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2009年11月 1日 (日)

若冲の秋:ミホミュージアム200910

承前:小説木幡記:2008/05/06(火)与謝蕪村展:MIHO MUSEUM(ミホ・ミュージアム)

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↑MIHO MUSEUM前ののぼり

 秋になったので、恒例の滋賀県山中「MIHO MUSEUM」に出掛けた。今秋は、「若冲:ワンダーランド」だった。途中の山道で不思議な祠にも出くわしたが、それは後日に記事を載せる。今日は、若冲の新しい屏風「象と鯨」の感動をまとめておく。

 平成18年の昔、京都国立近代美術館で「若冲(じゃくちゅう)と江戸絵画展」があって、行けなかった替わりに後日<若冲の象>が綺麗に印刷されたカード大の飾り磁石板(紙留め?)を知人からもらった。今も葛野で使っている。
 その後のことだったか、「花はさくら木/辻原登」を読んで、18世紀の江戸中期の関西、京都にはそろいもそろってぶっ飛んだ芸術家が沢山いて、その中に伊藤若冲も生きていたという情景を味わった。「与謝野蕪村とか、上田秋成とか、円山主水(もんど)とか、大雅とか、伊藤若冲、不夜庵(炭太祇)、売茶翁(まいさおう)、ともかくそうそうたるメンバーがおもしろおかしく登場する。」小説だとMuBlogに録していた。

 そのころから伊藤若冲、京都錦の八百屋の息子、象が大好きというイメージだけが頭に残った。だから、遡って「江戸絵画展」って、江戸とあっても、京都の話なんだなぁとぼんやり思い返していた。そういえば、この夏芭蕉のことをいろいろ読んでみて、長い間芭蕉を江戸で活躍した人と、誤認していたことにも気付いた。芭蕉は関西、近江や京都が好きだったのだ。それから百年、蕪村も若冲も上方で活躍した人と、今になって思う。当時の京都や大阪は、現代の東京とは比較できないほど活き活きとした文化的な地域だったと、はっきり言える。

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↑若冲ワンダーランド・展示会図版目録の表紙

 この図版には「「象と鯨図屏風」各159.4x354.0、 六曲一双」とあり、向かって左隻に鯨、右隻に象が描かれていた。実は、私が葛野で使っている飾り磁石板はモザイク画「鳥獣花木図屏風」の右隻だったと気がついた(笑)。だから、現実の屏風に立つまでは、今回の第一の展示作品「象」を誤認していたことになる。

 二次元表現、絵画にまったくうとい没美意識の私だが、このたびは度肝を抜かれた。巨大な屏風を前にして、まるで目が点になった。しばらくの間動かなかった、動けなくなった。こんな屏風にかこまれて生活したら、楽しいだろうなぁと、本気で思った。威圧感がまったくない、ただおっとりしていた。「おーい、クジラ君、僕もおよげるかなぁ~」と耳に聞こえてきた。
 そして象をみているのに、木幡に置いて出掛けた、猫ハルキ君を思い出してしまった。

二つの衝撃を味わった。
 第一に、巨大な象がしっぽをまいて足を折って、猫が香箱を造っているような雰囲気に陶然とした。愛猫ハルキそっくりの雰囲気だった。それと象の目。この目は若冲目と言ってもよいが、鳥や竜やカエルや猫や猿で、同質のものをいくつも見かけた。この目があるから私は左隻の、目のない鯨よりも象に気持が移った。
 第二に、ようやく落ち着いて「これは何? 飾り磁石板象とは違う」と思い、そばの案内表示を見た。私はそれを見て愕然とした。「2008年、北陸の某家で発見」という趣旨があった。何度も見直した。たしかに2008年とあった。昨年のことなのだ。こんな素晴らしい屏風が、1年前までは世間に無かった! 本当に驚いた。美術の世界の奥深さに気持がシーンとなった。(そういえば、源氏物語の解釈を変えるような大沢本も、昨年世にでた)

図版を買ってよかった。
 重い図版だった。午後早くに木幡にもどり、ひとしきり眺めた。そして巻頭の論文「伊藤若冲のワンダーランド/辻惟雄(MIHO MUSEUM館長)」で、この「ミホ本」と名付けられた「象と鯨」の数奇な運命を知ってしばし時を忘れた。このミホ本は若冲82歳画らしい。となると別に異本があったのか? (このあたりは源氏物語の異本発見と似ている)。あったらしい、昭和3年(1928)に神戸の川崎男爵家からオークションに出された「売立目録」に載った写真だけの幻の川崎本「象と鯨」。そこには写真を拡大したとき、若冲80歳画と読めた。川崎本の行方は未だに分からない、……。
 それにしてもこんなでっかい屏風を数年ごとに、80にもなって描いた伊藤若冲。東の北斎もすごいが、西の若冲もぶっとんだ存在だと、心から味わった。

象印だけじゃない。
 「鳥獣花木図屏風」の左右、鳥やけものが色鮮やかで、古代エジプトの壁画を思い出していた。若冲は鶏で有名らしいが、私は竜とか猿とか、犬の様な顔をした寒山拾得、頭頂がカソリック司祭のように○ハゲの寒山拾得が気に入った。総じて現代のマンガに通じる、心の中がほんわりとする優しい楽しさに満ちあふれていた。
 売茶翁図(Baisaoと読みがあった)は本当に気に入った。いかにも一癖ありそうな爺さんが、水桶(壷)と煎茶道具を両天秤で肩に掛けていた。若冲の友達だったのか? 今で言う歩くカフェ坊主(禅僧)らしい
 あと、伏見人形の布袋さん図がよかった。
 どれもこれも、見ていて楽しくなった。
 京都伏見・深草の石峰寺図、五百羅漢図などはご近所だから現地を確かめてみたくなった。若冲は晩年、妹とこの門前に住み、自らのデザインで石像羅漢像による仏国世界を創ろうとしたらしい。その図のいくつかは、ジオラマに見えた(笑)


↑京都府京都市伏見区深草石峰寺山町

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↑紅葉や博物館や天ぷら蕎麦やモンブラン

 今回の博物館紀行(ミホミュージアム)は盛りだくさんの感慨を残した。紅葉も観た、天ぷら蕎麦もモンブランも、毎年食べているのに、今秋も本当に美味しかった。平日なのに混んでいた。しかし博物館自体や敷地が巨大なこともあり、町中の博物館や、正倉院展のように長い行列を待つことはなかった。
 空いてはいたが、美味しい昼食はそれを目当ての人が多かった。レストランには11時に着いたが開店11:30まで20人ほどが待合い席に並んでいたから、食事と重なって若冲人気や紅葉の影響はあったのだろう。団体で中国語や韓流語も飛び交っていた。こんな山の中にツアーを組んで訪ねてくるのが不思議だった。

 うむ。
 今回の博物館紀行は、美術絵画部門で年次最高の収穫だった。
 
参考:
1.若冲ワンダーランド=JAKUCHU Wonderland/MIHO MUSEUM、2009.09 [展示会図版・目録 3000円]
2.MIHO MUSEUM
3.MuBlog 小説木幡記:2009/08/07(金)仏さんと、今日の葛野
4.MuBlog ミホミュージアムの秋
5.石峰寺(せきほうじ)京都市観光文化情報システム

地図とアクセス:ミホミュージアム

☆自動車だと新名神高速道路の「信楽IC」から30分程度
☆バスだと、JR石山駅から50分程度(1時間に1本)

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コメント

日曜日に娘を連れてでかけてきました。目玉の象と鯨の屏風だけでなく、どれも眼福至福で、よい休日となりました。
残念ながら、レストランは長蛇の列ができていて、おいしいものにはありつけませんでした。またの機会に天ぷらそばやモンブランに挑戦したいと思います。
京都では、細見美術館が定期的に若冲や同時代の画家の絵を出しているので、また機会があればご覧ください。あ、宇治の大澤本もぜひ。

投稿: morio0101 | 2009年11月16日 (月) 01時05分

morioさん
 最近のミホミュージアムは、土日祝日は避けた方がよいね。カレンダーに混んでいる予想日はでています。そして、11時過ぎに到着して、11:30レストラン開店にあわせればよいです。11時過ぎにレストランに入って珈琲飲んでいても、11:30のランチ開始時は一旦でないとならないようです。(そのように、係の人が言ってくれました)

 要するに、うまくて手頃な食物を口にするには、それなりの準備計画覚悟が必要なようですなぁ~。

 肝心の若冲ですが、大きいものだけじゃなくて、部屋に飾れるような手頃な絵がいろいろありました。こういう人が昔の京都に住んでいたとおもうと、不思議でした。

 この博物館は、年に数回は出向きますので、また今度です。もっとも、美にうとい私は、花より団子ですけどね。(笑)

投稿: Mu→morio | 2009年11月16日 (月) 18時06分

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» [美術]若冲ワンダーランド [東京たるび]
かねて訪れてみたいと思っていた美術館がある。滋賀県山中の自然に寄り添うように佇むMIHO MUSEUMである*1。なにしろ桃源郷をテーマに設計された美術館である*2。なかなか行く機会がなかったのであるが、今秋の伊藤若冲の展覧会はどうしても見逃せない。いかにも非力な車を... [続きを読む]

受信: 2009年11月16日 (月) 00時45分

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