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2009年12月31日 (木)

小説木幡記:2009/12/31(木)大晦日の3Dアバターに鍵善の黒蜜くずきり

 大晦日になってしまった。年末恒例行事をつのったら、エドルン君が手を挙げた。
 十時半頃に木幡をでて、鈍行京阪でじっくり三条京阪に着き(注:帰路は特急ダブルデッカの上階)、階段をあがったところで、山頭火ラーメンを昼食にした。チャーシューメンが950円、醤油味にした。ついでに半熟卵もひとつトッピング。少し高めの豪華ラーメンだね。叉焼が柔らかくて口にあった。

アバター
 三条通りを西に進んで新京極についた。上映が12:10からだったので、そばの珈琲店で一杯飲んだ。
 エドルン君が昨夜のうちにネット予約していたので、券売機の前で番号や暗号を入れると券が2枚でてきた。便利な物だ。
 券代金はちょっと高価だった。二人で3500円もした。3Dという生まれて初めての体験だった。3Dは高価な設定のようだ。

 アバター、3D体験。尋常ではない感覚に陥った。惑星(衛星と言っていたな?)パンドラの植物の胞子なのか、海のクラゲみたいな透明浮遊物が眼前にいくつもいくつもふわふわと浮かんでいた。3時間弱の上映時間だったが、時々3Dメガネを外さないと、あまりの迫真の立体像に心臓がパクパクし続けた。

映画の内容は
 内容は「アメリカでは受けないだろうな。悲しすぎる。悲惨すぎる。アメリカのインテリは避けるだろう。まるで、大航海時代の、スペイン征服者達がアステカ文明を絶滅させたのと変わらない。~」と思った。
 実は上映時間中、ひそかに涙をぬぐっていた。それも、何度も。後でエドルン君に聞くと、余と同じ状態だったらしい。
 余は何も知らずに出かけた。
 3Dの超大作SF、スターウオーズか、エイリアンのつもりで映画館に入った。出てきたときは、「人間って、何なのだ。あるいは、アメリカとは一体どういう国で、これからどうなるのだろう」と、まるでエンタとは逆方向の顔をしていた。

 そういえば、同じジェームス・キャメロン監督の描いた「エイリアン」も、植民地星を開発する企業や国の冷酷さを深くえぐりだしていた。今度のアバターには、そのころの主演女性シガニー・ウィーバーが、植物学博士で登場していて、懐かしかった。TVドラマLostのミシェル・ロドリゲスが(宇宙?)海兵隊パイロットに扮していた。これも、エイリアンでは、別のよく似た女優が出ていて、同一性を味わった

 そして帰宅してからネットでアバターの記事を見た。驚いた。全米興行成績がクリスマス前後、一位になっていた。
 全米今年最後は3D対2D!勝ったのは『アバター』!『シャーロック・ホームズ』は2位!
 『アバター』が69億の興収でダントツ第1位!東海岸の大雪も客足に関係なし!

なぜアメリカにとって自虐すぎる映画が
 なんとなく思ったのだが。
 たしかに3Dと椅子を振動させるほどの迫力ある音響と、ストーリーの簡潔さと、ダイナミックな浮遊感や戦闘シーン、これだけでも観る値うちはある。3D効果を疑っていた余も脱帽した。

 それだけじゃなくて、文明・文化のギャップを、文明人を自負した者達が圧倒的なパワー・兵器で埋めることの難しさを、米国の鑑賞者達の何割かは実感したのではないだろうか。
 なにかしら、映画技術以外の、別の密かな評判が生まれたのだと思った。文明とは時に、野に咲く花を、牛刀でぶった切るところがある。この映画を見終わると、その事への「文明側の」弁明が成り立たないことに気付くだろう。
 (宇宙)海兵隊の兵達が、火炎放射器で原住民の楽園を焼き払い進む場面で、余は近代戦争のいくつかの場面を思い出し、落涙した。弓矢しかもたないネイティブに、火炎放射器やロケット砲は、そりゃないでしょう!

恒例の鍵善くずきりと、八坂神社
 気分を変えて。
 祇園石段下の鍵善に出向いた。入り口には列を成していたので、少し迷ったが、珍しく待った。案に相違して10分ほどで席に着けた。くずきりを食べるのに長居はむりだろう(笑)。氷の入った器のくずきりを、いつものように黒蜜にそえていただいた。(なんとなく、黒蜜が主役のようになってしまう)
 その後、祇園八坂神社にお参りして、絵馬(トラ)のついた破魔矢を買った。2000円。国家安泰、木幡安泰をねんごろに祈念して、神さんとお別れした。

 もうすぐ、年を越す。早いものだ。
 さっき紅白の合間、9時過ぎに、エドルン君が年越しのオロシ蕎麦を作ってくれた。うまし。
 そろそろ、木幡研総出でワインでも飲もう。うむ。

追伸
 年末大晦日は、PCの総てが不調になった。ようやく今年最後のMuBlogを投稿できてほっとした。不調の原因はおそらく寒さだと考えている。 

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2009年12月30日 (水)

小説木幡記:2009/12/30(水)平成21年さようなら

 明日は大晦日で映画を観たり、くずきりをいただいたり、八坂神社にお参りしたりで忙しい。今年を振り返るのは今夜くらいしかない、……。もちろん2010年、来年に思い返しても良かろうが、とりあえず記事一つを残しておこう。

 まず今日のことを一つ。紅鮎で温泉につかって、近江肉をいただいた。ものすごい贅沢をしているようだが、そうでもない。片道2時間の日帰りドライブで、午後の中頃には木幡について夕方まで一寝入りした。これは気に入った写真もあるので後日にまとめよう。
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↑帰路、長浜市から見た雪の伊吹山遠望

読書
 村上春樹さんの『1Q84』が余の好みの内容、構成なので満足を得た。来年にはその3巻目が出ると噂に聞いた。楽しみだ。読者は作家の、ほのめかしであれ、直言であれ、次作を切実に求めるものだから、反古はならぬ。
 髙村薫さんの『太陽を曳く馬』は刑事・合田雄一郎に久しぶりに出会って、往時の感動を新たにした。合田の内心の、心の動きが流れ出てくるような書きようにひきこまれた。
 今年はあまり小説を読んでいなかった。忙しいからというような安直な分析ではなくて、文学以外のことに気持を埋めていたのだろう。

学術1:テキストの構造可視化
 夏に保田與重郎『芭蕉』を考察した。最近抜き刷りも手にした。芭蕉の「かろみ」に対置して、慟哭があればこそ「軽み」の世界が開けたのだと、得心できた。そして、なぜ家持や芭蕉が慟哭したのかは、心の問題だから、客観的に伝えるのは難しいと思った。余は、家持にも芭蕉にも、そして保田にも慟哭できた。それでよいと思っている。
 日本についての歴史観=文学観だから、うまれてくる文学は、日本の心で感じないと分からない。最近、合理的精神が砂上の楼閣に思えてきた。「死生」の前では、合理も不合理も、何もない。

学術2:鉄道図書館列車ジオラマ
 ジオラマを現在6種類並行して考え、作成している。鉄道図書館列車を「未来の図書館の姿」として考察し始めてすでに2年間以上が経過した。今年は、「高台の図書館」の基本形をようやく記事にまとめた。このジオラマに図書館利用の物語を付加するには、まだ時間がかかる。
 技術的には、HOスケール(普及タイプよりもやや大型)の車両(サロ124)を二階建て図書館列車に改造し、自動往復運転を出来るようにした。しかし、これにもまた「物語」が必要となる。

情報技術:PC自作とLinux
 余の研究課題は「電子図書館」が主であり、その中で、フルテキストをどのように扱っていくかが、上記「学術1」に直結している。もちろん、このMuBlogという余自身の「知識樹」を作ることも、要素の一つである。
 PC自作とLinuxの利用は、今までもこれからも基本手技として身につけておくべきマナーだと考えている。大量データの確実な保管や運用に関して、比較的廉価に永続的に扱える環境は、自作がもっとも確実と言える。もちろん自作と言っても、メモリーを自分で作ったり、ハードディスクを自分で作るわけではない。いろいろなパーツを選んで、最適の機能を果たすことを、経済的に達成するには、自分の道具は自分で作るしかない。
 今年の年末から来年にかけては、「春霞2010」が、余の情報技術・手技を維持する方法となる。

古代史
 三月に奈良県桜井市の茶臼山古墳と、纒向の初期前方後円墳を足で歩いたことは、なにかと知見を深くした。特に茶臼山古墳については、後日に橿原考古学研究所の発表が新聞記事を賑わしたので、見ておいてよかった。
 11月に、纒向遺跡第166回発掘による、大型建造物跡を、はるばるJR巻向駅まで出向いて確かめてみた。いわゆる「邪馬台国」の宮殿らしいという噂が新聞やネットに流れたが、比較的冷静にそのニュースを聞くことができた。20歳前後から、三輪山周辺に愛着を持って、なんども訪れていたので、「そうでしょうね」という感が強かった。
 いずれも、横浜市在住の畏友Jo翁との旅だった。今後も旅は続くだろう。楽しみだ。


 今年も桜写真の自薦記事をまとめた。第一席に大覚寺・大沢池の桜をあげたが、ここは毎年訪れる。今年は、NDKの若い研究者二人と行ってきた。これまで葛野図書倶楽部2001の関係者達とも歴代馴染みがあって、懐かしいものだ。

葛野図書倶楽部2001
 今年も、幾つも記事をまとめた
 機関誌Truthの2009年7月号ころから、「ご隠居」さん達に、消息記事をお願いしてきた。最古一期生は2002年次(2003年3月卒業)だから、すでに7~8年過ぎてしまっている。その後、来年の四月号まで、合計で10名ほどの、それぞれの年次の方に依頼した。すべて快諾を得たのでほっとしている。気の良い人や、気むずかしい人や、文章を書くのが苦手な人~、様々だ。原稿を玉稿と言った時代の雰囲気を、当世風に味わった次第。

日帰り旅行
 秋の伊吹山に登って、遠く倭建命(やまとたけるのみこと)を追想した。
 長浜市のフィギュアミュージアムで、フィギュア世界に開眼した。

日曜作家
 苦しんでおる(cat)。

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2009年12月29日 (火)

小説木幡記:2009/12/29(火)というわけで春霞2010

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↑ホームセンターで入手したポリエチレン・ランチボックスの「中仕切」上に設営されたITXマシーン

現代仁・になれた
 昨日だったか(笑:いや、記憶が曖昧なので自笑)、近所の総合病院へ行ってSF的な検査を受けた。64カ所を同時にチェックする上等なマシンらしい。その結果は後日のお楽しみ。半世紀にわたり、近代医学を体験しておらんので、病院のシステム、技師の対応、マシンのぶっとびぶり、なにもかも興味深いので、いつかじっくり考察してみよう。ともかくこれで、余も現代人の仲間入りができた。待ち時間、会計もいれて、全部で1時間しかかからなかった。なかなか医療世界も進んでおる脳。お代は、1万1千数百円。メモリーにしてPC2-6400規格で6GB程度だな、安いかもしれない。そうそう、健康診断の結果は近所の若先生が来年じっくり診てくださる。こんご、あれもこれも検査チェックが楽しみになってくる脳。先生も原始人相手なので、すべてが「へぇ~、まだ一度も体験されていないのですかぁ~」の世界だ。あはは。

 途中で昼食をとって、昼過ぎに葛野に着いた。無人だった。大学全体が、祝日授業などを沢山行ってきたので、年末に代休が重なったようだ。おまけにこの日は、午前中キャンパス全体が停電だった。

砂を噛むようなお役所仕事に専念
 というわけで、午後1時~夕方5時まで、目をつむって、砂をかむような思いをして、PCに向かった。しかたない、そういう役回りの年に当たってしまったから、最後の最後まで書類をチェックして、来年の大学全体の授業が壊れないように調整して行かざるをえない、仕事。
 メールがあるから、修正情報依頼だけは、ひっきりなしに入ってくる。
 秘書さんたちは、先週半ばから休暇。
 うむふむ。
 例年なら数日前から、自分自身の科目の後始末に入れるというのに、これでは自分のことは来年ギリギリになってしまう~原稿締切もあるしぃ~と、ぶつぶつぼやきながら、「しかたないよねぇ」と長いものには巻かれる日本人の美徳に酔ったふりして、シカシカとマウスやキーボードにぶら下がっていた。
 丁度五時ころに、一式ファイルをどーんと添付にして、数カ所に同報配信したときは、「こんちくしょう、これで年内は君らのメールは読まないぞぉ」と、雄叫びをあげた!

 ↑我ながら、書きながら、これはまさしく現代サラリーマン哀歌じゃね。諸悪の根源はネットやメールやPCや携帯だと、心から思った。いつか切れたら、LANをぶったぎってやるぅ。

マシン命
 ひといきついた。珈琲を淹れて飲んだ。
 やむにやまれず、マシンに手をのばした。来年と思っていたが、やってしまうぞ! と、またしても奇声を上げて、一式を屯所に運んだ。屯所のディスプレイやマウスやキーボードを一旦外して、ITXマシンに再セットして、OSの入ったCDを用意して、乱暴にも、パーツはほとんどテープで留めた状態で、電気を入れた。
 (PC自作では、ディスプレイやマウスやキーボードは大抵既存のもので試しておく。新規購入がもったいない、ケチ)

 おお、おおわぁ。
 ファンが回り、DVDドライバーが回転しだし、もちろんランプが点いた、ディスプレイに文字がでたぁ~。
 すごすぎる(おおげさじゃね、当たり前のことなのに)。
 生まれて初めて、17cm正方形、たった9千円のITX仕様マザーボードに生命が宿った。
 ~というわけで、セットし出してから、GNOME上海が動き出すまで、正確に1時間ですんだ。
 なんて気楽なPC自作なんじゃろう。

 詳細は後日にするが、メモリが4GB、ハードディスクが500GB、CPUはちょっと非力。
 電源がITX規格にしてはすごいぞぉ、450W仕様なんじゃ~
 名付けて、ちょっと早めの「春霞2010」。
 来年完成品としたのは、ずっとテーピングのままじゃ格好わるいし。透明なランチボックス風仕様にするには、風穴をドリルで開けたり、外部電源を有効利用したり~、まあ、来年のお楽しみ!

本日
 本日こそは、自分の科目の処理に入る。
 それに研究室の掃除。
 邪馬台国周遊図書館ジオラマの成形。
 いろいろ忙しい脳、生きている証。

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2009年12月28日 (月)

NHK坂の上の雲(2009-5)留学生:海外派遣士官

承前:NHK坂の上の雲(2009-4)日清開戦:日清戦争・明治27~28(1894~1895)

もと真之らの英語教師・高橋是清(後世、首相となり、226事件で暗殺された)
 アメリカ留学をした秋山真之は銀行家になっていた高橋是清(西田敏行)に出合い、ナイアガラの滝を見学する。その地で、イロコワ族の男と二人は昔話をした。つまり、二人の笑い方がイロコワ族の祖父母達の笑いと同じだと言われた。男はインディアンにとって古き佳き時代の笑いを思い出したわけだ。

 そこで高橋は真之に、昔は180万もいたイロコワ族は、アメリカ大陸に侵略した白人達にいいように利用されて、金と武器を与えられ部族間戦争をして、今では20万人に減ってしまい居留地に押し込められた。今のアメリカはそういう悲劇を過去に持っている、と。具体的には英国を中心とした白人集団が、アメリカ大陸と現地人をクリアランス(掃除)した方法を語って聞かせたわけだ。それは実質的なインディアン奴隷狩り戦争だった。

 その後独立したアメリカと、インディアンの争いは、大昔の西部劇に詳しい。さすがに、1990年「ダンス・ウィズ・ウルブズ」前後から、米国騎兵隊がインディアンを殲滅し快哉する映画は消えたが。

 この話は、昔観た映画「アラビアのロレンス」にも似た雰囲気があった。イギリスの若い考古学者T.E.ロレンスが英国軍から、語学や現地への馴染みを見込まれて、情報将校としてアラブ諸部族をまとめていく姿が描かれていた。しかし、つまりは英国の植民地統治のために、当時のトルコ帝国への現地人による抵抗を必要としただけで、トルコが敗北すると、とたんにアラブ部族同士が争ってばらばらになる方が良いという、本国政府の意図にロレンスが挫折する内容だった。

 高橋是清は、日本がイロコワ族と同じ運命にならないように、軍人である真之に忠告した。
 これはおそらく、米英ヨーロッパ・露西亜からみて、アジアはネイティブな部族国家に見えて、その中で日清戦争に勝利した日本は、勇猛果敢なイロコワ族と同じだから、日本にアジアを掃除させて、最後に列強のどこかが日本を滅ぼす(植民地化)、という意味を含んでいたのだろう。クリアランス・オブ・アジア、となろうか。
 (大東亜戦争の結末は、欧米の意図とは異なり、アジア各国での宗主国との植民地戦争をともない、アジアは一応白人支配から解放されたと言える。その後、別の隠・植民地化が進んでいるのも事実である)

 正岡子規は真之に、俳句や和歌の世界を通して日本の文明文化の佳さを伝え、「国が滅びれば、この文化も滅びる」と伝えた。

外交官・小村寿太郎
 ニューヨークの街角で、真之は駐米公使・小村寿太郎からタバコをせびられた。清国では代理公使を勤め、ネズミ公使と諸外国から後ろ指、小馬鹿にされていた。

 ここで外交使節の公使とは、正式には特命全権公使で、大使とは階級の違いがあるだけで、機能するところに違いがまったくなく、特権は同じである。さらに代理公使も、公使の代理ではなく、相手国との間に成り立つ公使の信任状発行という手続き上の違いがあるだけである。他にも弁理公使があるが、これも特権は全く同じらしい。この使い分けの実際は近代史の研究者とか、外務省の人に聞かないと良く分からない(笑)。ともかく、ネズミ公使といえども、当時の日本の外交を一任されてアメリカに駐留していた。

 小村はドラマによると親の借金返済で首が回らなくて、赤貧洗うが如き公使だったようだ。真之にタバコをねだって、買わせる。演じるのは竹中直人で、実に味がでていた。フロックコートも全身からも、異臭ただようような貧しさを演じていた。もちろん、気宇壮大で、さかんに「完全に対等な日英同盟」を大言壮語していた。もちろん、真之はその意味を深慮し、今度は留学生ではなく英国駐在武官として渡英することになった。(もしかしたら、小村が政府・海軍を動かした人事だったのだろうか?)

 秋山真之が小村の大言壮語の意味を理解したのは、高橋是清からイロコワ族の悲劇を教えられていたことによるだろう。しかし、高橋と小村との、その比喩するところは、現実的に大きな違い見せていた。高橋は日本がイロコワ族のように利用されて亡国に至ることを避けよ、と忠告した。

 小村は逆に、日本は英国に「ドカーンと一発かまして、イロコワ族になる必要がある」と言ったわけだ。これは、欧米露列強が互いにアジアでの植民地争奪戦に血道を上げているなら、その力を上手に利用して、英国からの援助を受けて、その力で対露にあたるという捨て身の外交技を意味していた。
 英国に「日本はあんたらの植民地争奪戦に役立つ東洋のイロコワ族ですぞ」と言って、その代わり「露西亜への外交支援は止めてくれ」という意味だった。

 日清戦争の勝利によって得たかと思われた遼東半島の領有権は、三国干渉(フランス、ドイツ、露西亜)によって下関条約下(明治28年:1895)、日本はあっさり放棄せざるをえなかった。ところが、旬日この遼東半島には、露西亜が自国・帝國海軍太平洋艦隊のための海を欲し、鉄道を敷き、半島南端の旅順には巨大な要塞を構築しだした。

大きな地図で見る

 小村だけでなく当時の日本には、大陸を南下してくる大国・露西亜が血に飢えた北極熊に見えたことだろう。小村の脳裏には、日本があっという間に露西亜に割譲され、残りは英独仏によって、当時の清国と同じように分割されて食い荒らされるイメージがリアルだったに違いない。そこで、言ってみれば話の通じない北極熊対策に、ちょっとは話のできる海賊と手を結び、最後はなんとしてもイロコワ族の悲劇を避けねばならぬ、と心に誓っていたのだと思う。
 そうでないと、正岡子規の感慨のように、亡国に至り、日本の文明・文化が灰燼に帰す。そのころの占領とは、植民地化であり、それは原住民を奴隷にすることである。当時はそれが列強にとって国益を守るという大義名分になったのだから、恐ろしい歴史の教訓である。

 現代一般に、旧宗主国との穏やかな関係は残っていても、苛烈な植民地関係は表向きにはない。だが、逆に実質的に侵略し統治し「民族融合」という美名によって、伝統ある各民族、国家が、その文明・文化を消滅させられた実例や危険性は常にある。
 瀕死の陸奥宗光が伊藤首相の前で「戦力を持たない国に、まともな外交はできない」と言った重みは現代にも消えてはいない。

見どころ
 廣瀬大尉が露西亜の美しい女性を惹きつけていくシーンが、良かったです。国や言葉が違っても惹かれ合う男女の仲は別次元かもしれません。しかし、敵国同士の間柄ですから、これは悲恋とも言えましょう。

 正岡子規の脊椎カリエス(結核菌によって脊椎が空洞化し曲がる)は、現実にも壮絶な様子だったのですが、ドラマの中では、俳優の香川照之さんの鬼気迫る演技が良かったです。単純に化粧などで病身に見せている様子ではなく、本当に香川さんがやせ衰えて苦痛に喘ぎ、その中で句作をしている雰囲気がよくよく現れておりました。

 昔、故・原田先生(筑波大学教授)と話したことがあります。秋山好古や真之がいずれも「空前絶後」の能力を発揮したことについてでした。
 「どうして、秋山兄弟のような人が生まれたんでしょうかね」
 「いや、秋山ほどの優秀な人だったから、司馬遼太郎さんの目にとまり、歴史に残ったのでしょう」
 という話でした。
 今夜のドラマでは、明治時代に努力し命がけで日本を切り開いて行った人は、絞っても数万人いたようです。現代日本では、どうなんでしょうaries

 米西(アメリカとスペイン)戦争におけるアメリカ海軍のキューバでの港内閉塞作戦に、観戦武官として参加した秋山真之の報告が、いまでも屈指の情報分析と提案を含むレポートであると認められているようです。

まとめ
 さて、第一部が終了しました。秋山兄弟、正岡兄妹の幼少期は、少しかったるい味わいでしたが、さすがに5回目ともなると、私自身明治時代にどっぷり浸った気分になってきました。
 明治村にまた行きたくなりました。
 重厚で、丁寧で、人物像は「ほんまかいなぁ~」と思うほどに、各人のクセ、個性がくっきりと表れておりました。

 気に入った俳優・女優、というよりも役柄ですが。
 女優では、正岡律さん役が良かったですね。なにかしら伝統的な芯の強い大和撫子を思い描けました。菅野美穂という方らしいですが、なかなかによい人選でした。
 乃木希典(柄本明)。硬直した頑迷な雰囲気がとてもよく出ていました。
 山本権兵衛(石坂浩二)。独特の軍人官僚的な目つき応対が良いです。やまもとごんべい、と記してありましたが、私が大昔覚えたのは「ごんのひょうえ」でした。さて?
 小村寿太郎(竹中直人)。この役に竹中さんを起用したのは大成功だと思いました。歴史上の人物はすべて神棚に祀られるような表現をされますが、竹中さんの演じるネズミ公使の絶妙さには、うむむ~む、とうなりました。
 陸奥宗光(大杉漣)。陰影の深い、病身で目だけが鋭く、現実世界の外交を論じる姿は国士とさえ思えました。伊藤首相に救われた経歴もあり、首相を深く尊敬しながらも、実世界で外交することの激しさを最後まで演じていました。

 肝心の秋山兄弟や正岡子規については、第二部、三部の折に記しましょう。
 ではまた来年秋にお目にかかりましょう。

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2009年12月26日 (土)

小説木幡記:2009/12/26(土)高い高いの猫ハルキ:満一歳

Muharuki5576 猫ハルキ君が木幡に来て10ヶ月くらいになろうか。彼は昨年の今頃、12月上旬に誕生した。満一歳の誕生日に近所の犬猫医院に連れて行って健康診断をした。
 猫ハルキ君はまだ若いから、鼻から胃カメラとかCTスキャンにMRI、諸々の治療薬など不要だった。

 そういえば、余は夏には鼻から胃カメラ、冬にはCTスキャンと医療世界を騒がせておる。20年間くらいろくに医院通いもしたことがないので、最近は華々しい。主治医の先生は、余の性向・体質・遺伝質あれこれ観察しておるようだ。
 それで、話は飛ぶが、一昨日近所の車屋さんからの帰り、キャンパスを歩いていて思わず自笑しまくった。
 「余は40年間、自動車の点検だけは、うまずたゆまず飽きもせず、年に2回必ずディーラーに診てもらってきた。しかるに、余自身は中学校の時に虫垂炎(盲腸炎というておる)で一週間手術入院した以外、入院体験がない。ましてこの20年間、まともに医院へ足を運んだ覚えがない(歯科は別だな)。一体、自分の身体と自動車と、どっちが大事なんだぁ~それに猫ハルキ君、これから誕生日に必ず健康診断とは、豪華だなぁ、……」

 「先生、つかぬことをうかがいますが、いつも患者さんが沢山来られますね。みなさん、病気が多いのでしょうか?」
 「うふふ~」と、彼は不思議な笑みを浮かべた。
 「あれだけ大勢の人が、薬をのまないとマズイというのが、信じられない。日本は病んでおるんでしょうか」
 「いやいや、そうでもないです。ナイショですが、普通の腹くだしなら絶食。普通の風邪なんて、水飲んで寝ていたら治りますよ~」と、笑った。
 「おお、やっぱり」
 ~
 と、話しているうちに、両親の死亡時のことや、兄弟の遺伝体質について、話していた。最近の「先生」は、四方山話をしていても、ちゃんとキーボードで打ち込んでいた(まめだぁ)。

 しまった!
 猫ハルキ君の健康診断の話だった。
 それが、「異常ありませんよ」ですんだ。体重や身長。ひとしきり猫ハルキ君を触診したり、耳穴を覗いたり、歯(牙)ぐきをひんむいたり、喉の奥にライトをあてたり。聴診器を使ったり。それはそれは特殊技能が満載だった。傍で見ていて堪能した。猫ちゃんは一般にプライドが高いから、マズイ扱いをすると引っかかれたり、肉球パンチをくらう。
 先代のマタリン翁は、別の「動物のお医者さん」で若い女医さんに噛みついて血だらけにした。誤解されては困る、マタリン翁は実におとなしい猫君だった。彼が激怒憎悪して攻撃したのは、その女医さんが「猫の気持」を無視したからである。
 で、今度猫ハルキ君は別のお医者さんにした。中年のオジサン医師で、手慣れていた。予防接種に最初行って以来、まるで猫玉演技のような診察だった。
 それで。診察代。
 おお。
 国民猫健康保険無し、こんな額で、このお医者さん、やっていけるのだろうか。と、思うくらいに楽な出費だった。これなら、毎週通っても困らない~。

 で、冒頭の写真は、実は知らない間に天井近くの高台に登って、探し回る余を上からじっと俯瞰していた時のものだ。狭い家だが、先代もハルキ君も、すぐに姿を見せなくなる。もちろん、十ヶ月にもなるのだから、大体はどこに隠れるかが分かってきたが、時々、本当に途方にくれることがある。「まさか、逃亡か?」と、胃が痛むほどだ。いつぞやは、テーブルの下に収めた椅子に寝ころんでいた。これが見つからないものなのだ。今度は、天井だった。

 さて。
 次はどこに隠れるのか? 猫ごっこも楽しみなものだ。

追伸
 以前、倶楽部ご隠居さんの猫ちゃんが永眠したと耳にした。人間でいうと100歳くらいのはずだが、これからしばらく、そのご隠居さんの前では、猫ハルキ君の話を出来なくなる。合掌。

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2009年12月25日 (金)

小説木幡記:2009/12/25(金)Gnome上海・上級 3:58

Gnome上海・上級
Photo
写真説明:「北」、「6本竹」、「一萬」「二萬」「◎」「8○」「模様」などのペアがすぐに取れる。

 グノームしゃんはい、と呼ぶのが妥当か。このゲームはゲーム嫌いの余が唯一専念してきたゲームである。
 ゲーム嫌いの理由は、「ばかばかしい」からにすぎない。
 しかし、文学したり、研究したり、授業したり、倶楽部したり、ジオラマ作ったり、PC自作したりがゲームなら、余は世間でもまれなゲームどっぷり人生なのかもしれない。それらを馬鹿馬鹿しいと思うことは少ない。

 Gnome 上海・上級の今朝のタイムは3:58秒と、4分を切った。再シャッフルなしの一直線だから、早い方だ。いや、上級レベルだと余にこれ以上は無理だと思っておる。もちろん、指先がまだマウスをしなやかに動かせて、初期画面を数秒みるだけで最終場面までパターン認識できる異能の人なら、1分を切るだろうが。

 マージャンの牌(はい)は、模様牌が数種類と、東西南北、漢数字と竹模様と、レンコン模様がそれぞれ1~9まであって、同一牌は4つずつになる。つまり、1を事例にすると、{一、一、一、一}、{竹1、竹1、竹1,竹1}、{○1、○1、○1、○1}とある。カードと似ている。
 上海は山積みされた牌から、同一牌を見つけ出しては山を崩していく。ときどき深刻に考えないと、1組2枚はとれても、残りの2枚組が上下に重なって取れなくなり、完全な敗北になる。大抵は取りやすい牌組をあとにして、取りにくいものを先に済ませていくと、うまく行く(なんだか、ひどく分かりにくい解説じゃ)。

 ubuntuのポータブル版(プブンツ:pubuntu)をWinXPにセットしてから、数日おきに上海を試しているが、この分だと毎朝になりそうだな。上海はすでに古典ゲームだから、WinでもMacでも使えるだろうが(FM-TOWNSでも!)、余はこのLinux系OSで上海を試すのが一番好きだ。この違いは微妙すぎて説明しがたい。
 ひごろ「なんでもよいよい」「叩きジオラマ~」「粗っぽい授業~」と自称し、事実そうだが、なにかしら細かなことで生死を別つほどのこだわりに自縛されてしまう。

 ふむ、上海はubuntuでなくっちゃね。

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2009年12月24日 (木)

池田屋集合:倶楽部忘年会2009

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 忘年会があった。2009/12/22(火)。幹事は副長補佐兼務三番隊長、一番隊員(会計)、三番隊員(写真記録)が勤めてくれた。昨年も同じ時期にあったがMuBlogに記録がなかった。今年は写真を整理したので、記録しておく。
 場所は三条木屋町近くの池田屋だった。明治屋の東となりといえば京都人にはわかるだろうか。
 私はこの池田屋と坂本龍馬が遭難した近江屋とを、帰路京阪電車にのるまで取り違えていた。
 「池田屋に乗り込んだのは、近藤、沖田、永倉、藤堂のわずかに四名。相手は二十数名だった。後で駆けつけた土方率いる隊士をいれても、たった三十数名での強制捜査、殴り込みだった。」(MuBlog) と以前記しているのに間違えてしまった。まあよかろう、昔のことだからcat。伏見港の寺田屋だけは間違わない。しょっちゅう近くを通り過ぎるからだ。

 私と、葛野狼(かどのろ)一行は別行動だったが、夕方6時前に完全一致で池田屋の前で合流した。
 さっそく押し入った。
 池田屋の跡地にできた居酒屋だけあって、なにかと面白い工夫がしてあった。できて間無しの新撰組がわずかに四名で駆け上がった大階段らしきものまで備えてあった。幕末当時、こんなに広くて立派とも思えないが、見て楽しかった。ものごと、ディフォルメ(特徴の肥大化)して始めて記憶に残る。

↓大階段
Bigmusimg_5588

 二階には大きな空間があって、それとなく当時の一部を再現した小部屋と小道具が吹き抜けの中にあった。こういう雰囲気作りに私は弱い。だいたいお化け屋敷や、ミステリアスな館物が好きな質だから、小道具だけで小躍りした。

↓池田屋の中
Bigmusimg_3500

 忘年会時期と店の人気とが重なって、当夜は満席だった。飛び込みの客達は玄関先で次々と追い払われていた。まるで「新撰組の部屋あらためにて、部外者立ち入り禁止」の状態だった。
 幹事は11月に予約したが、その時すでに「宴会用小部屋」は確保できなかった。9人だったので、二つのボックス席を使い、他の客達とはスダレで仕切を設けてくれた。席の構造をじっくり眺めたが、よしづ戸やスダレで間仕切りが自由に出来る工夫があった。 

↓どんちゃん、どんちゃん
Sikedain

 喧噪の中で何を話したかは忘れたが、幹事挨拶、会津中将挨拶、乾杯は書記局長兼務二番隊長が執り行った。
 局長が私に二度の電話と一通のメールを出したというので、携帯を取りだしてみると、確かに入っていた。私が別行動集合だったので、時間を少し早めるとの連絡をいれてくれたようだ。明治村の呪い(その時も、行方不明の私に5~6回は電話してくれた)なのか、私は何回連絡されても一向に気付かなかった。事情は袋に携帯を入れて、街の夜景撮影や、書店での本探しに没頭していたから、まるっきり振動や音を察知できなかった。
 私が土方カクテルを注文したせいか書記局長は沖田カクテルにした、横取りしてすまなかった。三番隊長は幹事長役で世話をしてくれて結局ノンアルコールだった。経理局員は席の端で黙々と食べていた、無口なんだぁ(笑)。書記局員ははじけるように飲みまくって酔っぱらっていた。対面に座った一番隊員は私と終始、点滴の、CTスキャンの、アレルギーの、猫舌のと病気話で盛り上がった。二番隊員はひたすら酔っぱらった局長の話相手になっていた。三番隊員は神妙な顔でカメラを操り、ときどきプロまがいの宴会仕切を見せてくれた、……。
 終わりは局長の挨拶、幹事、幹事長の挨拶で事故無く終えた。
 一同二階の広場で記念撮影をし、次の巡回地「京はやしや」へ出立した。この時、経理局員が退席した。

↓葛野狼(かどのろ)&近藤勇と土方歳三↓
Kinen

 二次会は近所の静かな店だった。いつもはここも満席に近いのだが、当夜は意外なくらいに空いていた。
 葛野狼たちは、幹事長・副長補佐の指示にしたがい、おのおの好きなものを注文していた。お茶系と和洋菓子系に別れた雰囲気だった。幹事・三番隊員はなにやらフォークとナイフで菓子を切っていた? 幹事・一番隊員はハーブティーが熱かったのか、水コップの氷をスプーンでするりと茶に入れて、猫舌保護芸を見せてくれた。甘みを好まない二番隊員は中国茶だったと記憶する。他はがんがん食べていた。

↓京はやしや
Shayasiin

 まるで何を話したのか、当夜を明確に覚えていない。そうだ! 局長が猫毛アレルギーの様子を迫真の演技で披露してくれて一同爆笑した。涙ぼろぼろ、鼻水たらたら、顔がパンパン、全身に蕁麻疹~。私にはホラーじみて聞こえてきた。

 今年もこれで気分的には葛野図書倶楽部2001関係行事・業務が総て終わった。本当は機関誌Truthの編集に、数名がこれから大仕事になるのだが、なにかしら「無事一年完了」の気分に包まれた。私は例によって、はやしやを先に失礼した。京阪電車が準急だったせいと、緊張が解けた一夜だったのか、危うく中書島駅を寝過ごす所だった。

地図 池田屋周辺

参考
 池田屋はなの舞
 京はやしや三条店

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2009年12月22日 (火)

九十二万アクセス(92万/全体160.6万):MuBlogの分析

承前:九十万アクセス(90万/全体157.2万):MuBlogの分析(2009.11.13)

観測日時:2009/12/22(火) 16:03確認
 MuBlog累計アクセス数: 920013  1日当たりの平均: 436.85
  (開設日2004/03/07 記事数 1,917 件 コメント 4,373 件 トラックバック 1,407 件  )
 サイト全体累計アクセス数: 1605959  1日当たりの平均: 762.56
↓解析対象期間: 2009年11月22日(日) ~ 2009年12月21日(月)

(0) MuBlog92万アクセスの感想

☆この一ヶ月間のPC・MuBlog単体アクセス対象の傾向について(1-1)
 3位にある「若冲の秋」が意外な結果です。MuBlogで文芸以外の芸術に言及することは稀ですが、この秋は滋賀県の山奥「ミホミュージアム」を楽しみました。その喜びが読者に伝わったのかも知れません。

 卑弥呼関係が5、7位に顔をみせてくれました。古代史テーマは記事を作成するのに、現地調査や写真の整理でものすごく時間をとるのですが、その成果がともかく上位に入ってほっとしています。気持の中では「1位が妥当」とおもうのですが、世間では、注いだ努力と評価の間に溝が深いようです(笑)。そういえば実質1位の「Linux ubuntu」記事ですが、これは実験に30分、記事作成に30分、写真なんかはゼロだったのです。皮肉な結果です。

 お約束というか定番の、4位「丕緒の鳥」、8位「涼夏2007PC」、10位「Prius(ノートPC)」がまだ健在なのには驚きます。悪く言えば新鮮さのないMuBlog、よく言えば「安定したMuBlog」と言えます。ということは、つまり評論家の意見発言とは無関係に、動かざること山の如し世界ですなぁ~cat

 目だってはいませんが、「鉄道模型」記事がいくつも並んでいることに気がつきました。「未来の図書館=鉄道図書館列車」世界にはまだまだ道遠いですが、やっていきましょう!

☆この一ヶ月間の携帯・MuBlog単体アクセス対象の傾向について(1-2)

 毎度同じことを申しますが、2位「ミホミュージアムの秋」は、ご自分のブラウザ・ホームページにこの記事を設定されているのでしょう~。しかし一ヶ月で355回総てを一人アクセスと考えると微妙です。一日あたり11回も携帯でアクセスするって、ちょっと(笑)。12位に「若冲の秋」が入っていますから、おそらく何人かの自然なアクセスの結果だと想像しておきます(結構、Mu先生、この分析には悩んでおるようです)。

 PC・MuBlogアクセスと似たところもあるのですが、携帯アクセスの特徴は「NHK大河ドラマ」です。風林火山や篤姫がいまだに上位に並んでいます。このようにアクセス対象はPCと携帯で異なりますが、「過去記事」が多い点では同じです。一般に、自作のデスクトップPCでがんがんネットを走り回るのは男子青年に多く、携帯でドラマを眺めて電車通勤するのは若い女性に多いと勝手にシンドバッド想像をしています。どうなんでしょうね。

☆結論として、今回のMuBlog92万アクセス分析は「異常なし」としておきましょう。

(1-1)PCページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 14,382
訪問者数: 10,989
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 715 1,573 6.5% 10.9%
2 Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 465 534 4.2% 3.7%
3 若冲の秋:ミホミュージアム200910 323 424 2.9% 2.9%
4 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 350 401 3.2% 2.8%
5 卑弥呼の墓(013) 纒向遺跡の宮殿跡 232 360 2.1% 2.5%
6 NHK天地人(47)最終回 211 252 1.9% 1.8%
7 卑弥呼の墓(014) 水の都・水上宮殿:纒向遺跡の全貌 139 230 1.3% 1.6%
8 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 159 221 1.4% 1.5%
9 自作鉄道模型 182 216 1.7% 1.5%
10 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 144 165 1.3% 1.1%
11 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 126 162 1.1% 1.1%
12 纒向宮殿紀行(4)他田坐天照御魂神社(おさだにいます あまてるみたま じんじゃ) 59 113 0.5% 0.8%
13 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 93 107 0.8% 0.7%
14 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 72 100 0.7% 0.7%
15 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 61 89 0.6% 0.6%
15 纒向宮殿紀行(3)纏向遺跡第166次調査現地:建築物遺構 49 89 0.4% 0.6%
17 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 58 86 0.5% 0.6%
18 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(3)ホケノ山古墳 65 84 0.6% 0.6%
19 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(2)箸墓と三輪山遠望 60 83 0.5% 0.6%
19 地図の風景 71 83 0.6% 0.6%
21 自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」 63 82 0.6% 0.6%
22 落照の獄・十二国記/小野不由美:柳国のたそがれ 65 80 0.6% 0.6%
23 NHK坂の上の雲(2009-1)少年の国:近代日本の少年期 60 78 0.5% 0.5%
24 自作ロボット 43 76 0.4% 0.5%
25 邪馬台国 50 75 0.5% 0.5%
26 纒向宮殿紀行(1)崇神天皇・山辺道勾岡上陵 (すじんてんのう:やまのべのみちのまがりがおかのへのみささぎ) 54 73 0.5% 0.5%
26 NHK坂の上の雲(2009-2)青雲:若者の志 54 73 0.5% 0.5%
28 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 59 72 0.5% 0.5%
29 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 55 71 0.5% 0.5%
30 「壬申の乱」の関係地図 47 70 0.4% 0.5%
31 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 55 64 0.5% 0.4%
32 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 44 62 0.4% 0.4%
33 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 46 60 0.4% 0.4%
34 てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 52 58 0.5% 0.4%
34 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 52 58 0.5% 0.4%
36 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 45 56 0.4% 0.4%
36 小説葛野記:2009/11/26(木)ネット文章印刷<DEP無効 43 56 0.4% 0.4%
36 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 40 56 0.4% 0.4%
39 読書余香 41 55 0.4% 0.4%
40 遺跡 33 54 0.3% 0.4%
41 NHK天地人(46)大坂の陣 43 51 0.4% 0.4%
41 纒向宮殿紀行(5)葛城一言主神社(かつらぎ ひとことぬし じんじゃ) 34 51 0.3% 0.4%
43 小説木幡記:2009/10/16(金)ドラマ「不毛地帯」と対話した 36 49 0.3% 0.3%
44 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 37 48 0.3% 0.3%
45 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 41 46 0.4% 0.3%
45 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 34 46 0.3% 0.3%
45 NHK天地人(42)上杉(武田)菊姫の死 39 46 0.4% 0.3%
48 木曾殿最期 40 45 0.4% 0.3%
49 小説木幡記:2008/06/04(水)年間出版点数8万件 40 44 0.4% 0.3%
49 昭和の鉄道模型をつくる(36)道路パーツ、街灯、電柱(小) 40 44 0.4% 0.3%
51 室町和久傳(むろまち・わくでん) 39 43 0.4% 0.3%
52 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 35 42 0.3% 0.3%
53 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 38 40 0.3% 0.3%
53 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 26 40 0.2% 0.3%
55 CPU空冷装置・掃除のお勧め 30 39 0.3% 0.3%
55 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 35 39 0.3% 0.3%
57 ミスター・スタンプス・ワインガーデン:Mr. Stamp's Wine Garden [その1] 27 38 0.2% 0.3%
57 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 32 38 0.3% 0.3%
57 目次:嵯峨野鉄道図書館ジオラマ 12 38 0.1% 0.3%
57 太陽を曳く馬/髙村薫 殺人:芸術と宗教(読書感想文) 35 38 0.3% 0.3%
57 NHK坂上雲 29 38 0.3% 0.3%
62 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 31 37 0.3% 0.3%
63 NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 33 36 0.3% 0.3%
63 水銀朱:桜井茶臼山古墳石室の情景 27 36 0.2% 0.3%
65 卑弥呼の墓(012) 箸墓築造は240~260年か? 国立歴史民俗博物館の放射性炭素(C14)年代測定 29 35 0.3% 0.2%
65 葛野図書倶楽部2001 33 35 0.3% 0.2%
67 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 23 34 0.2% 0.2%
67 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 30 34 0.3% 0.2%
67 小説木幡記:2009/11/26(木) 23 34 0.2% 0.2%
70 NHK坂の上の雲(2009-3)国家鳴動:日清戦争開戦前夜 28 33 0.3% 0.2%
71 石宝殿(石乃宝殿:いしのほうでん)と生石神社(おうしこ) 18 32 0.2% 0.2%
71 日本・歴史・古代:神々と天皇の宮都をたどる/高城修三 19 32 0.2% 0.2%
71 椿井大塚山古墳の現況写真 22 32 0.2% 0.2%
74 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 23 31 0.2% 0.2%
74 隠された十字架--法隆寺論/梅原猛 28 31 0.3% 0.2%
74 嵯峨野鉄道図書館 28 31 0.3% 0.2%
77 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 26 30 0.2% 0.2%
77 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 20 30 0.2% 0.2%
77 昭和の鉄道模型をつくる(37)石畳道パーツ、柵パーツ 22 30 0.2% 0.2%
77 小説木幡記:2009/11/27(金)西向く士(さむらい) 25 30 0.2% 0.2%
81 神々の乱心/松本清張<感想文 その2:明瞭な小説視点> 24 29 0.2% 0.2%
81 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 24 29 0.2% 0.2%
81 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 25 29 0.2% 0.2%
81 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 23 29 0.2% 0.2%
85 千年の帝国・ビザンチン/NHK(TV) 17 28 0.2% 0.2%
85 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 22 28 0.2% 0.2%
85 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 22 28 0.2% 0.2%
85 日本・歴史・古代:白鳥伝説/谷川健一 26 28 0.2% 0.2%
85 飛鳥の「真弓鑵子塚古墳」(まゆみかんすづか):巨大石室と、南北通り抜け羨道 18 28 0.2% 0.2%
85 小説木幡記:2008/05/06(火)与謝蕪村展:MIHO MUSEUM(ミホ・ミュージアム) 22 28 0.2% 0.2%
85 NHK篤姫(32)勝海舟と桜田門外の変 25 28 0.2% 0.2%
85 小説葛野記 22 28 0.2% 0.2%
93 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 18 27 0.2% 0.2%
93 時間の習俗/松本清張(新潮文庫) 24 27 0.2% 0.2%
93 NHK天地人(44)治水と伊達政宗 21 27 0.2% 0.2%
93 160万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他) 19 27 0.2% 0.2%
93 美味しいところ 22 27 0.2% 0.2%
98 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 22 26 0.2% 0.2%
99 昭和の鉄道模型をつくる(38)踏切・架線柱セット 21 25 0.2% 0.2%
99 地図の蠱惑:未踏地 18 25 0.2% 0.2%
101 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 17 24 0.2% 0.2%
101 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(07) 植樹 18 24 0.2% 0.2%
101 NHK篤姫(40)篤姫と和宮、家茂を挟んで写真を撮る 24 24 0.2% 0.2%
101 小説木幡記:2009/12/15(火)文学{芸術、政治、技術、宗教} 18 24 0.2% 0.2%
105 うじのわきいらつこ:莵道稚郎子(宇治墓) 20 23 0.2% 0.2%

(1-2)携帯・ページ別アクセス数:1ヶ月分:携帯MuBlog のみ
 携帯 MuBlog のみ総数 累計アクセス数: 104145 1日当たりの平均: 49.45
 携帯サイト全体の総数  累計アクセス数: 106204 1日当たりの平均: 106.63
↓携帯MuBlogのみの1ヶ月分

アクセス数: 5,318
訪問者数: 5,318
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 591 591 11.1% 11.1%
2 ミホミュージアムの秋 355 355 6.7% 6.7%
3 NHK天地人(47)最終回 152 152 2.9% 2.9%
4 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 151 151 2.8% 2.8%
5 NHK天地人(46)大坂の陣 110 110 2.1% 2.1%
6 NHK天地人 102 102 1.9% 1.9%
7 バックナンバー 77 77 1.4% 1.4%
8 木曾殿最期 75 75 1.4% 1.4%
9 NHK功名が辻 65 65 1.2% 1.2%
10 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 49 49 0.9% 0.9%
11 NHK篤姫 44 44 0.8% 0.8%
12 「日本は侵略国家であったのか/田母神俊雄」について感想 43 43 0.8% 0.8%
12 若冲の秋:ミホミュージアム200910 43 43 0.8% 0.8%
12 NHK風林火山 43 43 0.8% 0.8%
15 NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 42 42 0.8% 0.8%
16 酒船石遺跡(1)亀形石造物 39 39 0.7% 0.7%
17 NHK天地人(35)家康の政治力と前田利家 37 37 0.7% 0.7%
18 小川珈琲本店 34 34 0.6% 0.6%
19 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 33 33 0.6% 0.6%
19 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 33 33 0.6% 0.6%
21 卑弥呼の墓(013) 纒向遺跡の宮殿跡 31 31 0.6% 0.6%
22 落照の獄・十二国記/小野不由美:柳国のたそがれ 29 29 0.5% 0.5%
22 ようげんいん:養源院 29 29 0.5% 0.5%
24 博物館 28 28 0.5% 0.5%
25 ごしきづかこふん:五色塚古墳 26 26 0.5% 0.5%
25 NHK坂の上の雲(2009-2)青雲:若者の志 26 26 0.5% 0.5%
27 NHK篤姫(48)西郷隆盛と勝海舟 24 24 0.5% 0.5%
28 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 23 23 0.4% 0.4%
28 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 23 23 0.4% 0.4%
28 NHK天地人(02)直江兼続の幼少期:禅寺で修行中 23 23 0.4% 0.4%
28 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 23 23 0.4% 0.4%
28 NHK天地人(42)上杉(武田)菊姫の死 23 23 0.4% 0.4%
28 地図の風景 23 23 0.4% 0.4%
34 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 22 22 0.4% 0.4%
35 NHK坂上雲 21 21 0.4% 0.4%
36 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 20 20 0.4% 0.4%
36 図南の翼:十二国記/小野不由美 20 20 0.4% 0.4%
36 2004/10/31(日):新撰組:藤堂平助の死 20 20 0.4% 0.4%
36 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 20 20 0.4% 0.4%
36 小説葛野記:2009/08/13(木)電車の新しい動力源:燃料電池+リチウムイオン電池 20 20 0.4% 0.4%
41 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 19 19 0.4% 0.4%
41 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 19 19 0.4% 0.4%
41 NHK坂の上の雲(2009-1)少年の国:近代日本の少年期 19 19 0.4% 0.4%
44 長岡京市立図書館の風景 18 18 0.3% 0.3%
44 てらだや:寺田屋 18 18 0.3% 0.3%
44 NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと 18 18 0.3% 0.3%
47 てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 17 17 0.3% 0.3%
47 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 17 17 0.3% 0.3%
47 NHK篤姫(46)最後の将軍・徳川慶喜 17 17 0.3% 0.3%
47 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 17 17 0.3% 0.3%
47 NHK天地人(43)兼続の弟・大国実頼 17 17 0.3% 0.3%
47 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 17 17 0.3% 0.3%
47 まつもとせいちょう・きねんかん:松本清張記念館 17 17 0.3% 0.3%
54 四条大橋界隈と三条大橋:私の京都・河原町通{四条→三条} 16 16 0.3% 0.3%
54 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 16 16 0.3% 0.3%
54 私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎 16 16 0.3% 0.3%
54 NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼 16 16 0.3% 0.3%
54 NHK天地人(36)石田三成の立場 16 16 0.3% 0.3%
54 長浜研修旅行20090827(3)海洋堂フィギュアミュージアム黒壁-Nagahama2009 16 16 0.3% 0.3%
54 NHK坂の上の雲(2009-3)国家鳴動:日清戦争開戦前夜 16 16 0.3% 0.3%
54 小説木幡記:2009/12/15(火)文学{芸術、政治、技術、宗教} 16 16 0.3% 0.3%
54 美味しいところ 16 16 0.3% 0.3%
63 りゅうじんおんせん:龍神温泉 15 15 0.3% 0.3%
63 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 15 15 0.3% 0.3%
63 じょうしょうこうじ:常照皇寺 15 15 0.3% 0.3%
63 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 15 15 0.3% 0.3%
63 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 15 15 0.3% 0.3%
68 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 14 14 0.3% 0.3%
68 NHK風林火山(29)武田晴信の「人は城」 14 14 0.3% 0.3%
68 高台の図書館:鉄道図書館(2)試験走行→DD51+ED790(Nゲージ) 14 14 0.3% 0.3%
68 小説木幡記:2009/10/16(金)ドラマ「不毛地帯」と対話した 14 14 0.3% 0.3%
68 20091119→晩秋の助勤会:伏見桃山「和こう」 14 14 0.3% 0.3%
68 小説木幡記:2009/12/09(水)一風呂あびて深夜になった 14 14 0.3% 0.3%
68 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 14 14 0.3% 0.3%
75 しじょうかわらまち:私の京都;四条・三条・河原町 13 13 0.2% 0.2%
75 高台の図書館:鉄道図書館(7)レールレイアウト仮設と試運転 13 13 0.2% 0.2%
75 Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 13 13 0.2% 0.2%
75 小説木幡記:2009/11/16(月)一杯 {天地人、リーマン、Jin仁、纒向遺跡、無線LAN} 13 13 0.2% 0.2%
75 自作鉄道模型 13 13 0.2% 0.2%
80 京都の書店 12 12 0.2% 0.2%
80 とんとん来:私の京都・河原町通{四条→三条} 12 12 0.2% 0.2%
80 ほうしょうかん:鳳翔館・平等院ミュージアム 12 12 0.2% 0.2%
80 石宝殿(石乃宝殿:いしのほうでん)と生石神社(おうしこ) 12 12 0.2% 0.2%
80 卑弥呼の墓(001) 『邪馬台国への旅』 12 12 0.2% 0.2%
80 NHK風林火山(48)川中島・山本勘助の最期(1) 12 12 0.2% 0.2%
80 私の京都:木嶋神社の三柱鳥居(このしまじんじゃ・の・みはしらとりい)魔界巡礼秦氏の謎 12 12 0.2% 0.2%
80 卑弥呼の墓(014) 水の都・水上宮殿:纒向遺跡の全貌 12 12 0.2% 0.2%
88 2004年8月22(日)雨:山南敬助の死 11 11 0.2% 0.2%
88 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 11 11 0.2% 0.2%
88 NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 11 11 0.2% 0.2%
88 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 11 11 0.2% 0.2%
88 あらしやま:嵐山・渡月橋遠望 11 11 0.2% 0.2%
88 0501010・大晦日の鍵善と八坂神社 11 11 0.2% 0.2%
88 0501290・いわふねじんじゃ:磐船神社 11 11 0.2% 0.2%
88 チャイナ「梅の花」と惜別 11 11 0.2% 0.2%
88 NHK篤姫(49)さらば大奥 11 11 0.2% 0.2%
88 NHK篤姫(50)最終回:清らかな晩年 11 11 0.2% 0.2%
88 NHK天地人(09)草食性・妻夫木聡→変身→肉食性・直江兼続 11 11 0.2% 0.2%
88 纒向宮殿紀行(3)纏向遺跡第166次調査現地:建築物遺構 11 11 0.2% 0.2%
100 時間の習俗/松本清張(新潮文庫) 10 10 0.2% 0.2%
100 ηなのに夢のよう/森博嗣 10 10 0.2% 0.2%
100 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 10 10 0.2% 0.2%
100 NHK風林火山(50)川中島・山本勘助の最期(3):最終回の放映前 10 10 0.2% 0.2%
100 タカイxタカイ:Crucifixion /森博嗣(X3) <感想文:手品のタネはありません> 10 10 0.2% 0.2%
100 0501011・日本・文学・小説:義経/司馬遼太郎 10 10 0.2% 0.2%
100 博物館・明治村研修旅行HMK(2)歴史的な蒸気動車と京都市電 10 10 0.2% 0.2%
100 小説木幡記:2008/12/13(土)島図書館と大橋 10 10 0.2% 0.2%
100 北方謙三『水滸伝』十六「馳驟の章」 10 10 0.2% 0.2%
100 昭和の鉄道模型をつくる(38)踏切・架線柱セット 10 10 0.2% 0.2%
100 小説木幡記:2009/12/17(木)師走のつぶやき 10 10 0.2% 0.2%
100 日出処の天子(1)/山岸凉子 10 10 0.2% 0.2%
100 古墳/堀辰雄 10 10 0.2% 0.2%
100 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 10 10 0.2% 0.2%
114 NHK風林火山(32)山本勘助:景虎と宇佐美の思惑 99 0.2% 0.2%

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1 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 205 2.4%
2 ミホミュージアム 若冲  G Y M 160 1.9%
3 ミホミュージアム 伊藤若冲  G Y M 127 1.5%
4 丕緒の鳥  G Y M 87 1.0%
5 うぶめのなつ  G Y M 85 1.0%
6 巻向遺跡 地図  G Y M 59 0.7%
7 箸墓古墳 地図  G Y M 52 0.6%
8 纒向遺跡  G Y M 51 0.6%
9 mublog  G Y M 47 0.6%
10 纒向遺跡 地図  G Y M 43 0.5%
11 mac ubuntu  G Y M 41 0.5%
11 京都 ホットケーキ  G Y M 41 0.5%
13 ubuntu mac  G Y M 37 0.4%
14 木曾の最期 解説  G Y M 36 0.4%
15 神々の乱心  G Y M 34 0.4%
16 京都 寺町通り 地図  G Y M 29 0.3%
17 ウブントゥ  G Y M 28 0.3%
17 自律型ロボット 自作  G Y M 28 0.3%
19 壬申の乱 地図  G Y M 26 0.3%
19 纏向遺跡 地図  G Y M 26 0.3%
21 天地人 47  G Y M 24 0.3%
22 坂の上の雲  G Y M 23 0.3%
23 ホケノ山古墳  G Y M 20 0.2%
24 天地人47  G Y M 19 0.2%
24 ケースファン 電源  G Y M 19 0.2%
26 二十世紀少年 ネタバレ  G Y M 17 0.2%
26 丕緒(ひしょ)の鳥  G Y M 17 0.2%
26 是非もなし  G Y M 17 0.2%
26 纏向遺跡 発掘  G Y M 17 0.2%
30 纏向遺跡  G Y M 16 0.2%
31 長岡宮跡  G Y M 15 0.2%
31 美しいサイト  G Y M 15 0.2%
31 mac ubuntu usb  G Y M 15 0.2%
31 mac ubuntu インストール  G Y M 15 0.2%
35 椿井大塚山古墳  G Y M 14 0.2%
35 落飾  G Y M 14 0.2%
37 佐野藤右衛門  G Y M 13 0.2%
37 ubuntu mac インストール  G Y M 13 0.2%
37 石塔寺 滋賀  G Y M 13 0.2%
40 太陽を曳く馬  G Y M 12 0.1%
40 太陽を曳く馬 感想  G Y M 12 0.1%
40 京都 登喜和  G Y M 12 0.1%
40 貴志祐介 新世界より  G Y M 12 0.1%
40 京都 猫町  G Y M 12 0.1%
40 マキムク遺跡  G Y M 12 0.1%
40 MuBlog  G Y M 12 0.1%
40 長浜城  G Y M 12 0.1%
40 苅谷俊介 予言 巻向  G Y M 12 0.1%
49 GA-G33M-D S2R  G Y M 11 0.1%
49 久絵家  G Y M 11 0.1%
49 纒向遺跡 大型建物  G Y M 11 0.1%
49 ホットケーキ 京都  G Y M 11 0.1%
49 纒向遺跡 卑弥呼  G Y M 11 0.1%
49 吉野ヶ里遺跡 邪馬台国  G Y M 11 0.1%
49 宇治墓  G Y M 11 0.1%
49 raid 自作  G Y M 11 0.1%
49 京阪 ダブルデッカー  G Y M 11 0.1%
58 秋山好古 結婚  G Y M 10 0.1%
58 モンゴルの残光  G Y M 10 0.1%
58 梅原猛 隠された十字架  G Y M 10 0.1%
58 雲の上の坂 再放送  G Y M 10 0.1%
58 XP RAID  G Y M 10 0.1%
58 壬申の乱  G Y M 10 0.1%
58 RAID 自作  G Y M 10 0.1%
65 自作PCケース アクリル  G Y M 9 0.1%
65 アクリル pcケース 自作  G Y M 9 0.1%
65 税所篤  G Y M 9 0.1%
65 百万遍 門  G Y M 9 0.1%
65 桑取  G Y M 9 0.1%
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65 空の上の雲 NHK  G Y M 9 0.1%
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65 室町和久傳  G Y M 9 0.1%
65 mac linux ubuntu  G Y M 9 0.1%
65 アートスペース上三条  G Y M 9 0.1%
65 門 百万遍  G Y M 9 0.1%
78 年間出版点数  G Y M 8 0.1%
78 千年の帝国ビザンチン  G Y M 8 0.1%
78 宇佐神宮 謎  G Y M 8 0.1%
78 柴本 幸 プロフィール 風林火山  G Y M 8 0.1%
78 奈良県桜井市 遺跡  G Y M 8 0.1%
78 周山 登喜和  G Y M 8 0.1%
78 日立 プリウス HDD交換  G Y M 8 0.1%
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78 天地人 評価  G Y M 8 0.1%
78 三条大橋 刀傷  G Y M 8 0.1%
78 邪馬台国はどこか  G Y M 8 0.1%
78 大覚寺 2009  G Y M 8 0.1%
78 京都 刀傷  G Y M 8 0.1%
78 桜井茶臼山古墳 地図  G Y M 8 0.1%
78 ディオゲネス症候群  G Y M 8 0.1%
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78 xp raid 設定  G Y M 8 0.1%
96 卑弥呼の館  G Y M 7 0.1%
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1 京都 371 4.4%
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3 地図 316 3.7%
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12 天地人 129 1.5%
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15 卑弥呼 113 1.3%
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18 巻向遺跡 75 0.9%
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23 箸墓古墳 67 0.8%
23 纏向遺跡 67 0.8%
25 ホットケーキ 63 0.7%
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28 篤姫 60 0.7%
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32 模型 52 0.6%
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34 神々の乱心 50 0.6%
34 壬申の乱 50 0.6%
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36 mublog 47 0.6%
36 47 0.6%
36 巻向 47 0.6%
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42 ネタバレ 43 0.5%
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47 木曾の最期 39 0.5%
47 百万遍 39 0.5%
49 小説 38 0.4%
50 登喜和 37 0.4%
50 交換 37 0.4%
52 日立 36 0.4%
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53 xp 35 0.4%
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56 松本清張 33 0.4%
56 レイアウト 33 0.4%
58 HDD 32 0.4%
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63 macbook 28 0.3%
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70 27 0.3%
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73 遺跡 26 0.3%
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91 大覚寺 21 0.2%
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91 桜井茶臼山古墳 21 0.2%
91 平城京 21 0.2%
91 ホケノ山古墳 21 0.2%
96 GA-G33M-D S2R 20 0.2%
96 佐野藤右衛門 20 0.2%
96 是非もなし 20 0.2%
96 CPU 20 0.2%
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38 香川 12 0.3%
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41 長崎 11 0.3%
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2009年12月21日 (月)

NHK坂の上の雲(2009-4)日清開戦:日清戦争・明治27~28(1894~1895)

承前:NHK坂の上の雲(2009-3)国家鳴動:日清戦争開戦前夜

 毎度の様にあっというまに時間が経ちました。三者三様、秋山好古、真之、正岡子規の、日清戦争当時の姿が描かれておりました。

1800年代の世界様子
 当時の時代背景として欧米列強帝国主義国が周りの国々を虎視眈々として狙っていた時代でした。
 当時の列強として思い浮かべるのは、イギリス、フランス、ドイツ(プロイセン)、ロシア、アメリカでしょうか。こまごまというと、他のヨーロッパ諸国も世界中に植民地を持って支配していました。日本の戦国時代に似て、明治時代の列強は世界の切り取り勝手、他国を占領するのは取った者勝ちで、あっけなく支配国と植民地の関係になるという仕組みです。もちろん各国の外交交渉も盛んですから、戦争だけでなく獲物の植民地の交換や、やりとりもあったのでしょう。「ここで引くから、次ぎのあの国のあの島は俺のもの~。」こういう感じです。
 そして日本もその仲間入りすることが、ドラマの中で森鴎外のセリフに現れていました。軍医森林太郎が子規に語った「文明開化と明治維新の輸出」という言葉は、輸出というよりも、朝鮮や中国への押し売りじみてくるわけです。当時から半世紀昔に、アメリカが日本に押し売りした自由と開国とがそれにあたります。

 この時代の植民地経営は、伝統あるイギリスなどは手慣れたものでした。その視点からみると、後進国日本のやりようは、さぞへたくそな経営に映ったことでしょう。さらに決定的に、当時の宗主国はいずれも白色系人種だったわけです。その根底に流れる非白色系人種に対する蔑視はぬぐいさりようがないと思えます。

叩けば粉塵舞い上がる諸国の過去
 さてさて、各国とも、叩けば埃どころかアスベストの粉塵や触発、大爆発しそうな粉塵が舞い上がるわけです。
 一応当時の背景として、軍事力と外交力、その二つを制御する政治力の無い国は、他国の属国どころか奴隷国になるという現実があったのです。
 開国以来、明治政府発足後まだ30年も経たなかった我が祖国日本。富国強兵と教育改革は念入りに力を注いできましたが、当時の元勲や政府首脳達はどんな思いで世界の趨勢を眺めていたことでしょう。日本は鍵らしい鍵のない障子一枚、襖両開きだけで部屋を区切り、田舎の民家には鍵や閂(かんぬき)さえ無い国情でした。そういう状態で押し込み強盗のような諸国間の駆け引きに加わるのは、相当な違和感があったかもしれません。

 明治27年の時代に、日清戦争をそれぞれの立場で味わった三人の男の物語が昨夜のドラマでした。

三人の日清戦争
 兄の秋山好古は旅順を攻略するための作戦を練り、大山巌大将に知らせます。戦闘が始まっても酒ばかり飲んでいる豪毅な姿が印象的でした。渡辺謙さんのナレーションでは、好古はもともとおとなしい少年、青年だったのが、騎兵将校になることで自己改造をして、ふところの深い豪快な軍人になったようです。この場面をみていて、ふと以前読んだ「皇国の守護者(MuBlog)」の新城直衛を思い出していました(笑)。新城のモデルは秋山好古だったのでしょうか?

大きな地図で見る

 ここに登場した大山巌大将ですが、彼と部下の乃木希典(のぎまれすけ)とのやりとりが実によかったです。つまり、大山大将が秋山の作戦分析を「よし」として、それに従った作戦を説明している途中で、突然乃木が硬直した物言いで「旅順攻撃は私に任せて欲しい」というわけです。役者の柄本明さんの味わいもあるのですが、実に実在の乃木さんをうまくあらわしているなぁと、感心していました。乃木さんは、近所に乃木神社があるくらいですから相当な有名人になっていくわけですが、その根底の姿をこのドラマで味わった思いがしました。それを、軽くいなす大山大将の雰囲気がよかったです。

 弟の真之は初の海戦を経験し、自分の指示にしたがった若い水兵が眼前で骸(むくろ)になった現実を見て、鬱になります。このときの、爆風による一時的な「音の無い世界」の表現が出色でした。帰国後のパーティーでたまたま撞球コーナーで出会った東郷平八郎に「指揮とはなにか。指揮に迷いはないか。間違った指揮をだしたなら懊悩するのか、……」と、相当にディープな質問を繰り返します。真之は一時的な軍人忌避症になっているわけです。この時東郷は答えますが、真之にとっての指揮に関する得心については、後に残しておきましょう。

 正岡子規は従軍記者を願い出て、遼東半島での約一ヶ月の体験をし、この時の喀血が後の子規を病床に伏せさせたようです。道ばたで出くわした中国民衆の反感を、「日本の兵隊さん、ありがとう、と言っておる」と誤訳する曹長に子規はくってかかります。しかし逆に年輩の曹長は、子規を詰り倒す。間に入ったのが軍医森林太郎(鴎外)という場面は、見せ所でした。
 戦後の占領軍アメリカ兵にくってかかった日本人の姿はあまり無いようですが、中国や朝鮮の民衆はこんな風に占領軍日本兵に正面切って反抗したのでしょうか? しかしそういう状況設定にしたから、曹長が若い正岡子規を恫喝した様子が迫真だったのだと思います。
 ここが、このドラマの演出の複雑な面だったと思います。
 なお、私は子規の若さを言っているのではなく、ドラマの持って行きようの微妙さをメモしているのです。おそらく、占領されて嬉しい民衆は居ないはずです。いるとしたなら、ストックホルム症候群だと言えましょう。戦後の日本は、幾分その症状に感染していました。

 ではまた来週。

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2009年12月20日 (日)

小説木幡記:2009/12/20(日)ぶつぶつ、つぶやきblog

 最近、寸行言葉を公開する、なんちゃらblog、ようするにつぶやくように使うのが流行っておるらしい。その名称を知らないのは、昔から外国語は漢語を使った和漢混交のものか、和語風しか受け付けない体質だからにすぎない。その点においては、中国文化を内心好んでいるし、余の教養の3割程度は、かつて学んだ漢文世界からのことが多い。
 さて、では余も流行にあやかって、一寸(ちょっと)つぶやいてみようぞ。

1.日曜のこと
 さっき夕ぶろに入った。42度Cのよい湯加減だったが、京都のここ数日の寒気が異常なせいか、もう少し熱くしたかった。が、身体に悪いと知っているので、そのまま20分ほど浸かっておった。極楽じゃね。
 朝の内は、ちょっと野暮な仕事をしておった。その後で、倶楽部関係の仕事もしておった。この頃はねてもさめても葛野関係の仕事が手離れしない。……。しかたないよね。

 午後はPCパーツ屋に往復一時間、在店1時間、合計二時間使った。帰還後、また野暮な仕事の続きをして、ひとしきりすんだあとで夕風呂というわけだ。
 なんだか、これで充実しているというには、よほどプラス志向でないと無理な日曜じゃね!

 ああ、これじゃ「つぶやき」をとうに越えてしまって、もういつもの、MuBlogそのものだ。

2.読書のこと
 冴えませんね。なかなか図書世界に埋没できない。それと、事情で年末までに本という本を自室から外に運び出す作業に従事しておる。丸善の段ボール箱を使っているのだが、目一杯入れると腰を痛めそうなので、気をつけておる。図書は、重いなぁ(と、今さらながら)。
 これから、毎夜、毎朝、少しづつ運ぶことになる。
 というわけで、重厚な読書はむりなので、ときどき「空飛ぶ鉄道模型」とか「猿でも作れるPC自作」とか、「前方後円墳は宇宙人が作った」とか、「西行は女忍者だった~」とか、そういう図書を時々ながめて無聊を慰めておる(ああ、これは文法的にはおかしくないですが、意味的にはめちゃくちゃな文章なので、真似をしてはいけません)。

3.坂の上の雲
 90分ドラマだと、日曜夜にすぐには感想を書けないな。アナログ放送なので、終了は夜の9時半。それからPCに座ると、タイトルを入れたあたりから、脳が暗くなってきて、十分間ほど経つと、睡魔で理性が飛んでしまう。しかたなく床に入り、翌朝書こうとするが、実は、月曜は仕事(当たり前)なので、感想を書く暇もない~。宮仕えは辛いね。

 睡魔は余の勝手なので、さておき。来年の要望じゃが、「龍馬伝」を夜の7:30開始~8:15終了の、12月まで全50回。そして「坂の上の雲」第二部は、8:30~10:00終了にして欲しいな。このままだと、なんとなく龍馬伝も短縮されそうで~。

4.PC-ITX用電源が450Wとは
 かねがねのITX基盤(17x17㎝の小型マザーボード)に付ける電源やが、今日のお店は素人さん向けなのか、特殊な小型電源は無かった。普通は150~200Wでよいはずじゃが。
 現代のATXとかMATXのPC電源は、軒並み600、700、1000Wタイプが主流らしい。1KWというと、100Wの白熱級を10個あたりぶら下げるようなイメージじゃ。

 涼夏2007作成のおりには、HDDが3台で、グラボが一つ、まあそれなりのインテルCPUで、450W電源はオーバースペックと思っておったが、最近は軒並み700W前後で2万円近い出費をするのじゃろうか!
 信じられない。
 ハードディスクを積層10台、CPUを三つ四つ使って、グラフィックスボードの3枚、4枚刺しをして、それでゲームをがんがん走らせるのだろうか?
 うむむ。あっというまに世間は変わる。ついていけないなぁ。

 それで、余は店の片隅に埃をかぶっていた450Wに目を向けた。ITXボードに一体全体450Wも、どうやって使うのかと迷いはしたが、なんと2980円。他がぜんぶ1万円をこえるのに~、それで買った。
 なんだか、怖いねぇ。発火するんじゃなかろうか。
 まあ、教室で使うLinux専用携帯マシンじゃから、目を離すこともない、よかろう。(笑)

 それですませれば安い物邪が、人間は、だめな動物だ。
 結局メモリは2GBに押さえるつもりが、2GBX2の合計4GBで、8180円(安いというか、贅沢というか)。もちろんDDR2のPC2-6400規格だから、中庸の力はあるぞ。

 さすがにHDDは絶対に一台にしておこうと固い決心をしていたので、1台。2.5インチ、500GB で7980円。小型なので3.5インチに比べると二倍以上するが、こればっかりは2.5インチでないと予定が狂う。
 さらに、つい売り口上にだまされて、「安いで、軽いで、無線だで~」の無線の「キーボード+マウス」で、なんと2980円!
 さらにさらに、DVD/CDのリーダー・ライターが日本メーカ品で、3280円。これもブルーレイとかにすると、とたんに2万円、3万円なんだからなぁ~。

 要するに流行遅れの一昔前のパーツにすると、桁違いの安価感に襲われる。この業界もデフレなんかね。京都の店でこうなんだから、大阪日本橋や、東京秋葉原だったら、多分メモリなんか山盛り1000円なんじゃろう。DVD・CDドライブも数百円なんじゃ労。(もしかして、ジーンズみたいに、来店さえして客があつまれば、えーい、もってけ泥棒、メモリー無料デー、だなんて)

5.さて、夕ご飯とビール
 ビールのみながら、NHKの自然界ものTV見て、それから坂の上の雲。そして、熟睡。
 世の中、平和じゃ。
 有難いことである。
 したが、明日から年末までは地獄の黙示録風の生活が待っておる。

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2009年12月18日 (金)

小説葛野記:2009/12/18(金)ひまじゃ、ひまじゃ~

Muimg_5564 年内にたくさんのことが、ぽっこりぽっこりころころと転がりでてきた。ひとつひとつは脳を酷使しなくてもこなせるわけだが、数が増えてくるとため息がでる。ただ、ずっと何十年も昔から、年末はこんなものだった。ばからしくて過去の葛野記や木幡記を見る気にもならぬ。感覚として、毎年疲労の重なりが深くなって芯にこたえるという気持ちがつのる。その分よく眠るから、朝は爽快だなぁ。

 最近LED豆球というのか、ジオラマの家屋照明セットを買った。LEDが6つ付いて電池箱とスイッチがある。800円したのが高価かどうかはわからない。パーツ単位で入手すればもっと安くなるのかどうかも、分からない。
 一度目だけ全部が点灯して、優しげでレトロな雰囲気が出たので、トンネルにセットして明かりを見ようとしたら、まったく点かない。嵯峨野鉄道図書館ジオラマは、愛宕山想定の中腹にトンネルがあって、そこが駅舎兼、図書館分館になっている。これまで真っ暗だったので、セットしたわけだ。

Muimg_5568 そこで中をあけてごにょごにょしていると、時々パッと明るくなる。「ああ、そうかハンダ不良だな」と推理して、さっそく0.5mm程度のハンダを怪しげな接点にたらしてみた。うまくいった。人生もときどき、こんなちょっとしたことで、真っ暗になったり、煌々とした明かりに包まれる。単純なものだ脳cat

 昨日午前中に2科目で合計16冊の大作が余のもとに届けられた。夏からの課題達成だから、疲労困憊の班も多い。聞く限り一昨日から友人の下宿に泊まり込み、徹夜で完了した作品も多い。班長クラスになると二日間で睡眠が1時間に満たない者もおるとのこと。心から心配だ。
 もともと余は徹夜の経験が生まれて以来無い。絶対確実に4~8時間は毎日眠る。だから、本当は「徹夜」という言葉がよく分からないわけだ。そしてまた、〆切の一週間前に完了する習慣があるから、提出日の午前中、1時間前に完了という気分も分からない。そりゃそうだ十代末から数十年先の、如何に将来死を迎えるかと、熱心に考えてきた質なのだから、〆切直前にしか出来ないことは、「出来ません」としか答えようがなかった。要するに、他人が徹夜して完成させることは、その二倍の時間をかけるか、あるいはかけられないときは「出来ません」と「諦める」。
 人生観の違いをまざまざと味わった。というか、毎年そうだ。

 もし学生達が朦朧とした中で交通事故にあったり、ホームから落ちたらどうしようと、毎年本気で悩むが、当日朝に数十名の学生の後をつけ回して、事故を防いだり、電車を止める分けにもまいらぬから、それこそ「あきらめ」ておる。
 科目の種類は半期に2つあるが、すべて冊子体として提出することになる。だから、造本や装幀に関して、いろいろ手がかかる。よく聞く話では、班長レベルの人だと、家族中の手を借りて完成にこぎ着けるのもあった。両親や兄弟だけでなく、爺さま、婆様から猫ちゃんまでの手を借りて、課題を完成させる根性は、もう、それだけで◎優だ、と思ったことがあった。もちろん、完全に褒め称えはしない。班長や三役に仕事が集中するのは、班長としての機能を完全に果たしていない、ようするに指揮に劣ると思え! という。しかし、評価採点は、すべて「結果」で見る。終わりよければ、全てよしとする。
 もとより、経過における発表時点の得点も深く関係するので、すべてが結果だけではない。
 ……。
 と、考え出すと切りがないので止めよう。

 要するに年末までは、その労作、大作を、各班副班長16名による相互評価と、助勤3名と、余とで評価を決定し、それを講評文とし、年明けには機関誌(教材誌)に掲載するという、なんとも過酷な時期にあたっておる。年々、辛くなるのう。

 ああ、それに年明け6日〆の校務、1月末〆切の原稿、膨大な会議と準備、……。キツイ脳。
 と、日記を書けば書くほど、「忙しいというは、無能の証」と耳元にがんがん聞こえてくる。
 ああ、ひまじゃひまじゃ、年末年始は温泉に浸かって、ドラマ一杯観て、たっぷり小説読んで楽しもう! aries

追伸
 Mu先生、だんだん怪しくなってきたようです。 

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2009年12月17日 (木)

小説木幡記:2009/12/17(木)師走のつぶやき

 このごろよく眠る。と、いつものこととも言えるが。
 原因は葛野にある。細かな細かな仕事がつぎつぎとわきいでてくる。「仕事がころころ、ころころとでてくるぞもなし」という風情だな。細かなことでも心身を動かすから、なにかしら達成感の少ない疲労感におそわれる。みずからの考えにそぐわないことも、あるていど調整して、処理することが多いので余計に眠る。眠ることで心身を回復しようとしているようだ。
 それと、はずかしながら、いまだに仕事の意味するところや、他からの要望事項を理解できない自分に愕然とする。新入社員が、仕事のことで悩むのと同じ状態だな。言われた通りするのは簡単だが、その言われた(たとえば会議の決議)ことが良く分からない、茫然自失、……。困ったもんだ(笑)。

 昨夜、宅急便でJustシステム社から「日本語入力システム ATOK X3 for Linux」が届いた。1週間前にネットで「ubuntuの9.04にATOKを組み込む」記事があったから、注文しておいた。AAA優待という制度があって、余は5000円以下の出費で使えるようになる。ただし、一般的な「Linux」用のシステムなので、すぐに組み込めるかどうかは、やってみないと分からない。

 ATOKは新たに自製しつつある小型PCに丸ごと組み込む算段だ。ITX系といってマザーボードが小さいマシンを自作しようとしている、とは、先回記事断片でしるした。マシン名称を考慮中だが、「春霞2010」くらいにしようかな。名人伝にあやかった云い方をすると、この世界では悩みが少なくなった。そこらにある手頃な電源や、ハードディスクやもろもろのパーツを、手頃にネジ留めして、電気をいれてLinuxをインストールすれば、動くような気分だ。
 そうなるだろう。とくにケースがポリエチレン製だから、電動ドリルを使って穴をあけるくらい、簡単だ。はみ出しそうな部分はハサミで切るし~、色は適当に赤とか黄色とか青をスプレーして、好きなようにできる。
 昔のPC自作は、やれ電源がシャーシにひっかかる、ネジ穴があわない、CPUファンが隣のパーツにひっかかる、コードの距離が短いの長いの~、それはストレスが溜まるくらいに気むずかしい面もいろいろあった。今回は、全部無視できそうだな。好きなようにやっちゃる!

 今日は、二科目の作品合計16点が学生達各班から届けられる。余は、三日間待機して、その相互チェックをする16人の学生の話を聞いて、学生の相互評価をまとめていく。別途、助勤たちもランキングを決め、余も余の評価を進める。なかなかに忙しい脳。

 最近二回程度書店を巡ったが、お正月用の小説類を決めかねておる。なかなか目に飛び込んでくる作品にでくわさない。調子の良いときは、店頭の本が「Muさん、ワタシをよまないと、だめだよ」というメッセージを送ってくるのだが、無言だ。うむ。

 そろそろ時間だ。身支度して葛野に出かけよう。来る日も来る日も~精勤なものじゃのうcat(自笑)

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2009年12月15日 (火)

小説木幡記:2009/12/15(火)文学{芸術、政治、技術、宗教}

1.すめらみことについて
 晩秋から師走にかけて胸の痛むことが多い。悲憤慷慨して、高山彦九郎翁のごとく、御所に向かって土下座してもその意味や意義を互いに理解する世界ではない。
 すめらみことはたっとい立場である。
 かつて作家三島由紀夫は「などてすめろぎはひととなりたまいし」と、『英霊の聲』で痛切な言葉をはいた。そしてこの意味を世間で理解されたとも思えない。理解しようがないほどに長い歴史が背景にある。いつのころからか、すめらみことは至尊の御立場として待遇されはじめ、それが日本国の歴史の根幹となった。

 人麻呂は、大君は神にしませば天雲の雷(イカヅチ)のへに庵せすかも、と歌った。この神は明治以降の神格化とは異なる。それを三島は知っていたはずだ。だから三島が「何故、人になられたのですか?」と語りかけたのは、神格化された立場から降りられたことへの憤怒ではない。明治政府の付与した神格とか機関の始まる以前から、「至尊」であらせられたのだから、その神格からの降下はさして問題ではない。それよりも、至尊のすめらみことであることを止められ、赤心もって蹶起した青年達を憎まれた点に、三島は「人」であることの弱さを味わったのであろう。すめらみことは、人々が持つような自分や自我を大切にする「人」では、そもそもない立場であった。それをして「神」と呼ぶ者もおろうが、それは単に制度をさしているにほかならない。
 イワレヒコ以来は諸説あるも、少なくともみまきいりひこいにゑからかぞえて1700年、だれしも肯うおおどのすめらみこと以来の1500年間、すめらみことは至尊であらせられた。至尊とはただ斎き祈る立場であり、誰にでもなれるものではない。

 歴史的にみて、このことが危機に陥ったのは、諸説あるも大きくは、壬申の乱、承久の変、南北朝分裂、江戸幕府による禁中並公家諸法度「天子諸芸能ノ事、第一御学問也。」の条、明治維新、そして大東亜戦争における日本の敗戦であろう。その間、すめらみことの唯一専権は祭祀である。それが国体そのものである。わかりやすく申すと、ひたすら日本に祈ることである。もって、その継承である宮中祭祀は、あらゆることをさしおいて、唯一最高度に大切なことである。ひとびとはその祭祀をもって、俗世でのはかない生を我利にいき、享楽をえ、道にはげみ、社会に精勤し、ついには争うことの無意味を知る。

 日本はこれだけの優れたシステムを千年以上かけて作り上げてきた。たとえ今ある神社が、中世吉田神道以来姿をかえたとしても、なお現代の神社にその片鱗をしることができる。それは今や空気のようなものとなり、人々の注意すら引かない。しかしそれは無意味なのではなく、中国の古典をひけば「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)」の姿といえる。なにかしら精妙なシステムを人々が忘れて空気のように思ったとき、そのシステムは完璧な働きをしているという諺である。しかし忘れることと、神社の神木を切って売り払ったり、あるいは神主を呼びつけて自らのために祭祀を執り行うことは、別である。後者をもって、涜神(とくしん)という。

 千数百年間、日本の俗世の為政者は至尊の立場を念頭におき、まつりごとに勤めた。敗れるときは、常に朝敵となった。これが、違えようのない現実歴史であった。

2.日々の情景
☆Mini-ITXマザーボード
 やむにやまれずMini-ITXマザーボードだけを入手した。価格は9000円もした。しかし今年の初めにそれは2万円前後の値がした。17cm四方のボードに、CPUとヒートシンクとが最初から付いていて、メモリーを差し込めば形になる。
 あとは2GBメモリが4千円、2.5インチハードディスク2台で1万円、電源6千円、DVDドライブ6千円程度を予備予算から追加する必要がある。ただし、今はしきりに小さなマザーボードを眺めているだけで、気持が安定する。
 ケースはホームセンターで1500円のポリエチレン製透明ツールボックスを買っておいた。ドリルで穴をあけて、ITXを固定したところ、よい出来だった。

☆毎日の宿題
 本当に師走だ。ありとあらゆる課題が発生してくる。教学、委員会書類、倶楽部。現状では大きな宿題が4つ残っておる。明日になればまた増えるだろう。今日は二つこなした。とめどなく断片的な時間が生まれてまた過ぎていく。

☆JR巻向駅北方纒向遺跡
 紀行文として、残るは一つとなった。埋蔵文化財センターでの知見をまとめることになる。写真だけで60枚程度ある。全分野は難しいので、纒向遺跡関係だけに止める予定。

☆ubuntu
 ポータブルubuntuをとても気に入っている。PCに向かいながら、MuBlog書きながら、上海を起動する。最近は初級レベルで4分12秒~6分の間が多い。昔は3分間だったのに、と思い出す。

☆新古今和歌集
 余にてごろな参考図書がまた増えた。しかしときどきふっと歌心を探してしまうことがある。日常が乾いているせいかもしれない。

☆DCC
 来年はDCCをITXマザーボードPCで制御したい。できるかな? EH500がカシオペア形図書館列車を牽引し、自在に走る姿が目に浮かぶ。

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2009年12月14日 (月)

NHK坂の上の雲(2009-3)国家鳴動:日清戦争開戦前夜

承前:NHK坂の上の雲(2009-2)青雲:若者の志

1.正岡子規
 子規は憲法発布(明治22年,1889年2月11日)の年に喀血し、結核とわかりました。松山に一旦帰省し静養します。ドラマでは秋山真之も江田島から正岡家を訪れました。
 子規像はいろいろ噂に聞きますが、このドラマでは本当に剽軽なネアカとネクラの入り交じった、躁鬱が繰り返される面白い青年に思えました。俳優の「香川照之」さんは以前から好ましく思っていましたが、彼の子規役は他に変えられないだろう~と、感心して見ています。

 妹の律との少年少女のようなふざけあいは、当時の家族愛を想像させてくれます。子規のような秀才は郷党の誉れとして東京に行ってしまうわけですから、残された家族にとって、彼の突然の帰郷は望外切実な再会だったのでしょう。まして病をえての帰参ですから、母親も律も気持が深かったはずです。
 妹は、二度目の結婚をしていましたが、「兄(あに)さん」の事が心配で、一日おきに実家に帰って兄さんの面倒を見ていました。

 静養して再び子規は東京に戻るわけですが、すでに想いは文芸(俳句)に凝り固まっていました。新聞「日本」の社長・陸羯南(くが・かつなん)に「勉強中も、俳句が(頭に)のこのこ、のこのこと出てくるので、帝大を退学したい。この新聞社の社員にしてほしい」と頼みます。東京帝國大学は官吏・官僚養成大学(キャリア促成栽培)ですから、子規や秋山真之の気風とはズレが大きかったのでしょう。

 こうして新聞「日本」の社員となった正岡子規は給料15円で松山の母と妹を呼び寄せ生活していくことになります。妹律は二度目の離婚をして上京しました。このころ子規は満25歳前後だったと思います。結核を、鳴いて血を吐くホトトギスと連想して俳号「子規(しき:ほととぎす)」と付けたわけですが、このころから十年後に、満35歳で亡くなります。その間脊椎カリエスとなり病床にうずくまったまま、ずっと妹律の世話になるわけです。

 引っ越しを手伝っていたのが漱石でした。小説はお金になるとか言って子規をさそったり、部屋を猫まねして這いずり回り、母や妹を笑わせるオプションもありました。すでに結核が不治の病であることはみんな承知したうえでの笑いですから、痛々しくも思えました。

2.秋山真之(弟)
 帰郷したとき、以前の松山藩が水練のために造っていた神聖な池(プール)で泳いでいると、広島鎮台の陸軍兵二人が全裸で飛び込んできて、少年達に乱暴狼藉を働きます。彼らは「鎮台」と少年達に呼び捨てられたことに激高します。
 真之はふんどし一つのまま、高所から、珍妙な踊りで揶揄しました。
 よく覚えていないのですが、この歌詞はその後も伝統的に残ったようですね。
 つまり、「鎮台さんが兵隊さんなら、蝶々や鳥も兵隊さんだぁ、ああこりゃこりゃ」そういう内容でした。
 また録画を確認したとき確かめておきますが、それよりも、真之は本当に暴れん坊というか、喧嘩好きだったようです。

3.秋山好古(兄)
 結婚しました。結婚しても風変わりな日常生活に変わりはなかったのでしょうか。上司や母親の薦めで旧知の娘さんと、照れくさい見合いをしたとき、
 「まだ、お茶碗や箸は一つですか?」
 「いや、母が来ているので、二つにしました」
 「ほほほ」
 「三つにしても、よいですなぁ」
と、茶碗の数で結婚を承諾した好古のおもしろさがよく表れていました(事実かどうかは不明(笑))。ついでに結婚披露宴で、陸軍大学校第一期卒業生達が、好古の敗戦(結婚を男子の敗戦とみなす)によって、我ら一期生は全滅だぁ、といって座敷にひっくり返る情景が、おもしろかったです。

4.伊藤博文(いとう・ひろぶみ)、陸奥宗光(むつ・むねみつ)、川上操六(かわかみ・そうろく)
 朝鮮半島で内乱が起こったとき、時の李氏朝鮮は、宗主国中国の清王朝に助けを求めます。当時の清王朝は漢族からみると北方女真・満州からの征服王朝で、弁髪などの風習でよく分かります。清朝は要請に応じて兵2000を朝鮮半島に差し向けます。が、川上の得た情報では清朝が兵5000を追加投入する予定だったようです。
 伊藤首相は、陸奥・外務大臣、参謀本部次長・川上の提言をうけ派兵を決断しました。明治27(1894)年のことで、当時の満年齢では伊藤53歳、陸奥50歳、川上46歳でした。若かったです。(ちなみに明治天皇は42歳)

 この場面は後の日本を象徴的に表していました。
 陸奥外務大臣は欧米諸国との不平等条約を解消させた著名な方です。ドラマでは川上参謀本部次長の軍事情報の微妙な操作の前に、結果として伊藤首相に嘘をつくことになってしまいました。派遣兵数2000で決まっても、実際に有事になればその運用はすべて軍の裁量でなされるというシステムを川上は使ったわけです。それが分かった後も、伊藤首相は山県有朋(やまがたありとも)元帥・陸軍大将が日清の開戦を決意している事実を覆すことは出来なかったわけです。

 このあたりのドラマ内容は現代の一つの解釈として見ておりました。
 幕末、明治から現代にいたる様々な政治、軍事のことはまだ歴史の判定を仰ぐのが難しいと思っています。想像としては、現代日本の政治家達の考えや動きと、中国、台湾、韓国、北朝鮮、米国との動きとが重なって見えることがあります。歴史は似たようなパターンをいつも発現させます。ほとんどのことは過去の政治史、戦史に埋もれています。歴史教育は、事項名を暗記させることを捨てて、各時代民族の「動的関係」のパターンについて考察する方向へ向かうのがよいでしょう。
 ある程度の確率で、こうすれば、ああなる、……。もう、歴史の上では自明のことです(笑)。

NHK坂上雲 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年12月13日 (日)

160万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他)

承前:150万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他) (2009.09.01)

(0)観測
 2009/12/13(日)21:24

サイト全体累計アクセス数: 1600027 1日平均: 763.01 

携帯全体累計アクセス数: 105164 1日平均: 106.55

MuBlog累計アクセス数:   9164141日平均: 437.01

解析対象期間: 2009年8月1日(土) ~ 2009年11月30日(月)

ヶ月間のAsajiharaサイト全体統計

(1)PC・ページ別アクセス数

アクセス数: 117,214
訪問者数: 87,877
解析ページ 訪問者 アクセス
1 MuBlog: トップページ 2,535 4,963 2.9% 4.2%
2 MuBlog: 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 1,858 2,080 2.1% 1.8%
3 MuBlog: 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 1,379 1,498 1.6% 1.3%
4 MuBlog: Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 1,304 1,479 1.5% 1.3%
5 MuBlog: 自作鉄道模型 864 1,101 1.0% 0.9%
6 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 667 921 0.8% 0.8%
7 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 574 829 0.7% 0.7%
8 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 509 723 0.6% 0.6%
9 涼夏2007: ASUS社のSmartDoctor画面 613 686 0.7% 0.6%
10 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(2)箸墓と三輪山遠望 490 685 0.6% 0.6%
11 MuBlog: 卑弥呼の墓(013) 纒向遺跡の宮殿跡 375 627 0.4% 0.5%
12 日々24: 20世紀少年(20)登場人物/浦沢直樹 433 593 0.5% 0.5%
13 日々8: ぬかるみ回避:恐怖の下山 553 582 0.6% 0.5%
14 MuBlog: Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 480 554 0.5% 0.5%
15 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 341 526 0.4% 0.4%
16 涼夏2007: BIOS設定:(*)CTRL+Iによる、RAID設定 380 489 0.4% 0.4%
17 前方後円墳: 纒向矢塚古墳/桜井市教育委員会 285 443 0.3% 0.4%
18 涼夏2007: BIOS設定:(2)SATA RAID/AHCI Mode 350 431 0.4% 0.4%
19 MuBlog: 自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」 287 400 0.3% 0.3%
20 Mu邪馬台国: 纒向遺跡関連古墳地図 254 397 0.3% 0.3%
21 MuBlog: 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 325 394 0.4% 0.3%
22 MuBlog: 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 323 387 0.4% 0.3%
23 涼夏2007: RAIDドライバーのFDへの複製 287 381 0.3% 0.3%
24 MuBlog: 若冲の秋:ミホミュージアム200910 278 360 0.3% 0.3%
25 MuBlog: 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 267 354 0.3% 0.3%
26 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(3)ホケノ山古墳 267 342 0.3% 0.3%
27 MuBlog: 地図の風景 292 336 0.3% 0.3%
28 MuBlog: 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 243 321 0.3% 0.3%
29 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 215 319 0.2% 0.3%
30 涼夏2007: BIOS設定:(3)ディスプレイ関係初期化 229 310 0.3% 0.3%
31 プロフィールページ 254 297 0.3% 0.3%
32 MuBlog: 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 215 266 0.2% 0.2%
32 MuBlog: NHK天地人(35)家康の政治力と前田利家 223 266 0.3% 0.2%
34 MuBlog: NHK篤姫(40)篤姫と和宮、家茂を挟んで写真を撮る 237 260 0.3% 0.2%
35 MuBlog: 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 205 258 0.2% 0.2%
35 MuBlog: ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 201 258 0.2% 0.2%
35 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館 222 258 0.3% 0.2%
38 鉄道模型11-20: 12:「岩」 ジオラマ/レイアウトの制作(2)発泡スチロールで岩を作る 149 254 0.2% 0.2%
39 MuBlog: NHK天地人(31)大義なき花戦:北の政所と、淀君 227 252 0.3% 0.2%
39 涼夏2007: アクリルPCケースM-acky 197 252 0.2% 0.2%
41 MuBlog: てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 216 249 0.2% 0.2%
41 MuBlog: 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 180 249 0.2% 0.2%
43 MuBlog: NHK天地人(38)関ヶ原と山形・長谷堂城 219 248 0.2% 0.2%
44 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳の後円部構造物、結界(玉垣)、神社? 193 247 0.2% 0.2%
45 鉄道模型11-20: 11:「山」 ジオラマ/レイアウトの製作(1)発泡スチロールで山を作る 165 246 0.2% 0.2%
46 MuBlog: 小説木幡記 221 245 0.3% 0.2%
47 MuBlog: 自作ロボット 218 244 0.2% 0.2%
48 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 180 241 0.2% 0.2%
49 涼夏2007: 涼夏2007PC配線:マザーボード正面 157 238 0.2% 0.2%
50 MuBlog: CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 157 237 0.2% 0.2%
51 MuBlog: NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼 215 236 0.2% 0.2%
52 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 183 234 0.2% 0.2%
53 MuBlog: 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 214 232 0.2% 0.2%
54 MuBlog: 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 215 226 0.2% 0.2%
55 涼夏2007: BIOS設定:(4)組み込みVGA 161 222 0.2% 0.2%
56 MuBlog: 「壬申の乱」の関係地図 150 221 0.2% 0.2%
57 MuBlog: 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 138 215 0.2% 0.2%
58 MuBlog: 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 172 213 0.2% 0.2%
59 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(36)道路パーツ、街灯、電柱(小) 166 212 0.2% 0.2%
60 鉄道模型11-20: 17:「道路」 ジオラマ/レイアウトの制作(6)道路を作る 153 211 0.2% 0.2%
61 MuBlog: NHK篤姫(32)勝海舟と桜田門外の変 197 210 0.2% 0.2%
61 MuBlog: NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 202 210 0.2% 0.2%
63 MuBlog: 室町和久傳(むろまち・わくでん) 161 209 0.2% 0.2%
63 MuBlog: CPU空冷装置・掃除のお勧め 146 209 0.2% 0.2%
63 MuBlog: スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 159 209 0.2% 0.2%
63 飛鳥紀行20061119: 飛鳥の古墳&石舞台古墳 42 209 0.0% 0.2%
67 MuBlog: 邪馬台国 166 208 0.2% 0.2%
68 MuBlog: NHK天地人(42)上杉(武田)菊姫の死 178 207 0.2% 0.2%
69 MuBlog: 読書余香 190 206 0.2% 0.2%
70 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 131 204 0.1% 0.2%
70 涼夏2007: アクリルケース内の温度計、27度c 134 204 0.2% 0.2%
72 MuBlog: 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 162 194 0.2% 0.2%
73 MuBlog: じょうしょうこうじ:常照皇寺 149 193 0.2% 0.2%
74 MuBlog: NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 176 192 0.2% 0.2%
74 MuBlog: 卑弥呼の墓(012) 箸墓築造は240~260年か? 国立歴史民俗博物館の放射性炭素(C14)年代測定 146 192 0.2% 0.2%
74 涼夏2007: 稼働一時間後のケース内温度、29度C 137 192 0.2% 0.2%
77 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(37)石畳道パーツ、柵パーツ 136 191 0.2% 0.2%
78 涼夏2007: スイッチON 112 189 0.1% 0.2%
79 涼夏2007: CPU・マザーボード・メモリ 142 188 0.2% 0.2%
80 MuBlog: 水銀朱:桜井茶臼山古墳石室の情景 115 187 0.1% 0.2%
81 日々3: サンフランシスコのケーブルカー 171 186 0.2% 0.2%
82 MuBlog: ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 154 182 0.2% 0.2%
83 嵯峨野鉄道図書館080323: 二階建て新幹線Max (6)Maxとき、座席の色違い 157 177 0.2% 0.2%
84 MuBlog: 源氏物語・大沢本のこと 149 176 0.2% 0.2%
84 MuBlog: NHK天地人(33)五大老という合議制の成立ドラマ 149 176 0.2% 0.2%
86 涼夏2007: BIOS設定:(1)Integrated Peripherals 127 175 0.1% 0.1%
87 MuBlog: 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 152 173 0.2% 0.1%
87 MuBlog: NHK天地人(36)石田三成の立場 150 173 0.2% 0.1%
87 MuBlog: 美味しいところ 152 173 0.2% 0.1%
90 涼夏2007: アクリルPCケースM-acky (側面) 135 172 0.2% 0.1%
91 日々5: 865GM3-FIS(MSI MicroATXマザーボード) 156 171 0.2% 0.1%
92 日々17: カフェーでのアトムとゲジヒト 156 170 0.2% 0.1%
93 MuBlog: 小説木幡記:2009/10/16(金)ドラマ「不毛地帯」と対話した 142 169 0.2% 0.1%
94 MuBlog: NHK天地人(37)直江状の背景:戦術義と戦略義 136 168 0.2% 0.1%
95 MuBlog: NHK天地人 145 167 0.2% 0.1%
96 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 121 165 0.1% 0.1%
97 MuBlog: NHK天地人(32)小早川秀秋:養子と実子 154 163 0.2% 0.1%
98 MuBlog: NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代 143 162 0.2% 0.1%
98 MuBlog: 長浜研修旅行20090827(3)海洋堂フィギュアミュージアム黒壁-Nagahama2009 124 162 0.1% 0.1%
98 涼夏2007: ケースファン:8センチ静音、4センチ2連装静音 118 162 0.1% 0.1%
98 鉄道模型11-20: 16:「海」 ジオラマ/レイアウトの制作(5)発泡スチロールで海を作る 126 162 0.1% 0.1%
102 鉄道模型11-20: 11:昭和の『鉄道模型』をつくる 88 161 0.1% 0.1%
103 MuBlog: NHK天地人(47)最終回 135 160 0.2% 0.1%

★携帯サイト全体(合算)・ページ別アクセス

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アクセス数: 23,682
訪問者数: 23,682
解析ページ 訪問者 アクセス
1 MuBlog: トップページ 2,333 2,333 9.9% 9.9%
2 MuBlog: ミホミュージアムの秋 1,993 1,993 8.4% 8.4%
3 MuBlog: 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 784 784 3.3% 3.3%
4 MuBlog: 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 376 376 1.6% 1.6%
5 MuBlog: NHK篤姫 372 372 1.6% 1.6%
6 MuBlog: NHK天地人 314 314 1.3% 1.3%
7 MuBlog: NHK天地人(46)大坂の陣 239 239 1.0% 1.0%
8 MuBlog: バックナンバー 207 207 0.9% 0.9%
9 MuBlog: 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 195 195 0.8% 0.8%
10 MuBlog: 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 183 183 0.8% 0.8%
11 MuBlog: 点と線/松本清張(新潮文庫) 177 177 0.7% 0.7%
12 MuBlog: NHK風林火山 166 166 0.7% 0.7%
13 MuBlog: 小説木幡記:2009/10/16(金)ドラマ「不毛地帯」と対話した 154 154 0.7% 0.7%
14 MuBlog: NHK天地人(31)大義なき花戦:北の政所と、淀君 144 144 0.6% 0.6%
15 MuBlog: 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 126 126 0.5% 0.5%
16 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 123 123 0.5% 0.5%
16 MuBlog: NHK天地人(35)家康の政治力と前田利家 123 123 0.5% 0.5%
18 MuBlog: 博物館 122 122 0.5% 0.5%
19 MuBlog: 小川珈琲本店 117 117 0.5% 0.5%
20 MuBlog: 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 116 116 0.5% 0.5%
21 MuBlog: Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 115 115 0.5% 0.5%
22 MuBlog: 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 101 101 0.4% 0.4%
23 MuBlog: 北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」 100 100 0.4% 0.4%
23 MuBlog: NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代 100 100 0.4% 0.4%
25 MuBlog: 地図の風景 99 99 0.4% 0.4%
26 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 98 98 0.4% 0.4%
26 MuBlog: 小説木幡記 98 98 0.4% 0.4%
28 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 97 97 0.4% 0.4%
29 MuBlog: NHK天地人(33)五大老という合議制の成立ドラマ 94 94 0.4% 0.4%
30 MuBlog: オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 92 92 0.4% 0.4%
30 MuBlog: ほづがわくだり:保津川下り 92 92 0.4% 0.4%
32 MuBlog: 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 91 91 0.4% 0.4%
33 MuBlog: 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 90 90 0.4% 0.4%
33 MuBlog: 美味しいところ 90 90 0.4% 0.4%
35 MuBlog: 落照の獄・十二国記/小野不由美:柳国のたそがれ 89 89 0.4% 0.4%
36 MuBlog: 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 82 82 0.3% 0.3%
37 MuBlog: 私の京都:木嶋神社の三柱鳥居(このしまじんじゃ・の・みはしらとりい)魔界巡礼秦氏の謎 81 81 0.3% 0.3%
37 MuBlog: NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 81 81 0.3% 0.3%
39 MuBlog: 長浜研修旅行20090827(3)海洋堂フィギュアミュージアム黒壁-Nagahama2009 80 80 0.3% 0.3%
40 MuBlog: NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 79 79 0.3% 0.3%
40 MuBlog: ごこうのみや;ごこうぐう:裏から見た御香宮 79 79 0.3% 0.3%
42 MuBlog: NHK天地人(47)最終回 78 78 0.3% 0.3%
43 MuBlog: 若冲の秋:ミホミュージアム200910 77 77 0.3% 0.3%
44 MuBlog: 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 76 76 0.3% 0.3%
44 MuBlog: NHK天地人(24)上杉軍4000と都人達 76 76 0.3% 0.3%
44 MuBlog: NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼 76 76 0.3% 0.3%
47 MuBlog: ほうしょうかん:鳳翔館・平等院ミュージアム 73 73 0.3% 0.3%
47 MuBlog: NHK天地人(38)関ヶ原と山形・長谷堂城 73 73 0.3% 0.3%
49 MuBlog: 長岡京市立図書館の風景 70 70 0.3% 0.3%
50 MuBlog: ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 69 69 0.3% 0.3%
50 MuBlog: 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 69 69 0.3% 0.3%
50 MuBlog: NHK篤姫(49)さらば大奥 69 69 0.3% 0.3%
53 夜麻登志宇流波斯/浅茅原竹毘古: トップページ 68 68 0.3% 0.3%

(2)検索ワード/フレーズ
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検索ワード/フレーズ 割合
1 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 798 1.6%
2 丕緒の鳥  G Y M 523 1.0%
3 桜井茶臼山古墳 地図  G Y M 464 0.9%
4 二十世紀少年 ネタバレ  G Y M 399 0.8%
5 恐怖  G Y M 353 0.7%
6 うぶめのなつ  G Y M 290 0.6%
7 纒向遺跡 地図  G Y M 267 0.5%
8 神々の乱心  G Y M 261 0.5%
9 桜井市教育委員会  G Y M 255 0.5%
10 桜井茶臼山古墳  G Y M 180 0.4%
11 京都 寺町通り 地図  G Y M 167 0.3%
12 巻向遺跡 地図  G Y M 163 0.3%
13 20世紀少年 登場人物  G Y M 157 0.3%
14 箸墓古墳 地図  G Y M 148 0.3%
15 金魚  G Y M 124 0.2%
16 纒向遺跡  G Y M 118 0.2%
16 ubuntu mac  G Y M 118 0.2%
18 20世紀少年  G Y M 114 0.2%
19 mac ubuntu  G Y M 113 0.2%
20 ミホミュージアム 若冲  G Y M 112 0.2%
21 ウブントゥ  G Y M 107 0.2%
22 壬申の乱 地図  G Y M 106 0.2%
22 小野不由美 丕緒の鳥  G Y M 106 0.2%
24 丕緒(ひしょ)の鳥  G Y M 98 0.2%
25 直江兼続 伊達政宗  G Y M 95 0.2%
25 内野聖陽  G Y M 95 0.2%
27 柴本 幸 プロフィール 風林火山  G Y M 88 0.2%
28 21世紀少年 ネタバレ  G Y M 86 0.2%
29 勝海舟  G Y M 84 0.2%
29 椿井大塚山古墳  G Y M 84 0.2%
31 じょうしょうこうじ  G Y M 81 0.2%
31 アクリル PCケース 自作  G Y M 81 0.2%
33 mublog  G Y M 80 0.2%
34 ホケノ山古墳  G Y M 79 0.2%
34 まきむく遺跡 地図  G Y M 79 0.2%
36 ミホミュージアム 伊藤若冲  G Y M 76 0.1%
37 GA-G33M-D S2R  G Y M 74 0.1%
38 鍵善  G Y M 73 0.1%
38 是非もなし  G Y M 73 0.1%
40 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 70 0.1%
41 皇女和宮 懐妊  G Y M 69 0.1%
42 布刈神社  G Y M 68 0.1%
43 京都 ホットケーキ  G Y M 67 0.1%
43 上津屋橋  G Y M 67 0.1%
43 実頼  G Y M 67 0.1%
46 二十一世紀少年 ネタバレ  G Y M 66 0.1%
47 ASUS Smart Doctor  G Y M 65 0.1%
47 SmartDoctor  G Y M 65 0.1%
49 ジオラマ 川  G Y M 64 0.1%
50 源氏物語 大沢本  G Y M 63 0.1%
51 時間の習俗  G Y M 62 0.1%
51 小野不由美 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 62 0.1%
53 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 61 0.1%
53 二十世紀少年 ともだち 正体  G Y M 61 0.1%
55 天地人  G Y M 60 0.1%
55 マキムク遺跡  G Y M 60 0.1%
57 ジオラマ 池  G Y M 59 0.1%
58   G Y M 58 0.1%
58 大沢本  G Y M 58 0.1%
60 自作PCケース アクリル  G Y M 56 0.1%
60 ケースファン 電源  G Y M 56 0.1%
62 Smart Doctor  G Y M 55 0.1%
62 益田岩船  G Y M 55 0.1%
64 佐野藤右衛門  G Y M 54 0.1%
64 20世紀少年 まとめ  G Y M 54 0.1%
64 二十世紀少年 ともだち  G Y M 54 0.1%
67 室町和久傳  G Y M 53 0.1%
68 桜井茶臼山古墳 見学会  G Y M 52 0.1%
68 smartdoctor  G Y M 52 0.1%
68 maxとき 座席  G Y M 52 0.1%
71 北の政所  G Y M 51 0.1%
71 茶臼山古墳 見学会  G Y M 51 0.1%
73 石塔寺 滋賀  G Y M 50 0.1%
73 纏向遺跡 地図  G Y M 50 0.1%
73 高齢者差別  G Y M 50 0.1%
76 じぶり  G Y M 48 0.1%
76 ジオラマ 海  G Y M 48 0.1%
76 谷口敏夫  G Y M 48 0.1%
76 甘樫丘  G Y M 48 0.1%
76 天地人 実頼  G Y M 48 0.1%
76 周山 登喜和  G Y M 48 0.1%
82 20世紀少年登場人物  G Y M 47 0.1%
82 モンゴルの残光  G Y M 47 0.1%
82 山南敬助 堺雅人  G Y M 47 0.1%
82 CPU 掃除  G Y M 47 0.1%
82 鉄道模型 自作  G Y M 47 0.1%
82 美しいサイト  G Y M 47 0.1%
88 smart doctor  G Y M 46 0.1%
89 税所篤  G Y M 45 0.1%
89 貴志祐介 新世界より  G Y M 45 0.1%
91 神々の乱心 あらすじ  G Y M 44 0.1%
91 てんだん  G Y M 44 0.1%
91 RAID 自作  G Y M 44 0.1%
94 二十世紀少年 ともだちの正体  G Y M 43 0.1%
94 しる幸 京都  G Y M 43 0.1%
96 梅原猛 隠された十字架  G Y M 42 0.1%
97 mac ubuntu インストール  G Y M 41 0.1%
97 益田の岩船  G Y M 41 0.1%
97 落飾  G Y M 41 0.1%
97 ubuntu mac インストール  G Y M 41 0.1%

(3)検索ワード

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集計対象アクセス数:51,270
検索ワード 割合
1 地図 1,828 3.6%
2 丕緒の鳥 1,578 3.1%
3 京都 1,398 2.7%
4 鉄道模型 1,207 2.4%
5 ジオラマ 1,179 2.3%
6 自作 1,109 2.2%
7 十二国記 944 1.8%
8 天地人 848 1.7%
9 桜井茶臼山古墳 818 1.6%
10 ubuntu 712 1.4%
11 mac 682 1.3%
12 二十世紀少年 665 1.3%
13 ネタバレ 653 1.3%
14 raid 625 1.2%
15 纒向遺跡 544 1.1%
16 設定 511 1.0%
17 20世紀少年 463 0.9%
18 アクリル 459 0.9%
19 レイアウト 409 0.8%
20 卑弥呼 407 0.8%
21 模型 391 0.8%
22 神々の乱心 390 0.8%
23 篤姫 373 0.7%
24 風林火山 357 0.7%
25 恐怖 353 0.7%
26 RAID 334 0.7%
27 ミホミュージアム 319 0.6%
28 うぶめのなつ 304 0.6%
29 bios 286 0.6%
30 桜井市教育委員会 281 0.5%
31 箸墓古墳 255 0.5%
32 邪馬台国 243 0.5%
32 感想 243 0.5%
34 松本清張 241 0.5%
35 小説 226 0.4%
36 Nゲージ 222 0.4%
37 小野不由美 221 0.4%
38 巻向遺跡 216 0.4%
39 金魚 215 0.4%
40 写真 209 0.4%
41 登場人物 208 0.4%
42 インストール 204 0.4%
43 直江兼続 203 0.4%
44 ともだち 202 0.4%
45 NHK 197 0.4%
46 寺町通り 186 0.4%
47 登喜和 185 0.4%
48 BIOS 178 0.3%
49 xp 177 0.3%
50 実頼 174 0.3%
51 掃除 172 0.3%
52 170 0.3%
52 茶臼山古墳 170 0.3%
54 PCケース 169 0.3%
54 日立 169 0.3%
56 昭和の鉄道模型をつくる 168 0.3%
57 usb 167 0.3%
58 桜井市 160 0.3%
59 昭和の鉄道模型 158 0.3%
59 windows 158 0.3%
61 森博嗣 157 0.3%
62 Doctor 153 0.3%
63 Smart 152 0.3%
64 壬申の乱 149 0.3%
65 しる幸 146 0.3%
66 道路 145 0.3%
67 ASUS 142 0.3%
68 交換 141 0.3%
69 TOMIX 140 0.3%
70 CPU 139 0.3%
71 ウブントゥ 138 0.3%
72 前方後円墳 137 0.3%
72 鉄道 137 0.3%
74 asus 133 0.3%
75 纏向遺跡 132 0.3%
76 pcケース 131 0.3%
77 若冲 130 0.3%
77 大沢本 130 0.3%
79 周山 128 0.2%
79 分解 128 0.2%
81 和宮 127 0.2%
82 座席 125 0.2%
82 smartdoctor 125 0.2%
84 ホットケーキ 124 0.2%
84 京阪 124 0.2%
86 プロフィール 123 0.2%
86 マザーボード 123 0.2%
86 桜井 123 0.2%
89 伊達政宗 122 0.2%
90 懐妊 121 0.2%
90 勝海舟 121 0.2%
92 古墳 120 0.2%
93 GA-G33M-D S2R 119 0.2%
93 prius 119 0.2%
95 改造 116 0.2%
96 21世紀少年 115 0.2%
96 丕緒(ひしょ)の鳥 115 0.2%
98 柴本 114 0.2%
98 114 0.2%
100 新世界より 112 0.2%


(4)アクセス地域

集計対象アクセス数:23,092
都道府県 割合
1 東京 5,631 24.4%
2 大阪 2,643 11.4%
3 神奈川 1,647 7.1%
4 京都 1,504 6.5%
5 愛知 1,328 5.8%
6 埼玉 871 3.8%
7 千葉 799 3.5%
8 兵庫 715 3.1%
9 静岡 559 2.4%
10 福岡 554 2.4%
11 茨城 493 2.1%
12 三重 487 2.1%
13 北海道 480 2.1%
14 長野 415 1.8%
15 奈良 353 1.5%
16 広島 342 1.5%
17 宮城 299 1.3%
18 岐阜 263 1.1%
19 新潟 262 1.1%
20 滋賀 238 1.0%
21 群馬 220 1.0%
22 岡山 212 0.9%
23 栃木 198 0.9%
24 愛媛 192 0.8%
25 石川 179 0.8%
26 福島 171 0.7%
27 大分 166 0.7%
28 富山 130 0.6%
29 岩手 127 0.5%
30 熊本 123 0.5%
31 沖縄 121 0.5%
31 鹿児島 121 0.5%
33 福井 114 0.5%
34 山口 113 0.5%
35 秋田 103 0.4%
36 青森 95 0.4%
37 山形 92 0.4%
38 徳島 90 0.4%
38 長崎 90 0.4%
40 和歌山 83 0.4%
41 香川 82 0.4%
42 宮崎 71 0.3%
43 山梨 70 0.3%
43 高知 70 0.3%
45 島根 65 0.3%
46 鳥取 63 0.3%
47 佐賀 48 0.2%


(5)検索サイト

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集計対象アクセス数:51,270
検索サイト 割合
1 Google 32,257 62.9%
2 Yahoo 15,642 30.5%
3 goo 1,514 3.0%
4 BIGLOBE 1,507 2.9%
5 @nifty 123 0.2%
6 Excite 117 0.2%
7 Infoseek 44 0.1%
8 livedoor 40 0.1%
9 CEEK.JP 19 0.0%
10 Hatena 3 0.0%
11 AOL 2 0.0%
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昭和の鉄道模型をつくる(38)踏切・架線柱セット

承前:昭和の鉄道模型をつくる(37)石畳道パーツ、柵パーツ

38:ここまで完成(~38号)
Bigmuimg_5366

38:部品と工作(踏切・架線柱セット→石畳道パーツ、柵パーツ)

3801:柵
3802:石畳
 この号の付属品は踏切・架線柱セットだったのですが、実際に工作したのは石畳を敷いて、柵を土台に貼り付けたことでした。おそらく私は架線柱をこの模型で立てないのだと、なかば想像しています。工作キットは昔からほぼ完全に組み立てることにしてきましたが、このごろは根気がないというのか、省略手法を身につけてしまいました。
 架線柱や架線のないモデルを不完全と話されるベテランもおります。その方の図書・上下本を熱心に読んでいるときはそう思ったのですが、ジオラマを作っていると、なにかかんか引っかけたりぶつけたりすることが多い私には、そういう手間暇を掛けることが「無駄になるなぁ」と思う現実があります。
 ところで、石畳も柵も大量なので、接着はすべて瞬間接着剤で済ませました。雑誌の説明では丁寧に両面テープで貼り付ける方法が書いてあったのですが、これも省略して、ぺたぺたと貼り付けた次第です。かれこれ1年前の付属品ですから、曲がっていたり、変色している石畳や柵が多くて、苦笑いしていました。なにかしら色合い、形、風情がでてきて「よかったなぁ」の気持でしたが。

38:鉄道模型の達人/関田克孝

381:関田克孝
 関田さん(当時63歳)は、Oゲージという比較的大きな模型車両のコレクターです。現代のNゲージ車両を4両束ねたくらいの大きさで、しかもレールが三線式といって、両端のレールの間に集電用として三本目がある特殊な形態です。
 私は小学生のころ、このOゲージ電車1両と電源と、半径1mくらいの小判形レールセットを持っていました。ジオラマという概念はなく、遊ぶ時は畳の上にレールをセットして、ブリキの電車を走らせていました。集電シューの形が、真鍮製で1㎝四方の四角いスプーンのような形状だったことも覚えています。三本目の集電レールに火花を散らして走る電関(電気機関車)の姿を、まざまざと思い出すことができます。
 関田さんは、この昭和20年代の車両を数百両集められたようです。写真を見ると、当時のちょっと寸詰まりな、パンタグラフがヤケに大きな、色とりどりの車両がすぐに走り出しそうでした。記憶ではでっかいモータが付いていましたから、相当に重いはずです(Nゲージと比較して)。
 記事紙面の車両の姿は、ナローに通じる可愛らしさが特徴的に見えました。特にカプラー(連結器)が精巧に出来ていると観察できました。実際に連結して走る姿を想像しましたが、コレクションが数百両もあると、完動・高速の車両もあるのだろうな、と写真に見入りました。

38:車両の製作(1)車両キットを組み立てる 1

382:車両の製作(1)/車両キットを組み立てる 1
 車両や家屋を造るのが苦手なんだとこの二年間ほど考えてきました。
 一般の鉄道ファンには、列車に乗ったり、写したり、時刻表を見たり、音を採取したり、古い機関車を観察したりと様々な様式があり、乗り鉄とか撮り鉄とか言うようです。
 また一般の鉄道模型ファンには、ただ走らせる、ジオラマ(レイアウト)を作る、車両を集める、車両を作る、ストラクチャ(家屋など構造物)を作る、……。と、様々な様式があるようです。

 私の場合はというと、「未来の鉄道図書館列車」というテーマのもとで、一定の地域の図書館群を面として扱うためにジオラマを作り、移動中読書、停車中読書を可能にするための「図書館列車」を、すでにあるモデルを改造して作る方法をとっております。特に「二階建てトロッコ図書館列車」に重点を置いています。

 そこで、車両を「改造」と「作る」とは似ているようですが、まるで異なることに気がついています。
 今回の「車両キットを組み立てる 1」を読んでいると、「私にはできないなぁ」というため息ばかりが出ました。要するに非常に細かく丁寧な作業の連続なのです。「初心者にも簡単にできる」という雰囲気になっていますが、インレタ(インスタントレタリング:列車番号や行き先表示を、細密文字シールで貼り付ける手法)というのを以前試みたところ、ぐちゃぐちゃになってしまい、癇癪を起こしました(笑)。また、部品を切り出した後は色がはがれていますが、これを細筆で補修するという技術も、うまく行ったためしがありません。

 私の「改造」は屋根をひっぺがえしたり、色塗りもただ一色をスプレーでがしがし塗りつける、要するに叩きモデラーなので、今度の記事は、なかなか心身に染みいりませんでした。記事は分かりやすいです。ひとえに私に向かないこと、ということです。

38:昭和の『鉄道模型』をつくる

383:昭和の『鉄道模型』をつくる;38
 この週号で興味を引いたのは巻末の「沖縄県営鉄道:大正3(1914)~昭和20(1945)」でした。線路幅762mmの軽便鉄道として、那覇~与那原までの路線が最初に開通しました。乗客だけでなく、サトウキビも運ばれ、地元の人達は「けーびん」と呼んで親しんだようです。
 那覇~与那原、古波蔵~嘉手納、国場~糸満と、全長46.8kmに達した、ナローな鉄道だったわけです。資料は若干、与那原町立綱曳資料館に残っているとのこと。沖縄に鉄道があった! そういう想いを一杯にして記事を読みました。
 参考:沖縄県営鉄道廃線跡を訪ねて


↑旧・沖縄県営鉄道・与那原駅舎のあったところ(現・JAおきなわ与那原支店)

38:未来の図書館、過去の図書館
 過日TVの深夜(11時ころでした)で、国立国会図書館・長尾真館長が、二人の若いタレントに国会図書館の書庫を案内する番組を見ました。きっちりと自分のPCに保管したので、少なくとも私が存命中はいつでも自由にその番組を見ることができます。

 長尾真館長の別の姿として、情報工学者としての長い研究歴を紹介した場面もありました。文字の自動認識が郵便番号読み取り装置につながったり、機械翻訳の研究が現代の自動翻訳の源流になっていることにあわせて、最後の総まとめとして「電子図書館」があげられていました。
 さて、そこでいろいろなことを想像して、私は番組終了まで考え込んでいたのです。

 厖大な地下書庫を案内しながら、背景で電子図書館のナレーションがながれ、長尾館長自身はディジタル情報を高速度で検索する話をされながら、書架の本を一冊一冊抜き取って、丁寧に眺めておられました。終始笑顔が絶えませんでした。

 世相では、Googleなどが世界中の書籍をディジタル化し、巨大電子図書館を動かし始めています。このことは、日本の著作者達に波紋をもたらしました。長尾館長も国として、世界に散逸した日本の貴重な文献、書籍を集め、電子化する計画をもっていると話されていました。

 国際的な情報工学者としての履歴と、国立国会図書館長という重責と、そして書架の図書を愛おしむように手に取ってを触れる姿と、そして若いタレント二人に笑顔を絶やさない姿と、……。

 いま、鉄道図書館列車構想を考え、そのジオラマ・モデル作りに専念している私は、何らかの解をえることができました。実に単純なことです。

 国立国会図書館は、米国の議会図書館(LC)と同じく、特殊な性質を持っています。
1.選書という概念が極めて少ない。
 ポルノ、発禁本から、お笑い本、専門学術図書まで、およそこの日本に生まれた図書はすべて、悉皆収拾し、きっちりと未来永劫保管していく。日本の歴史の原典・資料データベースを日々構築していくのが、社会的使命。いや、人類史的使命なのです。

2.ディジタルか紙メディアなのかの二者択一はない。
 図書が発行されるかぎり、その図書は博物館の史料と同じく、この世に姿をあらわした「物」なのです。それをディジタル化することは、また別の問題です。一般に、ディジタル化して中身をメディア変換したなら、元の「物」としての紙図書は廃棄するという考えがありますが、それには躊躇します。

3.ディジタル図書館と原典。
 今後の未来の図書館では、個々図書館によっては紙図書を廃棄する方向もあり得るし、また最初からディジタルメディアとしての電子図書だけを扱う場合もあるでしょう。しかし、国立国会図書館が原典を廃棄する可能性はないでしょう。博物館が国宝をビデオに撮ったり、ディジタル映像として保管しても、その国宝を廃棄することが無いのと同じです。

4.紙図書・図書館。
 この「二者択一はない」を、少し進めると、紙図書・図書館や、紙図書・鉄道図書館列車があってもおかしくはありません。いまどき、粘土板図書館や木簡図書館が復活する事はなくても、紙図書館が今後も存続することは充分あり得ます。紙メディアがすべて無くなった超未来なら、博物館的紙図書館が存在するでしょう。そして、その最大にして完全な図書館が、未来の国立国会図書館博物館の姿だと、想像しました。

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2009年12月12日 (土)

纒向宮殿紀行(3)纏向遺跡第166次調査現地:建築物遺構

承前:纒向宮殿紀行(2)桜井市・埋蔵文化財センターの見学:纒向遺物

石塚古墳から166次調査現場へ
 桜井市の埋蔵文化財センターをじっくり見学してから、次は今回紀行の中心と考えている「第166次発掘調査現場」の見学でした。目当ての場所は、これまで三輪山遊行で何度も世話になった「JR巻向駅」です。卑弥呼の宮殿跡と噂される大規模建築物遺構は、丁度巻向駅のホームの北詰西にあると、以前から調べていたのです。
 その現場に到着する前に、この↓大型写真を御覧下さい。巨大な空き地の南に箸墓が小山のように横たわっていました。宮殿の主が卑弥呼なら、この墓を知らない可能性があります。あるいは生前に建設経過を眺めていたかも知れません。それは力強く清冽な眺めだったことでしょう。


Bimg_3405
↑箸墓:撮影地点は発掘現場から南100m、さらに500mほど真南に箸墓が見えます。

 もちろん、大規模前方後円墳の意味は深いところがあって、奴隷を酷使して作ったという戦後の共通神話は成立しない時代に入っています。この話は多言を要するので詳細は省きますが、おそらく現代の建設労働者以上の厚遇と、精神的充実を得て、作られたのだと考えます。神聖きわまりない女王や男王の新たな住まいを、反抗心を持った人達に作らせるわけがないのです。そういう「心」は遺物遺跡にもなかなか残らないことですが、ここ何年か前方後円墳のことに思いめぐらす内に、古墳造成のイメージが明確になってきました。

 さて。
 発掘現場ですが、そこへ行く方法を助手席のJo翁と相談しました。私の経験では、奈良の桜井市、三輪山近辺巡りには、徒歩か自転車が一番という想いがあります。自動車だとせいぜい軽自動車でないと、思うように走れない小径ばかりなのです。当然ですが、路上駐車など警官に切符を切られるよりも先に、停める余地もないのがこのあたりです。穴師や景行天皇陵墓を訪れたときは、普通車として一番小さい自動車なのに、道幅が狭く危うく道路からズリ落ちそうになりました(笑)。
 というわけで勝手知ったる他人の土地、前回の経験から纒向石塚古墳の近くの道路に、絵に描いたような駐車スペースがあったので、それを使う事にしたわけです。

纒向遺跡01 石塚古墳から南の信号
纒向遺跡02 第166次現場の遠景
纒向遺跡03 第166次現場の近景
纒向遺跡04 広場と箸墓遠景

 さて、この↑信号から左折すると約400mに満たない距離でJR巻向駅に着きます。とことこ歩いて行って、すぐに発掘現場が遠望できる位置に立ちました。そこで振り返ると(南)、巨大な広場(注:メクリ1号墳の埋め立て跡。3世紀後半の、纒向唯一・前方後方墳)があって、その向こうに箸墓が見えたわけです。

JR巻向駅

纒向遺跡05 JR巻向駅
纒向遺跡06 巻向駅のJO翁
纒向遺跡07 北に166次現場が見える
纒向遺跡08 巻向駅からの遺跡遠望
纒向遺跡09 天照御魂神社と纒向団地

 ↑JR巻向駅(JR桜井線)はすぐそばでした。この駅は青年時から何度も通過しました。ただし下車したのは南にある三輪駅の方が多いです。この駅はこの10年間にあれこれと調査(笑)があって、直接訪れる機会が増えたわけです。もちろん、今後はずっと利用頻度が上がります。なお、今のところ無人駅です。

Bimg_3421
 ↑発掘現場横のJR桜井線・巻向駅に停車中の電車

 この↑大型写真を写すとき、複雑な思いで望遠レンズに触っていました。実は、以前JR奈良線が重要な大型前方後円墳を横切っている現況を撮影したのです(MuBlog:椿井大塚山古墳の現況写真)。当時の国鉄の意味と、過去の遺跡に対する認識は現在想像すると辛くなります。しかし現代も、過去の歴史が重層した最上部で我々は生きて住まいしているのです。京都も奈良も遺跡の上で生活しているのが現実です。簡単な事ではないのです。この纒向遺跡を南北に縦断するJR桜井線も重要な施設です。付近に住んでいる人達も沢山おります。一方、日本の始原をたどる旅も、存在の根を明らかにすることにおいて、最も大切なことです。このことは、10年、100年先の遠目で見て、「日本国」として考え、地域と相談していかねばならないことです。

第166次調査発掘現場

纒向遺跡10 遺跡現場のベルトコンベアー
纒向遺跡11 青いシートに覆われた遺跡
纒向遺跡12 JR電車
纒向遺跡13 発掘道具置き場

 ↑第166次調査発掘現場を眺めて何かを言える立場ではないです。ビニールシートで覆われているなぁ、程度の感想しか無かったです。あとで解説レジュメを読んでいると、実はこの遺跡の下層にまだ別の古い遺跡があるようです。もしも2世紀ごろのものだと、西方にある弥生時代の鍵・唐古(かぎ からこ)遺跡から人々が纒向に移動している頃の物なのかなぁ~と、ぼんやり想像しておりました。
 飛鳥時代の遺跡だと、宮殿が何層にもなっている事例がありました。(MuBlog:飛鳥浄御原宮・正殿

巨大建築物遺構:宮殿か、神殿か、政庁か?

纒向遺跡・図1:調査地位置図
纒向遺跡・図2:今回の調査と第20次・第162次調査の遺構配置図
纒向遺跡・図3:建物D
纒向遺跡・図4:建物C

 ↑建物の想像図ですが、私はこれについての正確なイメージがまだ出来ておりません。参考にあげたJoBlog記事では、実際に発掘された柱穴と、将来見つかるだろう柱穴とを合わせての想像図であると解説がありました。
 また以前、大阪の弥生文化博物館(MuBlog)でみかけた古代の宮殿のジオラマは、今度の建築物の想像を補う物になるかも知れません。

 幾つか気になった点だけを記しておきます。
 NHKのTVクローズアップ現代(MuBlog:卑弥呼の墓(014) 水の都・水上宮殿:纒向遺跡の全貌)を見ていると、関係者の発言から建物D(図3)が東(穴師、三輪山方面)を向いているような印象を受けました。私の想像では、西側にバルコニーのような(笑)、きざはし(階段)があるような気がしました。当然、この考え方一つで建物復元図も変化します。卑弥呼さんかどうかは分かりませんが、太陽崇拝が東に向かうとは思えないのです。太陽を背にして人々の前に現れる姿を私は想像しています。
 また、柱が建物の正面にある事実から、唯一出雲大社の様式にそれがあるという発言でした。今後、その事についても注意していこうと思いました。
 それと、以前から気になっていましたが、東西の軸がやや(5度)南に下がっていますから、二上山に向かっていることが分かります。ただし正確に計測したところ、二上山の頂上ではなく、頂上からやや北側を指していました。これは実は「穴虫峠」といって、古来からいろいろ話が残っている所なのです(笑)。纒向遺跡から西へ265度の方向(穴虫峠)は、次の「ゼンリン地図」の計測により、赤い太線で示しました。

265makimuku2
(↑纒向遺跡から265度の方向:ゼンリン電子地図Zi9)

まとめ
 同行のJo翁は知らず、私は考古学、歴史学について興味はありますが専門的修養をしてはいないので、現実の発掘現場に出向いても、新しく何かに気付いたわけではありません。ただこの世界(古代日本史)は20代からのことなので、何かを見ると何かを「そう、そう」と思い出すことはあります。今回の紀行では、その想いだし、記憶の断片が様々に脳内を飛び交っておりました。

 調査は166次まで進みましたが、これからまだ何年もの時間がかかると思います。200次まで行っても全体の一割に達しないだろうと想像しています。なかなか親魏倭王金印も出てはこないでしょう。
 私にとっての邪馬台国は依然として、遙かな時代の物語です。
 その想像を補うような図柄を現地(埋蔵文化財センター)で入手しましたので、参考に末尾に添えておきました。
 この図を眺めながら、西暦240頃から260年ほどの数十年間の纒向を、今後も思い描いてみるつもりです。

参考
 (JoBlog)纏向遺跡 大型建物跡の解釈
 (桜井市・PDF) 纏向遺跡第166次調査現地説明会資料(桜井市教育委員会)

↓抄・(桜井市のリーフレット)ふるさと寄附金対象事業 奈良県桜井市「纒向遺跡」
Makimukupanfpt2

↑注:あくまで想像のイメージだと考えて良いでしょうが、いくつか気になる点を指摘しておきます。
 ☆今回の建物群の東西軸線は南に5度ぶれているとのこと。このイメージ図でも西の向こうは二上山になっています。陽の沈む二上山はもちろん暦に関係が深いでしょうが、それ以上に3世紀当時から、二上山はなにか象徴性をおびていたと思います。
 ☆この図で「宮殿?」と書かれている施設は相当に大きく幾棟もの建物が東西南北の軸にきっちり並んでいます。そして周りを河川(運河)で取り囲んでいます。水垣の言葉の原初の姿だと思います。ただし箸墓の全長450mもある二重周濠はイメージされておりません。
 ☆施設全体が予想以上に大きいことや、中心となる建物が東を背にし西に向かっていることが、興味を引きました。

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2009年12月10日 (木)

小説葛野記:2009/12/10(木)鉄道図書館列車(HO)やポータブルubuntuや

 日々師走の思いがつのる。まともに読書も研究もできない。

基礎研究への思い
 来年夏期に向けてそろそろ『後鳥羽院』関係文献を読んでおきたいところだが、進まぬ。そしてまたテキストに内在する意識化された、あるいは作者の無意識の、概念の構成を図示したあと、その解釈に止まらず、より適切な高次情報検索に結びつけるための考えが、まだ足踏みしておる。本当のところはすべて完全隠居した頃に動き出すのだろうか。往々にしてその時を得たとき、指痺れ、目霞み、腰痛しでは新規プロジェクトを起動しようにもままならぬ。

 開発言語はDelphiと決めておるから、今この現状のWindowsXPシステム全体を凍結して、将来に動くようにしておく必要もある。いたずらなヴァージョンアップや、OS改良は横目でみて、純粋のアルゴリズム構築と、最低限のGUIだけを温存すればよかろう。

忙中閑あり
 時の隙間を有効に使うため、手慰みをいくつかメモしておく。これらはいずれ、余の生活基盤として、思考の基礎として、末永く発展する素質を含んでおる。それをそう見定めていかねばならぬ。

Bimg_5430
↑邪馬台国周遊図書館列車(HOタイプの図書館専用列車および普通車:サロ124))

 以前HO(16番ゲージ)の図書館列車を自動往復させる実験は済ませた。
 数週間前にはホームセンターに立ち寄って、90X30の風呂場用キャスター付き「簀の子」を二つ入手し、直径5mmのボルトを用意して、二つを固定し180x30の細長いジオラマ基盤を造った。あとは、これに石膏や粉をまぶし、田舎の駅舎と古い図書館を設定すればモデルが完成する。しかし、それは楽しみにしておこう。

 かくして図書館列車の直線往復モデルは準備がととのったが、とするとエンドレス・モデルの課題が残ってしまう。これは、いつ完成するかわからぬ「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」に半径36センチの16mmレールを、9mmレールのそばに敷設しているので、N+HO両用ジオラマと変成し出した。

 今回のメモ写真はジオラマのことよりも、この半径36センチのカーブを、16m級の電気機関車(パンタグラフを外したので、実車を電池駆動と仮想)EF65によって、20m級の二階建てサロ124を2両連結で周遊することの記録写真である。モデル上では20+25+25=70cmの列車長になり、いかにも煩い。だが、このサロ124を2両連結走行可能たらしめたのは、実は最近のことである。工夫は簡単で、レールの勾配を可能な限りスムーズにまとめたこと。無神経なNゲージに較べてHOゲージとなると、ほんの少しのレールの傾きで脱線する(もともと、半径36cmのカーブを20m級客車が走る方が奇跡に近い)。それを徹底的に調整したことで、改造・二階建て図書館列車は邪馬台国を無限に走る。

 なお、邪馬台国周遊図書館ジオラマは最近根本的な設計変更をした。これまでは60x90cmのボードを二つ固定し、120x90のレイアウトで製作してきたが、最近纒向遺跡の大規模発掘や、箸墓の280~300m規模想定が、二重周濠の発掘により、水の都と思うばかりの450m規模になったので、レイアウトに収まりきらず、表現できないことに気づいた。よって、第三のボードを追加して、そこに纒向遺跡全体をモデル化することにした。
 この列車に乗れば邪馬台国の総ての文献を手にしながら、主要な遺蹟を横目で見たり、途中下車して歩くこともできる。そんなモデルを意図しておる。

↓ポータブル・ウブンツによるWindowsXPからの上海作業
Mu2portableubuntu
 最近ubuntuが9.10に更新された。このことで、余はいろいろな快適さを手にした。たとえばUSB起動なども、エラーが出なくなった。従前の9.04に較べ使い勝手が良好になったのは、このウブンツが今後の(余を含めた)非専門家によるLinux世界のリーダーになると想像した。ソフトウェアの無料開放など、Linux自体には多くの人に知ってもらいたい密かな革命心がある。それがあまねく人々の手に渡り使われるようになった機縁は、2009年~2010のウブンツにあると、余は心覚えを記しておこう。ともあれ、インストールも使いようも、これまで以上多様になったので、いくつか確かめてみた。

 一つは仮想ディスクの構築により、既存ハードディスク割り振り(パーティション)の制限をゆるくした版があった。つまりubuntuシステムを、Windowsと同じパーティションの中に一括して記録している。効率は悪いが、考えの上では単純になるので分かりやすい。(勿論これを分かりやすいというのは余のような素人の証だが、こういうものを造ったという点において、改良と余は考える) これは後日に詳細を解くが、実に分かりやすい。

 もう一つは、なんとWindowsの中からubuntuを起動させる手軽なポータブル・ウブンツの改良である。以前から有ったようだが、気づかなかった。これは8GB程度のフラッシュメモリに入れて持ち運べ、なおかつ扱いがハンディなので重宝する。これもWindowsファイルとして保管しているので、操作はより単純になっておる。
 ただし日本語化などは今少し手間暇がかかり、余も設定に小一時間かかってしまった。(仕様とおりにするには、すぐに成功するのだが、何度かマシンがフリーズして、まともに動き出したのはリブートを数回かけた後。つまり、素人にはまだ日本語化が不安定)

 などとこの世界に住んでいない人にはどれも同じに思えるかもしれないが、そういう多様なシステムが生まれたというのは、またそれなりの事情もある。それぞれ所を得た使い方をすると、世界が広くなる能。
 この件いくつかについては、後日気分が楽になったとき、丁寧に記録解説を残すつもりである。

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2009年12月 9日 (水)

小説木幡記:2009/12/09(水)一風呂あびて深夜になった

 いろいろあった。
 しかし記せば単純な列挙に終わる。

葛野への道
 京阪電車「祇園四条」下車、四条大橋通過7:15。
 駅前コンビニで教授会忘年会の軍資金をおろす。昼食に△サンドとおにぎり(焼きタラコ)を各1個。
 到着後珈琲を淹れて一息。
 メールを眺める。
 嵯峨野鉄道図書館ジオラマで観覧車と緩急車をDD51に牽引させたが、急坂で手間取る。TOMIXのEF81(トワイライトエクスプレス)を重連にしたら実にじっくり登りだして快適だった。しかし客車2両を1500馬力のDD51と、約2500kwの定格出力、つまり1馬力=0.746kWなので3351馬力のEF81、合計4800馬力で引っ張るなんてのは、まことに非現実的な話だと一人ほくそ笑む。

授業開始
 8:50 から授業開始、終了10:20。
 研究室にもどり、すぐに来週の幾つかの科目の準備に入る。足りないデータを発見した。これは週末までに。
 11:30 昼食。

会議もりだくさん
 12:10 に電話があり、先回のX件について判定会議に入る。12:40終了。
 13:00 に会議Aのため別室にいくも、秘書さんから「先生、会議は13:30からです」
 がっくりきて屯所に戻り、部員3名を冷やかす。一人がとびきり美味しいラムレーズン入りのチョコをくれた。
 13:35 再度会議室に出向き、開始。珍しく余の発言責務が3点もあった。賛同を得、終了14;10。
 14:15~14:25まで再度屯所に出向き、馬鹿話をしようとしたが、局長が卒論に没頭していたので、止めた。
 14:30 全学教授会B
 15:00 教授会C
 15:30 教授会D
 16:00 終了、珍しく速く終わった。
 16:00~17:10委員会仕事メルの始末。

教授会忘年会
 17:20 出発。到着・木屋町御池。付近逍遙。池田屋を観察。
 18:30 教授会Cの忘年会開始。
 20:50 余、こそこそと退席(笑)
 21:13 三条京阪、快速急行に乗車。
 22:00 帰宅完了。

 純生林檎ジュース、お茶、嘘珈琲を飲んで、風呂。
 一日が終わった。
 明日はまた8:50 授業開始~2科目。ふぅ~。

追記1
 葛野を出るとき、五木さんの「風の王国」を書架から引っ張り出してカバンに入れた。また再読するのだろう。
 さて記してみると、ほとんど脳を動かさない終日だった。まあ、これが人生だな。

追記2
 この秋ごろから葛野研に訪れる倶楽部ご隠居や卒業生や友人の数が増えてきた。一体どうしたことだろう。

  余 「局長、余の影が薄くなっておらんか?」
 局長 「いいぇ、お元気そうですが」卒論を書く手をとめて、にやりと答えた。
  余 「そうか、それならよいが脳。立て続けに卒業生やご隠居たちが顔を出すから、心配になってきた。年内まで含めると3ヶ月で9名来ることになる」
 これまで余の葛野研を訪れる者は数ヶ月に1人ほどの、日々隠遁生活だった。

 局長 「はて? みなさん、京都が懐かしいのでしょう」と、昨日のご隠居・副長2008が持参した土産菓子箱を眺めた。
  余 「よく、ドラマなんかであるじゃろう。ほれ」
 局長 「?」
  余 「その時話したのが、最後の冬でしたぁ~なんてな」
 局長 「それはないでしょう」と、余の馬鹿話には付き合いきれないという目をして、またPCに向かった。

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2009年12月 8日 (火)

纒向宮殿紀行(5)葛城一言主神社(かつらぎ ひとことぬし じんじゃ)

承前:纒向宮殿紀行(4)他田坐天照御魂神社

 この日(2009/11/23)は朝から崇神天皇陵、桜井市埋蔵文化財センター、巻向駅北方纒向遺跡、天照御魂神社(あまてるみたま)と訪れたものですから、私は疲労と空腹で、一息つきたくなりました。それで資産家のJo翁を大神神社(みわ)のそばの「千寿亭」へ案内しました。このお店は人気があって、先回の茶臼山紀行の際もつかいました。午前11時開店(定休金曜)なのですがあっというまに混み合って帰りは入り口の待合室が人で一杯でした。
 そこでいただいたのは、その店で最高級のお膳でしたなぁ(笑)。まことに友を選ばば、……。の思いしきり、至福のひとときでした。

 さて当初予定では、纒向遺跡の建造物跡を見たなら、奈良県葛城から一挙に大阪府高槻の今城塚古墳(確実な継体天皇陵)へ飛ぶことにしていたのですが、さすがに前半の桜井紀行が濃すぎて、さらに等しい重厚さの継体天皇関係史跡前方後円墳を巡ることに躊躇しました。それと祝日(新嘗祭)に、あの茨木とか高槻市近辺の国道171号線を走る困難を想像し、あっさりJo翁に告げたわけです。「Joさん、今から名神の茨木ICまで行って降りるのはしんどいな」と。

 「よろしで。継体さんはまた今度でも」と、Jo翁。
 「けど、まだ時間もあるしな。どうやろか、葛城山行ってロープウェイに乗るか?」
 「ほぉ、葛城。近いわけですな? ほな、そこまで案内しとくれやす」
 「ガッテン。あそこ、一言主神社もあるし、よろしでぇ」と、私。

 話はまとまりましたが、それから一言主神社まで行くのに約40分かかりました。途中、ロープウェイの看板も見えましたが、なかなか神社に着かないことに苛立った私は、看板に気がつかない振りをしてハンドルを握っておりました。ただし事実は、橿原を越えた頃から道が空きだして、葛城山系を右手に見ながらの異界に入ったドライブは、青年時を思い出して、実に気分がよかったのです。

Bimg_3436
↑葛城山:一言主神社から撮す

 さてなぜ纒向遺跡を彷徨したあと三輪素麺を食べながら葛城や一言主神社が突然ひらめいたのか。実はこのあたりは、30代前半に「幻の古代王朝」(京都編は記事を書きました)というSONY-SMC70用のアドヴェンチャーとRPGが融合したようなソフトを開発していた前後であり、葛城山上へロープウェイで登ってロッジで一泊したことがあるのです。同シリーズの2が吉野編だったわけですが、吉野と葛城は想念の中では一体でした。(実際は離れていても、頭の中では近所なのです)
 さらに一言主神社自体はそれ以前にも訪れた記憶があります。
 20代から二上山と三輪山とはペアで想念にあり、葛城山系はその親戚でした。だから葛城は三輪山・二上山と同じく私の中で一つのまとまりを持っていたのです。もちろん、そのころ1980年代の世相もなにかしら「葛城」に染まっていたことも事実です。

 たとえば、
☆ 1980年代に栗本薫さんが長編シリーズ『魔界水滸伝』を書かれました。私はこれに異様に熱中し、当時の仕事ができなくなるくらいにカンカンになって夢想していました。登場人物達の名前に葛城秌子とか葛城天道がでるたびにワクワクした記憶があります。もともとは葛城山系での事件やその太古神話時代の原住民達が現代に躍り出る話ですから、小説に熱中すればするほど葛城山は私の中で幻想の異界じみてくるのでしたぁ(笑)

☆ 同じく1980年代半ばに五木寛之さんが『風の王国』を出されました。これは私の中でも名著に属し、いまでも読み返すことがあります。もちろん五木さん風の、当時の当世風青年たちのちょっと垢抜けした、「いかにも」という雰囲気はそれほど好みじゃないのですが、この作品には骨がありますね。で、骨に相当するものが、国家の枠を外れた、らち外の影の人達を描いていることです。そこに、葛城哀という謎々しく美しい女性や、葛城天浪というカリスマ・ジサマが出てくるわけです。舞台はもちろん、二上山、葛城山、金剛山と、……。私の記憶からすると、葛城山系そのものを密かに走り回る独特の「サンカ」じみた集団が現代に居るという伝奇じみた、それでいて実に現実的な作品でした。ああ、小説って素晴らしい世界を見せてくれるものなのです。

Bimg_3449
↑葛城一言主神社参道

 話がなかなか本題にたどりつかないと思われている読者諸氏へ。実は以上のようなぼんやりとした1980年代の葛城模様を書きたかったわけです。それが本題なのです。葛城に関わるいろいろな詳細な事実や推論は、参考にあげたJoさんの記事を御覧下さい。
 ただここでもまた古い挿話を添えておきます。

1.葛城一言主神社の祭神
 一般には、一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)と、幼武尊(わかたけるのみこと:雄略天皇)の二柱となっているのですが、肝心の前者が「事代主命(ことしろぬしのみこと)」となっている文献もあります。コトシロヌシは出雲神話では大国主の息子さんで、天津神の国譲りの強要に「分かった」と言いつつ、イメージとしては壮絶な逆さ自殺をなさった神です。一言主と事代主とは読みがにているので、同一神の多重神格を表しているふしもありますし、出雲神話は葛城近辺の実話とも耳にしました。私のなかではまとまりが付かないので、いろいろ謎のある神さまが祀られているということで、この件終わります(笑)。

2.葛城王朝
 三輪王朝の前に葛城王朝があって、ずっと並立していたという話を始めて知ったのは、大学卒業してからのことでした。『神々と天皇の間:大和朝廷成立の前夜/鳥越憲三郎.朝日新聞社、昭和45年(1970)』という図書を熟読したことがあったのです。つまり、一言主神社のある一帯、現代の御所市が三輪王朝よりも古い日本神話の源流地だったという説なのです。神武天皇から9代までの天皇が実在し、神々は葛城に王朝を構えていたとなります。今、纒向遺跡を見てきた目からすると、弥生時代に源・邪馬台国が葛城山中にあったというような、壮烈な話が頭の中で燃え上がってしまいます。
 実は困っています。この鳥越さんは専門家なのですが、この興味深い葛城王朝説を最近のいろいろな事象に当てはめると、私の中では時代が前後錯綜してうまくまとまらないからです。……。この件も今日は終わりにしておきます。

3.日本の古代王朝交替説
 さて私が葛城世界に没頭していたころ、一冊の学術図書を読んでみました。故・栗本さんの小説は面白いのですが、なにしろクトゥルー神話が入り交じった魔界水滸伝ですから、ときどき正気に戻りたく思ったわけです。

 『古代王朝交替説批判/前之園亮一.吉川弘文館、1986』
 この図書の面白さは、これまで謎謎しい古代史で話題にあがった総ての王朝への批判が述べられているからです。葛城王朝、崇神(三輪)王朝、近江王朝、河内王朝、継体王朝、と。その批判の結論はよくおぼえていないのですが(笑)、私が当時感心して読んだのは、各王朝説の要点と、その問題点が分かりやすくまとめてあったことでした。たとえば、葛城王朝には、王朝といえるほどの遺跡が見つからない! とか。もちろんこの批判はそれから20年後にはなにやら遺跡も見つかりだしたので、今後どうなるかは分かりませんが、「問題点」をきっちり書いてくれている学術図書は有難いものです。

一言主 1.葛城山
一言主 2.鳥居と参道
一言主 3.葛城の麓、一言主神社
一言主 4.御所市の葛城一言主神社
一言主 5.由緒(葛城一言主神社)
一言主 6.葛城一言主神社
一言主 7.葛城一言主神社
一言主 8.坂の上のMu
一言主 9.秋真っ盛り
一言align=
一言主11.乳銀杏
一言主12.乳銀杏
一言主13.蜘蛛塚
一言主14.謡曲「土蜘蛛」

まとめ
 ということで、今回のJo翁との「JR巻向駅北方纒向遺跡」紀行は、終わりとなります。あとは伏見大手筋に戻って夕方美味しい珈琲を飲んだくらいです。
(紀行1、3~5とあって、2がないですが、これは後日ゆるゆると)

参考
 (JoBlog)葛城 一言主神社(ひとことぬしじんじゃ) その1
 (JoBlog)葛城 一言主神社(ひとことぬしじんじゃ) その2
 (JoBlog)葛城の古代の記憶

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2009年12月 7日 (月)

NHK坂の上の雲(2009-2)青雲:若者の志

承前:NHK坂の上の雲(2009-1)少年の国:近代日本の少年期

はじめに
 昨夜は秋山兄弟や正岡子規が東京でそろそろ生活に慣れはじめ、新たな転機を迎えた一夜でした。三人はそれぞれの志を模索して、道を選ぶ岐路に立っていました。

好古の道
 秋山好古は陸軍大学校でドイツ人の教師の指導のもとエリートへの道が明瞭になってきたのですが、旧松山藩の家令に一夜江戸屋敷(東京の屋敷)に招かれ、主君の息子と一緒にフランスへ行ってくれぬかと懇願され、最後はそれに従うことにしました。

 ドラマで説明がありましたが、当時は普仏戦争(プロイセン=ドイツとフランス戦)がプロイセン(後のドイツ)の勝利により、世界の趨勢は圧倒的にプロイセン流だったわけで、日本の陸軍大学校教官もはるばるドイツからメッケルという知将を招いたわけです。
 つまり当時の日本帝国陸軍はプロイセンの軍制を主流とし、その最中に大本営参謀候補の秋山好古がフランスに渡ることは、傍流への道を意味していました。好古は家令の涙ながらの依頼になかなか答えません。突然呼び出されて、老人から懇願される様子からは、重い緊張がうかがえて、双方の痛々しさを味わいました。
 瞬時に自分の進路を決定するのはなかなかの決断が必要だったと思いますが、好古は旧主君の息子の面倒を見ることに同意しました。つまりこの時点では、帝国陸軍参謀としての光輝をすてて、敗戦国への派遣を選んだわけです。

 私はこの時の好古を見ていて、「どちらの道を選んでも君の人生!」と深く味わいました。好古ほどの人物なら、ifを自在に使ってよいと考えているのです。おそらくこのような人は、意地と気力と才能があるでしょうから、外界の変化に対して独立した「なにか」があって、どんな道を選んでも人生を全うしたと感じているのです。

 十数年前の、私の恩師の言葉に通じるのですが、99の努力錬磨があれば、わずかに1%のチャンス(機会)をがっちり握りしめることができるという、そういう意味の言葉を思い浮かべました。おそらく好古もそうだったのでしょう。
 だからこそ、来週(のドラマで)渡仏しても、負け戦後のフランスが当時の機動部隊「騎兵」について並々ならぬ練度と伝統と新工夫を持っていることに、新たな目が向いたのだと思います。努力を怠り、怠惰に流れ、なにごとも運や他人や外界のせいにする人なら、見える物も見えないわけです。心しましょう、自戒ですeye

真之と正岡子規の道
 当時の東大予備門とは、現在の東京大学教養部に該当するようです。学制が明治、戦前、戦後とは著しく異なるので雰囲気が掴みにくいですが、昔は大学を卒業すると二十四、五になったようですから、旧制高校は六年間くらいあった勘定になります。つまり予備門とは旧制高校に等しいわけですか? (日本の教育史を知らないので、すみません、推量です)

 ともかく秋山真之と正岡子規とはこの予備門に入学し、がんばったわけです。正岡は旧松山藩の奨学金を受け、真之は兄からの援助で学生生活を謳歌したようです。兄の好古はすでに中尉から大尉ですから、陸軍大学校学生というよりも、エリート職業軍人ですから、給与は充分あったと想像できます。それにしても、東大入学ですから、現在の東大生は知りませんが、当時は本当に頭脳明晰な若者達だったのでしょう。

 教室風景では、えらい優しげな風情の男がおるなぁ、と思ったら山田美妙だったので笑いました。随分ヤサ男として描かれたものです。そうだったんでしょうか? 手塚治虫先生のマンガで昔「武蔵野」の一節をヒゲ親父がつぶやきながら歩く作品がありました。これは国木田独歩の小説ですが、山田美妙も「武蔵野」を書いています。だから微妙な人だと思っておりました。独歩と美妙は完全に同時代人でした、……。
 さらに、西郷さんのようなクマさんのような青年がいると思ったら、これが夏目漱石。いやはや、面白かったです。
 紀州の南方熊楠(みなかたくまくす)も超絶に濃い学生として前後入学しているはずですが、姿が見えません。顔を出せば良いし、もう出演しているのでしょうか? 南方さんは一人でドラマの主役をはれるほど、世紀の日本怪物・快男児なのにねぇ。

 そうそう、肝心の真之ですが正岡の兄妹とは随分仲良しに描かれておりました。妹とはお互いに遠くから好意を持っていた雰囲気でした。まあ、ドラマですからね(笑)。真之は試験があっても傾向と対策がしっかりしていて、いつも成績は最優秀だったそうですが、多少粗っぽくも描かれていました。
 どちらも実像だったのでしょう。
 正岡子規は野球にも狂っていましたが、いよいよ俳句に人生を掛ける日常になってきました。真之が試験優秀、体力あって、粗っぽく、戦術戦略に優れたちょっと理系の男なら、正岡子規はなにかしら、一見明るく見える好男子ですが、「反応のずれた、ねちゃっとした」、真之と比べると文系そのものですね。
 ある日突然、真之は下宿から消えました。
 正岡子規に「俺は自分の道を行く。君も独立自存でやっていけ」という雰囲気の手紙を残しました。真之は東京の海軍兵学校に入り、数年後広島の呉に兵学校が移り当然秋山真之も東京から離れました。この後、真之と正岡子規が対面することがあるのかどうか、どうなんでしょう?

みどころ
 真之や正岡子規や漱石が大挙して、女義太夫(だとおもうのですが)を観に行った場面がとても興味深くおもしろかったです。あの時代の学生達は、ああいう楽しみがあったのでしょう。私なども、女浪曲師や女性河内音頭でもあれば、行きたくなるから、まあそれほど不思議ではないのでしょう。

 90分という時間のゆとりがあるせいか、毎年の「大河ドラマ」にくらべるとおっとりじっくり描いていると思いました。ただ、真之や正岡子規が、旧制高校(予備門)の学生を演じるのは多少無理もありましたね。これからみんなヒゲをはやして男一匹生きていく場面になっていくので、予備門時代の学生生活はお笑いととらえておきます。
 当時の下宿での勉強ブリをみていると、現代は極楽だと思いました。シャワーはあるし、冷暖房もあるし、カップ麺もあるしで、~。

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2009年12月 5日 (土)

小説木幡記:2009/12/05(土)静かなubuntu狂乱

 じっと身を潜めている。
 事情は余にもよくわからぬが、ひたすら施錠し木幡に籠もり、葛野に籠もる日々。なに、いつものことよ、と独り言を言いつつ、「いや、どうにもこれまでとは違う」と、すぐにうなずく日々なり。うむ。

 またしても小説の3冊並行処理読み。コンカレントというのかパラレルというのか。おまけに日曜作家は週に4日間午前4時~7時に及ぶ。さらに、マシン、ubuntu三昧極まれり。

1.マシン、命
☆木幡マシン上
 ubuntu(Linux)のv9.10を入手した。雑誌の付録だ。インストールについて微に入り細に入り説明がある。だいぶ慣れてきた。それに、9.4に比べて、相当に分かりやすくなってきた(つまり、Win利用者にとって)。

 木幡マシン(Pentium4 2.8C、主メモリ1GB、外部合計300GB、WinXP)に新ubuntuを再設定した。
 趣向を変えて、WinXPからubuntu-CDにある特殊アプリケーション(Wubi.exe)を起動して、そのまま設定した。すると指定したWindowsの通常フォルダに「ubuntu」ができて、そこに、

 □disks フォルダー
 □winboot フォルダー
 ○Ubuntu.ico
 ○uninstall-wubi.exe

が格納され、次回からはPC電源をいれるたびに、WindowsXpかubuntuか、どちらを使う? と聞いてくる。
この謎は、主にdisksフォルダーに、以下の様な特殊なファイルを作り、仮想ディスクとして扱っているようだ。

    □disks-+- - □bootフォルダー
         |
         +-- home.disk 4GB
         |
         +-- root.disk 4GB
         |
         +-- swap.disk 2.6GB
         |
         +-- usr.disk 4GB

 実に快適で、悩む必要がない。仮想ディスクなので、アクセスがとろくなる心配もしたが、体感では通常のWinXPを触るのと変化はなかった。
 まず、上海を動かした。順調(笑)。次ぎにLinux世界のワープロ、表計算、そしてプレゼンテーションソフトを動かした。快調。Windowsのパワーポイントで作っていた過去のファイルを読み込んだら、実に不思議なくらいにスムーズに動いた。自然に「くくく」と笑った。

☆葛野のマシン群
 涼夏2007PCでの、ubuntuの取り扱いを止めた。まだwinXPとubuntuとのRAIDの整合性が分からないので、君子危うきに近寄らず。

☆SONYのノートvaio 2000年製
 これは~、メモリが200MBに満たず、大変な事になった。
 延々とubuntuのLive-CDを読み込んで(30分くらいかな)、そして到着して、なにかアプリケーションを使用するたびに又えんえんとCDを読みに行き、ときどきメモリ不足故のエラーを起こした。

 これではなぁ。HDにインストールする気力が失せた。 この実験だけで半日使ってしまった。マシンは時間と根気を湯水のように使うものと、しりながら、「止めた」というまで気息奄々。おそらくもっと軽いxbuntuとか、あるいは別途「国産VineLinux」、あるいは軽すぎる(笑)「PuppyLinux」で試さないと10年前のvaioでは無理なんだろう。

 しかし、当時はわずかに200MBに満たないメモリーでwindows2000がサクサクと動いていたのだから、驚異的とも言えるし、現代のOSがファットすぎるとも言えるなぁ。

☆Dell inspiron2600 多分2000数年製
 うむ、手こずった。これも失敗だった。
 CPUがceleronで、メモリも384MB搭載していて、良いLinux専用マシンになりそうだが、LiveCDの導入部分でけつまずいた。最後は画面がぐちゃぐちゃ

 CD読み込みでフリーズするので、起動パラメタをいくつか変化させた。これは雑誌に載っていて、その通りした。すると一応、進みはしたはずだが、今度は画面が写らない。それも様々に別の起動パラメタ変更をしたが駄目だった。このころのDellマシンは現代のLiveCDーLinuxでは動かないようだな。

☆インテルMAC
 これはわざわざBootCampを使わなくても、ubuntu側のディスクパーティションソフトでなんとか行きそうな記事があった。v9.4ではそんなことは知らなかったから、今度のv9.10からの新機軸かもしれない。
 ただ、葛野では疲れ切って止めた。また今度にしよう。

2.なぜubuntu(Linux)にこだわるのか
 ゲーム「上海」が綺麗ですいすい動くのは命の一部じゃが(嘘)、本気で将来のことを考えておる。
 いろいろ読む限り、ubuntuは現状では、もっともWindows利用者に馴染み深い装幀をしておる。

 だれもかれもが、LinuxやUNIXの重利用者でもないし、OSの専門家じゃない。ただ、Windowsを長年使っていて、不安がある。
 一つは、寡占化による価格のこと。特に必須アプリケーションのこと。Linuxは創始者の意思もあり、例外をのぞいて今後も無料で行くだろう。WindowsもMacOSXもなんとなく裕福な人や、前者は特に会社持ちの人が使うには重宝だが、こんごの年金生活者にとっては贅沢だなcat

 その価格に関して、今後のOS発展はますますヘビーなPCを要求するのだろう。10年前に200MB に満たない主メモリー、20GBに過ぎないハードディスクで動いていたwindows2000が、今のvistaとか、軽くなったといわれるWindows7にしろ、メモリは2GBとか4GB載せて、ハードディスクも256~1000GBになっていきそうだ。同じようなワープロを使っていて、どうしてこんなにOSがファットになっていくのか。性能を追求するというよりも、無駄無駄しい厚化粧をして、価格を維持させているように思える。ふむ。

 安かろう悪かろうはよくないが、無駄はその底意に気付くと愕然とする。少なくとも90%のマシン利用者は、Windows98 でも、当時より少しだけCPUやメモリが豊富なら、信じられない超高速で、求める仕事のすべてをこなせることに気付く。

 Linux系のバリエーションの多さには目をみはる。古代マシン用から最先端マシン用、ネット用、マニア用、初心者用、……といろいろある。もっとも使いやすく思えるubuntuなどで充分に手慣れたら、その先の世界が開けている。他の巨大企業の高額OSは、会社が破産でもしようなら、こまったことになるなぁ。

 最後は文化の違いとも言えようか。
 そして閉塞感。なんとなく、MS-DOS以来、MS世界に疲れた。CP/Mの方が気楽だった(爆)。
 さて、余にもどうなるかは分からぬが、余が必要とするすべての用件をubuntuで使いこなせるようになるため、少しずつ慣れておく。

3.一太郎の恨み
 余は日本語のための入力システムATOKと、そのためのワープロ「一太郎」の愛好者である。
 この特に「一太郎」がMS社のwordの前にシェアを、この日本で激減させられたのは、無念に思っている。
 日本語を必要とするメーカのMS社との関係にまで遡る話になるが、こればっかりは無念至極。

 さてLinux上でWineというアプリケーションをセットすると、ubuntuでも古い一太郎が動くという話があった。継続して試していこう(今月だめでも来年は動くという、このLinux世界特有の楽しみがある)。

参考
 Ubuntu Magazine vol.02 アスキー社
 Linux Perfect vol.04 インフォレスト社

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2009年12月 3日 (木)

図書館列車:キハ185-20/ワフ28000/キクハ32-501(移動読書形・周遊図書館列車)

承前:図書館列車:DE10/ワフ2/キクハ32-501

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↑キハ185-20/ワフ28000/キクハ32-501

☆ 移動読書形・周遊図書館列車(大歩危タイプ)
 先回考案紹介しました「観光周遊図書館列車(大歩危タイプ)」と今回の「移動読書形・周遊図書館列車」とは、見た目では牽引車の違いがある程度ですが、機能として「移動中の読書が可能」という点で変化があります。

 先頭車両はJR四国の「大歩危トロッコ号」や「瀬戸大橋トロッコ号」で牽引している「キハ185系」でディーゼル・気動車です。写真モデルからもわかるように客席が大体50席はありますから、先回の純粋牽引車・DE10とは大きく異なります。

 気動車の乗り心地は昔の国鉄奈良線での経験を思い出すと、現代の電車に比べて鈍重で音が大きいという印象が残っていますが、後尾に設定した吹きさらしのトロッコに比べると、まったく異なった静音空間です。例によってこの一連の図書館列車編成は、牽引車の動力源をすべて「リチウムイオン電池」などに変更したものを使うという、概念上の操作がありますから、もし実現したなら、窓があって密閉空間を保つキハ180系は、低中速・移動中の読書環境として、合格すると言えます。

 「周遊」という言葉を使ったのは、トロッコが一般に「トキ25000」とか「トラ45000」などの無蓋貨物車を再利用しているので、走行中の「読書」には不向きですが、その分トロッコは外気に触れ、眺望もよく「観光」に適しているからです。観光とするなら、その地域一帯を面として楽しむために、路線は周回できることが望ましいです。A地点からB地点に乗り継ぐビジネス用の車両であるよりも、周回して楽しむために「周遊」と言葉を添えました。

 今回の書庫司書車にあてた車両は、ワフ28000という国鉄時代のものです。まだ分析出来ていないので、前回のワフ2との相違や特徴を捉え切れていません。ただ、現時点での考えは車両編成の長さを40~50mに押さえるために、過去にあった実車で、人が乗れて荷物(図書)を運べる車両として7~8mの旧国鉄時代の車掌車(正確には緩急車)を選びました。概算ではこの編成で、20+7+16=43m強となります。

 車両編成長を考慮するのは、長時間自由に停車し、風光明媚な中で静止読書を可能にし、あるいは駅舎で旧来の移動図書館の役割を果たすには、引き込み線やホーム長から考えて、50m前後が限界と考えています。

A:モデル編成
 1.気動車(牽引客車)として、大歩危トロッコ号のキハ185-20(N・マイクロエース)
 2.書庫兼司書室として、ワフ28000緩急車(N・KAWAI)
 3.観光・図書列車として、大歩危トロッコ号のキクハ32-501(N・マイクロエース)

B:実車編成
 1.大歩危トロッコ号のキハ185-20(気動車)
  500ps(250PSx2)。
 2.緩急車(車掌車+貨物+ブレーキ装置)ワフ28000形
  自重9t?、積載量8t? (詳細不明)
 3.大歩危トロッコ号のキクハ32-501
  定員52名。JR四国。

△ モデル参考
 伊勢崎軌道株式会社(列車の細密画)
 (MuBlog)二階建て図書館列車考(2)大歩危トロッコ号(キクハ32-501)と外国のダブルデッカ

△ 実車参考
 キハ185-20(【JR四】キハ185系“リバイバル南風”運転)、(キハ185系)、(国鉄キハ185系気動車:Wikipedia)
 キクハ32形[注:トロッコ列車の内部写真が豊富。テーブル付き客席など]
 国鉄ワフ29500形貨車(Wikipedia)

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2009年12月 2日 (水)

小説木幡記:2009/12/02(水)複合的な相反条件:RAID仕様のWinPC(XP)とubuntu

 以前に比べててきぱきと判断できない今日この頃である。知恵が付いたのか優柔不断なのか、それとも近未来の結果を透観する力が衰えたのか、あるいは単純に決断力が無いだけなのか、……。そこここで立ち往生する。

 TVドラマ一つ見るのでも、迷いに迷って結局、両方あるいはトリプルで捨て去ったり、読書も元気な時は章単位、節単位で交互に数冊読むこともできるが、ここ数日はがっくりして、読まない状態が続いている。がっくりして、と記せばその理由は? と自問自答するのだが、よく分からない。単純に気分が乗らないと言えば、分かった気にもなる。
 素早い判断が出来ない事例を以下に記録しておく。

1.RAID仕様のWinPC(XP)にubuntu(Linux)を導入することの失敗談
註:RAIDとは、ハードディスクを複数台組み合わせて、あたかも一台の記憶装置にまとめあげ、内部ではデータの保全を保つためや、高速にするための工夫がしてある。

 木幡研にある別の古いWinPCではUSBでubuntuを起動して上海を楽しむことが多い。しかし意外にも、そのUSBで葛野研の涼夏2007を立ち上げた記憶がなかった。一度くらいは試したはずだが、覚えがない。なにか無意識に葛野マシンは、そういう趣向に使うものではないと、感じていたふしがある。

 数日前に、2.5インチの空きハードディスク(60GB)が木幡の机下で見つかったので、これにubuntuをインストールして涼夏2007でも本格的に使いだそうと思った。60GB あれば常設Linuxマシンとして面目を保てるだろう。

 で、翌朝その60GBを涼夏マシンにUSB接続して、ブートし、あれこれ充分楽しんだ。
 話はそこから始まる。

 途中で、もとから涼夏にあるハードディスクが3台と認識されていることに気付き、「おや?」と思った。つまり日々WinXP上では、マザーボードの拡張機能とWinXPのRAIDドライバーを組み込んでいたので、(3台のディスクのうち2台がRAID仕様(鏡)にしてあるので)XPを使っている限り、RAIDと非RAIDをあわせて2台しか目に入らない。なのにubuntu上では、はっきり3台が見えた。まるっきり同じ内容(使用済み量他)のハードディスクが2台見えて、非RAIDと合わせて3台と見えていることに気づいたわけだ。

2.要点をまとめると
 ここまでの話は、PC自作をしている人しか意味不明だと想像する。
 単純にもうすと、余はデータの安全性のために、涼夏2007PCに特殊な仕掛け(RAID1:鏡記録)をかけて2007年以来つかってきた。ところが、余はその仕掛けを余自身が、少なくともこの一年間は認識していなかったことに愕然としたわけである。物事はトラブルが生じないと空気の様になってしまって、当初苦労したことも忘れてしまうものだ。
 それが、この度ubuntuを使うことで、「ああ、そうだ、WinPCではRAIDにしていたのだ」と気付いた。
 WinXP上では2台のハードディスクを1台とみなして、相互に同一データを鏡のように重複記録していたのが、別のOSからみるとまるで2台の独立したハードディスクとしか見えない。……。これは実は大変なことで、2台あわせて1台なのに、その1台だけにデータ変更をしたら、どうなる!

 ubuntuの画面インターフェースは非常に洗練されていて直感的に扱える。だからMacOSXとかWinXPとかと、それほど違いを感じない。
 そのubuntuで全体システムを眺めたとき、二つのまるっきり同じハードディスクをアイコンでたやすく弁別できて、そこではじめて「ああ涼夏は、RAIDにしていたんだ」とつぶやいた。ということは重ねて申すと、すでに涼夏2007PCではそういう特殊なRAIDをセットしたことも忘れ、気にもかけず、2年以上快適に使ってきたことになる。

 「これは、うーむ。ubuntuを本格的に涼夏2007PCに内蔵HDレベルで主OSにするときは、……、どうする!」と考え込んで、「まあ、宿題も多いから本日のLinuxはこれまで」と、とりあえずシャットダウンした。そして再び今度はWinXPでブートして、残りの仕事をしようと気楽に考えた。

 ところが(笑)
 結論を言おう。一回目は駄目だった。日頃の立ち上がりの五倍はかかった。それでもまだ原因に気づかなかった。「あれ?」程度だった。
 しかし。
 しばらくしていつもの背景を見てほっとしたのも束の間、愕然とした。画面下に「RAID修復が出来ない」と出たのだ。「おおお、おいおい、困る!」慌てて設定を見てみると、RAIDの片方のハードディスクが赤く×になっている。
 冷や汗がぞわぞわと身体にわき上がってきた。
 どうする。
 (困った、ubuntu上では本体HDには指一本ふれていないのにぃ~、どうしたんだ、おい!)

 「WinXPのRAIDを諦めるか。片肺で、ファイルが残っていたら、よしとしよう。しかたない。気合いもいれずに新しいことをした報いだ。いやいやRAIDは精密だから、片方が普通の条件で壊れたならRebuild したはずだ。それに失敗とは~。まずくすると両肺やられたか。あああ、あああ、ため込んだ動画や写真はどうなる、~~」
 数分間、深い深い悔恨、地獄に突き落とされたような気分になった。
 おまけに、カーソル、マウスがフリーズした。

 「ぎゃ、どうした! 死んだかXP! ああ、悪かった悪かった、ubuntuなんかに気持ちを移したから、おお、おお、許せ」
 ともかく、数分単位とはいえ、心中がぐちゃぐちゃになってしまった。
 要するに、ここでは、あっさり涼夏2007PC のデータを忘れるという決断ができなかったわけだ。
 以前なら、さっそく算段し始める。ツールをつかって掘り返すとか、ネットHDに入っている核データを取り戻すとか、木幡PCと調整するとか~。そういう算段がまったく出来ず、数十秒間、頭の中が真っ白になってしまった。

3.なんとか冷静に
 パニックは数分で収まった。
 諦めた。
 (2年間、なんの故障もなく、やってこられた。ここでXPのRAID仕様を無視したのが運の尽き)
 空(天井)を仰いだ。
 ともかくマシンがフリーズ状態だったので、リブートを押した。
 BIOS状態にした。
 Ctrl+IでRAID状態を観察した。
 「おや?」Rebuildマークが入っている。「うん? 続行する気か?」
 先に進んだ。
 相変わらず時間がかかった。しかし二回目はWinXPが起動するのに、普通の2倍程度だった。
 WinXPが姿を現した。
 画面下を眺めた。
 祈った!
 「RIADを修復中です」と、でた。

 そこで気分替えしに手洗いに立って冷たい水で洗顔した。
 冷や汗で身体が冷えていた。
 もどった。
 「冗長ファイルを修復中です」と、メッセージがでていた。
 そして。
 メッセージが消えた。RAID仕様をXPレベルで確認した。「RAID運用中」だった。

4.まとめと課題
 Linuxでの設定RAIDと、WindowsXPでの設定RAIDとは、相互にどう考えれば良かろうか。まずubuntuで簡便にRAID設定できるのかどうか、要探索。
 なにかしら技術的には危うい考え方だ。2年前の印象として、マザーボードとかRAIDドライバの制限は相当に強かった。たとえばもし数台のハードディスクでRAID10を構成したなら、その数台のハードディスクの素性はすべて同一でなければならなかった。
 まして、同一RIAD構成されているハードディスクを別のOSから同じように扱えるのだろうか?
 わからぬ。
 ここで、さっさとネット探索でもすればよかろうに、決断ができない。~(笑)
 解を知れば試そうとする。最初はうまくいくわけがない。すると時間を湯水のように使う。それだけならまだよい。数百GBのデータを簡単に「バックアップしておきましょう」などとお題目が書いてあるが、そんな暇も余力もない。余はここ10年、バックアップとは別のHDに保管することと考えているが、それだけのリソースを用意していない。だからこそ貧乏人の工夫、RAID1の鏡でしのいできた。

 もしその鏡が、破鏡だなんてことになると。
 ここで思考が止まった。
 また後日の事にしよう。

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2009年12月 1日 (火)

NHK坂の上の雲(2009-1)少年の国:近代日本の少年期

 秋山好古(よしふる)中尉の騎兵将校の軍服姿が似合っていました。「ろっ骨」と呼ばれていたようで、骸骨姿を連想しますが、明治期の陸軍制服の雰囲気がよくでていました。

松山はどんな土地
 四国松山は明治時代どんな地方だったのだろうか、と想像をたくましくしました。漱石の『坊ちゃん』は秋山兄弟や正岡子規・兄妹が少年少女だったころよりも、20年は後の世界だったのでしょう。
 松山は幕末に官軍ではなかったから、新政府に莫大な賠償金を支払って、国内の士族も百姓も町人も疲弊し、秋山家は父親が愛媛県の県庁に勤めてはいたのに、家族は喰うや喰わず、餓死寸前の様子でした。

 そしてしばらくして秋山兄弟の兄・好古は大阪の師範学校が学費無料という話を聞き、大阪に出向きます。みんな船で出発したわけです。松山は海の国だったのでしょうか。
 原作では都会へ出向く過程がもう少し複雑で、小学校の助教とかあれこれあるのですが、ドラマではいつのまにか東京の陸軍大学校に入っておりました。もちろんこの経緯もいろいろあるのですが、それは原作に任せましょう。

明治の青年像
 要するにこの時代は、特に地方の貧しい秀才達は、なんとか帝都東京に出向き、自らの立身出世を夢見たのです。末は博士か(太政)大臣かと言われるのが郷党のほまれ、男子一生の夢、青雲の志だったようです。

 私は若い頃はそういう感覚を少し疎ましくおもった時期もありました。特に好古が福沢諭吉先生の学問の進めを弟に見せるところがありましたが、これも違和感があったのです。実はというほどの事ではないのですが、十代の私は「あばらやで清貧のまま生を終える」ことを夢見ていました。いささか牽強付会ではありますが、だから最初は「大学図書館司書」とか、後日いと小さな大学の先生という職業を選んだのです(笑)。そういう青年期の残滓をいまだメモリーの片隅に少しばかり掃除しないままに持つ私にとっては、明治期特有のくさみある学問の進めとか、立身出世とかいう青年の気持ちは、すべてがすっと胸に納まったわけではないのです。

歴史は当時に立って眺めたい
 ただしかし司馬遼太郎さんの原作を読んでいるとき、そして昨夜のドラマを見ているとき、「明治」という全体像をその後徐々に身につけてからは、心から「秋山! がんばるのだ!」と声を上げていたのです。貧苦。そうです、本当に当時の貧苦は現在とは比較にならないほど厳しい世界だったと思います。そのなかで支える門閥なく「なにがしかの記憶力と、物の道理がわかる」青年たちにとっては、学び、上級職に就き身を立てるのが一番の近道だったのではないでしょうか。餓死・貧窮か、あるいは博士か大臣か軍人か。どちらかを選ばざるをえないのなら、そりゃ餓死するよりは勉強に邁進するでしょう。

 その時、師範学校と陸軍士官学校とが授業料が無料だったようです。この二つとも明治期のなかで次々と改革されていったので、どの時点で、どういう内容で、どういう青年達がその道を選んだのかは、私には勉強不足ですが、明治政府は教育と軍事とに資金投下をすることで、新しい国作りを目指したのだと思います。

 やがて10歳年下の弟の真之(さねゆき)も兄好古の支援を受けて東京帝国大学の予備門に入ろうとしますが、このあたりも、後日に南方熊楠が予備門で誰かと喧嘩して辞めたとか、いろいろこの時代の学制や現実を詳細には知りませんが、真之は結局帝国・海軍兵学校に入るわけです。このあたりは、広島の呉が関係してきて、私にはなつかしい描写が多々ありました。

役者
 みんな好かったです。特に正岡子規の青年時は、よい役者ですね。
 好古は、明治の軍服がぴったり似合っていて感心。
 真之は、以前NHKのドラマ「聖徳太子」で気に入りました。海軍軍人、なかなかによい役です。
 今後が楽しみですが、現実の秋山兄弟もスターじみた好男子だったと噂に聞きます。真之の試験に関する「山カン」もすごかったとのこと、ドラマでどんな風に描かれていくのでしょう。
 一つ。
 兄好古は、殿様の出す奨学金を真之が希望したとき、断固として拒絶します。つまり、将来国に奉公する身こそ「よし」と決断したわけでしょう。当時の好古の気持ちを想像してみると、新たな明治日本「建国」という意識があったのではないでしょうか。

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