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2009年7月19日 (日)

NHK天地人(29)直江兼続の見た天下統一

承前:NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代

 相変わらずの痛め止め薬で頭が朦朧とした日曜の夜でしたが、流れるようにシーンが変わっていくのを楽しく見終えました。

 このあたりの時代は、過去の大河ドラマや、小説でいくつも頭に入っていますので、今夜は視点を秀吉や家康や政宗に置かず、直江兼続に合わせてみました。

 NHKの大河ドラマは多数の、芸達者な男優女優が出演しますので、コマコマで没入すると、主演の動きが消えてしまいます。

 上杉軍は景勝、兼続で一万数千の兵を動かしたのでしょうか。加賀の前田さんもそのくらいでしょう。そして真田も加わっていますが、これは兵数は少ないと思いました。前田利家さんを代表とした北国勢三万として小田原に南下してきましたが、これが関西人に分かりにくくて、八王子の方から来るわけです。越後を出て帰国するまで一年かかっていますから、各地で北条家の城を落としながらの南下です。

 ドラマでは主に上杉の進言で、城明け渡しは総攻めではなくて、長期間の包囲による懐柔、降伏を狙ったように見えました。ただし、八王子の城攻めを最後に総攻めしたのは、おそらく滞留が長引くと、秀吉陣への参陣が遅れ、代表の前田さんも困ったからだと思います。

 後世、10年後の関ヶ原の戦いでは、徳川家康の軍は二手に分かれ、後継者・秀忠が関東から北に廻って関ヶ原に、家康とどんぴしゃりの合流を計ったのですが、途中真田の城に手こずって、秀忠は遅れに遅れて、家康のキツイ叱責を浴びます。親子と言っても、この頃は裏切りもつきものですから、参陣の遅れは疑念をいだかすことになるわけです。

 北国軍が秀吉のもとにたどり着いて、秀吉軍は20万の兵になるわけです。そして小田原城を取り囲みます。
 結果として、北条氏政は切腹し、息子さんは追放されたようです。
 秀吉は20万の兵で、戦わずして小田原城を開門し、天下統一をなしたことになります。

 兼続は20万の兵が動く様子を伊達政宗に書状で知らせ、時代は変わった、戦は無駄だと説得しました。4000千の兵が4人になっても戦う心が義ならば、天下万民のために矛を収めるのが愛だと思いました。

 今夜景勝、兼続が帰国していった時、兼続は何を考えていたのでしょう。
 謙信公の遺訓は「義」の旗印です。兼続の「愛」とは、一面で硬直する義を、愛でくるむことだと思いました。
 

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承前:NHK天地人(29)直江兼続の見た天下統一  今夜あたりからでしょうか、秀吉が狂いに狂いだしたのは。なぜ歴史に残るいくつもの狂の跡を残したのかは、以前から考えてきましたが、精神病理学的なケースとして想像出来るだけで、その歴史的な解釈はまだ知りません。  どのドラマでも秀吉晩年の極端な猜疑心や誇大妄想を表現してきましたので、普通には権力者のたどる典型として考えても良いのでしょう。たとえば後日に... [続きを読む]

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