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2009年5月17日 (日)

NHK天地人(20)上杉景勝の英断

承前:NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし

豊臣秀吉の役者振り
 秀吉が今夜あたりからやっと年令並みの風格と威厳をもってきたので、そのお家芸「人たらし」が自然に見えてきました。たとえば、落水(おちりみず)の会見場では、迎えにでた直江兼続だけでなく、そこにいた総ての上田衆の名前を呼び、手を取って戦ぶりを誉め廻りました。芝居がかっていると「ひと言」ですませられもしますが、こういうことは誰にもできることではないです。それを十万の兵を越中富山に待機させた秀吉がするのですから、猿面冠者秀吉の面目躍如と言えますね。

 確かに一兵の血も流さずに、越中や越後を従えた秀吉の遣り方は、旧主信長とは対極の地にたった方法論です。信長にしてこの秀吉あり、という人間世界の不思議さをあらためて味わいました。信長なら、十万の兵で二万の敵軍を撫で斬りにして殲滅するところです。そこで育った秀吉だからこそ、かえって自分の方法論をあみ出し、「人たらし外交戦略」を洗煉することに努力したのでしょう。

 しかし歴史にはなおそのあとに三河の徳川家康が控えています。俗謡とはいえ、次の三句がその三人のキャラを鮮烈に表現していますね。

●鳴かぬなら殺してしまえ、ほととぎす・・・・信長の性格をさします。
 →癇性ですね。激しい性格がもろにでた句です。部下は常に手打ちされる恐怖政治。
●鳴かぬなら鳴かせてみせよ、ほととぎす・・秀吉のことでしょう。
 →人の能力を、たらし込みながら使いこなし、しかも命令するところがあります。
●鳴かぬなら鳴くまでまとう、ほととぎす・・・家康なら、そうよむことでしょう。
 →若い頃に辛酸をなめたから、熟柿の落ちる「時」を待つのが上手です。

 それなら今夜の上杉景勝はどうだったのでしょう。「鳴かぬならそれでよいのだ、ほととぎす」と、私はよんでみました。今夜の寡黙、眉あくまで太く、口元をへの字にまげた景勝は、本当によい配役でした。この時30歳くらいでしょうか、会見場で話したのは<上洛します>だけでした。

 三年前に魚津城を落とされながらも、本能寺の変によって、織田の柴田軍が越後から引き上げ、九死に一生を得たことを景勝はまざまざと思い出したわけです。だからこそ、この度は織田とは異なる秀吉の天下に、自らの義を全うできる感触を得て、軍門に下ったのだと思います。

 たしかに信長治世はまだ不安定でした。武力制圧が目につき、比叡山焼き討ちも門徒衆殲滅も、朝廷への強圧も、それぞれが謙信公伝統の上杉家には我慢できない仕様だったのでしょう。しかるに、秀吉は諸国懐柔が先にあり、戦ったのは明智光秀と旧身内(柴田勝家など)の範囲に限定されていました。景勝としては、三年前の天佑を活かすには、上洛するのが越後のため、ひいては天下太平の道と考えたことでしょう。

 つまりは、秀吉は言葉と実質待遇でもって、名門上杉の越後を配下に従えたわけです。秀吉が景勝の「上洛する」の言葉に腰を抜かすほど感動したのは、事実だと思います。もしも景勝が首を縦に振らなければ、またしても秀吉は数年間越後の雪と戦い、出血したであろうことも十分想像できます。予告編にもありましたが、三河の家康殿はこの時期、まだ完全には秀吉配下では無かったわけです。秀吉は上杉と戦えば長期戦になり、家康が後ろから回り込んでくる危険性もあったわけです。

今夜の見どころ
 クノイチ初音さんが出てきました。障子をピシャリと閉めて直江さんに流し目を配ります。初音さんは実は真田幸村の妹らしいのですが(他の情報では)、先回は信長に殉じる所まで行き、光秀をカタキとして切りつけたのに、三年たって気持が楽になったのでしょう。生きる目になっていました。当然女性だから「生きる」とは優秀な男性を落とすことに生き甲斐を見付けるわけです。
 上杉がどう動くかを敵情視察し、それを真田荘に持ち帰り、兄上とじっくり天下の情勢を分析し、ふたたび政界の闇に潜み動き回るのでしょう。今度は、どうも三成にふたたび手をのばすのでしょうかね。クノイチ稼業も忙しい!

 お船さんはまだ核心に躍り出てきませんが、日常の中で直江兼続を力づけて名・女参謀となっていく様子が良く分かりました。たとえば<殿は秀吉に何も話さぬつもりだ。こまった>と兼続に言われると、<殿は黙っているだけで威厳があります。あれほどの無愛想な方は他にはいません>と、兼続に方法論の転換を進言します。こういうちょっとしたアドバイスが、かえって兼続ほどの名将智将筆頭家老にはありがたいものだと思います。まわりの男達に相談すればきっと<戦うぞ><猿ごときに頭をさげてなるもんか><殿、命を投げ出しますから、どうか御下知を>と、いきり立つことでしょう(笑)。

天地人への感想
 大河ドラマは主役だけでなくて、脇役に命があると思います。私は今後秀吉や家康が貫禄を見せてくるので安心です。
 さらに、真田幸村もちょっと気になっています。
 もちろん、上杉景勝と直江兼続とが、関ヶ原前後までの難問珍問をどうかたづけていくのか、それが一番の見ものですね。大昔の伊達政宗でも、政宗が秀吉や家康とどんな風に交渉していくのかを、ものすごく印象深く覚えていますから。

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