなかったのです。全部カモガワでした。というのも、私は大学生活をもっと南ですごしましたので、このあたりに来ることは滅多になかったからだと思います。京阪電車が南の三条京阪駅で止まっていましたから、通い慣れなかったとも言えるでしょう。

 さて桜。賀茂大橋に立って南側を眺めると、西岸に一本枝垂れ桜があります。これが印象深いですね。学生時代は不慣れな土地でしたが、そのあと社会人としてはこのあたりを始終歩いていました。電車が三条京阪止まりの時も、ゆっくり30分ほどかけて三条まで歩いたことも多いです。春先は鴨川河原の桜が「春らしい」気持ちの良さを長年味わわせてくれました。

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2009年4月 6日 (月)

白昼の高台寺枝垂れ桜:2009/04/05(日)高台寺桜

承前:(2009年桜シリーズ)坂本龍馬と桜:2009/04/05(日)祇園八坂神社~円山公園の桜
承前:高台寺の枝垂れ桜:20070402

 祇園円山公園の枝垂れ桜や坂本龍馬・中岡慎太郎両先生の銅像をじっくり懐かしんだ一行四人は、一息ついて少し南の高台寺へ出かけることにしました。道道は人であふれていました。最後の目当て「高台寺・鍵善・くずきり」を途中見ておこうとして道を間違えながら、先に高台寺にたどり着きました。

↓ まずは白昼の枝垂れ桜をご覧ください。一昨年は木幡組とともに、夕方にライトアップされた桜を観賞したのですが、今度は葛野組と白昼でした。桜をいつ観るかは人にもよりますが、それこそ見る人の心心なのでしょう。私は、大体早朝の桜を観る機会が多いので、幽玄とは少し外れますが、このようなすっぴんの昼の桜が好ましいわけです。
 つまり、人為で育てた枝垂れ桜であっても、白昼の日の光を浴びて花をさかせるのですから、そういう原始の状態もよろしいわけです。

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(高台寺方丈前庭の枝垂れ桜)
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(枝垂れ桜の流れ姿)

御陵衛士屯所跡(ごりょうえじ)
霊山観音と東山
 歩きながら私も考えていたのですが、京都は観光地として(奈良もそうですが)、見所が点ではなくて面状に広がるところが、多くの人にとって魅力なのだと思いました。新選組で有名な御陵衛士屯所も、そして霊山観音も高台寺の北と南に隣り合わせにあって、南はさらに清水寺に続きます。東山沿いだけでも北は祇園八坂神社、知恩院、岡崎公園・平安神宮、……。さらに真如堂、吉田神社、銀閣寺……。もう、一杯連なってあるのです。歩いているだけでなにかしら耳にした見所にぶつかります。それぞれが長い長い歴史を背景に持っています。桜も紅葉も時期に応じて目を楽しませてくれます。不思議な町です、京都は。

高台寺唐門からみた枝垂れ桜
高台寺の庭
 高台寺は一昨年も外から桜を撮しました。唐門の影に背の高い枝垂れ桜が東山と一体になって映えるわけです。こうして庭の姿を外からかいま見ることができるのも奥ゆかしいです。勿論禅宗のお寺さんですから、庭は小石で模様をつけているのですが、こうして庭、東山、唐門、そして桜と合わせ見ますと、他の所では見かけない独特の雰囲気がでております。太閤秀吉の奥様ねねさんがこういう世界に余生を送ったのかどうかは、そうなのだと想像しておくと、一段と人の一生が興味深く味わえます。枯れた中の優艶、あるいは幽遠の中の枯れた姿、……。

高台寺の枝垂れ桜
龍臥廊と龍臥池
 というわけで一行四人は高台寺を楽しんだあと、寺の前にあった地図をたよりに、鍵善良房の高台寺店へ参りました。目当ては「くずきり」でした。一行の中には黒蜜くずきりが初めての方もいたようなので、少し心配でしたが、なになに私は十分味わえて、それで良かったと思っています。
 本店の祇園石段下鍵善は通りすがりに、中に入りきれないほどのお客さんだったのですが、高台寺店は20分ほど待って座れました。しばらくして「空いているね」というと、「先生、うしろ!」と言うので振り返ると、人で満ちておりました(笑)。

 京都で吉野葛とはこれいかに。つまり、それが都ぶりなのでしょう。文化文明は一朝一夕では成熟しないものです。世の中には、そこでいただかないとどうしても味わえない物や、あるいは見られない物があります。観光地京都は歴史の継続が長いですから、そういう店や場所が比較的多くあるようです。

 くずきりを楽しんで午後も三時ころでしたでしょうか。私はそこでお別れし、いそいそと京阪特急ダブルデッカーの補助椅子(満員!)に座り、無事木幡研に戻ったわけです。話では、来年は倶楽部古代組・宇治十帖・観桜会と相成るようなので、一年間身体をこわさぬようにがんばるつもりです。

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2009年4月 5日 (日)

坂本龍馬と桜:2009/04/05(日)祇園八坂神社~円山公園の桜

承前:(2009年桜シリーズ)空間に伸びる枝垂れ桜:2009/04/03(金)広沢池畔・京都平安郷
承前:円山公園(京都・祇園)の枝垂れ桜:20070402

 私は、日曜祭日はめったに出歩かないのですが、事情で今日は朝から午後3時頃まで、都の北・出町柳の鴨川桜や、東の祇園桜・円山公園や高台寺桜を見て歩きました。
 後日掲載しますが、午前中は木幡から京阪電車に乗って出町柳駅まで出向き、下鴨神社の入り口にある桜や、高野川そして鴨川の桜を写心に収めておりました。

 昼前に祇園八坂神社石段下で毎年(笑)一回の撮影助手3名と落ちあい、長楽館という所でランチをご一緒しました。ティラミスというデザートが美味しかったですね。撮影助手の一人がレストランというかホテルの方と顔見知りのようで、気楽にいただけました。

 その後に、円山公園中央のお年を召した枝垂れ桜を堪能し、東山に向かって途中いくつかの、今を盛りの桜を愛で、坂本龍馬・中岡慎太郎さんの銅像の前で記念写真を撮りました。一息ついてそのまま高台寺に向かったわけですが、それは後日の記事にゆだねましょう。

 年に一度か二度しか日曜に出歩くことは無いのですが、無数の花見客にかこまれて、混み混みの京阪電車に揺られて、なにかしら世間と貴重な接点をもてたような、奇妙な気持になりました。そして撮影助手達はいずれも長年の知り合いというか、葛野図書倶楽部2001のご隠居さんですから、気持も伸びやかに空にとどき、何不自由のない一日だったわけです。以前に比べてなにもかもがだんだんと逆転し、背負われる日々だと、このごろ感じ入っております。

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(祇園枝垂れ桜)

↑ 昨年は円山公園中央の枝垂れ桜を撮しませんでした。一昨年(2007)に、そのお姿があまりに弱々しく烏が枝先にとまっているのを見て、悲傷感が深まってしまい「もう、写せないな」と思ってしまったのです。しかし、気持を変えて今年は真っ盛りの4月始めにここに来ることを念じました。理由も何もないのです。桜の盛りにもう一度、祇園の枝垂れ桜を見るべきだと、感じたわけです。
 そして。
 たしかに、ここ数日来(桜2009)の桜にくらべれば「お年を召された」姿でした。しかしどうみても祇園枝垂れ桜に変わりはありません。ここの桜は都の空の色が映えるわけです。そしてえも言えぬ人くささも味わえるのです。超然とした、という表現は合いません。爺様が周りに集まる子らを見守っている、そんな幻視に襲われました。

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(池のほとりの白とピンク)

↑ ひとしきり祇園枝垂れ桜を堪能したあと、池の側から東山に向かって花見客の間をぬって歩きました。撮影助手たちは、今年の私が元気にカメラを扱っているのをみてか、それぞれ自分の美白モードカメラや美形変換カメラを操作しだしました。一人が「あの白っぽい桜」と声にだしたので、私も写しました。確かに色合いが他の桜とは異なります。他の人が言うには「緑の桜もありますよ」とのこと。この二本の桜木は、祇園枝垂れ桜にはまだまだ及びませんが、東山を借景にして風情を出しておりますね。池のほとりに立つのも条件として佳いと思いました。

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(もう一つの桜)

↑ しばらく歩く内に、丁度右手に銅像が見えるころ、左(北側)に立派な桜がさいていました。周りが公園中央ほどには開けていないので、人々が取り囲むほどではないのですが、ボリュームがあって円山公園の桜にふさわしいものでした。
 それによく見ると頭が平らで二本のツノがあるような形で、広沢池近くの平安郷や、一昨年の京都府南部・井手町「地蔵院」で眺めた桜と似通っています。桜の育て方にも流儀があるのかもしれませんなぁ~。

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(坂本龍馬、中岡慎太郎銅像)

↑ 坂本さんと中岡さんがこの地におられるのはそれなりの事情があるのでしょう(笑)。しかし祇園・円山公園の奥にこの銅像が建っているのをご存じの方は、そんなに多くはないと思います。もちろん、幕末流行りですから、知っている人は生まれたときから知っていても不思議ではないです。
 いかにも京都という雰囲気を味わいました。その京都とは平安の御代ではなくて、まさに幕末維新前夜の京都です。このあたりで密談していたら、井伊大老・幕府の目も逃れられたことでしょう。

祇園八坂神社の西門
祇園八坂神社から見た四条通り
祇園八坂神社の境内の芝居小屋?
祇園八坂神社南門(正門)
長楽館
東山と柳
枝垂れ桜(祇園円山公園)
祇園枝垂れ桜の下枝
円山公園の花見客
坂本龍馬・中岡慎太郎像北の桜
円山公園の桜姫
記念写真:祇園桜

 今日は昼頃からどんどん温かくなって、ランチを終えて祇園枝垂れ桜を見た頃には春真っ盛りと味わいました。沢山の花見客にもまれて円山公園を散策していると気持が柔らかくなってきました。日々無人の葛野研で過ごすのもよいですが、稀にこうして人だかりの中に我が身を沈めると、まるで温泉に入ったような気分になりました。桜湯とはもうしませんが、人は害にもなり薬湯にもなるのだと、歩きながら考えていました。

 さてこの記事の前には出町柳・高野・鴨川桜。あとには高台寺の昼桜と続きます。

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2009年4月 3日 (金)

空間に伸びる枝垂れ桜:2009/04/03(金)広沢池畔・京都平安郷

承前:(2009年桜シリーズ)墨絵のような佐野桜2009:2009/04/03(金)佐野藤右衛門邸

 佐野桜2009をじっくり見終わったあと、さて広沢池はどうだろう? と西へ数分足を向けました。やはり東岸の広沢桜はまだでした。ふと見ると池畔に大きな門が開いていて人が次々と入っていきます。奥を見ると奥が見えないくらいに深いです。警備の人にたずねたら、

「今日は、一般の方も入れますよ」と教えてくれました。
「駐車場は使って良いですか?」
「ええ、そこの黒い門の奥が広い駐車場になっています」と、道の反対側を指さしてくれました。
 車を入れて敷地に入る直前、門の側の立て看板に気がつきました。「京都平安郷・観桜会(参考1)」と記してありました。読んでみると4月の数日と、秋の名月には施設が一般に開放されるようです。

 この「平安郷」ですが、この施設は私が幼年期からあったはずです(名称は思い出せません)。インターネットで見ると古い教団施設のようです。施設の経緯までは分かりませんが、ある時期から東岸水ぎわの小道にも入れなくなっていました。しかし今日はそこにも人が行き来していました。

 実は、私はこの施設を南岸や西岸から遠望するたびに羨ましく思っておりました。本当に私が理想とする風景なのです(笑)。私がカリスマなら、まずこの地域を使いたいです()。かといってあらゆる政治・宗教・その他組織に属するのが苦手な質でしたから、世間の霊威ある人達には近づかないようにしてきました。
 それで、今日のような一般開放日に出会わせたことが本当に嬉しかったです。私はただの衆生として誠心もって結界に足を踏み入れたわけです。

 知人に宗教社会学者がいて、以前に話を聞いたことがあります。この教団のもともとは綾部、亀岡にある教団の関係者らしいです。そして意外にも私が折々に行くミホミュージアムも遠縁のようです。宗教界は難しいのでこれくらいにしておきますが、ただ私は、美観とか美術や芸術への感性をもって宗教世界を判断する一つの視点にしております。私が年がら年中訪ね歩く寺社仏閣は、芸術をなそうとか美術史に残る作品を造ろうというような意図から、今の景観や仏像を造ったとは思いません。しかるべき信仰心が日本の風土に合致したとき、日本あるいは世界的な普遍性を持った建築物や祭祀が生まれたのでしょう。

 世界三大宗教のうち、二つまでが日本に根付かなかったのは、この美観が日本に合わなかったのだと確信しています。仏教は中国を経由していますから、山紫水明ことごとく昔の中国が理想とした美観を、奈良時代以来の古い宗教者達が日本に溶け込ませた成果だと思っています。そして神道は、これは言うまでもないことです。近頃は、三輪の狭井神社(参考2)に深い美を味わいました。

 というわけで、遍照寺山・広沢池畔を借景とする平安郷、そしてそこの桜、始めて目にした内部の庭園結構、素晴らしい経験をしました。

↓初めて目にしたところでしたから、山のように写真を撮って、選別が出来なくなりました。以下はほぼ順路に従って撮した内容です。それぞれが気に入りました。

平安郷:観桜会
平安郷:広沢池と愛宕山
平安郷:聖地へのアプローチ
平安郷:聖地の結界
平安郷:広い空間
平安郷:庭園の小川
平安郷:広沢池に注ぐ小川
平安郷:圧倒的な空間と枝垂れ桜
平安郷:右一号桜
平安郷:右一号桜、中二号桜、遍照寺山
平安郷:空と桜
平安郷:嵐山遠望
平安郷:広沢池西岸遠望
平安郷:桜と庵
平安郷:枝垂れ桜全姿
平安郷:桜木と桜花

↓人間の目は視界が広いですし自由に無意識に動きますから、平安郷の桜景観全体を写真で表すのは、どれほど沢山撮しても無理だと感じました。その中でも特に印象深い桜を大きく載せておきます。
 写真の解説はまた来年機会があればじっくり書きますので、今年は並べて眺めるだけにしておきます。本当に思いがけない経験でした。
 この地を選んだ遠祖(とおつおや)さんに乾杯したいです!

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参考1:(インターネット)京都平安郷
参考2:(MuBlog)卑弥呼の墓(010)

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墨絵のような佐野桜2009:2009/04/03(金)佐野藤右衛門邸

承前:(2009年桜シリーズ)水辺の桜花:2009/04/02(木)天神川(南)桜
承前:(2008年佐野桜)佐野藤右衛門邸の桜:20080330

 例年佐野邸の桜は3月に観ることが多かったです。まだ咲き初めの桜はいつも匂い立つような風情を嵯峨野に漂わせていました。今年はすこし我慢して、咲きそろう日を指折り数えて待っておりました。昨夜は相変わらずぐっと寒かったのですが、今朝葛野研にきて昼前になるとぽかぽかしてきて(背中にぺったんカイロ、ダウンジャケット!)、昼になって矢も楯もたまらず昼食に嵯峨野蕎麦「豊かな味わいの鳥ナンバ(950円)」をいただいたあと、じっくりご近所の佐野邸を写して参りました。4月も3日になりますと、右京区・宇多野・広沢山越え、桜も人も満ちておりました。
 さて例年のことなので駄文は切り詰めて、まずは佐野桜2009をゆっくりご鑑賞ください。

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↑この二枚は似た写真でどちらも空に薄墨で描いたような絵画感があります。私は数年前から佐野桜をこのような目で見てきました。華やかとは一言で言い表せませんが、静謐感、落ち着き、安定感、清潔感、つまりおとなしい佳さを見ています。言葉を尽くすなら、私の人生もこの先こうでありたいという気持になります。そういう落ち着いた人生ではないから、余計にそう思うわけです。
 2枚のどちらを第一にするかは迷っています。強いて言うなら、1枚目の桜には佐野桜を見上げるおじさんやお姉さんが写っています。なんとなく、桜の精に圧迫されてしまって、そこに「人」が居ることに安心感をもてます。実は2枚目の方が私の心象風景に近いです。この桜樹と桜花と空のコントラストがたまらなく好きです。

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↑この2枚は、先の2枚とは優劣というよりも別のカテゴリーだと思っています。石塔、枝垂れ桜、見上げる人、山越えの道、そして自動車(他人のです)。佐野邸の桜環境を一杯盛り込みました。石塔が傾いているのはカメラレンズを18mmの広角で写したからです。そして桜花のクローズアップは、少しだけ色を添えたかったからです(笑)。本当に淡やかな色合いです。

山越えの佐野桜
石塔と佐野桜
匂い立つ佐野桜
佐野桜の幼少名
桜画

↑時間帯が昼食時だったせいか、そして丁度見頃の時期だったのでしょう、帰るころには佐野邸桜の回りにはたくさんの自動車、タクシー、そして桜狩りの人がおりました。佐野邸にはバスで山越えから来るのが近くてよいでしょうね。分かりにくい時は、「広沢池」を目指せばすぐに辿りつきます。バス(市バスなど)がたくさん集まる大覚寺からだと、徒歩で20分くらいです。
 また来年も元気に佐野藤右衛門さんの桜をこの目に焼き付けておきたいです。しかし考えてみると来年の春先は大学の事情で物凄く忙しくなって、なかなか難しそうです(笑)。今年はちょっと端境期。
 そうそう、今年の佐野邸桜はこれで終わりですが、実はこのあと素晴らしい枝垂れ桜をご覧にいれます。「佐野藤右衛門監修」と書いてありましたから、多分今日のこの桜の兄弟なのでしょう。「すごいですよぉ」

広沢池、佐野桜など地図

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2009年4月 2日 (木)

水辺の桜花:2009/04/02(木)天神川(南)桜

承前:そろそろの京都桜:2009/04/01(水)四条大橋、四条高瀬川
検索キー:{天神川桜 MuBlog}

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天神川桜(南)2009-桜姫初号
 ↑今年平成21年、今日の桜はこの写真をもって、2009年巻頭を飾る桜姫初号としたいです。

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今春も早々と満開
 ↑後日掲載の佐野桜とは違って、天神川は桜海のように見えてきます。この桜花のもりもりとした密集部分(写真右)が好みなのです。

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変わらぬ桜花に安堵
 ↑ボカシのテクニックを使ったつもりはないのですが、望遠ズームで拡大すると、絞りの加減が開いて焦点深度が浅くなり、背景がぼよんとなるのでしょう。ただし、意識して撮ったのではないです。

川縁の天神川(南)桜

桜トンネル:天神川(南)

桜トンネル行く人ぞ

寒風に揺れる桜木

入学式の桜

↑天候は真昼の曇空でした。風が強く寒く感じました。近所の大学では入学式がありました。日の丸と桜とがよい雰囲気でした。ただ、その桜はまだ咲き初めでした。
 しかしこの五条天神川南がわの桜は一通り撮れましたので満足しています。後は、北側の桜海や桜塔、それに柳桜をこき混ぜた天神川清流を撮ってみたいですが、それは来週になるでしょう。
 ところで先日の鴨川や高瀬川、それに今日の天神川と、いずれも清流と言って良いほど水が透明でした。京都の川は春先、雨が強くなく、環境保全がひところよりも進んだからでしょうか?

付録:五条天神川以北の桜

天神川(北)高辻あたり
天神川(北)の桜様子
 付録と記すと天神川桜が怒るかもしれませんが、今のこの時期は付録です。ご覧のように五条通りからの南に較べると、北にはほとんど咲いておりません。ただし写真見頃の桜→は中でも変わり者で、例年一足先に咲いてしまいます。どうでしょうか、南北の温度差や土壌差というよりも若干ソメイヨシノにも違いがあるのかもしれません。よく調べていないのですが、全国のソメイヨシノはクローンという話もありましたが、個々桜樹では違いがでてくるのでしょうか。それともやはり温度差かな? うむむ。

 なお、私が以前から自慢の「天神川桜海」と名付けたきた桜は、この「今は付録の北桜」達です。おそらく来週ころから華やかな桜樹海を見せてくれるのでしょう。なによりも、ここは「柳桜をこき混ぜて」の風情が一段とすばらしく、待ち遠しいです。

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