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2009年10月31日 (土)

小説木幡記:2009/10/31(土)また別の僕を見た

 土曜日の夕方、いつもはもっと解放感にあふれている日時だが、今日はいささか辛さが残る。
 今朝、深夜だな、午前3時頃から9時ころまで一種の人事不省におちいった。
 なんのことはない、腹痛だった。
 年に一度か二度ある。
 正露丸を昼までに合計五錠飲んだら落ち着いて、午後は横臥しごろごろしていた。気がついたら、本当なら葛野にでかけて済ませる仕事を小一時間、倶楽部blogへのコメントを30分、それから島田荘司さんを読んでいた。
 食欲はわかない。一日掛けて、ジュースとヨーグルトと卵1個だけ口にした。

 余は蒲柳の質にもかかわらず、持病以外は医師病院にいくことは滅多にない。風邪や腹痛や気鬱は風呂に入って眠れば治ってきた。今日も正露丸五錠でおさまる腹痛だから、もともと病気とは縁遠い質なのだろう。そう、風邪で医院へ行った記憶がこの数十年、無い。つまり、ほとんど風邪を引かないのだ。不思議だ。その代わり、ちょっとしんどくなったり、不調頭痛気分がわるいと、さっさと横になる。自分自身の自然治癒能力を信じているせいなのか、目が覚めたとき大抵治っておった。気が身体を治す。

 そのかわり。
 しょっちゅう「しんどい、ダルイ、ねむたい、嫌になった、馬鹿馬鹿しい、もう辞めたい」の愚痴愚痴をしょっちゅう呪文のようにつぶやいておる。風呂にはいっているときと、食事中と、眠っているときはそういう否定的言辞ははかない。気持がよいから、愚痴る必要も無かろう。

 それで。
 腹痛で七転八倒している自分、ごろごろしている自分、顔を歪めてPCで仕事している自分、けけけと笑いながらコメントしている自分、えらい激しい事件の展開に目を丸くしてミステリ(龍臥亭幻想)読んでいる自分、島図書館ジオラマを走るDD51のえも言えない振動音と振動を眺めている自分、明るい未来を夢見ている自分(笑)、……。

 それらを天井からほくそ笑みながらながめている自分。
 自分の末期も僕はそうやって眺めているのだろう。
 そして、言う。
 「あはれ、後ろ髪引ひかれる想い消えていく、私のまなこ総てを見、なおもそれでいて映らなかった青春(人生)を」と。
 人生、やはり文学に尽きるなぁ。納得。

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2009年10月30日 (金)

小説木幡記:2009/10/30(金)古代史花盛りのMuBlog

1.今週のMuBlogベストテン
 MuBlogの右側画面には、ニフティー「こころぐ」サービスによる、記事アクセスの一週間分ランキングが出ている。MuBlogだけの一週間累積なので、一ヶ月分とか四ヶ月分に比べると、MuBlogの実体を計る精度は落ちるが、カレント(今、とれとれの)な傾向はよくわかる。
 今朝の様子を記録することにした。明日とか来週には大きく変わっていくので、この情報は今回限り。

人気記事ランキング
1位:桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場
2位:桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(2)箸墓と三輪山遠望
3位:桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳
4位:Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々
5位:桜井・茶臼山古墳の後円部構造物、結界(玉垣)、神社?
6位:丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音
7位:NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼
8位:水銀朱:桜井茶臼山古墳石室の情景
9位:桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(3)ホケノ山古墳
10位:涼夏2007PCの自作(8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード

検索フレーズランキング
1位:桜井茶臼山古墳 地図
2位:十二国記 丕緒の鳥
3位:桜井茶臼山古墳
4位:茶臼山古墳 見学会
5位:桜井茶臼山古墳 見学会
6位:天地人 実頼
7位:実頼
8位:実頼 兼続
9位:神々の乱心
10位:櫻井茶臼山古墳

 こまかく分析すると頭痛がするので、概略だけいうと、「桜井茶臼山古墳」だらけになってしまった。つい一ヶ月ほど前のblog統計記事では、愚痴愚痴とぼやいていた記憶がある。「せっかく手間暇掛けた古代史記事を、だーれも見にきよらん。つまらん人生じゃ~」という雰囲気だった。
 人間は、周りの環境や社会の中で生きておるから、個々人の思うようには動かぬものよ。思いの10%が通れば、それで満足至極。来週には、また古代史記事に閑古鳥が鳴いたとしても、それはそれ。今のこの一瞬を愛でておこう。
 (要するに、Muは久しぶりのヒットに喜んでおる、そういう意味)
 ヒットしようが凡打じゃろうが、Muが生きている限り「暗ぁ~い読書感想文」「半壊走行の鉄道図書館列車」「カビのはえた古代史漫遊・ロマン」記事は、これからもMuの知識樹として書かれていく脳。

2.液体ゴムと模型・機関車
 わが鉄道図書館ジオラマを走る機関車は形態がなんであれ(電車、電気機関車、ディーゼル機関車、上記機関車、……)、動輪がある。浮遊走行をするわけじゃない。その動輪があるから、レールから集電してモータを廻し、動輪が回転して列車が前進する。
 ところが、普通の車輪は集電するために回転しているだけだが、動輪は集電だけでなく回転をレールにきっちり伝える必要がある。要するに、空転させずに、前進させること。
 小さな模型(Nゲージ)だと車体が軽いから、その動輪が坂道などで空転して、列車が前進しなくなる。要するに車輪が空転する、スリップ。雪道の自動車状態だな。

 それを避けるために、いくつかの動輪に輪ゴムが嵌めてある。4輪に1輪の割合。
 幅0.5mmくらいで車輪の大きさに合わせて数㎜の特殊な輪ゴム。
 これが時々外れて行方不明になる。(虫メガネがないと見えないくらい小さい)
 こんなものはそうそう入手できない。超専門店か、ネットで特定の大きさ毎に種類を探してやっと入手する。高価。

 余は過日、「液体ゴム」を数百円使って、近所の「何でも屋:園芸とか、ペンチとか、なんでも売っている店」で入手した。そして、機関車の動輪から輪ゴムが外れると、動輪に直接液体ゴムを塗って乾かし、使っている。
 動輪・台車一台には車輪がだいたい4輪ついていて、ゴム塗りはその一輪だけでよい。全部輪ゴム化すると、集電効果が悪化して、モータが廻らなくなる。

 なにしろ直径3~5㎜の車輪にゴムを塗るのだから、最初は凸凹して、脱線したり、ものすごい振動を生じさせたりでうまくいかなかった。
 が、最近は上手になった。
 ディーゼル機関車だと、微妙な振動と騒音が生じて、おもしろみもあった。今後慣れてくると、ゴム塗りの調整で振動や音を、機関車毎に調整できるかもしれない(笑)。

 こういう話は、写真でも載せないとまるで想像できないだろうが、いやはやblogは私的な側面もあって、ナイショの極意は、見せたいような隠したいような、微妙な心。いずれ、「液体ゴム装填による、図書館列車の走行について」などと大見得を切った記事を載せることもあるじゃろう。

3.読書:龍臥亭幻想(りゅうがていげんそう)/島田荘司(光文社文庫)
 上下のうち、下の半分まで来た。岡山の山中ものを、余はことのほか愛好する。津山とか新見とか美作(みまさか)とかいう地名を目にしただけでうっとりする脳。

 今秋11月は、朝から晩までミステリ三昧世界に入りたい。
 ミステリ世界こそ、過酷な現実世界(笑)を離れた、余の、青い花咲く、青い鳥なく、シャングリラなんじゃろう。
 本当に、日々悩ましい現実が続き、同僚や学生達をみているとそのタフさに脱帽する。
 余のような蒲柳の質には、ミステリこそ万能薬なのだと、近頃痛感しておる。
 養命酒みたいなもんじゃcat

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2009年10月28日 (水)

小説木幡記:2009/10/28(水)不読の秋と会議日和

 今日学生達と話す機会があって、結論は「不読の秋」となった。つまり、なかなかに読書もかなわぬ繁忙ということか。現代大学生は余の学生時代とは大きく異なり忙しい。月曜から土曜まで、一日3~4つの授業をいれているから、息抜きする時間が殆ど無い。そして大抵は週に数日間アルバイトも入れている。これでは読書と言っても通勤じゃなかった通学電車の中しかない。それも疲れで睡眠休憩時間となってしまう。それにめげて若い内に読書しないと習慣がつかず、そのまま異世界に出くわすチャンスもなくなり、歳を取っていく。と書けば、日本中のすべての学友諸君への嫌みとなろう。

 書を棄てて町にでようとは、あまりに読書ばかりしすぎて脳が肥大化し、机上の革命に走った時代があったからだろう。そんな時に一旦「書を棄てる」と覚醒すると、一息にゲバ(ルト)棒を左手にもって、右手に拡声器、頭にヘッドギヤじゃなかった色とりどりのヘルメットをかぶることになる。それが過ぎると盆踊りみたいに手を繋いで倭じゃなかった輪をつくって脳天気な西欧平和音頭でフォークダンスし、最後の最後は、そういう世間のことをすべて忘れて、らりぱっぱとなるか、男女ともに化粧に身をやつす、……。男女が恥じらいもなく電車の中や教室で化粧するのは、爛熟した文明の証なのかな?

 とはいうものの、いつの時代にもまともな若者、正しい高齢者catは居る。
 今日は午前6:55登校、午前中授業して、ちょっと休憩し(笑)、10:40と早めの昼食を学食弁当380円ですませ、昼休み時間中から若い学生達を呼びつけ、今年度一杯のスケジュルを指導し、素直に聞いておる態度にほっとしミカンを1個ずつプレゼントし、返す刀で午後一時から午後二時半まで、年輩の学生二人を追加し、別の案件を熱心に論議した。その後、一人は授業にでかけ、他の三人はまたまた屯所で仕事を始めたようなので、不憫に思いケーキを三個供出した。それで終わりではない。

 ちょっと休憩し(笑:なんとなく休憩が多い。大抵はEH500に重い車両を4両曳かせて14㎝半径の急勾配を低速でじわじわ登らせて溜飲を下げておる)いざ出陣。五時過ぎまで別の会議室で20数名の同僚達と別の会議を延々とした。それが終わって研究室にもどってPCを眺めると、でるわでるわ重要案件メルが何通も入っていて、いずれも回答をすぐに出せるものじゃなく、それになんとなく脳が痺れていて目眩までした。それでも幾通かに返答をだし、早々と暗くなった6時にはシャットダウンした。

 そう、これほどPC黎明期に生き、あらゆるプログラミング言語に手を出し、TinyBasicからSMCBasic、Fbasic、MODULA2、出始めのC++、SmallTalk、……、PASCAL、Prolog、JAVAと遍歴したのにかかわらず、PCが動いているだけで心臓がパクパクし、手が震え(笑)、「もう。もう、いいや!」とパニック症候におそわれ、部屋中のマシンを全部消して、真っ暗な中で今度はHOのDE10にHOの改造図書館列車サロ124(LEDを3本もつかった室内灯付き)を曳かせ30分ながめ、約20分横臥し、ようやく7時になったので、部屋をでた。

 夕食とってシャワを使って、茶を飲んでおそるおそる木幡PCに火を入れて、MuBlogを書き出した。
 そろそろねむくなってきたので、眠るとしよう。
 明日はまたまた授業が盛りだくさんあって、午後はまたまた編集会議があって、そして歳を取っていく。
 人生だなぁ~。

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2009年10月27日 (火)

落照の獄・十二国記/小野不由美:柳国のたそがれ

承前:丕緒の鳥・十二国記/小野不由美:雪のような音

 初秋に新潮社から「yom yom」v12がでて、いつの間にか手元に潜んでいた。
 小野不由美さんが短編「落照の獄」を書いていた。十二国のうち柳国の話だ。ただ手元に全十二国記がないので、北方のどのあたりに位置しどういう国かは、他の長編と照合することもできず不明。もちろんこの世界の全貌を把握するほどの強靱な記憶力はない。王名が劉王(りゅうおう)で治世百二十年に至るとだけは、どこかに記してあった。

 今日的に言うと裁判員制度を思い出していた。
 極悪非道な殺人者、16件の犯行と20数名の無意味に見える殺人を犯した男・狩獺(しゅだつ)を、法務官が三人でどう裁くかの問題だった。三名の構成はバランスがとれていて、本編の主人公・瑛庚(えいこう)が実質的な決定・まとめ役の司刑(しけい)、他の一人は司刺(しし)という職分で、容疑者に情状酌量の余地があるかどうかを調べる役、もう一人は典刑といって罪を明らかにし罰を割り当てる役となっている。
 裁判官と弁護士と検事の三役を想像すると、よく分かる。

 何が問題かというと、この事件はいわば最高裁にまで登った事件である。下級審ではいずれも「殺刑(死刑)」が確定しているが、なんらかの思惑から、次々と裁定が上級審にまで持ち越されてしまった。なぜ冤罪の可能性もない極悪非道の犯人が裁かれることなく、現在に至ったのか?

 その罪といえば、たとえば自分の懐に百万円を持っているにもかかわらず、親子の会話を盗み聞き、母親から千円もらった少年を尾行し、小道に誘い込んでしめ殺し、千円を取ってほくそ笑むような犯人がいた。まったく無意味な犯罪としか言いようがない。

 その国は法治国家であり、死刑は存在していた。
 しかしこの百年間ほど刑は執行されていなかった。理由は過去に王の宣旨があったからである。「大辟(たいへき)を用いず(死刑は好ましくない)」と。だから法務官たちは死刑判決に該当する事犯も、すべてやり過ごしてきた。その代替は、十年で消える刺青制度などに現れていた。十年間罪を犯さなければ刺青は徐々に消える。しかしその間に罪を犯すとさらに入れ墨が顔面に施され、それが重なってくると黥面(げいめん)となる。この事で犯罪抑止効果は充分に上がっていた。
 この男・狩獺(しゅだつ)は次々と強盗殺人強姦を繰り返し、そのたびに刺青をほどこされ、消えることもなく顔はくっきり隈取られていた。教導説諭、懲役、刺青などによる犯罪の抑止効果は、この男に限っては無効だった。

 さらに、いまこの国は黒雲に覆われていた。そこここで凶悪犯罪、猟奇犯罪が多発し、女子が一人歩きもできない世相になってしまっていた。村には妖獣が現れ人々を襲う時代を迎えていた。これは明確に治世の乱れ、政(まつりごと)の失墜を意味していた。民の官権や王に対する怨嗟の声はそこここで上がっていた。このまま、20数名を殺めた犯人を死刑にしなければ暴動に至る危険性すらはらんでいた。

 二度にわたる下級審で死刑が確定し、なお死刑を躊躇する事情は何であったのか。
 そこにこの物語の核があった。表面的には、王が「死刑をおこなってはならない」と過去に言ったそのことに、法務官僚たちが決断をできないとなっているが、実はその裏にはもっと深刻な問題が残っていた。
 そしてまた現在、王は過去の宣旨を忘れたかのように「法務官・裁判官にすべてを任せる」と、半ば裁判を放棄した態度さえ見せている、……。王は暴虐の王ではなかった。治世のはじめには賢君とさえ言われた王であった。柳国はいつどこで、なにが変わったのか。

 物語の影には司刑・瑛庚(えいこう)の私生活もあった。
 瑛庚の最初の妻が罪を犯し、さらに再犯を繰り返した事情。現在の妻がまた同じ態度を瑛庚に見せだした事情。司刑・瑛庚にはどんな事情があったのか、……。

 この物語は統治と法の、現代に通じる難しい問題をはらんでいた。
 私にも結論がでないまま、瑛庚達がたそがれの監獄で面会した貧相な男、狩獺(しゅだつ)の勝ち誇った高笑いだけが、耳朶にながく残った。

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2009年10月26日 (月)

小説木幡記:2009/10/26(月):仁Jin的点滴作法

 日曜の夜9時、宇治では4ch(毎日TV)で江戸の脳外科医をまた見た。面白かった。
 ただ、しょっちゅう泣き顔を見せるのが嫌だった。特に男子の泣き顔は全編全シリーズとおして最後に一回か最初に一回でよいだろう。
 なぜ泣き顔になるのは分かるようだ分からない(笑)。あっさりと、江戸に飛ばされた事実を把握して、その時代に住み着けばよいことだ。たとえ助けられなかった恋人を思い出しても、泣くことはない。

 もう一つ唐突だったのは、一度は馬に頭を蹴られて死にかけた女を治療し、治したわけだが、その息子のコレラを治療してほっとしたとたんに、女が「辻切り」にあって死亡したという唐突さだ。死んだはずの女を助けたが、その穴埋めを歴史はした。つまり、歴史は改変を正常に戻すために、また女を殺したと。

 外科医は「歴史を変えること」を最初極端に恐れていた。だから自分の持っている医学技術を素直に使おうともしなかった。死ぬべきものを助けると未来に影響を与え、まわりまわって自分すら存在しなくなる、そういう恐怖、あるいは未来への責任感からの態度だ。まして歴史をうごかした坂本龍馬とも知り合いになってしまった。大坂に洪庵塾をひらいた医師・緒方洪庵とも懇意になってしまった、……。

 このタイムパラドックス。
 自分の親を、昔にもどって殺したなら、自分は生まれないというパラドックスに脳外科医・仁は恐怖した。しかし心配しなくても、余程酷い歴史改変にはちゃんとタイムパトロールが巡回していて、止めたり、改変しようとする者を末梢したりしてくれるから、仁は心配しなくてもよいのにな(笑)。それと、仁が思ったように、歴史の強烈な自己補修機能によって、少々のことを過去でしでかしても、ちゃんと補正されるものだ。

 いや、こうして書いているとドラマの悪口じみてきたが、事実は全く異なる。一時間があっという間に過ぎてしまった。画面に食い付いていた。その前にNHK天地人をみているのに、ドラマの二本立てをあっさり見てしまうほど、今秋の余は強靱になっている。
 いやはや、Jin仁がおもしろいからだ。

 みどころは。
 蘭学によって長崎にもたらされたゴム管と、飾り職人の手になる注射針(中が空洞になった針)、適当な硝子容器を用意することで、江戸時代に点滴をもたらしたのは圧巻だった。まるでカラクリ世界だった。点滴の挿絵を描いただけで洪庵は原理を理解し、職人はそれを造ってくれた。江戸は文明国だったのだ。
 明日から余も点滴を使えるようになった気分。点滴の神様だなぁ。

 この夜も内野さんの龍馬には本当に感心した。まるで小汚い土佐っぽ脱藩浪人。肥桶を両天秤で肩にしたスタイルは圧倒的にお似合いだった。
 それから、手伝ってくれる綺麗な娘さんの母上が面白かった。武家の面目を一身に表した母親(義母・後妻の継母?風)の姿がよく現れていた。

 そうそう、仁さんは頭の後ろで髷を結ったが、なんとなく散切り頭にみえて、明治の壮志風になってきた。このまま幕末にいたり、明治に入って森鴎外や漱石と出くわしたら、おもしろいだろうに。ただ、原作マンガがあるので、その枠を越えることはないだろう。もちろん原作を読む気はしない。そりゃドラマのネタバレになってしまうから、興を削がれる脳。

 また来週も観てみよう。

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2009年10月25日 (日)

NHK天地人(43)兼続の弟・大国実頼

承前:NHK天地人(42)上杉(武田)菊姫の死
参考:NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼
参考:NHK天地人(37)直江状の背景:戦術義と戦略義

敗戦処理
 今夜ドラマをみていて、関ヶ原以降の直江兼続の人生は、敗戦処理に尽きると思いました。それは、一つは内政において米沢を新たな領国として育て、過去の家臣断を飢えから守ることが兼続の仕事だったからです。幾人かの同輩たちが屯田兵のような形で農業に従事し、兼続の扶持も再建に使われたと想像できます。
 一つは外交として、上杉家当主に代わって直江家の名代を徳川譜代本多家に譲ることでした。このことで太いパイプを徳川と持つことになり、上杉家の未来が確かなものとなります。

 どの場合もドラマを観ている限り、直江兼続の私心をすてた上杉景勝および領民への忠義立て、自らを捧げた姿がうかがえます。このような心情は通常の理解を超える場合もありますし、美談として世間に納得される場合もあって、ひるがえって現代人の大多数がどう感じるかは、Muにもわかりません。

 若年時から執政(筆頭家老)を任されていたのですから、そのような重責、つまり名誉を与えてくれた主君景勝への恩顧の情は疑う余地もありません。また、領民や同輩への気持は、優しい資質を持ち、四書五経を学び過去の歴史的人生訓を理解し立場を得た兼続なら、自然な振る舞いだったと想像します。

何故兼続はそこまで尽くした
 しかし所領が120万石から30万石に減封されたにも関わらず、兼続が旧家臣団六千戸を温存し、自らの扶持を再建に使い、直江家を敵方幕僚だった本多家に譲ることまでしたのは、何故だったのか。今夜はそれを考えながら見ていました。

 単純に言えばそれは兼続の上杉家および領民に対する負い目からでた行為だと想像します。その負い目を兼続がしかたなく晴らすために、尋常ではない敗戦処理をしたとは思いません。重責にある者の責任感の発露だと感じました。その時々の決断の結果や、主君景勝への助言、豊臣や家康政権の中での外交政策、それらのすべてについて、兼続は責任を持ったわけです。

兼続の失政
 過去に遡及し過ぎると焦点がぼやけますから、近いところで思い出してみましょう。まず天佑ともいうような信長の死によって当時の越後上杉は九死に一生を得ました。その後、石田三成と懇意になり豊臣政権に深く関与していきます。それは順調だったわけですが、秀吉の死後、兼続は石田三成に肩入れし、家康の覇権主義を憎み、直江状を残し家康の上杉征伐に口実を与えてしまいました。当時の西軍、東軍の力のバランスを考えれば、ここで喧嘩状をたたきつけ、家康を会津に引き寄せたのは、失敗とは思いません。
 しかし、会津に向かった家康軍が、西軍の宣戦によって西に反転したとき、これを討つべきでした。それは景勝の主命によって機会が失われました。なぜそうなったのかは、種々考えましたが、これは三成と兼続との談合を、兼続が主君景勝によく相談していなかった、あるいは、執政として主君をよくガイド仕切れなかったことの失政だとMuは思いました。

 次に、三成の敗北を兼続が予見しなかったのは、兼続の失政だと思いました。ドラマでは「一日で敗れたのか」と兼続は落涙します。これは近過去の武田と織田・徳川の合戦や、秀吉の天王山の戦いなどを熟知していれば、当然考慮にいれるべきことでした。
 このことで上杉は家康の軍門に下るわけですが、兵を温存しながらも30万石に減封されたのは、現実にもドラマでも危機一髪のこととして描かれましたが、兼続の失政の一つと思いました。何故なら、西国諸国はまだ力を蓄えていたからです。盟友石田三成の死が兼続の政治的判断を鈍らせたのかも知れません。
 つまり、関ヶ原の戦いは局地戦での徳川の一時的勝利に過ぎなかったのに、上杉・直江はそれを誤解したと、歴史の後智慧では言えるわけです。

大国実頼を把握しなかった失政
 今夜の弟・大国実頼の背反によって、ふたたび上杉家に危機が迫りましたが、この時の危機は関ヶ原以上の、後のない危機だったと想像します。徳川の命令一声で上杉家が断絶に追い込まれる正真正銘の土壇場でした。
 これは家臣および弟に理解が無かったと言うよりも、執政として弟の造反を客観的にみなかった兼続の失政だったと断じることができます。

ところで
 これだけ兼続の失政をあげ連ねたあげく、Muは、今夜の兼続が独酌し、杯を地にたたきつけようとした時の姿が忘れられませんでした。俳優の妻夫木さん、名優だと思いました。
 そしてまた、越後の戦国大名が危機に次ぐ危機を乗り越え、そして敗戦処理をする姿、直江兼続の姿になにかしら日本人の佳さをこころから味わいました。義理と人情。こういう言葉が廃れ果てた現時世とは思いますが、なお人々の心底に流れる一筋の川だと言えましょう。そこに感動を味わうわけです。

注記
 義理人情はこういう文脈では一般に用いませんが、兼続は大を合的に守り、人の心に熱く接する人情家であったと、字句の示す直訳として用いました。

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2009年10月24日 (土)

小説木幡記:2009/10/24(土)EF81:カシオペアの改造:急カーブ対応

 今夜は思い立って、久しぶりに鉄道模型の細かな記事をメモしてみた。数週間前に、手すさびにNゲージ模型電気機関車の台車を削って、半径14cmの急カーブ、急坂を無事走らせることができた。今後も応用可能なので記録した。

Bimg_3260
↑客車:ソロネE27形 電気機関車:EF81形カシオペア (TOMIX)

 この「島図書館(未完成)」を登るカシオペアは、動力台車を改造するまでは、半径17cmの外周でも走行がギリギリで、この半径14cmループに入った途端に脱線していた。車体が長いのと、台車の稼働範囲が狭いことによって、まず絶対に無理なレールレイアウトだったからである。
 普通には、半径28cm以上の大きなジオラマで、長編成の走行を楽しむ列車だと思う。
 世間にも、おそらくEF81クラスをTOMIX のミニカーブレールで走らそうとする素っ頓狂な人は居ないだろう。しかし、余はなんとしても走らせたかった。
 その上、色違いのEF81:トワイライトエクスプレスも別に持っていたので、島図書館をこれらの寝台特急が走らないと、計画自体が中途半端なものになる。

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↑客車:スロネE27形、カハフE26形 (TOMIX)

 島図書館は、完成前に計画要点を記すのは躊躇するが、実は島が空洞になっていて、その中をループで港から頂上まで周遊する事になっている。しかも大きさは60x65㎝の小ぶりなジオラマである。
 写真は、空洞内での急カーブ(半径14cm)を連結するカシオペア客車の極端な走りを写したものである。これを見て顔をしかめる人は多くても(醜い走り! と)、余はあえてこういう設計をした。

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↑動力台車 0598 失敗例 

 まず失敗例を記しておく。改造箇所は、2つになる。
 一つは「失敗例」として示した動力台車が列車に接合される上部である。矢印部分が「ひっかけ」になって台車が車体にはめ込まれ、回転し、車輪をギヤで回す。この引っかけの切り込みを深くし過ぎて、台車と車体を接合させることが出来なくなった。慌てて削りかすをひろって瞬間接着剤で形を整えたが、おそらくコンマ数㎜の違いで、スポンと抜けてしまった。
 仕方なく余は、通信販売で台車を2つ注文した。予備を入れて送料送金代を合計すると2千円弱になり、高い買い物になった。cat
 もう一つの改造箇所は、台車の四隅を削ることだった。これはうまくいった。削ると言っても慎重にニッパーで約0.5mm程度ハツルに留めた。

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↑動力台車 0598 成功例 

 無事成功した方の動力台車(TOMIXの0598)である。カシオペアとトワイライトエクスプレスの2台のEF81で、合計4つの台車を改造し、そのうち一台は失敗した。しかし、二種の豪華寝台特急は無事「島図書館」の全線を走行するようになった。実に喜ばしい。

道具
 小型のニッパーだけ。ニッパーは、使い込むと、あらゆるプラスティックの車体を切断するのに最適の道具だと思った。もちろん、集電シューのような薄い金属なら、紙の様に良く切れる。ただし、こういうNゲージの台車部分を削るのは、慌ててはならない。1mm以下の塩梅で削らないと、機能しなくなる(笑)。

改造趣旨
 まず、なぜ20m級の電気機関車が半径14cmで走るのを可能と判断したか。
 第一にTOMIXの製品は、ミニカーブレールを製造販売しているせいか、比較的急な半径でも走る素質を持っている。だから、ほんの少し削るだけでスムーズに通過するようになる。
 第二に、EFのFとは車軸が6軸の意味だが、冒頭写真では4軸になっている。これは車体中央にある2軸台車を取り外したからだ。これがポイント通過時に脱線のもととなるので外した。つまり、急カーブ急坂には、遊輪は外した方がよい。極端な場合、小型のDE10なら、3軸台車の1軸を切り取った経験もある。車軸は少ない方が抵抗無く走る。

 これらの改造は、写実性を求める人には暴挙と思えようが、余には余の考えがある。つまり、走らないことには困るからだ。なんとしても、醜くなろうが、リアリティを損ねようが、自分の設計施工したジオラマで、必要な車両を走らせてみせる! という気持の前では、少々の暴挙は厭わない。

島図書館
 まだまだ未完成、発泡スチロールの素肌のままだ。
 しかし、走行については、3重・自動往復運転も含めて、ほぼ完了している。EH500、EF81という大きめの機関車が港から頂上まで往復できるので、これ以上他の列車をテストすることはない。KATO社の車両については、もともと急カーブに対応していないので、諦めている。最近は、マイクロエースの満鉄あじあ号(パシナ)をテストしたが、これは機関車も客車も脱線した。客車にいたっては3軸ボギー台車で25m級なのだから、これを半径14cmで走らせるのは、無理というものだ。

 島図書館という、一種の山岳列車ジオラマで、わざわざ豪華寝台特急を「図書館列車」としてモデル化する最大の理由は、実車台車の高性能に引かれてである。ゆれも振動も騒音も、一般車両に比べると低く、また二階建ても含めて設備が整っているので改造部分が少なくなる。
 もちろん他のジオラマを走るHOゲージの試行錯誤では、古い車掌車などを改造して、半分トロッコの様な図書館列車を模索しているが、それはそれとして別の用途を考えている。
 つまり、密室性の高い静音タイプの現代客車+開放性の高いトロッコ客車、このコンビネーションで図書館列車・概念上の壁を越えようと考えている。

 ということで、早く島図書館を完成したいと、心が焦る秋の夜長だった。

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2009年10月23日 (金)

水銀朱:桜井茶臼山古墳石室の情景

承前1:2009.06.14 桜井・茶臼山古墳の後円部構造物、結界(玉垣)、神社?
承前2:2009.03.11 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場

参考
 (JoBlog) 桜井茶臼山古墳 竪穴石室公開
 (産経ニュース) 石室の大量の水銀朱は権力の象徴 桜井茶臼山古墳で確認 
 (NHKニュース 2009.10.22 19:18) 桜井茶臼山古墳 赤く塗られた石室「水銀朱」 (動画)
 (47news) 大王の石室、朱一色 (動画)
 
1.はじめに
 昨日(2009.10.22)の夕方帰路、車中でニュースが流れ信号待ちで画面を確認しました。何をみたかというと、上記参考の「NHKニュース」です。
 概要を言う前に、いくつもの関連記事を冒頭にあげたのは、読者によっては煩わしいことだろうと想像しながらも、この世に長く生きていても、自分の力だけでは現実を解釈することも、問題を指摘することも、意義を見つけることも出来ないからです。願わくは、参考記事URLが永久的な設定であればよいのですが、将来消滅している可能性も充分にあります。ですから、今のうちにご確認願いますcat

 さて。60年前に橿原考古学研究所によって発掘された奈良県桜井市茶臼山古墳の石室内部が、昨日正式に公開された、というのがこのMuBlog記事の要旨です。それ以上でも以下でもありません。

2.ニュースとして何が大切なのか
 いくつかの記事を眺めていて、また私自身がまとめた記事も見返して、今回の石室内部情報公開がどういう意味をもつのかを考えてみました。

2.1 古代天皇陵クラスの規模と副葬品を持つ前方後円墳の内部調査
 現代の日本では、一般に宮内庁書陵部が管理する天皇陵、関係墓、陵墓参考地は公開されていません。しかしその指定がない大規模古墳は、ごく僅かですが研究対象となっています。大阪府高槻市の今城塚古墳は継体天皇御陵と推定されていますが、宮内庁の指定した継体天皇陵は隣の茨木市にあるので、今城塚古墳はこれまで詳しく発掘調査されています。
 桜井・茶臼山古墳は、60年前に出土した副葬品にユニークな玉杖もあり、おそらく相当に有力な人が被葬者だと想像されます。研究者は確定的なことを話されませんが、実在の卑弥呼、神話の神武天皇から、時代が離れていない大和王権の大王墓としてもおかしくないでしょう。桜井、磐余(いわれ)の近くで宮居された方だと想像できます(笑)。
 日本創成、建国時代の難しい問題を解き放つかもしれない3~4世紀当時の大王陵:全長200mの前方後円墳の発掘ですから、意義深いことと思いました。
 私の想像では、距離も歴史時間もお隣さんのような北に位置する箸墓や、纒向遺跡との関連が明確に分かるのではないかと考えています。

2.2 石室の構造と多量の水銀朱
☆構造
 ここは竪穴式石室で、実はその上部に覆いがあって、それもこの茶臼山古墳の特徴ですが(承前1参照)、今回は地中の石室の構造が詳しく発表されました。その上部は幅80cm、長さ2m以上の石板(1トン以上)を12枚使って石室を覆っていました。つまり天井部分です。
 側壁は40cm前後の小さな石板を数千枚積み重ねて壁をなしているわけです。参考ニュースの写真をご覧下さい。手間のかかる作りだと思いました。その石室内部全面に朱(水銀朱)が塗ってあって内部は赤い世界というわけです。

 天井石板は分かりやすい設計です。私が作るとしてもそうするでしょう。重い石の蓋をすれば上部に何を置いても、祭りをしても、抜け落ちることはないでしょう。また石室の幅が1.3mくらいなのに石板の長さは2m以上ですから余裕を持っています。
 小石板を積み重ねて壁を作ったのは何故でしょう。構造的な強さが大きな一枚板よりも勝っているのでしょうか、あるいは大きな一枚石板を用意するのが難しいからでしょうか。迷路に迷い込みました。土は一般に水分を含みますから、正倉院の校倉(あぜくら)造りのような機能を想像するのは無理だと思いました。吹きさらしの円頂部の石室構造なら外気を取り入れて涼しくなるという効果も期待できますが(笑)。

☆水銀朱
 水銀朱とは、自然界で採掘できる辰砂(しんしゃ:硫化水銀)を加工して出来る顔料です。丹とか朱と呼ばれていました。しかし「朱」と言っても当時赤いものは「朱」なので、水銀朱とは限らないわけです。建物に塗られるのはベンガラの赤の方が多いようです。多分「青丹によし奈良の都」の、丹(に)とはベンガラなのでしょう。高価な水銀朱を朱柱に使ったとは思えません。(青は、寺院の青瓦でしたかなぁ~)

 一般に丹生神社(にう)は、辰砂・水銀が採掘された近辺に多いとのこと。神さんは丹生津姫(丹生都比売)といって女神です。しかし古代・水銀採掘で有名な宇陀市や、その南の丹生川上神社(こちらの神さま、「ミズハノメノカミ」と丹生津姫の関係は後日に調べる必要があります)では「水銀話」は出てきません。水銀は有毒ですから、現代になって、はばかっておられるのかもしれません。

 宇陀など、古代の大和水銀の産地と茶臼山古墳は隣近所です。桜井市には、幾代もの宮がこのあたりにありました。古代の宮廷と水銀とは縁が深いのかもしれません。
 黄金に等しい、それ以上と言われる水銀朱を200kgも使って彩色した石室とは、これはやはり大王クラスの前方後円墳以外、考えられません。

3.まとめ
 200m級の前方後円墳の石室内部が詳細に報告された意義は大きいです。NHKなどの動画配信はとても有益でした。個々の信条・日本の宗教心から考えると墓を暴いて喜ぶのは下品なことかもしれません。気持ちが細やかな人からだと、それこそ盗掘をする人と同じ扱いを受けることもあります。
 しかし現代の科学や学問の積み重ねによって、遠い遠い昔話世界を、大王陵とみなされる前方後円墳をしっかり調査できたことは素晴らしいと思いました。

 石室構造の側壁は謎として残りました。天井石は私の想像で間違ってはいないと思います。つまり頑丈で扱いやすい(1トン以上の天井石板が扱いやすいというのはおかしいですが、設計観点からは分かりやすいです)。
 多量の水銀朱については、話がますます深くなると思います。
 それを使ったのは、綺麗だから、邪を払うから、防腐効果、高価な内装、……。いろいろ考えられますが、古代宗教心にからまる美的な観点が主だったと思います。見る人によって多様に感じられても、どれも間違いではないでしょう。
 それよりも。
 古代史をみていますと、銅、鉄の採掘と精錬とはものすごく大きな意味を持っていました。
 そして今回の発表で、辰砂の採掘も、丹生津姫伝承があるくらいですから、そういう集団が日本中に散らばって硫化水銀を採掘し用に立てたことをまざまざと想像しました。これからは、鉱物採掘と話がでたら、銅、鉄、水銀と三本柱で考えていきます。肝心の黄金は、大仏さんが出来る頃までは大々的な採掘がなかったような気がします(要調査)。そうそう、銀は~。

 以上のようなことを、今回の橿原考古学研究所の発表に対して感想を持ちました。 

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2009年10月22日 (木)

伊吹山紀行:倭建命・ヤマトタケルノミコト幻視行

↓標高1000mから見た伊吹山山頂
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 過日、滋賀県米原の伊吹山へ行った。登山口は岐阜県(不破郡関ヶ原町)で、ドライブウェーを走行中に、ナビゲーションシステムが何度も「滋賀県に入りました」「岐阜県に入りました」と話しかけてくるので、奇妙だった。
 京都府宇治の木幡から京滋バイパスで名神高速に入り、彦根を越えて関ヶ原ICで降り10分で登山口だった。ここまで、停電中の多賀SAで休憩し2時間近くかけて着いた。高速道路のサービスエリアが日中停電しているのに出くわしたのは、生まれて初めてだった。
 登坂中に途中下車して風景を眺めたので、終点まで40分程かかった。行き交うクルマは殆ど無くて、気持ちよく登った。カーブも勾配も全体に緩やかなので、初心者ドライバーでも危険はない。
 天気晴朗、風も気温も穏やかで、随分身構えてブルゾンなど用意したが、ほかほかしていた。10月半ばだと、倭建命(やまとたけるのみこと)を打ち据えた氷雨もない。ただ現地に住んでいないので分からない。たまたま好天だったと考えておくのが、登山でもドライブでも大切な心構えなのだろう。

 そのままよ月もたのまし伊吹山 元禄二年秋 芭蕉
 奥の細道が終わる頃、芭蕉は46歳前後だった。岐阜県大垣藩士の家で作った句。大垣から伊吹山が見えることがわかる。高速道路上では関ヶ原ICから名古屋に向かって、次に大垣ICがあり、地図で眺めても近い。

↓伊吹山から眼下に関ヶ原を見た
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 1600年の関ヶ原の戦いで、伊吹山が話題になった記憶はないが、山の入り口が関ヶ原なのだから見渡せても不思議ではない。どこが何なのかは分からない。松尾山とか、家康陣地とか大谷吉隆墓とか決戦地とかが地図にあった。だが、現実の地形をみても、区別はつかなかった。
 ただ秋のススキの穂の間に410年前の姿がちらちらしていた。
 ただし関ヶ原といえば別の感興もわく。すなわちこの地は、地図ですぐに分かるが不破の関跡でもある。すると8世紀の壬申の乱に思いが及んだ。この関ヶ原で、三重から入った大海皇子(おおあまのみこ:後の天武天皇)は、長男の高市皇子(たけちのみこ)に全権をたくし、高市軍は現在の彦根、犬上をへて大津近江宮へ向かったわけである。(MuBlog関係記事

↓湖北に竹生島と賤ヶ岳を見た
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 頂上ちかくの駐車場から湖北を眺めた。写真左上に薄く竹生島が見えた。別の写真で拡大しておいた。
 倭建命(ヤマトタケルノミコト)は、伊吹山から湖北を眺めただろうか。剣を尾張の恋人のもとにおいたまま徒手で山に登ったのだから、なにかを見ようとされたのではなかろうか。その「なにか」は、荒ぶる神とするなら周辺の土着の民の様子であり、単に高い所へ登られたなら、おそらく琵琶湖を見たいと思われたはずだ。
 この時代(4世紀ころの英雄時代か?)に、現在の東海道が整備されていたとは思わない。大和に帰参復命するなら、通常ルートならば三重県から現在の桜井に直行するはずだから(つまり、後世大海皇子らが吉野から三重に抜けた逆ルート)、琵琶湖を眺めることは出来ない。だからこそ、尾張からわざわざ大垣、関ヶ原に周り伊吹山に登られたのだろう。
 そんな想像をするほどの、絶景だった。

↓金明水からドライブウェーを見た
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 この情景を見て私は写心がつのった。伊吹山という自然に、山肌を削りコンクリートを吹き付け落石防止柵と蔽いを被せて道を付けた。それが年月とともに砂に埋もれ土に埋もれやがて植物の繁茂に隠れる、その寸前の姿だった。たとえば鉄道模型ジオラマとしてこれほどの絶景はなかろう。レールを敷いて強力なEH500登坂機関車を走らせれば、静止画が動き出す、……。
 自らが小一時間前に上り、これからまた下るドライブウェーは倭建命の時代はなかった。これからもいつまで道として続くかは分からない。しかし今このたびは眼下に道がある。人道でもなく獣道(けものみち)でもなくコンクリートやアスファルトの灰色の線が続いていた。
 時速30km制限。こういう時代に生きてこういう時代に楽しんでいる我が身を、疎ましくは思わない。人が生きている限り、周りと自然と道を通す関わりを持っていくのだろう。
 それにしても、気分のせいか写真をみているといささか神(かむ)寂びた空気が見て取れるようになった。ここに氷雨打ち、雲わき起こり風ふかば、そこをよろぼい登る人影さえ見えてくる。
 不思議な情景だった。

伊吹山紀行、旅の終わり
 旅の終わりは高速道路にもどって午後早くに木幡にもどった。それから何日かへて今記しながら、この伊吹山紀行は初夏の頃から旅程にあがったことを思い出した。今何故伊吹山? という疑問はまったくわかず、ただただ倭建命(日本書紀では日本武尊)が、現実に滅びていく最後の旅を知っておきたかったことにつきる。
 倭建命との付き合いは小学校以来だから半世紀にもなる。
 青年時に彼の生と旅と死とを深く知ってから、その神話はいつしか私の中で明瞭な形をした歴史に変わっていた。伊吹山で彼を悩ました白い猪(記)、あるいは大蛇(紀)は氷雨をふらし、言挙げした青年をうち叩いた。かれは足元もおぼつかなく麓に降りて、泉のそばでしばらく眠り、やがて三重の能褒野(のぼの)に至り、その地で亡くなり白鳥となって大和に帰っていった。
 永遠の青春が倭建命の白鳥として、目に焼き付いた情景だった。

 その地の神とは、白い猪や鹿や牛、あるいは蛇であれなんであれ、自然災害を表しもするが一方その地の土着の民も意味している。ヤマトタケルは草薙の剣を、尾張のミヤヅヒメのもとに置いたまま、伊吹山の神に言挙(ことあげ:屁理屈を言いつのる、言葉で刃向かう)した。言挙げしたのは、彼の半分が人間だったからだろう。白鳥となって大和にもどったのはもともと半分が大和の守護神だったからだ。かくして倭建命は人と神との間に立って伊吹山の神に、人として言挙げし、破れた。そして破れたことで神になって大和に戻った。

 その伊吹山の神は2009年10月の中旬、穏やかだった。
 風さえも冷気がなく、肌に心地好かった。私は言挙げせず、ひたすらハンドルを操作し安全に頂上近くの駐車場にまでいき、そこで蕎麦をいただき、四海を眺めた。伊吹山の神は、私の穏やかなドライブに雷(いかずち)を落とすでもなく、無事に木幡まで送ってくださった。良き日であった。

写真集:クリックすると拡大写真です。

伊吹山  1:標高1000m地点
伊吹山  2:関ヶ原
伊吹山  3:湖北の情景
伊吹山  4:竹生島の島影
伊吹山  5:頂上に至る道
伊吹山  6:西北の情景
伊吹山  7:標高1260m駐車場
伊吹山  8:お花畑の伊吹山
伊吹山  9:クマ出没注意
伊吹山 10:簡易モノレールカー(1)
伊吹山 11:簡易モノレールカー(2)
伊吹山 12:簡易モノレールカー(3)
伊吹山 13:簡易モノレールカー(3)
伊吹山 14:西の道茶屋
伊吹山 15:伊吹そば
伊吹山 16:金明水(1)
伊吹山 17:金明水(2)
伊吹山 18:金明水(3)
伊吹山 19:金明水(4)
伊吹山 20:ドライブウェー


↑伊吹山:滋賀県米原市大久保:クリックすると大地図

参考
 伊吹山ドライブウェイ

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2009年10月20日 (火)

小説木幡記:2009/10/20(火)コロリと輸液:それ仁なり

 一昨日の日曜日の夜は近頃になく忙しかった。そりゃNHK天地人を見て、Jin仁をみて、天地人の感想をまとめるのだから、遅筆の余にはこたえた。そのせいか、昨日月曜はMuBlogを記す気力がなくなった。

 現代の外科医が江戸幕末、坂本龍馬(内野聖陽)たちが走り回っている世界へタイムワープするのだから、もともと余の好みドラマだった。古くは光瀬龍先生がその時代をSF的に描いておられて、印象深い。数年前にも、どなたかの書いた小説で江戸へ飛んだ現代人の物語があって、評判になって、余も読んだ(だれが、いつ、どんな書名でだしたのか、とんと思い出せない)。

 Jin仁の最初の回の最初の30分ほどは見ていない。江戸時代に脳外科の手術をするところが初見だった。なかなか、うーむ。で、今回はコロリ(コレラ)の療法だった。一体どうするのかと思っていたら、塩や砂糖をお湯にとかせて、お尻のところが穴になったベッド(戸板)に寝かせた患者にそれを飲ませる? 一生懸命耳をすませたが、その肝心の療法名がよく聞き取れなかった。

 百科事典(小学館)で「コレラ」を読んでみて分かった。

 要するに。現代でもコレラが発症したなら、ひたすら脱水症状を食い止めるために輸液療法をするらしい。失われていく電解質? 水分、それらを充分に補充するのが治療の眼目らしい。抗生物質などは補助的な使い方で、主療法はどんどん輸液、点滴か口径か、患者に与えていくようだ。だから、ドラマの中で外科医が塩や砂糖をまぜていた塩砂糖水の理由が、はっきりうなずけた次第。

 余はまるっきり文系ロートルだが、SFが好きなことでもわかるように、気質的に本式科学、疑似科学(笑)、自然科学が好きなんだなぁ。血を見れば確実に卒倒するが、医学なんかも好きな方だ。おもに治療法に興味がわく。夏に鼻から胃カメラを飲んだとき、目を丸くして自分の胃の中を眺めておった。すきなんだなぁ~。だから、先回の脳外科手術とか、大昔インカかどこかでは脳外科手術をした痕跡のある頭蓋骨があったとか、宇宙人とか~、好きなんだぁ。そういえば。バチスタとかいう心臓外科医物語も数冊懇ろに読み切った。たまらないのう。

 で、想像だが。いつか「かっけ療法」も出てくるに違いない。それが、冒頭にのべた作者不明タイトル不明のはやりの小説の内容だったか? かっけは死に至る病だったが、現代に知られている事実を江戸時代に適用するだけで、驚くほどあっけなく治癒するらしい。ドラマとしては冴えわたる話になろう。いつ、脚気が用いられるかは知らないが(ないかもしれん)。

 ともかく、現代医学の知識だけあって、道具環境が整わない江戸時代で、どうやって治療していくかが、面白さの源泉になっているドラマだ。

 ところでそうだ、思い出した。
 余は幼少のみぎり、米国のベンケーシーとかいう「いつでも、なんでも、脳腫瘍」というTVドラマに熱中しておった。ドラマの途中で必ず医師が胸ポケットの懐中電灯(ペンシル形)を取り出して、目に光を当ててのぞき込む。そして「脳腫瘍です」と決めぜりふ。見ている余はそれをきくと、「やっぱり」と膝を打ち、ほっとしていた。それで満足したから、治療ができたかどうかは記憶にない。おそらく、そのTVドラマ時代には、脳腫瘍は不治の病だったのだろう。

 さて、Jin-仁-、どんな決めセリフがあるのか、まだ気がつかない。……。

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2009年10月18日 (日)

NHK天地人(42)上杉(武田)菊姫の死

承前:NHK天地人(41)出羽米沢での再出発

 病床の京都・菊姫のもとに江戸から景勝がはせ参じてきます。菊姫の病は結核なのでしょうか、喀血がありました。
 菊姫は景勝に、まなじり決して「側室を持て」と言います。景勝は「養子をもらう」と答えますが、「今の上杉に、どこから養子が来るのですか」と菊姫に言われて、景勝はうなだれます。

 菊姫の父は武田信玄でした。菊姫は言います「兄の勝頼が側室の子だった故に、家臣がまとまらず、武田は滅びた」と。一昨年の「風林火山」にてらすと、つまり武田家最後の勝頼は、諏訪の由布姫の子でした。武田だけでなく家督相続は難しいこともあったと想像します。実は、信玄には正室の実子が別にいましたが、その正統後継者の奥さんが今川家の出身だったので、実父信玄と不和になり、結果的に信玄は後継者を滅したことになります。その後の勝頼は正式な後継者として位置づけられないまま、信玄の後を継いだわけです。

 菊姫はもらします、だからこそ私が子を産まねばと思ってきました、「謙信公の血を引くあなたの子でなければ」と。それがかなわぬ今は、なんとしても側室を持ち、景勝の子を造ることが、大名家のあるじの勤めと。
 たしかに謙信の姉の子が景勝で、彼自身が養子でした。そのために上杉家には数年におよぶ内紛が生じました。血への信仰、こだわりは強かったと想像します。血へのこだわりとは、今風にいえばDNAへのこだわりとでも言えましょうか。

 跡継ぎは直系血縁、長男子が求められたようです。その為には、正室は亭主に側室を勧めることさえ辞しません。そのことで「家」が継がれ栄えるという基本的な考えがあったのだと思います。
 今夜の菊姫の雰囲気には、せっぱ詰まったものがありました。自分には子ができない、しかしよい家から養子がきてくれるほど上杉は栄えていない、しかも養子を迎えると景勝の血が途絶える。なんとしても、景勝に側室を迎え入れさせないと上杉家が滅びる、と思い詰めた雰囲気でした。

 ドラマの背景には、景勝の菊姫への思いやりがあります。神話、万葉時代以来男女は1:1の付き合いが普通で、それが壊れると相手が天皇でも、嫉妬で刃向かった御姫様がたくさんいます。もちろん正室、側室、側室間で権勢争いも生じます。それにあえて堪えて菊姫は景勝に側室を求めました。景勝は、菊姫の気持ちを思い、これまで側室をもうけませんでした。

 菊姫は、景勝、兼続が大坂城へ挨拶に行っている間に、京都伏見の上杉邸でなくなりました。生前の書状が会津のお船を通して、兼続に届けられます。
 十二年間も、兼続の大切な人(お船)を自分の手元(上杉の京屋敷)に引き留め、自分の世話(相談相手)をさせたことを、心からわびると。

 武田信玄の娘として上杉景勝に嫁ぎ、実家の滅亡を経験し、また嫁ぎ先の上杉の零落を味わい、跡継ぎをもうけられなかった菊姫の気持ちが、ドラマを通して切々と伝わった今夜でした。


↑京都市伏見区景勝

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2009年10月17日 (土)

小説木幡記:2009/10/17(土)日常の断片

 昼は小川珈琲本店前の「ほそかわラーメン」でチャーシューメン850円、ゆで卵50円にした。小川珈琲に入るときはきっと、「ほそかわラーメン前の小川珈琲本店でモーニングをとった」とでもなるのか、と思うと自笑していた。

☆ 昼食なのかモーニングか
 以前に大仕事をしてくれた助勤達を小川珈琲本店にお連れして、ランチでねぎらった。
 パスタが美味しいようだ。
 もちろん余は過食しないたちなので、そばで珈琲を飲んでうつらうつらしていた。助勤達の話には数年前から、わりこめないなぁ、とか、ついて行けないなぁという諦念がある。そりゃ、余が「鉄道図書館列車に於ける、センサー2個だけの緩急自動往復について」とか「このごろの外部記憶装置はシリコンディスクになっておるようだが、これだとRAID10も有効じゃね」とか、あるいは「ここ一番は豊饒の海の奔馬につきるねぇ~君ぃ」と言っても、通じないのだから、逆も真。それぞれがそれぞれの別の新たな世界をすでに持っておる。ときどき、かいま見すると、自分の栄養にもなるので、居眠りしながらも自然に耳にはいってくる。
 小川珈琲本店とはそういう所だ。最近は行っていない。
 ところで。これまた昔、ほそかわラーメンに助勤達を積み込んで、余は一人小川珈琲本店で珈琲を飲んでいた記憶もある。ラーメンが終わった頃に余は外の駐車場に立った。まるで、銭湯で別々の入り口から、風呂に別々に入ったような気分じゃ(爆)。

☆ 葛野のよしなしごと
 今日は葛野に着いた途端に、授業のことでメールが受講生から舞い込んで、相談のために助勤たちに一斉メールをだした。貧乏暇無しというか、なにが起こるか分からない。だから人生なのだろう。助勤それぞれからそれぞれの解答があった。それをまとめて、余はまた考え込むことになる。生きている限り、なにかかんか解きほぐしていかねばならぬことがある。
 明日の日曜日は、じっくり考えて、考えてみよう。

☆ ゴーストハントの10と11:小野不由美原作、いなだ詩穂:講談社漫画文庫
 小野不由美さんのゴーストハントの10と11とを昨夜読了した。一気に読めたが、それでも2冊で1時間かかった。いよいよナルちゃん(男性主人公)の秘密が解き明かされると思ったら、その一歩手前で悲劇的な小学校幽霊事件に巻き込まれて、足止めを喰らった。

 しかし今回の小学校幽霊事件は、出色だね。さすがわ小野さん原作。それと、絵も普通は可愛らしいのに、亡霊関係の場面になると背中が寒くなるほど怖いねぇ。「わたし、谷山麻衣、16歳」が今回は大活躍した。ヒロインだから、そろそろと思っていたが、やはり異能だ。
 趣向としては、「そして誰もいなくなった」の超絶版といえようか。こういう方法論を経験的に知らなかった。さらに、麻衣さんが懸命に自分の力を信じ「真言」をとなえる場面が良かった。そりゃ誰だって、亡霊に取り囲まれたら逃げたくなるからな。それを堪えて精神を集中していく流れは、見事「十二国記」世界なのだ。
 うむ、爽快!

☆ 満鉄パシナ
 マイクロエースという鉄道模型会社が夏に、満鉄のパシナ(超特急 あじあ号)を再生産するという情報をネットで得て、予約しておいた。それが昨夕木幡に届いた。(10年前に一度生産したが、現在市場には皆無)
 本来ならば写真を掲載して、ウンチクを傾ける内容なのだが、今日はあっさりと「ライトグレー」と「スカイブルー」の南満州鉄道のエース模型を手にした、程度にしておこう。末尾の展望車が葛野の邪馬台国周遊図書館ジオラマのポイントで引っかかったので、応急処置として、有名な三軸ボギー台車から一軸をとりさって(外せる)、走らせてみた。
 この満鉄あじあ号に図書室があったのかどうか、なかなか調査が進まぬが、あったとしたらこの展望車であろうと余は推理しておる。いつか、謎がとけるじゃろう。

☆ 古事記・ヤマトタケル命と伊吹山
 近頃伊吹山に登った。
 倭建命の最後となった伊吹山。
 山上に立って眼下・琵琶湖の竹生島、その島影を見たとき胸が詰まった。
 後日に紀行文を掲載する。 

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2009年10月16日 (金)

小説木幡記:2009/10/16(金)ドラマ「不毛地帯」と対話した

 実は。
 と告白しよう。10月に入ってからTV三昧にふけりだした。そうではなかった幾年月を考えると、明らかに人生観の変更か、宗旨替えしたのか、……。2009年今秋が、たまたま面白い番組と思う季節だったのだろう。

 日曜の夜はNHK天地人のあと、しらぬまに「江戸の外科医:『JIN仁』」をみていて、どこかで見たような坂本龍馬が実は俳優内野聖陽だと知ってあっけにとられた。内野と言えば思い詰めて年間過ごした「風林火山」の山本勘助軍師だったのに、まるで気付かなかったくらいに、丁寧に徹底的に汚れきった龍馬がTVに写っていた。

 次は一昨日だったか『相棒』。これものめり込んで見ていた。
 そして昨夜は『不毛地帯』。
 『不毛地帯』も『JIN仁』も『相棒』も初めだったせいかどれも2時間~3時間ドラマで堪能した。

 さて、今日のMuBlog話題は『不毛地帯』だ。唐沢さんが演じる主人公壹岐正(いき・ただし)のモデルが故・瀬島龍三だとは知っていた。その瀬島氏がどんな人だったかは知らない。ネットで調べたら自分の記事(瀬島龍三の死)やいろいろな参考図書、そして原作・山崎豊子さんの関係記事など、一杯あった。

不毛地帯・壹岐正のモデル
 まずモデルについて、気持を整理しておく。
 ドラマ不毛地帯の主人公は陸軍大学校五十一期首席で、(ドラマでは壹岐が就職した商社に、五十七期生も出ていた)中佐。大本営作戦参謀。終戦の詔後、満州新京にわたり関東軍の停戦を確認する。ソ連軍に連行され、途中東京裁判にソ連側証人を他の上官とともに求められるが拒否する。ソ連軍により戦犯として25年の重労働刑を受け、流刑地シベリアに送られ、そこで11年間囚人として扱われ、日ソ国交回復で帰国。帰国時推定年齢は45歳前後。2年間静養し47前後で商社に入社する。

 これはほぼ瀬島龍三の人生に近いもので、陸軍大学校を首席で卒業し、大本営参謀を勤め、シベリアに11年間流刑・重労働を科せられて、商社に再就職したというような人物は、そうあるものではない。モデルは瀬島龍三と考えて良かろう。ただし、ドラマでは関東軍の参謀として赴任したとは描かれておらず、また東京裁判には出席した様子もなく、虚構と実在の間には微妙な、虚実皮膜の差があらわれて、さらにドラマの最初に「あらゆる実在の人物や機関とは無関係な虚構である」という断り書きがあった(笑)。

TVドラマ「不毛地帯」
 いくつかひっかかりはあったが、よく出来たドラマだと思った。
 ひっかかりの一番は壹岐のセリフに「あやまちを繰り返さないために、生きて帰国した」というセリフがしきりにでてきた事である。
 先の、70年近く昔の大東亜戦争の開戦と敗戦については、教科書的にも道徳的にも近隣諸国に対しても、まず一声「あやまち」と言わないと、政治も宗教も日常生活も、スムーズに動かないのが21世紀の日本らしい。

 余はこう思っている。
 歴史に対して「過ちを繰り返さない」というような、軟弱な自己弁護はしない方がよい。そんなことをし出したら、世界中は少なくとも明確な有史3000年間くらいの間、お互いに過ちばかりやってきたことに慄然とし、人類が生きることはすなわち過ちを犯すことであるという、至極当たり前の帰結をえて、ついには各民族自滅しなければ世界の平和を保てない、というようになってしまう。

 壹岐「再び過ちを繰り返さぬ為に、故国で頑張りたい」
 Mu「自分のやったことを過ちだなんて言う根性無しだったんか、おい壹岐中佐」
 壹岐「俺のたてた作戦で、数千数万の将兵が死んでいった」
 Mu「軍人は自分の階級に応じて応分の責任を負えばよい。中佐の分際で分不相応のことを言うなよ」
 壹岐「しかし、状況判断を誤った作戦も多々ある。明らかに希望的期待値を作戦にちりばめた場面が多すぎた」
 Mu「まあな。コンピュータが一式揃った現代でも、期待値は往々にして誤差を超える。ソロバンと紙と鉛筆じゃ、手に負えない」
 壹岐「俺の甘さが日本を敗戦に導いた」
 Mu「また言う。日本は貴様の作戦のさじ加減一つで負けたわけではない。正面切っては勝てない戦争に巻き込まれるべく身をさらし、戦い、あっさり負けた。それを貴様のせいだというほど、貴様は一人で祖国を背負っていたのか?」
 壹岐「大東亜戦争は日本が身を潜めるべき戦いだった、……というのか? もしそれなら、参謀部は派手な戦争遂行に加担した失策を免れない」
 Mu「ああ、そうだ。そのことで、根性があって職責を重く思った将が幾人か腹を切った」
 壹岐「だから、俺もそうすべきだった」
 Mu「どんなことでも付和雷同、腹を切るのも一斉にでは、自律心があるとは言えない。一人が自決したなら、その自決の後を背負うのが、貴様の思う日本男児、いやさ帝國陸軍将官のつとめじゃないか。恥かいて生きて生き抜け。それぐらいの後始末をする要員として、11年間シベリアで根性入れ替えたんだろう? え? 壹岐中佐殿」
 壹岐「……」
 Mu「貴様は死に際を逃した、それにすぎない」
 壹岐「俺が、逃げたという奴もいる」
 Mu「そう言えるのは、貴様と同じ立場で戦い、あげくに腹切った者だけだよ。しかし、死んでしまえば何も言えない(笑う)。少なくとも、極寒のシベリアで11年間重労働、囚人として生きたことで、付帯する余罪はすべて禊がれたことになる」
 壹岐「だから、……、過ちを再び起こさないために」
 Mu「まだ、言い逃れするのか、貴様ぁ! 自分のやったことを、過ち、過失と思うのは勝手だが、人前でいう者は日本を正しく再生させない。日本が全員、総懺悔国民になって、貴様ぁ、それで祖国が救われると思うのか」
 壹岐「ああ、君の言いたいことが分かった。俺は、天から授かった能力を、敵味方死んだ者らに供養として差し出す。そうだ、残された俺の能力で、敵味方供養する」
 Mu「そう、それで貴様は帝國軍人を全うしたことになる。まあ、貴様は歴史の教訓だろうな」
 壹岐「そう、なるのか」
 Mu「ああ、……。それと」
 壹岐「なんだ。まだ説教するのか」
 Mu「全部、生きている間の、よしなしごとさ」

 ドラマの間中、壹岐中佐と話し合っていた。だから、よいドラマだったのだと、今思う。来週からもあるのなら、見ることにしよう。たしか、木曜日の夜の9時だったか、……。TVドラマにうつつを抜かす余生も、悪くはない脳。

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2009年10月15日 (木)

小説木幡記:2009/10/15(木)飽和状態

1.飽和状態
 昨日水曜日は{授業、校務打合せ、校務、会議}とごく普通の予定だったが、特に夕方から心身がダルくなって困った。思い切って五時過ぎに退庁したところ、木幡に戻る頃にはダルさもなくなり、秋独特の快調感がもどった。
 思うに、一種の飽和状態になったようだ。
 余は生来、メンタル事項=身体事項、と心身が直結するのですぐに半病人になってしまう。しかし帰還したら元にもどるのだから、外聞が悪い。これで人生辛い思いも多々あった(笑)。要するに、怠け者に見られるわけじゃ。

 今後は胸にカードでも付けておこう。
 「今、飽和状態なので、軽鬱です」と、でもな。
 しかし、書斎に座ると、食事はうまいし、眠れるし、自分でも困っておる。少しも半病人に見えない。少しは「大変ですねぇ、Mu先生。お大事に」とでも、言ってもらいたいが、そのすぐ後に「うまいなぁ、このイカ」「さて、眠くなった。眠るとしようか」となるのでは、誰からも心配してもらえない。「また、いつもの怠け癖だね」と言われるのが関の山。ふむふむ。

2.相棒
 昨日は午後八時から十時まえまで、TV相棒の8シリーズスタートを見た。実はニュース以外には滅多にTVを見ないので極まれな、特例だな。久々の民放なので、間にコマーシャルが入るのが、ものすごく気持をざらつかせた。肝心なところで、CMという茶々が入る。これも慣れじゃろうか。

 相棒じたいも久しぶりだが、まあ、まずまず82点くらいだった。
 相棒はキャラもすきだが(CMの入らないDVDが沢山ある)、なにより脚本がおもしろくて、大抵は解決が二転三転する。どんでん返しもよくあって、それが楽しみ。
 昨夜は1970年代の過激派男性の晩節がテーマになっていた。うむうむ。
 結末が甘く流れてしまったなぁ。それから、終盤やや早めのネタ割れが次々とあって、謎が謎を呼ぶ趣向に欠けていた。じゃなぜ82点の優なのか。それは、つまり全体の75%くらいは食い入って見るだけの面白さがあったから。終盤で「こけたなぁ」だったが、最初からの約6割が秀逸だった。

3.さて
 今朝は葛野で朝から、情報サービス、資料組織(分類)の着手発表会。どんな風になるか、楽しみ。
 それでは、また眠るとしようか。

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2009年10月14日 (水)

小説木幡記:2009/10/14(水)好き嫌いや、やり残し

 今朝のお題はタイトル通り二つあるが、二つが見事に融合するような上等な日記じゃない。大体、人生とか毎日は、絵に描いたように合理的にも、魅力的にも、まして芸術的にも英雄的にも進む分けがなくて、なにやらしらぬまに、ぼんやりしたまま、乱雑に散らかしながら日々が過ぎていく。しかしそういう断片的な、ぶちぎれの毎日を事故無く、破綻なく過ごせるのも、有難いと思う今日この頃である。

 とにもかくにも、余もそろそろだいぶ枯れてきたのじゃ廊下、脳。

1.好き嫌い
 倶楽部の隊員達と話す機会があった。
 もっとも余の職場で話す相手は学生が80%、秘書さんが10%、職員さんが5%、同僚達が5%で、まるっきり若者達としか話していないことになる。だんだん染まって若返るかと言えば、そうではなくて、ますます断絶をはげしく味わうようになり、かつまた溝の深さをおもしろく思っておる。まるで、宇宙人との日々外交交渉だね。

 好きな食べ物を逆に聞かれたのか、自問したのか。
 口からでたのは意外にも「ステーキが大好きだ」だった。実際にビーフステーキを口にするのは、年に数回でしかないが、美味しいと思っておる。次にじゃなくて、並行して、鯛やヒラメや生蛸のお造りを、辛口の白ワインと一緒にいただくのは、至福だね。これは比較的頻繁に食卓にあがる。(ブリも好きだが、少し脂身がこたえてくる年令のようじゃ)
 もっとも昨夜は鉄火ドンブリと昔言っていたが、要するに半トロをご飯にのせて海苔がかかったの。これも好きだね。あるいは鳥の手羽先、塩焼き、つまり「鳥せい」メニューで申すなら「山賊焼き」が好みだ、……。ああ、なんでもかんでも水炊きとおろしポン酢。好きだねぇ。
 野菜でいうと、自家漬け物や、大根おろしや、白菜の煮物かね。豆腐も。しかし、豆腐を野菜というのは世界中に余一人だと、今気がついた。

 倶楽部隊員の事例だと、昨日覚えているのは、{寿司(多分江戸前握り)、焼肉、ラーメン}とか{とろろ山かけそば、牛丼、……}とか{海鮮、錦糸鰻重}とか、非{甘い物}とか、最後は難しいのう。食事以外で気になるもの、つまり自分の選ぶベスト3で、動物{なまこ、ヒル、……}というのには驚いた。そうそう、なまこは余の大好物だった。

 で気付いた。余がはるばる葛野にでかけて、授業の準備、来夏研究準備、鉄道図書館列車ジオラマの紙粘土ごね、校務遂行、会議出席など以外に、毎日毎日していることと言えば、学生達と上記のような話を、あーたらこーたら話しておるということじゃわい。ふむ、長生きする脳cat

2.やり残し
 なにかやり残したまま日々が過ぎていくことに気付いたのだが、何をやり残しているのかが今一つよく思い出せない。おそらく、心に重い蓋をかぶせておるのやろう。

 ☆天体望遠鏡を入手して毎夜、月のクレーターや、土星の輪をみることか?
 ☆恐竜化石発見の旅にでることか?
 ☆海洋生物研究所に社会人大学院入学して、進路変更したいのか?

 などと、ベスト3をあげても全部自然科学系だなぁ。余は自分で分からなくなる、一体何をやり残しておるのじゃ。少なくとも、日々意識に登らせていることじゃない。司書ロボット、日曜作家、MacでLinux、ジオラマの人工知能化、国内旅行、……。そういうことは日々思い出しておる。

 ああ、じれったい。
 なにか深層でやり残しを悔やんでいるはずなのに、それを思い出せない。
 やり残しを思い出してやり遂げるのが、今後の余の余生の一大問題なのじゃろう。
 多分、自然科学系の何事か? と記憶の断片が小さな放電をくりかえしておる。

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2009年10月12日 (月)

小説木幡記:2009/10/12(月)体育の日に葛野詣で

 祝日だったようだが、授業があった。いろいろ事情があって、全学そうなっておる。職員、秘書さんたちもご出勤。なかなかに、宮仕えとは~。わすれておった、受講学生たちも御登校。みんな一緒だから、普通に思えたぞ。

 激しい冷気のせいか、朝の二つの授業はきっちりこなせたが、その後の夕方まではのらりくらりになってしまった。つまり、どうにも身体がだるくてしゃんとせず、デコにハッカをぬってもずっとぼんやりしたまま。その間、助勤達は屯所で、昼に提出された各班の発表レジュメをせっせと分析していた。

 今週と来週とは、情報サービス、資料組織(分類)の二科目共同演習で、着手発表会がある。その発表にたいして、当日助勤たちは、夜叉の如く、菩薩の如く、質問したりアドバイスをしたりする。

 肝心の余は何をしている? さぁ~。

 例年のことだが、今年も助勤達は熱心に各班のテーマや方法論を分析しておった。昼からずっと屯所に籠もっておった。余が、心身だるくて夕方に帰るころにも、まだ分析を終えていなかった。巧妙な(笑)質問を考えたり、各班のテーマや方法が過去作品やネットにあるかどうかを念入りに探索したり、……。すでに、同じテーマや方法論があればあるで、その異同を見付け、発展させるアドバイスを考えたり~、早めに帰還する余はまことに後ろめたい気持におそわれた、脳。といいながらも、「今日は祝日、早めに帰ろう」と、素直に思う余は冷淡というよりも、無責任というよりも、なにも考えずに心のおもむくままに、近頃生きておるよう邪。ふむ。

 木幡帰還して。
 ゆったり夕食をとって、ふと「助勤たちはまだ仕事しておるのかのう。不憫なり」と思うだけのゆとりは湧いてきた。しかし、こうして木幡記を書いている間にも、睡魔が襲ってきたな、なにやら、ぼんやりと、あすも葛野だなぁ、と、おもいつつ、だんだん画面が霞んできて、……。

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2009年10月11日 (日)

NHK天地人(41)出羽米沢での再出発

承前:NHK天地人(40)会津120万石から出羽米沢30万石

米沢
 上杉や直江が数年間住み改修した会津若松城から北へ50kmに米沢がありました。近くには山形新幹線(JR奥羽本線)が走り、現代の交通の便はよさそうです。東北自動車道のある福島は、米沢の東南東35kmです。
 米沢は東京・江戸からは、白河の関を越えて真北に250kmですから、日本の感覚では遠いですね。京都からだと江戸経由で800kmほども離れています。はるばる来ぬる旅をしぞ思うの気分になります。(私には未踏地です)
 ついでと言ってはなんですが、越後新潟の春日山城からは北東に向けて200kmですから、直線距離ですと江戸からより若干近いです。

 ともかく江戸や京都からは遠隔地でした。ただ、ドラマでは、米沢城は上杉が会津に引っ越した時に、直江兼続の親父殿が兼続に代わって入城し、このあたりを整備していますから、全く未知の土地ではなかったようです。


地図:米沢の上杉神社

上杉家や直江家
 ドラマはまだ続くのですから、将来上杉や直江が如何相成ったかはお楽しみとなるわけですが、日本史の中での上杉謙信公の家がどうなったかは記しておいてもよいでしょう。結論は米沢藩・上杉家として紆余曲折をへて明治維新を迎え、伯爵となりました。現代も活躍しておられるようです。

 有名な話としては、米沢藩・初代上杉景勝の次、二代目定勝の娘さんが吉良上野介(きらこうずけのすけ)の奥さんになり、そこに生まれた息子さんが上杉家の四代目当主綱憲(つなのり)となったことです。これは三代目綱勝が急死したので、死後慌てて他家(吉良)から養子を迎えたことになり(末期養子)、これを幕府は許可しましたが米沢藩はこの時30万石から15万石に削封されました。

 四代目当主の実父が吉良上野介でしたから、元禄十五年(1702)師走なかばの十四日、赤穂浪士の吉良邸討ち入りは、実は米沢藩上杉家にとっても危機だったわけです。上杉家の家臣達はなにがなんでも、吉良家に加勢をだすことを止めました。当主綱憲は実父が襲撃されるのを座して見ていたことになります。苦しみは大きかったと想像します。しかしもしも米沢藩上杉が吉良に加勢し江戸市中を騒がせたなら、おそらく米沢藩は取りつぶされたことでしょう。

 こうしてみると、上杉謙信公以来の上杉家は、直系ではなくて「家」の格式伝統の継承として残ったと言えます。もともとドラマの準主役・上杉景勝初代米沢藩主は、謙信公の姉の息子でした(甥ですね)。さらに米沢上杉四代目は他家(吉良家)からの末期養子だったわけです。もっとも、他家とは言っても四代目は二代目の孫ですから、応神天皇五世の孫からすると、近いとも言えます(笑)。

 と、そういう風に考えると徳川家も家康直系という雰囲気は相当に薄くなります。一番有名な事例は八代将軍吉宗は紀州から来たわけですね。つまり、家名を継ぐのが大切だったようです。そうでした! 上杉謙信公ももともとは越後の長尾景虎でしたが、時の関東管領上杉憲実から上杉の名を引き継いだわけです。

みどころ
 今夜のみどころは二つあったわけですが、私は子役が苦手なので(上手でしたよ)、爺さんの話を残しておきます。
 直江兼続の実父・樋口惣右衛門(ひぐち・そうえもん)、高嶋政伸さんが最初から演じておりました。今夜眠るがごとく大往生なさったわけです。

 このドラマで高嶋さんには滅多に言及しませんでしたが、実はお気に入りの俳優でした。樋口惣右衛門の人柄の良さとか、明るさとか、孫娘みたいな後妻をもらって兼続を困らせるところなんか、とても楽しく見ていました。
 当時の武士としては弱点とも思われる武勲に縁遠い人でした。ある意味でソロバン勝負、実は石田三成と同じタイプだったのです。ただドラマの三成は性狷介すぎて、つまり人当たりがよくなくて失敗が多かったわけですが、その点兼続の親父どのは無類の人の好さを画面一杯に漂わせていました。兼続が三成と親友になったのは、三成に親父と同じ傾向を見出していたのかも知れません。要するに合理的なわけです。いや、知恵がある人だったのでしょう。

 惣右衛門がお人好しで後年十代の後妻をもらった剽軽な人とばかりは言えません。最後は家老になっていたわけで、これは兼続が身びいきしたわけではなく、主君の景勝も樋口を大きく認めていたのでしょう。今夜、老家臣の亡骸を前にして、景勝が兼続にはっきりと、明言しました。「樋口惣右衛門に武功はなかったが、それ以上の働きをしてくれた。わしが今こうしているのは、惣右衛門の力があったればこそ~」。

 昔、謙信公が亡くなられたとき、「お館の乱」が起こりました。上杉謙信公の後継者争いで、景勝をふくめた二人の養子が争ったわけです。その直前、いや引き金になったとも言えますが、謙信公亡き後の春日山城を先に占拠したのは、景勝の許しをえずして夜陰に紛れて御金蔵を確保しようとした、樋口(後の直江)兼続と父の惣右衛門だったわけです。この時後押ししたのは父親の惣右衛門でした。彼は兼続に占拠を示唆し、みずからは渋る景勝を説得に行ったのです。してみると、上杉景勝の今あるは樋口惣右衛門の知略と策謀と忠心の賜だったと言えます。

 樋口惣右衛門は上杉の財政を実質的に切り盛り出来る人でしたから、執政兼続にとっては実の父親が一番頼りになったわけです。その他、妻のお船は京都の菊姫の面倒をみるのに忙殺され、また自らも自家を離れての仕事が殆どでしたから、兼続の息子や娘は親父殿が面倒をみていたことになります。一番頼りにしたのは、会津に移ったとき、米沢の切り盛りを実父の惣右衛門がしてくれたことでした。兼続にとっては、ややこしいことはすべて父親に任せきっていたわけですね。

 というわけで、樋口惣右衛門という直江兼続の実父の生涯は、今夜見事に要約されました。
 ドラマの視点から見ると、惣右衛門とは本当に偉大な父親だったのだと思いました。合掌。

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太陽を曳く馬/髙村薫 殺人:芸術と宗教(読書感想文)

閒と間
 禅宗の和尚・福澤彰之が死刑囚の息子・秋道(しゅうどう)に当てた何通もの手紙は、旧字旧かなで記されている。なぜこうなのかは、この新潮社上下本からは理由が見つからなかった。世上この髙村の作品は三部作の三つめで、他に『晴子情歌』、『新リア王』があると聞く。髙村の作品は「マークスの山」以来数作読んできたが、この晴子とリア王は未読のママに置いてある。ミステリーではない髙村の新境地として耳に入ったからだと、読まなくなった自分を想像している。私は髙村を優れたミステリー作家と考えてきたので、そうでない作品は今のところ読まずに済ませようと、心で決めたのだろう。その前の『レディージョーカー』に感動し、映画までみて鑑賞文をMuBlogに記していた。

 評論家の福田和也さんか、あるいは別人か、曖昧なままに記すのはご迷惑だろうが、以前髙村の一文を引用して、それを優れた文章と誉めはしたが、しかし(純)文学的な文章とは異なると、他の文章を引き合いにだして、大衆小説的な一品下る文章だと書いてあった。私は髙村作品のファンでもあったから、その時に一瞬ムッとした。福田さんかだれか分からない評論家に、「あなた、あなたのいう上等な文章は、ケレンがありすぎる。僕は、がちがちと突っかかるような髙村の文章が良いと思ってきた」と、遠く見知らぬ評論家に一人木幡で毒づいていた覚えがある。その評論家は当時の記憶では相当に読み込むタイプなので、言っていることは良く分かったが、私自身の中には上等な文章とはどうであるのかと、思いめぐらしてきて結論があったので、その時、かちんと来たのだろう。だが記録はしなかった。そんなことを書き出すと、明治以来の近現代文学の小説部門は、すべて「カスじゃ」「不用じゃ」「ミステリーだけがあればよい!」などと大言壮語に落ち込みそうだったので、気持を押さえてきた。という経緯がある。

 さて、一作家の一小説にたいしても、読者はそれぞれ事情があるもので、上述るる記したのは、三部作の前二作を未読だという条件で、この大作(上下)を読み終えた背景説明をしたわけだ。その中で、禅宗坊主の父・彰之がなぜ旧字旧かなで、一種精神の黄昏に近い死刑囚の息子に難解な手紙を何通も書き送ったのか? そこでなぜ「間」がすべて「閒」なのかという自問に襲われた。髙村が拘ったのか、あるいは読者の私が拘ったのか、良く分からないので、最初に問題提起だけしておく。今のところ解はない、解はないのだが小説結構としては、なぜ獄中の息子に延々と手紙を書いたのかはいくつか解釈ができるが、なぜ「閒」かは良く分からない。前作にその答えがあるなら、それを読むまでは分からないわけで、如何に三部作と言っても独立したタイトルで出された以上は、前作に戻らなくてもその上下で完結していることを、私は密かに念じたからでもある。まさか新潮社の優秀な校閲部門が「旧字なら、間はすべて閒だよ」と言った分けでもなかろうし、こだわりの薫嬢がそんな単純さで、単純なまま古典的な修辞を用いるわけもない。私の所持する昭和初期の評論など初版本を一応確かめてみたが、人間であって人閒ではない。もちろん戦後の旧字旧かな本をみても人間としてある。

 それもこれも三部作の最後から読み出したのが原因なのか、あるいは何年も前に某評論家にむかっとして、髙村がミステリーを辞めたと言う噂を耳にして失意に墜ちたのか、良く分からない自分がいた。今回この大作を数週間かけて読み切ったのは、警視庁刑事「合田(ごうだ)雄一郎」が姿を現すと、江戸の小説好きに勧められたからである。映画レディージョーカーではスーツにスニーカーの中井貴一が暗くて如何にも原作の合田にぴったりのイメージがあったので、その根暗な姿をもう一度新作で読んでみたいという思い切々から、髙村世界に浸りきった次第。

合田雄一郎
 もう合田も42歳ころになった話だ。警視庁では主任のような立場で動いている。日常の様子が詳細に描かれていて、その合間に合田の心的な、心の動きが自動筆記のようなスタイルで途切れることなく描かれて、これを映画化するのは大変だろうなと、ずっと思っていた。上司の管理官とかそういう官名の特徴は知らないが、上司とのやりとり。担当検事とのやりとり。やり手の弁護士とのやりとり、所轄刑事とのやりとり、坊主達とのやりとり、過去の自分とのやりとり。それらが、どこからどこまでが現在で、過去で、現実なのか想念だけのことなのか全部融け合った長文が延々と続いていた。

 まだある。
 合田は過去の妻との記憶、妻と双子の様な兄(検事をしているが直接会わない)との手紙のやりとり、アメリカの9.11事件でビルから墜ちていった元妻の風景、……。
 合田が一皮むけたとは思わない。照柿とかレディージョーカーのころから合田は普通の刑事ではなくなってきた。いや、初めから普通ではなかったのかどうかは確証を今認められないだけで、髙村の世界で合田は作中人物なのに事件や小説世界の中で異質だったのかも知れない。
 合田は、小説世界を飛び出していた、そんな気がして読み終えた。日曜評論感想文だとしても、なぜそうなのかを記すのが合理だろうが、今は書けない書きたくない、ともかく合田雄一郎は主人公なのに主人公の領域や振る舞いから飛び出してしまっている。それが髙村薫の造形の結果なのだろうと、確信した。

芸術と宗教と殺人
 ドストエフスキー『罪と罰』が優れたミステリー小説ならば、『太陽を曳く馬』はもっと優れたミステリーだと断言できる。当時のロシアは異様に土着的な中で神との対峙が作家やインテリの間では重要問題だったのだろう。神に対する道徳的な振る舞いがいろいろな作品の後ろに控えていて、私のような現代日本人からすると「なぜ、そんなに拘るのですか?」という発問が次々と出てくる。

 髙村の今作を長時間読んでいる間中、私の心中に生起したイメージはドストエフスキーと村上春樹『1Q84』だった。どういうイメージかの一部程度は書けるのでメモしておく。合田の独白や禅宗坊主福澤の手紙がともかく累々と文を積み重ねていく。ただし達意の文章だから遡りをしたくなる長文ではない。かといって合理の三段論法でもない。Aと非Aとが同値であるという風な現代哲学や曹洞宗道元禅師の禅問答にひっかかりながらも、それらはすべて合田や福澤の川のながれのような想念の流れ、心理の流れと思い切った時、髙村のときどき「重畳」した、古代詩歌のリフレインのような繰り返しに、ただうっとりと心身を任せてしまえば、いわゆる音楽などで全身投入した結果忘我になるのと同じ効果を味わった。これはドストエフスキーの長ったらしい登場人名を聞くだけで、気持が飛んでいくのに似ていた。

 1Q84を思い出していたのは、同時期の大作という意味も深い。両著書ともついちょっとの知的話題アクセサリーとして読むには重い作品だ。村上春樹の作品は若い人向けに周到に用意されたさまざまな糖衣がかぶせてあるが、これは村上のサービスであって、その小説構造や真意の複雑さは、一言二言では言い切れないし、そして大切な点は作者村上春樹は神ではなくて、考え考え書くことによって世界を解釈し直していると言って良い。だから若者向けの口当たりの良い作品だが、胃に入れてからどうなるか分からない毒薬じみてくる。一方髙村薫の『太陽を曳く馬』は読み出したとたんに、これは袋小路に入った極端に前衛的な現代芸術なのかもしれないと、一歩二歩と引いてしまうような作風だ。むしろ、長い間小説好きで中年、壮年になった読者向けの渋みの深い苦い作風と言えよう。

 ☆それで芸術
 禅宗坊主の手紙の相手、福澤秋道は前作で殺人を犯した前衛芸術家だったようだ。今作では合田が昔の事件を回想することで、合田の目に写った事件の概要が語られる。ミステリー風にいうと秋道の殺人動機がミステリーの要素として含まれている。ただし、これを書かないと誤解を受けるので書いてしまうと、その動機とは幼児期に親に虐待されたから、というような一直線の解ではない。むしろ、殺人動機の迷宮に赤い糸なしではまり混んでいく合田雄一郎の姿に小説の殆どが費やされていると言った方が正解だろう。それが殺人動機ともいえる。つまり、単純に秋道は極悪非道の若者で、同棲女性とその嬰児と、隣の青年を玄翁で叩き殺したのだから、死刑は当然。動機は「むしゃくしゃしたから」という一人勝手な殺意にすぎない。と言えば済むのだが、合田はそれでよいと思いながらも検事や弁護士や禅坊主たちと関わっていく。つまり合田の心象が秋道に代わって新たな動機を造形する、……。

 ☆それで宗教
 オウム真理教と禅宗との論争が延々と続く。ただし麻原彰晃が直接登場するのではなくて、オウム真理教が仏教か否かの宗教論争が下巻を通して若い禅宗坊主達によって語られていく。圧巻だった。話がインドの原始仏教以前のところまで飛んでいき、途中唯識論の難解な解釈もある。しかしここに話題の主として現れ、かつ元の宗教体験が不明な「末永和哉」は生前歩く唯識論じみた学僧でもあり、その彼が深夜トラックに引かれた。何故に?

 作者の一つの推定意図からも、私がもっともひきこまれた下巻の意味からも、本来はここを詳細に感想しなければならぬのだが、やめておくことにした。つまり、宗教とは信なくしては成り立たない壮大な仮想伽藍であり、和風好みの私には、知識としては現代最高の説き起こすべき問題であっても、現代哲学も宗教も、オウムも禅宗も感覚的に受け付けない私自身の再発見を得たということ以外では、語りうることはないと達した。つまり、私はこの時合田雄一郎と一身になっていた。(合田が和風とは言っていない)
 ただし、消えた福澤彰之のことを作者髙村薫がどのように考えていたかは、別の小説に期待したい。

 ☆殺人で結ばれる芸術論と宗教論争
 複雑な小説だが単純に言うと、昔福澤秋道が殺人事件を犯し、その父親が坊主の福澤彰之で、今回検事から指示されたのは、その福澤彰之が関係していたサンガ(禅宗の道場)の雲水の一人が深夜トラックにひかれ死亡したことについて、両親が寺を告訴したことが、小説世界の発端となっている。これらの関係は一直線ではない。AはB故にCである、という合理精神からは外れた世界である。

まとめの感想
 そう言えば『マークスの山』の世界も、髙村薫世界は初めからどんよりした黒く重い雲に覆われていた。
 それだけ暗い世界にかくも引き込まれてきたのは、主人公の合田雄一郎が得難い人格構造を持っていたからである。女性作家という避けられない立場から、かくも「男」としての合田を作り上げたのが、髙村の力量の表れと、今回も再確認した。

 芸術と宗教。これは解きえない問題だから、私は和風、古神道に戻り髙村女史や春樹兄はオウムや唯識論にまだまだのめり込む。世閒、いろいろな平日作家や日曜作家や日曜評論家が居て、ますます楽しくなる。『太陽を曳く馬』を読んで、われかくの如く自らの空耳を聞いた。

 なにも引用せず、一々のスジを書きはしなかったが、この感想文を髙村薫へのオマージュ(賛歌の意とす)とする。
 そうそう、合田の想念にあらわれる時々の重ね句が、最高によかった。そこで合田の意識が一瞬飛ぶような気分になって、私は「小説」というものの醍醐味を味わった。翔ぶように、翔ぶように(笑)。

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2009年10月10日 (土)

小説木幡記:2009/10/10(土)鴨なんばも大覚寺の紅葉もまだでした

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↑大覚寺で見かけた牛車(ぎっしゃ) 秋だから見られたのかな?

 朝から葛野にでかけた。八時頃から一時間ほどかけて「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」のHOゲージレール土台をスチレンボードで作った。2枚重ねで1㎝ほどの厚さにして、レールの下に敷いたら安定した走行になった。
 九時ころから、昨日送られてきた仕事メルの添付ファイルを開けて、別のファイルに複製しだした。ただし、単純に複製するのではなく、別のファイルと照合しながら整理していった。
 11時ころ御隠居さん達が来室した。美味しそうなポテト菓子持参だった。
 さっそく機関誌Truthの最新号を手渡した。ごくりごくりと読み出した。直接手渡すと、郵送料が浮いて経理が少しだけ楽になる。

 ともかく、お昼なので近所で蕎麦でも食べようとなった。
 残念ながら鴨なんばの季節には早かった。親子ドンブリ、親子なんば、鳥ナンバ、……。「ナンバって、なんでしょう」「なんば言っちょるね、ナンバは南蛮の略と違うか?」「?」「南蛮仕立ての料理法かな、……」

「天気もよいから食後の運動に、紅葉でも観て帰ろう」
 と、言うわけで近所の嵯峨御所・大覚寺に寄った。
 噂では、京都通が選ぶ一番のお寺らしい。余も実に気に入っている。ただし、このあたり全体は余が小学校のころから遊んだ地域だから、余自身は京都通ではない。単に地元で育っただけだ。なのに思い出してみると大覚寺境内にはいったのはもう足かけ10年以上前のことだった。毎年そばの大沢池で桜を撮るが、中にはなかなか入らないものだ。

 延々と渡り廊下があって、後宇多法王の輿や、玉座や、それはそれは大覚寺統の流れを目の前にみるような不思議なお寺である。密教の雰囲気がそこここにあった。真言宗大覚寺本山、と大きな表札があった。

↓写経(室)前の広い廊下
Akanagaimg2_5336 ところが、鶯貼りの廊下をめぐれどもめぐれども、紅葉はまだだった。般若心経写経の部屋の前にまで来たとき、ついには紅葉を諦めた(笑)。広い廊下というよりも、縁側みたいなところにも、土曜日のせいか人が沢山いた。もちろん写経場の中でも、数名が写経をしていた。
 広い廊下があまりに気に入ったので、人影がわずかに途絶えたところで「廊下の広さ」を写真に撮っておいた。

 その先は、大沢池を一望にできる月見台だった。秋の月をここから眺めれば秋夜も映えるだろうなと思って、数枚写してみた。例年は対岸からこちらを写すわけだが、どちらからみても大覚寺であり、大沢池だなぁと、独り言をつぶやいていた。今年の春の写真や、昔のがあるので引用しておこう。(2008:広沢池&大覚寺裏)、(2007年の大沢池・大覚寺

 喉が渇いたので帰りに珈琲店に寄って、美味しいスコーンを食べて帰った。
 御馳走になった。
 葛野に戻ると御隠居さんたちはそれぞれに、恩師の元に挨拶をしてくると、屯所を出て行った。夕食を御馳走になったと想像しておる(爆)。ご隠居さん達の恩師はみなみな裕福だから、なかなかに真似ができぬのう。

 無人になって、余は大覚寺の寺ショップで入手したお香をたきしめ、しばし瞑想した。(そうか、京都の紅葉は10月では無理なのか? いや、深山に入ればもう色付いているかもしれない。いやはや桜狂いで疲れ果てる毎春だからせめて秋くらいは、心静かに席をあたためよう、……)
 と、その時ノックの音がした。
 ベテラン教授が二人、「ご相談が」と言ってドア前に立っていた。(ついに、余を査問するのかぁ!)と身構えたが、なんのことはない、朝に途中まですませた大学全体の時間割の調整相談だった。それにしても土曜日の昼下がりにまで、ベテラン教授が仕事をしているとは、~。いやはや感心した。

 「まだ途中ですが。両学科おそろいとは、これは珍しいですなぁ、あはは」と、なお不審の解けぬ探り笑い。
 「先生こそ、今日も、御研究ですか?」
 「いえいえ、お求めの仕事をしこしこと」
 と、そこから延々と各学科と熱い熾烈な外交交渉に入った分けじゃない。
 ……。
 肝心なことは「いや、それは後日に決定しましょう」と言って、あとは懐古談に終始した。
 お二人が部屋をでたあと、だんだん夕暮れが近づいてきた。それから延々と午前の続きを始めた。
 気がついたら暗くなっていた。
 土曜の夕暮れ、とぼとぼと葛野を後にした。
 本日これにて、三件落着。

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小説木幡記:2009/10/10(土)温泉鉄道ジオラマ:湯郷温泉てつどう模型館

 岡山県の美作市(みまさか)に「湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館」ができて一年を迎えるとの記事があった。ゆのごう温泉、と読むらしい。

 ☆ 昭和の香り、温泉街わく、京都精華大の学生も協力(産経関西
 ☆ 【鉄道ファン必見】間もなく開館1年~貴重な昭和の鉄道資料ひしめく「湯郷温泉てつどう模型館」の全て(MSN産経ニュース
 ☆ 湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館(HOME頁

 岡山県の美作(みまさか)とか津山は行ったことはないが、島田荘司さんの小説にはよく登場する地域で、懐かしい気持になる。それで地図を見てみた。すると、中国自動車道の美作ICのすぐ側とわかった。ここなら、通り過ぎたことがある。

(湯郷温泉:岡山県美作市湯郷)

 山の中なのに(笑)鉄道が、姫新線、津山線、智頭急行(これは鳥取へ行ったときに乗った)と、レトロな風情のありそうな線路が沢山ある。新聞記事では、近所の津山駅は鉄ちゃんのメッカみたいなところらしい(扇形機関車庫)。なにか、岡山県の山奥って、住んでいる人には申し訳ない言いぐさだが、ロマンがあるなぁ。たしか鍾乳洞もたくさんあるはずだ。温泉もあって、ミステリ小説がいくらでも書けそうだ!

 そうそう、わざわざ記事にしたのは、京都市の北にある精華大学の先生とか学生達が街おこしのために大きなジオラマを作ったというのも、気になった。マンガ学科の学生たちがこの地域のマンガを描いて、それを建築学科の学生達が鉄道ジオラマにした、という話。うちの屯所の学生達も見習って欲しい脳~。

 うむ。わが葛野でも、マンガ学科とか建築学科と迂回せずにはっきりと「鉄道図書館列車ジオラマ学科」でも作れば、全国各地の村おこし、町おこしに出掛けていって、ジオラマを作ってあげられるようになるなぁ。しかし、<鉄道図書館列車ジオラマ学科>では、つぶしがききそうにないから、やはり学生募集に苦労しそうじゃ(cat)。

 そんなこと考える暇があるなら、「葛野起こしに力を尽くせ!」と、どっかから聞こえてきた、空耳か。

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2009年10月 8日 (木)

小説葛野記:2009/10/08(木)台風とよしなしごと

 また、日が暮れた。
 今日は朝から台風騒ぎで、結局手持ちの授業二つを休講にせざるを得なかった。しかし昨今は、休講になっても誰も喜ばない(笑)。学生も教員も必ず落とし前を付けるシステムになっておる。だから、予定が狂うだけで辛さが倍加するのう。

台風台風暴風警報
 午前6:40の気象庁サイトでは京都府南部が暴風警報だった。7時に解除されていなければ休講になる。余は午前に二科目を担当しておる。仕方なく7時過ぎに関係blogに「休講通知」を入れた。ほっとしてPC消して寝ましょう(昨夜からずっと台風情報で寝不足)と思って、神経質にもちらりともう一度気象庁を再確認した。7:45分だったか。なんだかサイト反映が遅くなったなぁとマシンを見ていて、reloadされた記事を見て、愕然。7:42発表では、京都府南部だけ! 警報解除。あはは。

 というわけで午前10時までに解除されたときは、午後から授業とのルールがあって、午後は他の先生方が授業をしておったし、学生達も昼頃から登校してきた。

 まったく、台風18号! しかし、一応今のところ関係者学生などの事故情報は耳に入ってこない。兵庫や大阪や滋賀県は、警報解除が遅れたようだが、その近辺からの学生はたくさんおる。阪急は動いていたようだが、滋賀県はちょっと風が吹いただけで列車が止まる県だから、滋賀に居住する先生方も、学生も、余よりストレスは強かったろうな。合掌。

よしなしごと
 一杯あった。
 もう~、と夕方までうなり続けた。改正改正また修正。~この仕事、いつまで続く地獄まで。
 なんだか。
 このごろ余から文学的香気も消えたような気分(爆)。

 しかたなく時々Nゲージの車両編成を変えて走らせたら、これがまた脱線、脱線。どうしようもなくふとメガネを付けてみてみたら、ポイントの隙間に小さな発泡スチロールのカスが挟まっておった。大体、人生の失策も失意もこの程度のことが発端になる脳。

 さて、明日はまた大学責務、重責あり。夕方は会議。
 積ん読がさらに丈を増し、邪馬台国周遊図書館ジオラマは永遠に発泡スチロールのまま、レールはカスだらけ。
 夕べは葛野と何おもいけん。 

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2009年10月 6日 (火)

小説葛野記:2009/10/06(火)読書の秋の日記

 ふぅ。外は暗くなった。つくづく秋だなぁ、と思う。
 今日は終日委員会仕事に尽くした(笑)。やってもやってもとめどなく修正やミスが入る。先任や秘書さんやを巻き込んでの大騒動が毎日ずっと続いておる。まことに、大学のカリキュラムというものは、複雑怪奇なものと、ようようこの歳になって分かった。今期すべて終わるのは来年の3月の委員会になろうか。しかるに、年度末に突然どなたかが「もう、授業行くのやめたぁ~」とでも言おうなら、余の胃には穴が開く。ふむふむ。自虐的な校務よのう。

読書の秋

 最近は読書感想文も書いておらぬ。読んではいるし、読む予定もあるが、9月は夏期論文の仕上げに埋没し、10月は倶楽部助勤をともなった授業や、委員会に謀殺(ママ)されて、読むには読むのだが、どうにも出力ができない。

 最近出色は、高村薫さんの『太陽を曳く馬』上下。うむむのむ。感想を書きようがない。逃げ出したくなるような難解きわまる大作やった。しかし、これを感想文にまとめないと、MuBlogの男がすたる! 辛いねぇ。
 あとは、小野不由美さんの新作短編。これは未読やが、緊張するぞぉ。そうそう、同著者の漫画・ゴーストハンター10と11。さて、いつにしようか、楽しみ。
 島田荘司さんの旧作が、再読、初読とりまぜてある。
 森博嗣さんのα目薬も、ええかげんけりを付けて感想文を書かないと、先に進めぬ。
 村上春樹さんのカフカなんぞも未読だったので、読まないとね。時代に遅れる(笑)。
 などと、某『後鳥羽院』とか古典『新古今和歌集』も今の内に目を通さないと、来夏が今夏に倍して辛いことになる。
 ああ、Linuxの教則本もあったぁ。~
 DCC(鉄道模型のディジタル化)の教則本もあったぁ。~
 ロボット大全もあったぁ。~

 一体、読書の楽しみだなんて、だれが申した! と、自らいじめ抜きながら読むのも果報よのう。

葛野図書倶楽部2001の御隠居さんたち
 今春にはいって、倶楽部の機関誌にご隠居さんたちの記事をお招きしておる。
 なんだか、順調に記事をいただけて、実にうれしいのでメモをしておく。これまで原稿を依頼して最速は即日、長くて10日間ほどで応諾のメルがあった。ありがたいことである。
 みなみな、過酷な社会人でA4判2枚の原稿を無料で書いていただくなんて、頼む方も頼むほうで、酷い話じゃ。

 夏号: 局長2002、副長2008
 秋号: 書記局長2003、副長2006、経理局長2008
 冬号(来年1月号):局長2004、三番隊長2005、局長2007、書記局長2008
 来春号はこれから算段。楽しみが増えた(笑)

ジオラマのこと
 どれもこれも(木幡の島図書館、葛野の邪馬台国周遊図書館、高台の図書館、山裾の図書館、宇治周遊図書館、昭和の図書館、……)未完成のままだな。嵯峨野鉄道図書館と高台の図書館は、一応彩色はしたが、「これが近未来の図書館列車だ」というのは気恥ずかしい。

 ただ。今日もTOMIXからカシオペア号の動力台車が送られてきて、一応日々メンテナンスは行っておる。(カシオペアを半径14センチで走らせるために、台車のある部分を削ったら、台車がぷかぷかになって、修理不能になったというわけ)

 しかし、木幡の島図書館の3方向自動運転ならびに60x60センチの中で3重ループを使って、中央図書館と各駅図書館を結ぶ企画は、動力面では完全な動きを見せておる。高低差は30センチ弱もある急坂なり。
 また、邪馬台国周遊図書館列車ジオラマでは、外側にNゲージ、内側にHOゲージを敷き、これも両者の走りは完全に近づいてきた。ただ、三輪山や箸墓の横っ腹にトンネルを掘らざるをえなくて、これが心理的にものすごい抵抗を見せてきた。まことに罰当たりなジオラマを、なぜ余は造り出したのか! 破壊衝動と未来への統合飛躍衝動が渦巻いておる。やはり、お祓いを済ませてから石膏塗りや彩色をしないとな。(ジオラマ鉄道図書館企画で、お祓いをするというのは、余にとっても前代未聞なり)

ということで

 また明日は、授業や倶楽部や、会議や会議や盛りだくさん。
 今日は三番隊長と二番隊員と、経理局員と話す機会をもったが、倶楽部も余が忙しさにかまけて隊員たちの重責を放置するわけには参らぬ。それぞれ、「よもぎ大福」を渡して慰労しておいた。なかなか、みんな忙しそうだ。 

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2009年10月 5日 (月)

八十八万アクセス(88万/全体153.4万):MuBlogの分析

承前:八十六万アクセス(86万/全体149.5万):MuBlogの分析(2009.08.26)

観測日時:2009年10月 05(月) 20:25

MuBlog累計アクセス数: 880030 1日当たりの平均: 433.94
 (開設日2004/03/07 記事数 1,853 件 コメント 4,324 件 トラックバック 1,368 件  )
サイト全体累計アクセス数: 1534509 1日当たりの平均: 756.66
解析対象期間:  2009年9月5日(土) ~ 2009年10月4日(日)

(0) MuBlog88万アクセスの感想

PCと携帯:アクセス対象の傾向について

 先回とおなじく携帯電話のアクセス統計について気がついたことをまとめます。というのも、最近の携帯アクセスは、以前が1日平均100前後だったのが、このごろは200前後になっていて、一種の異変を味わっているからです。それでは、そのアクセス先(記事)がどうかと見てみますと、確かにPCと携帯とでは微妙な違いがあります。

☆PC・MuBlog30日分

1 トップページ 615 1,173 5.0% 7.7%
2 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 587 659 4.8% 4.3%
3 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 480 531 3.9% 3.5%
4 自作鉄道模型 233 289 1.9% 1.9%
5 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 153 219 1.3% 1.4%
6 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 152 217 1.2% 1.4%

☆携帯・MuBlog30日分

1 トップページ 620 620 10.0% 10.0%
2 ミホミュージアムの秋 579 579 9.3% 9.3%
3 NHK篤姫 185 185 3.0% 3.0%
4 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 170 170 2.7% 2.7%
5 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 96 96 1.5% 1.5%
6 NHK天地人 95 95 1.5% 1.5%

 PCと携帯とで同じ対象記事は{トップ、丕緒の鳥、20世紀少年}です。残りの記事でPCは、{鉄道模型、PC、PC}で、携帯は{ミホミュージアム、NHK篤姫、NHK天地人}です。

◆PCと携帯共通のアクセス記事

 共通{トップ、丕緒の鳥、20世紀少年}については、「トップページ」は両アクセスともにそこそこの常連客がいると分析しています。サーチエンジンで直接ガイドされるよりも、時々ご自身の「ブックマーク」からMuBlog新規のトップ記事を見るわけで、これはお得意さんと考えています。仮にPCと携帯利用者は独立していると考えると、PC:携帯→1173:620→2:1となり、つまり常連さんはPCが携帯の2倍程度と推測できます。

 {丕緒の鳥、20世紀少年}の両者が上位共通とは、おそらくこの両者が世間の人気テーマで、かつMuBlogの特性と考えます。ただし、Googleでみると次のように相当な違いがあります。KGR指標はそれぞれ高いわけですが、解釈は大きく異なってきます。

丕緒の鳥 1位/ 47,900
 2.08KGR(091005){丕緒の鳥}
20世紀少年 11位/492,000
 2.24KGR(091005){二十世紀少年、ネタバレ}

 つまり「丕緒の鳥」はマイナー世界での1位、「20世紀少年」はメジャー世界での11位となり、しかも後者は「ネタバレ」という限定を付けなければ、上位には入ってきません。このことからPC・MuBlogでの特性をより強く出しているのは、「丕緒の鳥」であり、これは世間の流れとは独立して、記事の待遇が高いと言えます。後者は「20世紀少年」とか「二十世紀少年」で探しても、MuBlog記事はまったく見あたらないので、「ネタバレ」という特殊な限定詞によって誘導された結果に過ぎずMuBlogの特徴ではないでしょう。単純に記事中の「ネタバレ」に反応したにすぎない偶然事と考えられます。

 よって本日(2009.10.5)時点では、MuBlogへのPC・携帯両アクセスは小野不由美さんによる「丕緒の鳥」というマイナー(多少オタクの雰囲気も香ります)ではあるが、非常に「濃い」短編小説によって性格付けられていると判断できます。これは著者Muにとっては望外の幸と感じています。

PCアクセスの特徴:男性的?

 PCアクセス特有の{鉄道模型、自作PC、自作PC}はMuBlogの性格を象徴もし、同時にPCでアクセスする利用者は、比較的男族に多いのではないかと想像します。鉄道模型やPC自作は一般に男性志向が強いという、世間一般の風潮から考えると、そうなります。

携帯アクセスの特徴:女性的?

 他方携帯アクセス特有の{ミホミュージアム、NHK篤姫、NHK天地人}は、「ミホミュージアムの秋」への携帯アクセスが最近常時あるので、いささか不審を抱いています。非常に優れた博物館ですが、山中なのでクルマがないと行きにくく、かつ洋菓子「モンブラン」などのメニューが評判です。この両者から考えると、女性のアクセスを想定しますが、これだけでは、ちと考え過ぎかもしれません(笑)。

 なお{ミホミュージアム、モンブラン}ではGoogleで1位/1150、{ミホミュージアム、秋}では3位/15600でした。前者は、86.96KGR(091005) {ミホミュージアム、モンブラン}、 後者は19.23KGR(091005) {ミホミュージアム、秋}となります。

 KGR指標は経験的に10KGR以下ですと、ネット上で一般的な意味を持つ好待遇記事と想定できます。両者ともこの範囲に入っていませんし、かつKGR が100以下ですから、この記事へのアクセスは「普通」のものと判定できます。

 しかし一位とか三位は特殊です。その事情は想像するしかないです。おそらく格別に洋菓子モンブランを食べて印象に残った方とか、なんとか山中の豪華博物館へ行ってみたいと思われる方の連続アクセスではないでしょうか(残念ながら、携帯アクセスはPCアクセス以上に、利用者の地域とか、使用OSとか、その他情報をえることができません)。

 また昨年のNHK篤姫と、今年のNHK天地人とが携帯ではアクセス頻度が拮抗し、また昨年のNHK篤姫が本年の天地人の2倍のアクセスを示しているのは、どうにも理解に苦しみます。仮にPCアクセスにあるRAIDとかアクリルケース記事を男性固有のものとするなら、これは明らかに女性の趣向だと感じられますが、それにしても昨年記事へのアクセスが多いというのは、一体どうしたことでしょう。おそらく、このあたりに何かMuBlogの隠された特性があるのかもしれません(笑)。

まとめ

 まとめてみると、PCアクセスは男性志向があり、携帯アクセスは女性志向だとなりましょうか。なおかつ、PCアクセスではかねがね明瞭だったMuBlogへの過去遡及アクセス(自作PCはすべて2007年6月記事で、丕緒の鳥は2008年3月)の性質は、携帯においても昨年の篤姫アクセスでわかるように、過去遡及アクセスが強いと思われます。MuBlogはカレントな世間の流れよりも、一昔前の風潮を懐かしむ人によって支えられていると推量するのも可能でしょう。要するに、「懐古趣味」がMuBlogの特性だと、今回は痛切に味わいましたmoon1

追伸:さりながら2年前とか、1年半も昔の記事に支えられ、最近のヒットがないというのも、いささか忸怩(じくじ)たる思いがしますtaurus

注記:KGRについては、「KGRノート:仮想レファレンス」を参照してください。Google等での10万記事レベルでの当該記事のアクセス指標を意味します。数値が低いほど、当該記事がインターネット上で高い待遇を得ていることになります。

 
(1-1)PCページ別アクセス数
:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 15,232
訪問者数: 12,198
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 615 1,173 5.0% 7.7%
2 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 587 659 4.8% 4.3%
3 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 480 531 3.9% 3.5%
4 自作鉄道模型 233 289 1.9% 1.9%
5 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 153 219 1.3% 1.4%
6 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 152 217 1.2% 1.4%
7 Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 156 172 1.3% 1.1%
8 NHK天地人(36)石田三成の立場 129 152 1.1% 1.0%
9 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 120 149 1.0% 1.0%
9 NHK天地人(35)家康の政治力と前田利家 128 149 1.0% 1.0%
11 自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」 111 148 0.9% 1.0%
12 NHK天地人(38)関ヶ原と山形・長谷堂城 121 136 1.0% 0.9%
13 NHK天地人(37)直江状の背景:戦術義と戦略義 97 124 0.8% 0.8%
14 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 88 107 0.7% 0.7%
15 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 89 106 0.7% 0.7%
16 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 81 96 0.7% 0.6%
17 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 86 95 0.7% 0.6%
18 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 63 92 0.5% 0.6%
18 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 65 92 0.5% 0.6%
20 長浜研修旅行20090827(3)海洋堂フィギュアミュージアム黒壁-Nagahama2009 66 86 0.5% 0.6%
21 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 61 85 0.5% 0.6%
22 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 55 82 0.5% 0.5%
23 NHK篤姫(40)篤姫と和宮、家茂を挟んで写真を撮る 74 78 0.6% 0.5%
24 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 71 77 0.6% 0.5%
25 NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 71 76 0.6% 0.5%
26 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 47 75 0.4% 0.5%
27 昭和の鉄道模型をつくる(36)道路パーツ、街灯、電柱(小) 47 70 0.4% 0.5%
28 自作ロボット 63 69 0.5% 0.5%
29 昭和の鉄道模型をつくる(37)石畳道パーツ、柵パーツ 48 68 0.4% 0.4%
30 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 56 66 0.5% 0.4%
31 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 38 65 0.3% 0.4%
32 嵯峨野鉄道図書館 54 62 0.4% 0.4%
33 日本・文学・評論:かくれ里/白洲正子 57 61 0.5% 0.4%
33 小説木幡記 56 61 0.5% 0.4%
35 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 44 58 0.4% 0.4%
35 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 40 58 0.3% 0.4%
35 地図の風景 52 58 0.4% 0.4%
38 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 56 57 0.5% 0.4%
38 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 47 57 0.4% 0.4%
40 てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 39 56 0.3% 0.4%
40 室町和久傳(むろまち・わくでん) 46 56 0.4% 0.4%
40 NHK天地人(31)大義なき花戦:北の政所と、淀君 52 56 0.4% 0.4%
40 NHK天地人 48 56 0.4% 0.4%
44 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 48 55 0.4% 0.4%
44 NHK天地人(39)関ヶ原の終戦処理 48 55 0.4% 0.4%
44 美味しいところ 52 55 0.4% 0.4%
47 NHK天地人(34)国替え:越後→会津 44 54 0.4% 0.4%
48 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 41 53 0.3% 0.3%
48 読書余香 49 53 0.4% 0.3%
50 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(2)箸墓と三輪山遠望 42 52 0.3% 0.3%
51 昭和の鉄道模型をつくる(31)飯田郵便局  39 51 0.3% 0.3%
52 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 38 50 0.3% 0.3%
53 NHK天地人(33)五大老という合議制の成立ドラマ 41 49 0.3% 0.3%
54 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 46 48 0.4% 0.3%
55 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 41 47 0.3% 0.3%
55 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 33 47 0.3% 0.3%
55 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 25 47 0.2% 0.3%
58 バックナンバー 29 46 0.2% 0.3%
58 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(3)ホケノ山古墳 31 46 0.3% 0.3%
60 20世紀少年:本格科学冒険映画 (第一章)/堤幸彦監督、浦沢直樹原作・脚本 (映画) 36 45 0.3% 0.3%
61 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 35 44 0.3% 0.3%
61 0501010・大晦日の鍵善と八坂神社 27 44 0.2% 0.3%
61 じょうしょうこうじ:常照皇寺 33 44 0.3% 0.3%
61 NHK天地人(32)小早川秀秋:養子と実子 42 44 0.3% 0.3%
61 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 32 44 0.3% 0.3%
66 昭和の鉄道模型をつくる(26) 銭湯「松乃湯」 31 43 0.3% 0.3%
67 CPU空冷装置・掃除のお勧め 28 42 0.2% 0.3%
67 1Q84:Book1、Book2/村上春樹 Jと男が綾なす異・位相世界(読書感想文) 36 42 0.3% 0.3%
69 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 34 40 0.3% 0.3%
70 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 25 39 0.2% 0.3%
70 NHK篤姫(32)勝海舟と桜田門外の変 36 39 0.3% 0.3%
72 神々の乱心/松本清張<感想文 その2:明瞭な小説視点> 31 38 0.3% 0.2%
72 昭和の鉄道模型をつくる(22) パン屋(みのりベーカリー) 32 38 0.3% 0.2%
72 長浜研修旅行20090827(1)長浜城-Nagahama2009 24 38 0.2% 0.2%
75 長浜研修旅行20090827(2)黒壁美術館-Nagahama2009 28 37 0.2% 0.2%
76 「壬申の乱」の関係地図 31 35 0.3% 0.2%
76 2005年10月 30 35 0.2% 0.2%
78 益田岩船(ますだのいわふね) 26 34 0.2% 0.2%
78 昭和の鉄道模型をつくる(01) 車両 モ1031 27 34 0.2% 0.2%
78 目次:嵯峨野鉄道図書館ジオラマ 16 34 0.1% 0.2%
78 小説葛野記 34 34 0.3% 0.2%
82 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 26 33 0.2% 0.2%
83 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 30 31 0.2% 0.2%
83 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 22 31 0.2% 0.2%
83 モリログ・アカデミィ:MORI LOG ACADEMY/森博嗣 23 31 0.2% 0.2%
86 とんとん来:私の京都・河原町通{四条→三条} 25 30 0.2% 0.2%
86 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 27 30 0.2% 0.2%
86 NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎 25 30 0.2% 0.2%
86 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 28 30 0.2% 0.2%
86 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(07) 植樹 22 30 0.2% 0.2%
86 NHK篤姫(37)篤姫と久光:お互いの心象が興味津々 10 30 0.1% 0.2%
86 NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代 26 30 0.2% 0.2%
86 NHK天地人(30)利休の切腹と秀吉の偉光 27 30 0.2% 0.2%
86 NHK篤姫 24 30 0.2% 0.2%
95 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 29 29 0.2% 0.2%
95 150万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他) 20 29 0.2% 0.2%
95 椿井大塚山古墳の現況写真 18 29 0.1% 0.2%
98 2004年8月22(日)雨:山南敬助の死 26 28 0.2% 0.2%
98 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 21 28 0.2% 0.2%
100 うさじんぐう:宇佐神宮 24 27 0.2% 0.2%
100 NHK風林火山(31)真田幸隆の謀略 26 27 0.2% 0.2%
100 昭和の鉄道模型をつくる(30) 音羽書店 15 27 0.1% 0.2%
100 昭和の鉄道模型をつくる(33)木造平屋住宅 17 27 0.1% 0.2%
100 CSI:科学捜査班 シーズン1 DVD/01 20 27 0.2% 0.2%
100 スカイクロラ=The sky crawlers /押井守監督、森博嗣原作 (映画) <永劫回帰の空を見た> 25 27 0.2% 0.2%
100 NHK天地人(22)真田幸村と父・昌幸、兄・信之 24 27 0.2% 0.2%
100 目次:高台の図書館(ジオラマ|レール・レイアウト) 19 27 0.2% 0.2%
100 高齢者(老人)差別 26 27 0.2% 0.2%
100 読書の素 25 27 0.2% 0.2%
110 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 21 26 0.2% 0.2%

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1 トップページ 620 620 10.0% 10.0%
2 ミホミュージアムの秋 579 579 9.3% 9.3%
3 NHK篤姫 185 185 3.0% 3.0%
4 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 170 170 2.7% 2.7%
5 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 96 96 1.5% 1.5%
6 NHK天地人 95 95 1.5% 1.5%
7 NHK天地人(38)関ヶ原と山形・長谷堂城 63 63 1.0% 1.0%
8 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 61 61 1.0% 1.0%
9 バックナンバー 56 56 0.9% 0.9%
9 NHK風林火山 56 56 0.9% 0.9%
11 長浜研修旅行20090827(3)海洋堂フィギュアミュージアム黒壁-Nagahama2009 47 47 0.8% 0.8%
11 NHK天地人(39)関ヶ原の終戦処理 47 47 0.8% 0.8%
13 ごこうのみや;ごこうぐう:裏から見た御香宮 41 41 0.7% 0.7%
13 NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代 41 41 0.7% 0.7%
15 NHK天地人(36)石田三成の立場 40 40 0.6% 0.6%
16 NHK天地人(24)上杉軍4000と都人達 38 38 0.6% 0.6%
16 NHK天地人(31)大義なき花戦:北の政所と、淀君 38 38 0.6% 0.6%
18 博物館 37 37 0.6% 0.6%
19 NHK天地人(35)家康の政治力と前田利家 36 36 0.6% 0.6%
20 ほづがわくだり:保津川下り 35 35 0.6% 0.6%
21 ほうしょうかん:鳳翔館・平等院ミュージアム 34 34 0.5% 0.5%
21 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 34 34 0.5% 0.5%
21 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 34 34 0.5% 0.5%
24 0501120・ごこうのみや;ごこうぐう:表から見た御香宮 32 32 0.5% 0.5%
25 NHK天地人(37)直江状の背景:戦術義と戦略義 29 29 0.5% 0.5%
26 NHK篤姫(39)薩英戦争と徳川家茂(いえもち) 28 28 0.5% 0.5%
27 NHK篤姫(40)篤姫と和宮、家茂を挟んで写真を撮る 27 27 0.4% 0.4%
27 NHK篤姫(49)さらば大奥 27 27 0.4% 0.4%
27 北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」 27 27 0.4% 0.4%
27 Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 27 27 0.4% 0.4%
31 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 26 26 0.4% 0.4%
31 NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 26 26 0.4% 0.4%
33 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 24 24 0.4% 0.4%
33 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 24 24 0.4% 0.4%
33 小川珈琲本店 24 24 0.4% 0.4%
36 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 23 23 0.4% 0.4%
37 NHK篤姫(32)勝海舟と桜田門外の変 22 22 0.4% 0.4%
38 小説木幡記:2008/02/02(土)二階建て電車:京阪ダブルデッカー:近鉄ビスタカー 21 21 0.3% 0.3%
39 てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 20 20 0.3% 0.3%
39 とんとん来:私の京都・河原町通{四条→三条} 20 20 0.3% 0.3%
39 うさじんぐう:宇佐神宮 20 20 0.3% 0.3%
39 On30レイアウト:庭園鉄道趣味/森博嗣 20 20 0.3% 0.3%
39 NHK篤姫(36)寺田屋事件 20 20 0.3% 0.3%
39 NHK篤姫(38)嫁姑よりも勝海舟と坂本龍馬 20 20 0.3% 0.3%
39 地図の風景 20 20 0.3% 0.3%
39 美味しいところ 20 20 0.3% 0.3%
47 私の京都:木嶋神社の三柱鳥居(このしまじんじゃ・の・みはしらとりい)魔界巡礼秦氏の謎 19 19 0.3% 0.3%
47 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 19 19 0.3% 0.3%
47 日本・歴史・古代:白鳥伝説/谷川健一 19 19 0.3% 0.3%
47 NHK篤姫(48)西郷隆盛と勝海舟 19 19 0.3% 0.3%
47 1Q84:Book1、Book2/村上春樹 Jと男が綾なす異・位相世界(読書感想文) 19 19 0.3% 0.3%
47 読書余香 19 19 0.3% 0.3%
53 長岡京市立図書館の風景 18 18 0.3% 0.3%
53 へいあんじんぐう:平安神宮;平成十七年春 18 18 0.3% 0.3%
53 二階建て図書館列車考(5-2)乗車篇:嵯峨野トロッコ列車 18 18 0.3% 0.3%
53 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 18 18 0.3% 0.3%
53 NHK天地人(33)五大老という合議制の成立ドラマ 18 18 0.3% 0.3%
58 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 17 17 0.3% 0.3%
58 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 17 17 0.3% 0.3%
58 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 17 17 0.3% 0.3%
58 NHK篤姫(34)和宮降嫁 17 17 0.3% 0.3%
58 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 17 17 0.3% 0.3%
58 スカイクロラ=The sky crawlers /押井守監督、森博嗣原作 (映画) <永劫回帰の空を見た> 17 17 0.3% 0.3%
58 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 17 17 0.3% 0.3%
65 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 16 16 0.3% 0.3%
65 うじのわきいらつこ:莵道稚郎子(宇治墓) 16 16 0.3% 0.3%
65 葛野図書倶楽部2001組織図:概念の整理 16 16 0.3% 0.3%
68 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 15 15 0.2% 0.2%
68 昭和の鉄道模型をつくる(01) 車両 モ1031 15 15 0.2% 0.2%
68 NHK篤姫(29)落飾した篤姫:天璋院 15 15 0.2% 0.2%
68 NHK篤姫(44)大政奉還と小松帯刀 15 15 0.2% 0.2%
68 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 15 15 0.2% 0.2%
68 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 15 15 0.2% 0.2%
74 北九州の旅:仲哀天皇大本營御舊蹟(ちゅうあいてんのう・だいほんえい・ご・きゅうせき) 14 14 0.2% 0.2%
74 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 14 14 0.2% 0.2%
74 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 14 14 0.2% 0.2%
74 ごしきづかこふん:五色塚古墳 14 14 0.2% 0.2%
74 長浜研修旅行20090827(2)黒壁美術館-Nagahama2009 14 14 0.2% 0.2%
74 空色勾玉(そらいろまがたま)/荻原規子 14 14 0.2% 0.2%
80 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 13 13 0.2% 0.2%
80 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(07) 植樹 13 13 0.2% 0.2%
80 昭和の鉄道模型をつくる(35)長屋 13 13 0.2% 0.2%
80 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 13 13 0.2% 0.2%
80 NHK天地人(20)上杉景勝の英断 13 13 0.2% 0.2%
80 ゆきじんじゃ:由岐神社 13 13 0.2% 0.2%
80 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 13 13 0.2% 0.2%
80 椿井大塚山古墳の現況写真 13 13 0.2% 0.2%
80 自作鉄道模型 13 13 0.2% 0.2%
89 北九州の旅:和布刈神社(めかり・じんじゃ) 12 12 0.2% 0.2%
89 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 12 12 0.2% 0.2%
89 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 12 12 0.2% 0.2%
89 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 12 12 0.2% 0.2%
89 NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 12 12 0.2% 0.2%
89 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 12 12 0.2% 0.2%
89 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 12 12 0.2% 0.2%
89 NHK篤姫(46)最後の将軍・徳川慶喜 12 12 0.2% 0.2%
89 高齢者(老人)差別 12 12 0.2% 0.2%
89 森博嗣 12 12 0.2% 0.2%
99 山ツツジと522号線:滋賀県信楽町朝宮 11 11 0.2% 0.2%
99 ηなのに夢のよう/森博嗣 11 11 0.2% 0.2%
99 小説木幡記:20070301(木)敬語と学生語と朕 11 11 0.2% 0.2%
99 2004/10/31(日):新撰組:藤堂平助の死 11 11 0.2% 0.2%
99 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 11 11 0.2% 0.2%
99 NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死 11 11 0.2% 0.2%
99 いわがみじんじゃ:石上神社(淡路島・舟木) 11 11 0.2% 0.2%
99 邪馬台国周遊図書館ジオラマ(レイアウト) 11 11 0.2% 0.2%
99 NHK篤姫(33)和宮の許嫁 11 11 0.2% 0.2%
99 CSI:科学捜査班 シーズン1 DVD/01 11 11 0.2% 0.2%
99 絵葉書:紅葉と四季桜:香嵐渓+小原村 11 11 0.2% 0.2%
99 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 11 11 0.2% 0.2%
99 きゅうしゅうこくりつはくぶつかん:九州国立博物館(仮称) 11 11 0.2% 0.2%
112 20世紀少年(21)/浦沢直樹 10 10 0.2% 0.2%

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1 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 201 2.1%
2 丕緒の鳥  G Y M 184 2.0%
3 二十世紀少年 ネタバレ  G Y M 161 1.7%
4 うぶめのなつ  G Y M 74 0.8%
5 神々の乱心  G Y M 63 0.7%
6 21世紀少年 ネタバレ  G Y M 62 0.7%
7 柴本 幸 プロフィール 風林火山  G Y M 44 0.5%
8 小野不由美 丕緒の鳥  G Y M 43 0.5%
9 丕緒(ひしょ)の鳥  G Y M 42 0.4%
10 京都 寺町通り 地図  G Y M 41 0.4%
11 20世紀少年  G Y M 31 0.3%
12 是非もなし  G Y M 29 0.3%
13 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 28 0.3%
14 皇女和宮 懐妊  G Y M 26 0.3%
15 箸墓古墳 地図  G Y M 24 0.3%
16 天地人  G Y M 22 0.2%
17 甘樫丘  G Y M 21 0.2%
17 じょうしょうこうじ  G Y M 21 0.2%
17 小野不由美 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 21 0.2%
17 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 21 0.2%
21 鍵善  G Y M 20 0.2%
21 二十一世紀少年 ネタバレ  G Y M 20 0.2%
21 アクリル PCケース 自作  G Y M 20 0.2%
24 壬申の乱 地図  G Y M 19 0.2%
24 篤姫 生麦事件  G Y M 19 0.2%
24 室町和久傳  G Y M 19 0.2%
24 ホケノ山古墳  G Y M 19 0.2%
28 ケースファン 電源  G Y M 18 0.2%
28 山南敬助 堺雅人  G Y M 18 0.2%
28 ジオラマ 池  G Y M 18 0.2%
31 北の政所  G Y M 17 0.2%
31 鉄道模型 自作  G Y M 17 0.2%
31 白洲正子 かくれ里  G Y M 17 0.2%
31 20世紀少年 まとめ  G Y M 17 0.2%
35 由布姫 柴本幸  G Y M 16 0.2%
35 mublog  G Y M 16 0.2%
35 CPU 掃除  G Y M 16 0.2%
35 京都 ホットケーキ  G Y M 16 0.2%
35 神々の乱心 あらすじ  G Y M 16 0.2%
40 しる幸 京都  G Y M 15 0.2%
40 モンゴルの残光  G Y M 15 0.2%
40 昭和の鉄道模型  G Y M 15 0.2%
43 20世紀少年 ネタバレ  G Y M 14 0.1%
43 GA-G33M-D S2R  G Y M 14 0.1%
43 佐野藤右衛門  G Y M 14 0.1%
43 篤姫 ジョン万次郎  G Y M 14 0.1%
43 pcケース アクリル 自作  G Y M 14 0.1%
43 桜井茶臼山古墳 地図  G Y M 14 0.1%
43 石塔寺 滋賀  G Y M 14 0.1%
43 益田の岩船  G Y M 14 0.1%
43 RAID 自作  G Y M 14 0.1%
52 ヨルムンガンド 漫画  G Y M 13 0.1%
52 アクリルケース 自作  G Y M 13 0.1%
52 長尾真  G Y M 13 0.1%
52 米山真人 和菓子  G Y M 13 0.1%
52 益田岩船  G Y M 13 0.1%
52 椿井大塚山古墳  G Y M 13 0.1%
52 ホットケーキ 京都  G Y M 13 0.1%
59 前田利家  G Y M 12 0.1%
59 mori log academy  G Y M 12 0.1%
59 ジオラマ パウダー  G Y M 12 0.1%
59 windows raid 設定  G Y M 12 0.1%
59 桜井茶臼山古墳  G Y M 12 0.1%
59 自作 鉄道模型  G Y M 12 0.1%
59 二十世紀少年 ともだち  G Y M 12 0.1%
59 長浜  G Y M 12 0.1%
67 和宮 懐妊  G Y M 11 0.1%
67 天地人 石田三成  G Y M 11 0.1%
67 20世紀少年 小説  G Y M 11 0.1%
67 直江兼続 伊達政宗  G Y M 11 0.1%
67 samurai z  G Y M 11 0.1%
67 ubuntu mac  G Y M 11 0.1%
67 しる幸 京都 味噌汁  G Y M 11 0.1%
67 かくれ里 白洲正子  G Y M 11 0.1%
67 アートスペース上三条  G Y M 11 0.1%
76 自作PCケース アクリル  G Y M 10 0.1%
76 MORI LOG ACADEMY  G Y M 10 0.1%
76 貴志祐介 新世界より  G Y M 10 0.1%
76 喪神  G Y M 10 0.1%
76 落飾  G Y M 10 0.1%
76 海洋堂フィギュアミュージアム  G Y M 10 0.1%
76 篤姫感想  G Y M 10 0.1%
76 梅原猛 隠された十字架  G Y M 10 0.1%
76 ga-g33m-d s2r  G Y M 10 0.1%
76 cpu 掃除  G Y M 10 0.1%
76 セラミックグリス 塗り方  G Y M 10 0.1%
87 谷口敏夫  G Y M 9 0.1%
87 ジオラマ 川  G Y M 9 0.1%
87 高齢者差別  G Y M 9 0.1%
87 ロボットアーム 自作  G Y M 9 0.1%
87 長岡宮跡  G Y M 9 0.1%
87 英姫  G Y M 9 0.1%
87 三栖閘門  G Y M 9 0.1%
87 二十世紀少年 ともだち 正体  G Y M 9 0.1%
87 桶狭間の戦い 山本勘助  G Y M 9 0.1%
87 明治村  G Y M 9 0.1%
87 二十一世紀少年 ともだち 正体  G Y M 9 0.1%
87 ときわ 京北  G Y M 9 0.1%
87 六条院 模型  G Y M 9 0.1%
100 宇治市生涯学習センター ドールハウス  G Y M 8 0.1%

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1 丕緒の鳥 479 5.1%
2 自作 297 3.1%
3 京都 295 3.1%
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6 十二国記 249 2.6%
7 二十世紀少年 213 2.3%
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20 ubuntu 79 0.8%
21 うぶめのなつ 78 0.8%
22 Nゲージ 75 0.8%
23 小説 68 0.7%
24 21世紀少年 67 0.7%
25 NHK 64 0.7%
26 設定 60 0.6%
27 卑弥呼 58 0.6%
28 感想 57 0.6%
29 柴本 54 0.6%
29 プロフィール 54 0.6%
29 54 0.6%
32 日立 53 0.6%
33 しる幸 50 0.5%
33 昭和の鉄道模型をつくる 50 0.5%
35 丕緒(ひしょ)の鳥 49 0.5%
36 寺町通り 47 0.5%
37 かくれ里 46 0.5%
37 レイアウト 46 0.5%
37 分解 46 0.5%
40 ともだち 45 0.5%
40 懐妊 45 0.5%
42 交換 44 0.5%
43 xp 43 0.5%
43 RAID 43 0.5%
43 白洲正子 43 0.5%
46 二十一世紀少年 42 0.4%
46 石塔寺 42 0.4%
48 昭和 39 0.4%
48 掃除 39 0.4%
50 箸墓古墳 38 0.4%
50 写真 38 0.4%
52 和宮 37 0.4%
52 桜井茶臼山古墳 37 0.4%
52 是非もなし 37 0.4%
55 昭和の鉄道模型 36 0.4%
56 ケース 35 0.4%
56 windows 35 0.4%
56 石田三成 35 0.4%
59 鍵善 34 0.4%
59 ノート 34 0.4%
59 アクリルケース 34 0.4%
62 柴本幸 33 0.3%
62 森博嗣 33 0.3%
64 ホットケーキ 32 0.3%
64 TOMIX 32 0.3%
66 昭和の鉄道模型を作る 31 0.3%
66 PCケース 31 0.3%
66 滋賀 31 0.3%
66 ハードディスク 31 0.3%
66 由布姫 31 0.3%
71 プリウス 30 0.3%
71 HDD 30 0.3%
71 前方後円墳 30 0.3%
71 XP 30 0.3%
75 前田利家 29 0.3%
75 甘樫丘 29 0.3%
75 松本清張 29 0.3%
75 prius 29 0.3%
75 図書館 29 0.3%
80 ケースファン 28 0.3%
80 CPU 28 0.3%
80 長浜 28 0.3%
83 PCG-FX 26 0.3%
83 ハードディスク交換 26 0.3%
83 皇女和宮 26 0.3%
83 壬申の乱 26 0.3%
83 映画 26 0.3%
88 まとめ 25 0.3%
88 山本勘助 25 0.3%
88 京阪 25 0.3%
88 pcケース 25 0.3%
88 直江兼続 25 0.3%
88 usb 25 0.3%
88 冷蔵庫 25 0.3%
95 長尾真 24 0.3%
95 ヨルムンガンド 24 0.3%
95 佐野藤右衛門 24 0.3%
95 堺雅人 24 0.3%
95 京都市 24 0.3%
95 正体 24 0.3%

(4)アクセス地域1ヶ月分:MuBlogのみ

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19 岐阜 41 1.0%
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32 福井 19 0.5%
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(5)検索サイト1ヶ月分:MuBlogのみ

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検索サイト 割合
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NHK天地人(40)会津120万石から出羽米沢30万石

承前:NHK天地人(39)関ヶ原の終戦処理

 なぜ上杉家が取りつぶされることなく、上杉景勝、直江兼続両名が斬首、切腹にならなかったのかは、番組当初から好奇心を持っていました。

 今夜の話では、福島の指示で小早川秀秋が淀君に上杉家の断絶無きように頼み(徳川への拮抗勢力温存)、淀君は秀頼ともども家康に上杉成敗への手心を加えるように伝えました。
 他方、兼続は深夜ひそかに家康の側近・本多正信を訪れ、本多家の男子を直江家に婿とする(つまり、直江家を本多に贈る)算段を相談しました。

 二つが絡まって、上杉家減封・移封が決まったわけです。もちろん徳川家の中でどのような終戦処理にするかの意見は分かれたでしょうが、石田三成やその他が斬首、宇喜多秀家が(伊豆諸島)八丈島への遠流にしては軽かったと考えます。

 直江兼続が、本多正信に言ったセリフと、家康の判断はこうでした。
 つまり、上杉家執政の直江家に、徳川家参謀の本多家から息子が入り婿することで、将来自動的に上杉家の政治は本多の実家を通して、徳川家の制御下に入るという仕組みが作られるわけです。
 本多にとっては名門上杉家の執政職を自家から出すことになり、有利です。
 家康にとっては、上杉家が米沢にいて、徳川の支配下にあるかぎり、北の伊達家への重石となり、有利です。
 兼続にとっては、直江家が他家に奪われても、徳川家参謀本多正信とのパイプによって、上杉家の安泰は計れるわけです。

 兼続が本多正信に言ったセリフとして、もし改易お家断絶となれば、上杉は火の玉となって最後の決戦に立つ。諸国大名にはまだ豊臣に応じるものがいく人か居る。徳川の気持ちとしては、次は「伊達家」が火種になっていたこともあり、兼続の示した外交交渉に、結果として応じたことになります。

 ずっと以前から、家康のそばには常に本多正信がおりました。しかしほとんどセリフらしいものもなくて、どういう立場なのかは、ドラマを観ているだけでは分かりませんでした。しかし、兼続が名門直江家を本多正信に提供するという奇策がはっきりしてくると、本多正信の徳川家における隠然たる力が見えてきました。

 本多正信については、面白い短編小説があって、ドラマを観ながらそれを思い出していました。「かげろう忍法帖—山田風太郎忍法帖〈12〉講談社文庫」このなかの「忍者本多佐渡守」がそれです。

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2009年10月 3日 (土)

小説葛野記:2009/10/03(土)数秒前の記憶はどこに消えた

 ある小説を読んでいて、この世の中には、政治ではどうにもならないことも多くて、芸術や宗教の助けをえないと解決しないことがあると、いまさら気づいた。さらに、その芸術や宗教が狂気を助長させる現実も再確認した。

 人が大脳の発達に身を任せてから何万年たったのだろうか。今朝はそういう地球史、人類史の図書を読みたくなったが、あいにく手元にない。またいつか自習してみよう。

 つまり、大脳は精密にどんどん大きく(容量というよりも機能)なってきたから、その分故障も念入りでちょっとやそっとでは治らないようになってしまった。比較的単純な生命体だと、身を真っ二つにしても生きているし、ちょん切っても生えてくるものが多いが、どうにも、人間の大脳は故障するとなかなかもとに戻らない。そして現代社会は隅々まで精密な仕組みになっているから、大昔なら気にもならない大脳の故障も、やけに目立ってくるし、本人にもストレスがたまってしまう。

 最近、若年痴呆という言葉を耳にした。65歳以下で、社会生活をいとめなくなるほど物忘れが頻発しだしたら、危ないらしい。もっとも、映画や小説では40代での発症もみてきたが。要するに、めだってきたのじゃろう。

 余の場合、数秒前に「意図したこと」を忘れる傾向が強い。たとえば、数秒前に「カップ麺をたべよう」と思って、数秒後に席を立つ。そこで「はた」と首をかしげる。「余は、いまこのとき、何故に席をたったのか?」と、こういうことが続くと、授業もむつかしくなり、社会生活も出来なくなる。

 家を出た瞬間に「はて、どこへ行くつもりだったのか」とか、研究室を出たとたんに「はて、今日は授業か、会議か、出張か? 一体なぜ部屋を出た」と、日々自問自答が重なってくると、退屈はしないが、他のことが手に着かなくなる。

 なかなか、生きていくとは、艱難辛苦の道のりよのう。

追伸
 傾向として、20代でも余のような症状があることを、日々味わっておる。これは気質か病質かと、見極めるのが難しい。
 「なんで、この授業をうけているの?」「えっ? ……。ああ、うう」 

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