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2009年6月12日 (金)

小説木幡記:2009/06/12(金)意気低調なれど充実

 MuBlogの左上にカレンダーがあって、記事を投稿するとその日の色が変わる。今朝それに気がついた。このごろ記事投稿がまばらになっている。先月、五月はそれが激しくて、すかすかだった。しかしそれは体調を壊したのだから、年並み行事として不思議ではない。

 しかるに今月に入って、比較的楽になってきて、心身ともに気楽な状態であるはずなのに、記事投稿が一日おきとまばらになっておる。

 こういうことは過去にも、つまり毎年いろいろあった。記事を書いたり人と会ったりするのは極めて低調になるが、それでも本を読んだり天井を眺めたりと、充実度はあまり変わりない。

 入力と出力とのバランスを自然に、無意識にとっているのだと、気付いてきた。本を読んでも感想文一つ書かない。しっかり物事をぼんやりした目で考えているのに、言及すらしない。ひたすら入力しておる。

 これは、きっと充電というのだろう。
 それと、大学での仕事が純粋の書類書きがおおくなって、めげているせいかも知れない。くだくだしい駄文ならなんぼでも書けるが(笑:過去の累々たる記事!)、決まり巾着(この用法は、おもろいな)の公用文を毎日書いていると、ときどき全部投げ捨てて山に籠もりたくなる。余は、フォーマルな世界になじめないのじゃろう。

 ああ。公式的な世界がきらいじゃない。原因はたったひとつ。他人が創った世界やルールをはなからうけつけない質の人間としてうまれてしもうた。それだけのこと。自分がジオラマみたいに自由自在にゼロから作り上げた世界なら、ありとあらゆる公式行事、儀式典礼、祭礼、すべて創ってにんまり笑う。

 組織の伝統や国の慣例の多くは、余のあずかり知らない世界で作られておる。それに従うのが、ものすごくストレスになって、血圧上がって、~生ける屍状態にまで追い込まれてしまうのじゃ郎。

 人間とは、なかなかに難しい脳。
 そうそう、読書だけは、かつかつ自分で選んで、自分の感性で、自分の器で感じ考えることができるから、一番楽なことだし、気持を楽にする良薬となっておる。

 と、一人でこっそり珈琲飲んで天井眺めている時間が多ければ多いほど至福。機嫌がよくなる。
 ほんまに、余はこれまで長きにわたって、つくづくようまあ生きてこれたことよのう。感心。

余録
 明日は何年かぶりに、葛野某所で講演をする。好きな世界のお披露目だから、結構、おもしろがっておる。聞きつけた御隠居さん達も顔を出してくれるとの噂。もう、卒業してしまうと、見分けがつかないじゃろうのう、あはは。なにもかも記憶から消え去り、ただ直流12vでしかしかと動く鉄道図書館列車だけがリアルなものになってくる。うむ、理想的な桃源郷じゃわい。終わったら、駄菓子でも御馳走しようぞ。あはは。

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コメント

アイデンティティて何なんでしょうね

(大学での仕事が純粋の書類書きがおおくなって)
(他人が創った世界やルールをはなからうけつけない質の人間)

 弱りましたなあ。
日曜作家が(純粋の書類書き)の仕事をこなさねばならない。
ルール大嫌いなはずなのに(赤信号)の時には絶対に道路を横切らない。
これはせんせ~(ストレス)になりまっせ。
足が痛んだりしますわねえ。

 池波正太郎はんは(人間は矛盾の塊だ、悪事をしつつ善事をしようとする)というてはりました。
(それが人間という生き物だ)とも。
これって、どういうことなのでしょうねえ。
当方なども日々(自己矛盾)と(自己同一化の模索)に疲れ果てております。
矛盾に気づき深く落ち込みます、同一化の一片を感じ狂喜します。
(そうだろう?人間って、そんなもんさ)
と、池波正太郎さんの声が聴こえてくるようです。

投稿: ふうてん | 2009年6月12日 (金) 20時51分

ふうてんさん
 人間って弱いというのか馬鹿げているのか、可愛らしいというのか、つじつまのあわないままに長い間、生きておるようです。

 天下国家を論じるのも、人生を考えるのも、組織をあれこれいじるのも、やれ日曜作家だの、貴族のたしなみblogオーナーだの、業績をつむの、仕事だ家庭だ、やれ家創れ、これ墓つくれ、名誉をたもて、世間体を~

 すべてが。そう、すべてが夢のまた夢。枯れ野をかけめぐるというのに。

 というわけで。
 綺麗さっぱり山に籠もればよいようなもんですが、

 あれ? トースターがない!
 珈琲の粉や、濾紙は?
 おお、シャワーもない。
 気晴らしのRSもガス欠のまま。
 鴨ナンバ蕎麦をたべようにも、店もない。
 小説読もうにも、本も図書館も山奥にはない。
 ……
 そういう一々に気がついて愕然とするもんです。
 ふうてんさんなら、
 あれ? キャメロはどこや。
 ヱビスビールが冷えていない。
 漱石全集が一冊もない。
 チャリは麓に置いてきた。
 書簡集も寿司も、めなみも徒歩で30日かかる!
 なんて、そんな風になりますね。

 ここのところは、歯を食いしばって現状を忍び耐え、たえがたきをたえて、しのびがたきをしのいで、脳が萎縮するほどの酒は飲まず、中性脂肪であふれるような、岩ガキや白子やアンキモはひかえて、お茶漬けサラサラで、この世をしのいで参りましょう。

 などと、がらにもない。
 やはり明日こそは、また普通の日。毎日、明日こそは! と。それをきっちり続けていけば、お迎えがくることでしょうね。

投稿: Mu→ふうてん | 2009年6月12日 (金) 22時04分

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