小説葛野記:2009/09/08(火)夕方になったので筆をおく
日が暮れてきた。
ここ何週間も夕方になると、脳と全身に痛みがはしる。たしかに脳は身体の一部だから、脳が動けば発熱したり、「もう、止めよ」という危険信号の代わりに、痛みをもたらしても、おかしくはない。
事情は単純明快で、夏期論文を絶え間なく書いているからだ。葛野滞在時間は11時間~12時間で、実質は毎日6~8時間純粋に論考、かかわっている。わずかに、原稿枚数で80枚程度、40頁ほどのものを仕上げるのに、夏中かかっておる。あと少しで初稿が完成する。それを一週間は寝かせたい。
その間にもずっと、夏中いろいろあったしこれからもある。いくつかの行事、発表、大学も倶楽部も、いくつかの〆切も、……。夏期論文を優先するために、そのいくつものことを周到に事前にこなしてきた。隙間時間を毎年夏期ほど考えて使う季節はない。他の季節は、時間が余ればたいていぼんやりしておる。
心残りは島田荘司さんの作品、高村薫さんの作品、いろいろ読めないままに中断しておる。終日葛野におって、帰還すればご飯にシャワに、瞬間熟睡、気がついたら朝になって、MuBlog触って、また葛野。葛野がなくなったら随分閑をもてあますだろうなぁ。なんだか、思考がぼんやり霞んでくるような、また再びの葛野の夏だ。
季節は初秋だが、こころはまだまだ夏。これからのいろいろな行事、法事や発表や倶楽部訓辞(笑)や、〆切や、授業準備や、……。貧乏暇無しと、すぐに独り言になってしまう脳。そして、夏期論文を終わったときは、山のような読書をしよう! と、思ったとたんにもう授業でてんてこ舞い。ああ。
脳は疲れる。以前書いた夏期論文の初めの方を理解できない己に気がつく。自分がわからないようで、どうして読んだ者がわかろうか! と、思ったままに翌日読み直すとよく分かる。前者が夕方で、後者が早朝の葛野での話。そうだ、脳は疲れる。そして、最後に痛みをもたらす。頭痛ではない。全身が痛くなる。
そして筆をおく(つまり、PCをオフにする)。すると、すすすすーっと、楽になってくる。HOゲージ・サロ124図書館列車を走らす。今ではKATOのDE10でも順調に走る。すーっとな。
と言うわけで、このまま自動筆記を延々と続けると、救急車が飛んできそうなので、もう止めておこう。
読書がどれほど楽か、日曜作家がどれほど楽か、会議がどれほど楽か、授業にいたっては極楽極楽。ひとえに、考え考え論を尽くしていくのは、辛いことだ。本当に脳が壊れそうになる。
ではまた明日
追伸
苦行にあえいでいる様子ばかり目立ったが、実は思いの外、うまく行っていることもある。今日は、明白なクラスターを得た。おお、素晴らしい。
虚栗{宗祇、宗鑑、守武、貞德、宗因}
こういうのがPCから自動的に出てくるから、夏期論文はやめられねぇ~のさ。まったく、われながら不思議だ。やはり、文章とは人為人工のものなのだよ、諸君。
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