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2009年9月30日 (水)

小説木幡記:2009/09/30(水)眠ることも惜しまず、日々生きておる

昨日火曜日葛野行状記

1.ラーメン
 久しぶりに「天下一品ラーメン」をいただいた。京都発祥のチェーン店だが、比較的気に入っている。チェーン店といえば、他に横綱ラーメンとかタカハシラーメンとか来来とか、ある。どれもそれなりに入りやすいので使うことがある。
 純粋のラーメン専門・有名店も、京都市内に数カ所行きつけがあるが、自動車でないと行きにくかったり、駐車場がなかったり、あっても満席で、行く回数は年単位に減少する。
 それに、ラーメン店は「週に一回以上入らぬ」と言う、国是、いやちがった家訓、いやなんというか掟があるので、せいぜい昼食の「月三」程度の割合だな。

2.大学図書館と釋迢空x釈超空
 暇だったので(笑)、大学図書館にも行って「鉄道図書館(移動図書館)」関係図書を返却。替わりに昭和初期の歌関係を数冊。OPACでなかなか釈迢空が出なくて困った。なんのことはない、「釋」といれれば良いのだ。ついでに、しらぬまに「迢空」を「超空」としていたことに気付いた。折口信夫だと厖大すぎて、釋さんに変えると求めるものがすぐに出てきた。
 新旧漢字によって出るの出ないのは、まあ、いたしかたなかろう。と、そのことに寛容なのは新旧漢字の対応表を昔自製システムに組み込んだ時、いやはや1対1対応じゃなくてな、1対nでもなくて、要するに「n:n」関係の複雑さに青ざめた経験がある。……、まあよろしいでしょう。

3.連結器(カプラー)調整三昧
 ドイツのフライシュマン製HOゲージのディーゼル機関車に、日本製の車掌車やサロ124形図書館列車を曳かせることに小一時間かけた。要するに日独では、カプラー(連結器)の形状がまるっきり異なるし、おまけにレールの上からの高さが違っているので、単純に標準的カプラー(ケーディーの5番?)を付け替えるだけではすまなかった。

 さらにフライシュマンの機関車はカプラーを取り付けるところが金属製で、ビス穴を開けるのにも工具がなくて、こまった。単純にピンバイスを使ったが、折れそうになった! まだまだ工作未熟だねぇ~あはは。

 で、結局ごまかした。
 プラスティック製のフライシュマン無蓋車の、片方のカプラーだけ取り替えて、もう一方はそのままにして機関車に接続させた。標準的なカプラーを取り付けた方に、日本製の車掌車とか図書館列車を接続したわけである。なんとも、工夫ちゅうか、姑息というか。だが、無蓋車は実車「嵯峨野観光鉄道」でもトロッコ車の原型だから、HO模型でも椅子を付けたり屋根をつければ、立派なトロッコ車両に将来変身する。

 なお、プラスチック製だと、なんとかヤスリとかピンバイス(錐じゃね)とかニッパーで、カプラー取り付け位置のレールからの高さを調整できた。まあ、それなりに荒仕事はこなせるようになったのじゃ。

4.授業準備
 講義内容が十年一日であっても、実は毎週毎週、一科目あたり最低1時間は予習にあてておる。標準的には、その科目が終わった午後か翌日に、まず次週の準備をする。次に当日の早朝二科目分で90分くらいは時間をかける。

 年令の割りには時間をかけているのは、単純なことで、余が度はずれた神経症というか、心配性だからにすぎない。余は、一科目あたり90分授業を、約10分単位で切り刻んで、スケジュルを立てないと、途方にくれるタイプなのじゃ。これはもう仕方ないのう。
 で、毎回それをメモするわけでもなく(昨日午後はメモしたが)、じっと座って講義時間を想像するわけ。その時に、必要となる小道具もついでにイメージされてくる。その準備にもいちいち時間を取られる。

 たとえば、
 プロジェクターを使う時には、Macは充電されておるか、プレゼンテーションソフト(Mac専用とか、MSパワポとか、別種とか、……)は動くか、文字がずれておらぬか、ショートカット(エイリアス:プログラム起動の身代わり表示)が機能するかとか、なんとか。
 文章にすればたいそうなことやが、まあ、システム系はこの道40年以上なので、汗は出ない。

 さらに、
 配布用紙を調達したり、用紙のフォーマットを全科目統一させたり、チョークを用意したり、唯一板書するキーワードが漢字なら、ちゃんと書けるかどうか(20年以上もPC入力で済ませていると、自分の住所氏名くらいしか、書けなくなった能~)。
 教科書やハンドブックの言及所定位置に付箋を付けたかどうか~、などと一科目90分という劇場を運営するには、なかなか大変なのじゃ。

 だから、他の教授連がしゃかしゃかと、無理なく授業講義運営をしているのをみて、「さすがわ、大学教授!」と、いつも感心しておるでのう(爆)。

 ところが、演習授業は、これは楽々。ぜんぶ、助勤さんたちが運用してくれる。余は左団扇で居眠りしている。気がついたら半年すぎて、よい作品が眼前に現れてくる。実に、よいシステム運用や。
 人は、どこかでプラス、マイナス、足してゼロにしておるのじゃろう。

*.というわけで
 今朝は早朝1限目から「生涯学習」。青年は一年先も霧に包まれているらしい。少なくとも、30過ぎくらいまでの人生をまず想定してもらおう。でないと、話が進まぬ。十年先に、おのおのが鬼ママ、鬼嫁だろうが鬼お局だろうが、それは余にはあずかり知らぬこと。
 要は、脳と身体を使って、活き活きと、充実できるようにするには~。そういう社会を作るには、生涯学習というコンセプトを社会や個々人に組み込まないとな。
 それこそが、「人」として生まれた輪廻の一環、合掌。

 さて。珈琲でも飲んで眠りましょう。(ケッタイナ話じゃが、余にカフェインは誘眠剤のようじゃ)
 ふと時計を見ると午前3時。1時間ほど安眠すれば、睡眠時間は十分過ぎる(昨夜は9時すぎに眠った)。
 そういえば、昼寝もしたかのう、忘れた。
 毎日が、夢のように過ぎていく。

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2009年9月29日 (火)

小説木幡記:2009/09/29(火)医者に寄ったりなにかと

 どこがわるいわけでもないのだが、今朝は医者に寄ってくる予定。大体月に一回通って薬をもらうようになった(当然、有償)。で、関節も痛くなく元気はつらつ、よいこっちゃ(笑)。
 
9月だったか近所の某教授と廊下で会うたびに、
 某教「Muセンセ、またお会いしましたね。初夏に比べてえらい元気そうですな。見違えました」
  Mu「いえいえ、夏期論文で疲弊しとりまする」
 某教「いや、顔色もよくて、足取りもしっかりして、輝いてますよ」
  Mu「そうでっか。そうみえるだけで、会議が始まると、また寝込みますよ」
 某教「ほぉ、~」と、目をぱちくり。

 この某教授は、余が分類するに、結構「会議好き」なんだなぁ、これが! ときどき委員会でご一緒するが、切れの良い意見、突き刺すような論難(笑)、スッポンのような食い付き~、日頃感心して観察してきたし、内心「度胸あるなぁ。世間の分析も鋭い!」と頭を下げてきた。しかし、お互いに理解できない所もあるだろうと思っておる。余が会議に出る度に徐々に衰え、そのうちパタンと寝込んでしまう事実は、絶対にご理解願えないだろう~と。

 というわけで、今朝の医者通いは予防医学の一種じゃなぁ。かくして余は、密かに延命計画を遂行しておる。これをして保身と言われたなら、ちょっとむかつく。どんな生命体も、大体身の安全を自動的に図っておるもので、おかしくはない。

 うららかな(初秋だと、さわやか、がよかろうか。)一日になりそうじゃ。
 天下一品ラーメンでもたべて、葛野にでむいて、授業の準備でもいたしましょう。
 あ、そうだ。Macの完全Linux化も、ちょっと実験してみたい。
 安く仕上げる高性能自作PCも、勉強しておきたい、……。
 図書館ジオラマのレールレイアウトをPCでディジタル制御して、車両を本当の意味でロボット化する実験も、そろそろやっておきたい。やはりなぁ、列車には人工知能を載せないと、本当の仮想空間は完成しない!

 脳が動くのはこの10月一杯と見込んでおる。年末になると、またパタリと電池切れになってしまう。
 電池が充電されているまに、あれもこれもするなんて、忙しいなぁ(爆)。
 (過充電とか、ショートとか、なにやら不安材料も頭をよぎる)

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2009年9月28日 (月)

小説木幡記:2009/09/28(月)葛野研の活気

 充実した一日であった。

 1限は情報図書館学。DVDを鑑賞し、若干の解説をし、感想を書いてもらった。実は、音声が中断し約20分のロスがあった。後期課題の説明は次回にまわした。

 2限は資料組織(目録作成)の理論篇だった。これは後期課題の説明をし、関連することとして、教材Truthの所定の記事を探索してもらい、その内容と、前期の各人・共同作品との対比や感想を書いてもらった。A4判一枚を手書きでまとめるのだから約40分の時間を設けた。授業終了後、お握りを頬張りながら、全部読んだ。なかなかに、理論あり、共同演習の愚痴あり、的外れ、優秀なもの~多様だ、おもしろい。

 午後一番に校務のチェックを先任委員とともに行った。単純ミス、考え方の違い、いろいろ出てきた。約一時間後、それを全部清書し直して、関係教員に送付した。ふーっつ。

 その間、倶楽部局長は新人のうち、3名と面談をしていた。丁度、こちらの仕事が終わったので、局長からの報告を受けた。やはり、余の面談内容雰囲気とは微妙に違いがでてくる。それが良かった。現実であるかぎり、多視点が必要なのだ。いろいろな思いや考えは、時期や相手によって、コミュニケーション内容が異なってくる。当たり前のことだが、良い経験となった。

 そういうわけで、終日葛野研は出入りや話し合いがあった。まあ、一般に申すと、夏期の無人状態に比べると、活気があった。

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2009年9月27日 (日)

NHK天地人(39)関ヶ原の終戦処理

承前:NHK天地人(38)関ヶ原と山形・長谷堂城

終戦処理
 勝っても負けても終戦処理は難しく、誤ると後世への禍根を残します。戦い、勝敗に、正義も悪もなく、勝った者が正義なのです。この理(ことわり)は歴史の事実です。ただ、その経緯をよく理解することによって、後世の者は醜悪な勝利、美しい敗北と判詞をだすのでしょう。それが歴史家の基礎力であり、ひいては文学者の仕事なのです。
 それが出来るから、「人」なのだと思います。野獣の戦いなら、負ければ相手の胃袋におさまり、何も残りません。
 こういうことをこの頃、自分自身の中で温めることが出来るようになりました。

正義と悪
 三成が小早川秀秋を通して残したことに、兼続に向けての「生き抜いて、我らの正義の真実を伝え、残せ」という言葉がありました。
 このことが今年のNHK天地人の強みであり、そして弱点だったと思います。
 戦いに正義も悪もありません。強いてもうせば、暴力をともなった外交の一種に過ぎません。
 三成が言う「豊臣の正義」には、徳川からみた「徳川の正義」があるわけです。
 だから私には、兼続の決めぜりふ「正義」「大義」が今一つよく伝わらず、これまで難渋してきたわけです。

 兼続はもっと、「ぶざまな敗北だった」とか「大坂の三成に呼応したにもかかわらず、景勝大将の頑迷さに邪魔されて、家康を討てなかったのが敗因だった」と、言えばよかったと痛切に思いました。
 いや、兼続がそう分析したとしても、それで景勝を見限る必要はないのであって、極端な謙信公・家訓墨守者と極端な正義派執政という、まるで壊れた鍋に隙間だらけの鍋ぶた関係であっても、それはそれ、人と人との繋がりとして、よいペアなのですから、私の心をうつとおもいました。

 これほど「正義」を「大義」を叫ばねばなりたたない大河ドラマは稀少と思いました。「正義」が人類史に多くの禍根を残してきたことの実証は、優れた歴史家が幾千もの事例を証しております。
 「正義」がうまく行ったのは、日本なら戦後しばらくして、正義の味方「月光仮面」が現れた時くらいだと、思うのです。
 本当は、「勝てる戦を勝てなかった」を嘆き反省すべき一夜だったと思いました。

三成の斬首
 今夜のドラマの見どころは、しかしやはり三成と兼続との関係、そして主に兼続の反応だったと思います。三成の無念は、遠く会津の兼続の血涙によく現れておりました。最上軍の虎口を無事逃げ切り、一人広間に端座した兼続の額からの血が涙にまじり、手の甲に一滴、二滴落ちていきます。よい場面でした。
 これは兼続の気性からして、逃げ切った安堵涙ではなく、遠く関ヶ原を思った涙のはずです。

 三成の死を伝えに来た初音と座敷に対座し、漸く話が終わる頃、廊下の障子にはまだ鎧武者の行き交う影が写っておりました。こういうちょっとした演出に、私は感動したのです。

 そして。
 三者の目からみた三成の最期を、兼続が鎮痛の想いで聞く場面が良かったです。
 会津まで来た初音は「三成様は無念だったと思います」と、六条河原での極刑斬首の有様を伝えます。新選組の近藤勇局長と同じく、名誉ある切腹ではなく、犯罪人としての斬首だったわけです。

 京の上杉屋敷にお忍びで訪れた福島政則は、「自分は間違っていた。三成の考えを理解できなかったワシが馬鹿だった」と、三成と酒を酌み交わした一夜を語って聞かせました。そして最後に「秀秋に会って三成の話を聞いてやってくれ」と伝えました。

 兼続は、裏切り者の秀秋から、三成斬首前の牢での話を聞かされました。
 三成から牢を開けるように言われて秀秋は、
 「ワシは、三成のように、難しいことを決断できる器ではないのじゃ」と叫びました。
 しかし「兼続に頼む、生きて、我らの正義を後世に伝えてくれ」との、三成の遺言には、
 「裏切り者でも、三成の気持ちを兼続に伝えなければ、もう、人ではなくなると思った」と、兼続に告白したわけです。

 三者三様の話は、リアルな心理劇をみているような気持になりました。相互に矛盾はないので、演劇上の面白さは少ないのですが、それぞれがそれぞれの気持を兼続に伝える雰囲気が、それぞれに良かったわけです。

 だから、今夜のドラマも、優にしておきます。

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2009年9月26日 (土)

小説木幡記:2009/09/26(土)秋の夜長:ハノーバー電車

 昨日夕食終えて満足し、夕刊を眺めているまに熟睡。3時間眠って、深夜に目覚めた。日付が変わって土曜日になっていた。
 少し蒸し暑かったのでクーラーをいれたら、すぐにひんやりとして秋の夜長らしくなった。

↓広島電鉄・ハノーバー電車
Musimg_3218 読書するでもなくケースから広島電鉄の電車を引っ張り出してきて、島図書館に置いた。ハノーバー電車といって「広島市と姉妹都市関係を結んでいるドイツ・ハノーバー市から友好親善を目的として寄贈された1928年製の古風なトラムカー(路面電車)」(1)。先週近所で入手した。小さな市電だ、長さが6㎝と5㎜しかない。150倍すると10メートルに満たないことがわかる。店には前から置かれていたので気にはなっていたが、結局手にした。2300円。ハードカバーの図書を一冊買う気分だった。
 どんな風に気に入ったのか。
 ランプも点かないし室内灯をセットするようにもなっていない。店先に長く置かれていたのだから(2)、売れ筋ではないのだろう。しかし結局木幡研で走り出したのだから、なにか魅力があった。こういうレトロな姿をみていると気持が楽になる。日常世間は大抵追い立てられるような日々だから、どこかでストンと止まった姿は気持の安定にとてもよい。

 ただそれだけなら、写真を撮ったりはしない。
 動かしてみてわかった。とことこと静かに走る。以前別の車種でも触れたが、このハノーバー電車もツマミの1/3、目安として4v程度でじっくりゆっくり静音で走る。
 じっくり眺めていると、長年好きだった秋の夜長の読書耽溺に等しく、いやそれよりもずっと、短時間で気持が深くなってくることに気がついた。
 また30分ほど眺め入ってしまった。
 その電車に同化してしまったようだ。爽快な気分で気持が覚めた。癒やしとは手軽に言いたくない。気持が深化し、心の底の部分で融けていく解放感。これは余の瞑想の一種なのだろう。

 まだ午前2時。
 これから秋の夜長の読書に入ろう。本当に久しぶりだ。そうすると、ふつふつと物語への傾斜が始まってくる。余は現実に生きるよりも、夢幻の中で息をしてきた思いがする。
 日曜作家『湖底宮』、すでに500枚ほど書いてしまった。あと数百枚でかたを付けよう。
 秋の夜長。
 余のこれまでの、ほとんどのことは、秋季になされてきた。その秋、そろそろ10月に入る。気持が引き締まってくる。
 夕べは春となに想いけん~。

引用
(1)KATO製、Nゲージ:広島電鉄200形ハノーバー電車
(2)この世界では、人気のある車種は予約制で、予約段階で売り切れという車種も結構ある。しかし図書館列車に改造したくなる車種は、あまり人気がないのが好ましい。

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2009年9月25日 (金)

20090924の月例会と秋季助勤会:倶楽部組織図

Ok20090924kadonotati

 今年は著者・顧問Muが前半不調で、MuBlog掲載の葛野図書倶楽部2001行事記録も薄くなってしまいました。つまり、春先から初夏まで、カメラを持つ気力も、記事を書く気力もなくなり、最悪・顧問行事欠席もあったわけです。
 さて小さな組織でも、記念記録に粗密があっては良くないと思い、昨日9月24日に行われた、倶楽部月例会(後期授業の鉢巻き締め)と、夕刻の助勤会についてまとめておきます。
 世間でよくあるように、長男長女の記念は山積みされるのに、次男次女以降は、記録さえないという状態はよくないわけです(笑)。

1.月例会
 欠席は2名ありました。だから顧問をいれて10名が小さく写っています。それぞれやむをえぬ事情なので、機関誌Truthには枠付き貼り込み写真を合成するようです。

 学期始めの月例会なので顧問も出席し、ひとりで大演説をぶっておりました。もちろん、大統領や首相と同じく、話す内容はあらかじめ書記局長へ送付してあります。なかなか、大変緻密な組織です。

 顧問演説が終わると、次々と倶楽部新人の紹介や、局長以下、三番隊長までの報告が進みました。司会は書記局長です。
 ただ、普通の会議とは違って、毎年行事や運用内容は慣習的に定まっていて、各担当主任(主に長)の専権事項となっており、審議は殆ど無くて報告連絡が主になっています。各長の権限は強化されているので、顧問といえどもおいそれとそれを覆すことはできません。新選組に比較すると、永倉新八・二番隊組長の考えと同じく、局長も顧問も同士であって、主従関係ではないわけです。

 ただ情報を扱う組織であることから、顧問の通達メールに関する「復命」は厳守することになっています。主に助勤との授業演習遂行時に、その厳しい(笑)関係は発揮されます。
 抗命・違反は即日◎腹でしょうね。
 その他のことは、おりおりの局長キャラによって異なりますが、比較的ゆるい運用が慣例となっています。ついでながら、ルールの上では、顧問は局長を叙任する力しかないとも言えます。

 月例会は約1時間で終わりました。しかし、書記局長の編集する議事録は毎回A4判で数頁に及ぶ大部なものとなっています。殆どのことは、事前に各担当から報告内容が送付されているわけです。会議に緊張はないのですが、情報の密度は高いです。だから新人達は、議事録を読まないと会議でなされた討論や報告の文脈がつかめなくて、しんどいこともあると、後日耳にします。慣れると、楽になります。

 そのあと、一同うちそろて、局長の先導で近所の「めしや」へ行きました。こういう店の選択は圧倒的に局長職の専権事項で、顧問なんかが口出しできないのです。また、どのくらいの品目や量をたべてよいのかは、圧倒的に経理局長の采配下にあって、他の隊員や顧問は四の五の言えないわけです。

2009
↑葛野図書倶楽部2001組織図(2009.9.1)

 ところで。新選組の組織を動かしたのは副長でした。
 実は、局長は顧問よりも副長と相談することが多いわけです。今期は知りませんが、倶楽部歴史上では、局長は一般に変人がなります。なぜか分かりません。そして副長は安定した聡明な人がなります。これもなぜか分かりません。ただし、局長が聡明でないなんて、とんでもないことで、ただただ変人が多いわけです。

 今期のことは、良く分かりません。多分今期はいつもにまして、局副そろって、安定した聡明な人と思います。それとは対照的に、強いて申せば経理局長や書記局長は、歴代職務遂行の鬼と化します。
 これも何故か分かりません。
 そしてまた往昔の新選組も、実践力機動力においては、圧倒的に一番、二番、三番組長の実力で維持されてきたわけです。(今年は、一番隊長、二番隊長は経理局長と書記局長とが兼務しています)

 なにかしら、見れば見るほど、新選組は小組織のエッセンスを秘めていると、会津中将も感嘆していたことでしょう。
 食事の後は、みなさんうちそろって屯所を掃除していたようです(顧問は、はやばやと食堂をでて、自室で午睡にはいっておりましたので、推量)。
 
2.助勤会
 午後は13:30~16:30まで、助勤4名と顧問とは、別室で後期の演習授業に関する打合せを行いました。途中休憩も10分ほどありましたが、夕方には全員くたくたになるほど、緻密な論議が交わされました。顧問は毎年二回、春と秋に招集しているのですが、ほんま、ものすご濃い内容になります。

 その間、屯所では、新人達と先任三番隊長とが、あれこれ職務をこなしていたようです。途中の休憩時に覗いてみると、新人二人がすでに傘張りじゃなかった、図書装備や、過去の厖大な演習作品を整理しておりました。
 新人達にとっては、慣れない中で早朝9時から打合せ、月例会、食事、掃除、責務、責務、……。夕方まで大変な苦行だったことと想像します。(ひっそり、顧問は手を合わせていたようです)

3.夕べの懇親会
 夕方になったので助勤会を切り上げて、助勤4名と一緒に三条木屋町へ出掛けました。残念ながら、屯所の下級生達は呼ばれなかったようです。下級生もやがて自然に上級生になります。継承性のある倶楽部では、多くのことがまた来年のことです。

 博多長浜ラーメンを五人でいただきました。一人だけメンマラーメンで、他は顧問もいれて、チャーシューメンでした。そのあと、高瀬川にそって夜の木屋町を北上し、キルフェボンに入りました。赤い季節のフルーツタルト、マンゴー、イチゴ、……。ここはJ達の楽園のようです。

 で、いつものように顧問だけこっそり抜け出して帰還の途。夕刻19:30には木幡研に入構して、茶をずびずびとすすっていたようです。残った助勤がどうなったのかは、知りません。

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2009年9月24日 (木)

小説木幡記:2009/09/24(木)晩夏と初秋のあいだ

恐怖
 大蛇に襲われて、物陰に隠れていたら、薄暗い洞窟のようなところを、直径1mほどある太い胴がぬめぬめとひかりながら、うねっておった。
 なんとかかわし切れた。
 阿鼻叫喚(あびきょうかん)、悲鳴が聞こえたので、大蛇が消えた後、そこへ行ってみると大きな家の門やドアが壊されていて、住人が全滅していた。
 また耳をすませると、鱗を擦る音がかすかに聞こえてきた。
 ぼくは、後ろも振り返らず全力で走った。
 そこで、目覚めた。さっき昨夜の23時ころだったか。

深夜目覚めて
 携帯に、倶楽部員から復命が二通戻ってきた。一昨日のものへの返信だった。
 ジュースを飲んで、シャワをつかって、今珈琲を飲んで寝ることにした。
 いや、すごく怖い夢だった。しかし、器用に物陰に隠れてやりすごすなんて、いかにも日頃の余の姿を象徴しておるようで、笑った。

すぎさりし夏夏夏
 物事、やり過ごせぬことも一杯あって。
 余は、毎年夏期にそれが溜まってくる、とは既に記した。
 自分をロボットにして、ようやく2ヶ月強の日々をすごした。今週の連休は最後の仕上げとなった。いかにロボットになっても、昨夕はへろへろだった。やっと校務を仕上げた(節目にすぎない、来春まで続く脳)。

鎮静剤は何だったか
 夏期論文、授業準備、校務が最後に終わって何をしたか?
 さすがに、神経がひりひりして全身がだるくなって、早朝にコンビニで買った雑誌「安く仕上げる自作PC」も手に取る気力がなくて、島田荘司先生の古典再読も頭が痛くなって、葛野珈琲を淹れる気力もなくなって、……。

 結局、一番相当に安定した行為に入った。
 超絶の静粛と粘りを見せる自慢のTOMIX「ED79-0」電気機関車をケースからだして、単行のまま嵯峨野鉄道図書館列車ジオラマにおき、もっとも安定しているモード1の自動往復(2重ループレールなので複雑には見える)をセットし、電圧を約4ボルト(1/3程度の力)にし、スイッチを入れた。

 実に静かに(レール摩擦音さえ聞こえぬ不思議)、急坂急カーブを飽きず往復運転しだした。
 じっと眺め入っていた。
 気がついたら、30分過ぎていた。
 電気を消して、帰還した、……。そして夕食後、寝入ってしまった。
 大蛇に追われて目が覚めた。

気付いたこと
 昨日水曜、秋分の日・早朝、葛野研は肌寒いのに、午前11時ころになって、胸が汗ばんでいることに気付いた。まだ夏なのか? いや、もう秋だ? カーディガンでも羽織っていたのか? いや、相変わらず季節外れの半袖だ。
 ふむ。
 クーラーを27度にセットしてスイッチを入れた。ほどなく、本当にひんやりしてきて、気持ちよくなった。買い置きの焼きたらこお握りを一つ頬張って、エクセル表の操作を継続した、……。

 晩夏でもないし、たしかに初秋なのだが、実は今も深夜木幡でクーラーを入れている。シャワあがりだから、少しからだが温かい。

一息眠って朝が来る
 さて、今朝は早朝から倶楽部例会がある。終わったら昼食を一緒にして、午後は助勤(上級生達)とだけで後期授業の打合せに入る。夕方はその者らと街に繰り出す。久しぶりなのだ。結局、初夏の助勤お楽しみ会を欠席したので、初秋の助勤懇話会になる。
 毎年、毎年、……。年々歳々、歳々年々、葛野に生きて、木幡で夢を見る。
 なかなかに、奇妙な人生だ。

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2009年9月22日 (火)

小説葛野記:2009/09/22(火)今日も暮れゆく葛野の空~よぉ

 さっきようやく筆をおいたら(翻訳:キーボードから離れる)、葛野が夕暮れになっておった。秋じゃね。つるべ落としの秋の暮れ、と言うだけある。(翻訳:昔、井戸の水をくみ上げるのに、テコの原理を応用して、深い井戸から桶に水を汲んで、上まで持ち上げていた。このテコ(撓うから、つるべと言う)は、手を放すと桶の水の重みで一挙に跳ね上がる。そういう様子をつるべ落としと、日本では言うておった。つまり、あああ~というまに日が暮れることを言う)

 ああ、しんど。現代日本人にむけて文章を書くというのは一苦労や。

 昨日葛野で、夏期論文物語を、一式印刷し、DVDに格納して、両者を封筒にいれて、宛先を記して机上においた。連休明けまでそのまま。ほっとした。だが、この感覚を記すのは止めておこう。まだ来年も、再来年も苦役は続く。いま、記してしまうと、二度と書けなくなる。論文とは、本当に身命を削る。嗚呼。

 今日は、早朝から、後期授業課題を早々と掲載した。すでに夏期前にすませた分もあるので、今日は3科目やが、これも葛野早朝8時から、さっき夕方5時までかかった。教育とは、ほんまに手間暇のかかる贅沢なこっちゃ。ただし、猫小判ということわざもあるでのう(笑)。
 最近、猫ハルキ君に好物の鰹節を提供する役を余がしておる。鰹節の袋がかさかさ鳴ったり、「かつおぶし」と言ったり、特定時間に冷蔵庫を開けるだけで、ハルキ君はぶつからんばかりに余に走り寄ってくる。教育も、なんとか、猫鰹節になればよいのやが。まあ、無理無理。

 さて。
 世間では貴重な5連休。なんと、まあ、余の人生よな。
 明日は、最重要課題、校務を10時間かけて全力でこなす。と、言いながら、葛野のソファでミステリーだったりしてな。なになに、たまにはミステリー三昧もよろしかろう。しかし、明日にやっておかないと、その次の二日間は葛野図書倶楽部業務が山積み。おお、嗚呼、人生つきることなし。

 幾山川越えさりゆかば、おっとりとジオラマ製作にとりかかれるのじゃろう。明日も葛野へ旅するなり。

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2009年9月21日 (月)

小説葛野記:2009/09/21(月)敬老の日なんだって!

敬老の日
 今日は敬老の日らしい、明日は国民の祝日、あさっては秋分の日と、土曜も入れると合計五日間も休日があって、全国のサラリーマンやOLは喜んでおるじゃ老脳。
 シルバーウィークとかカタカナ文字をニュースで聞いて、突然怒りがわいてきた。ちゃんとした日本語で言えよ! まるでくそったれな和製英語ばっかり使いよって、しょもない世の中や。銀色週間となぜ言えぬ、馬鹿どもめ。

 などと怒鳴り散らしながら、ふと江戸元禄の頃の芭蕉翁を思い出した。きっと西山宗因や西鶴らの談林てーのは、もうはちゃめちゃな俳諧を世間にながして喝采をあびておったのじゃろう。芭蕉もその影響をまぬがれないし、そういう世間のなかで時々芭蕉は悩んだんだと実感した。

犬筑波集
 高校時代からものすごく頭にこびりついているのは、新撰・犬筑波集、ちゅう俳諧連歌集を編纂した山崎宗鑑のことや。内容をちょっとだけ授業でならって、後で悪童連と話しながら中身を確認したら、ぶっとんだ。もう、意味がわかればオール18禁の世界。もちろん、犬筑波集の前には、宗祇が芸術志向の高い新撰・つくばしゅう、を出していて、宗鑑が「犬」なんて付けたのは明確なパロディーというか、おちょくりというか、笑えてくる。
 高校の古文先生たちも、こんなの生真面目な顔で授業するのはばかげておる。
 余ら、悪童連は密かに毎夜、犬連歌をつくって、笑い転げておったぞ。

 内容傾向はちょっと違うが、小松左京が日本沈没で大ヒットして、すぐに筒井さんが日本以外全部沈没で、またまた玄人筋の喝采を浴びたのを思い出した。今なら、1Q84の18禁部分だけを抽出して、新撰・青豆1QQ4物語を誰かが出してヒットするようなもんだのう。

 ところで、シルバーウィークへの罵倒がなぜ芭蕉に転換したのか、余にも分からなくなった。人間の脳は不思議な動きをしよる。

PLUTO/浦澤直樹
 それで、昨日日曜は木幡研でPLUTOの7と最後の8とを、ぶじ読了した。特装本の8をようやく入手したので、一気に2冊よんだわけだ。これで1~8まで読み終えて、途中の4で茫然自失して、5からは朦朧とした状態で読んだので、これはまとめて再読しないと、なにも言えない。
 ただ。
 PLUTOは、わざわざ特装本を買い続けた意味があった。つまり、人生記念品として最良の漫画やった。
 ものすご深い、心底にこびりつくような印象が残った。
 人間の記憶とロボット・人工知能の記憶。この悲しみや憎しみを味わい尽くした脳。
 なかでも、上級刑事・ゲジヒトの造形は出色やった。
 人とロボットに違いがなくなって、「心」が残った。これが宇宙史の中での、一大革命なのだと思った。

富山のライトレール・ポートラム
 トミーテックが発売した、富山の七色市電(つまり街中電車)のうち、3色を入手した。
 その内一台に別売の特殊動力をセットした。
 結論は、「すごい!」の一言。
 七色市電の愛くるしいデザインはもちろん、この「前後折れ曲がり動力」の走行性能がレアもんだったことに、目点になった。余の総てのジオラマの総ての急坂と急カーブを、なんのトラブルもなく、超低速から超高速まで、はしりよった。
 これって、特殊世界の話になるから、MuBlogの読者にはほとんど無益かもしれんが、ちゃんとメモしておく。後日まともな記事も書こう。
 う~む。どう表現してよいか分からぬが、こういう技術の積み重ねにであうと、涙ぐむのう。なぜこれほどの急坂を助走なしのこれほどの超低速でじりじり登るのか。なぜ、「数ボルト/12ボルト最大」の超低電圧で矢のように走るのか! なかなか、この世界の「凄さ」は世間には、とくにJ達には伝わらぬが、余はひとり終日快哉をあげ続けた。

とういうことで毎日が日曜だから毎日がご出勤
 この稼業に入ってから、世間の動きとはずれがある。実は、土日休日とか夏期とか、そういうことはまったく無縁なのだ。強いて言えば、世間が楽しているとき、無間地獄であえいでおる。
 限りなく、自分で予定をたてて自分でこなしていく。快感とも言えるし、果てしない徒労を味わい、日々が過ぎてゆく。
 今日あたりで、夏期論文物語は最終稿にする! 
 今夏も超多忙な夏期じゃった。
 多忙は、無能の証。まだまだ、勉強が足りないなぁと、独り言するなり。
 まあ、それでよろしかろう。

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2009年9月20日 (日)

NHK天地人(38)関ヶ原と山形・長谷堂城

承前:NHK天地人(37)直江状の背景:戦術義と戦略義

 時代の趨勢を今夜は充分に味わいました。徳川の世の中になることを多くの武将達が動物的に、肌で感じていたのだと思います。小早川の裏切りも、毛利の戦線放棄も、時代の流れにそった結果だと思いました。

 小早川秀秋(20歳前後)は西軍・三成との約束を破ったわけです。
 二年後には岡山城主50数万石の大大名として、あえなく生を終えました。
 噂では、怨霊にたたられて狂死、あるいは毒殺など、いかにもの死にざまでした。しかし東軍は秀秋(金吾)によって、関ヶ原を勝てたのですから、家康も満足だったことでしょう。

 分かりにくいのは毛利家です。関ヶ原では動かなかったわけですから、これは「静観」どころではなく西軍総大将毛利輝元の優柔不断とすぐに思ってしまいます。しかし、総大将は大坂城にいたのですから、現場毛利軍・指揮官の現場判断だったのでしょう。ケータイや無線があったなら、大坂城から関ヶ原に指示を出せるでしょうが、……。

 いろいろネットを探してみたり、過去の読書を思い出すと、総大将輝元と、関ヶ原担当者の間に食い違いがあったようです。輝元はあくまで西軍の総大将として振る舞った形跡がありますが、現場は最初から東軍家康に加担していた様子。しかし、つまりは輝元が天下分け目の決戦に、陣頭指揮を執らなかったのが西軍敗北の総責任とも言えます。

 これで毛利は後日皮肉なことに家康から冷たくあしらわれ、120万石以上もあった石高が30万石を切ってしまうことになります。小早川秀秋よりも小大名になってしまうのですから、戦はバクチです。その後、俗説ですが、どうにも長州は酷薄というか、かっこよいクールさではなくて忘恩の徒、利己主義者という県民レッテルを貼られてしまいます。なんとなく、関ヶ原以降鬱屈したのでしょうか(笑)。

 三成の盟友、敦賀城主・大谷刑部少輔(ぎょうぶしょうゆ)吉継の姿と声がよかったです。特に声がほんの少し場とズレがあって、それがリアルさを出していました。これは、三成の軍師・島左近も、セリフや所作にほんの少し大時代的なズレがあって、それが何とも言えない律儀さを漂わせ、よかったです。

 一方出羽の長谷堂城ですが、兼続は最上を攻めあぐねた様子です。この戦は、私はまだまだ周辺情報が少なく、全体的な感想を記せません。
 関ヶ原で西軍が敗れたことにより、景勝・兼続は撤退するわけですが、このことが後に評判になったようです。撤退軍の最後尾は殿(しんがり)といって、大抵は追撃軍に殲滅されるわけで、つまり殲滅されている間に、本軍が逃げ切るというトカゲのしっぽ切りみたいで、生還するのは難しいわけです。
 兼続は攻撃(反撃というより、攻撃でしょう)しながら、下がり、また攻撃するという方法だったようで、追撃する最上軍は、ときどき殿軍と戦っているのじゃなくて、本軍と戦っているような印象をもったことでしょう。先に景勝を会津に逃し、殿軍となった兼続も無事生還するわけですから、後世評判になったのだと思います。
 旗指物はそのままにして、炊事煮炊きの煙もあげて、100人単位でこっそり会津にもどれ! という指示が兼続からでましたが、要するに「逃げているのじゃない。鉄砲撃ちながら、戦いながら移動してるんじゃ」という印象を最上軍に与えたから、無事だったのでしょう。

今夜の心残り
1.毛利輝元こそが関ヶ原に出っ張り、石田三成は大坂城にもどって留守居役をしてもよかったですな。
2.二千足らずの兵と山城で、徳川秀忠軍2万以上を釘付けにした真田の役割は重いですね。
3.この1600年の関ヶ原の戦いで300の兵で敗走し、生還100名に満たなかった島津と、結果として優柔不断になった(裏切りの小早川家も一応毛利と親族関係ですから)毛利とが、1868年の江戸城開城の主役になり、以後1945年まで薩長閥として日本を牛耳ってきたのですから、歴史の運命は不思議です。
 今度はJR九州とJR長州とが独立宣言をだすかもしれませんなぁ。
4.出羽合戦は、上杉家としては力をだしつくせなかったわけです。伊達と最上に北を押さえられ、江戸には徳川。本当に上杉家の苦難の始まりでした。

 今夜は、そんなところでした。

↓地図・関ヶ原:岐阜県不破郡関ヶ原町

参考地図:長谷堂城跡:山形県山形市大字長谷堂
参考記事:山形・長谷堂城合戦

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目次・長浜研修旅行20090827

承前:飛鳥は石舞台が一番人気でした:Asuka2008研修旅行

 2009/08/27の木曜日、滋賀県の長浜市へ「葛野図書倶楽部2001・長浜研修旅行」として行ってきました。訪れたところは数カ所ですが、どれも見どころの多い施設でした。参加者は、今回は私をいれて総勢5名でした。
 長浜市は、琵琶湖東岸の北部に位置し、市内には北陸本線長浜駅、国道8号線、北陸自動車道長浜ICがあって交通の便が良いところです。また明治時代には長浜から大津まで定期船があり、琵琶湖をつかったルートも盛んでした。現代の長浜市は、街の整備に力をいれて、「黒壁のある町」として観光客も多いようです。
 当日は京都駅から長浜駅まで、往き帰りともJRの新快速でした。片道60分で、乗車料金は往復で3600円弱でした。

(1) 長浜城歴史博物館
 織田信長の時代に、豊臣秀吉(羽柴と名乗っていた頃)が長浜城を構えました。その後、四国の土佐藩初代山内一豊も数年間おりました。石田三成の出身地でもあり、当日はNHK大河ドラマ関係で、三成や直江兼続の展示がありました。天守閣からは琵琶湖や伊吹山が360度一望に見渡せて、素晴らしい景観でした。
 なお、作庭で日本史に著名な、小堀遠州もこの長浜出身だったと知って驚きました。
(2) 黒壁美術館
 江戸時代の商家を残したままの、和室の美術館です。長浜はガラス工芸・装飾に力をいれており、近所にいろいろな施設がありました。この黒壁美術館には、内外の美しい作品がありました。私が特に気に入ったのは、高さが30cmほどもある大きな砂時計でした。
(3) 海洋堂フィギュアミュージアム黒壁
 このフィギュアミュージアムは、当初の予定栞(書記局長2009作成)に入っていませんでしたが、書記局長が事情で当日不在だったせいか、食事中に急遽、他の施設と入れ替わりになりました。歴史物中心だったのが突然現代風に変わったわけですcat
 マニア筋には著名なフィギュア世界の聖地らしく、素晴らしい作品が多数ありました。私は、恐竜達を40cm立方の木製箱にジオラマとしてしつらえた作品群に、「フィギュア開眼」の思いがしました。
(4)-1・長浜鉄道スクウェア(駅舎)
(4)-2・長浜鉄道スクウェア(鉄道文化館)
 明治調独特の旧長浜駅舎で、その日の疲れが消えていきました。
 北陸本線の歴史が私の父の出身地に関係しているので、つい熱心になってしまいました。蒸気機関車と琵琶湖航路、最初の交流電気機関車、そして現代の直流電車と、長い複雑な歴史のあったことが、よく理解できました。
 当たり前ですが、日頃触っている鉄道模型に比べると、実車の蒸気機関車D51や、交流電気機関車ED70は、本当に重量感があって、「でっかい!」と思いました。
 鉄道は近代日本を支えました。これからも、大切な基本中の基本の、生活に密着したインフラストラクチャーだと思いました。特に地方鉄道の未来を危ぶむ世論もありますが、深く考えてみれば、これほど素晴らしい施設はないと思った次第です。

 こうして8月末の恒例・倶楽部研修旅行は事故無く、無事に終わりました。その日は風もあって過ごしやすい長浜日和でした。7:50京都駅集合、17:05京都駅解散の小旅行でしたが、充実度は高いものでした。

長浜市地図

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長浜研修旅行20090827(4)-2・長浜鉄道スクウェア(鉄道文化館)-Nagahama2009

承前:長浜研修旅行20090827(4)-1・長浜鉄道スクウェア(駅舎)-Nagahama2009

4.4 長浜・鉄道文化館
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 ↑おおきな写真の、この模型がどういう特急列車か良く分かりません。ただ眺めていたというのが本当のところです。鉄道文化館の天井が高くて、吹き抜けで3階分くらいあったと思います。その2階部分の壁際に模型列車が走っているわけです。総延長が66mと書いてありました。長いです!

 さて長浜鉄道スクウェアは、旧長浜駅舎、鉄道文化館、北陸線電化記念館の3施設複合体です。しかし、それらは位置的にも内容的にもつながっていて、一貫しているので、違和感はまったくありません。駅舎の裏に資料館や実物展示館があるという印象でした。

 この鉄道文化館で、私が印象深かったのは、北陸本線が蒸気機関車→交流電気機関車→直流電車と変わっていった事情、歴史を味わったことでした。今のJRは、明治時代には鉄道院、大正・昭和初期までは鉄道省、そして日本国有鉄道(国鉄)となって、昭和の終わり頃(昭和62:1987)にJR各社が誕生しました。百科事典をみると現在の北陸本線は、JR西日本の管轄で、米原-直江津、この間353.9キロとなっていました。この歴史は明治15年から始まり、日本の鉄道もはるばる走ってきたものだ、という感にたえません。その鉄道の歴史にそって、北陸本線も変化してきたわけです。

 私の時代の通称として「国鉄」や「汽車」を使います。
 私がこの博物館で感動を受けたのは、父の祖地福井県今庄大桐が、電化やトンネルの開通によって、廃駅となり気分的に陸の孤島のようになった歴史があるからです。父は若い頃(大正時代)東京に出て岩倉鉄道学校を卒業し、郷里で鉄道省の地方職員をしていました。実は、その後長兄もJRが出来るまで国鉄職員でした。要するに父と兄がポッポヤの家系なのです。だから私も幼少期から、国鉄の雰囲気を色濃く味わってきました。その中で北陸線の複線電化などによって「大桐駅」が無くなったことを、子供の頃の昔話として聞いておりました。

 当時の汽車の姿は、幼児期にたった一度大桐駅に立ったとき(幼稚園前の記憶ですから、疑似記憶の可能性もあります)と、そして中学生ころまで夏休みや春休みに、米原(東海道線と北陸線の結合駅)を通過した時の記憶があります。
 なんとなく、近代日本は鉄道によって繁栄し、時には鉄道路線の変化によって廃れた地域もある。そういう実感を持っています。

 ↓小さな写真はクリックすると拡大されて解説もあります。

長鉄博13:逆転して運転
長鉄博14:北陸本線の交流電化
長鉄博15:交流と直流:専用電車や電気機関車
長鉄博16:田村駅での列車変更、交直流変更
長鉄博17:活魚車(かつぎょしゃ)の模型
長鉄博18:活魚車 ナ10形式 1935年製
長鉄博19:旧・長浜駅 明治20年頃
長鉄博20:昔の特急雷鳥か?
長鉄博21:長浜鉄道文化館の天井
長鉄博22:古い特急列車模型
長鉄博23:古い特急列車模型(2)
長鉄博24:古い電気機関車
長鉄博25:スイッチが一杯

4.5 北陸線・電化記念館
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 ↑このレトロなメカニックは蒸気機関車、D51-793の運転台です。つまりハンドルは無いはずですから、蒸気圧を高めて速度を上げたり、ブレーキをかけたり、ボイラーに石炭を入れたり、弁を調整して水を蒸気機関に注いだりするところです。
 鉄道図書館列車の研究歴がまだ2年しかないので、実は(笑)汽車や電車の実車についてはまったく知らないことだらけです。実車の各部を眺めていると圧倒されます。模型の場合は、大型車・庭園鉄道以外の現代モデルの動力はすべて電気ですから、こんなに圧倒的な機関部を味わうことはないです。

 この記念館は、天井が三角形仕組みのトラス構造で、実車展示は蒸気機関車・D51-793(通称デコイチ)と交流電気機関車ED70の初号機です。デコイチは1000両以上作られた中の一両ですから、少し余裕があります。しかしED70-1は現存する唯一の、しかも初号機ですから、これは稀覯車(レアもの)でしょう。なかなかたいした記念館だと感心しました。(なお、EDのEは電気機関車、Dは車軸が4軸という記号の意味を持ちます。デコイチがDだけなのは、さぁ? 当時は汽車だけでしたから、動力車のDかな)

 余談ですが(もちろん鉄道図書館列車ジオラマでは、最重要な牽引車問題ですが)、私がこのごろMuBlogに大讃辞を書き続けている、動力性能や静音性や牽引力において抜群のTOMIX・Nゲージモデル「JR ED79-0タイプ」とか近似の「JR ED79-100タイプ」は、想像ですが、この北陸本線交流電化区間を始めて疾走したED70-1の子孫達のようです。つまり、展示室にはいったとたん「あっ、これって木幡研と葛野研にある!」と思わずつぶやいたくらい、似ていたからです。

 機縁を深く味わいました。父の祖地からレールや駅を奪った交流電気機関車が眼前にあったのです。また余談ですが、私が未だに北陸線の特急「雷鳥」と「サンダーバード」の区別すらできないのは、なにかしら心理的な鬱屈があるからだと思っています。これら特急が、日本でもまれな高速で走るのは、影に大桐駅やスイッチバックの喪失があったからなのです。しかし、モデル世界ではその子孫達を愛でておるのですから、けっこうあっさりしているとも言えますね。

 ↓小さな写真はクリックすると拡大されて解説もあります。

長鉄博26:D51-793
長鉄博27:D51の運転操作室
長鉄博28:D51の運転室:右窓
長鉄博30:ED70-1と旅人
長鉄博29:ED70-1 唯一現存車
長鉄博31:ED70-1のプレート
長鉄博32:トラス天井
長鉄博33:ED70-1のパンタグラフ
長鉄博34:蒸気機関車D51のテンダー(炭水車)
長鉄博35:現代の長浜駅と新快速

4.6 記念写真
Kinennagahama2009640

 記念写真をまとめておきました。2009/08/27日木曜日の午後、滋賀県長浜市・長浜鉄道スクウェアのひとこまでした。これも青春の断端なのでしょう。私も一枚こっそり隠れています。
 さて。これで長浜研修2009は終了となりました。あと一つ、まとめ記事を記して、また来年といたしましょう。
 なお、帰路は16:05の新快速に全員が座れて、快適でした。京都着は17時過ぎ、近いですね。

参考サイト:長浜鉄道スクウェア
参考地図:長浜鉄道スクウェアの地図(マピオン)

(4)-1(駅舎) ←(4)-2(鉄道文化館)→ 目次Nagahama2009

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2009年9月19日 (土)

長浜研修旅行20090827(4)-1・長浜鉄道スクウェア(駅舎)-Nagahama2009

承前:長浜研修旅行20090827(3)海洋堂フィギュアミュージアム黒壁-Nagahama2009

4.1 郷土資料館で休憩:生き霊(1)
 さて、 フィギュアミュージアムの予定は当初なくて、ともかく次に皆の後を追って「郷土資料館」へ行きました。
 書記局長が作った「旅の栞」は、当日大変貌をきたしました。私自身、「フィギュア開眼」だなんて、想像もしていませんでした。そして郷土資料館に着いたときは、疲労がつのってきたのか、半ば朦朧とし、結局2Fのベンチでずっと休憩しておりました。
 すると。
 なにやら、ゾワゾワと回りの空気が変な感じになってきました。私は、一瞬「あれっ?」と、おもわず寒くなりました。隊員たちは元気に、江戸時代のかんざしとか櫛を眺めているのに、私だけがぼんやり。「さあ、センセ、次こそ鉄道ですよぉ~」と促され、やっと引き戻されて、夢遊病のような気分で皆の後について出ました。

4.2 日本最古の駅前にて:生き霊(2)
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 長浜鉄道スクウェアの庭先に着きました。そこには、古いトンネルの銘板や、ポイントシステムがあったのです。写真を撮ったり、レールを眺めている間に、再び朦朧とし、次に今度こそはっきりと、「ゾワゾワ空気感」に襲われたのです。思わず、言葉に出してしまいました。
 「おい、君ら、書記局長の気配を感じないか。そばに隠れてるのと違うか、……。生き霊かもしれん」
 みんな、笑っておりました。
 ところが! 後日談。
 その頃、丁度三時過ぎ前後、たしかに書記局長2009は、直線で10キロ南の彦根城まで接近しておったのです。この夏、最高の怪談でしたぁ~。長浜をゆるがした二度の空気の震えは、「生き霊」だったのでしょうban

4.3 日本最古の旧・長浜駅舎
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 建物に入りました。全体に独特の明治調でした。2008年の3月に博物館・明治村(犬山市)を歩いた記憶が蘇ってきました。ひとしきり考え込みました。「明治調」って、一体どういうことだろう? と。駅舎とか市役所とか、なんとなく天井が高いように思えます。けっこう、どれも広々としています。床はほとんど木製です。がら~んとしているのは、人が住んでいないせいでしょう。そして、必ずしも「洋風」とは思えないのです。どこか、和風、そう「明治調」なのです。

 小さな机がありました。当時の人はいまよりずっと小柄だったのでしょう。夏目漱石も、多分150㎝少しの身長だったと思います。森鴎外は大きい人だったらしいです。
 この机で珈琲を飲みたくなりました。

↓以下、写真をクリックすると大きな写真と解説があります。

長鉄博01:旧長浜駅舎鉄道資料館
長鉄博02:功和干時
長鉄博03:與國咸休
長鉄博04:旧長浜駅29号分岐器ポイント部

 ↑入り口の門柱に「旧長浜駅舎鉄道資料館」とありました。庭先に大きな石碑のようなものがいくつか並んでいました。北陸線のトンネルにあった銘板のようです。すぐには読めませんが、隣に案内板があって、明治の人達の鉄道にかける意気込みを味わいました。

長鉄博05:現存最古の分岐器ポイント部
長鉄博06:万世永頼と旧・長浜駅舎玄関
長鉄博07:切符売り場?
長鉄博08:ホールと待合室入り口と旅人

 ↑レールもありました。古い古いポイントシステムでした。一部分だったせいか、日頃見慣れているポイントと違って見えました。石碑前の旅人の奥が駅舎の入り口です。中に入ると左側に券売所がありました。なぜ横に大八車が置いてあるのかは、解説を読まなかったので、良く分かりません。別の旅人が立っていました。その奥が待合室や駅長室です。

長鉄博09:部屋の様子
長鉄博10:鉄道略則
長鉄博11:旧長浜駅・初代駅長 高橋善一
長鉄博12:汽船湖水丸

 ↑部屋には当時の鉄道の規則がかかっていました。ステーションというカタカナがありました。駅とか、ステンションではなかったです。ただし、写真の木板に書かれた規則は現代のものなので、正確にはわかりません。長浜駅の歴代駅長の名前も残っていました。初代駅長の写真は貴重なものです。なにかしら威風を感じました。

 足早に過ぎましたが、次は「長浜鉄道文化館」に入りました。

参考サイト:長浜鉄道スクウェア
参考地図:長浜鉄道スクウェアの地図(マピオン)

フィギュアミュージアム黒壁← (4)-1(長浜駅舎) →(4)-2長浜研修旅行(鉄道文化館)

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2009年9月18日 (金)

小説葛野記:2009/09/18(金)九月の猫ハルキ

9gatuharuki
↑2009年9月の猫ハルキ君

9月も下旬
 感覚として、ここ何日かは、朝昼夕の寒暖差が10度ほどもある。かといって、相変わらず夏の姿のママで、このまま10月に入ってもしばらく半袖でいく気分だ。衣替えの季節と歩いていてもおもうのだが、気持ちが日常になかなか向かない。

 この10日間ほどは、今夏期いちばんの疾風怒濤時間だった。10日前に夏期論文物語初稿を完成して、神戸で研究発表をした。緊張する。その上、発表後に聴衆の同業お二人から、それぞれおひねりまでいただいて、なんか漫画世界にいるようだった(笑)。こういうことは生まれて初めてだったので、帰路しきりに首をひねっておった。大昔の欧州中世大学では、学生達が講義を受けた後、その場で適切なおひねりを篭に入れていたようだが、プロ同業間でもそういうこともあるんだ。(余の生涯の記憶となろう)

父の祖地
 父の祖地に往復300キロ走った。これまた帰路が、日頃味わえないスリリングなドライブだった。つまり、旧北陸線の単線トンネルを11箇所通り、そのなかで信号付きが3箇所。ついにというか、まんまと一箇所で正面向き合ってしまった。結局、おとなしいよそ者の余がRSを数百メートルバックさせた次第。相手が悪いのはわかっていても、地場のおっさんに喧嘩うるほど不用心ではない。余は、入る前に、ハイビームにして警笛を10秒もならして突入したというのにな。その日は晴れていて、大体一箇所1キロあるトンネルはカーブしていて、入ったとたん暗黒になる。蛍光灯がぽつぽつついているだけの、要するに地場者専用道路みたいなものだ。トンネル内走行の事件以外は、だれともいきちがわなかった。

 ああ、父の祖地は、au携帯が圏外だった! あそこから、父が大正時代にはるばる東京へ一族一帯の期待を背にして、遊学したころを想像し、思わず落涙した。関東大震災の頃20代前後だったようだ。下宿の臨月のおばさんを戸板にのせて右往左往していたとの話だけを、父から鮮明に聞いていた。

葛野図書倶楽部2001も動き出した
 倶楽部。いろいろあった。新人会や~、今朝は一番隊長が新人・旧人たちにPC講習会を開催してくれる予定。来週は連休明けに後期大月例会、来週末は副長主催で機関誌の印刷製本、いろいろある。

 そして、余は夏期論文物語、今夏の〆に入る。
 脳がとろける。太陽にとろける葛野研。

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2009年9月17日 (木)

小説木幡記:2009/09/17(木)箸墓の二重周濠

承前1:卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認
承前2:桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(2)箸墓と三輪山遠望
情報源:箸墓古墳で二重の周濠が確実に 奈良・桜井市教委(2009.9.15 21:56) MSN産経ニュース

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↑箸墓古墳の前方部(前方後円墳の最南端)20090310記録撮影Mu

 昨日(2009/09/16)の朝刊で、「卑弥呼の墓? 箸墓古墳:権力を示す二重周濠」という記事が目に入った。全体が巨大な馬蹄形になる周濠については、すでに2008年8月に、冒頭「承前1」でメモしたが、今回の桜井市教育委員会発表は、それを裏付ける内容だった。前回調査の対角線上に、外濠の遺構が発掘されたようだ。
 最近の箸墓の様子は冒頭写真と「承前2」にメモした。

 これで、全長280mの箸墓は、その外濠まで含めて全長450m程の、本当に大規模な墓域を形成していることが確実になった、といえる。
 3世紀、死してなおこれだけの大古墳域を造作した事実は重い。

 ネットニュースではなかったが、新聞紙上には想定復元図が載っていた。箸墓をぐるりとかこんで、外濠の幅が60m、内濠の幅が10mで、東側と西側とに川の様子も描かれていた。東側が三輪山方向だから、そこから水が流れ込み、西側に流れ出ていたのだろうか、と想像できた。

追伸
 今朝はこれまで(笑)。
 本来ならばこの種類のニュースは、MuBlog「卑弥呼の墓」シリーズにまとめるべきだが、著者は現在別の「夏期論文物語」に忙殺されておって、余力がない。一時に一事しかこなせない非力を悲しむ脳。

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2009年9月15日 (火)

小説木幡記:2009/09/15(火)倶楽部の新人会

 日曜のNHK天地人で記事を公開したが、その前後が空白になったままだ。いろいろありすぎて脳内が空白状態で、また、PCに端座する時間もなくて、夜は快眠、昼はいろいろあった。隠棲を標榜しているわりには、ときどき、たまりにたまった物事が一挙に集中して、わけがわからなくなる一週間であった。あと、月末までは夏期論文物語が続き、依然として、脳には霧がかかっておる。結局、余の夏期休暇はいつもいつも、一番忙しくなってしまう脳。ともかく、何事も手間暇かかりすぎちゅうか、手が遅いちゅうか、執心しすぎるちゅうか、てんやわんやになってしまう。

新人会
 昨日月曜日。
 午前は、今後の倶楽部の話を幹部として、昼はコンビニ・ソーメンを食べて、午後からは5人の新人に訓辞をたれて個人面談して、夕方はまた幹部達とあれこれ後期や来年の話をした。しかし帰還は木幡着7時ころだったので、手早い切り上げようだった。疲れておったのじゃ労。

 新人達のことを分析しておこう。
 出身地は、宮城県、京都市(東西に別れて)2名、兵庫県、大分県。
 宮城と大分とでは、随分離れておる。後者はひさしぶりの九州人である。
 (夏前までの旧人は、岩手、新潟、愛知、岡山、大阪2名の構成)。遠隔地が多いので旅情が湧いてくる。

 身長は目測では155~165の間。
 食の好みは不明。
 年令は19歳が2名、20~21歳が3名。
 学科構成は、日本文学系が2名、心理学系が3名。
 家族構成は、聞き取りでは多様。みんな独身の様だ(笑)。
 特徴も多様だが、表層的にしか分析できない。そのくらいがお互いに気楽で良いが脳。

 今のところでは、重度のアルバイト者が2名、重度の点滴愛好者が1名、重度の読書家が1名、中程度の旅行好きが1名、一見極端に控えめなのが1名。合計6名になるが、重なりが1名おるので計算は合う。
 他に、60代社会人の格式を持ったメールを書く者が1名。30代の格式あるメール者が1名。良い意味で執拗に食い下がるメール者が1名。論旨明快あっさりすっきりメールが1名。反応のない者が1名。実に多士済々、多様性はよいことじゃ。

 Jという同性、同年齢であっても、総てに個性がある。個性はわざとらしく出す必要はなく、存在するだけで滲み出てくる。旧人と合わせて、葛野図書倶楽部2001の2009年・第九代こばやし少年局長の御宇は、かくのごとき乗組員構成で後期に向けて出帆した。幸あれ。

配属
 昨日は、経理局長兼務一番隊長、書記局長兼務二番隊長、副長補佐兼務三番隊長が、午後一杯新規採用者の教育指導にあたった。なかなか、大変なことである。これからも年末までは、定期的にあるようだ。

 経理局配属が1名(3年生心理系)、すでに口座通帳などの連絡もしたようだ。
 一番隊配属が1名(2年生心理系)、引き継ぎは7月に終わっておるようだ。一番隊長の教育方法を見ておった。
 書記局配属が1名(3年生心理系)、PCの前で難しい話をしておった。10月例会から実習見習いらしい。
 二番隊配属が1名(3年生日本文学系)、引き継ぎは7月に終わっておるようだ。図書の整備をしておった。
 三番隊配属が1名(2年生日本文学系)、概略の説明をうけたようだ。

 あと、経理局長兼務一番隊長が、3年生2名と2年生1名とに、メール関係の指導をしておった。そのあと、新人全員にパワーポイントや、さまざまなITC関係(要するにネットやPCの話)の指導があった。
 副長補佐兼務三番隊長は、秋の生涯学習概論の3日間演習企画主任なので、その事前説明をしておった。

 長いような短いような昨日月曜日であった。
 余は自分の責務、面談がおわったあとのひととき、ぼんやりしておった。だから上記は「~のようだ」と、推測が多い(笑)。

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2009年9月13日 (日)

NHK天地人(37)直江状の背景:戦術義と戦略義

承前:NHK天地人(36)石田三成の立場

 昔の大河ドラマ(太平記?)で、足利尊氏(真田広之)と弟の足利直義(ただよし:高嶋政伸)との関係を思い出していました。あくまでドラマの話ですが、尊氏は足利家歴代のなかでも突出して優れた武将でした。戦も上手だし、人々もついてきました。ただ、客観的にみて気鬱が強く、ときどきまるで無能、役立たず、幼児のようになってしまって、これまた実務家として優秀な弟直義はほとほと困るわけです。しかし兄思いの直義は、兄の身代わりになって粉骨砕身、幾度も危機を乗り越えます。つまり、足利の室町幕府は、実質・足利直義の働きで基礎を固め、発展したわけです。
 トラブルがあって、兄尊氏は弟直義を誅(毒殺か?)する結果となりました。もちろん、その張本人の兄尊氏は自分の招いた結果に、号泣したことでしょう。ドラマでは、尊氏もまた弟思いの兄だったのです。

 今夜はいろいろ書かずに要点だけ記録しておきます。
 徳川十万の軍勢に襲われて、襲った側の事情で引き上げるのを、背後から追いかけるのが義にもとるという景勝の理屈は屁理屈です。戦は受けて立とうが、攻めようが、始めた限りは勝たねばなりません。敗北の美学、滅亡の美学は全力を尽くして人事を尽くし、なお敗れるときにうまれるのであって、後の上杉の敗北は、愚劣な敗北と言い切っておきます。徳川に負けて当たり前の上杉景勝でした。

 ただし、伏線として。
 以前景勝は、兼続に「三成に肩入れしすぎるな」と、忠告したことがありました。
 その当時の趨勢として、上杉景勝は豊臣家の天下統一、その成立と維持に、兼続と三成から生まれる関係ほどの深い思いは持っていなかったのかも知れません。
 すなわち、景勝は別の深い所で、徳川がもちまわりで天下を統一してもやむを得ぬと考えた可能性もあります。ならば、家康を討ったところで、天下が静まる分けでもないと、分析していたと想像もできます。
 となると、ここで退却する家康を討つことは、背後からの攻撃という戦術上での不義だけでなく、戦略的にも、天下統一大平天国(笑)確立の義に反するという景勝の「義」が出てきたと(も)、考えられます。

 ヤマトタケルは、出雲のタケルを撃つとき、出雲タケルの太刀を木刀に変えて、共に川遊びし、その後で鉄剣で串刺しにしたという伝説があります。そしてヤマトタケルのミコトは高らかに歌いました。さみなしにあわれ(鉄剣でなくて、残念だったね)、と。すなわち、戦いとは、勝たねばならないものです。逆に、負ける戦いはせぬのが正しい考えです。

 今夜は、ものすごい緊迫感を肌で感じ、そして空虚な思いがしました。
 来週は、関ヶ原の戦です。
 上杉の目でみたこの戦、さてどうなるのでしょう。

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2009年9月10日 (木)

長浜研修旅行20090827(3)海洋堂フィギュアミュージアム黒壁-Nagahama2009

承前:長浜研修旅行20090827(2)黒壁美術館-Nagahama2009

Cover
↑左:レッドドラゴンと2F展示室、右:箱物恐竜ジオラマ↑

3.1 予定変更してフィギュアの博物館
 さて一同、たっぷりしたオムライスを洋屋で囲んでいる時、私はふと、数年前に新聞で見た「長浜市に、恐竜の博物館ができた」というセリフをもらしました。すると、誰かは思い出せませんが、数名が「じゃ、そこに行きましょう」と、わやわやと衆議決定、あっという間でした。
 そこがフィギュア・ミュージアムだと私自身が知ったのはこれまた後のことでした。幹部達は協議した結果、正式発表として、黒壁美術館のあと、1時間程度自由行動をして、海洋堂・フィギュアミュージアムに集合という結論をだしてくれました。

 長浜は湖北だからでしょうか、陽射しはあっても、8月末に涼風が吹いていました。私はそこここにあるベンチで居眠りして、おもいたって珈琲店に入り、またぶらりと歩いて最後は曳山博物館前休憩所で「夏も終わりだな」とつぶやいていました。時間が来たので海洋堂に出向き、1Fのショップを見て回るうちに、全員と顔を合わせました。1Fではものすごい数のフィギュアが売られていましたが、そこではまだ、この世界を把握できませんでした。
 ところが、2Fの展示室に一歩足を踏み入れて、私は雷に撃たれたようなフィギュア開眼体験をしたのです。事情は、写真の数々を御覧になれば、伝わると思います。

3.2 箱物ジオラマの発見
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↑前半
 上段はミュージアムの入り口です。上の方には、レッドドラゴンがいました。門番は大魔神や、北斗の拳のケンシローと想像できる等身大でした。ただそれが大映・映画の大魔神なのか、「おまえはもう死んでいる」のケンシローなのかは、はっきり知りません。

 2段目はショーケースに入った無尽蔵とも言える、いわゆる「フィギュア」でした。おそらく昨年の書記局長2008や局長2008が話していたフィギュアとはこういうものなのだろうと、想像しました。恐竜や戦車や妖怪、百鬼夜行、どれも昔発売されていたフィギュアのようです。縮尺は分かりませんが、ミリタリーものはNゲージ鉄道に似合った大きさでした。

 3段目から4段目にかけて、恐竜や古生代の海の様子がジオラマの中に生きていました。特に「Age of Mammals」と読める箱物はとても気に入りました。箱の中に風景があって、そこに恐竜や三葉虫が住んでいました。これは、私には意外な展開でした。こういう世界を知らなかったのです! 感動しました。
 (この中に極小のTゲージレール(幅3mmほど)を敷けば、すぐに恐竜鉄道図書館になりそうです)

 5段目はアニメ世界。実は、エヴァンゲリオン展だったようです。エヴァ世界は好きなのですが、綾波レイあたりは、私くらいの年齢になると正視できないものです(爆)。まるで男性の思念が凝縮したような等身大のフィギュアは、避けて通りました。まことに、君子危うきに近寄らず。
 最後のはゴジラでしょうね、これは愛嬌がありました。またその前の装甲兵装・ロボット兵のような雰囲気は良いですねぇ。(この、装甲ジオラマ、いかにも廃墟らしくて、私の一番人気! 拡大したところ「終戦:キリコtheワンマンアーミー」と書いてありました。)

3.3 漫画のようなフィギュア世界
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↑後半
 このあたりからは綾波レイにあてられて、前後がおかしくなりましたtaurus
 上段の右三つは、東宝映画モスラ、手塚さんの「火の鳥」、そしてご存じ「ドラゴンボール」だと思います。

 2段目左端は、新世紀・初号機の装備の数々でしょう。何種類あるのか数えませんでしたが、左上には移動電源車までありました(?)。
 次は、おお、マニアはおるものです。フィルム一眼レフを構えて、箱物ジオラマのガラス映りを避けて念入りに撮そうとしている人でした。世にマニアの種は尽きまじ。
 その後の二枚は、全長5mくらいありそうな、原寸大のトリケラトプスが横たわっていました。解説では毒草に中毒した恐竜のイメージでした。これは見物ですよ、驚愕のジュラシック・ワールドでした。

 3段目の最初は、象などの現代を中心とした生物界フィギュアですが、恐竜もたくさんいます。次は箱物で恐竜映画の一場面のようですが、ちょっと変なキャラが混じっていてユーモアたっぷりです。次も、気に入った箱物ジオラマでカスモサウルスを後ろからティラノサウルスが追っかけていました。次と、4段目の最初は姉川の戦いで、姉川が血で染まったという逸話がありますが、普通の川でした(笑)。

 さて4段目に入ると、どうにも理解を絶する世界なので、頭がくらくらします。2枚目をご覧下さい。左側は何かのアニメキャラ少女とは思いますが、綾波モデルとは違って笑いをもたらします。虎皮衣装のラムちゃんを想像しましたが、別のキャラでしょう。その横になぜツタンカーメン風の黄金棺があるのか、~。そして後ろのフィギュアは、怪物・モンスターなのでしょうか、エイリアンは分かるのですが、他は「変なもの」としか理解できませんでした!aries

 5段目は少し蘊蓄がいります。最初の3枚は「馬の助神社」という名称がありました。これはネット中をさがして、やっと背景がわかりました。どうも、このミュージアムの館長に縁のある神社らしいです。詳細は参考サイトにあげましたので、どうぞ。それよりも、フィギュアとして、この「馬の助神社」は良いですねぇ。惹きつけられました。川にカニさんまでいるのです。詳細ですよぉ。cancer

3.4 海洋堂・博物館のおもしろさ
 1時間以上は展示室を行ったり来たりしていました。
 経理局長は俊足で展示ケースをくまなくながめ、瞬間移動のように姿を消してまた別の所で見かけました。時々目の隅を経理局長の姿が横切るのです。
 三番隊長はそこここでじっくり腰をおろして箱物ジオラマ世界に没頭しておりました。球体関節人形好きらしく、フィギュア製作過程のケースには興味が強かったと思います。
 副長はときどきエヴァンゲリオン世界の前に立ちつくしていました。最近その世界に開眼されたようなので~。
 一番隊員は、黒壁美術館ではよく見かけたのに、ここではほとんど姿がなかったです。どこに潜んでいたのか後で聞いてみます(笑)

 私はこの博物館ではじめてフィギュア世界の豊饒さに気がついて、昨年何名かの幹部達が人生の一部のように接していた事情をようやく理解できました。
 私の場合、箱に入れた恐竜世界や、漫画世界のジオラマに圧倒されたのです。従来日本の美学では建築物と周辺自然との間に仕切がなくて、一体感をもつものにすぐれたものがありました。つまり庭と建物ではなくて、庭のような建物、建物のような庭が心地好かったのです。しかしここで見た箱物ジオラマ・フィギュア世界は、箱とガラスで「世界を創り」、そこに自由自在なフィギュア達が生きている!
 つまり、別世界が突然空間から湧出したような驚き、そして感動がありました。おそらく、これこそが伝統の日本・箱庭芸術の新種だったのでしょう。
 いやぁ~世の中、まだまだ未知の世界があるものです。

 そこで私は、将来の展望を持ちました。
 記事趣旨とは離れるので簡略に申しますが、「箱物鉄道図書館ジオラマ・フィギュア世界」の新たな創設です。レールは幅3mmのTゲージにすれば、委細を尽くせると思いました。1/450の縮尺ですから、恐竜の大きさに合うことでしょう。

 さてそういうわけでぇ(笑)、次はいよいよ顧問待望、「長浜鉄道スクウェア」の見学です。

参考サイト
 1.海洋堂フィギュアミュージアム黒壁:龍遊館(KAIYODO Figure Museum)
 2.馬之助神社/海洋堂館長 宮脇修
参考地図:海洋堂フィギュアミュージアム黒壁

黒壁美術館←(3)→長浜鉄道スクウェア

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2009年9月 8日 (火)

小説葛野記:2009/09/08(火)夕方になったので筆をおく

 日が暮れてきた。
 ここ何週間も夕方になると、脳と全身に痛みがはしる。たしかに脳は身体の一部だから、脳が動けば発熱したり、「もう、止めよ」という危険信号の代わりに、痛みをもたらしても、おかしくはない。
 事情は単純明快で、夏期論文を絶え間なく書いているからだ。葛野滞在時間は11時間~12時間で、実質は毎日6~8時間純粋に論考、かかわっている。わずかに、原稿枚数で80枚程度、40頁ほどのものを仕上げるのに、夏中かかっておる。あと少しで初稿が完成する。それを一週間は寝かせたい。

 その間にもずっと、夏中いろいろあったしこれからもある。いくつかの行事、発表、大学も倶楽部も、いくつかの〆切も、……。夏期論文を優先するために、そのいくつものことを周到に事前にこなしてきた。隙間時間を毎年夏期ほど考えて使う季節はない。他の季節は、時間が余ればたいていぼんやりしておる。

 心残りは島田荘司さんの作品、高村薫さんの作品、いろいろ読めないままに中断しておる。終日葛野におって、帰還すればご飯にシャワに、瞬間熟睡、気がついたら朝になって、MuBlog触って、また葛野。葛野がなくなったら随分閑をもてあますだろうなぁ。なんだか、思考がぼんやり霞んでくるような、また再びの葛野の夏だ。

 季節は初秋だが、こころはまだまだ夏。これからのいろいろな行事、法事や発表や倶楽部訓辞(笑)や、〆切や、授業準備や、……。貧乏暇無しと、すぐに独り言になってしまう脳。そして、夏期論文を終わったときは、山のような読書をしよう! と、思ったとたんにもう授業でてんてこ舞い。ああ。

 脳は疲れる。以前書いた夏期論文の初めの方を理解できない己に気がつく。自分がわからないようで、どうして読んだ者がわかろうか! と、思ったままに翌日読み直すとよく分かる。前者が夕方で、後者が早朝の葛野での話。そうだ、脳は疲れる。そして、最後に痛みをもたらす。頭痛ではない。全身が痛くなる。

 そして筆をおく(つまり、PCをオフにする)。すると、すすすすーっと、楽になってくる。HOゲージ・サロ124図書館列車を走らす。今ではKATOのDE10でも順調に走る。すーっとな。

 と言うわけで、このまま自動筆記を延々と続けると、救急車が飛んできそうなので、もう止めておこう。
 読書がどれほど楽か、日曜作家がどれほど楽か、会議がどれほど楽か、授業にいたっては極楽極楽。ひとえに、考え考え論を尽くしていくのは、辛いことだ。本当に脳が壊れそうになる。

ではまた明日

追伸
 苦行にあえいでいる様子ばかり目立ったがcat、実は思いの外、うまく行っていることもある。今日は、明白なクラスターを得た。おお、素晴らしい。
 虚栗{宗祇、宗鑑、守武、貞德、宗因}
 こういうのがPCから自動的に出てくるから、夏期論文はやめられねぇ~のさ。まったく、われながら不思議だ。やはり、文章とは人為人工のものなのだよ、諸君。

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長浜研修旅行20090827(2)黒壁美術館-Nagahama2009

承前:長浜研修旅行20090827(1)長浜城-Nagahama2009

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↑長浜の街並みと「洋屋」

2.1 黒壁14號館 カフェレストラン洋屋
 長浜の建物には「黒壁○号館」と記号が付いています。長浜市がいつの頃に、どういう風に街おこしをして、どうして「黒壁」の文字を建物の<請求記号>ないし<アクセスコード>にしたのか、その由来について私は知識がありません。今回訪ねたのは全部で五カ所と、ごく少ないわけですが、それでも街の賑わいは充分に味わえました。研修旅行を企画した書記局長2009に、黒壁の由来を尋ねようとしましたが、生憎当日はおりませんでしたaries。またいつかお話を伺うつもりです。

 長浜城歴史博物館を出て、中心街に着いたのは午前11時ころでした。栞では先に黒壁美術館を廻って、そして食事となっていました。予定の食事先も別のお店だったのですが、既に空腹を訴える声も高く(誰でしょう?)、三番隊長の発案で急遽昼食になりました。お店は、美術館裏の「洋屋」という若い人向けのところでした。あとで知ったのですが、美術館裏のこの地には、昔は掘り割りがあって、琵琶湖から直接船が入ってくるようになっていたとのこと。美術館自体が江戸時代の醤油問屋の屋敷で、当時の長浜では大店(おおだな)の物流は水運だったのでしょう(想像)。

 洋屋は入った時間が11時過ぎだったので、お客さんは一人か二人でした。オムライスのメニューでした。黒壁にちなんだ、イカスミを使った黒いオムライスがあったのですが、五人のうち三人は普通のハヤシスープがかかったものにしました。サラダとヨーグルト付きで1200円。旅先の昼食として妥当なものでした。他の二人がいただいたものは、よく覚えておりません。「黒壁オムライス」ではなかったです。
 広い店内は空いていて快適でした。しかし、あとで美術館を廻っている時に裏庭から覗くと、12時ころだったのでしょうか、満席でした。TVクルーのような一行が大きなカメラで撮影していたので、女優さんが来ていたのかも知れません(推測:長浜、グルメ旅~)。

 さて一通り、空腹も癒えて一行四人は洋屋の表に位置する黒壁美術館の玄関に立ちました。入場はもちろん経理局長持参の「三成手形」でした。本当に便利なパスポートです。長浜市の観光関係の人は工夫がお上手です(笑)。

2.2 黒壁10號館 黒壁美術館
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↑黒壁10號館 黒壁美術館 1F

 今回の研修旅行はいろいろな事情もあって(実は私自身、四月から七月末まで、満足に動けなかった)、総ての企画調整は書記局長や経理局長、三番隊長に任せてきました。だから、どこへ行くのか、何を見るのかも判然としていなかったのです。もちろん、長浜に決定したことは知っていました。そこで、安心してしまったわけです。長浜は過去数度通り過ぎたり、行ったことがあるのです。しかし物見遊山の経験だけでは、由緒来歴特徴などが身につかず、今回も「黒壁美術館」がどういう所なのか、幹事任せの旅行だったのです。
 実は、そこはGlass Art、つまりガラス芸術の美術館だったわけです。英語表記はちゃんと、「Kurokabe Museum of Glass Art」となっていて、明々白々。入ってから気がつくなんて、実に頼りにならない顧問だと内心赤面しました。

 ガラス製品については昔の卒業生が飛騨高山で、ヨーロッパのガラス工芸品を展示する美術館の学芸員をしていたので、少しだけ縁のあった内容です。数年前には授業でルネ・ラリックの作品(香水瓶)を分類した班がありました。また昨年のNHK大河ドラマ「篤姫」では薩摩切子が登場し、藍色のカットグラスがとても気に入りました。そして私自身も涼夏2007PCというコンピュータを、透明なアクリルケースに入れて悦に入っております。ガラスとアクリルでは大違いと思われるでしょうが、万事がおおざっぱな私は、心の中ではそれがクリスタルグラスに見えているのです。~

 ところが、最初に掲げた写真は、ガラス工芸品よりも、まず美術館の内部が畳敷きで、昔の日本家屋だということが分かるものにしました。私は、元来個々の芸術作品の善し悪しが分からず、絵を見ても絵!、陶磁器を見ても容れ物! なにを見てもその程度の鑑識眼しかないのです。しかし日本家屋という、人間が日常住まいする部屋の中に、こうしてガラス製品がそれとなく置かれていると、それだけで、「おお、芸術だ!」と思うわけです。なにかしら、私は空間の中に、それぞれが自然に置かれた物でないと、目に見えない質のようです。(おそらく、西洋画も古城の薄暗いステンドグラスの光を通して見ると、感動するのでしょう)

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↑黒壁美術館のガラスたち

 ひとしきり熱心に見て回りました。外からは普通の大きさに見えた江戸時代の大店も、中に入ると広々としていて、不思議な空間構成でした。1Fと2Fを見たのです。奥の藏は、次の展示の為に整理中で中には入れませんでした。そこも展示が二階仕様になっていて、いろいろあったと、数年前に訪れた三番隊長が教えてくれました。

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↑私が選んだ三点のガラス製品

 心の準備も知識もなにもない状態ですが、それでも「お気に入り」は見つかりました。左から、机上スタンド、砂時計、香水瓶と水差しです。由緒来歴評価を今の私が付け焼き刃でしても無意味なので、このままずっと眺めておきます。
 ただ、どれか一つを差し上げると言われたなら、真ん中の燦然と輝く「砂時計」です。これはもう、未来永劫確定的に変わらない気持ちです。{砂・時計・ガラス}の三つで私の密かな芸術志向は、満足いたします。
 黒壁美術館、実に堪能いたしました。

参考サイト:黒壁美術館
参考地図:黒壁美術館

長浜城歴史博物館←(2)→海洋堂フィギュアミュージアム黒壁

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2009年9月 6日 (日)

NHK天地人(36)石田三成の立場

承前:NHK天地人(35)家康の政治力と前田利家

 この時代には、戦に於ける謙信や武田信玄、あるいは源義経のような鬼才、鬼神ぶりが描かれないので、豊太閤逝去後の国内事情が難しく思えました。これは来週も続くわけですが。

 そしてまたドラマの上での解釈が分かりにくいところもあるわけです。
 なぜ三成が豊臣恩顧の福島政則など血気盛んな武将達に屋敷を囲まれ、なぜ家康のもとに三成が逃げ込み、なぜ家康は家臣の本多が言ったように「自害」の決着をつけなかったのでしょうか。おそらく史実としても、分からないことが沢山あるのでしょう。
 三成が上杉景勝屋敷に逃げ込めば、もう少し分かりやすいのですが(笑)。

 わかりにくいのは徳川家康が、松方さんの仁義なき戦い風演技に迫力がありすぎて、家康自身の謀略と方針とが鮮明に出てこないところにもあります。「謀略家」の薬が効きすぎているわけですね。政権簒奪の手順をもう少し分かりやすく説明してあれば、納得できるのですが。
 前田家や上杉家への家康の難癖の付けようも、子供じみていて、もしその通りなら、理由も大義名分もなく、家康は刃向かう諸将を一網打尽にすれば良いようなものですが、……。おそらく、関ヶ原の戦いも、会津上杉の逡巡や、徳川秀忠の遅参や、小早川の変節やと、不定要素が多すぎるわけで、だから今夜の状態も誰にも(秀吉あとの帰趨が)想像出来なかったのかも知れません。
 西国、九国の大大名達の動き、関東の動き、東北の動きが複雑すぎて、現代のような戦略コンピュータを駆使しても、「不定」とでるのでしょう。

 これまで耳にしてきた話では、世界中の作戦将校、参謀たちが関ヶ原の布陣、その他から、勝利は西軍(三成)側と判定予測するわけですが、そういうぎりぎりの結果をまねいた家康も、ドラマのような悪魔的謀略家ではなかったのだと、思いました。
 私は少時から、関ヶ原の戦いのあと(1600)、家康・征夷大将軍任官・江戸幕府開府(1603)、豊臣家滅亡・大坂夏の陣(1615)年までの期間が長すぎるように思ってきたのです。名目的には、関ヶ原は毛利が総大将で、実質石田三成と家康との格闘だったわけですが、その後の15年間の長きにわたり、当時の日本がどうだったのか、分かりにくいです。

 家康は、豊臣家からの簒奪者という悪名を最後まで、避けたかったのでしょうか。
 今夜のドラマ、兼続と三成との作戦がうまく行っていたなら、関ヶ原の戦いは西の勝ちと、なっていたでしょう。それは来週あたりからはっきりしてくることで、どこかに作戦の齟齬があったのだと思います。

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2009年9月 5日 (土)

長浜研修旅行20090827(1)長浜城-Nagahama2009

承前:飛鳥は石舞台が一番人気でした:Asuka2008研修旅行

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↑長浜城天守閣から西の高島市を遠望

1.1 京都駅出発
 2009年8月27(木)に、葛野図書倶楽部2001、恒例夏の研修旅行に出発しました。今回の企画は、かわぐち書記局長2009が中心となり、さとうは三番隊長が補佐をつとめ、いくつかの準備や打合せを進めてきました。行き先は滋賀県長浜市でした。

 書記局長が丹念に作成した「栞」にしたがって、千円で「三成手形」という非常にお得なパスポートを買って、それで最大5カ所の施設を巡る予定でした。予定はなんとかこなしたのですが、実は、肝心の書記局長が当日就職関係の事案で欠席、さらに午前7:40分ころ到着していた、こばやし局長2009が、体調不良で夏の長浜を歩くことが無理となって、出発時・直前に京都駅から帰還した次第です。本当に、いろいろなことがあるものです。

 一行{私、なかむら副長、よしむら経理局長、さとうは三番隊長、ひろせ一番隊員}の合計5名が、予定通り1番ホームから8:20分の長浜行き直行・新快速電車に乗車しました。
 あっというまに9:20分、長浜駅に到着しました。
 しかし、彦根までは、補助椅子に私だけが着座し、他の4名はずっと立っておりました。平日の新快速も混むようです(笑)。とは言っても、2008年3月の犬山市・明治村研修旅行に比べると、極楽温泉じみた快適さでした。その時は、JRを何度も乗り換え、バスに乗り、到着したときはほろほろになったものでした。

 なお、大幹部2名の欠席により、現地誘導隊長は3年生の三番隊長が務めてくれました。もちろん、経費関係は一切合切経理局長が取り仕切ってくれました。

1.2 (長浜市立)長浜城歴史博物館
 駅を降りるとすぐに、三成手形を揃えてくれました。私のようなあわて者をみこしてか、さっさと5人分の手形が回収されて、経理局長の手でまとめられました。手形も帰りの切符も経理局長が持つことになって、~それでも途中で行方不明になる人では、まず無いという、オーラがありましたから、大安心でした。cat

 方角は現地では分かりにくいのですが、ともかく緑の森がある方向へ歩き出しました。道は分かりやすかったです。5分も歩くまもなく、お城の天守閣が見えてきました。

 以下は写真を御覧下さい。クリックすると拡大されて、簡単な説明がついています。

長浜城:石田三成歴史館
長浜城全体:東→西に向かって撮影
長浜城:再建・天守閣
長浜城:石垣根石
長浜城:天守閣の様子
長浜城:天守閣の人影
長浜城から西:高島市
長浜城から北西:奥琵琶湖
長浜城から東の眼下:長浜駅方向
長浜城から南:彦根市

1.3 下城して
 先に外に出て待っている間、お城で訪ねたところを数えてみました。
 大坂城(小学生)、熊本城(高校修学旅行、20代)、伏見城、松本城、姫路城、彦根城、安土城跡、小倉城、高取城跡、坂本城跡、そして長浜城。忘れたところもあるかも知れませんが、めったに旅行しない割りには、そこそこ訪ねたわけです。

 長浜城歴史博物館は、写真を撮れないのが残念でしたが(特に、築城のジオラマ)、最上階から見た琵琶湖の姿は最高でした。つまり、私はこの日の長浜城に限って、博物館の特別展示よりも、琵琶湖や伊吹山の景観を経験したかったのです。秀吉や、山内一豊がながめたであろう、雄大な琵琶湖をこの目で見たかったのです。
 思った通りの満足感を得ました。素晴らしい昭和再建の新・城体験でした。

 参考:長浜城歴史博物館 サイト
 地図:長浜城歴史博物館

 目次← (1) →黒壁美術館

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2009年9月 4日 (金)

小説木幡記:2009/09/04(金)不採用の条件

 今日もいろいろあったが。

不採用は好機か?
 ネットのタイトルが気になって、クリックした(暇だねぇ~)。
  不採用の理由を「お答えできない」理由
 ↑至極真っ当なことが書かれていた。しかし、この当たり前のことが、特に若い人の間では、知られていない事実も過去いくつか経験した。

 要するに面接する人が、20分や一時間話して、採用に適しているかどうかを、神のごとく判定できるわけがない。あるいは集団で討論させても、めだつのは「ああいえばJ-you」(昔、ある宗教団体に、ともかくディベートのうまいというか、屁理屈の達者な青年がおった)、と呼ばれるような人だけだね。ときどき初老の人事担当者は「いや、わかる。見ただけで分かる」とおっしゃるのを耳にしたが、あはは、嘘つくな! 被採用者の1年後、3年後、7年後の追跡調査をしたならば、おそらくその組織に適性があったかどうか、有用か否かは、半々だろうな。いや、いまどき一年後に在籍しているかどうかもおぼつかない。

 それと、やはり状況、ケースによるだろう。
 まがい物の傷物を、短期間に売り切りたい業界なら、AA-J-you的人材が最適なのかもしれない。
 あるいは、引用記事では身だしなみをきっちりするのは最低条件と、書いてあった。しかし、アタッシュケースをきっちり片手でもって、ぱりっとしたスーツで、髪をきっちり整えた青年が、汚れ役の永代脇役を採用するオーディションに来たら、まず、危ない。余が監督なら、匂いたつような汚れを、みるからにオーラ漂わせる者を、まず頭に収める。まあ、役者だと、なんにでもなれる汎用性があった方がよいが、場合によるな。

 ビジュアル的にイケメン風だけをどんどん採用するしっかりした大手企業もあるが、女子大の教員えらぶのに、そういう基準を持ち込むと、困ったことになる。余が人事に関係したなら、ホストクラブに務まりそうな青年と、マッド科学者のような人がおったなら、まあ後者を先に念頭に上げる。そんな、ぴかぴかの風体して、一体いつ勉強するんや、研究するんや、と内心毒づくよぉ。(ああ、業績なんぞは、解釈によるからね(笑))

 と、たったこれだけでも非難は出るだろう。ひとは見かけじゃない、本当の姿をみてあげないと。Muさんは「おしゃれ男」がきらいなんだぁ~とかね。
 ふむふむ。

 だが、事実は、余がいつも言い、思うように、人事の恣意性は激しい。酷い事例は一杯ある。大昔のことやが、面接終わって、ボーイフレンドのバイクに乗って帰っただけで、瞬時に落とされたJの事例もある。余ならば、もともとバイクで大学キャンパスを爆音たからかに走り回っておったから、「おお、社交性もあるね、あのJでOK」となる。しかしそうでない人も多いし。

 「実は、学生時代腐Jと思われるくらいに、マンガや際物小説を沢山よんでいました」と、ぽそりと言っただけで、余なら「それは、素晴らしい。あなた、採用します。一緒に働きましょう」と、なるが~。さて、普通の人事担当者、面接官ならどうでしょう。

 カニは甲羅にあわせて穴を掘る(と、吉本リュウメイ先生が、むかし言っておったのう)。人は、自分の器でしか、人を見ることができない。人事の限界やねぇ。世の中、棄てるもんがおれば、拾うもんもおる。そして、男子は己を識る者の為に死す。Jは愛する者のために化粧する~。あれ、話が横道にそれた。

 要するに、採用面接で受かって有頂天になると身を誤り、墜ちて絶望すると、せっかくの好機を逃したことになる。前者はよしとして、後者の心は。「この会社や、面接官は、私を識ることもできない、小蟹なんだ。ふん!」という心の広さを失ってはならない。

夏期論物語
 いよいよ佳境に入ってきた。さすがに夕方になると、全身の痺れる思いがして、キーボードの前で「もう、だめだ」とつぶやき、はやばやと5時過ぎに総ての電源を切った。

 芭蕉にとっての「野ざらし紀行」と「猿蓑」、この二つの句集を軸にして『芭蕉』が描かれたと、文章地図にはっきりパターンが現れた。「子規」と「奥の細道」が、それぞれ文章という大海のなかで、明確な孤島の姿をあらわした。前者はうなずける。しかし、「奥の細道」が孤立していることに、余は愕然とした。これは、余に解けなかった。

HO物語
 たしかにHOゲージの場合は、レールを水平にして、地盤をきっちり固めるのが大切だ、と痛感した。しかし、余の質として、どうしても勾配や急カーブは避けられない。そこを車軸が6本もあるEFタイプの電気機関車が走るのに、5軸しかないDE10タイプディーゼル機関車が脱線に次ぐ脱線。今朝は、8時から40分かけて、HOのDE10下回りを削りおとしテストを繰り返し、ようやく9時前に快走しだした。それもあって、波及効果で夏期論物語が上手に進んだ。

 さて、また明日。
 今週も来週も日中は、不眠不休だねぇ(笑)

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2009年9月 3日 (木)

小説木幡記:2009/09/03(木)お題のつけようもない平穏な一日

1.朝、昼、夜と合計30分間、電車を走らせた。そのうち昼の10分はHOゲージ車両に、サロ124図書館列車を引かせた。車両が重く、固定していないレールが湾曲していた。走るたんびに、下地に上乗せした5mm厚の固いスチロールがみしみしと音を立てていた。

2.食欲が朝から昼、まったくなくて、朝は5mm厚の薄いトーストにバターと蜂蜜をつけて、嘘珈琲に浸してふやかせて少し口にした。5ヶ入りのカステラを買って登校し、午前中に二つ、午後に一つ、屯所にきた幹部3人にプレゼントした。残りの1個は昼過ぎ、最後の1個は夕方に、余が食した。そうそう、遅い昼食はコンビニのソーメンにした。アーメン、ソーメン、冷やソーメンなどと幼児期の流行り文句でリズムをとって、大半食べた。ソーメンは食欲不振でも食べられると知った。

3.夏期論文は、上等に進んだ。特に夕方からの2時間は気合いが入った。それでも終日かけて、原稿枚数でいうと3枚程度だな。ものすごく時間がかかる。考えながらするのは、余程時間がないと無理だな。たとえば、{奥の細道、古今集}と、こういうクラスター(つまり、かたまり)があったとする。何故、両者が深い関係をもつのかは、古典に通暁した人でないと、分からない。分からないことを、なんとか分かろうとするから、またまた胃が痛くなって、ソファに横臥して目をつぶって、芭蕉さんになって、考える。む、むつかしいのう。

4.PCの前でクラスター図を操作していても、ときどき、読みかけの長編小説や、書きかけの長編小説のことが、頭を過(よ)ぎる。だが、この二週間ほどは、覚悟して諦めて、考えないように、想像しないようにしている。しかし気を許すと気持がそちらへ行ってしまう。人とは不安定で、勝手な者じゃ。

5.最後の最後、後始末をすべて終えて、帽子までかぶった上で、やおら発泡スチロールのままの邪馬台国周遊図書館ジオラマの前にすわった。EH500が引く20m級二階建ての3両編成を3回周遊させた。ポイントは操作しなかった。帰り際に急坂で脱線すると、気分が墜ちる。すっとして、消灯して部屋をでた。8時前に木幡に着いた。

6.もう夜の10時をすぎた。帰還してご飯をたべて、ずっと部屋を暗くして、瞑想していた。気持がよい。人は、軽く疲労したまま、ぼんやりしているのが、至福なんだとこのごろ思ってきた。2時間くらい、暗黒世界にたゆたうのだから、余は光の国の者ではなく、闇の住人なんだろう。それでよい。

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2009年9月 2日 (水)

小説葛野記:2009/09/02(水)何かと9月、晩夏と初秋

 残暑ありながら9月に入ると、気持ちの上では晩夏でもあり、初秋でもある。どちらを深く味わうかは日々の揺れがあり、決められない。どちらでも良いのだが、晩夏といえば過ぎ去りし夏のことどもに思いを寄せ、初秋と言えば深まる秋の前触れに心がゆく。人の、まことに「心、心、どすなぁ」との思いを実感する。

 さて、本日は懸案の会議が二つあり、とにもかくにも時間が経って終了した。気持ちが良いとも言えるし、まだまだ残る案件は今秋、年明け、来年、次年度、数年後と尽きることがない。げに、生きておるのう~!。
 本当になさねばならぬことを心の裏においやって、ただ日常の眼前の責務に狂奔し、ひとつひとつはそれなりに過ぎていくが、ふと立ち止まって来し方行く末に思い起こせば、愕然とする。「一体、ぼくは何をやっておるんやぁ」と、瞬時に「これが生きる実相よなぁ、ハルちゃんや」と、知らず愛猫に語りかける毎日なり。

 さて。
 
1.サイト全体150万アクセス
 昨日夜にふと気がつけば、150万アクセスをとおりこして、千数百もオーバーしておった。あわてて統計データを整理したはよいが、よくみると、いつもは(10万単位で記事を起こしている)4ヶ月分の統計なのに、昨日が切りのよい1日だったせいか、3ヶ月分しかとれていなかった。
 ままよ。
 思い立って、130万アクセスの追加記事を見てみると、NHK大河ドラマ関係の違いにびっくりした。2008年の余塵おさまらぬ本年2月には、ベストテンが篤姫で埋め尽くされておった。しかるに、今期150万アクセスでは、26番目にやっと「NHK天地人(22)真田幸村と父・昌幸、兄・信之」が入る有様。ふぅ~ん、世間のというかMuBlogのアクセスランキングも当てにならぬなぁ(笑)と、自笑したしだい。
 ただ、このごろの天地人は、初秋にはいったせいか、気合いが入っておる。余はこの数回、毎回のごとく手に汗にぎって鑑賞しておる。受信料を勘案するとよく分からぬが、映画を何本もみるより随分と軽燃費じゃね。これで石田三成が関ヶ原の戦いに敗れ、四条河原で斬首される夜には、涙、涙にあけくれそうだ。数回後かな。

2.夏期論文
 間にいくつもの伏兵が潜んでいて、この一週間は毎日2時間が限度やった。なんで時間がかかるかというと、やはり、鎌倉時代・後鳥羽院の世界(新古今)と、中世を経て近世江戸時代の芭蕉(蕉風俳諧)を結びつける論法を、感性的には充分味わえるが、理屈の上で未知の読者になっとくさせながら論立てすることが難しい。確かに、許六・柴門辞で、芭蕉が藤原俊成や空海(南山大師)や西行や後鳥羽上皇や、いろいろの人を例にあげて、「細き一筋」とおっしゃるのは分かるが、その全体像を他人に現代人の余が伝えるのは至難のこと。

 いや。
 それは大伴家持卿の折にも味わった。言ってみれば、宇宙人のような現代人に、家持卿や後鳥羽院や芭蕉の深いところを伝達するのは、~。何故、家持卿が人麻呂を味わい慟哭し、なぜ芭蕉が後鳥羽院の姿に感銘したのかは、ある程度の歴史教育や文学教育がないと、難しい。
 いやさらに、逆に現代の教育があればあるほど、遠くの世界、宇宙人の話になってしまう。そういう苦しみが、毎夏毎夏の夏期論文で余を責める(と、笑)。

 ちなみに、家持卿も後鳥羽院も芭蕉も高校の古典で学んでおる。さすがに、許六・柴門辞での芭蕉の「予が風雅は夏爐冬扇の如し。衆にさかひて用る所なし。」は大学の教養科目・日本文学で学んだが。そういう学びがあればこそ、余のようなCPUオタク、図書館列車オタクでも、ある程度理解が届く。ところが、~、うむうむ、もう何も言うまい語るまい。
 みんな、誰も覚えていないようだ。そして、誰もいなくなった。おお、これこそ鴫たつ澤じゃのう、うわぁははは。

3.明日からは
 しばらく夏期論文に専念しよう。早めに第一稿をまとめて、しばらく寝かし、その間校務・役務・人頭税を支払い、ついでといっては何だが、終末を2012年三月にひかえる倶楽部業務に専念しよう。葛野図書倶楽部2001は2011年で10年を迎え、ようやく幕を引くことになる。その間の記録はきちんと整理し、歴代幹部連にきっちり渡す予定をしておる。~

 あ、忘れてた。
 今夏の内に、せめて邪馬台国周遊図書館ジオラマの、下地塗りだけは果たしておきたい。レールを完全固定していないから、走らせるたびに図書館列車は転覆し、坂道に神経質なHOゲージの重い車両がレールを傷つける。なんとかしなくちゃ。それにしてもなぁ、HOゲージレールをNゲージレールのように急坂急カーブにしてしまうのが、時間を取る理由。無理無理なことを余はしようとしておる。

 ああしかし、箸墓古墳を眼下にのぞむ、邪馬台国中央図書館の完成を想像すると、これぞライフワークと身が引き締まる。三輪さんにはちゃんとお礼参りをしておかなくては、罰があたるのう。考古学関係者とか、市民団体にはMuBlog記事でちゃんと詫びをいれておこう。纒向遺跡の地下に図書館列車を走らせるなんて暴挙は、許してくれるだろうか。あるいは、三輪山の磐座(いわくら)の間を通り過ぎる20m級、カシオペアクラスの列車通過を大社や文化庁で許可してくれるだろうか~、ジオラマであってもきっちり書類を申請する必要があるだろうなぁ。

 ああ、考えると、今夏も休む間もなく、忙しく過ぎていく。

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2009年9月 1日 (火)

150万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他)

承前:140万アクセス(2009.05.09)

(0)観測
 2009/09/01(火)23:06

サイト全体累計アクセス数: 1501967 1日平均: 753.24 

携帯全体累計アクセス数: 84163 1日平均: 95.21

MuBlog累計アクセス数:   8631931日平均: 432.90

解析対象期間: 2009年6月1日(月) ~ 2009年8月31日(月)

3ヶ月間のAsajiharaサイト全体統計

(1)PC・ページ別アクセス数

アクセス数: 80,071
訪問者数: 61,099
解析ページ 訪問者 アクセス
1 MuBlog: トップページ 1,969 3,683 3.2% 4.6%
2 MuBlog: 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 1,170 1,304 1.9% 1.6%
3 MuBlog: 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 772 828 1.3% 1.0%
4 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 584 804 1.0% 1.0%
5 MuBlog: 自作鉄道模型 581 740 1.0% 0.9%
6 MuBlog: Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 576 666 0.9% 0.8%
7 涼夏2007: ASUS社のSmartDoctor画面 503 591 0.8% 0.7%
8 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 418 583 0.7% 0.7%
9 MuBlog: 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 324 407 0.5% 0.5%
10 日々17: カフェーでのアトムとゲジヒト 374 399 0.6% 0.5%
11 涼夏2007: BIOS設定:(*)CTRL+Iによる、RAID設定 308 378 0.5% 0.5%
12 MuBlog: 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 239 372 0.4% 0.5%
12 MuBlog: みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 325 372 0.5% 0.5%
14 MuBlog: 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 301 370 0.5% 0.5%
15 涼夏2007: BIOS設定:(2)SATA RAID/AHCI Mode 279 349 0.5% 0.4%
16 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 231 346 0.4% 0.4%
17 涼夏2007: RAIDドライバーのFDへの複製 256 340 0.4% 0.4%
18 日々24: 20世紀少年(20)登場人物/浦沢直樹 252 337 0.4% 0.4%
19 MuBlog: Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 288 327 0.5% 0.4%
20 日々8: ぬかるみ回避:恐怖の下山 312 321 0.5% 0.4%
21 日々17: 神々の乱心/松本清張 249 317 0.4% 0.4%
22 MuBlog: 小説木幡記 260 287 0.4% 0.4%
22 日々5: 865GM3-FIS(MSI MicroATXマザーボード) 261 287 0.4% 0.4%
24 MuBlog: 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 216 278 0.4% 0.3%
25 MuBlog: 地図の風景 234 262 0.4% 0.3%
26 MuBlog: NHK天地人(22)真田幸村と父・昌幸、兄・信之 231 249 0.4% 0.3%
27 MuBlog: 読書余香 214 244 0.4% 0.3%
27 涼夏2007: 涼夏2007PC配線:マザーボード正面 185 244 0.3% 0.3%
29 涼夏2007: BIOS設定:(3)ディスプレイ関係初期化 179 239 0.3% 0.3%
30 プロフィールページ 201 238 0.3% 0.3%
31 MuBlog: CPU空冷装置・掃除のお勧め 162 230 0.3% 0.3%
32 日々3: サンフランシスコのケーブルカー 206 222 0.3% 0.3%
33 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 145 221 0.2% 0.3%
34 MuBlog: ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 159 213 0.3% 0.3%
35 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館 174 207 0.3% 0.3%
36 MuBlog: NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代 183 205 0.3% 0.3%
37 MuBlog: 自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」 134 204 0.2% 0.3%
38 MuBlog: CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 125 196 0.2% 0.2%
38 MuBlog: 自作ロボット 173 196 0.3% 0.2%
40 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 156 195 0.3% 0.2%
41 MuBlog: 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 109 193 0.2% 0.2%
42 MuBlog: 卑弥呼の墓(012) 箸墓築造は240~260年か? 国立歴史民俗博物館の放射性炭素(C14)年代測定 151 191 0.2% 0.2%
43 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 121 189 0.2% 0.2%
43 涼夏2007: BIOS設定:(4)組み込みVGA 135 189 0.2% 0.2%
45 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(2)箸墓と三輪山遠望 128 187 0.2% 0.2%
46 MuBlog: 「壬申の乱」の関係地図 132 184 0.2% 0.2%
47 MuBlog: てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 164 182 0.3% 0.2%
48 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 110 181 0.2% 0.2%
49 MuBlog: 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 164 179 0.3% 0.2%
50 MuBlog: 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 139 178 0.2% 0.2%
51 MuBlog: 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 160 173 0.3% 0.2%
51 MuBlog: NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 160 173 0.3% 0.2%
53 MuBlog: NHK天地人(31)大義なき花戦:北の政所と、淀君 152 172 0.2% 0.2%
53 鉄道模型11-20: 11:「山」 ジオラマ/レイアウトの製作(1)発泡スチロールで山を作る 119 172 0.2% 0.2%
55 嵯峨野鉄道図書館080323: 二階建て新幹線Max (6)Maxとき、座席の色違い 155 168 0.3% 0.2%
56 涼夏2007: BIOS設定:(1)Integrated Peripherals 125 164 0.2% 0.2%
57 MuBlog: NHK天地人(24)上杉軍4000と都人達 110 162 0.2% 0.2%
58 MuBlog: 室町和久傳(むろまち・わくでん) 129 161 0.2% 0.2%
58 鉄道模型11-20: 12:「岩」 ジオラマ/レイアウトの制作(2)発泡スチロールで岩を作る 100 161 0.2% 0.2%
60 涼夏2007: CPU・マザーボード・メモリ 131 157 0.2% 0.2%
61 MuBlog: 0501010・大晦日の鍵善と八坂神社 117 155 0.2% 0.2%
62 MuBlog: NHK天地人(30)利休の切腹と秀吉の偉光 125 150 0.2% 0.2%
63 MuBlog: 1Q84:Book1、Book2/村上春樹 Jと男が綾なす異・位相世界(読書感想文) 116 149 0.2% 0.2%
64 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(36)道路パーツ、街灯、電柱(小) 111 143 0.2% 0.2%
64 MuBlog: 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 103 143 0.2% 0.2%
66 涼夏2007: 稼働一時間後のケース内温度、29度C 103 140 0.2% 0.2%
67 MuBlog: 椿井大塚山古墳の現況写真 77 139 0.1% 0.2%
67 MuBlog: 邪馬台国 102 139 0.2% 0.2%
69 涼夏2007: アクリルケース内の温度計、27度c 93 136 0.2% 0.2%
70 MuBlog: HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 120 133 0.2% 0.2%
70 鉄道模型11-20: 16:「海」 ジオラマ/レイアウトの制作(5)発泡スチロールで海を作る 91 133 0.1% 0.2%
72 涼夏2007: アクリルPCケースM-acky 109 129 0.2% 0.2%
73 涼夏2007: スイッチON 81 128 0.1% 0.2%
74 MuBlog: 情報図書館学 105 127 0.2% 0.2%
75 涼夏2007: アクリルPCケースM-acky (側面) 103 126 0.2% 0.2%
76 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(3)ホケノ山古墳 102 125 0.2% 0.2%
77 MuBlog: ミスター・スタンプス・ワインガーデン:Mr. Stamp's Wine Garden [その1] 82 123 0.1% 0.2%
77 MuBlog: NHK天地人(26)景勝の遺言 97 123 0.2% 0.2%
77 涼夏2007: 涼夏2007PC配線:フロントパネルの配線 89 123 0.1% 0.2%
80 MuBlog: 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 85 122 0.1% 0.2%
80 MuBlog: 小説葛野記 102 122 0.2% 0.2%
82 涼夏2007: ケースファン:8センチ静音、4センチ2連装静音 103 120 0.2% 0.1%
83 鉄道模型11-20: 17:「道路」 ジオラマ/レイアウトの制作(6)道路を作る 94 119 0.2% 0.1%
84 MuBlog: 高齢者(老人)差別 97 118 0.2% 0.1%
84 涼夏2007: 涼夏2007PC配線:フロントパネルコードのピン配置 89 118 0.1% 0.1%
86 MuBlog: 前方後円墳の航空写真 69 117 0.1% 0.1%
86 MuBlog: 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 78 117 0.1% 0.1%
86 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(37)石畳道パーツ、柵パーツ 86 117 0.1% 0.1%
86 MuBlog: NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼 92 117 0.2% 0.1%
86 日々24: 京都大学時計台:2005/11/15 103 117 0.2% 0.1%
91 MuBlog: 美味しいところ 89 116 0.1% 0.1%
92 MuBlog: バックナンバー 95 115 0.2% 0.1%
92 MuBlog: モリログ・アカデミィ:MORI LOG ACADEMY/森博嗣 85 115 0.1% 0.1%
94 MuBlog: 自作PC 90 112 0.1% 0.1%
95 日々13: 王仁公園案内板 85 111 0.1% 0.1%
96 日々: 国友一貫斎屋敷 84 110 0.1% 0.1%
97 MuBlog: On30レイアウト:庭園鉄道趣味/森博嗣 91 109 0.1% 0.1%
98 MuBlog: 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 87 108 0.1% 0.1%
99 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 77 107 0.1% 0.1%
99 MuBlog: ながればし:流れ橋(上津屋橋) 87 107 0.1% 0.1%
99 MuBlog: 小説木幡記:2008/05/06(火)与謝蕪村展:MIHO MUSEUM(ミホ・ミュージアム) 73 107 0.1% 0.1%
99 私の京都: 天壇(てんだん)京都四条本店 77 107 0.1% 0.1%
103 MuBlog: うさじんぐう:宇佐神宮 72 106 0.1% 0.1%
103 MuBlog: 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 79 106 0.1% 0.1%
103 MuBlog: 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 84 106 0.1% 0.1%
103 MuBlog: 葛野図書倶楽部2001 93 106 0.2% 0.1%
103 涼夏2007: Intel(R) Matrix Storage Console:積層記録装置確認画面 88 106 0.1% 0.1%

★携帯サイト全体(合算)・ページ別アクセス

 携帯サイトの統計ではアクセス数と訪問者数は常に同一です。

アクセス数: 12,819
訪問者数: 12,819
解析ページ 訪問者 アクセス
1 MuBlog: トップページ 1,658 1,658 12.9% 12.9%
2 MuBlog: ミホミュージアムの秋 574 574 4.5% 4.5%
3 MuBlog: 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 552 552 4.3% 4.3%
4 MuBlog: NHK天地人 198 198 1.5% 1.5%
5 MuBlog: 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 156 156 1.2% 1.2%
6 MuBlog: NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代 155 155 1.2% 1.2%
7 MuBlog: バックナンバー 126 126 1.0% 1.0%
8 MuBlog: 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 125 125 1.0% 1.0%
9 MuBlog: NHK篤姫 124 124 1.0% 1.0%
10 MuBlog: 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 91 91 0.7% 0.7%
11 MuBlog: NHK天地人(24)上杉軍4000と都人達 89 89 0.7% 0.7%
12 MuBlog: 北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」 87 87 0.7% 0.7%
13 MuBlog: 小川珈琲本店 83 83 0.6% 0.6%
14 MuBlog: 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 82 82 0.6% 0.6%
15 MuBlog: NHK天地人(31)大義なき花戦:北の政所と、淀君 80 80 0.6% 0.6%
16 MuBlog: ようげんいん:養源院 73 73 0.6% 0.6%
17 MuBlog: 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 72 72 0.6% 0.6%
18 MuBlog: 地図の風景 71 71 0.6% 0.6%
18 夜麻登志宇流波斯/浅茅原竹毘古: トップページ 71 71 0.6% 0.6%
20 MuBlog: オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 69 69 0.5% 0.5%
20 MuBlog: ほづがわくだり:保津川下り 69 69 0.5% 0.5%
22 MuBlog: 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 68 68 0.5% 0.5%
23 MuBlog: NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 67 67 0.5% 0.5%
24 MuBlog: 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 64 64 0.5% 0.5%
25 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 57 57 0.4% 0.4%
26 MuBlog: 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 55 55 0.4% 0.4%
27 MuBlog: ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 53 53 0.4% 0.4%
28 MuBlog: 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 51 51 0.4% 0.4%
29 MuBlog: NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 47 47 0.4% 0.4%
29 MuBlog: NHK天地人(22)真田幸村と父・昌幸、兄・信之 47 47 0.4% 0.4%
29 MuBlog: スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 47 47 0.4% 0.4%
32 : ページ名未取得 46 46 0.4% 0.4%
32 MuBlog: ほうしょうかん:鳳翔館・平等院ミュージアム 46 46 0.4% 0.4%
32 MuBlog: NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼 46 46 0.4% 0.4%
32 MuBlog: NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと 46 46 0.4% 0.4%
36 MuBlog: 私の京都:木嶋神社の三柱鳥居(このしまじんじゃ・の・みはしらとりい)魔界巡礼秦氏の謎 45 45 0.4% 0.4%
37 MuBlog: 京都の書店 44 44 0.3% 0.3%
37 MuBlog: 長岡京市立図書館の風景 44 44 0.3% 0.3%
37 MuBlog: 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 44 44 0.3% 0.3%
40 MuBlog: NHK天地人(33)五大老という合議制の成立ドラマ 43 43 0.3% 0.3%
41 MuBlog: てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 42 42 0.3% 0.3%
42 MuBlog: 葛野図書倶楽部2001組織図:概念の整理 41 41 0.3% 0.3%
42 MuBlog: 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 41 41 0.3% 0.3%
42 MuBlog: 1Q84:Book1、Book2/村上春樹 Jと男が綾なす異・位相世界(読書感想文) 41 41 0.3% 0.3%
45 MuBlog: Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 40 40 0.3% 0.3%
46 MuBlog: NHK天地人(02)直江兼続の幼少期:禅寺で修行中 39 39 0.3% 0.3%
46 MuBlog: 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 39 39 0.3% 0.3%
48 MuBlog: 20世紀少年(21)/浦沢直樹 38 38 0.3% 0.3%
49 MuBlog: 四条大橋界隈と三条大橋:私の京都・河原町通{四条→三条} 37 37 0.3% 0.3%
49 MuBlog: だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 37 37 0.3% 0.3%
49 MuBlog: NHK篤姫(49)さらば大奥 37 37 0.3% 0.3%
49 MuBlog: NHK天地人(14)上杉・武田、塩を送り黄金を贈る 37 37 0.3% 0.3%
49 MuBlog: ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 37 37 0.3% 0.3%
54 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(03) 下地作りと下塗り 36 36 0.3% 0.3%
54 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(31)飯田郵便局  36 36 0.3% 0.3% 


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1 丕緒の鳥  G Y M 410 1.2%
2 神々の乱心  G Y M 356 1.0%
3 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 298 0.9%
4 うぶめのなつ  G Y M 279 0.8%
5 じぶり  G Y M 241 0.7%
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7 箸墓古墳 地図  G Y M 147 0.4%
8 京都 寺町通り 地図  G Y M 131 0.4%
9 鍵善  G Y M 118 0.3%
10 小野不由美 丕緒の鳥  G Y M 105 0.3%
11 壬申の乱 地図  G Y M 98 0.3%
11 20世紀少年 登場人物  G Y M 98 0.3%
13 アクリル PCケース 自作  G Y M 94 0.3%
14 桜井茶臼山古墳  G Y M 90 0.3%
15 松本清張 神々の乱心  G Y M 87 0.3%
16 恐怖  G Y M 82 0.2%
17 ジオラマ 川  G Y M 77 0.2%
18 小野不由美 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 76 0.2%
19 丕緒(ひしょ)の鳥  G Y M 71 0.2%
20 SmartDoctor  G Y M 70 0.2%
21 美しいサイト  G Y M 69 0.2%
22 smartdoctor  G Y M 60 0.2%
23 二十世紀少年 ともだち 正体  G Y M 58 0.2%
23 椿井大塚山古墳  G Y M 58 0.2%
23 是非もなし  G Y M 58 0.2%
23 上津屋橋  G Y M 58 0.2%
27 神々の乱心 あらすじ  G Y M 57 0.2%
27 高齢者差別  G Y M 57 0.2%
29 霜取りタイマー  G Y M 55 0.2%
30 xp raid 設定  G Y M 52 0.2%
31 直江兼続 伊達政宗  G Y M 51 0.1%
31 CPU 掃除  G Y M 51 0.1%
33 天地人  G Y M 50 0.1%
34 ウブントゥ  G Y M 48 0.1%
34 GA-G33M-D S2R  G Y M 48 0.1%
34 20世紀少年  G Y M 48 0.1%
37 金魚  G Y M 46 0.1%
37 ケースファン 電源  G Y M 46 0.1%
39 次勝元  G Y M 44 0.1%
39 森博嗣 Gシリーズ  G Y M 44 0.1%
41 神々の乱心 松本清張  G Y M 43 0.1%
41 セラミックグリス 塗り方  G Y M 43 0.1%
41 税所篤  G Y M 43 0.1%
44 二十世紀少年 ともだちの正体  G Y M 42 0.1%
44 布刈神社  G Y M 42 0.1%
44 貴志祐介 新世界より  G Y M 42 0.1%
44 レスタト  G Y M 42 0.1%
48 maxとき 座席  G Y M 41 0.1%
48 明治村 遺跡  G Y M 41 0.1%
48 二十世紀少年 ともだち  G Y M 41 0.1%
48 ASUS Smart Doctor  G Y M 41 0.1%
52 ジオラマ 水  G Y M 40 0.1%
52 石塔寺 滋賀  G Y M 40 0.1%
52 篤姫 ジョン万次郎  G Y M 40 0.1%
52 アートスペース上三条  G Y M 40 0.1%
56 二十一世紀少年 ネタバレ  G Y M 39 0.1%
56 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 39 0.1%
58 長尾真  G Y M 38 0.1%
58 PCケース アクリル 自作  G Y M 38 0.1%
58 京都 ホットケーキ  G Y M 38 0.1%
58 mublog  G Y M 38 0.1%
62 mac ubuntu  G Y M 37 0.1%
62 じゃみのしずく  G Y M 37 0.1%
64 オンボードRAID 設定  G Y M 36 0.1%
64 周山 登喜和  G Y M 36 0.1%
64 smart doctor  G Y M 36 0.1%
67 佐野藤右衛門  G Y M 35 0.1%
67 ジオラマ 海  G Y M 35 0.1%
67 RAID 自作  G Y M 35 0.1%
70 室町和久傳  G Y M 34 0.1%
71 谷口敏夫  G Y M 33 0.1%
71 cpu 掃除  G Y M 33 0.1%
71 柴本 幸 プロフィール 風林火山  G Y M 33 0.1%
71 新幹線 maxとき 座席  G Y M 33 0.1%
71 王仁公園  G Y M 33 0.1%
71 20世紀少年 まとめ  G Y M 33 0.1%
77 じょうしょうこうじ  G Y M 32 0.1%
77 宇佐神宮 謎  G Y M 32 0.1%
77 raid 自作  G Y M 32 0.1%
80 益田の岩船  G Y M 31 0.1%
80 てんだん  G Y M 31 0.1%
82 近江八幡 観光 地図  G Y M 30 0.1%
82 サンタモニカ ビーチ  G Y M 30 0.1%
82 鉄道模型 自作  G Y M 30 0.1%
82 桜井市教育委員会  G Y M 30 0.1%
86 北の政所  G Y M 29 0.1%
86 鉄道模型 道路  G Y M 29 0.1%
86 BIOS RAID 設定  G Y M 29 0.1%
86 寺沢薫  G Y M 29 0.1%
86 登喜和 周山  G Y M 29 0.1%
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92 桑取  G Y M 28 0.1%
92 甘樫丘  G Y M 28 0.1%
92 asus smartdoctor 設定  G Y M 28 0.1%
92 Smart Doctor  G Y M 28 0.1%
92 登喜和 ステーキ  G Y M 28 0.1%
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98 渡辺豊和  G Y M 27 0.1%
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1 丕緒の鳥 958 2.8%
2 京都 956 2.8%
3 ジオラマ 839 2.4%
4 自作 831 2.4%
5 鉄道模型 769 2.2%
6 地図 698 2.0%
7 神々の乱心 578 1.7%
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9 設定 509 1.5%
10 天地人 441 1.3%
11 二十世紀少年 438 1.3%
12 十二国記 428 1.2%
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20 箸墓古墳 263 0.8%
20 風林火山 263 0.8%
22 松本清張 261 0.8%
23 じぶり 245 0.7%
24 篤姫 241 0.7%
25 mac 240 0.7%
26 xp 233 0.7%
27 20世紀少年 229 0.7%
28 卑弥呼 220 0.6%
29 小野不由美 206 0.6%
30 bios 200 0.6%
31 掃除 183 0.5%
32 PCケース 177 0.5%
33 NHK 166 0.5%
34 写真 164 0.5%
35 BIOS 153 0.4%
36 150 0.4%
37 登喜和 148 0.4%
38 感想 147 0.4%
39 森博嗣 146 0.4%
40 ともだち 145 0.4%
41 小説 141 0.4%
42 邪馬台国 139 0.4%
42 鍵善 139 0.4%
44 smartdoctor 137 0.4%
45 CPU 135 0.4%
45 寺町通り 135 0.4%
47 windows 133 0.4%
48 桜井茶臼山古墳 132 0.4%
49 Nゲージ 124 0.4%
50 ASUS 120 0.3%
51 壬申の乱 118 0.3%
52 直江兼続 117 0.3%
53 登場人物 115 0.3%
53 金魚 115 0.3%
55 座席 113 0.3%
55 日立 113 0.3%
57 周山 107 0.3%
58 asus 106 0.3%
59 明治村 105 0.3%
60 cpu 104 0.3%
61 交換 103 0.3%
62 インストール 101 0.3%
62 maxとき 101 0.3%
64 Smart 100 0.3%
65 Doctor 96 0.3%
66 昭和の鉄道模型をつくる 94 0.3%
66 新世界より 94 0.3%
66 prius 94 0.3%
69 古墳 93 0.3%
69 分解 93 0.3%
71 伊達政宗 90 0.3%
72 京阪 88 0.3%
72 linux 88 0.3%
74 道路 87 0.3%
74 伏見 87 0.3%
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76 丕緒(ひしょ)の鳥 86 0.2%
76 ハードディスク 86 0.2%
76 図書館 86 0.2%
80 usb 84 0.2%
80 GA-G33M-D S2R 84 0.2%
80 しる幸 84 0.2%
83 霜取りタイマー 83 0.2%
83 新幹線 83 0.2%
83 電源 83 0.2%
83 恐怖 83 0.2%
83 椿井大塚山古墳 83 0.2%
83 アクリルケース 83 0.2%
89 ヒートシンク 82 0.2%
89 秀吉 82 0.2%
91 SmartDoctor 81 0.2%
91 正体 81 0.2%
91 冷蔵庫 81 0.2%
91 81 0.2%
95 遺跡 80 0.2%
95 ドライバ 80 0.2%
95 是非もなし 80 0.2%
98 配線 78 0.2%
98 ヨルムンガンド 78 0.2%
100 TOMIX 77 0.2%


(4)アクセス地域

集計対象アクセス数:17,426
都道府県 割合
1 東京 4,225 24.2%
2 大阪 1,934 11.1%
3 京都 1,196 6.9%
4 神奈川 1,111 6.4%
5 愛知 1,056 6.1%
6 埼玉 672 3.9%
7 千葉 618 3.5%
8 兵庫 503 2.9%
9 福岡 490 2.8%
10 静岡 410 2.4%
11 茨城 385 2.2%
12 北海道 370 2.1%
13 三重 293 1.7%
14 長野 288 1.7%
15 広島 261 1.5%
16 宮城 236 1.4%
17 新潟 226 1.3%
18 奈良 203 1.2%
19 岐阜 200 1.1%
20 岡山 183 1.1%
21 栃木 171 1.0%
22 滋賀 168 1.0%
23 群馬 162 0.9%
24 福島 136 0.8%
25 石川 124 0.7%
26 大分 123 0.7%
27 愛媛 122 0.7%
27 鹿児島 122 0.7%
29 宮崎 115 0.7%
30 富山 104 0.6%
31 福井 97 0.6%
32 岩手 95 0.5%
33 山口 94 0.5%
34 熊本 92 0.5%
35 青森 84 0.5%
36 和歌山 80 0.5%
37 秋田 76 0.4%
38 香川 75 0.4%
39 山梨 71 0.4%
40 沖縄 69 0.4%
41 長崎 66 0.4%
42 山形 64 0.4%
43 島根 60 0.3%
44 高知 58 0.3%
45 鳥取 56 0.3%
46 徳島 48 0.3%
47 佐賀 34 0.2%


(5)検索サイト

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集計対象アクセス数:34,654
検索サイト 割合
1 Google 22,061 63.7%
2 Yahoo 10,140 29.3%
3 BIGLOBE 1,143 3.3%
4 goo 1,049 3.0%
5 Excite 83 0.2%
6 @nifty 73 0.2%
7 livedoor 44 0.1%
8 Infoseek 30 0.1%
9 CEEK.JP 20 0.1%
10 Hatena 5 0.0%
11 freshEYE 4 0.0%
12 AOL 1 0.0%
12 Ask.jp 1 0.0%

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