« 140万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他) | トップページ | 小説木幡記:2009/05/12(火)物語で括ることも、痛みよけ »

2009年5月10日 (日)

NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし

承前:NHK天地人(18)魚津城の攻防

決めセリフ
Ⅰ.明智光秀の<敵は本能寺にあり>
 このセリフはあらゆるドラマ「本能寺の変」で私が意識してきた言葉です。今夜の鶴見辰吾さんの光秀は重みがあって良かったです。光秀がこう言ったかどうかの信憑性は、おそらく亀岡か桂あたりで麾下の将兵にゲチしたとき、沢山の人達が耳にしたことでしょうから、で、なんとなく本当らしく思えます。
 後世この言葉を発する時は、謀反反乱クーデターの時もそうでしょうが、一般に「思いも寄らない相手を敵とする」時に使うようになりました。
 さて本能寺の変の歴史的意義や意味は語り出せば夜が明けるので止めましょう。少なくとも「天地人」においては一挙に変化があったわけです。これまでの舞台が越後に限られていたのが、京都や大阪にまで広がることと思います。

Ⅱ.織田信長の<是非もなし>
 信長の口癖は以前、ともかく短い言葉にあったと、秋山駿『信長』で知りました。是非もなし、是非に及ばず、~であるか、などがあったようです。
 (私も一時期真似ましたが、回りの反応はなかったです(笑))
 是非もなしとか是非に及ばずの文脈は、信長の癇性というか極端な短気即断から出された言葉なのでしょう。私の「よろし」に近いですね(笑)。あれこれいうても、是々非々、いいとかわるいとか分析しても無意味という諦観が含まれもしますが、むしろ「もう、よい!」というじゃまくさがりの人の言葉でしょうね。
 信長は頭の良い人だったから、事態を一瞬にして見抜き、「しかたない、死ぬとするか」の気分だったのでしょう。
 (明智光秀は平時なら信長でさえ勝てない教養とか兵事に強く、現実的な超秀才将軍だったわけです。その光秀に謀反を起こされて、勝てるとは信長も思わなかったことでしょう。事実その夜、二条城にいた信長の息子は、光秀にあっけなく潰されています)
 セリフの信憑性は岐阜や安土城で側近達がよく耳にしていたようなので、本能寺でそれをつぶやいたとしても、おかしくはないです。しかし、まさかクノイチ初音の子孫が伝えたとはだれも思わないでしょうね。
 だから想像上の「決めセリフ」です。


↑地図:本能寺の変当時の「本能寺」界隈

見どころ
 お船と兼続とが終盤でようやく夫婦らしくなってきました。いわゆる鉄(かね)のワラジを履いてでも探せといわれてきた、姉さん女房(夫婦)の典型となっていく、そのスタートを切りました。ドラマ展開をみているかぎり、直江兼続は愚痴愚痴と反省ばかりして、ときどき泣きじゃくるというまことにもって戦国時代には似合わないキャラに設定してありますが、それは今後内輪の話となって、結局表に立つときは、お船さんに背中を押されてあっぱれ名将智将越後だけじゃない、天下の名家老として生きていくわけです(そうだと想像)。
 これは以前の大河ドラマ「功名が辻」の千代に似たキャラをお船が引き継いでいるとも思えますが、千代よりもう少し過激な感じがしました。女優の違いというよりも、お船さんは名門直江家の跡取り娘でしたから、最初からの御姫さまであり、直接的な言動をとるからだと思います。

今後の展開と楽しみ
 今夜で「濃い」信長が死んで、すでに謙信公もおらず、越後の内乱も収まり、いよいよ直江兼続は中央政界(秀吉や家康の世界)で越後を守るために獅子奮迅するわけです。役者の妻夫木さんは若い魅力が売りで、これまで決して重厚な演技に人気があったとは思いません。すると、兼続がどんな風にややこしい世界を、老成しながら、とりあえずは1600年の関ヶ原まで、上杉景勝はじめ家臣団を引っ張っていくのか、そこが楽しみです。もう、泣くのは止めにしないとぉ。

 そうそう、クノイチ初音さん、どうなるのでしょうか。最近は目点(Mu注:目が点になるような、の省略形)の衣裳がないので、ちょっと寂しいもんですな。

|

« 140万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他) | トップページ | 小説木幡記:2009/05/12(火)物語で括ることも、痛みよけ »

NHK天地人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし:

» NHK天地人(20)上杉景勝の英断 [MuBlog]
承前:NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし 豊臣秀吉の役者振り  秀吉が今夜あたりからやっと年令並みの風格と威厳をもってきたので、そのお家芸「人たらし」が自然に見えてきました。たとえば、落水(おちりみず)の会見場では、迎えにでた直江兼続だけでなく、そこにいた総ての上田衆の名前を呼び、手を取って戦ぶりを誉め廻りました。芝居がかっていると「ひと言」ですませられもしますが、こういうことは誰にもでき... [続きを読む]

受信: 2009年5月17日 (日) 21時56分

« 140万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他) | トップページ | 小説木幡記:2009/05/12(火)物語で括ることも、痛みよけ »