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2009年9月 2日 (水)

小説葛野記:2009/09/02(水)何かと9月、晩夏と初秋

 残暑ありながら9月に入ると、気持ちの上では晩夏でもあり、初秋でもある。どちらを深く味わうかは日々の揺れがあり、決められない。どちらでも良いのだが、晩夏といえば過ぎ去りし夏のことどもに思いを寄せ、初秋と言えば深まる秋の前触れに心がゆく。人の、まことに「心、心、どすなぁ」との思いを実感する。

 さて、本日は懸案の会議が二つあり、とにもかくにも時間が経って終了した。気持ちが良いとも言えるし、まだまだ残る案件は今秋、年明け、来年、次年度、数年後と尽きることがない。げに、生きておるのう~!。
 本当になさねばならぬことを心の裏においやって、ただ日常の眼前の責務に狂奔し、ひとつひとつはそれなりに過ぎていくが、ふと立ち止まって来し方行く末に思い起こせば、愕然とする。「一体、ぼくは何をやっておるんやぁ」と、瞬時に「これが生きる実相よなぁ、ハルちゃんや」と、知らず愛猫に語りかける毎日なり。

 さて。
 
1.サイト全体150万アクセス
 昨日夜にふと気がつけば、150万アクセスをとおりこして、千数百もオーバーしておった。あわてて統計データを整理したはよいが、よくみると、いつもは(10万単位で記事を起こしている)4ヶ月分の統計なのに、昨日が切りのよい1日だったせいか、3ヶ月分しかとれていなかった。
 ままよ。
 思い立って、130万アクセスの追加記事を見てみると、NHK大河ドラマ関係の違いにびっくりした。2008年の余塵おさまらぬ本年2月には、ベストテンが篤姫で埋め尽くされておった。しかるに、今期150万アクセスでは、26番目にやっと「NHK天地人(22)真田幸村と父・昌幸、兄・信之」が入る有様。ふぅ~ん、世間のというかMuBlogのアクセスランキングも当てにならぬなぁ(笑)と、自笑したしだい。
 ただ、このごろの天地人は、初秋にはいったせいか、気合いが入っておる。余はこの数回、毎回のごとく手に汗にぎって鑑賞しておる。受信料を勘案するとよく分からぬが、映画を何本もみるより随分と軽燃費じゃね。これで石田三成が関ヶ原の戦いに敗れ、四条河原で斬首される夜には、涙、涙にあけくれそうだ。数回後かな。

2.夏期論文
 間にいくつもの伏兵が潜んでいて、この一週間は毎日2時間が限度やった。なんで時間がかかるかというと、やはり、鎌倉時代・後鳥羽院の世界(新古今)と、中世を経て近世江戸時代の芭蕉(蕉風俳諧)を結びつける論法を、感性的には充分味わえるが、理屈の上で未知の読者になっとくさせながら論立てすることが難しい。確かに、許六・柴門辞で、芭蕉が藤原俊成や空海(南山大師)や西行や後鳥羽上皇や、いろいろの人を例にあげて、「細き一筋」とおっしゃるのは分かるが、その全体像を他人に現代人の余が伝えるのは至難のこと。

 いや。
 それは大伴家持卿の折にも味わった。言ってみれば、宇宙人のような現代人に、家持卿や後鳥羽院や芭蕉の深いところを伝達するのは、~。何故、家持卿が人麻呂を味わい慟哭し、なぜ芭蕉が後鳥羽院の姿に感銘したのかは、ある程度の歴史教育や文学教育がないと、難しい。
 いやさらに、逆に現代の教育があればあるほど、遠くの世界、宇宙人の話になってしまう。そういう苦しみが、毎夏毎夏の夏期論文で余を責める(と、笑)。

 ちなみに、家持卿も後鳥羽院も芭蕉も高校の古典で学んでおる。さすがに、許六・柴門辞での芭蕉の「予が風雅は夏爐冬扇の如し。衆にさかひて用る所なし。」は大学の教養科目・日本文学で学んだが。そういう学びがあればこそ、余のようなCPUオタク、図書館列車オタクでも、ある程度理解が届く。ところが、~、うむうむ、もう何も言うまい語るまい。
 みんな、誰も覚えていないようだ。そして、誰もいなくなった。おお、これこそ鴫たつ澤じゃのう、うわぁははは。

3.明日からは
 しばらく夏期論文に専念しよう。早めに第一稿をまとめて、しばらく寝かし、その間校務・役務・人頭税を支払い、ついでといっては何だが、終末を2012年三月にひかえる倶楽部業務に専念しよう。葛野図書倶楽部2001は2011年で10年を迎え、ようやく幕を引くことになる。その間の記録はきちんと整理し、歴代幹部連にきっちり渡す予定をしておる。~

 あ、忘れてた。
 今夏の内に、せめて邪馬台国周遊図書館ジオラマの、下地塗りだけは果たしておきたい。レールを完全固定していないから、走らせるたびに図書館列車は転覆し、坂道に神経質なHOゲージの重い車両がレールを傷つける。なんとかしなくちゃ。それにしてもなぁ、HOゲージレールをNゲージレールのように急坂急カーブにしてしまうのが、時間を取る理由。無理無理なことを余はしようとしておる。

 ああしかし、箸墓古墳を眼下にのぞむ、邪馬台国中央図書館の完成を想像すると、これぞライフワークと身が引き締まる。三輪さんにはちゃんとお礼参りをしておかなくては、罰があたるのう。考古学関係者とか、市民団体にはMuBlog記事でちゃんと詫びをいれておこう。纒向遺跡の地下に図書館列車を走らせるなんて暴挙は、許してくれるだろうか。あるいは、三輪山の磐座(いわくら)の間を通り過ぎる20m級、カシオペアクラスの列車通過を大社や文化庁で許可してくれるだろうか~、ジオラマであってもきっちり書類を申請する必要があるだろうなぁ。

 ああ、考えると、今夏も休む間もなく、忙しく過ぎていく。

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コメント

150万アクセスおめでとう

 お互いに地味なブログなのに沢山の人に観て貰い有り難いものですね。MuBlogは真面目なところが好感を持たれているのではないでしょうかね。

 大河ドラマですが、今年のテーマは地味すぎましたね。役者も武将としてはどうでしょうか、何かホームドラマみたいで、私の好みでは有りませんでした。11月から始まる『坂の上の雲』が今から楽しみにしています。

 しかし、NHKは力を入れ過ぎると、司馬さんの小説をうまく表現できない心配を持っています。昔、『街道をゆく』で失敗しましたね。

 次は、2百万アクセスですね。お互いに身体だけは、気をつけて、頑張りましょう、生きてる証ですね。

投稿: jo | 2009年9月 3日 (木) 11時14分

JOさん、コメントありがとう。
 おり見てJoBlogを訪ねます。
(ちょっと、一杯でぇ~、blog回遊もしていない)

 さて。
 次はお互いに200萬アクセス。となりますね。思い起こせば、はるばる無芸無才のMu、遊芸有債(爆)のJo、それに週一のふうてん翁。なんだか、気が遠くなるほど、世界に所信表明してきましたなぁ。

 MuBlogは残念ながら、どうにも世間とのずれが多きすぎるのか、いま一つ伸び悩んでおります。ただ、当然ですが、そのズレがMuBlogの存在意義でもあると思いなして、これまでも、これからも、今も、毎回似たような論調で、独り言をつぶやくことになります。

 ひとりごとと言えば、最近は新手の「行単位独り言・変形blog」がはやっておるようですが、残念ながらMuBlogは、原稿用紙数枚~数十枚(学生の卒論並!)を書いて、やっと次に進めるタイプですから、無縁です。そういえば、お友達を集めるタイプのものも隆盛を極めているようですが、いまさらお友達は不要なので、これもパス。

 結局blogでしこしこ余生を楽しみます。
 今後とも、よろしく。

投稿: Mu→Jo | 2009年9月 3日 (木) 15時14分

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