« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月31日 (金)

小説木幡記:2009/07/31(金)夏のハルキ君

承前:小説木幡記(追伸):2009/05/16(土)五月の猫ハルキ

Muimg_2925b
↑2009年7月30日の、猫ハルキ

 先回猫ハルキの写真を撮ったのが5月の半ばだった。それ以降心身低調でずっとカメラを向ける気力がわかなかった。ようやく、一昨日にハルキ君の様子が面白かったので、数葉収めておいた。感想は、ともかく「ずっしり重い」の一言につきる。このまま来年になると、10キロ前後になって、抱きかかえるのが難しくなるかもしれない。

 普通、この「ノルウェーの森猫」は6キロくらいで止まると聞いているが、あまりに成長が激しいので、ついついコタツ猫じみた巨猫を想像してしまう。

 暑いせいかこのごろは寝てばかり居る。寒いところから来た猫ちゃんだからしかたなかろう。玄関の土間部分がタイルなので、そこに横たわって顎だけあげて部屋を眺めていることがある。猫も賢く行動していると思うと、笑える。贅沢にも、クーラーをハルキ君のために運転する時間が長くなった。そのうち氷柱でも部屋の真ん中か、風呂に入れておけば、北極熊さんみたいに楽しんでくれるかも知れない。

ハルキ:2009-05-29 あくび猫
ハルキ:2009-05-29 ねむり猫
ハルキ:2009-07-06 散髪したようなくびすじ 
ハルキ:2009-07-28 ベロだしハルキ
ハルキ:2009-07-28 ハンサム・ハルキ
ハルキ:2009-07-28 野生のハルキ
ハルキ:2009-07-28 獰猛なハルキ
ハルキ:2009-07-28 理性を取り戻したハルキ

↑夏のハルキ百態(クリックで大きくなります)

 ハルキ君は、素早いので寝ている時しか写すことが難しい。最初の2枚はソファ地が温かそうなので、5月末の写真とわかる。首筋だけを撮したのは7月はじめで、この首筋のラインが以前から気に入っている。正面むいて猫式正式なフォーメーションを組んだときは、まるでライオンのたてがみのように見える。

 一応長毛に属するようだが、毛繕いが激しい割りには、毛玉は目立たない。みたことはないが、丸くて小さな物らしい。長兄のまたりん翁は、毛だらけ猫だったので毛玉も大きかった。

 食事は相変わらずカリカリだけで、ここまで大きくなった。ただ、この一ヶ月は毎日2回だけ、鰹節をひとつかみずつ好んで食べる。冷蔵庫から鰹節の袋を取り出すと、かさこそと音がするだけで、別の部屋から全速ではしりぬけてくるのだから、「猫に鰹節」という格言が出来そうだ。(いや、あったかな? 猫にマタタビはあった)

 7月始めに、例の手術をした。その日は少しだけおとなしかったが、翌日からは元気もりもりに戻っていた。なんか、獣医さんに欺されたのかも知れない(笑)。ともかく、元気なハルキ君をみていると、安心する。

 そうそう、メモ。
 実は風呂にはまだ一度も入っていないはずだ。それなのに、無臭。白系の長毛がうすら汚れている風にも思えない。相当に毛繕いが上手な猫系なのだろう。
 食事のカリカリと、御手洗いだけで、今のところ手間はかからぬ。ただし、「遊ぼう!」は、またりん翁に比べると百倍うるさい。またりん翁は殆ど常に高Pルックスだったが、ハルキ君は朝からしっぽや胴体を絡ませてくる。ほとんど鳴かない。ないても、小さくミヤウ、ふにゅ、という音しか聞こえない。変な猫君(ねこぎみ)であるわいな。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年7月30日 (木)

小説木幡記:2009/07/30(木)政治とは餓死者の出ぬのが一番

 めずらしく今朝は記事を投稿するモードになってから30分ほど、あれこれ考え事をしてしまった。
 事情は、現今の政治状況について少しはメモを残そうと思った途端、無限ループの世界に嵌りこんでしまった。
 無限ループ、つまり同じ所をぐるぐるぐると回り続けて、つぎへ進まない状態だ。

 思想傾斜として左右政治家達も、官僚達も、朝日新聞社やNHKの高級サラリーマン達も、一体どういう考えで国政を左右し、民意を扇動していこうとしているのか。彼らがどれほど知能明晰、分析力にすぐれた秀才であるにしても、肝心要の歴史観、ないし「国体」について明確な教養ないし「考え」があるのだろうか、と近頃数日おきに考え込んでしまっている。
 おそらくは、日本史も世界史も、まともに考えたことがないのだろう。たとえ、教条的近代史を知っていても、それは有史以来5000年間の一部であり、歪んでおる。

 政治家、黒幕は別として、現今社会は大抵40~50代前後の秀才たちに実効支配されている。その秀才達の脳の底にある考えがあれこれ枝葉を延ばして、それぞれの世界観を脳にイメージし、人にもよるが強烈な欲得感、保身でもって自らの力の源泉を調え(組織内での立場の維持)、渡り歩き宣伝し、企画し、世間を動かしているのだろう。自動車を売るとか、金融資産を高く売るとか、世界を自分の思想信条で塗りつぶすとか、秀才達が立場を操って、自分の思う世の中を作ろうとしてきたし、そうするのだろう。

 特に気になるのは「友愛外交」という言葉つかい。一体どういうつもりでユートピア社会を目指しているのだろうか。人類史5000年を振り返っても、鷹派と鳩派は常に各国歴史にあったとしても、国と国との信頼関係や自立、独立の様態を「友愛」というレベルで宣伝する、その心性にはあっけにとられる。日本はいつの間にか、新興宗教国家になったのか。めまいがした。南の列島を強奪されたら、北の列島も「どうぞ」と、差し出すような恐怖に襲われた。

 政治家はユートピアを標榜してはならない。国政レベルでユートピア世界を宣伝した政治家は、政治屋(つまり、政治を儲けの種にする稼業)か、アホか、どちらかだろう。「豊かさ」とか「友愛」とか「平和」とかを恥ずかしげもなく話し、宣伝し、党是とする人達は、作家もおどろく作話症か、あるいは詐欺師である。悪徳商法と等値といって過言ではない。有史以来「うまい話にのってはならぬ」。

 ここが難しい所だが、
 日本にも世界にも、天国極楽社会なんかこの世にあるわけがない、と国民に言い切れる「政治家」が必要なんだろう。今の贅沢を少し捨て去り足るを知り、欲得損得だけが「人」じゃない、しかし世間は悪鬼に満ちている。だから最低限の護身術を身につけて、生き抜く知恵を持ちましょう~とでもいう政治家がおったなら、余も少しは安心する。

 まるで、冬山なんて素人でも、むつかしい装備がなくても、友愛の心があれば、だれでも登れる~、と。
 凍死しなければ分からない衆生達が可哀想じゃないか。

 天国極楽社会を作るのは宗教教団に任せれば良い。政治とは我執に満ちた衆生を、共食いしないように、檻を破らないように、それでも喰わせて、なんとか国土を耕すようにし向ける。それが政治だと思う。ああ、それと他国からはびた一文金をもらわなくてすむ政治家や実効支配者達が国を先導してこそ、独立国家といえる。有史以来、植民地が世界にはびこってきたのは、支配欲と被支配の快適さがバランスをもっていたからだろう。支配されてぬくぬくと喰っていける危険性も知った方がよい。もちろんバランスが崩れると、独立戦争が始まるが。

 余は、国の練度は、自らの意志によらぬ「餓死者」がどのくらいの比率をもっているかが、その国の政治的練度・達成度を示していると思う。天候、自然災害、侵略などいろいろ条件は変わるが、平均して調べてみると面白い結果がでるだろう。想像だが、日本はこの50年間低い餓死率だと思う。
 だから、現今も未来も、高速道路を無料にするのが政治的中心約束になるような政治状況は、アホくさくて悲しくて、世界に「日本に住んでいます」なんて、恥ずかしくって言えない。
 「恥をしれ!」

皮肉な注釈
 自動車や汽車好きの余の心底は、もともと高速道路や汽車を使うのに、高い金をとったのが間違いの元。関銭とるような政治は、いずれ破綻する(室町時代(笑))。
 それと「愛」の直江兼続。かれの背後には上杉謙信公が錬磨しつくした勇猛果敢な越後の兵が、ちゃんと控えていた。そういう皮肉に気がつかない唐変木が、まさかおるとは思えぬが脳。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月29日 (水)

小説葛野記:2009/07/29(水)1Q84余聞:犯人Xは?

葛野の早朝
 早朝の葛野キャンパスは本当に夏らしくなってきた。蝉がなき、グランドに人影もなく(普通は附属J高の体育系練習が見られる)、教室も廊下も教職員、学生の姿が見えない。余にとって天国極楽の夏期が始まったなぁ。

 まだ責務残務いろいろあるが大勢は9月までのことなので、気持ちがゆるんでおる。ああ、オープンキャンパスが残っていたが、痩せるほどのことでもない。痩せるのは夏期論文だが、これはマゾ的に楽しい仕事なのでうきうきしておる。まるで修行僧になった気分になるので、お祓いみたいなものだ。

 倶楽部行事は8月に2回、9月に2回と減少する。その合計4回程度しか倶楽部員達の顔をみることもない。いいようなわるいような(笑)。ひたすら芭蕉世界に埋没して、浮上したとたんに邪馬台国周遊図書館ジオラマに石膏をぽたぽた塗りたくるという、夢のような夏期が始まった。余は、ひさしぶりに心から機嫌がようなった。

ミステリの犯人捜し
承前:1Q84:Book1、Book2/村上春樹 Jと男が綾なす異・位相世界

 さて、機嫌のよいうちに、昨日公開した村上春樹先生の1Q84じゃが、これは本文に書けないこともたくさんあって。主に未生のBook3やBook4の先行ネタバレじみてくるので、さすがに注記でも補記できなかった。じゃが、当記事は小説葛野記じゃから、多少は佳かろう。

 一般に、これまでの経験ではミステリーの犯人Xは、登場人物・テキスト出現頻度のうち、ランキング1~5位までに収まっておる。どれほど登場人物が多くても大抵こうなる。KT2の威力じゃねぇ~。もし1位の人物がめでたく犯人なら、これは大抵は異色の造作であり、そうそう多くはない。犯人視点の倒叙法だとこうなるな。5位以下の人物が犯人Xだと、これは作者の不正もあり得る。不正というよりも、下手なんじゃ(笑)。
 ただし、島田さんの占星術殺人とかの名作だと、ちょっと異例。この作者を下手だなんて、世界中誰も言えないよね。となると、ランキング5位~10位にXが居たとするなら、よほどの名作か、駄作かどちらかだね。普通は、5位以内におさまり、まあ1位とか2位は探偵さんとか、探偵の相棒が占めるから、3位~5位に居る人が犯人Xだぁ~。あはは。こうなる事情は明確で、文章とは、いやさ小説とは、作者によって作られた人為人工の世界やから、そうならざるを得ない。

1Q84のX
 で、村上春樹先生の『1Q84』全四巻(今は2巻しかないが、4巻ないと余が困る)。はたして犯人Xはどなたでしょう? というのが今朝の御題。しかしここで犯人Xの規定が必要になるが、ミステリだと殺人者になるなぁ。横溝さんや京極さんの名作になると、本人は手を汚さずとも、回り全体を動かして、何人も殺す犯人が出てくる。これはこれで、難しい。さて、1Q84はジャンルとしてミステリなんでしょうか?
 まあ、良いでしょう。ミステリと考えると、小説構造が透けて見えるから、読書人の楽しみ方としては、そう考えるのがおもしろい。

 ずばり、犯人は彼です。(これで、ずばりなんかぁ。でも読了者にはこれで十分)
 しかしもしXが彼なら、困ったことになる。通常の小説結構としては、いくら引き延ばしても、委細をつくしてもBook3以上には描けない。
 さておき、Xは今のところ手を下してはいない。してまた、Xは自分がXと気づいてさえいない。いや、うすうすわかり始めたところとも言えるか。ええかげんBook3に入ったなら自覚するじゃ老。衝撃やね。たとえば、余が実はなんらかの犯人Xと、分かってきたら、そんな人生は真っ暗やぁ~。

先が楽しみ
 ではBook4はどうなるのか? うむ。ここらあたりに村上春樹先生の現代世界文学旗手の責務がある。どうする。日曜作家にはとうてい想像もできぬ。平日作家でも、多くは無理やろう。ただし、三島由紀夫さんなら、行く末が分かるかもしれない。その三島さんの採った方法は?
 実はな、この理論にも欠点があって、1Q84ではだれが「観察者」なのか、余にもようわからぬ。『豊饒の海』では本多弁護士やった。『1Q84』では美少女が卑弥呼とまでは明確になったが、男王は王殺しにあって、その次の崇神天皇あたりが、まだわからぬのじゃ。それとXを直結させるには~。

 ああ、わかったよめた、理解した。
 Book3~4はXが崇神天皇であると解明するところに村上春樹先生の技量が発揮される。
 おお、おお、おお~。現代文学は蜜の味。どうか、村上先生、長生きしとくれやす。突然、失踪なんかせんといておくれ安。あれ? 生原稿もったままヤッサンはどこへ消えた!

終わり
 お後がよろしいようで、それでは仕事に取りかかりましょう。
 今日はメディア論の採点を、大学システムに登録すること。
 あと、同僚達との会談一つ。楽楽~(cat

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月28日 (火)

1Q84:Book1、Book2/村上春樹 Jと男が綾なす異・位相世界(読書感想文)

0.短い前置き
 2009年5月30日附けの<東京たるび>blog記事が目をひいた。著者はmorio0101といって面識はあるが、blogの性格はMuBlogの極北の位置にある。その記事だが、

■[本]ふかえり青豆天吾

村上春樹の『1Q84』(新潮社)を読了する。自らのリトル・ピープルや空気さなぎのことを想う。

 5月30日といえば『1Q84』の発行日だが、大抵は奥付日付以前に店頭に出回るので、morio0101はその数日前に入手し、一昼夜で一気に2冊を読了したのだろう。速いと思った。私は丁度三日間かけてしまった。Book1に二日間、Book2に一日だったと記憶する。morio0101はそれだけ熱心に村上春樹世界に没頭し、そして出力は引用したタイトルと二文のコメントだけだった。それ以上は記録しなかったのだから、彼から春樹の新作について、それ以上感想を求めることはしない。

 ただ、私はこのblog記事から強く惹きつけられるものがあった。ふかえり、これは何だろう。morio0101は時折現代的な若い女優やタレントに執心する記事を見せるので、そういう類かと思った。青豆はビールのツマミの枝豆新種か、とも。そして天吾は奇術師か? と思った。このタイトルだけで、morio0101好みの若い女優がビールを飲みながら、奇術師天吾の技を見ている所が気に入ったのか。と、そういう彼の深い感動を伴った『1Q84』評価であると、私は想像した。

注記:ビールが突然現れたのは、風の歌を聴け/村上春樹、これを雑誌群像で読んだとき、「この人、ビールばっかり飲んでいる」と、刷り込み。ビールといえば枝豆とくるから、青豆という用語は枝豆の新種と考えた。天吾という用語から奇術師を想起したのは、文体発想・世界観が春樹に近似の森博嗣が奇術好きで、引田天功の「天」に引きずられたから。

 私と言えば、1Q84は1984で、それとの組み合わせでリトル・ピープルは、ジョージ・オーウェル「1984:ナインティーン・エイティ・フォー」のビッグ・ブラザー、つまりはスターリンのことかと想像した。さらに、空気さなぎは良く分からなかったが、瞬時に安部公房の諸作を思い出し、最近では「新世界より/貴志祐介(MuBlog)」での<幼虫さなぎ形図書館ロボット>を思い出していた。どれもこれも、アンチユートピアの名作である。20世紀以降、人類は宗教教団以外では、「ユートピア」を語れなくなったから、アンチ・ユートピアと予断するのは、理屈の上では当たり前である。まして、文学は宗教のしもべではない。春樹がユートピア世界を描くはずはないと、morio0101の記事を読んだとき、あらかじめ決めた。

 そしてBook1とBook2とを読み終えて、morio0101の簡潔な感想の意味が分かった気がした。ただ私ならもうすこし派手に「村上春樹と同時代に生きていて佳かった」と書き足したいところだ。

1.概略の感想
 (以下Jとは、女子の略記である。そして視点が章ごとにJと青年(男性)に別れているので、それぞれJ視点、青年視点とする。できるだけ固有名は避けて以下を記した。この作品では、固有名がドストエフスキー諸作品の典型人物ほどの意味を持つ予感がしたからである。たとえば、ムイシュキン公爵と、言ったとたんに読んだ気になる人も多いことだから、避けておいた)

 読了して、感想文を書く気力が絶え間なく沸々と湧いてきた。当初はBook1(4月-6月)とBook2(7月-9月)の上下完結図書として読み進んだので、両図書の区別は付けなかった。しかし、読み終えると、まだ10月-12月、1月-3月があるはずだと確信した。読書中はずっと、奇妙なものが出てくるたびに安部公房を思い出し、Book2に入ってからは三島由紀夫の四部作『豊饒の海』の巻間連接を想像しだしていた。少年少女物語が挿入されるたびに『新世界より/貴志祐介』を想起し、たとえようもなく空漠とした寂寥感を味わうたびに森博嗣の諸作を思い出していた。

 村上春樹の新作が私の中の世界と共鳴したのは、文学作品を受容する私自身が、春樹に対して了解可能な態勢にまだあるという証ともなった。つまり、私は現実のラーメン嫌いの作者とはほど遠い実生活を送っているが、『1Q84』は私自身の世界観からして遠くには思えない。チャーシューメンを食べられない春樹がどうして、私の好みそうな世界を描き、そしてそれが世間に何故迎えられるのかという、不思議な思いで一杯になった。

Book1
 概略記せば、Book1は現代Jの行動世界がエピソードとして次々と現れて、世間体の檻に囲われた生真面目なJ達がこっそり読んでは溜飲を下げているかも知れない、と想像した。サディスティックと思えるほどにJの生態を引きずり出して、簡明上品な文章で描く技術は春樹の修練の賜だろうと想像した。それに対応するように男の生態は、30になりかけの青年の視点で、週に一度年上の人妻の訪れを待ち、しゃかしゃかと昼食を作り、二人で金曜のひとときを楽しむという、まことにあっさりしたものだ。こういう対照的な表現はもちろん後に続く意味合いを持つ。分かりやすく言えば、すべては伏線であり、明確なミステリー手法が使われている。なにもかもが破綻のない世界で、作中に現れた例え話として、銃が出てくれば必ず発砲されるものだというセリフに合致する。つまり、現代のJが狂乱世界でカタルシスを味わう場面があれば、そのカタルシスが別の何かをもたらす。現代青年が穏やかな日常の中で、年上の人妻ガールフレンドを持てば、その気楽さが別の何かをもたらす。

 Book1ではJも作家志望青年も、Jの友達になってしまった婦人公務員も、青年の指導者のような編集者も、亀裂のない破綻のない1984に住んでいる。そのように感じている。もちろん読者の目には、これが既に1984年が破綻した1Q84世界であることは、小さな伏線の幾つかで徐々に分かってくる。気がついたのはJの視点が先だった。突然青年のそばに湧出した美少女は既定の事実として知っていた。

 何が別の世界の徴だったのかは、J視点が図書館に通って新聞縮刷版を調査し、自分の中の記憶と照応させることで徐々に分かってくる。その徴の意味が分かってくるにしたがって、読者は「今の1984年」世界がすでに破綻していることに気がつく。この新しい世界を読者が楽しむには、SF愛好家になるか、あるいは物語の住人になるしかない。そして、作者春樹は巧妙な文体で徐々に読者を破綻後の世界の住人にしていく。同時に、物語世界の住人達も、すこしずつその生きてきた1984年世界が破綻していることに気づいていく。

 破綻しつつある世界が、破綻無く小説結構として描かれるのは、三島由紀夫の私自身の中への明瞭な残照として写った。『豊饒の海』は人の転生という現実世界の破綻なくしては語り得ぬ物語であった。春樹が三島をどう考えているかは知らない。そうではなくて、深い感動をもたらす作品とは破綻を描き、なお破綻しない文体と小説結構に支えられているという、難しい世界をさしている。それがBook1を読み終えた時の概略感想である。村上春樹は非常に難しい世界をすでにBook1の段階で創造したと言える。

注記:1984世界と1Q84世界との違いは、実はまだ明瞭には語られていない。それがパラレルワールド(並行世界)でないことは、作者が保証している。1984世界が破綻し1Q84世界に入ってしまった人は天体現象で異変を確認できる。また、こうも言える。「リトル・ピープル」や「空気さなぎ」を実感出来る人が1Q84世界の住人であると。その人達には、1984世界はもう存在しない。初めから存在しなかったのかどうかは、なお予断を許さない。Book2で語られることだが、どこかで線路のポイントが変わり、後戻り出来ないという表現がある。この表現からは、ポイントの変わった時点ですべてが1Q84世界になったと考えられもするが、実は、1Q84世界の人は1984年世界の別の記憶をもっているから、それまでの1984世界が消滅したと認識できる。すなわち、ポイントが変わるずっと以前の1984過去世界が大きく変更されて今の1Q84世界になったという、一種の矛盾が生じている。「切り替わり」の線路ポイントの意味が無くなる。しかしこのあたりのことは、未生のBook3やBook4を待たねば確定的には言えない。春樹は純粋のハードコアSFにおけるタイムパラドックスを用いているとは思えないから、おそらく記憶における疑似記憶が鍵になるだろうが、SFでない限り、そういう屁理屈は不用なのかもしれない。たまたま私はSF愛好者なので無用の詮索をした。文芸上の問題としては、読者が驚きながらも、あれよあれよと思いながらも、自然に1Q84世界を認知したなら、それで良いのだろう。

注記:そういえば私が持っているオーウェルの1984の翻訳は、早川書房の世界SF全集の中の一巻だった。オーウェルがSFと考えられたのは、おかしくはない。『豊饒の海』は浜松中納言物語という古典SFを骨組みにしたものだから、その観点では三島のSF好きが最終作品の性格を濃く彩っていた。ただ、1Q84のジャンルがどうであるのかはまだ分からない。そう言う話は、読者愛好家の後智慧解釈ともいえるし、それはそれで面白い。

Book2
 Book2の山場は、月を見上げる青年視点とJ視点とが重なる所とも言えるが、私などはそれに至る前の、J視点の(一応最後の)仕事が気に入った。東京の某ホテルの一室に、暗黒世界の魔物のような教祖がうずくまっている。本人自身は教祖とは思っていないが、教祖として振る舞わざるを得ない。J視点は、これまでの仕事の(最後の)仕上げとして、雇い主である老婦人から頼まれた約束を果たすために、暗黒世界の教祖に会い、治療をする。治療とは、彼の名状しがたい全身の苦痛を少しでも取り除くために、筋肉マッサージをすることである。

 なぜ彼が、月に一度か二度全身の苦痛を味わい金縛り状態になるのかは、現代医学では解明されていない。教祖ほどの異能をもってしても理由が分からない。ただ、その苦痛と引き替えに教祖がなんらかの「恩寵」の証を受けているという解釈が成り立っている。

 つまりBook1の中盤以降に登場してくる宗教団体「さきがけ」の教祖と、J視点とのクロスはBook2に現れる。もしも春樹の構想が全4巻ならもう少し後に引き延ばすことも可能だが、しかしBook1の終盤からBook2の中盤まで私を惹きつけてやまなかったのは、この教祖とJ視点の合流だった。それまでの緊迫感は密度が高く、私は完全にJ視点に重なって物語の世界を歩き出していた。その経過描写の高まりは、最初に謎の老婦人とJ視点の対話があり、結論として出た(最後の)仕事のための、老婦人のボディーガードとの打合せ、準備にあった。ボディーガードはJ視点にプロとしての様々な支援を与える。この精密さに感心した。たとえば住居のひっこし、手続き、新住居の段取り用意の良さ、……。こういった細部に神が宿っていた。
 豪壮な屋敷に独り住まいする老婦人は、老いていく身体を解きほぐす施術者としてJ視点と契約している。さらにJ視点の持つ特異な技術を自分の仕事の役に立てている。J視点が教祖と合流したのは雇い主である老婦人の希望と、自分の人生観とが重なったときが起点となった。
 それらがすべて集まって、「さきがけ」教祖とJ視点の出会う機会がもたらされた。この準備の緻密さに現代小説の醍醐味を味わった。

 さて。暗黒界の教祖とJ視点の対話の前に、J視点の筋肉マッサージの腕の冴えが綿々と描かれる。読んでいる私自身が、筋肉とはこういうものなのか、そういう筋肉のコリをほぐすのはものすごい苦痛も伴うが、苦痛の絶頂となる関節移動のコキッとした音の後に平安が訪れるのか、とまるで自分が施術・治療されている気持になった。
 その後で一種の宗教問答と教祖の真意が展開されていった。J視点は教祖の話す内容に徐々に打ちのめされていく。教祖は自分が教祖であると思っていないこと、あるいは自分の考えが宗教とはおもっていないことを、J視点に伝えていく。それでもなおリトル・ピープルの代理人になったことと引き替えに、異能を含む恩寵を受けた事実を、J視点の眼前でみせる。J視点は教祖の世界観を理解し、自分の最終目的と、その達成によって生起する副作用とを秤にかけ、ついに新たな決断を迫られた。
 決断のあと、J視点に世界は残ったのか? それが未生のBook3に継承されると強く想像できた。

2.登場人物の特性

教祖
 美少女の父と想定できる。史的唯物論を若いころに信奉し、付いてくる若者達と、まるで<ヤマ◎会>に似たコンミューンに入り込み、ノウハウを取得する。そのあと山梨県の廃村に入り、独自の共同農園を経営する。やがて農園は「さきがけ」村と「あけぼの」村に分離し、教祖は「さきがけ」に残った。

美少女
 物語を語る少女。好きな本は平家物語。村や父教祖から逃亡を図り、「先生」のもとで7年間無事に過ごし成長した。

先生
 教祖の旧友。

J視点
 仕事は筋肉マッサージ施術者。指先が器用で、人体構造のツボを先天的に心得ている。背が高くすらりとして筋肉質の、なかなか小綺麗な女性だが、自分の顔面筋肉を極端に変形させることも出来る。変形させると怖い顔になり、元にもどすのに手こずる。まるで<◎の証人>のような宗教と多少縁がある。

JのJ友達
 Jと夜の街でしりあった。明るい積極的な20代J。実は公務員だった。

青年視点
 予備校の数学講師。作家志望。年上の人妻ガールフレンドが毎週金曜日に訪ねてくる。気楽にすごし、作品をせっせと書いている。

老婦人
 豪壮な館に独り住まいをしている。J視点を個人的に雇う。Jですら刮目するほどの趣味の良さがある。Jは老婦人の日常をときどき真似ようとする。

ボディーガード
 軍の諜報工作機関に勤めていた経歴がある、プロの「老婦人」ボディーガード。

編集者
 青年を指導する風変わりなアクの強い編集者。まるで現実の村上春樹に縁のあった某ヤスっさん、に似ている。

3.まとめ
 面白く、巻措くあたわずの状態で読了したのだから、成功作だと考えている。
 私は、作品に寓意性、思想性、哲学性をあまり求めず読み終えた。なんらかの寓意やほのめかしは随所にあるが、それは村上春樹の「勝っ手でしょう」と無視した。つまり一読者として、現代に生きる作家村上春樹のカオスのような脳内世界を、『1Q84』はしっかりした文体と小説結構とでまとめ上げて、それが私を引きずって最後まで一気呵成に読ませたのだから、それ以上何も求める必要はないという、最近の文芸に対する私の距離の持ち方である。

 村上春樹は、この作品で新たな世界を創った。その世界は、J社会を極端にディフォルメした場面も多いが、なべて住みやすそうなリアルな世界だった。世のJ達は知らぬが、青年の一部は青年視点に心地よさを味わうだろう。それは人妻が週一で慰めにきてくれるとか、美少女に好かれるとか言う、そういう表層的現実ではなくて、一人暮らしの中に適度な才能、適度な収入、煩わしさのない日常が好ましく描かれているという、日だまりの中の日常性にあると思った。その縁側の日だまりは、1Q84世界では今後巻を追うごとに破壊されていくだろうが、その日だまりのぬくもりを心地よく味わえたところに、作品の秀逸さがあった。ついに、安部公房の『第四間氷期』を思い出してしまう。

 私の場合は青年が、自分の父の住む千葉県の南房総・千倉にある高齢者療養所を訪れた風景が焼き付いた。松と海とがある簡素な部屋に、父が半分惚けて座っていた。その場面が強烈な印象となってしまった。父は息子に語った。

「あなたは何ものでもない」と、父親は感情のこもっていない声で同じ言葉を繰り返した。「何ものでもなかったし、何ものでもないし、これから先も何ものにもならないだろう」

今後のメモ
 ヤナーチェック「シンフォニエッタ」が鍵の一つとして融けなかった。青年が数学の神童だったことから、音楽の音譜コードと数学的な何かが共鳴共振したとき、世界が壊れるのかとも想像したが、そうでもない(笑)。
 1984世界と1Q84世界とを対置させて考えるのがよいことかどうかは、続編を読まないと分からない。
 続編があるかどうかは分からない。
 私は日曜作家なので、単純に「続編が無かったときは、村上春樹が破綻した」と考えることにしている。もちろん、私が存命中の話だが。
 今度の人物造形で、これまで通り美少女が登場した。しかしそのプッツン振りと異能とは、現在私が制作中の登場人物に極めて造形が近いので、悔しい思いをした。よってほとんど登場させないことにした。さりながら他人の新作読んでは、顧みて自ら「がっくり」するのは、日曜作家の永遠の苦しみである。

 続編に続く(予定)

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2009年7月26日 (日)

NHK天地人(30)利休の切腹と秀吉の偉光

承前:NHK天地人(29)直江兼続の見た天下統一

 今夜あたりからでしょうか、秀吉が狂いに狂いだしたのは。なぜ歴史に残るいくつもの狂の跡を残したのかは、以前から考えてきましたが、精神病理学的なケースとして想像出来るだけで、その歴史的な解釈はまだ知りません。
 どのドラマでも秀吉晩年の極端な猜疑心や誇大妄想を表現してきましたので、普通には権力者のたどる典型として考えても良いのでしょう。たとえば後日に話題になる甥の秀次に対する仕置きは、本人だけではなく関係側室も含めて数十名が殺されています。

 秀吉は、旧師・信長をトレースし出したのかも知れません。信長公なら、このような場合、どう仕置きなさったのか、……。と、考えたこともあったのでしょう。

 利休を切腹にまで追い込んだのは、石田三成が直江兼続にもらしたように<死までは考えていなかった。謝ればすんだことだ>が最初の一歩だったのかもしれません。秀吉の言い分や世間の噂では、利休がどうでもよいような茶器に法外な値段を付けて思うままに価格操作をしている、……。とか耳にしてきました。今夜の利休には、頑固さはあっても、そういう堺商人的な側面はなかったです。

 当時の事情は不明ですが、結果として、千利休は後の茶道を嗜む人達に、ひとつの楔を打ち込んだのは事実です。つまり、茶の湯の道とは、刀を振り上げて血を見せることはないが、奥にある精神は武士の「命がけ」と同じところがある、という「生き方」の鑑だと思います。権威権力富貴になびてはいけない、茶の湯の世界を汚してはならない。それは俗世のことで気持を汚さぬことが、茶の湯の道に通じるということでしょうか。

 生死の狭間に立つ武将たちが、茶室で信頼できる人から、あるいは自ら茶を点てて、深々と相対面するを一期一会(いちごいちえ)と感じ、今の生を味わい、明日の血なまぐさい「死」を克服する風儀は、情理かなったセレモニーだと思います。
 
 さて、今夜のテーマは「奥方人質」でした。これは「狂」とは言えません。後の徳川幕府も参勤交代で奥方は江戸城下の藩邸に住んでいました。また入り鉄砲(鉄砲火器の江戸流入)に出女(大名妻女の江戸脱出)を激しく監視したのですから、秀吉を責めるなら徳川家はもっと狂だったとなります。

 奥方を人質にとるとは、秀吉一流の知恵かもしれません。
 今夜の菊姫は武田家の数少ない縁者で気位の高い女性でしたし、またドラマでは上杉景勝を愛していたので、自決寸前にまで問題が大きくなりましたが、他の大名家の奥方がみんなそうだったとは言えないと想像しました。山深い地方から、花の都に出向くのですから、国元に帰るのが嫌になった奥方もいることでしょう。また都で秀吉が大茶会、花見をするにしても、北の政所や淀君の手前、むくつけき男子大名関係者、公卿だけでなく、各大名の令室を招くことで、淀君なんかの機嫌をとりたかったのでしょうか(笑:あんたが一番、と)。実は、奥方人質の悲劇は10年近く後で、細川ガラシャ夫人(明智光秀息女)によって体現されます。しかしそれは後日のこと。

 苦しむ菊姫を見かねてお船さんが、「私が京にご一緒して、話し相手になります」という場面が見どころだったです。新幹線も飛行機も無い時代に、お船さんは兼続との子供二人を残して上京する決意を見せたのですから、相当な烈女だっとも言えます。主君の奥方を守ることが、上杉を安泰にし、それが自らの亭主や子の安寧を招くことであると、お船さんは考えたわけです。ドラマの良さは、その決心を菊姫に見せるまで、時間をかけたということです。お船さんが考えに考えて、そのような結論をだしたというプロセスが上手に描かれておりました。

追伸
 兼続さん、景勝さん、三成さん、それぞれ年令を経て少しずつ銀色になってきました。ドラマの中での役造りとして、役者はなにかしら変化していくものだと分かりますし、青々さが取れていき、一皮二皮むけていく男子の成長は良いものですなぁ(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (7)

2009年7月25日 (土)

小説葛野記:2009/07/25(土)怒濤の一週間

 ちかごろ「怒濤」という言葉が脳内をぐるぐる回る。きっと小学生の頃はやった土俵の鬼とか、大昔の若乃花のことをおもいだしておるのじゃろう。しかしそんなこと知っているのは、もう、誰もいないかな(笑)。いや、力道山のことかもしれない。あのころ、長嶋さまはおったかどうか? 記憶が錯綜する。

 以前日本地図で、実測距離をなんらかの心理的要因、あるいは鉄道などの時間を尺度にして描きなおした本がはやった。例えば、京都と東京は今なら2時間すこし。けれど、京都から近県・三重県の尾鷲あたりだと、一日は大げさだが、半日はかかる。となると、地図上では京都を都とすると東京は近隣県、そして尾鷲は仙台あたりになろうか。

 今朝、この一週間を思い出そうとして、小学生のころの若乃花のイメージはくっきりするのに、この一週間何をしていたか、さっぱり霧の中。精密なMuBlogを見ようにも、二日単位で抜けが生じていて、その間の記憶や記録を再現出来なくなっていた。

 唯一残った倶楽部内Googleカレンダーで行事を確認し、ようやくぼんやりと浮かんでくる始末。加齢現象なのか、鎮痛剤による記憶抹消なのか、あるいは、過負荷故の自動記憶圧縮ないし抑圧制御なのか、……。まっこと人間は上等に出来ておるな。

月曜日
 なつかしい御隠居さん二人が、京都の「たごと」とかいう上等なお弁当持参で葛野に来てくださった。お二人とも社会人だが、この日は祝日(海の日?)で時間がとれて、後輩達の慰労を兼ねていたようだ。後輩達にも、ものすごく美味しそうな冷菓を人数分持ってきてくれた。ありがたいことだ。

 実は、小一時間の間、余がお二人と何を話したかを、よう覚えていない。ただ、「ハルキ、ハルキ」と連発した自分の言葉は耳朶に残っておるので、いまはやりの村上春樹先生小説「1Q84」のことか、あるいは、余の三男猫ハルキ君のことか。おそらく後者であろう。(次男猫またりん君は以前に大往生した)

 さっそくお二人に、機関誌Truthの28号を手渡したが、お二人はすぐに熟読モードに入っていた。
 ついでと言ってはなんだが、冬号の執筆を能好きの方(かた)に頼んでおいた。しかし想像するに、終日人と話さず、ひたすら顕微鏡を眺める仕事を記事にするのは、難しいだろうな、と余は想像した(社会人って何? というテーマ)。ふふふ。
 もうお一人には、今後の年金をどうするか真剣に相談したが、相談料は無料だった。しかし失敗するとお札がすべて紙切れになると念を押されたので、怖くなった。

 あ、そうそう。この日は、情報図書館学「未来の図書館」、資料組織Ⅱ「専門領域の冊子体目録」、この二つの科目の最終発表、提出日だった。前期助勤たちの最後のお勤め日で、先輩からいただいた冷菓をたべて、ほっこりしておった。

火曜日
 記憶がうすらぐ。
 この日の夕方、後期助勤4名が、「行ってきまぁ~す」と言い残し、いそいそと夜の祇園へ出かけていったのは、イメージに残っておる。帰路余の携帯に、局長殿から美味しそうな現場写真が届いたことも覚えておる。

水曜日
 やけに会議が詰まっていた。また、恥をかいたかな? と思い返そうとしたがまるっきり記憶がない。どうにも、このあたりに抑圧制御機能が強力に働いておるようだ。フロイド先生とかユング先生がそばにおったら、にたにた笑いながら「Mu先生、私が言ったとおりでしょう。ただ、Mu先生の場合は抑圧どころか、削除する(注:その部分の脳細胞をまるごと抹消破壊)傾向が強いので、後に残らない。ええこってす」と言っているような空耳、空目があった。(空目というのは、そんな言葉はあったかな?)。

木曜日
 ああ、なんとなく学生たちの作品・相互評価とか、助勤たちによる作品・ランキングがあがってきて、それを整理したことは覚えているが。あとはおぼろ。

金曜日
 まったく覚えておらん。

本日土曜日
 朝から、某blogにコメントしてたら、情報サービス専門用語「レフェラルサービス」が禁止キーワード扱いされて、コメント出来なくなった。
 要するに、日本語処理の難しさが、まだまだインターネット世界でも悪さをするのじゃろう。

 以前MuBlogでも「エロイカ」という用語に、物凄いアクセスが生じて、最初は気がつかなかったが、だんだん気味が悪くなって熟考したら、要するに余の意図する<ベートーベンがナポレオン・ボナパルトに捧げたはずの交響曲第三番「エロイカ」>ではなくて、単純に先頭二文字に惑わされたネット住人たちが、MuBlogにアクセスしたにすぎない。馬鹿馬鹿しい。

 後学のために記すと、エロイカとは英雄という意味で、最初はナポレオンに捧げようとして作曲したが、後で破ったとかそんな噂を聞いておる(笑)。要するにナポレオンに対するベートーベンの失意が含まれた交響曲と、勝手に解釈しておる。
 ついでに。
 余は音楽とは縁遠いように見えて、自分でもそう感じているが、ベートーベンは十代の折に睡眠音楽じゃった。要するに、9つの交響曲をひっきりなしに聴いていて、そのまま眠りにつく日々やった。ものすご、好きなんじゃ。やはり、いろいろな面で、ドイツ愛好系なんじゃろう。
 最近も、木幡でドイツ語入門を耳にしただけで、震えが生じた。外国語を耳にして、うっとりするのも変じゃが、意味もつかめないままに、音楽としてドイツ語を聞いておる。まるっきり、内容はわからぬが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月22日 (水)

小説葛野記:2009/07/22(水)怒濤の終日

 本日定食、珍しく午後6時前に全行程というか、全会議が終了した。ほっとして、このまま寝込みそうじゃ。
 
 blogカレンダーを眺めると、月火と掲載をしていない。このまま疲れたまま休載すると、そのうち「MuBlog倒産!」の噂が出そうなので、歯を食いしばって葛野記しるすなり。

 昨日は午後9時前に消灯したようで、今朝午前4時起床時、心身が軽くなっておった。余にとって睡眠は万能薬だなぁ。朝シャワあびたり、トーストいただいたり、昼食を買ったりして、葛野には正7時に到着した。キャンパスは無人に近く(警備の人はおる)、セミの鳴き声が耳をついた。余は不思議に蝉には愛着があって、「ああ、二度ともどらぬ、夏のキャンパス」と、葛野に来て何百回目かの詠嘆をもらした。夏の座敷に寝転んで、えんえんと蝉時雨を聞いておった少年期を思い出し、自動的に涙ぐむ。
 人生じゃなぁ。
 しかし。いちいち毎日あれこれ詠嘆をもらす生も、けっこう疲れるぞ(cat)。

 午前中は、ルール上残った三名の学生と、合計1時間ほど面談をした。その間、採点事務も並行しておった。全学時間割案も、継続しておった。でるでる、変更が~。さらに、局長、書記局長から、昨夜の初夏助勤会の様子を聞きながら、夏の研修旅行も話をした。あっという間にお昼になった。

 その間、ED79-100を牽引にして、纒向研究会議列車2両+愛宕二階建てトロッコ図書館列車の運行を10分間、眺めておった。実車換算すると90mの長さになる。ED79-100は、震えるほどに快調な動きを見せた。

 わけのわからぬ弁当を食べて、屯所に冷やかしをいれて、そのまま13時から18時近くまで、会議合計3つ。合間の20分間に、先輩教授と馬鹿話をした。余みたいなはぐれ者でも、まれに気の合う御仁が、これまですごしたどこの組織でも僅かにおって。葛野にもごくまれにおる。大抵は馬鹿馬鹿しい笑い声で、ストレス発散。今日の御題は「英米文学にまともなもんはあるんかねぇ、~うちの研究者も変人が多いでぇ、くくく」と、識者が聞けば怒り出しそうな真面目な話、あはは。

 と、書いているうちに昨日や一昨日のエピソードを記録する時間がなくなった。
 やはり、帰還する前には30分以上の瞑想が必要なので、今夕はこれにて筆をおく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月19日 (日)

NHK天地人(29)直江兼続の見た天下統一

承前:NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代

 相変わらずの痛め止め薬で頭が朦朧とした日曜の夜でしたが、流れるようにシーンが変わっていくのを楽しく見終えました。

 このあたりの時代は、過去の大河ドラマや、小説でいくつも頭に入っていますので、今夜は視点を秀吉や家康や政宗に置かず、直江兼続に合わせてみました。

 NHKの大河ドラマは多数の、芸達者な男優女優が出演しますので、コマコマで没入すると、主演の動きが消えてしまいます。

 上杉軍は景勝、兼続で一万数千の兵を動かしたのでしょうか。加賀の前田さんもそのくらいでしょう。そして真田も加わっていますが、これは兵数は少ないと思いました。前田利家さんを代表とした北国勢三万として小田原に南下してきましたが、これが関西人に分かりにくくて、八王子の方から来るわけです。越後を出て帰国するまで一年かかっていますから、各地で北条家の城を落としながらの南下です。

 ドラマでは主に上杉の進言で、城明け渡しは総攻めではなくて、長期間の包囲による懐柔、降伏を狙ったように見えました。ただし、八王子の城攻めを最後に総攻めしたのは、おそらく滞留が長引くと、秀吉陣への参陣が遅れ、代表の前田さんも困ったからだと思います。

 後世、10年後の関ヶ原の戦いでは、徳川家康の軍は二手に分かれ、後継者・秀忠が関東から北に廻って関ヶ原に、家康とどんぴしゃりの合流を計ったのですが、途中真田の城に手こずって、秀忠は遅れに遅れて、家康のキツイ叱責を浴びます。親子と言っても、この頃は裏切りもつきものですから、参陣の遅れは疑念をいだかすことになるわけです。

 北国軍が秀吉のもとにたどり着いて、秀吉軍は20万の兵になるわけです。そして小田原城を取り囲みます。
 結果として、北条氏政は切腹し、息子さんは追放されたようです。
 秀吉は20万の兵で、戦わずして小田原城を開門し、天下統一をなしたことになります。

 兼続は20万の兵が動く様子を伊達政宗に書状で知らせ、時代は変わった、戦は無駄だと説得しました。4000千の兵が4人になっても戦う心が義ならば、天下万民のために矛を収めるのが愛だと思いました。

 今夜景勝、兼続が帰国していった時、兼続は何を考えていたのでしょう。
 謙信公の遺訓は「義」の旗印です。兼続の「愛」とは、一面で硬直する義を、愛でくるむことだと思いました。
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

昭和の鉄道模型をつくる(37)石畳道パーツ、柵パーツ

承前:昭和の鉄道模型をつくる(36)道路パーツ、街灯、電柱(小)

37:ここまで完成(~37号)
Bimg_5032
 36、37、38号は道路、石畳、電柱整備の工作が連続してあります。写真は先回の36号と変わりなく見えますが、細かな電柱や街灯、それに石畳、踏切付近の道路が整備されています。
 作業はそれぞれが細かなもので、気ぜわしいとなかなか手を付けられませんでした。次号の38を掲載するときは、今回できなかった「柵」や「架線柱」を雑誌の指示にしたがって、完成させる予定です。

37:部品と工作(石畳道パーツ、柵パーツ)

3701:踏切と電柱・街灯
3702:踏切(その1)
3703:踏切(その2)
372:特別編・道路パーツ/石畳道パーツをボードに貼る

 今回の工作で注意したのは、踏切周りの道路と、「渡り」と呼ばれるレールの中に納める特殊道路です。今どきは聞きませんが、昔は手動変速の自動車がこの隙間の多い渡りで脱輪したり、エンジンストップで立ち往生したりしていました。
 模型の場合も、Nゲージの線路幅は9mmしかないですから、その中に道路を造って、車輪が擦らないように微妙な隙間を左右レールの間に設定するわけですから、緊張しましたcat。路面電車はもっと難しいなと考えながら、何度か試験走行しながら定着させたわけです。
 もちろん外側の道路もプラスチック板のカーブが微妙で何度か試しました。上手なレイアウト(ジオラマ)ですと、このあたりも板を切り出してカーブを合わせる工程まで、すべて手作りになっていますから、すごい技量だと感心します。(私には出来ません!)

37:鉄道模型の達人/田口秀雄

371:田口秀雄
 今回の達人・田口秀雄(2008年61歳)さんは大阪に赴任中で、自宅の埼玉にもどるのは月に一度とのこと。自宅屋根裏部屋に2X10メートルの巨大レイアウトと言うのですから、相当な大きさです。私の普請中の最も大きい「邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ」は、わずかに0.9X1.2mしかありませんが、それでも葛野研の一画に大きな顔をしてデンと居座っています。

 このNゲージ・レイアウトは取りかかってからすでに10年経過し、まだまだ続くようです。写真で見ても小さく凝り固まった様子とは正反対の、茫洋とした「どこまで続く?」というジオラマでした。
 気がついたのは、高速道路やバス、自動車が写真の中心にあって、田口さんが手にしているのも大型トラックでした。そして記事には、鉄道よりも建物をもっと造りたいと書いてありました。高速道路や建物に田口さんの興味が向いているのでしょうか。それは、「都市」を作るのと同義ではなかろうかと、思った次第です。こういう世界は、一律のものではなく個々人によって志向する所がそれぞれ違ったものなのでしょう。
 思いがけないヒントは、岩を表現するのに柔らかいバルサを歯で噛みしめて雰囲気を出すというテクニックでした。そういう方法もまた、個々人があみ出していく物なのでしょう。(ただし、田口さんはその為に歯が欠けたので、もう止めた手法だとか)

37:昭和の『鉄道模型』をつくる

373:昭和の『鉄道模型』をつくる;37
 会津若松~新潟の全長126kmを結ぶ磐越西線(ばんえつさいせん)の記事がありました。今でも土曜・休日に蒸気機関車(C57)が客車を7両引っ張っているようです。後ろから4両目は展望車と言って、窓が大きくて、小さな写真ではトロッコ展望車の趣がありました。ネットで探してみるとJR東日本から「SLばんえつ物語号:森と水とロマンの鉄道」というサイトがありました。展望車は座席のある客車というよりも、多目的スペースのようです。地ビールとかお弁当の売店もあって、乗りたくなる、佳いものです。
 途中の山都駅(やまとえき)と野沢駅の間にある、阿賀川(あががわ)の景観が素晴らしいと、著者の小林貞司さんが踊るような筆致で描いていました。「息を呑んだ。阿賀川の渓谷が車窓いっぱいに広がったのだ。」これだと、出不精の私でもつい乗りたくなるじゃないですか。
 (ただ。会津も新潟も京都宇治からは、遠国ですね)

37:未来の図書館、過去の図書館
 この2009年6月の葛野で、未来の図書館として「二階建てトロッコ図書館列車」つまり「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」について講演をしました。この内容はそれまで学生にも、もちろん一般にも話したことはありません。唯一例外はMuBlogで大量に関係記事を書いてきたことだけです。だからMuBlogの読者は講演を聴かなくても私が何を話したかはご存じのはずです。

 春に訪れた若い研究者二人の進言もあり、こういう公の講演内容とか報告書は別のサイトに、記録していこうとも考えています。MuBlog記事は「普請中」のものばかりですから、自分自身の検証が足りないと考えています。「まとめる」と大抵は情報が欠落するわけですが、まとめないと骨と肉と化粧とが混在して、分かりにくいことも多くなります。

 さて、講演内容というよりも、話している間中、考えていたことを記録します。それはモデルのモデルたる所以とはどういう事かということでした。

 鉄道であれ図書館であれ、実車ないし実体と、模型という二つの区分をするのが一般的です。ここで模型はあくまで実体に従属した形で考えられています。しかしこれはどこかで書いたわけですが、模型は模型として独立した存在だとも言えるわけです。たとえば鉄腕アトムですが、これは人を模したロボットとして漫画が生まれアニメになり、最近では実際に動くアトム(らしい小型ロボット)を造ることもできるようになりました。しかしもしも小さな模型としてのアトムが生まれたなら、それは人を模したという太古の記憶は残るでしょうが、あくまでアトムそのものであって、なにかの模型ではないはずです。アトムロボットは何かの物まねでもモデルでもなく、純粋に独立自立した(被創造)物として生まれるわけです。

 二階建てトロッコ鉄道図書館列車もまた模型である必要はなくて、実体をもった新しいコンセプトを身にまとった独立した創造物と考えています。人が乗車してそこで本を読めないから、模型だおもちゃだと言うのは早計にすぎます。ジオラマという一つの世界の中で完結した役割を果たすマシンであり情景であると考えるならば、その大きなものがこの世にあるかどうかよりも、眼前で実際に動くかどうか、そのイメージを人が感知しうるかどうかによって、模型か自立した実体かの分かれ道になるわけです。

 と、そんなことを考えていたので、少ない聴衆者にはわかりにくかっただろうと想像しています。

36←→38

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年7月17日 (金)

小説木幡記:2009/07/17(金)季節は夏

 昨日の朝だったか、天気予報では夕方に雨とあったが、それでも午前六時過ぎの宇治や京都は夏の明るさと風の心地よさを味わえた。夏の音とか、匂い、風のそよぎ、春秋や冬とは違った「夏」だけの味がある。

 余は四季が好きなのだ。どれがと考えても、四季折々に季節の匂いと風と音と、気温と湿度の複合した空気で、好きが決まる。そう、昨日の朝は「夏」が一番好ましかった。

 余自身はあまり汗をかかない体質だから、夏が過ごしやすいのだろう。
 弱いのは体温や湿度の激変だと、分かっている。それすらも、周りが牧歌的に動いているときは、なんともない。
 というわけで、今さらながらの四季賛歌。
 「夏」はよろしいなぁ。

1.今朝の早朝勤行
 午前4時前から7時までの3時間、3週間ぶりに日曜作家を再開した。わずかに原稿用紙6枚程度だが、書けた。大体30分おきに消灯して横臥した。やはり脳を使っているようだ。一時間おきに冷たいお茶を飲んだ。疲れるようだ。
 忙しくても、疲れても、本当の一番のストレスは書けないことだと気がついた。「6枚、よう書けた。今日はこれでよかろう」とキーボードから手を下ろしたとき、みるみる充実感が涌き出てきた。

 預金通帳を眺める気分で(通帳は残高マイナスじゃがね)枚数をみたところ、405枚になっていた。ふう。塵も積もればなんとやら。あと300~400枚を書いたら、一旦忘れよう。
 湖底宮。
 一番しんどい作品になりそうだ。なかなかイメージ全体が湧かない。それでも、今日は昼下がりの百万遍大学・時計台の下で小泉佐保君が男四人に誘拐された場面を、わくわくしながら書き終えた(笑)。余自身が、はらはらしだした。一体、どうなるのやろか。心配だ。

2.芭蕉さん~
 何時間か時間が空いた。デッドタイムという言葉は聞かぬから、無駄時間とでもいうのか。
 気がついたら、KT2システムを動かし、用語とテキスト出現位置のクロス表を作っていた。
 今回は概略をみるための一章に相当する部分なので、用語群を大分類項目のもとにグループ化して、グループとしての、テキスト内出現を地図化するわけだ。
 うむ。
 システム自体は、Delphi だから速い。マシンはもう耐用年数をすぎた黒マシンじゃが、それでも速い。遅いのは、用語をグループにする手技だった。どうしても迷いが生じる。たとえばある種の用語群を、大分類として俳諧用語と和歌用語に当初は分けていたが、これが保田のテキストでは分離することが難しいと分かった。結局やりなおして、あらたに「俳諧和歌」用語群を作って再編成したわけだ。

 うむ、結果は悪くはなかった。
 しかし、和歌としての、もののあわれとか寂寥感なんかは長い人生でそれなりに体感してきたが、俳諧の{にほひ、しをり、うつり、ひびき}などとくると、ようわからぬ(笑)。若い頃にもっと勉強しておくべきやったなぁ。
 文学は難しいぃ。
 気がつくと夕方になっていて、疲れたので横臥した。

3.テーブルサイズのNゲージレイアウト/諸星昭弘(NHK出版)
 横臥して手を頭にのばすと、図書が引っかかった。
 以前入手した図書だが、おいておいた。ここしばらくは大きいタイプ(HOゲージ)に気持が向いていたので、「N」と付く図書に手を出さなくなったからだ。

 なんのきなしに読み出した。情景模型の考え方や、ストーリーについて丁寧に書いてあった。どんどん読み込んでしまった。現実世界の一部を切り出して、その特徴に注目して表現しなおすのが「レイアウト」(余の申すジオラマ)のデザインらしい。
 ふむ、と納得した。
 それと、基本的な、遠近感を出す手法。また、混沌とした風景に重心を定める手法。まるで入門、初心者対象のふりをして、ものすごく深遠な世界創造の極意がさらりと書いてあった。
 とは言っても、木幡研の「島図書館」ジオラマは、もう直しようがない。困ったことじゃ。悪手を積み重ねてしもうたわい。

4.なにかと採点、校務あれこれ、他
 メディア論の採点をようやく終えた。さっき眺めていたら、7篇ほどがとても面白くて、為になる内容なので、秀をつけた。最近は優(80点台)の上に秀(90点台)があるようなので、それに該当する結果があってよかった。
 PC関係の部屋の利用で、他の先生に問い合わせして、結果を事務書類に反映した。もう一度チェックして送ろう。
 近頃、南満州鉄道の「あじあ号」が気になってならぬ。1930年代の特急列車。ふむふむ。
 (ついでに、マイクロエース社が、パシナ列車(あじあ号の代名詞)を今秋に製品化するようだ。困った)
 あじあ号に図書室があったかどうか、まだ判然とせぬが、これはお楽しみ。

 おお、日も暮れた。眠るとするか。また明日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月16日 (木)

小説木幡記:2009/07/16(木)季節は巡る万華鏡

闘病記、とは大げさな
 今年は体調低調が長引く。いまだに杖をついて足元がおぼつかぬ。記憶では2003年が5月~9月末まで、よろよろしておった。
 医師の話では、もうすぐ良くなるらしい(笑)。
 雰囲気としては、授業が終わって夏期に入れば、綺麗さっぱり消えて、ふつぅ~の人にもどるやろう。

 今回の要因は、気温の高低差が激しいことと、難儀な委員会仕事のストレスに尽きるとふんでおる。詳細はメモするのもうとましいがtaurus、二重苦、つまり自分自身に強く関係することと、他人様達に関係することが輻輳し、体調不振とからまって、どうにも腹立たしい程脳が動かず、それがますます悪循環。

 もともと余は一を聞いて十を知るタイプ(つまり秀才)ではなくて、十を聞いてやっと一を知るタイプとしていままで生きてきた。要するに分かりが悪い。外界の変化への順応性が極めて低い、……。
 ただし。
 十を聞いて一を知ることに、ものすごく幸福感を味わってきた。つまり、いつも暗中模索(十)の中にいて時々光(一)を切実に感じるからである。それで、いつも機嫌が良かった。今日の一と昨年の一と、一昨年の一を足せば、確実な三があって、それが余の自律と自立を助けてきた。

 それかあらぬか、余は天才を見るととても気に入るが、秀才は馬鹿馬鹿しくて話をするのも嫌になる。鈍才同士でぐつぐつ、しんねりとこの世のあれこれを話していると、気が楽になり力がみなぎってくる。
 世の中を動かしている殆どの人は秀才だから、そういう世の中になじめないのは、こういう事情からだなcancer
 ……。
 ふむふむ、こうして書いておると楽になってきた。余は分かりが悪い人間で、ただそれが大勢の人達と一緒に仕事すると、遅れがちになるものだから、ストレスが溜まる。仕事を辞めてしまえば、きれいさっぱり消える類のもので、根源的、哲学的、生死観に関わるような問題じゃない。
 そして。
 仕事を辞めたり変えたりしたら、おそらく、また新たなストレスが生まれて来るじゃ老。なかなかに、永劫回帰のストレス世界、これが仏教でいうところの「苦」の一つかな、と思った途端に一人笑い爆笑していた。

延暦十三年のフランケンシュタイン/山田正紀. 1988(徳間書房)
 20年以上も昔の図書を最近、あっけなく再読した。これで四度目くらいかのう。今回も堪能した。しかし、なぜこの図書がいつも余の宝物箱にはいっているのかは、今度も理由が分からなかった。
 世間的にはノーベル文学賞とか芥川賞とか、◎◎大賞を受賞するような雰囲気のものではない。しかし、余の宝物であることに違いはない。

 日本にも平安時代にフランケンシュタインがおったのか? という疑問に答える図書小説ではない。延暦13年とは桓武さんが平安京に遷都した794年のことだから、無理じゃ老。
 主人公は空海というえらいぼんさん。高野山を開いて、いまでも奥の院で修行しておられる(?)方の、もう一つの伝記、隠された異聞と言えばよかろう。
 真言密教は呪術世界が濃厚やから、雰囲気はよくでておるなぁ。
 そういえば、「孔雀王」とかいうマンガに昔熱中した。映画も見に行った覚えがある。裏高野とかいう忍者・呪術集団が暴れ回る壮絶な面白さじゃった。必ず、高野山・奥の院が出てきたなぁ。

 ふむふむ。
 司馬遼太郎さんの『空海の風景』が木幡研の足元にいつもある。随分えらい人やったそうだ。20代終わりに一読して、その後読んではいない。まだ身近にあるということは、余は再読したいのじゃろう。さて、いつになるのか。

葛野図書倶楽部2001とか授業とか
 昨日夜半11時過ぎに、倶楽部blogで、後期演習班分けの締切があった。一科目8班体制にし、前期の個人レポートからおもしろげなものを8篇選び(上級生と余)、その者らに一名だけ事前に相棒を選べるようにしたわけだ。

 今日は午前中に2科目、それぞれの班を完成させるために、各班のテーマ概要を上級生(助勤と言うておる)達が説明し、昨日午後に余が作成したおみくじ(じゃなくて、抽選券)でもって、好きな班に行けるようにしておる。難しい解説や共同演習の説明を優秀な助勤達にまかせて、余はせっせとおみくじを作っておる。

 助勤達は全部余の昔の受講生じゃから、これこそ教師冥利につきる。

 これで前期のうちに後期の班体制が整うので、受講生たちにはいいようなわるいようなぁ~。生真面目なリーダーと班員ならば、夏期に何度も打ち合わせるし、ちょっとのんびりした班だと後期間際になって、慌てる。例年のことながら、見ていて面白い(と、おもしろがるから嫌われる脳)。昨年は夏中、屯所を使って打合せした班のひとつが優勝し、一昨年は9月になって慌てだした班が優勝した。両方あるが、それぞれの班長を熟知しておるので、これもまた面白い。

 ということで、書き疲れてきた。また眠るとしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

小説木幡記:2009/07/15(水)本日定食と作戦

 「本日定食」といえばMuBlogでは<小説葛野記>で早朝にその日の定食じみたルーチンワーク(決まり切った日常仕事)を記してきたのだが、今朝はまだ木幡なので(午前3時)、木幡記での本定はいささか奇異な思いがした。

本定(本日定食)
 午前7時過ぎに葛野着、珈琲、瞑想。
 午前8時30分ころに、教室へいき、メディア論・課題回収。大勢だし、多少言葉を交わしながら「見どころ」などを聞くので終了は10時前後になろうか。
 午前中に、その課題レポートを流し読みしてしまう。主に図版を眺めることで昼食時になろう。
 例年、優秀レポートを数点、タイトルだけ葛野のblogに公開するので、その準備もかねておる。
 昼は、屯所に出向き、当番の倶楽部員とか、受講生の様子をみる。(つまり、冷やかし)
 午後は教授会がある。
 午後8時頃に帰宅して夕食、シャワ、眠る。多分午後9時半には白河夜船(しらかわよふね)。
 まっこと(来年の龍馬伝にあわせて、土佐弁のイントネーション)、他愛ない日々じゃのう。まともに脳を動かす形跡がとんと見えぬ。

近頃読書
 浦沢直樹さんの最新マンガを読んだ。感心した。よい。
 魔術師/J.ディーヴァー、も上下を一気に読んだ。感心した。よい。
 ふたつとも、あるいはこれまでのものも、感想文を何度も書こうとするが書けぬ。現在は文藝モードに切り替えられないようだ。

邪馬台国周遊図書館ジオラマのHO化
 発泡スチロールのまま一年間手を付けていないジオラマがある。Nゲージのレール・レイアウト(レール幅9mm)はきっちり設定してあって、さまざまな試験走行につかっておる。90X120㎝なので、余の扱うものとして大きい。

 最近そこにHO(レール幅16.5mm)の周遊線路を追加した。半径が36㎝程度の小さなもの(小判形)だが、ポイントを一本だけつけた。レールは著名な、ドイツのフライシュマン製で、実は固定レールで半径36cmはこうしたヨーロッパのものでないと入手できない。日本では半径49㎝のが最小半径固定レールなのだ(43cmもカタログにはあるが、入手困難)
 まあ良かろう。
 つまり、邪馬台国周遊図書館ジオラマでは、発泡スチロールの山や丘や箸墓の側を比較的大型の車両が走り出したとメモしておく。当然HOタイプのサロ124改造・二階建てトロッコ図書館列車も走った!

 線路幅が16.5mmでも、縮尺が異なるから(1/80、1/87、1/45~)調整に手間取った。一番大きな車両はOn30という規格の京都市電(明治村に走っていた明治時代の)で、普通のHO列車が横にも縦にも2台積み重なる大型版。常設のNゲージ車両だと3台積み重なるな。これが三輪山のトンネルを通り過ぎる姿は、壮観だった。あはは。神罰が下りそうじゃ(注:余は大物主神さまとはお知り合いなので、多少の無体さは、神様もゆるしてくださる)。

相変わらずの芭蕉さん
 ふむ。
 難しいなぁ。

心身調子
 身体は、膝がかっくんかっくんして長時間歩行(一回10分程度)すると熱を帯びてきて、翌日は動けなくなる。
 心は、快調。つぎつぎと作戦が浮かび上がってきて、どれから遂行するか迷ってしまい、結局想念だけが頭を熱くして、なにも出来なくなる。だから、瞑想。

猫ハルキ君
 最近例の手術をしたのだが、翌日から走り回っておった。知り合いの猫ちゃんは、今は70数歳のようだが、そういうことはしていないのに、ちっとも変にならなかったと聞く。その猫ちゃん、もしかして~、と御隠居さんと一緒に笑った。

 術前・術後ともに、ハルキ君は、余にもよくなついておる。
 ハルキ君は完全に人語を理解しておる。その実験を時々するが、余の余生はハルキ君と人生問答をすることになるのう。そのうち声に出して「1Q84」を読み聞かせてやろう。ラーメン、チャーシューメン好きであることを願うが、いまだに怖くって、ハルキ君をラーメン屋につれていってはいない。もし<僕は、らーめんなんか食べられないにゃん>と言った日には、かわいさ余って憎さ百倍、となるのを恐れておる。

 ハルキ君がチャーシューメンを好きか嫌いかは永遠の謎にしておこう、ぞ。それが人生の、英知、狡知、ゆとりじゃ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月14日 (火)

八十四万アクセス(84万/全体145.8万):MuBlogの分析

承前:八十二万アクセス(82万/全体142.3万):MuBlogの分析(2009.06.03)

観測日時:2009年07月 14(火) 20:34

MuBlog累計アクセス数: 840008 1日当たりの平均: 431.88
 (開設日2004/03/07 記事数 1,784 件 コメント 4,283 件 トラックバック 1,335 件  )
サイト全体累計アクセス数: 1457918 1日当たりの平均: 749.57
解析対象期間: 2009年6月14日(日) ~ 2009年7月13日(月)

(0) MuBlog84万アクセスの感想
 梅雨明けしたのかしないか、相変わらず京都の空は曇りがちで、気温が高く湿度も高いです。ことの想い出にしるしておけば、昨日私はねびえしたのでしょうか、朝から授業があったのに、午前も午後もたくさんの学生と、そして同僚たちと校務の話をしたのに、終日ぼんやりしていました。申し訳ないことに二人目の同僚が相談に来られた時は、「今日は難しい話は駄目ですので~」と概略だけうかがって、判断はお断りしました。

 学生達とも、添削依頼やなんのかんのと相談事があったのですが、とんちんかんな答えをくりかえすだけで、冴えませんでした。夕方は倶楽部の幹部二人が屯所にいたので、山積みの相談事があったはずなのに、一体なにから話してよいかわからなくなり、しばらくして研究室にもどり、また深々とソニック・イエローの周回走を眺めておりました。

 まるっきり脳が休眠中、つまりは身体全体のバランスをくずしてダルイ一日でした。で、今日はどうなのか? う~む、だるさは残っていますね。しかしこのMuBlog統計はアクセスが、ある数値になったときは、なにがなんでも記録しなければならない性格のものなので、だるさを押して、簡便に記録するといたしましょう。

 アクセスランキングの先頭10記事を考えてみました。

 (1)丕緒の鳥/小野不由美、 (2)涼夏2007PC:RAID、 (3)Macでウブントゥ、 (4)自作鉄道模型、 (5)三鷹の森ジブリ、 (6)神々の乱心/松本清張、 (7)涼夏2007PC:アクリルケース、 (8)NHK天地人、 (9)卑弥呼の墓、 (10)嵯峨野鉄道図書館ジオラマ

 これを従来のMuBlog大分類項目で見直しますと、PCが3点、文藝が2点、鉄道模型が2点、古代史が1点、博物館が1点、大河ドラマが1点となります。
 昔、時枝文法の創始者は、文章の冒頭に、その文章全体を性格づけるすべてがある、とおっしゃいました。その筆法をまねれば、アクセスランキングの冒頭に、そのblogの性格すべてが現れていると、申せましょうかcat
 たしかにそうです。

 PCでメモしますと、

 2007年夏に自作したその時の目的が二つながらに、長くアクセスされ続けていることに、MuBlog主筆(笑:主筆しかいない!)の面目躍如です。(2)のRAIDとは外部記憶装置に大量のデータを安全高速に格納再現するための技術です。これはデータベースを主に扱う私には必須のハードルでした。次に(7)のアクリルケースとは、自作の自由度と、メカニカルな中身が透けて見えるという感性的な問題なのですが、この感性なくして、マシンもソフトも長時間関与することはできないわけです。さらに(3)のMac上でのLinux(ウブントゥ)とは、異種OSを廉価に負担無く扱うための技術習得が目的でした。時間もお金も無尽蔵ではありません。最適の道具立てを常に自ら手にするための修練は老いても必要なわけです。

 文藝でメモしますと、

 (1)の小野不由美世界へのアクセスは、内心驚愕しているのです。決して熱心な読者ではないのですが、MuBlogに於けるこの1年間、来る日も来る日も小野さん記事へのアクセスが絶えることなく続いております。これは一体どうしたことでしょう。(6)については、記事が上下の長大なものですから、私自身力を込めて書いた感想文です。努力が報いられる珍しい事例です。小野世界と松本世界との関連は? と、時々考えることはありますが、どうにもつながりませんねぇ。

 (4)と(10)の鉄道模型、

 なかんずく鉄道図書館列車記事へのアクセスは、決して目だったものではないですが、今後の研究課題の中核ですから、それが一定のアクセスを得ることに少し安堵感を味わい出しました。いまはまだ、二階建てトロッコ図書館列車そのものへの読者の関心は薄いわけですが、なんとか鉄道模型・初心者のみなさん方が「列車と言えば、二階建て図書館列車だね」とおっしゃるようになるのを期待するところです(snow)。

 そういうわけで、ここ数年のMuBlog大河ドラマは、昔日の優勢さが跡形もなく消え去りました。卑弥呼さんを筆頭とする古代史物も、努力傾注の割りにはめざましい進展が御座いません。人生とは、そういうものなのでしょう。 よいことも不運なことも、どちらも本人の意図とは大きく離れたところで、人生を左右するようですなぁ。そういう感慨を、この30日間のアクセスランキングを見ながら味わった次第です。

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 13,926
訪問者数: 10,934
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 650 1,138 5.9% 8.2%
2 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 402 446 3.7% 3.2%
3 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 198 276 1.8% 2.0%
4 Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々 207 243 1.9% 1.7%
5 自作鉄道模型 178 211 1.6% 1.5%
6 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 156 173 1.4% 1.2%
7 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 128 152 1.2% 1.1%
8 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 113 148 1.0% 1.1%
8 NHK天地人(24)上杉軍4000と都人達 98 148 0.9% 1.1%
10 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 65 135 0.6% 1.0%
11 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 83 126 0.8% 0.9%
12 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 95 109 0.9% 0.8%
13 小説木幡記 98 108 0.9% 0.8%
14 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 90 106 0.8% 0.8%
15 NHK天地人(26)景勝の遺言 79 104 0.7% 0.7%
16 NHK天地人(22)真田幸村と父・昌幸、兄・信之 88 94 0.8% 0.7%
17 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 69 92 0.6% 0.7%
18 CPU空冷装置・掃除のお勧め 63 90 0.6% 0.6%
19 地図の風景 81 89 0.7% 0.6%
20 「壬申の乱」の関係地図 58 83 0.5% 0.6%
21 桜井・茶臼山古墳の後円部構造物、結界(玉垣)、神社? 66 81 0.6% 0.6%
22 読書余香 70 80 0.6% 0.6%
22 自作ロボット 67 80 0.6% 0.6%
24 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 55 77 0.5% 0.6%
25 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 48 75 0.4% 0.5%
26 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 45 74 0.4% 0.5%
26 NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼 58 74 0.5% 0.5%
28 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 43 72 0.4% 0.5%
29 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(1)桜井茶臼山古墳の発掘調査現場 48 71 0.4% 0.5%
30 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 36 64 0.3% 0.5%
30 卑弥呼の墓(012) 箸墓築造は240~260年か? 国立歴史民俗博物館の放射性炭素(C14)年代測定 55 64 0.5% 0.5%
30 嵯峨野鉄道図書館 53 64 0.5% 0.5%
33 自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」 39 61 0.4% 0.4%
34 NHK功名が辻(32)秀吉と家康 57 60 0.5% 0.4%
35 てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 51 57 0.5% 0.4%
36 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 25 55 0.2% 0.4%
37 室町和久傳(むろまち・わくでん) 45 54 0.4% 0.4%
37 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 45 54 0.4% 0.4%
39 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 49 53 0.4% 0.4%
40 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 38 51 0.3% 0.4%
41 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 49 50 0.4% 0.4%
41 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 47 50 0.4% 0.4%
43 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 31 49 0.3% 0.4%
43 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 45 49 0.4% 0.4%
43 遺跡 38 49 0.3% 0.4%
46 NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 45 47 0.4% 0.3%
47 モリログ・アカデミィ:MORI LOG ACADEMY/森博嗣 33 46 0.3% 0.3%
47 葛野図書倶楽部2001 38 46 0.3% 0.3%
49 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(2)箸墓と三輪山遠望 36 45 0.3% 0.3%
49 NHK天地人(14)上杉・武田、塩を送り黄金を贈る 22 45 0.2% 0.3%
51 千年の帝国・ビザンチン/NHK(TV) 36 44 0.3% 0.3%
52 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 39 43 0.4% 0.3%
52 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 35 43 0.3% 0.3%
52 小説木幡記:2008/09/25(水)プルートゥ06とTruth25 39 43 0.4% 0.3%
55 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 41 42 0.4% 0.3%
55 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 23 42 0.2% 0.3%
57 小説木幡記:2008/05/06(火)与謝蕪村展:MIHO MUSEUM(ミホ・ミュージアム) 27 41 0.2% 0.3%
57 椿井大塚山古墳の現況写真 22 41 0.2% 0.3%
57 美しいサイト 29 41 0.3% 0.3%
57 情報図書館学 35 41 0.3% 0.3%
61 NHK天地人(25)本日休講 31 40 0.3% 0.3%
61 三条大橋の高山彦九郎・正之(たかやま・ひこくろう・まさゆき) 17 40 0.2% 0.3%
63 小説葛野記 33 39 0.3% 0.3%
63 自作PC 24 39 0.2% 0.3%
65 やよいぶんかはくぶつかん:弥生文化博物館 15 38 0.1% 0.3%
65 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 24 38 0.2% 0.3%
67 うさじんぐう:宇佐神宮 24 37 0.2% 0.3%
67 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 28 37 0.3% 0.3%
67 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 34 37 0.3% 0.3%
67 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 27 37 0.2% 0.3%
67 NHK天地人(23)「義」と「愛」 31 37 0.3% 0.3%
67 美味しいところ 28 37 0.3% 0.3%
73 前方後円墳の航空写真 23 36 0.2% 0.3%
73 邪魅の雫(じゃみのしずく)/京極夏彦 32 36 0.3% 0.3%
73 On30レイアウト:庭園鉄道趣味/森博嗣 26 36 0.2% 0.3%
73 映画の余香 27 36 0.2% 0.3%
77 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 30 35 0.3% 0.3%
77 昭和の鉄道模型をつくる(36)道路パーツ、街灯、電柱(小) 26 35 0.2% 0.3%
79 ミスター・スタンプス・ワインガーデン:Mr. Stamp's Wine Garden [その1] 25 34 0.2% 0.2%
79 神々の乱心/松本清張<感想文 その2:明瞭な小説視点> 33 34 0.3% 0.2%
79 日本・歴史・古代:白鳥伝説/谷川健一 23 34 0.2% 0.2%
79 0501010・大晦日の鍵善と八坂神社 26 34 0.2% 0.2%
79 NHK天地人(20)上杉景勝の英断 25 34 0.2% 0.2%
79 NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代 33 34 0.3% 0.2%
85 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 31 33 0.3% 0.2%
85 小説木幡記:2008/06/04(水)年間出版点数8万件 28 33 0.3% 0.2%
85 高齢者(老人)差別 26 33 0.2% 0.2%
85 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 26 33 0.2% 0.2%
89 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 30 32 0.3% 0.2%
89 私の京都:ブックファースト京都河原町店 20 32 0.2% 0.2%
89 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 31 32 0.3% 0.2%
92 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 28 31 0.3% 0.2%
92 じょうしょうこうじ:常照皇寺 25 31 0.2% 0.2%
92 昭和の鉄道模型をつくる(31)飯田郵便局  23 31 0.2% 0.2%
95 謎の大王継体天皇/水谷千秋 24 30 0.2% 0.2%
95 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 20 30 0.2% 0.2%
97 目次:嵯峨野鉄道図書館ジオラマ 19 29 0.2% 0.2%
97 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(3)ホケノ山古墳 26 29 0.2% 0.2%
97 NHK天地人(12)兵糧と桑取 27 29 0.2% 0.2%
97 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 24 29 0.2% 0.2%
97 邪馬台国 23 29 0.2% 0.2%
97 NHK篤姫 24 29 0.2% 0.2%
103 三条大橋の刀傷:私の京都・河原町通{四条→三条} 15 28 0.1% 0.2%
103 酒船石遺跡(1)亀形石造物 19 28 0.2% 0.2%
103 ηなのに夢のよう/森博嗣 28 28 0.3% 0.2%
103 NHK篤姫(32)勝海舟と桜田門外の変 25 28 0.2% 0.2%

(携帯電話)ページ別アクセス数:1ヶ月分:携帯MuBlog のみ

携帯MuBlogのみの総数 累計アクセス数: 74962  1日当たりの平均: 38.54

携帯サイト全体の総数  累計アクセス数: 76598  1日当たりの平均: 91.73

↓携帯MuBlogのみの一ヶ月分

アクセス数: 3,563
訪問者数: 3,563
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 444 444 12.5% 12.5%
2 ミホミュージアムの秋 106 106 3.0% 3.0%
3 NHK天地人(24)上杉軍4000と都人達 57 57 1.6% 1.6%
4 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 56 56 1.6% 1.6%
5 NHK篤姫 55 55 1.5% 1.5%
6 NHK天地人 50 50 1.4% 1.4%
7 バックナンバー 43 43 1.2% 1.2%
8 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 34 34 1.0% 1.0%
9 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 30 30 0.8% 0.8%
9 地図の風景 30 30 0.8% 0.8%
11 NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼 29 29 0.8% 0.8%
12 小川珈琲本店 28 28 0.8% 0.8%
13 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 27 27 0.8% 0.8%
14 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 26 26 0.7% 0.7%
15 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 22 22 0.6% 0.6%
15 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 22 22 0.6% 0.6%
17 NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 21 21 0.6% 0.6%
18 NHK天地人(26)景勝の遺言 20 20 0.6% 0.6%
19 自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」 19 19 0.5% 0.5%
20 四条大橋界隈と三条大橋:私の京都・河原町通{四条→三条} 18 18 0.5% 0.5%
20 ほうしょうかん:鳳翔館・平等院ミュージアム 18 18 0.5% 0.5%
20 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(03) 下地作りと下塗り 18 18 0.5% 0.5%
20 NHK天地人(02)直江兼続の幼少期:禅寺で修行中 18 18 0.5% 0.5%
20 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 18 18 0.5% 0.5%
20 卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 18 18 0.5% 0.5%
20 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 18 18 0.5% 0.5%
20 NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 18 18 0.5% 0.5%
20 ようげんいん:養源院 18 18 0.5% 0.5%
20 ほづがわくだり:保津川下り 18 18 0.5% 0.5%
30 京都の書店 17 17 0.5% 0.5%
30 長岡京市立図書館の風景 17 17 0.5% 0.5%
30 石宝殿(石乃宝殿:いしのほうでん)と生石神社(おうしこ) 17 17 0.5% 0.5%
30 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 17 17 0.5% 0.5%
30 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 17 17 0.5% 0.5%
30 博物館・明治村の桜2008 17 17 0.5% 0.5%
30 卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡 17 17 0.5% 0.5%
30 北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」 17 17 0.5% 0.5%
38 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 16 16 0.4% 0.4%
38 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 16 16 0.4% 0.4%
38 プルートウ:Pluto(1)/浦沢直樹(漫画) 16 16 0.4% 0.4%
41 NHK風林火山(50)川中島・山本勘助の最期(3):最終回の放映前 15 15 0.4% 0.4%
41 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 15 15 0.4% 0.4%
41 飛鳥の「真弓鑵子塚古墳」(まゆみかんすづか):巨大石室と、南北通り抜け羨道 15 15 0.4% 0.4%
41 NHK天地人(22)真田幸村と父・昌幸、兄・信之 15 15 0.4% 0.4%
41 まつもとせいちょう・きねんかん:松本清張記念館 15 15 0.4% 0.4%
46 益田岩船(ますだのいわふね) 14 14 0.4% 0.4%
46 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 14 14 0.4% 0.4%
46 茜流むらさき太鼓 14 14 0.4% 0.4%
46 NHK天地人(17)直江兼続は戦国婿養子 14 14 0.4% 0.4%
46 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 14 14 0.4% 0.4%
46 NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと 14 14 0.4% 0.4%
46 読書の素 14 14 0.4% 0.4%
53 NHK篤姫(40)篤姫と和宮、家茂を挟んで写真を撮る 13 13 0.4% 0.4%
53 呪われし者の女王/アン・ライス 13 13 0.4% 0.4%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

(以下、「検索ワード」自体へのリンクは管理用ですので、利用できません)

G=Google、Y=Yahoo、M=Live Search は各検索エンジンへリンクしています)

集計対象アクセス数:9,011
検索ワード/フレーズ 割合
1 丕緒の鳥  G Y M 131 1.5%
2 じぶり  G Y M 126 1.4%
3 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 96 1.1%
4 神々の乱心  G Y M 87 1.0%
5 うぶめのなつ  G Y M 84 0.9%
6 箸墓古墳 地図  G Y M 51 0.6%
7 壬申の乱 地図  G Y M 40 0.4%
8 小野不由美 丕緒の鳥  G Y M 39 0.4%
9 京都 寺町通り 地図  G Y M 37 0.4%
10 小野不由美 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 33 0.4%
11 美しいサイト  G Y M 32 0.4%
11 桜井茶臼山古墳  G Y M 32 0.4%
13 鍵善  G Y M 26 0.3%
14 ジオラマ 川  G Y M 23 0.3%
14 霜取りタイマー  G Y M 23 0.3%
14 丕緒(ひしょ)の鳥  G Y M 23 0.3%
14 アートスペース上三条  G Y M 23 0.3%
18 神々の乱心 あらすじ  G Y M 22 0.2%
19 ウブントゥ  G Y M 19 0.2%
19 じゃみのしずく  G Y M 19 0.2%
19 CPU 掃除  G Y M 19 0.2%
19 天地人  G Y M 19 0.2%
23 高齢者差別  G Y M 18 0.2%
23 貴志祐介 新世界より  G Y M 18 0.2%
23 明治村 遺跡  G Y M 18 0.2%
26 ケースファン 電源  G Y M 17 0.2%
26 セラミックグリス 塗り方  G Y M 17 0.2%
28 ジオラマ 水  G Y M 16 0.2%
28 Operation UNIT-CL  G Y M 16 0.2%
30 GA-G33M-D S2R  G Y M 15 0.2%
30 レスタト  G Y M 15 0.2%
30 オンボードRAID 設定  G Y M 15 0.2%
33 二十世紀少年 ネタバレ  G Y M 14 0.2%
33 篤姫 ジョン万次郎  G Y M 14 0.2%
33 三条大橋 刀傷  G Y M 14 0.2%
33 京都 ホットケーキ  G Y M 14 0.2%
37 佐野藤右衛門 地図  G Y M 13 0.1%
37 ジオラマ 滝  G Y M 13 0.1%
37 mublog  G Y M 13 0.1%
37 桑取  G Y M 13 0.1%
37 卑弥呼の館のジオラマ  G Y M 13 0.1%
37 アクリル PCケース 自作  G Y M 13 0.1%
37 是非もなし  G Y M 13 0.1%
37 ”ブックファースト京都店”  G Y M 13 0.1%
37 samurai z  G Y M 13 0.1%
46 長尾真  G Y M 12 0.1%
46 税所篤  G Y M 12 0.1%
46 長岡宮跡  G Y M 12 0.1%
46 じょうしょうこうじ  G Y M 12 0.1%
46 windows raid 設定  G Y M 12 0.1%
46 京阪 ダブルデッカー  G Y M 12 0.1%
46 xp raid 設定  G Y M 12 0.1%
53 柴本 幸 プロフィール 風林火山  G Y M 11 0.1%
53 mublog 谷口  G Y M 11 0.1%
53 森博嗣 Gシリーズ  G Y M 11 0.1%
53 ビザンチン帝国 nhk  G Y M 11 0.1%
53 天地人 評価  G Y M 11 0.1%
53 緩やかな丘陵上に位置し、 纒向遺  G Y M 11 0.1%
53 駅舎 模型  G Y M 11 0.1%
53 raid 自作  G Y M 11 0.1%
53 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 11 0.1%
62 ジオラマ 石膏  G Y M 10 0.1%
62 mac ubuntu  G Y M 10 0.1%
62 秀吉 家康 陣羽織  G Y M 10 0.1%
62 PCケース アクリル 自作  G Y M 10 0.1%
62 室町わくでん  G Y M 10 0.1%
62 On30  G Y M 10 0.1%
62 六条院 模型  G Y M 10 0.1%
62 石塔寺 滋賀  G Y M 10 0.1%
62 マキ向遺跡  G Y M 10 0.1%
62 windows xp raid  G Y M 10 0.1%
62 勝海舟  G Y M 10 0.1%
62 小松帯刀前夜  G Y M 10 0.1%
62 RAID 自作  G Y M 10 0.1%
75 HD 増設  G Y M 9 0.1%
75 能登半島 千枚田  G Y M 9 0.1%
75 卑弥呼の墓桜井市  G Y M 9 0.1%
75 京阪特急ダブルデッカー車両  G Y M 9 0.1%
75 酒船石  G Y M 9 0.1%
75 市川利勝  G Y M 9 0.1%
75 win xp RAID構築  G Y M 9 0.1%
75 甘樫丘  G Y M 9 0.1%
75 モンゴルの残光  G Y M 9 0.1%
75 時間の習俗  G Y M 9 0.1%
75 登喜和 ステーキ  G Y M 9 0.1%
75 MuBlog 今城塚古墳  G Y M 9 0.1%
75 山南敬助 堺雅人  G Y M 9 0.1%
75 モリログ  G Y M 9 0.1%
75 室町和久傳  G Y M 9 0.1%
75 秀吉 陣羽織 家康  G Y M 9 0.1%
91 自作ケース アクリル  G Y M 8 0.1%
91 アクリルケース 自作  G Y M 8 0.1%
91 河内大塚山古墳 工事  G Y M 8 0.1%
91 大政奉還 小松帯刀  G Y M 8 0.1%
91 陣羽織 秀吉 家康  G Y M 8 0.1%
91 皇居望拝之像  G Y M 8 0.1%
91 xp raid  G Y M 8 0.1%
91 cpuの掃除  G Y M 8 0.1%
91 アクリル pcケース作成  G Y M 8 0.1%
91 xp raid 構築  G Y M 8 0.1%

(3)ワード:1ヶ月分:MuBlogのみ

(↓単語へのリンクは保守用なので、使えません)

集計対象アクセス数:9,011
検索ワード 割合
1 丕緒の鳥 326 3.6%
2 京都 264 2.9%
3 地図 222 2.5%
4 自作 209 2.3%
5 天地人 164 1.8%
6 ジオラマ 157 1.7%
7 十二国記 142 1.6%
8 神々の乱心 133 1.5%
9 じぶり 126 1.4%
10 raid 117 1.3%
11 鉄道模型 116 1.3%
12 ubuntu 103 1.1%
13 風林火山 99 1.1%
14 うぶめのなつ 89 1.0%
15 アクリル 87 1.0%
16 小野不由美 85 0.9%
17 設定 84 0.9%
18 xp 81 0.9%
19 mac 78 0.9%
20 模型 76 0.8%
21 篤姫 74 0.8%
22 NHK 71 0.8%
23 箸墓古墳 68 0.8%
24 卑弥呼 59 0.7%
25 掃除 58 0.6%
26 写真 56 0.6%
27 森博嗣 55 0.6%
28 windows 51 0.6%
29 小説 49 0.5%
29 桜井茶臼山古墳 49 0.5%
31 家康 47 0.5%
32 秀吉 46 0.5%
32 壬申の乱 46 0.5%
34 明治村 45 0.5%
35 日立 44 0.5%
35 RAID 44 0.5%
35 陣羽織 44 0.5%
35 レイアウト 44 0.5%
39 松本清張 43 0.5%
40 インストール 42 0.5%
40 感想 42 0.5%
42 寺町通り 39 0.4%
43 usb 37 0.4%
43 prius 37 0.4%
45 CPU 35 0.4%
45 分解 35 0.4%
45 図書館 35 0.4%
48 新世界より 34 0.4%
48 古墳 34 0.4%
50 霜取りタイマー 33 0.4%
51 美しいサイト 32 0.4%
51 32 0.4%
51 修理 32 0.4%
54 HDD 31 0.3%
54 邪馬台国 31 0.3%
56 30 0.3%
56 nhk 30 0.3%
56 Nゲージ 30 0.3%
59 鍵善 29 0.3%
59 二十世紀少年 29 0.3%
59 ケースファン 29 0.3%
59 交換 29 0.3%
63 伏見 28 0.3%
63 ガクト 28 0.3%
63 しる幸 28 0.3%
66 27 0.3%
66 遺跡 27 0.3%
66 貴志祐介 27 0.3%
66 linux 27 0.3%
66 丕緒(ひしょ)の鳥 27 0.3%
66 MuBlog 27 0.3%
72 ウブントゥ 26 0.3%
72 PCケース 26 0.3%
72 ビザンチン帝国 26 0.3%
72 TOMIX 26 0.3%
72 冷蔵庫 26 0.3%
77 mublog 25 0.3%
77 ホットケーキ 25 0.3%
77 ハードディスク 25 0.3%
77 登喜和 25 0.3%
77 25 0.3%
82 cpu 24 0.3%
82 あらすじ 24 0.3%
82 アートスペース上三条 24 0.3%
82 24 0.3%
86 鉄道 23 0.3%
86 佐野藤右衛門 23 0.3%
86 PC 23 0.3%
86 ネタバレ 23 0.3%
86 昭和の鉄道模型をつくる 23 0.3%
91 歴史 22 0.2%
91 ケース 22 0.2%
91 京阪 22 0.2%
91 酒船石 22 0.2%
91 作り方 22 0.2%
91 百万遍 22 0.2%
91 XP 22 0.2%
91 ノート 22 0.2%
91 電源 22 0.2%
91 macbook 22 0.2%

(4)アクセス地域1ヶ月分:MuBlogのみ

(↓総アクセス30%(4233/13926)程度が地域判別できます)

集計対象アクセス数:4,233
都道府県 割合
1 東京 1,016 24.0%
2 大阪 500 11.8%
3 京都 306 7.2%
4 神奈川 271 6.4%
5 愛知 236 5.6%
6 埼玉 159 3.8%
7 千葉 140 3.3%
8 福岡 136 3.2%
9 兵庫 116 2.7%
10 静岡 112 2.6%
11 茨城 100 2.4%
12 長野 80 1.9%
13 北海道 72 1.7%
14 宮城 68 1.6%
15 三重 65 1.5%
16 奈良 52 1.2%
17 栃木 51 1.2%
18 岐阜 49 1.2%
19 岡山 47 1.1%
20 新潟 46 1.1%
21 広島 40 0.9%
22 福島 39 0.9%
22 滋賀 39 0.9%
24 群馬 37 0.9%
25 鹿児島 32 0.8%
26 和歌山 28 0.7%
27 大分 27 0.6%
28 福井 26 0.6%
29 岩手 25 0.6%
30 富山 24 0.6%
31 山梨 23 0.5%
31 長崎 23 0.5%
33 青森 21 0.5%
33 熊本 21 0.5%
33 高知 21 0.5%
36 香川 20 0.5%
36 山口 20 0.5%
38 秋田 19 0.4%
38 石川 19 0.4%
40 愛媛 17 0.4%
40 沖縄 17 0.4%
42 徳島 15 0.4%
43 山形 14 0.3%
43 鳥取 14 0.3%
45 島根 11 0.3%
45 宮崎 11 0.3%
47 佐賀 8 0.2%

(5)検索サイト1ヶ月分:MuBlogのみ

(↓エンジンへのリンクは保守用なので、使えません)

集計対象アクセス数:9,011
検索サイト 割合
1 Google 5,750 63.8%
2 Yahoo 2,618 29.1%
3 goo 294 3.3%
4 BIGLOBE 283 3.1%
5 Excite 25 0.3%
6 @nifty 22 0.2%
7 livedoor 9 0.1%
8 Infoseek 7 0.1%
9 CEEK.JP 1 0.0%
9 Hatena 1 0.0%
9 Ask.jp 1 0.0%

| | コメント (0)

2009年7月12日 (日)

NHK天地人(28)交渉人・直江兼続は伊達政宗と同時代

承前:NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼

 交渉人という言葉を思い出しました。
 兼続さんは諸国の騒乱をまとめるために、犯人側(笑)と話し合って、穏便な投降に導く交渉人のようでした。

 交渉相手の、今夜の伊達政宗さんは、昔の大河ドラマ主人公時代とちがって、だいぶ悪逆非道の雰囲気でした。たしかに信長に通じたキャラ付けですね。大河ドラマ時代で記憶に残ったのは、800人撫で斬りの話でした。今夜の政宗さんならやりかねないと納得しました。会津の芦品攻めの時だったのでしょうか?

 今夜もホームドラマを折々に挿入して、兼続がどんどん天下仕置きに絡んでいく姿が描かれておりました。兼続の若き義母の振るまいが面白かったですね。兼続のお父さんの後妻のことです。ちょっと天然なところも、髪型と重なって雰囲気がよくでておりました。お父さんが息子の嫁(お船さん)を心配しすぎ、可愛がりすぎると、泣き顔になっておりました。~お父さんの「お船どのは、おまえよりも年かさだから、初産を心配しておるのじゃ」というセリフに笑ってしまいました。

 相変わらず徳川さんは、ゆうゆうの政界観察です。しかしながら、このごろ大河ドラマ、何代もの主役や脇役が、かならずクルミを手で擦る所作が目につきますが、あれは流行りだったのでしょうかね。私も、クルミを掴んで職場に行って、会議の間中手の中で擦り合わせて不気味な音でも出しましょうか。擦るたびに、シーンとなったら効果覿面ですな。

 米澤の伊達政宗、会津の芦品、越後の上杉、小田原の北条、そして岡崎・三河の徳川。
 たしかに、関ヶ原の10年前はまだ天下は混沌としていたようです。天下統一とは都に住まい、大坂に城をもっても、実質的にはまだ不安定だったのでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年7月11日 (土)

小説木幡記:2009/07/11(土)今朝の芭蕉で、余も考えた

 例年になく定例の「夏期論文」を早めてきた。昨日も『芭蕉/保田與重郎』に現れた用語の分析と、その荒い分類を考えていた。
 その結論はおくとしても、速度を上げてきた事情がいろいろある。それをメモして後の世に、今の姿を思い出す手引きとしよう。

夏期論文ができるまで
 基本的に、夏期論文は年度末のうちに方針を定め、必要な準備はしておく。新年度が始まった春先から連休明けには対象テキストを熟読してしまう。これは年次によって負荷がことなる。たとえば2006年の場合、『萬葉集の精神』は原稿用紙1000枚の長編評論だったので相当に難渋した。現代人の余には、サンスクリット語で記された経典を読むような趣だった。

 そのあと例年、6~7月の間はメモを造る程度で、8~9月の二ヶ月かけて一挙に本文の詳細な分析、解釈、意味づけを考え、同時に可視化するための(プログラミングを伴う)操作をし、草稿80枚程度をかき上げて約一週間放置する(寝かせる)。そして9月末の最後の一週間で一気呵成に論文の体裁に仕上げる。
 論文書きに夏の二ヶ月が長いのか短いのかは、他と比較したことがないので良く分からぬ。ただし、この二ヶ月は週に4~5日間、閑散とした葛野にでかけ、日々実質8時間を費やしている。その間キャンパスは無人に近いから、ほとんど人とは話しせず、夕方になると大抵ひとりごとを言っている。(もちろん、電話など鳴ったためしがない)

 「なんか、おかしい」
 「ほぉ、そうなんかぁ」
 「わかった!」
 「いや、やはりこれじゃ駄目だ」
 「しまった。やり直しだ」
 「しかたない」
 ~
 テキストを分析し、可視化し、解釈するのは「小説」のように空想ではできないから、一つの問題が発生するとその意味を考え、再試行に時間がかかる。
 夏期論文は、この十五年程度そうやって仕上げてきた。夏の間だけでも、こういう時間が取れてきたのは、終日論文書きの生活をしていても咎められないという、職業上の性格がある。

 ただし、文学とはもともと夏炉冬扇(かろとうせん:夏の暖房、冬の冷房)と言って、世間一般の用不用、儲かる儲からない、社会に寄与するのか、という直接的利害関係を持ち込むと、立場が非常に弱くなる。だから二ヶ月の間、間歇的に強鬱に落ち込むことがある。
 「論文書いていて、世間から咎められないとは言っても、余は一体何をしておるのじゃろう。一体、何の益を余や大学や世間にもたらすのだろうか?」という、深い深い内省に襲われてきて青ざめるわけだ。

なぜ、速度をあげたのか。
 今年は、表だって咎められなくとも、これまでのような夏の桃源郷は望めないと、カン働きがあった。世間の風潮としては「船が沈みかけ、家が燃えているのに、論文書きでもないだろう!」という、古来からの言い伝えが一段と激しさをましてきておる。その中で例年のように豊かな学究生活をするのは無理というものだ。

 しかし、夏炉冬扇とはもうしても、それが生きる支えになってしまっておるので、早々に退却しては、今度は生きる屍になってしまうのは、論理的帰結としてまざまざとイメージできる。おそらく生きる支えを無くすと、別の支えを求めるものじゃ。それは負に傾く。ひたすら攻撃し、人の粗を見付け論破し、建設の装いもって破壊の快感に走ってしまう。すなわち精神的荒廃をもたらす。もちろん今の日本、世間一般がそうなのだから、それに身をそわせることで収支決算、帳尻を合わせる衝動なんじゃろう。長いものに巻かれる、付和雷同、バスに乗り遅れるな、とまるで時代が遡る。

 それではならじ! と余のかすかな理性がつぶやいた。
 不易流行。この不易をみつけなくては。
 そして。
 工夫しなくては。
 ~

もう一つの道
 と考える間に、別の思惑がもたげてきた。
 夏期論文を早めに仕上げて、「二階建て鉄道図書館列車」世界をもっと充実させよう。特に「邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ」は、一年たってもまだ発泡スチロールのままである。しかし、これを完成させるには夏期しかない。広い部屋(屯所capricornus)に持ち込んで、水性アクリルの華やかな色を飛び散らかして、石膏液やボンドをそこらじゅうにぽたぽたふりまいて、ついには、色粉が空気中にとびかい、発泡スチロールを焼き切る異臭がする、そんな重度の開発は、無人の夏しかできない脳。
 ~
 そうそう。
 新しい委員会仕事も、世間が海外旅行や温泉や、昼寝で休んでいる暇に、しっかりこつこつ整理しておこう。怠け者の節句働きなり也。

 夏の工夫なのか、別の地獄招来なのか、よくわからぬが、今朝芭蕉の生涯を考えていて、そんな風に思った。
 今年ほど、芭蕉の偉さやすごさが余の内奥まで降りてきたことは、かつてなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 9日 (木)

小説木幡記:2009/07/09(木)ソニック・イエローと瞑想

 昨日は水曜日だった。
 一時間目には、メディアとしての図書館史を講義した。授業の中でも好みの科目なので、そろそろ半期終わりに近づくと「無事終わりそうだな」と一安心する。
 部屋に戻ると、すでに、締切には遠い、事前の課題草稿が届いていた。しっかりしていたので安心した。返事をすぐに出しておいた。

 上階の資料室にいくと、秘書さんが「お荷物、届いていました」と知らせてくれた。
 部屋に戻り開封した。

 KATO社製のNゲージモデル、JR九州の特急、883系ソニック・黄色、五両編成だった。
 空腹だったので、ソニック・イエローをそのまま机上において、極早朝に買っておいた冷麺を、まず食した。

 旅行する習慣がないので、実車は見たことも乗ったこともないが、見ているだけで吸い込まれそうな、この世のものとは思えない斬新なデザインだった。幾つかの受賞をしたらしい。

 邪馬台国周遊図書館ジオラマにのせて、スイッチを入れた。何度か周遊させてモータを慣らし、やがて最高速度にした。
 そして、気がついた。
 ソニックは何のためらいもなく、急カーブをこともなく通過した。
 本当は、必ず脱線するはずなのに、そのままなんの苦労もなくカーブを通り過ぎていった。
 急カーブでの車体の姿が、いつもと違って見えた。
 !!
 思い出した、振り子機能内蔵のNゲージ。
 あわてて説明書を開いて読んだ。
 「 車体を傾斜し実車に迫る迫力感あふれる曲線通過シーンをリアルに再現する“振り子機構”を採用」
 これだったのだ。
 現代のモデルは、実車の機構を小さなNゲージ車両に組み込むほどに、精密なのだ。

 時計を見ると12時半前になっていた。肩に力をいれて振り子機能のソニック・イエローをながめていたからか、急に眠気を催したのでソファに横になった。

 遠くで電話が鳴っていた。
 自分の部屋の電話だった。
 「先生、会議が始まりました」と、秘書さんの声だった。30分間、知らぬ間に眠ったようだ。寝たりなかった。この一ヶ月のことが、わずか30分の熟睡で取れるはずがなかった。

 それから、夕方6時過ぎまで、延々と三つの会議があった。休憩時間は10分ほどだった。
 再び部屋に戻ると、目も肩も腫れていた。
 ソニック・イエローを再び走らせた。えも言えぬ走り姿だった。すぐに瞑想に入り込み、やがて腫れが融けていった。

 殆ど入手不可能だった883系ソニック・イエローをなんとか手にしたのは、偶然にすぎなかった。模型としても名機だけあって、春先以来のきなみ「入手不可」「在庫ゼロ」だった。梅雨も終わりの頃に、なんとか祈るような気持で在庫問い合わせをし、「有り」が返ってきたのは執念のたまものなのだろう。

 途中のネット記事で、この秋にはブルーメタリックの7両編成がリニューアルされるとも気付いたが、余はこの「イエロー」が必要だったのだ。

 さて。
 883系のデザインは、ドーンデザイン研究所(水戸岡 鋭治)と知ったのは最近のことだった。昨年図書館の司書さんから薦められた一冊の図書が始まりだった。その時は、そのデザイン本の中身が実は実車としてJR九州で走っているとは知らなかった。狭い車両にみたことも経験したこともない別の異空間が演出されていた。外も中も空想的に見えるほど、目新しかった。
 余はそこに、未来の図書館列車の原型を見た。

 それがJR九州の特急として存在していると分かったのは、このKATO製Nゲージ:883系ソニック・イエローの写真をネットで見かけたからである。どうやら、余はモデルから実世界を眺めるようになっていたのだ。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

目次:高台の図書館(ジオラマ|レール・レイアウト)

1.高台の図書館:鉄道図書館(1)基盤
2.高台の図書館:鉄道図書館(2)試験走行→DD51+ED790(Nゲージ)
2.1 参考:国鉄時代のレールバス:キハ02形レールバス(TOMIX)
3.高台の図書館:鉄道図書館(3)ジオラマの石膏固め
4.高台の図書館:鉄道図書館(4)下塗り(アクリル・クリア)
5.高台の図書館:鉄道図書館(5)塗装と色粉(パウダー)
6.高台の図書館:鉄道図書館(6)前方後円墳・周濠(池)に水を張る
7.高台の図書館:鉄道図書館(7)レールレイアウト仮設と試運転
8.高台の図書館:鉄道図書館(8)第一期完成

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小説木幡記:2009/07/07(火)四方山話:Jたちの異世界

 最近、ご隠居さんが葛野に来てくれた。
 なんの用かはたずねもしなかったが、それは後で分かった(taurus)。小一時間にも満たないわずかな間に、余はそばにいるJたちの異世界ぶりをまざまざと知らされた。人間、いくつになっても未知の世界はあるものだ。

 そうそう、みやげに「麦代餅(むぎてもち)」とかいう京都の伝統和菓子をいただいた。三つあったので、それぞれで二つ。生ものなので、屯所の連中に下賜せんと思って廊下に出たら、電灯が消えていた。三人もいたから、一つをどうやって分けるのか、分数を知らない世界もあるから、心配したが杞憂じゃった。
 ご隠居が帰ったあとで、残りをまたいただいた(笑)。

1.結婚よりも結婚式がしたかった
 男達の中で、和風の紋付き・はおり袴か、あるいは燕尾服(古語じゃね)となにかしらヨーロッパ調の衣裳をきて、「結婚式」に出たいと思っている者がおるのだろうか? 居るとしても、数パーセントと思う。花嫁にあわせてお色直しに付き合うのが、たまらないほどしたかった、と思う男がいたら、余はいささか目点。まず、余の知り合いで、そんな男はいなかった。

 ところが。
 ところがである。相当に知的で世間流行にむざむざと乗る様には見えない倶楽部秀才、某御隠居の中には、好みの男性と結婚するのは二の次、三の次、……。実は「結婚式」をあげたかった、華麗な花嫁姿をしてみたかった、という方がいるという噂を耳にして、「うっそー!」と、余は悲鳴を上げた。

 そうなのだ。
 やはり男とJとは違った感性でこの世を生きておる。この違いは異文化どころのさわぎじゃない。まず、別世界だねぇ。そういえば。だからこそブライダル産業はかくも華々しくJ達の心をとらえ、にぎわっておるのじゃろう。

 あっ!
 また別件を思い出した。世の中の奥さん達の中には、ひそかに、「喪服を着て、未亡人姿を若い内にしたかった」、という願望があるともどこかで聞いた。
 これもねぇ。男達の中で、喪服着て、喪主になりたいと願望を持つ者はおらぬ蛇老。いるのかなぁ~。

2.腐Jの研究
 じつは。腐Jとか腐男子とかの用語の定義がよくわからなかった。
 餅を食べながら、

 余 「その、腐Jとかちゅうのは、どういう連中なんじゃ?」
 御隠居「ええ、それは、まあ、……」と、もじもじ。
 余 「恥ずかしがらずともよい。余も知っておきたい、言うてみい!」
 御 「先生の年代ならオタクと言えばわかりますよね?」
 余 「うむ。なんとなく、くら~い連中のことだね。暗いのは陰影があって好ましいが、不気味なのは困るなぁ」
 御 「オタクに近いわけですが、腐Jは単に暗いわけじゃないです」
 余 「だから、真っ昼間みたいに明るいのは、興味がわかないよ。腐Jの定義を聞かせてくれ」
 御 「定義と言われると、頭がまわりませんが、実例には事欠きませんよ」
 余 「ほぉ。サンプルがあるのか?」
 御 「ええ、……」
 余 「何をためらっておる。言うてみいや」
 御 「実は~、今は存じませぬが、この名ある葛野図書倶楽部2001のそうそうたるメンバーの、約30%は強度の腐Jですね。そのうちの数パーセントは真性です」
 余 「ぎょえ。し、しかしなあ、腐Jって最近の用語じゃないのか?」
 御 「世間が遅れていただけで、そもそも、この倶楽部は腐Jがコアになっておりますねぇ、歴代」
 余 「う~っつ。も、もしかしたらその3割に、君も含まれておるのか?」
 御 「ええ、世間一般の話としては、私めもかすっていますね。でも真性腐Jとまでは、……」
 余 「その3割の中の、さらに中核と言える御隠居とは、一体誰なんじゃ」
 御 「ナイショですよ、先生。私めの口から漏れたとなると、お付き合いを破棄されますからね」
 余 「おおよ。言わない言わない。聞かせてくれぇ」
 御 「ほら、同期のあの子とか、先輩の~、あるいは後輩のあの子とか、最近では、……。まさしく真性ですね」
 余 「う~む。う~む。そうだったのかぁ。しかし、30%も居たとはしらんかった。そうか、あの者らが現代腐Jの代表格やったのか。ああ、知らなんだ。気付かなかった。怖いねぇ~君ぃ」
 御 「そりゃ、気付かれないようしている子が殆どですから。世間には、腐Jを極端に嫌う人も大勢おりますし。魔女狩りにあいそうなことも、あるわけですよ」
 余 「うん?」
 御 「腐Jたることを隠すのが、最低限のマナー、慎みですよ。生きる道。就活とか婚渇ではタブーですね」
 余 「おお、連中苦労しておるんやなぁ」
 御 「……」と、下を向く。「だから倶楽部に居着くのです。御隠居になっても、ここの空気を時々吸わないと窒息しそうになります」
 余 「そうか。そういえば、今年はその兆候が見えぬが、昨年などは、その事例にあわせると、60%がそうだったなぁ」 
 御 「そうでしょうね。葛野blogやTruthを読んでいると、そういう雰囲気でしたよ。年次で濃淡もありますし」
 余 「わかるのか?」
 御 「ええ。血は血を呼ぶものです。もちろん隠しおおせた年次もありますし」
 余 「そうか。心しよう。しかし、顧問の余は極端な偏向偏執もないから、倶楽部も安泰じゃ」
 御 「ほほほ」
 余 「なぜ笑う」
 御 「腐男も腐Jも、人と話すときは、大抵、そうおっしゃるものです」
 余 「なんだとぉ?」
 御 「この倶楽部はもともと、そういう先生と一緒にあれこれやってきたのですから、それこそ血は血を呼ぶのたとえそのもの。先生、逃げられませんよぉ」

 そんな葛野劇場の一幕があった。
 しかしながら余はいまだに、腐Jのことが良く分からぬ。少なく見積もっても、御隠居達の半数はなんらかの感染をしておるようじゃが、それが現代Jの確率的属性なのか、倶楽部の属性なのかは、まだ分析がたりぬ。また、暇になったら、考えてみよう。ともあれ、今期はこれまでになくまともな倶楽部じゃ。安心aries

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 5日 (日)

NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼

承前:NHK天地人(26)景勝の遺言

与六(兼続)と与七(実頼)
 もともと兄は樋口与六で、弟は樋口与七でした。お父さんは「樋口惣右衛門」。兄と弟の年齢差はみたところ二、三歳でしょうか。
 ところが青年期になって、二人とも入り婿して、兄は直江兼続(妻夫木聡)として若き家老になります。弟は小国実頼と名乗り、今夜は小国あらため大国実頼(小泉孝太郎)となりました。

 兄弟で上杉景勝(北村一輝)に仕えてこれまで過ごしてきましたが、兄・兼続の圧倒的な名声、実力、上杉家への貢献にくらべると、その影にいた弟・実頼は表だった武勲・貢献が目立たないわけです。

 想像するに、実頼ひとりなら、幼少期から兄の姿を見ていますから、「兄がえらいのはあたりまえ」「兄に頼んで上杉景勝の直臣になれた」「兄のおかげで、いろいろな仕事をさせてもらえる」と、感謝の念が深いと思います。次男坊の気楽さも、味わっていたはずです。
 しかし別の家の名代を嗣ぎ奥さんを持つと、その両親とか、奥さんとか、家臣への、なにかと難しい心の動きがでてくるわけです。これも仕方ないです。兄に対しては次男坊烏の気楽さがあっても、婿入りした家に対しては、当主の立場ですから、気楽に過ごすことが出来なくなります。

 さて。そこで今夜は、兄弟喧嘩。実頼は兄の考えや深謀、物事のとらえ方、生き方をはっきりと鮮明に、鋭く見ることになるわけです。

見どころ
 秀吉が景勝名代の小国実頼を聚楽第でたらしこむのが上手でした。秀吉の人たらしの上手さは、あまり嘘をつかない、相手の気持ちをよく理解し、そこをずかずかと踏み込み褒めちぎるところにあると思いました。

 なんだかんだと言っても官位を授かるのは大名にとってはものすごい栄誉です。その秀吉の官位は、このときは太閤さんになる少し前ですから、従一位関白太政大臣だったのでしょう。だから天皇に代わってというか、名代として出したのでしょうね。殿下と尊称を受けていましたから、相当な高位です。

 従五位下とはいえ、官位を上杉家の家臣でありながら授かったのですから、実頼が変になるのは当たり前です。一種の官打に近いですね。この場合は、実頼をほめあげて打つのではなくて、上杉家の分裂を計っていると感じました。

 その時の口説き文句が、二番手としての心の鬱ボツを、自身が信長麾下にあったとき、どうしても明智光秀を超えられなかったという思いにたくして、兄・兼続の偉大さに隠れる実頼の苦渋を察した口ぶりでたらしこむわけです。それは、嘘ではないわけです。そして官位も嘘ではないわけです。だから秀吉は、人の心を自由に操作した優れた政治家だったといえるわけです。

 もちろん、それに対して、兼続は怒ります。
 救われるのは、再び景勝、兼続、実頼が上京した際、実頼が兄からの自立を兼続に頼み込むところですね。

今夜のおもしろさ
 45分間。分かりやすく、それぞれの心のひだの陰影を味わえました。
 淀君は、なにかしら華やかでした。
 小国実頼の奥さんのキツサには、みていてわらけてきました。あんな風に責められると、私なら夜逃げしますねぇ~あはは。
 源氏の名家・小国とか、その後の大国家のことはまだ私も調査不足です。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

高台の図書館:鉄道図書館(8)第一期完成

承前:高台の図書館:鉄道図書館(7)レールレイアウト仮設と試運転

 先回(7)でレールを敷いて試験走行をためして、うまく行きましたから、その後でレールを発泡スチロール用のクリアボンドで固定しました。道床に添わせて両側にボンドをたらし込んでいくわけです。
 今回はレールの最終調整をした後、残る隙間に紙粘土を埋め込み形を整え、砂をレールに敷いたり、色粉を地面にまいたりして、地面らしき物を整形してみました。工作の詳細は、各縮小写真をクリックしてください。

 今回を第一期工事の最終としましたので、初回(1)を探してみると、2008年7月30日が始まりでした。こんな小さなジオラマ(30X60cm)でも一年かかってしまったわけです。最初の方の石膏荒削り・砂漠の遺跡のような風情が懐かしいです。

 本来なら二、三週間で完成する規模ですが、不慣れなことと、他にも種々のジオラマを手がけてきたので、一年間もかかったのだと思います。

 出来映えはと聞かれると、最初の最初に造った別のジオラマ(60X90cm:嵯峨野鉄道図書館)の方が良いと感じていますが、この「高台の図書館」は小さい中に前方後円墳などを織り込みましたので、第二期工事とか、他のジオラマに発想は継承されていく予感もして、これでよいと決心し、公開するにいたりました。

DE10(樽見鉄道TDE10黄色)とソドー島郵便車(機関車トーマス世界)
  TOMIXのNゲージ車両
Bimg_5112


↓ (1)残った調整:地面の整形

 大体の造形はすでに~「高台の図書館・鉄道図書館(7)」で終わっているわけです。それが2009年1月のことでしたから、最後の調整にはいるまで半年も怠けていたことになります。

 ここでは工作の詳細は省きますが、建物の隙間などに紙粘土を詰めて整形しました。レールの周りにはボンドと砂を混ぜたものをスプーンで撒きました。さらに以前の色に追加して、ボンド液に色粉を混ぜて地面にまきました。

 この方法はまことに粗っぽい手法で、以前私が開発したものです(笑)。しかし手間暇を惜しむと、それだけの結果しかもたらさず、悲惨とはもうしませんが、現実のレール風景とも地面風景ともまったく違った、独自な世界が残りました。独自さは良いのですが、ボンド水溶液は白濁していますので、作業中は結果が読めないのです。翌日乾いた姿をみて、愕然とします。総じて、まだら模様となっておりました。

 しかし当面、この方法を使い込む予定です。こうなると、意地と言うのでしょうね。ですが、心の自由度は充分に残ります。

No.08-01 レール貼付けと砂・粉ねりあわせ
No.08-02 紙粘土で建物を固定
No.08-03 高台の農家も紙粘土で整形
No.08-04 砂利(砂)のボンドあえ
No.08-05 レールに砂利撒き
No.08-06 レールに砂利撒きの終わった全景

高台の図書館:纒向号とED79-100
    TOMIXのNゲージ車両を改造(MuBlog記事
Bimg_5087


↓ (2)このあたりで手を打った第一期工事

 白濁したボンド水溶液は乾くと透明になって下地や色が浮かんできます。全体の雰囲気は以前から頭にあったイメージとは大いに異なります。大抵は、頭の中ではもっとすっきりした、綺麗な印象なのです。しかるに現実はこれこのとおり。ここで主観と客観のずれを味わうわけです。ただし、全体構造は、前方後円墳の形状以外は、実はイメージのままだったのです。私は、このような景色のよい、前方後円墳と周濠を見渡せる高台の図書館を造りたかったのです。モデルはその意図とおりとなりました。もちろん、まだら模様ですが。

 節を曲げた設計変更は一点あります。
 当初、このジオラマは全方位から観察できる作品に仕上げる予定だったのです。どこから見てもそれなりの情景が浮かんでくる物を目指しておりました。しかし、実際には正面と左右面だけで意図を達成し、裏面は諦めました。たとえば農家は、裏面に正面があったのです。プラットホームの向きは、周濠の真上に位置する予定だったのです。

 立体物だからこそ、どこから見ても様になるものがあってよいと考えてきましたが、どうしても「裏」を使わないと、全体がおかしくなってしまったのです。逆に、この「裏」を使うことこそ、裏技の極意と達観した次第です。

No.08-07 乾いた後の大階段とレール
No.08-08 それなりの高台駅と農家
No.08-09 正面:高台の駅と農家
No.08-10 隠し支線の情景
No.08-11 裏の情景
No.08-12 駅裏の情景

高台の図書館に停車する愛宕号(二階建てトロッコ鉄道図書館列車の初号)
  あたご1号:KATO製、あたご2号:TOMIX製(MuBlog記事
Bimg_5115


↓ (3)高台の図書館と、様々な図書館列車

 さて、以下はこれまでもお見せしてきた様々な情景を、再度あたらしい色遣いの中で御覧に入れます。以前の写真との違いは殆ど分からないと思いますが、着実に変化はあるのです。

 写真の図書館列車は20m級の二両連結(牽引車と合わせると3両編成)ですが、この半径14cmを常用したミニジオラマでも、それらは比較的高速に安定して上り下りします。さすがに、試験走行でも縷々述べましたが、牽引車は制限が強いです。急坂ですから充分な登坂力を持ってしかも急カーブを曲がれる牽引車となると、機関車は限られてきます。

 また、地面の色が砂漠風ですから、車両はできるだけ派手な原色が似合うとも思いました。巻頭にあげたTOMIXの樽見鉄道TDE10黄色と、きかんしゃトーマスの赤い郵便列車は、存在感があります。後者を図書館列車に改造すれば、ぴったりの車両編成となることでしょう。

No.08-13 三層のレール敷設
No.08-14 高台の農家の裏姿
No.08-15 横からの俯瞰写真:前方後円墳周濠
No.08-16 横からの俯瞰写真:大階段
No.08-17 高台の図書館と「会議研究列車」
No.08-18 高台の図書館と「愛宕号」
No.08-19 支線に隠れたDE10(樽見鉄道TDE10黄色)
No.08-20 「高台の図書館」を見上げる
No.08-21 大階段の新趣向


↓ (4)第二期工事に向けての課題

*ジオラマ(レイアウト)細部
 大階段だけでも、初期のイメージ、明日香・酒船石(北方)遺跡の大階段を再現したいです。それには、薄いグレーを塗ればなんとかなると思うのですが、これまで二度、三度と調整する度に初期の石膏仕立てがますます悪化して、苦い想い出があるのです。いつか、なんとかすることでしょう。

 レールの敷き砂利も丁寧にすれば見栄えがよくなります。TOMIXレールの道床部分にも砂を均一にまいて仕上げた事例を知っていますから、手を入れる余地はあります。

 自慢の前方後円墳は、これは「邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ」で本格的な箸墓を造営しますから、それまでの小手調べということです。現状では、これを前方後円墳と看破するひとは、十人に二人ほどでしょう(笑aries)。

 周濠の水模様は、始めて熱溶解性の樹脂を使って泡だった苦い経験から、次回に試みるときはもう少し上手にするつもりです。このジオラマでは現状維持とします。

 高台の図書館そのものについては、記号としての図書館で、この建物(TOMIXのペンション)で行くつもりです。しかし電灯をセットしたり、柵を作る余地は残っています。柵がないと人が周濠にずりおちそうな雰囲気です。

 樹木がまるでありません。友人達の感想では木々があった方がよいとのことでしたので、考えてみます。そういえば、酒船石の周りにも木々が茂っておりました。

*似合った図書館列車
 以前の第7回ではさかんに「モンスター電気機関車EH500」を走らせていましたが、落ち着いて考えてみると、このジオラマにはもう少しお似合いの図書館列車を作る必要があります。

 写真でも少し紹介しましたが、牽引車はDE10(樽見鉄道TDE10)タイプの大きさがよいと思っています。実車諸元を見ていると全長が14mで重量65トン、馬力は1250~1350馬力あるようです。これで、現実の京都市「嵯峨野トロッコ観光列車」は、5両を編成していましたから、充分な力もあります。この実車をリチウムイオン電池車に改造したものを想定しています。

 図書館列車は機関車トーマスの郵便車が、大きさといい、雰囲気といい、ぴったりだと思いました。これを二両連結して書庫と閲覧室を設けるか、あるいは車掌車を付けて司書室にすれば、雰囲気的に溶け込むと考えています。

*生涯学習館としての「高台の図書館」
 これは特に地域の人達、老若男女が収入や立場や年令にかかわらず、図書(館)の世界や景観をいつでも楽しめるように考えてみたものです。
 景色の良い高台に図書館を置くのは良いことですが、アクセスに困ります。自動車がなくても、バスがなくても、安定したレールがあれば、いつでも図書館に通えます。しかも、列車の中でも読書ができます。そういう未来の生涯学習館・高台の図書館を目指しているのです。

高台(7)←続く→高台(目次)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 4日 (土)

小説木幡記:2009/07/04(土)鉄道図書館列車・ジオラマの後始末

 今日は7時過ぎに葛野着、じっくり珈琲。
 そのあとたまりにたまった授業関係仕事を、息詰めて午後までやった。
 昨日までは委員会仕事が複雑で、日常の準備が出来なかったが、約一週間の息抜き時期にやっと入った。

 午後しばらくして、たまりにたまった教材研究「鉄道図書館ジオラマ」の後始末をいくつか手がけた。

1.高台の図書館
 3月の年度末には完成間際だったが、どうにも「地面」の色合いがうまくいかず、手をこまねいていた。午後になって、諦めて、砂をまいて明るい色をまぶして、第一期完成とした。
 たったの、小一時間ですむ仕事をなぜ数ヶ月もおいておいたのか。~それが、人間というものやろうのう。
 これは後日に、記事を公開予定。

2.嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(レイアウトとも、世間では言うらしい(笑))
 本日から第二期に入った。8月にオープンキャンパスで展覧するので、少しは調整しておかないと、と思ってこれも小一時間。昨年夏以来、見た目にはあまり変化がない。

*自動往復運転を、ワイヤー埋め込みを含めてジオラマにセットした。これは、モード1の単純往復なのだが、……。実は、外周と内周とをダブルスリップポイントで結び、それぞれの終端を延長し駅図書館を設定しておるから、実に奇妙な動きを見せてくれる。慣れた人でないと、その自動往復運転のパターンを理解するのに、約10分はかかる(笑)。

*学生たちから「カビのはえたような川」と言われた保津峡を少し修正。青と緑と黒と白とを混ぜずにぺたぺたと川面にぬりたくり、乾くいとまもなく、常温流し込みタイプの水表現どろり液体を上から注いだ。
 月曜になって、保津峡がどないなことになっておるのか、お楽しみ。(乾燥しないと分からない)

*半径14㎝のミニカーブレールでS字パターンを造っていたが(やむにやまれぬ仕様。そうしないとレールの終わりを接続できなかったから)、それをあっさり壊して、半径24cmの単純カーブレールに変えた。試験走行では安定感がまして、DD51なども上手に走るようになった。
 しかし、レールを引きはがしたあとが醜くくなったので、紙粘土で補修して、翠と黒とをぺたぺた塗って、砂をまぶしてボンド液をかけた。

3.山裾の図書館
 屯所の天井にかたづけていたのを、夕方におろしてきて、携帯用動力源を用いて、走行を確かめたみた。充電タイプの電池を8本も使うので、AC100V電源と変わりはないが、なんとなく弱々しい走りじゃった。

 なかなか、少し時間があっても、つまりは積み残したことを整理整頓補修するだけに終わり、人生とはこういうものかと、ため息ついた。
 また来週からはキツイキツイ会議日がはじまるのう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月 2日 (木)

小説木幡記:2009/07/02(木)早朝の備忘録:俳諧と列車群

1.俳諧と俳諧
 保田與重郎『芭蕉』を読み終えて半月以上一ヶ月ほど経った。その間、テキストを並行して触っているがなかなか進まない。事情は、過酷校務で心身が怒りと疲労とで参っておるからだ。などと、~柄にもない。

 考えあぐねているのも事実だ。
 無視する方向で行こうとも、なかば思っておる。
 つまりは、こうだ。
 テキスト中に「俳諧」という用語が頻出する。同一文に複数回出現することもある。以前は、特に20代に読んだ頃はまったく気がつかなかったし、そのご数度読んだときも覚えていない。今回、気になってきた。

 俳諧には、おもろい、滑稽、洒落の意味がある。そして同時に、芭蕉などの造った短詩そのものも指す。もともと俳諧・連歌という諧謔味あふれる短詩として生まれたのだから、滑稽さがあって当然。その俳諧を残したまま、如何にして芭蕉が蕉風・正風ともいえる俳諧を確立したのかという、歴史的認識を論じた文章なのだから、俳諧が俳諧となる不思議な文が成立する。

 これは、自然言語処理をするには手に余るのう。余の場合はその処理の入り口で、手技が主になる分析手法だからまだ楽だ。とは言っても、難しい。これは言葉の多義性と呼ぶのか。あるいは曖昧なのか、はたまた余情なのか。一口では言い切れない。

 文章は、読む年令、受容度、心性傾向によって解釈が異なってくる。それを文章の骨組み段階で解析するのが余のとった方法論である。しかるに、文章の基底で俳諧が俳諧となる用例に直面すると、顔色が変わる。今年の夏は少し気楽と思っておったが、これでは近来にない「重い夏期論文」になりそうだ。

 一難去ってまた一難。ふぅ~。

2.気鬱と疲労と、余の「一人怒り」
 葛野では前期2科目の演習が終盤にさしかかり、受講生達がなんとはなしに気鬱あるいは殺気だっておる。助勤たちも、顔色にはださないが、いろいろあろう(笑)。初夏の助勤会は日程調整をすませたが、そんな「ご慰労」で終わりとは思っていないtaurus。まだ、オープンキャンパスや、お楽しみとは言いながら幹事には気苦労の多い長浜研修旅行、納涼会と行事がある。

 そして、肝心の余は。
 日々研究室で一人怒りちらしておる。「一人怒り」と名付けておる。なぜ一人で怒り狂うかというと、やはり加齢なのじゃろう。怒りを世間や他人や自分に向けないようにする作法を、少しは心得てきた数十年の流れがある。部屋の空気に向かって怒気を発する。まさしく、怒髪冠を刺し、天井を突き抜けて上階の研究者を刺し貫くほどの一人怒りである。うむうむ。

3.島図書館の3重自動往復運転
 さて。
 木幡に帰ると真っ先に島図書館を眺める。島図書館全景構造も、機能としての3重自動往復運転も今や完璧な状態である。しかるにモデル(ジオラマ)としては何ヶ月も発泡スチロールが粉を吹いた状態で、海も山も鍾乳洞もただの発泡スチロールに過ぎない。

 3重自動往復運転とは、例のTOMIXのユニットをつかったもので、モード番号は5番。一口で言うと、三本フォークのそれぞれの足に図書館列車がおって、柄の先端まで走りまた逆送して元の足に戻る。一見単純じゃが、これを3層構造を持つ島図書館全景にレールをぐるぐる巻き(ループ)しておるから、とても複雑な情景になる。それぞれに図書館駅や本館がある。

 さて列車走行動画や写真や、自動運転のウンチクは止しておこう。今夜は、どんな列車編成が60x66センチの小さなモデル(ジオラマ)を走っておるか、メモしておく。
 以下Nゲージで、断りがないかぎりTOMIX製車両。
 またディーゼル、電気と混在しているが、想念上ではすべてリチウムイオン電池による電池機関車。

3.1 最短の経路:本州連絡用
 DD51ディーゼル機関車と「おおぼけトロッコ号(マイクロエース社)」の<キクハ32-501>。

3.2 中距離:(山腹の)駅図書館行き
 DD51ディーゼル機関車(☆印のある、JR北海道色)と「瀬戸大橋トロッコ号(マイクロエース社)」の<キクハ32-502>

3.3 長距離:(山頂の)島中央図書館行き
 DH500電気機関車と「371系特急あさぎり(マイクロエース社)」の先頭車両「クモハ371-101」

3.4 予備編成
 ED79-0電気機関車と、カシオペア車両+サロ124+カシオペア車両(展望車)
 国鉄キハ02形レールバス二両連結

3.5 解説
 キクハ32形のトロッコ列車を2台も投入しているのは、遊覧目的の為である。誰も彼もが移動形・図書館列車で読書や研究をするとは思えない。鍾乳洞や瀬戸内海を身体全体で味わってもらうためにトロッコ客車を複数用意した。
 機関車DD51が公称2000馬力、EH500は3000馬力前後なのに編成が客車1両なのは、試験走行とそして想像以上の急坂急曲なので、安全性を考慮した。
 レールバスは、先頃HOタイプの南部縦貫鉄道キハ10形も入手した。小型であること、ローカル色が色濃い車両は、余の鉄道図書館列車によく似合う。

 線路幅が9mmのNゲージと、16.5mmのHOゲージの棲み分けについてはようやく気持が定まってきた。前者は景観全体モデル(ジオラマ)を表現するに適し、後者は図書館列車の細部を表現するに適しておる。ただしHOスケールは日本では1/80縮尺だが、最近は16.5mmのレールを走るOn30(1/45縮尺)タイプを何かと集め造りだした。圧倒的に大きなものなので、扱いやすく、しかも廉価なものが多い。

 宇治川「おとぎ電車」については文献も読み、いろいろ想を練りだした。宇治には図書館、歴史資料館、植物園、源氏物語ミュージアム、歴史的発電所遺構、宇治天皇陵墓などがあって、これらを周遊するモデルを作っておきたい。ただし葛野研の<邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ>も休眠中なので、時間を調整する必要がある。

 さても島図書館、機は熟しているのに一向にプラスタークロス(石膏状布)で形を整えず、アクリル絵の具で色つけもせず、樹脂で海を造らず、樹木もパウダーもまかないのは、~。つまり、絶対的時間不足と、木幡に帰還すると眠るだけの日々蛇から。これも一過性。やがて、島図書館は仕上げにはいるじゃろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 1日 (水)

小説木幡記:2009/07/01(水)七月夏だな

七月だな
 しらぬまに、夏~はぁ~来ぬ。小学校唱歌が頭を過ぎったが、うまく思い出せぬ。
 田舎の小学校、京都市立嵯峨小学校、そこに6年間もいた。ひとつひとつが得難い体験。それ以外の人生はなかったのだから、この一筋をおもいだしては、走り来た軌跡を味わう。

 小学校の先生は大切だと思う。一番に何を求めるかと考えてみた。人徳だろうな。
 余はそのころ先生に対して、知識はそれほど求めなかった。「模型とラジオ」とか「子供の科学」を読みふけり、「少年」のファンだった余は、科学苦手の女性教諭からはいつも目を丸くされていた。男性教諭も、余の「鉄腕アトムの機能性能評価」には、驚いてくれていた。さらに、ビーカーや試験管、三角フラスコの洗浄と乾燥、あるいはアルコールランプで細いガラス管を曲げる技術は、科学系の先生よりも上手だった(笑)。
 
 先生達が、余よりも手技や些末な知識に劣っていても、それは余が自宅で「毎日科学雑誌に読みふけり、毎日フラスコを振っていた」のだから仕方ないと思っておった。だから、そんなことで先生が駄目だとか役に立たないとは、一度も思ったことはなかった。

 小学校4年の担任は若い女性だった。ベッティさんと先輩達はあだ名で呼んでいたが(発音がローカルだねぇ)、理由は分からなかった。中学校になってから、ジャック&ベティの、目がくりくりしたベティさんに似ていたことを思い出して理解した。
 なにかしら温かい先生だった。4年生くらいから小学校がものすごく面白かった。実験や社会見学で、ベッティさんが余を誉めてくれたのが、嬉しかったのだろう。

 5年と6年生の時の担任は、亀岡に住んでいた男性教諭だった。一番記憶に残っている。6年かあるいは中一になってからか、亀岡の新婚家庭に大挙して招かれた。カレーライスを昼食にいただき、付近の野山を散歩に案内していただいと。そんなちょっとしたことを今でも大切に覚えている。
 授業中に白衣を着た先生が(当時の先生達は白衣を着ていたなぁ)黒板の前で話している映像が時々甦る。なんの授業かとは関係なく、1時間目から6時間目まで毎日顔を合わせていた。
 クーラーも室内プールも、なにもない学校だったが、退屈はしなかった。
 休み時間に木から落ちて怪我しても、赤チンかメンタム塗っただけで、授業には出ていた(2m位は落下したのだから、驚き)。
 
 小学校の先生は、知識そのものの分析解説よりも、知識をガイドする人がよいと思った。
 小学校の先生は、温かくても怖くても、人徳・包容力のある人がよいと思った。

 初等教育は難しいし、重要きわまりない時期の教育だと思う。これを間違うと亡国を招く。
 現代の親も先生も世間も、それを本気に考えてはいないようだな。
 それに比べて、大学生相手の教育なんてぇ。(笑)(笑)(笑)
 ともかく、数学者岡潔(おか・きよし)先生は、素晴らしい考えを残された。

 ところで。
 良い幼少期の想い出があれば、十年間、貧しくても生きる力が湧く。
 それに良い青年期の想い出があれば、さらに二十年間生き抜く力が湧く。
 余は、二つの生きる力の源泉を、大体使い果たしたようなので、あとは慣性でゆるゆると走っておる。これがまた、無音で、それなりのブレーキさえあれば、グライダーのような良き滑空を期待できる脳。
 (急坂下り坂があまりなく、平坦路が続くことを密かにねがっておるがcancer

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »