小説木幡記:2009/10/31(土)また別の僕を見た
土曜日の夕方、いつもはもっと解放感にあふれている日時だが、今日はいささか辛さが残る。
今朝、深夜だな、午前3時頃から9時ころまで一種の人事不省におちいった。
なんのことはない、腹痛だった。
年に一度か二度ある。
正露丸を昼までに合計五錠飲んだら落ち着いて、午後は横臥しごろごろしていた。気がついたら、本当なら葛野にでかけて済ませる仕事を小一時間、倶楽部blogへのコメントを30分、それから島田荘司さんを読んでいた。
食欲はわかない。一日掛けて、ジュースとヨーグルトと卵1個だけ口にした。
余は蒲柳の質にもかかわらず、持病以外は医師病院にいくことは滅多にない。風邪や腹痛や気鬱は風呂に入って眠れば治ってきた。今日も正露丸五錠でおさまる腹痛だから、もともと病気とは縁遠い質なのだろう。そう、風邪で医院へ行った記憶がこの数十年、無い。つまり、ほとんど風邪を引かないのだ。不思議だ。その代わり、ちょっとしんどくなったり、不調頭痛気分がわるいと、さっさと横になる。自分自身の自然治癒能力を信じているせいなのか、目が覚めたとき大抵治っておった。気が身体を治す。
そのかわり。
しょっちゅう「しんどい、ダルイ、ねむたい、嫌になった、馬鹿馬鹿しい、もう辞めたい」の愚痴愚痴をしょっちゅう呪文のようにつぶやいておる。風呂にはいっているときと、食事中と、眠っているときはそういう否定的言辞ははかない。気持がよいから、愚痴る必要も無かろう。
それで。
腹痛で七転八倒している自分、ごろごろしている自分、顔を歪めてPCで仕事している自分、けけけと笑いながらコメントしている自分、えらい激しい事件の展開に目を丸くしてミステリ(龍臥亭幻想)読んでいる自分、島図書館ジオラマを走るDD51のえも言えない振動音と振動を眺めている自分、明るい未来を夢見ている自分(笑)、……。
それらを天井からほくそ笑みながらながめている自分。
自分の末期も僕はそうやって眺めているのだろう。
そして、言う。
「あはれ、後ろ髪引ひかれる想い消えていく、私のまなこ総てを見、なおもそれでいて映らなかった青春(人生)を」と。
人生、やはり文学に尽きるなぁ。納得。
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