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2009年11月 9日 (月)

小説葛野記:2009/11/09(月)狂乱のTVドラマに三本立て読書

 最近またMuBlog掲載が滞っている。ついにNHK天地人は休講となった。窮余の策であった。

 しかし心身が疲弊しているわけではなく、入力制御がいつになく混乱し、出力を押さえることで乗り切ったともいえる。勿論平日の葛野物語は雑務の繁忙につぐ繁忙で、ときどき自分を喪失しているのも、まごうかたなき事実也。葛野のことも夢のまた夢と、思い定めるほどには枯れてはいぬ。したが、もみくちゃにされておる自らの姿を記録しても詮無いこと。それは、放念しよう。

 今朝もまた朝から授業が詰まっておる。嘆くよりも、まだまだ役にたっておると喜ばなくちゃ(本当は、いつのまにか役立たずと後ろ指さされているかもしれぬが、そんなこと気にしていては教授はつとまらぬ。無用の要なり)

TVはおもろい、ドラマの秋じゃ:茫然自失
 昨日、日曜のことだった。
 夕風呂を終えて一休み。しばらくして夕食、NHK天地人、JIn仁とTV鑑賞が続く。日曜も忙しい。
 ところが伏兵があった。一つは、Jin仁を放映中に、NHKスペシャルで北朝鮮がどうしたという番組があった。これは事情があって脳、どうしても見る必要がある。しかしJin仁と較べたら、どちらがおもしろく、どちらが大切かはわかりきっておる。当然、昨夜9時からは、Jin仁を鑑賞した。北朝鮮のことよりも、わが祖国、江戸物語を知る方がよほど大切じゃ。

 ようやくJin仁が終わって、さて「天地人の感想でも書こうかい」と、思ったとたんにチェンネルが自然に動いて「点と線」が画面にでた。これは以前記録して見たはずだが、ちらりと眺めたとたんに引きずり込まれた。そういえば今年は松本清張生誕100年らしい。映画もでたようだ、……。

 数十分「点と線」を見ていたが、「これじゃ深夜になる(余の深夜は9時以降)、天地人を書かなくちゃ」と思い立ってPCの前に座ったが、北朝鮮の録画は気になるし、Jin仁の江戸時代でのペニシリン精製も頭を走り回り、点と線の見せ場や蒸気機関車の疾走もぐるぐる頭を巡り、……。

 それで決めた。一切忘れよう、と。どうせ他人の造ったTVドラマだもの、なぁ。
 最近は「相棒」と「浅見光彦」との競合時にも、どちらも選べなくなって、両方見るのをすてた。今回は、天地人の感想にJin仁や北朝鮮や清張の影がちらちらして書けなくなった。それで、全部止めて床に入って電気を消したら、朝になっておった。

読書一括三本立て
 昨日日曜の午前から午後のことであった。ひたすら読書した。なめるような読み方なので、20代を思い出していた。忙しいのは無能の証とおもいながらも、さすがわ読書の秋。ついに読書の三本立てを試みていた。仕組みは簡単で、一章ないし一節、ないし一段落毎に読む本を順繰りに取り替えるだけのこと。

 結局、西行の解説本と、司馬遼太郎さんの対談と、犬彦さんのコリアもので、あーこりゃこりゃ。気がついたら、夕風呂の時間になってしまった。ところで、この三冊とも実は余の本じゃない。木幡研をあさっているうちに手にひょっと載ってきた。正確にいうと、西行の解説(白州さんの著書)本、こればっかりは以前余がダブっているにもかかわらず、買ったものだ。

 余は自ら選んで読書することは3割くらいだな。その3割は、何をよんでいるかと人に言うても、とてものこと人の興味をひく代物じゃない。だから、めったにMuBlogにも出てこない。
 だからほとんど、人に勧められての読書である。自立心がないと思いつつ、なに、本来は人の本なんて読む必要はないので、日曜作家らしく自分の作品を延々と読んでおれば、それでよしと思うわけだが、人の脳を刺激した本は、もしかしたら余の脳も刺激するかもしれないと、思って読む。そして、存外それがおもろい。ああ、余は一人でこの世に生きているのじゃないなぁと、一種の共生感を味わって、満足しておる。

 さて、次は5本立て読書でも試してみよう。
 ところで、そろそろ授業に出る時間なので、また今度~。

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