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2009年12月21日 (月)

NHK坂の上の雲(2009-4)日清開戦:日清戦争・明治27~28(1894~1895)

承前:NHK坂の上の雲(2009-3)国家鳴動:日清戦争開戦前夜

 毎度の様にあっというまに時間が経ちました。三者三様、秋山好古、真之、正岡子規の、日清戦争当時の姿が描かれておりました。

1800年代の世界様子
 当時の時代背景として欧米列強帝国主義国が周りの国々を虎視眈々として狙っていた時代でした。
 当時の列強として思い浮かべるのは、イギリス、フランス、ドイツ(プロイセン)、ロシア、アメリカでしょうか。こまごまというと、他のヨーロッパ諸国も世界中に植民地を持って支配していました。日本の戦国時代に似て、明治時代の列強は世界の切り取り勝手、他国を占領するのは取った者勝ちで、あっけなく支配国と植民地の関係になるという仕組みです。もちろん各国の外交交渉も盛んですから、戦争だけでなく獲物の植民地の交換や、やりとりもあったのでしょう。「ここで引くから、次ぎのあの国のあの島は俺のもの~。」こういう感じです。
 そして日本もその仲間入りすることが、ドラマの中で森鴎外のセリフに現れていました。軍医森林太郎が子規に語った「文明開化と明治維新の輸出」という言葉は、輸出というよりも、朝鮮や中国への押し売りじみてくるわけです。当時から半世紀昔に、アメリカが日本に押し売りした自由と開国とがそれにあたります。

 この時代の植民地経営は、伝統あるイギリスなどは手慣れたものでした。その視点からみると、後進国日本のやりようは、さぞへたくそな経営に映ったことでしょう。さらに決定的に、当時の宗主国はいずれも白色系人種だったわけです。その根底に流れる非白色系人種に対する蔑視はぬぐいさりようがないと思えます。

叩けば粉塵舞い上がる諸国の過去
 さてさて、各国とも、叩けば埃どころかアスベストの粉塵や触発、大爆発しそうな粉塵が舞い上がるわけです。
 一応当時の背景として、軍事力と外交力、その二つを制御する政治力の無い国は、他国の属国どころか奴隷国になるという現実があったのです。
 開国以来、明治政府発足後まだ30年も経たなかった我が祖国日本。富国強兵と教育改革は念入りに力を注いできましたが、当時の元勲や政府首脳達はどんな思いで世界の趨勢を眺めていたことでしょう。日本は鍵らしい鍵のない障子一枚、襖両開きだけで部屋を区切り、田舎の民家には鍵や閂(かんぬき)さえ無い国情でした。そういう状態で押し込み強盗のような諸国間の駆け引きに加わるのは、相当な違和感があったかもしれません。

 明治27年の時代に、日清戦争をそれぞれの立場で味わった三人の男の物語が昨夜のドラマでした。

三人の日清戦争
 兄の秋山好古は旅順を攻略するための作戦を練り、大山巌大将に知らせます。戦闘が始まっても酒ばかり飲んでいる豪毅な姿が印象的でした。渡辺謙さんのナレーションでは、好古はもともとおとなしい少年、青年だったのが、騎兵将校になることで自己改造をして、ふところの深い豪快な軍人になったようです。この場面をみていて、ふと以前読んだ「皇国の守護者(MuBlog)」の新城直衛を思い出していました(笑)。新城のモデルは秋山好古だったのでしょうか?

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 ここに登場した大山巌大将ですが、彼と部下の乃木希典(のぎまれすけ)とのやりとりが実によかったです。つまり、大山大将が秋山の作戦分析を「よし」として、それに従った作戦を説明している途中で、突然乃木が硬直した物言いで「旅順攻撃は私に任せて欲しい」というわけです。役者の柄本明さんの味わいもあるのですが、実に実在の乃木さんをうまくあらわしているなぁと、感心していました。乃木さんは、近所に乃木神社があるくらいですから相当な有名人になっていくわけですが、その根底の姿をこのドラマで味わった思いがしました。それを、軽くいなす大山大将の雰囲気がよかったです。

 弟の真之は初の海戦を経験し、自分の指示にしたがった若い水兵が眼前で骸(むくろ)になった現実を見て、鬱になります。このときの、爆風による一時的な「音の無い世界」の表現が出色でした。帰国後のパーティーでたまたま撞球コーナーで出会った東郷平八郎に「指揮とはなにか。指揮に迷いはないか。間違った指揮をだしたなら懊悩するのか、……」と、相当にディープな質問を繰り返します。真之は一時的な軍人忌避症になっているわけです。この時東郷は答えますが、真之にとっての指揮に関する得心については、後に残しておきましょう。

 正岡子規は従軍記者を願い出て、遼東半島での約一ヶ月の体験をし、この時の喀血が後の子規を病床に伏せさせたようです。道ばたで出くわした中国民衆の反感を、「日本の兵隊さん、ありがとう、と言っておる」と誤訳する曹長に子規はくってかかります。しかし逆に年輩の曹長は、子規を詰り倒す。間に入ったのが軍医森林太郎(鴎外)という場面は、見せ所でした。
 戦後の占領軍アメリカ兵にくってかかった日本人の姿はあまり無いようですが、中国や朝鮮の民衆はこんな風に占領軍日本兵に正面切って反抗したのでしょうか? しかしそういう状況設定にしたから、曹長が若い正岡子規を恫喝した様子が迫真だったのだと思います。
 ここが、このドラマの演出の複雑な面だったと思います。
 なお、私は子規の若さを言っているのではなく、ドラマの持って行きようの微妙さをメモしているのです。おそらく、占領されて嬉しい民衆は居ないはずです。いるとしたなら、ストックホルム症候群だと言えましょう。戦後の日本は、幾分その症状に感染していました。

 ではまた来週。

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