落照の獄・十二国記/小野不由美:柳国のたそがれ
初秋に新潮社から「yom yom」v12がでて、いつの間にか手元に潜んでいた。
小野不由美さんが短編「落照の獄」を書いていた。十二国のうち柳国の話だ。ただ手元に全十二国記がないので、北方のどのあたりに位置しどういう国かは、他の長編と照合することもできず不明。もちろんこの世界の全貌を把握するほどの強靱な記憶力はない。王名が劉王(りゅうおう)で治世百二十年に至るとだけは、どこかに記してあった。
今日的に言うと裁判員制度を思い出していた。
極悪非道な殺人者、16件の犯行と20数名の無意味に見える殺人を犯した男・狩獺(しゅだつ)を、法務官が三人でどう裁くかの問題だった。三名の構成はバランスがとれていて、本編の主人公・瑛庚(えいこう)が実質的な決定・まとめ役の司刑(しけい)、他の一人は司刺(しし)という職分で、容疑者に情状酌量の余地があるかどうかを調べる役、もう一人は典刑といって罪を明らかにし罰を割り当てる役となっている。
裁判官と弁護士と検事の三役を想像すると、よく分かる。
何が問題かというと、この事件はいわば最高裁にまで登った事件である。下級審ではいずれも「殺刑(死刑)」が確定しているが、なんらかの思惑から、次々と裁定が上級審にまで持ち越されてしまった。なぜ冤罪の可能性もない極悪非道の犯人が裁かれることなく、現在に至ったのか?
その罪といえば、たとえば自分の懐に百万円を持っているにもかかわらず、親子の会話を盗み聞き、母親から千円もらった少年を尾行し、小道に誘い込んでしめ殺し、千円を取ってほくそ笑むような犯人がいた。まったく無意味な犯罪としか言いようがない。
その国は法治国家であり、死刑は存在していた。
しかしこの百年間ほど刑は執行されていなかった。理由は過去に王の宣旨があったからである。「大辟(たいへき)を用いず(死刑は好ましくない)」と。だから法務官たちは死刑判決に該当する事犯も、すべてやり過ごしてきた。その代替は、十年で消える刺青制度などに現れていた。十年間罪を犯さなければ刺青は徐々に消える。しかしその間に罪を犯すとさらに入れ墨が顔面に施され、それが重なってくると黥面(げいめん)となる。この事で犯罪抑止効果は充分に上がっていた。
この男・狩獺(しゅだつ)は次々と強盗殺人強姦を繰り返し、そのたびに刺青をほどこされ、消えることもなく顔はくっきり隈取られていた。教導説諭、懲役、刺青などによる犯罪の抑止効果は、この男に限っては無効だった。
さらに、いまこの国は黒雲に覆われていた。そこここで凶悪犯罪、猟奇犯罪が多発し、女子が一人歩きもできない世相になってしまっていた。村には妖獣が現れ人々を襲う時代を迎えていた。これは明確に治世の乱れ、政(まつりごと)の失墜を意味していた。民の官権や王に対する怨嗟の声はそこここで上がっていた。このまま、20数名を殺めた犯人を死刑にしなければ暴動に至る危険性すらはらんでいた。
二度にわたる下級審で死刑が確定し、なお死刑を躊躇する事情は何であったのか。
そこにこの物語の核があった。表面的には、王が「死刑をおこなってはならない」と過去に言ったそのことに、法務官僚たちが決断をできないとなっているが、実はその裏にはもっと深刻な問題が残っていた。
そしてまた現在、王は過去の宣旨を忘れたかのように「法務官・裁判官にすべてを任せる」と、半ば裁判を放棄した態度さえ見せている、……。王は暴虐の王ではなかった。治世のはじめには賢君とさえ言われた王であった。柳国はいつどこで、なにが変わったのか。
物語の影には司刑・瑛庚(えいこう)の私生活もあった。
瑛庚の最初の妻が罪を犯し、さらに再犯を繰り返した事情。現在の妻がまた同じ態度を瑛庚に見せだした事情。司刑・瑛庚にはどんな事情があったのか、……。
この物語は統治と法の、現代に通じる難しい問題をはらんでいた。
私にも結論がでないまま、瑛庚達がたそがれの監獄で面会した貧相な男、狩獺(しゅだつ)の勝ち誇った高笑いだけが、耳朶にながく残った。
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