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2009年10月 3日 (土)

小説葛野記:2009/10/03(土)数秒前の記憶はどこに消えた

 ある小説を読んでいて、この世の中には、政治ではどうにもならないことも多くて、芸術や宗教の助けをえないと解決しないことがあると、いまさら気づいた。さらに、その芸術や宗教が狂気を助長させる現実も再確認した。

 人が大脳の発達に身を任せてから何万年たったのだろうか。今朝はそういう地球史、人類史の図書を読みたくなったが、あいにく手元にない。またいつか自習してみよう。

 つまり、大脳は精密にどんどん大きく(容量というよりも機能)なってきたから、その分故障も念入りでちょっとやそっとでは治らないようになってしまった。比較的単純な生命体だと、身を真っ二つにしても生きているし、ちょん切っても生えてくるものが多いが、どうにも、人間の大脳は故障するとなかなかもとに戻らない。そして現代社会は隅々まで精密な仕組みになっているから、大昔なら気にもならない大脳の故障も、やけに目立ってくるし、本人にもストレスがたまってしまう。

 最近、若年痴呆という言葉を耳にした。65歳以下で、社会生活をいとめなくなるほど物忘れが頻発しだしたら、危ないらしい。もっとも、映画や小説では40代での発症もみてきたが。要するに、めだってきたのじゃろう。

 余の場合、数秒前に「意図したこと」を忘れる傾向が強い。たとえば、数秒前に「カップ麺をたべよう」と思って、数秒後に席を立つ。そこで「はた」と首をかしげる。「余は、いまこのとき、何故に席をたったのか?」と、こういうことが続くと、授業もむつかしくなり、社会生活も出来なくなる。

 家を出た瞬間に「はて、どこへ行くつもりだったのか」とか、研究室を出たとたんに「はて、今日は授業か、会議か、出張か? 一体なぜ部屋を出た」と、日々自問自答が重なってくると、退屈はしないが、他のことが手に着かなくなる。

 なかなか、生きていくとは、艱難辛苦の道のりよのう。

追伸
 傾向として、20代でも余のような症状があることを、日々味わっておる。これは気質か病質かと、見極めるのが難しい。
 「なんで、この授業をうけているの?」「えっ? ……。ああ、うう」 

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