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2009年5月31日 (日)

NHK天地人(22)真田幸村と父・昌幸、兄・信之

承前:NHK天地人(20)上杉景勝の英断→<先週の21回目は事情で掲載できませんでした>

はじめに
 ようやく真田幸村が登場しましたが、実は頭の痛い話がありまして。数年前に「情報サービス」という担当科目で何人かの学生達が「真田幸村は居なかった」という趣旨のテーマで厖大な調査をまとめたことがあったのです。つまり、「大坂夏の陣(1615年)」で徳川家康を窮地におとし、自らは戦死した豊臣方の智将・真田信繁(のぶしげ)は実在したが、真田幸村は史上存在しなかった。要するに、幸村とは真田信繁の変名だろうというオチだったのです。
 この事実を、史実と虚構との対比の中でまとめた作品ですから、私自身も随分勉強になったのですが、読んでいるときに、ともすれば私の中にある講談世界、真田十勇士のイメージをふっきることが出来ず、随分混乱した記憶があるのです。

 さて今夜、クノイチ初音は幸村の姉として直江兼続の前にあらわれました。このあたりは完全なフィクションと思いながらも、初音がぐんぐん兼続に惹かれ、そしてドラマのおわりで幸村が「姉上があの男にほれた理由が分かった」と言ったときには、(狂言廻しのような立場で)初音・幸村の姉弟が、本当に上杉家と縁があったら面白いなと考えた次第です。

真田家のこと
 最初、幸村はかたくなでした。徳川との関係で、父親の昌幸に命じられて上杉の人質になったわけですが、上杉の「義」がどうにも理解できず、「お人好し」にしか見えず、若かったこともあり反発したのでしょう。
 つまり今夜の父・昌幸(まさゆき)の毒々しい小狡さでわかるように、幸村も幼い頃から、戦国乱世を生き抜くには人間同士の信義なんかに価値はないと、育てられたのかも知れません。

 こういう一種の合理的考え方は、実は史上有名な話として、後日、真田昌幸と幸村とは豊臣につき、昌幸の長男・信之は徳川について重臣の本多忠勝の娘と結婚しているわけです。夏の陣で幸村は戦死し、兄の真田信之はずっと徳川の世を生き残るわけです。真田家が生き延びるには、兄・弟父が分裂することも是としたのだと思います。

 というわけで上杉家での幸村は、(ドラマでは)主君の上杉景勝や家老の直江兼続を、信用していなかったのでしょう。しかし、徳川がついに7千の兵を信州上田に出し、真田を襲ってきました。景勝と兼続は相談して、援軍を派兵し、あわせて人質の幸村にも一旦帰国を認めます、……。はたして、幸村は帰ってくるのでしょうか?(結末は、ドラマを観た人は知っています)

面白かったところ
 兼続のおとうさん樋口惣右衛門(ひぐち そうえもん)がえらい若い女性と一緒になります。年令は、おそらく当時でも驚天動地の17歳(満年齢なら16歳)。いまならJKですよね。これには兼続、与七の兄弟も困り果てるというか、苦虫を潰します。そのあたりのやりとりがものすごくおもしろかったです。義母を持つことになるお船さんがかえって落ち着いておりました。

初音はなぜ兼続に惚れたのか?
 初音は父親の真田昌幸が、娘である自分を監察していたことに気がついて、弟幸村の前で腹を立てます。初音は自分の父親が真田を守るために、小狡いまでの権謀術策をふるうことに飽き飽きしていたのでしょう。弟は初めは父親の遣り方が唯一の方法と考えてきたわけですが、景勝や直江兼続の心情と力のある「義の心」「お人好し」に心が洗われました。
 そういう兼続の気性をはやくから初音は見抜いていて、その「力のある誠意」に惹きつけられたのだと思います。

 もちろん、真田と同盟を結び、それを支援することで、上杉は徳川に対して防波堤を築いているわけですが、「頼られたら守る」が謙信公の遺訓でもあった上杉では、真田に援軍を送ったのは妥当だったと思います。しかしドラマでもありましたが、太閤秀吉との関係、徳川家康との関係まで含めると、真田を支援することは、政治的には危険な賭でもあったと思います。

今夜のまとめ
 先回は石田三成、今夜は真田幸村と、乱世を生き抜いた直江兼続にも無二の親友ができたようです。石田も真田も他国者ですから、かえって兼続の視野が広がっていくのだと思いました。

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Macでウブントゥ:ubuntu(Linux)、ついでにフラッシュメモリーで軽々

0.はじめに
 詳細は省くが、疲れ切った土曜日の午後、帰宅前に突然テクノ心が燃えて、MacBookにubuntuを導入し、ゲーム「上海」を遊んだら、心身がすっきりした。全部で30分程度ですんだので、横臥する時間でLinuxが導入出来る時代だと、あらためて痛感感動した。

 感動したのは、実は帰宅寸前についでに8GBのUSBフラッシュメモリー(SONYの2800円)にインストールして、木幡に帰って使ったら、木幡マシンは何のきなしに軽くLinuxマシンになってしまった。

 きになってGoogleで探してみたところ、私は2007年の初夏にLinuxについて記事を書いていた。しかしその時はまだ重々しく、葛野や木幡のマシンにそれぞれ100GB以上のスペースをとって操作していた。それがいつの間にか消えたのは、記録スペースが必要になって、ある日無意識に削除していたからだろう。

 その記事よりも、この度はもっと気軽にMacでubuntu(Linux系の一つの製品名)、USBメモリーでubuntu軽々と、メモしておくことにした。

1.Windowsとは異なるLinuxの利点
 Linuxのことは2007年の記事ですこしまとめておいたが、もっと簡便にいうと次のいくつかの利点がある。
*無料でWindowsと同等、部分的にそれ以上の能力を発揮する。
*多くの、この世に存在する、あらゆるといってよいほどのソフトウェアが、Linux上ではほぼ無料で使える。
*毛色の異なる世界は楽しいし、windows世界からの自由を味わえる。
*USBフラッシュメモリー、たった一枚のCD、重装備のPC、いろいろな規模に応じて使える。

2.なぜMacBookでubuntu(Linux系の一種)
*ここ数年来インテルMac(CPUがインテル社に変化した)といわれてから、アップル社のコンピュータではwindowsが自由に動くようになっている。
*ところが、肝心のwindowsは数万円もするから(ヴァージョンアップ版では導入が困難)気分が悪い(笑)
*windows同等の環境を持ったLinuxを使えばその方が気が楽。無料で動く(はずだ、と推量)。
*何故MacOSX以外にLinuxを求めたのか?
 気晴らし。
 やはり、本当の世界はWIndowsでもMacOSXでもなく、
 UNIX→LINUXの系列にあると信仰。
 無料で最大の楽しみを持続できるのは、Linux系だろう。

3.Macでubuntu:情報の仕込み
*数年来、雑誌にはLinux系のOSがCD一枚で動くように売られている。LiveCDという。殆どのPCにCDを差し込むだけで各種Linuxが色とりどり、動く。雑誌価格は1300円程度。インターネットだと無料だが、丁寧な解説、応用の知識がまとめてあるので、まず一冊は入手する。私は、ubuntu製品が好きなので、それを主にした雑誌を選んだ。
*インテルMacで動くとは書いてなかったが、動くはずだと推理できるほどには年季がある(笑)。

4.Macでubuntu:BootCampでハードディスク整理(容量確保)
*ここ数年来のMac(インテルCPU搭載)には、アプリケーション/ユーティリティーというフォルダーにBootCampという基本ソフトが入っている。
*詳細はアップル社のサイトで「Macの基本/windowsを使う」というところに書いてある。
*このBootCampを使って、Linux用の領域を確保する。ただし、windowsの導入についてのメッセージしか出てこない。領域確保にはwindowsもLinuxも同じだと、推量した結果(笑)。
*当然、領域を確保したあと、「windowsをインストールしましょう」という所で、終わる。
*私のMacBookは2008年2月ころのもので、空き領域が70GB程度だったので、上記領域は20GB にしておいた。

5.Macでubuntu:インストール
*上記の4で適当な領域を確保したら、一旦Macをオフにする。
*雑誌の附録CDを差し込んで、電源を入れる。
*「オプションキー」を押したままに待つ。
*画面には、MacOSで起動するかCDで起動するかを聞いてくる。
*CDで起動する。
*ubuntu(ないし、そのCDに入っている特定Linux)がインストールし始める。
*インストールを始めたらMac問題はなくなって、純粋にubuntu問題だから、これは雑誌の解説を読む。
*ubuntuが動き出す(笑)

6.Macでubuntu:普通の使い方
*二回目からは、Macをオンしたとき、「オプションキー」を押したままにする。
*今度は、MacOSかWindowsかと聞いてくる。
*この「Windows」は、実は「Linux」(混乱せずに、素直にそう思うこと)
*「windows」を迷わず選ぶと、Linuxのubuntuが可愛らしく起動する。
*Macのままで使うときには、「オプションキー」を押さないだけで、これまで通り。

7.Macでubuntu:何をする?
*少なくともwin系のオフィス・ファイル(wordの.docとかエクセルの.xls、パワーポイントの.ppt)がMAC上にあれば、クリックするだけで対応アプリケーションが動き出し、ほとんど違いはない。
 (注:違う! と叫んだときに瑣末主義に陥っている。何が本質なのか。)
 (ワープロは日本語で文章が書ければよい。表計算は縦横、正しく計算すればよい。)
 (ただし搭載されているOpenOffice.org は世界中で定評があり素晴らしい。)
*ネットのブラウザは、ubuntuではfireFoxが定番でセットしてあった。
*画像はそのまま一覧で見られる。動画は.mpgについてはちょっと解説を読んで操作が必要。
*残念ながら、私の主とする「一太郎ファイル」はそのままでは扱えない(苦笑)。
*ゲームに、上海がある。これを遊びたいばかりにLinux(嘘ですよ)。
*あと、なんでも無料でできる。ただし、別途ダウンロードしてインストールするについては、いろいろ解説をよまないと難しい物もある。

8.Macでubuntu:USBメモリー起動
*ubuntuの画面に「インストール」というアイコンがあるので、8GB程度のUSBを差し込んで、そこにubuntuをセットする。
*USBメモリーの場合、おおよそシステムに4GBは必要なので、8GB以上のUSBフラッシュメモリーが重宝。
(↑私が使ったubuntuは9.04版です。上記の4GBとか8GBは間違い・不要かもしれません。類似例を他でみてみると、以前の版では小さなUSBメモリでちゃんと動かしている事例がありました。まあ、動くのだからよしとします(笑))
*USBは転送速度が遅いのか、時間はかかる。数十分。
*完了したので、木幡研に持ち帰り、winPCにUSBを差し込んで、起動指示したら、おお、動き出した。
*あまりの簡便さに、私は数分間笑いが止まらなかった!

追記
 以上のことは、Macオーナーなら知っていることだろうし、目新しい話でもないと思ったが、鎮痛剤でぼんやり疲れていても、あまりに簡単、あっという間にMacBookがLinuxBookになったので、新鮮だった。
 USBフラッシュメモリーによる起動(ubuntuのUSB版は起動時間がゆったり)も大したことではないが、それでもPCを問わずに差し込むだけで動きだすのだから、携帯性はすごい。
 (既存のwinPCには一切手を触れず、すませられる)
 (起動するとき、USBから立ち上がるようにするのは必要: 一般には、PC電源オンのあとDELキーを押す。画面の中から、起動の優先順位をみつけて、USBメモリーを先頭にする)

 以上のことは写真など添えればもっと分かりやすくなるが、それは疲れることなので止めておく。写真などなくても、あっというまにMacもWinもLinuxになるのが、現代の普通の話。

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2009年5月30日 (土)

卑弥呼の墓(012) 箸墓築造は240~260年か? 国立歴史民俗博物館の放射性炭素(C14)年代測定

承前:卑弥呼の墓(011) 卑弥呼の宮殿発掘?:奈良県桜井市纒向遺跡

歴博(2)放射性炭素年代測定(産経新聞)
歴博(1):箸墓築造年を割り出す(産経新聞)
 昨日横臥静養していたところ畏友Jo翁から「箸墓の築造年」について知らせが入った(参考1)。千葉県佐倉市の歴博:国立歴史民俗博物館・研究グループ(春成秀爾名誉教授、西本豊弘教授ほか)が、箸墓の築造年を周辺の土器から分析し、西暦240~260年と判断したらしい(参考2)。

 分析方法は「C14:放射性炭素年代測定法」で、含有炭素の数を数えて減り具合で年代を出すのだが、これと樹木の「年輪年代測定法」との併用で、精度があがったようだ。

 今回の発表は、科学分析の手法が絵に描いたように卑弥呼の没年(西暦247~248年と、諸説)に重なったので、箸墓は邪馬台国女王卑弥呼の墓と、説が流布した。

 私は箸墓を昔から卑弥呼の墓と考えてきたが、実は難しい問題があって、それが私の中では科学的な合理レベルでは解かれていない。
 つまり、現地でみれば分かることだが「箸墓」は実に巨大である。全長280mもあって、最近の調査では周濠(池)の大きさと合わせると墓域は450mまで伸びることも分かっている(参考3)。
 これだけの初期バチ形・前方後円墳を、どういう施工主が技術者グループに依頼・命令し、いつから設計し、施工し、完了したかの長い年月を想像すると、周辺からでてきた土器の年代だけでは、どうにも判定が付かないことだと思ってきた。

 単純な話で想像すると、現代の私が箸墓を造る担当者だったとする。
 「偉い人の墓をつくる、君に任せる」
 「いつごろまでに? 規模によって完成時期は変わりますが。それに、その偉い人は今お元気なのですか? すでに亡くなられたあの方ですか?」
 →ここで、生前から造ったのか、死後造ったのかで、古墳自体と被葬者の年代にズレが生じる。
 →エジプトのピラミッドが墓とは最近いわないが、歴史的にはファラオ存命中からの一大事業だったことは事実としてある。
 →日本の巨大・前方後円墳が被葬者の存命中からつくったものか、死後に時間をかけたものなのかは、事例毎に調査が必要となる。
 →箸墓がどれくらいの時間をかけてつくったのかを、「現代の再現方式」でシミュレートした報告がないだろうか?
 →現代人の普通の感覚では、現地にたって往時を偲べば、10年~20年はかかりそうな規模である。
 →それだけの期間のものとなると、周辺出土の遺物の年代だけで、被葬者までを判定するのは無理がある。
 →たとえ長い年月の間に墓室が荒らされていたとしても、副葬品なら精度は格段に上がる。

 建国の根源を解明するために、あえて墓を暴く罪を認めた場合、もう少し被葬者について正確な情報が得られることだろう。
 進言するとするなら、祭祀もって霊を一旦遷したてまつることで解決すると考える。祭祀の根本にたてば、神を遷したてまつり、その間に世俗のあれこれ(墓所の作り替え、神殿の整備、神社の移動など)を施すことは、異なことではない。
 どう考えても聖山三輪のふもとにある箸墓、日本書紀に大量の記述ある箸墓が、建国に重大な関わりを持つことは誰しも認めることである。
 それを分明にすることは、国宝・重要文化財や一々の社寺の判定吟味などに比べれば、重要度が高いというレベルの話ではなくて、国家の責務であろう。

 とはいいながらも、歴博が240~260年と箸墓築造年を判定したのは、C14の精度をみるまでもなく当たっていることだろう。発表を待たねばならないが、おそらくこのあたりの事情を熟知したうえで、長期間にわたり周辺のいろいろな遺物を判定した結果として、「統計的蓋然性」として「本体箸墓」の築造年に結びつけたものだと、解釈する。

 残された問題は、築造年と被葬者を結びつけるのは、副葬品あるいは墓誌・墓碑銘(エピタフ)がないかぎり決定付けるのは困難だといえる。卑弥呼の前のひとか、卑弥呼か、トヨか、その後の倭王なのか、……。まだまだ諸説は乱れる。ミステリ小説風にいうならば、空の棺という可能性すらある。

 私は、崇神紀を典拠にして合理的な解釈ができれば、それでよいと考えている。どう考えても、箸墓は三輪山との関連抜きでは「歴史の真実」としてはなにも分からないだろう。
 というわけで、私のシリーズ「卑弥呼の墓」はまだまだ続きそうだ。

追伸
 箸墓を単独で、孤立した前方後円墳としてみることよりも、纒向遺跡全体の中でその偉容や意味を解きほぐすことで、状況証拠が確固としたものになる。今朝、木幡でそう考えた(参考4)。

参考1: (JoBlog)箸墓古墳築造時期は卑弥呼の死亡時期と同じ
参考2: (インターネット:MSN産経ニュース)土器の炭素年代が卑弥呼と一致 奈良・箸墓古墳
参考3: (MuBlog)卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認
参考4: (MuBlog)桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳

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2009年5月28日 (木)

小説木幡記:2009/05/28(木)ぼんやりと五月の終わり

 木幡静養と決めたのに、相も変わらず起床は午前五時前だった。
 朝食のあと、薬を飲んだ。
 薬の事だが、医師は「キツイ鎮痛剤ですから、痛みが無くなったら止めるか、日に一回ほどでよいですよ」と言った。実は案の定、昼食後に飲んで午後すぐに胃がもたれてきた。夕食時には軽くなったが、鎮痛剤は飲まぬ事にした。また明日に飲めばよかろう。

 今日も終日床でぼんやりしていた。金曜以来一歩も外に出ず、昨日にやっと合計40分間ほど医院と家とを往復しただけだ。しかし同じ在宅でも、じっとぼんやりしている限りは無痛というのが極楽に思えた。部屋の中は歩けるようになったから、明日は少時杖突散歩もできそうだ。

 などと客観的に書いていると、闘病記そのものになってきた。気持は二十代のままなのに(aries)、身体は年相応とは気色悪いような、当たり前のような、しかたのないことやな。有史以来全国民は平等に、今現在の余の気持を味わっておったのだ。ただし夭折したひとは、知らないままに消えた。老醜を極端に嫌った三島由紀夫さんは冥途でどう思っておるか? たしか45歳で逝かれた。一度は、定家卿のごとく長生きすると気持を漏らした文章もあったが、……cat

 では今日の日記メモ。

1.夕食の白身魚の天ぷらが佳かった。醤油をつけて食べただけだが、サクリと歯ごたえがあって後はとろけた。不思議。そういえば、余は本式の天ぷら屋へ行った経験がないと、思い出した。「天ぷら」は随分値の張る店らしいが、今夕ほどに美味い物かどうかは、知らず。

2.ぼんやりしながらも、保田與重郎『芭蕉』の下読みを高速で始めた。「やはり」「そうなんだ」「すごい」の連続で半分以上読み切った。が、止めた。多分、今の状態で最後まで読み切ると体調を壊す。すでに数度は読んでおるのだから、慌てる必要はない。
 メモとして、今日のところは芭蕉を西行、後鳥羽院のあたりから連続した文藝としてとらえていた。これはしかし何度読んでも凄まじいとらえ方だと思っている。余は、それがさらに万葉集、家持卿まで連なると知っている。数日後には、そのあたりを最後まで読もう。楽しみだ。
 予断は許さぬところもあるのだが、今夏の論文は久しぶりのヒットになりそうだ。萬葉集の精神を分析したのは、たしか2006年夏だったはず。これもヒットだった。しかし現代畸人傳、日本の美術史と、凡打に終わった。畸人傳は保田の連想の随想形式に難渋し、美術史はおびただしい作品用語の整理に精根果てた。芭蕉は、これはなにかしらうまく行きそうだ。

3.疲れたので夕食前に小一時間、十年ほど昔の海外ミステリを読み出した。「フリッカー、あるいは映画の魔/セオドア・ローザック」文藝春秋社文庫で上下。最初の数十頁は「映画マニアの本かいな」と思って、読み止めるか棄てるかと迷っておったが、気がついたら100頁を越えていて、食卓に付く寸前までむさぼり読んでいた。これ、ものすごい図書かもしれぬ。映画技術はエジソンなんかとは関係なく、遠い昔のマルタ騎士団、あるいはエジプト、……。いやはや、Mu好みの本だ、ふむふむ。イリュージョンというカタカナがえらく気に入った(日頃カタカナ嫌いを標榜しておるがのうpenguin)。

4.そうだ。午前中に気がかりが生じて、古いアプリケーションをネットで探して注文した。UMLとは関係はないのだが、概念間の関係を図化するよさそうなソフトだった。今入手しても、使えるのは初夏になってからだが。

 今日はそんなところだ。ぼんやり天井をながめながら、時々せかせかとページを繰り、しばらくすると目をとじて仮眠して、また起きてぼんやりして、今度はデコにハッカ油をぬって、また続きを読んで、昼食とって夕食とって、一日が過ぎてしまった。

 当たり前の様に外を歩き走り、人と打ち合わせして、会議にでて、教壇でえんえんと演説して、屯所で油をうって、実験して、……。そんな当たり前の様に思っている日常が、歩けなくなるだけで消えてしまう。なんとも、現実とは儚いものよのう。

 さて。ミステリの続きを読んで、快眠しよう。
 明日は、鎮痛剤は一回か、二回までにしておこう。散歩リハビリもそろそろと、30分が限度じゃね。
 そうだ、調子にのって図書精読モードにはいるのは止めないと。

追伸
 余は木幡研にいると、すこぶるハルキ君を大切に可愛がっておるらしい。と、指摘を受けた。茶や水を飲みに居間にでるたびに「春ちゃん、どこや?」と声をかけておるようだcat

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2009年5月27日 (水)

小説木幡記:2009/05/27(水)春の嵐夢

 困った十日間が過ぎた。大学の「先生」してメシを喰っているのに、物を考えたり判断したり読書したり文章を書いたりすると、脳内が真っ白になる激痛に襲われ、そのうち3日間は部屋からも出られず24時間半睡状態で「ぐるしい、いたい」と言い続けたのだから、今こうしてMuBlogを記すのが奇跡に思える。

 一昨日の夕方に、所員の奔走でなんとか小康を得、昨日火曜日は久しぶりに平静な熟睡を得、今朝は午前中に近所の病院に行って、明日は会議と授業を休講し~、来週からは素知らぬ顔して葛野の教室に立つことだろう。この間、インフルエンザ騒動もあって、公式の休校措置と余の別件事情が重なったので、こんな悪夢はだれにも想像付かぬだろう。それでよい。余は原始的な、本能に近い、恐怖と激痛に近代医学無しで戦わざるをえなかった。

 考えてはならない脳内で、断片的に思ったのは、「これほどひ弱で、神経質で、よく今まで生きてこられたなぁ。」だった。おそらく余は今後も数十年は生きるじゃろう。多分、青年期から幾度も原始的な「恐怖と激痛」を味わってきたから、いろいろ用心深くなっておる為、そして知らぬ間に耐性(つまり免疫じゃな)がついてきて、長生きするに違いない。今朝は一週間ぶりに、病院へ行く道すがら、空を見そして外気に触れる。「生」の実感を味わうことになる脳。

 昨日は小康の中でひさしぶりに「芭蕉」を考えていた。今日のお題を「春の嵐夢」としたが、余は新暦で3~5月を春とし、6~8月が夏、9~11月を秋ならば、12~2月を冬と思っておるはずだ。五月の下旬を春と言うのはなにか身にそぐわないが、これが芭蕉の旧暦季節感となると、頭でわかっておっても今だに混乱する。と、考え込むとまた頭の中に白い閃光が走るので、止めておこう。

 そうそう嵐山さんの『悪党芭蕉』は二週間ほど前に読了しておった。芭蕉の晩年は様子がおかしくなって一ヶ月間で亡くなったわけだが、同著にはこの間の伊賀から大坂行きの事情がきっちり記してあった。喧嘩の仲裁と体調不全中での連日の句会。それでも、心中では長崎紀行を望んでいたらしい。

 余はなによりも、なぜ芭蕉が義仲寺に墓をたてるを遺言したかに一番興味があったが、さすがに鋭い嵐山さんの筆もそれには触れていなかった。近江衆と芭蕉の強い関係は、『悪党芭蕉』にきっちり記してあったが。夏の保田『芭蕉』分析にむけて、この点は、専門一般とりまぜて密かにいくつか読んでおいた方が、佳かろう脳。いや、その各論を夏の論文に盛り込む予定はない。それは、保田がどのような結構でどのように芭蕉を表現したか、その彼の思考の流れをきっちり可視化するのが目的じゃから。(あれ? ここまで書いてきてまた痛みが走った! これだから困る脳(aries))

 夜もふけた。眠りましょう、今夜は二度目の快眠。よきかな、人生。生きることは快楽愉悦じゃ~。

夢追伸
 余は眠れぬ三日三晩、夢は枯れ野をかけめぐる、それを実感あらわに体得した。嵐山さんは、その辞世を、芭蕉が直情を吐露した故に採らぬ、と結んでおられたが、余はそうは思わなかった。余は文学とは、死を鎮めるもの、死を言祝ぐものと思ってきた。よって、芭蕉は自らの死を言祝いだと考えておる。

 そうそう。夢の中身にはもちろん、すでに330枚を越えた「湖底宮」のシーンも一杯あったが、なんと、その他は葛野研に置いてあるOn30タイプの市電とか、同じスケールの真鍮模型や、あるいは久しくさわっていなかった「プチロボX」とか、あるいは、完成直前の「前方後円墳が見える高台の図書館ジオラマ」じゃった。なんとも、艶も幽婉もない、テクノ世界でおじゃった。これで来年は「後鳥羽院の歌心」を分析するつもりなんじゃから、~今から新古今和歌集もちゃんと勉強しょう。水無瀬神宮に巨大プチロボXが突然現れて、真鍮製の新幹線や阪急電車を踏みしだき、たからかに「みわたせば、やまもとかすむ水無瀬川ぁ」と叫んで暴れ回った。夢とはそういうとりとめもなさが一杯つまっておるのう。

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2009年5月21日 (木)

小説木幡記:2009/05/21(木)ずっと木幡記、葛野記

 深夜にまた目覚めた。理由は書くほどのことでもない。
 ソーダー水を飲んで、保冷剤を膝にあてて、「島図書館」でモード5、列車3編成の三重ループ往復を眺めていたら、すーっと楽になってきた。が、目がさえてきた(笑)。

 このごろずっと科学工作少年になったままだ。いかぬなぁ。手技を高める気持もなく、漫然とロボットや機関車のメカニズムをながめ、毎日感心しておる。PCとロボットと機関車と、この3つのどれがどうだかは曰く言い難い。ただ、疲れが少ないのは事実だ。昨日は授業と会議とあったが、とても疲れた。異様な疲れようで「もう、飽きたんじゃろうか」と分析しておいた。

 夕方、必要なのか不要なのか、締切がいつなのか、なにもかも分かりにくい書類に手を付けだして、約15分間PCを触っていたら、身体が熱を帯びてきた。「困ったなぁ、脳が空転しだした」と、自笑しながら五時にはPCの電源を切った。長く生きていると自分のことは分かる部分が多い。余が「おかしい」「無駄だ」「意味なし」と思ったことは殆ど、後で無駄無駄しさの典型と分かってくる。これは学問そのものもそういう部分があると、自信をもって判別できるようになった。

 今となっては、もちろん好みや相性もあろうが、余がわからない、出来ない、と思ったことは、大抵あとでものすごい間違いの上に組み立てられたものだと、透けて見えてくる。概して、流行、世相に間違いが多い。だから余は古典的な手法を最後は選んできた。たとえば涼夏2007PCで、RAIDを選択したとき、最初はRAID0やRAID3にするつもりだったが、直前になってもっとも安定したRAID1を選択した。このことで2007年夏以来、ものすごい安定感を得てきた。数度ディスククラッシュじみた事故もあったが、すべて直ちに自動回復をしてくれた。あの時、とれとれ試供品みたいなマザーボードを使ったので不安はあったが、ことRAIDの選択には間違いなかった。今の技術はわからぬが、RAID0と、それを補完したRAID3は悪手だったと判定している。いや、RAID0とRAID1の複合RAID10は、おそらくRAIDにした快感というか、意味がもっとたかまるだろうと、想像しておるが。

 かくのごとく技術には使ってよい技術と悪い技術とがあると思う。
 社会システムには、それが典型的にあらわれてくる。
 そして、おそろしいことに、人生もそうなんだと、今さらながら日々味わっておる。余のごとき田舎宗匠なれば多少の間違いがあっても(笑)たかが知れておるが、大企業とかマスメディアとか中央官庁とか、そして政府などはできるだけ間違いを少なくすることを考えねばならぬ。最大の間違いは、不要なことを、業績や自己保身のために、人の善意や、税金や人々の浄財をつかって行い、それをもって進歩とか改革・改善とか高らかに歌うことであろう。

 今ふと一々昨今流行の考え方ややり口を列挙して、いちいち論難罵倒しようとしたが、ブレーキがかかった。そういう無駄無駄しいことをすると、今朝の予定授業2科目に隙が生じる。そしてまた膝が発熱して歩けなくなる。もう、ねよう。

 そうそう芭蕉翁さんのことだ。やはり翁は物事が見えた人だし、迅速の人じゃった。「軽み」も句作や芸術行為に活かすのは難しいが、人生を軽みとすることは大切だと、痛切に感じ思っておる。今、もっているものを棄てて山奥に籠もる必要はないが、人は現世利益を重視するほど苦しむのは事実だ。好きこそものの上手なれ、あるいは、下手の横好きが、人生の「カナメ」であり、それは「軽み」に通じる、脳。

 やむにやまれず勉強したい人、どうしても学問し授業を受けたいひと、そういう人達が大学に入って、たとえば余の授業を受講してこそ、余も学生達も幸をうる。あははははは~。そういう単純なことに、どうして気がつかぬ!

 ……。もう眠ろう。
 マスメディアも、大企業も、世間も間違いがおおいのう。

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2009年5月19日 (火)

小説木幡記:2009/05/19(火)一日の会話量

 夕食後右膝が疼いたので鎮痛剤を飲んで横臥していた。2時間ほど経ったとき、痛みが取れていたのを忘れていた。
 そういえば昨日木幡記を休んだので、睡眠儀式として今日の日々を記しておこう。
 日記などだれも読む者はおらぬだろうから、赤裸々な真実を記しておこう。

 ところで高校の国語の時間に、「平野」をまずタイラノと読み、くすくす笑いに焦って次に「ヒラノ」と読んでさらに哄笑がたかまり、ついにやっとヘイヤと読み切った話は以前、したかなぁ? 実は、赤裸々も、最初はずっとアカハダカ・ハダカと読んでおった。だから余はマスコミや世間の人のようには、今の宰相をおかしいとは思わぬ。そしてまた人名は100%に近く別名で呼んでおった。たとえば吉本隆明は、未来永劫リュウメイだな。川端康成はどうしてもコウゼイとなる。友達に正史(まさし)がいたが、常に「セイシ」としか呼ばなかった。そうだ、城とかいて「せい」と呼ぶようだが、余はいまだに「ジョー」としか読まない。

 長い挿話となった。
 今朝は四時に起きて、3時間日曜作家になった。先回は、百万遍中央図書館のレファレンスルームで、長田(おさだ)君と小泉佐保と小沢トモコがやっきになって琵琶湖の怪異をしらべておった。今朝は、佐保君が上司の柿元係長から無理難題、課題をいくつもふっかけられて青息吐息になっておった。その前は、Mofu君が決死の逃避行をしておった。まことに、物語世界はお金もかからず楽しいものだ。本代、映画代、交通費一切かからぬ。

 と、ここらで日記のネタは終わってしまう。少し短い。
 次に、

1.往き帰り警備のオジサンに挨拶した。「おはよう」「さようなら」あわせて3秒程度だな。
2.朝、秘書室で2名の秘書さんに挨拶した。「インフルエンザがいよいよですねぇ」
  「お元気そうでなにより」
  「……」あわせて1分か。
3.昼に屯所によって局長と副長の顔をみた。
  「局長、おったのかぁ」「副長、またあったなぁ。毎日だぁ~」「屯所に客が少ないな」
  「さっきまでおりましたよ」
  あわせて5分か。
4.「局長、Lostの話でも聞かせてくれ」
  「はい」
  「男性では誰が好きだ?」「ええ、最近はソーヤー」「ほぉ、あの嘘つきイケメンがすきなんか」
  「女性では?」「ジュリエット」「ああ、不妊研究者じゃな。余も好きじゃ」
  「センセの好きな男性は?」「ベン、ベンジャミン、大嘘つきのベンじゃね」
  「……、嫌いな女性は?」「ケイト」「同じです」
  「……」Lostのネタバレなしで、あわせて10分。
5.秘書室は早く閉まるので、夕方郵便を見に行った。三人おった。
  「大阪は蔓延。君は、高槻か? 茨木か?」「はあ」
  「君は、安全、滋賀県かな?」「わかりませんよぉ、滋賀県も」
  「君こそ、京都市内。まだ、大丈夫」「はい」
  などとインフルエンザでもちきり。
  あわせて4分か。
6.エレベータで女性教授。
  「センセ、まだ痛いのですか?」「ぼちぼちです」
  「授業もないのでしょう? お休みになったらよかったのに」「はあ。お互い死なぬ程度に働かないと」
  「ええ? 長生きされたいのですか?」「はい、百まで」
  これで、10秒。
7.エレベータで男性教授。
  「お互いに」と、余は先輩教授に挨拶。
  「いやぁ~、そのうちお話しましょう」「そうですね。パッと明るくなるような」
  これも、10秒。
8.帰路バス停で女性教授。
  「Mu先生は電車でお帰りですか?」
  「いや。でも、はい、歩く練習、リハビリです」
  「はやく、元気になってくださいな」
  「いや、それほどでも(?)」
  これも、20秒
9.帰路、後ろから自転車の学生。
  「センセィ、お体!」
  「君こそ、就活どうじゃね」
  「三次面接で、落ちました」
  「ほうかい。今年は倍して難しいよな。ま、よかろう」
  「ええ、婚渇(活のまちがいか?)に走る手も残しておきまする」
  これで2分かな。
10.この時、うしろに気配。
  一人は教え子、ひとりは回り回って知らぬでもない学生。
  「よお。よお。なにより」(会話って、ものすごい文脈場依存ですなぁ)
  「はい」「ええ」と、同時発声を聞く。
  これで10秒かな。
11.木幡研
  「うまいなぁ、このトマト豚肉いため」
  「……」「……」
  これで30分か。

 と、本日の発話というか会話は、合計で3173秒→53分。
 一日を53分で過ごす低燃費男、だなんて。  

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2009年5月17日 (日)

NHK天地人(20)上杉景勝の英断

承前:NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし

豊臣秀吉の役者振り
 秀吉が今夜あたりからやっと年令並みの風格と威厳をもってきたので、そのお家芸「人たらし」が自然に見えてきました。たとえば、落水(おちりみず)の会見場では、迎えにでた直江兼続だけでなく、そこにいた総ての上田衆の名前を呼び、手を取って戦ぶりを誉め廻りました。芝居がかっていると「ひと言」ですませられもしますが、こういうことは誰にもできることではないです。それを十万の兵を越中富山に待機させた秀吉がするのですから、猿面冠者秀吉の面目躍如と言えますね。

 確かに一兵の血も流さずに、越中や越後を従えた秀吉の遣り方は、旧主信長とは対極の地にたった方法論です。信長にしてこの秀吉あり、という人間世界の不思議さをあらためて味わいました。信長なら、十万の兵で二万の敵軍を撫で斬りにして殲滅するところです。そこで育った秀吉だからこそ、かえって自分の方法論をあみ出し、「人たらし外交戦略」を洗煉することに努力したのでしょう。

 しかし歴史にはなおそのあとに三河の徳川家康が控えています。俗謡とはいえ、次の三句がその三人のキャラを鮮烈に表現していますね。

●鳴かぬなら殺してしまえ、ほととぎす・・・・信長の性格をさします。
 →癇性ですね。激しい性格がもろにでた句です。部下は常に手打ちされる恐怖政治。
●鳴かぬなら鳴かせてみせよ、ほととぎす・・秀吉のことでしょう。
 →人の能力を、たらし込みながら使いこなし、しかも命令するところがあります。
●鳴かぬなら鳴くまでまとう、ほととぎす・・・家康なら、そうよむことでしょう。
 →若い頃に辛酸をなめたから、熟柿の落ちる「時」を待つのが上手です。

 それなら今夜の上杉景勝はどうだったのでしょう。「鳴かぬならそれでよいのだ、ほととぎす」と、私はよんでみましたtaurus。今夜の寡黙、眉あくまで太く、口元をへの字にまげた景勝は、本当によい配役でした。この時30歳くらいでしょうか、会見場で話したのは<上洛します>だけでした。

 三年前に魚津城を落とされながらも、本能寺の変によって、織田の柴田軍が越後から引き上げ、九死に一生を得たことを景勝はまざまざと思い出したわけです。だからこそ、この度は織田とは異なる秀吉の天下に、自らの義を全うできる感触を得て、軍門に下ったのだと思います。

 たしかに信長治世はまだ不安定でした。武力制圧が目につき、比叡山焼き討ちも門徒衆殲滅も、朝廷への強圧も、それぞれが謙信公伝統の上杉家には我慢できない仕様だったのでしょう。しかるに、秀吉は諸国懐柔が先にあり、戦ったのは明智光秀と旧身内(柴田勝家など)の範囲に限定されていました。景勝としては、三年前の天佑を活かすには、上洛するのが越後のため、ひいては天下太平の道と考えたことでしょう。

 つまりは、秀吉は言葉と実質待遇でもって、名門上杉の越後を配下に従えたわけです。秀吉が景勝の「上洛する」の言葉に腰を抜かすほど感動したのは、事実だと思います。もしも景勝が首を縦に振らなければ、またしても秀吉は数年間越後の雪と戦い、出血したであろうことも十分想像できます。予告編にもありましたが、三河の家康殿はこの時期、まだ完全には秀吉配下では無かったわけです。秀吉は上杉と戦えば長期戦になり、家康が後ろから回り込んでくる危険性もあったわけです。

今夜の見どころ
 クノイチ初音さんが出てきました。障子をピシャリと閉めて直江さんに流し目を配ります。初音さんは実は真田幸村の妹らしいのですが(他の情報では)、先回は信長に殉じる所まで行き、光秀をカタキとして切りつけたのに、三年たって気持が楽になったのでしょう。生きる目になっていました。当然女性だから「生きる」とは優秀な男性を落とすことに生き甲斐を見付けるわけです。
 上杉がどう動くかを敵情視察し、それを真田荘に持ち帰り、兄上とじっくり天下の情勢を分析し、ふたたび政界の闇に潜み動き回るのでしょう。今度は、どうも三成にふたたび手をのばすのでしょうかね。クノイチ稼業も忙しい!

 お船さんはまだ核心に躍り出てきませんが、日常の中で直江兼続を力づけて名・女参謀となっていく様子が良く分かりました。たとえば<殿は秀吉に何も話さぬつもりだ。こまった>と兼続に言われると、<殿は黙っているだけで威厳があります。あれほどの無愛想な方は他にはいません>と、兼続に方法論の転換を進言します。こういうちょっとしたアドバイスが、かえって兼続ほどの名将智将筆頭家老にはありがたいものだと思います。まわりの男達に相談すればきっと<戦うぞ><猿ごときに頭をさげてなるもんか><殿、命を投げ出しますから、どうか御下知を>と、いきり立つことでしょう(笑)。

天地人への感想
 大河ドラマは主役だけでなくて、脇役に命があると思います。私は今後秀吉や家康が貫禄を見せてくるので安心です。
 さらに、真田幸村もちょっと気になっています。
 もちろん、上杉景勝と直江兼続とが、関ヶ原前後までの難問珍問をどうかたづけていくのか、それが一番の見ものですね。大昔の伊達政宗でも、政宗が秀吉や家康とどんな風に交渉していくのかを、ものすごく印象深く覚えていますから。

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2009年5月16日 (土)

小説木幡記(追伸):2009/05/16(土)五月の猫ハルキ

 ハルキ君も随分大きくなった。最近は、来たときに比べてよく眠るようになった。おそらく木幡研の居心地のよさを味わい、所員達の人柄にもふれて、警戒感が薄れてきたのだろうtaurus

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 そういえば、兄の故・またりん翁も十数年の間、ずっと寝てばかりおった。しかも、写真のソファと人形と熊と羊が彼の晩年の友だった。春ちゃんはそれをしってか知らずか、「羊」を特に愛好しておるようだ。猫族の継承は、あるのだろう。

 メモとして。
 彼がときどき押し込まれる、お仕置き部屋とか、拷問部屋とか、座敷牢という名称はこのごろ極力春ちゃんの前では使わないようにしておる。彼は、確実に人間語を理解している兆候がある。単に「お部屋」と、言い換えだした。
 その座敷牢じゃが、春ちゃんは100%確実に電灯の消灯を自分で任意に操作しておる。恐るべきかな。気分によって、点いたり消えたりしておる。
 で、余はこのごろ言葉を教え込むようにしておる。国語教育こそ知能ある万物の根源と考えておるのでな。これも「またりん翁」に似て、ときどき池をながめておるので、「鳥」とか「虫」とか、「池」と指さして教えだした。すべてにたいして、「にゃお」としか答えぬが、分かった目をしだした。

 余は嫌われておるのか好かれておるのか、春ちゃんが気まぐれなのか、この頃分からぬ。所員達が部屋にいるときは、手をかざしただけで身をすくませる。抱き上げると、まるで拷問されているような深刻な目をし、身体を硬直させる。しかるに、だれもいないときは余の膝にぽんと載って、濡れた鼻先を余の手足や顔や鼻に押しつけてくる。

 猫の気持は分からぬことも多い、のう。

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小説木幡記:2009/05/16(土)トポロジーと内田康夫でまったりと

 ほんわかとした土曜日だった。さっき夕風呂じゃなかった、夕べのシャワーを使って、4711ポーチュガルのアフターシェーブローションで眠気をとって、ついでにデコにハッカ油を刷り込んで、ソーダー水を飲んで一息ついた。猫春ちゃんは昨日、今日と随分おとなしい。相手するのが余では、彼もなんとなく面白くないのじゃろう。ボール投げをしても追いかけるのは1/3で、咥えたのはたった一回。それも途中でぽろりと落として、別の部屋に行ってしまった。なんたる人間差別!(つまり他の所員の時には、まるでわんちゃんみたいに喜々としてボール運びをしちょる)

 内田康夫さんの『砂冥宮』を午後から読み出して半分まで進んだ。泉鏡花や三浦半島や、金沢や小松市や内灘や、……。寝ころんで読んでいるだけで、旅や文学の香りが漂ってくる。これも最後まで急いで読み進むのがもったいない。

 今日は朝方は相変わらず膝が疼くので、いらいらして日曜作家は小一時間で切り上げて、「島図書館」の自動化を進めておった。三つの支線から一つの終点に向けて、3台の機関車が次々と往復するモード(モードNo5)を実験した。TOMIXの5563(自動運転)は本当に優れた製品だと思ったぞ(笑)。しかしあまり普及していないようなので、実験中はずっと、ものすごく簡単な製品販売の工夫を考えておった。

1.製品にはセンサーを4つ同梱すべきだな。ついでにフィーダーも2つ。
 余がこの製品を知ってから入手するまで1年かけた。最大の理由は「センサー」の入手難と、初めてのことは一式セットでないと不安がつのったからだ。2005年に発売されて、今(2009年5月)は店頭在庫しかないようだ。おそらく長期間売れ残りなんだろう。事情の一端は、「わかりにくさ」「不安」だと思った。安いといっても1万円前後だから多少は躊躇する(笑)。もっと安心させないと。センサー、フィーダー一式セットで9998円。これなら馬鹿売れする。

2.トポロジー(位相幾何学)を利用して、分かりやすい用例記事をサイトに載せるべきだな。
 数少ないこの「自動運転システム」をネットで探すと、一般の使用例は少なく、「動いた」くらいしか分からない。ベテランマニアの解説だと逆に「10もモードがあっても、使えた代物ではない」とまで酷評じみた記事もあった。
 しかし、余はじっくり見れば見るほど、複雑怪奇な自動運転を、プログラマブル世界に落ち込まず、一種のパラメタ方式で、10のパターンに分けて製品化したのは、ものすごい凄腕の技術者魂だと、判定した。

 ただ、小さなマニュアルには基本事例だけがあり、実際にジオラマ(レール・レイアウト)を敷設してしまった人には、それ(自動運転)をどう組み込むのかが、分かりにくいのだと思った。抽象化した要素項目だけから、それらを現実に動くシステムに組み込むのは、極めて難しい。
 プログラム教本の基本アルゴリズムを使って、大きな実質的なシステムを作るのが難しいのと、同じレベルだと思った。

 位相幾何学(トポロジー)なんて、余が理解出来るわけがない。しかし理系の人は得意だろう。レールレイアウトをその事例で見ると、10の基本パターンのどれかが物の見事に、自分のレイアウトに相似だと分かってくる。折り曲げられた複雑怪奇なレールを、ほどいて、解きほぐして眺めてみると、10のパーターン(のどれかが)がぴたりと当てはまってくる。ふむふむ。

 ドーナツとコーヒーカップが位相幾何学の見方では同じだという良い事例があった。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「位相幾何学」にちゃんと動く絵が載っている。

3.センサーは多少難ありじゃね。
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 物理的にNゲージの小さい車輪通過でセンスするというのは、ちょっと無理がある。余は爪楊枝一本で接触面をレール面に合わせて解消したが、製品としては、……。だね。
 (ただし、別記事に載せたが、HOゲージだと、車体も重いから相当にラフな方式でも100%確実にセンスする)
 かといって「レール組み込み済み」製品は高額だし、すでにレールレイアウトを固定している場合挿入が難しい。余の「島図書館」は全域急カーブ急坂の3重ループだから、直線レールの入る余地がない! で、爪楊枝一本で総てのセンサーを半径140mmカーブレールにセットしておるが、困ったことじゃ(爆)。

*.ポイントを自動制御させて自動往復するなんて、素晴らしい。
 このシステムはポイントを2つまで自動制御できる。分岐コードを使えば、あれこれ珍妙な方法も想像できるが、汗をかくので2つで我慢しておるが、……。まるで、「島図書館」ジオラマがロボット化したような快感がある。正確にカチリカチリと間違いもせず、路線が変更されていく。素晴らしい!

↓さて、そろそろ夕暮れも深まった。夕食にしよう。久しぶりの内田ワールドもじわじわと快感が深まり、午前の「島図書館」ロボット化もうまくいったので、今夜はよく眠れそうだ。
 

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2009年5月15日 (金)

小説木幡記:2009/05/15(金)「どうする? 鉄道の未来」

 今年は良書に出会うことが多くなっている。最近入手した<増補改訂版>『どうする? 鉄道の未来/鉄道まちづくり会議・編』緑風出版、2009.4 増補改訂1刷、これは余のここ数年の思いをきっちりまとめている。幾つかの解もあった。余自身の切実な疑問にこたえてくれていた。

 カバーに記してある内容紹介をいくつか選び記録し、要約としておく。

1.鉄道にはどんな価値があるのですか?
 鉄道というイギリスに始まった交通体系、日本は明治時代に取り入れた。現代、そして未来の「鉄道」に価値はあるのだろうか? という問いかけに、答えられる人が何割いるのか、余も考えてみた。

2.鉄道を選択するための財政的方策はありますか?
 「採算」という視点からは、儲かっているのは新幹線と首都圏交通と、他の大都市圏だけに思える。ならば、残余は赤字で、赤字が続く企業や組織は消えるのが妥当なのだろうか? 「採算」だけが人間・社会システムを判定する物差しなのだろうか?

3.世界の流れは鉄道よりもクルマではありませんか?
 そう余も思っていた。20代のころ自動車通勤していた時、京都市電の軌道が邪魔で、クルマの側を市電がとろとろ走るのが嫌でしかたなかった。京都市電が廃止されてほっとした。しかし。これは痛恨の、余の誤算だった。余はいまだに当時の余を「考えの足りない、馬鹿者」と罵倒している。 今となっては、京都市の市電撤廃は、稀にみる悪手だったと判断している。さて? この本を読めばわかる。

鉄道中心の街づくりが都市を再生させる! どうすれば鉄道を存続できるのか?

 ↑帯にはこう書いてあった。そして余は思った。<鉄道は田舎と田舎、田舎と都市、都市と都市を結びつける、もっとも安全、安定したクリーンな動脈。これが消えたとき、日本は標準時計の無い世界に戻る。>

 日本の鉄道時間の正確性は世界の中でもトップクラスと聞く。沿線の人は時計代わりにしていることもある。余は青年期まで京福電車(嵐山線)の側で寝起きしていたので、始発と終電が生活のリズムだった。
 そして、都市部や新幹線はその正確性の故に、時には事故を起こすギリギリのダイヤ編成となってしまっている。

 で、なぜ正確なのか。一つは日本人の几帳面さ。いや、几帳面であっても出来ないことは出来ぬ。なぜ出来るかは、「安定」している故に、というものすごく単純な事実に支えられているからである。こういう「安定性」というまれに見る上等な鉄道システムを棄ててまで、地方が疲弊し、道路が渋滞し、ガソリン垂れ流しのような事態を良しとする、そういう常識は一体どこから出てきたのだろう? ……。

 鉄道を廃止し、バス路線にし、そのバスが鉄道時代の利用率をさらに半減にし(鉄道を復帰したとたん、利用が戻った事例も書いてあった)、ついには全国路線バスの廃止。残るは自家用車、トラックに頼る未来の日本!
 自動車運転。
 これが問題だな。ハンディのある人。子供。高齢者。運転免許の無い人。自動車を飼うほどの余力のない人、……。隣町に行くにも自転車か、徒歩か、籠か馬しか方法が無くなる。
 今のままでも大都市周辺の鉄道や新幹線は残るだろう。しかし狭い日本、大都市だけで出来ているわけではない。無数の村や町があって、我が祖国。
 うむ。
 そもそも、鉄道を廃止するときの錦旗「採算がとれない。赤字」これが日本の未来を暗くした元凶だった。

 「採算」は、トータルな視点「費用便益分析」の一つの要素に過ぎない。と、この図書にはその解の一つがあった。
 そこで、余は思った。
 採算が取れないから小中高校を維持できなくなるのか? 喰うて寝るだけの人達は採算が取れないから、年金も出せなくなるのか? 現代でも数割の人は「自衛隊なんて、無駄弾撃って税金使うだけの、赤字組織」と思っておるだろう。だから国防をやめるのか? となると、犯罪者が少なくなったり、防火建築が普及すると、警察も消防もそのうち赤字団体として解散するかもしれぬのう(笑)。 いやいや、クルマの交通事故がある限り、警察も消防救急車も安泰、だなんてブラックな。

 鉄道を帳簿上「採算」レベルで考えた秀才達は未来を見る力がなかったようだ。当時の余と同じ、机上や流行で物事を決したツケが、そろそろ顕在化してきた。高速道路を千円で走らせて、めくらましをかけても、もう駄目だ。底がわれておる。あはは。

 この図書は、明確に以下のような内容(要旨)を示していた。
 つまり<鉄道の採算が取れるかどうかは単に事業者の問題。サービスを受ける人や地域全体の視点で見ると、おつりが出る場合が多い>、<世界には無料の鉄道もある。そう言う場合、事業者の採算という考えは意味をなさない。全体の便益を考えないと間違う>

余の感想
 この図書は、今後余の「鉄道図書館列車」システムを考究するさい、座右の書としよう。
 図書館や博物館は、世界中採算どころか、赤字組織だから、効率・採算が跋扈する世界では、うかうかしていると「廃止」になる?
 赤字路線に「二階建てトロッコ図書館列車」を走らせることの意味をますます確信できた。いや、新幹線に走らせるのは附録とも思った。
 だからこそ、この図書を瞥見し、胸のつかえがおりた。

追伸
 余は生来クルマ好きである。若年時よりハンドルを握っておると精神的に安定するくらい、心身にぴったりあっておる。鉄道がどれほど良くても、逆にクルマ廃止、高速道路閉鎖だなんて、またぞろ馬鹿げたことになったら、鉄道の良さは良さ、クルマの良さもあると、断言する。

 日本の鉄道も賢い人達がいて、線路を走っている電車バスが急に一般道を走り出すシステムとか、非電化線路になると電池で走り停車場で充電しながら走るものも実用研究されているようだ。
 どんなことも、資産と資産とをつなぎ合わせる工夫が必要だと思った。

 たとえば余の試案:鉄道フェリー列車(笑)。
 無敵のEH500電気機関車・三重連の後ろに百台の車載用特殊コンテナがあって、余はまず京都駅まで自動車で行って、適当なコンテナにするりと乗って、そのまま居眠りしたり、列車編成内の図書館・書庫コンテナで読書したり、ディナー取ったりして、気がついたら「札幌、札幌」となる。こういうハイブリッドな世界が早くこんかのう。

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2009年5月14日 (木)

小説木幡記:2009/05/14(木)様々な一日

 起床4:50、気分爽快、床から立ち上がりは杖無しで30秒に改善。日曜日あたりには1秒速攻立ち上がりとなろう。
 午前に二つ授業。

 情報サービス、先回提出された小レポートを返却しながら、罵倒。「君ら、こんなたらたらで期末レポだせるとおもうのかぁ~。是非もなし、来年再見」 巡回したらそこここで「来年はお会いしたくありませぬ」と、怨嗟。「ならば、今日の分は根性いれよ!」と、罵詈雑言。それで、ようやく「心」が復調してきた。
 余生来、一日一回、世界に向かって罵倒しないと、どうにも調子が出ぬ。近頃は、それを忘れて日々猫なで声で過ごしてきたので、今日にいたってようやく本来の余に戻った気分也。
 資料組織(主題分析)の二限目は、無線マウスの電池切れに気を取られて罵詈雑言吐くのをわすれてしまった。本日は、件名標目表とシソーラスの異同につき、演説。声がかれてきて、残りの20分で先回の小レポを返却、新課題を説明している間も、好々爺の振り。まあ、この科目は下級生も多いので、それくらいでよかろう。

 昼頃に屯所で、共同演習・着手発表2科目分のレジメを各班が提出したよし。午後すぐに助勤と「着手発表」時の打合せ。すぐに終わって、それから助勤達は屯所に鍵をかけて延々と夕方6時まで内容の考査に精勤していた。
 余、その間ED79-100の台車に挟まった細い糸くずを爪楊枝とピンセットで掃除。春ちゃんの猫糸玉くらい取り去って「これじゃ、フライホイールがあっても時々即時プッツンするはずだ」と独り言。しかるに、再セットするも動かず、ショート。ダイキャストボディにホイールが接触の模様、あれこれ30分かけたが、遂に放棄。モーターの中心位置を保てない。

 これではならじと、懸案の発表原稿の附録部分に手を入れだした。延々と五時までかけて、予備稿完成、さっそくメールで知人に送り評価を頼もうとしたが、メールは16MBもあるパワポ・ファイルを拒否しよった。しかなく、最新バージョン形式の圧縮モードで格納するも、8MB.。さらに仕方なく、これをPDFに変換してようやく3MB。もう一度メル添付したところ、うまく送信した。それにしても、MSのアプリケーションはどれもこれも、いまだにファットなファイルを作りよる。よくない。もっともっと開発をとぎすませないと、袋小路に入ってしまうなぁ。思うに、大昔のTINY BASICなんてROMで3KB程度じゃなかったかな。主メモリー8KBで豊かに動いたような記憶がある。

 さて6時前に屯所を覗くと、まだ論議しておった。
 「もう、暗いよ」「まだ、半分です」「来週質問する分だけにしたら?」「はい、……」
 「みんな、駅まで送るよ」
 と、駅前で別れたが、助勤達は風の噂では、それからチャーシューメン・ライスにゆで卵で空腹を補い、またしても近所のファミレスで延々と論議を重ねたよし。今は22時だから、もういまごろは家で本式夕食「丼メシ」を食べておることじゃろう。(注記:助勤たちは全員花も恥じらう20数歳の乙女たちだが、上記は事実のはずだ) 

 帰還後余は木幡研でメザシと卵焼きと茄子田楽と奈良漬けと豆腐の味噌汁で空腹を満たした。うむ。これぞ、純正日本食なり。

 さて、夜も更けた。今夜も穏やかな就寝となろう。

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2009年5月13日 (水)

小説木幡記:2009/05/13(水)良書に恵まれたなぁ

 また突拍子もなく深夜に目覚めた。こうなると深夜と言わず、極早朝と思えば異変なく心身良好となろうか。痛みや涙まみれや悪夢汗で起きたのではない。すがすがしく目覚めた。さもあらん。眠り猫のように24時間半睡状態が続いたのだから、「もう、よろし」と余の生体システムが何かの決着を付けたのだろう。

 五月の黄金週間の中日に「嵐山光三郎『悪党芭蕉』」を読むべしと託宣がおりて、翌日は知らぬ間にアマゾンから新潮文庫が届いておった。木幡研のこういう自動システムには、ものすごい所がある。
 余は食わず嫌いのところがあって、読む前に「嵐山」って、あの嵯峨の嵐山出身の作家かなぁとか、らちもなきことに頭をめぐらせて、その上『悪党芭蕉』が世評で、芭蕉が犯罪者と付き合っていたとか、同行二人は美少年世界と聞いても、興味がわかなかった。「読むべし」託宣が降りたときも、「トンデモ本を読む気力も時間もない」と、思ったくらいだ。

 ところが。
 黄金週間の終わりまでに半分読んで、この数日間は半睡状態の中で3割読んで、今朝は余すところ2割となった。その2割を読み切るのがもったいない、と思うまでになった。要するに舐めるように読み出したということだ。350ページ程度の文庫評論だから本来なら一晩で読み飛ばすところだが、それだけの時間をかけているのは、体調のせいではなくて「こりゃ、流し読みする図書じゃない」と気付いたからだ。

 これまでのところ、猿蓑の中にある「夏の月」連句が出来るまでの翻訳解説が圧巻だった。36句をどんな風によんでならべて連句にまとめ上げたかの詳細が記してあった。芭蕉と凡兆(ぼんちょう)と去来(きょらい)の三人が元禄三年(1680)に京都の医師凡兆の家に集まった。
 (三十六歌仙の方式は、別の箇所では、おおよそ夕方5時過ぎから9時過ぎまでかけて36句を次々と並べていくと、あった)

 この36句はグループに分けてあって懐紙の裏表二枚に丁度おさまるようになっている。さて問題は、個々の句の出来具合も大切だが、句から次の句への連なり、グループからグループへの転移の妙、そういうところに元禄蕉風の独自性があったよし。嵐山の解説・翻訳を読むたびに余は歓声を上げていた。たとえば、ある句と次の句とは、そのまま引き継いでは下の下、良しとするは移り香程度の関連をもって、次に行く。時に移り香、時に反歌のように、時に前句の打ち壊し、……。その精妙なルールを確固と守り、しかもなお意表を突くような遷移・転移を見せる。

 これは。
 コンピュータで自動解析させようとすると、芭蕉ほどの能力を持たせないと、無理だなぁと思った。要するに「映像」を媒介にして句と句の連鎖を分析すると芭蕉の意図が分かると考えた。コンピュータに句の五七の用語によってある映像を作らせて、次の句にも作らせて、その二つの映像の関連を厖大な江戸風俗や古典データベース(情景だな)で辞書引きさせて、そこで芭蕉の俳文から俳論をこき混ぜて、やっと連句全体の雰囲気や情景を分析し終える、となる。む、難しすぎる。

 今読んでいるところの嵐山の分析では、「軽み」にいたっては、芭蕉の死後「蕉門」が分裂する程の最大の「難問」だったよし。余流に解説すると、芭蕉は弟子達にあらゆる古典を含めた教養と人生経験と句作を積んだ上で、それを全部すてて、さらりと軽く句を作ることを要請した。スポーツで類推するなら、流すノリで最高記録を達成するようなものだ。それについてこられない弟子達を、あっさり切り捨てた、となる。芭蕉は、無理無理のおっ師匠さまだったわけだ。もちろん切り捨てられた弟子達は、叛旗あげて、自らの離反を正当化したわけだが。

 ……。

 他には、黄金週間中に、鉄道模型関係で良書三冊にめぐり逢った。余の備忘録として記すなり。
1.Oナローゲージ・トロッコモデリング/小泉宣夫 機芸出版社、2000年
2.HOゲージ・小型レイアウトの作り方/池田邦彦 誠文堂新光社、2006年
3.原信太郎鉄道模型のすべて・技術の極み、躍動美/原信太郎 誠文堂新光社、2008

 以上三冊は、偶然に入手したものだが、その貫道するは一なりと、思える内容だった。文芸も技術も不易流行が、あるものだ。
 なお不易流行については、嵐山は随分難しいことだから弟子達が離反した原因と記していたが、余の考えでは保田の『芭蕉』にはその解があった。この夏期に解読予定だが、万葉集以来の古典文芸は芭蕉にとっても誰にとってもファッションでもないし、意匠の一つでもないということ、そのことの覚悟性の確認があれば、不易流行は真っ当に生きることの表れだと思った。
 鉄道模型という技術世界にあっても、この三著をみるかぎり、たしかに「不易流行」の結実であると味わえた。

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2009年5月12日 (火)

小説木幡記:2009/05/12(火)物語で括ることも、痛みよけ

 深夜、零時すぎに突然目覚めてしまった。激痛からだった。月曜は這々の体で葛野に行き、早朝授業を二つこなし、同僚に鉄道図書館の一般論を相談し、局長には「明治村図書館列車」の相談をし、別の係にはカリキュラムの相談をし、別の同僚には詳細を相談し、学内メールで要請のあった仕事をいくつかこなし、そして途方にくれていた。「痛い」と。
 そうだ、昼食時にも助勤たちと授業の打合せをしていた。この時も内心痛みで顔がゆがんでおった(笑)。

 夕食時に痛み止めを飲んで、しばらくしてそのまま就寝した。十時すぎだったろうか。眠りにつく前に随分「気弱」になっている己に気がついた。気弱の内容は単純で、「何をやっても痛いのだから、もう、全部放り投げたい」と。いやそれほどデスパレート(英語:絶望的な)な気分でもなくて、ひょいと「棄てたら気楽になるだろうな。日々仕事、研究や教育や話が多いなぁ」と軽いノリに過ぎない。

 膝を120度以上に曲げると激痛がくるようだ。寝ている最中に寝相が悪くて直角にでも曲げてしまったのだろう。だから、深夜に目覚めた。杖を使って数分かけて床から起き上がり、暗い部屋に出た。常夜灯の影に春ちゃんがソファの上で眠っていた。仰向けになったままぱちりと余をみて、ニタリと笑った気がした。冷蔵庫から冷えたソーダー水をだして、コップにいれて春ちゃんを見ながらゴクリゴクリと呑んだ。喉越しがよいなぁ。その時出した保冷剤を二つ膝にあててネットでくるんだ。ひゃぁ~んとして、痛みが速攻で薄らいでいった。5分ほどして嘘珈琲を作って飲み出した。わざわざ漫画博士を呼んで真珈琲を淹れるまでもない。

 痛みは知らぬ間に薄らいでいた。
 物語を考えていた。研究も教育もその他の仕事も付き合いも、一切合切物語と思えば随分気持が楽になる。そう、痛みすらも物語なのだ。昨日昼に発注しておいたポプラ社の『百年小説』が届いていた。森鴎外から太宰治まで、50人以上の作家の短編を編んだものだった。とりあえず富嶽百景と山月記を読んでみた。前者は太宰の活きの良さを味わい、後者は痺れた。余は漢文調の小説を目にすると、全身が粟立つ質でな。

 新漢字、新仮名遣いという点に、いろいろ思う人もおるだろうが(余もそうだ)、しかし木幡研で話した結果、現代人には旧字旧かな遣いは外国語並だから「しかたない」「是非に及ばず」という結論を出した。でっかい活字で目に優しくて、そのうえ総ルビというのもよい工夫だった。今はしらないが、岩波書店の良さをたった一つあげるなら、漱石全集なんかでも極大文字を使っておる。あれはよいなぁ。今回のポプラ社のやりようは、それなりに読みやすくてよい気分になった。

 そこで。
 生きていることは物語を編んでいること。
 そこで。
 疾風怒濤、ジェットコースター的急転直下、謎が謎を呼ぶ猟奇殺人、……。だけが物語ではない。近代小説を物語と定義するなら、穏やかな小春日和のぽわんとした物語もあってよい。伊勢物語風の歌物語で人生を歩むのもよかろうな。しかし、中島敦の格調は、たまらぬのう。彼のは木幡研に別本もあるはずだから、名人伝や李陵なんかも読みたくなった。

 とここにいたって気がついた。余は温度差に弱かっただけなのだ。近頃は一睡の間に十度前後高低する。これが体内のホメオスタシス(恒常性維持機能)を破綻させ、あっさり横臥に誘い込むようだ。してみると昨日は7月並の高温、この週末は3月はじめの低温と聞いておるから、こりゃ週末はたっぷり読書しなくっちゃ。保冷剤もたっぷり冷やしておこう。良き日々なり。

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2009年5月10日 (日)

NHK天地人(19)敵は本能寺、是非もなし

承前:NHK天地人(18)魚津城の攻防

決めセリフ
Ⅰ.明智光秀の<敵は本能寺にあり>
 このセリフはあらゆるドラマ「本能寺の変」で私が意識してきた言葉です。今夜の鶴見辰吾さんの光秀は重みがあって良かったです。光秀がこう言ったかどうかの信憑性は、おそらく亀岡か桂あたりで麾下の将兵にゲチしたとき、沢山の人達が耳にしたことでしょうから、で、なんとなく本当らしく思えます。
 後世この言葉を発する時は、謀反反乱クーデターの時もそうでしょうが、一般に「思いも寄らない相手を敵とする」時に使うようになりました。
 さて本能寺の変の歴史的意義や意味は語り出せば夜が明けるので止めましょう。少なくとも「天地人」においては一挙に変化があったわけです。これまでの舞台が越後に限られていたのが、京都や大阪にまで広がることと思います。

Ⅱ.織田信長の<是非もなし>
 信長の口癖は以前、ともかく短い言葉にあったと、秋山駿『信長』で知りました。是非もなし、是非に及ばず、~であるか、などがあったようです。
 (私も一時期真似ましたが、回りの反応はなかったです(笑))
 是非もなしとか是非に及ばずの文脈は、信長の癇性というか極端な短気即断から出された言葉なのでしょう。私の「よろし」に近いですね(笑)。あれこれいうても、是々非々、いいとかわるいとか分析しても無意味という諦観が含まれもしますが、むしろ「もう、よい!」というじゃまくさがりの人の言葉でしょうね。
 信長は頭の良い人だったから、事態を一瞬にして見抜き、「しかたない、死ぬとするか」の気分だったのでしょう。
 (明智光秀は平時なら信長でさえ勝てない教養とか兵事に強く、現実的な超秀才将軍だったわけです。その光秀に謀反を起こされて、勝てるとは信長も思わなかったことでしょう。事実その夜、二条城にいた信長の息子は、光秀にあっけなく潰されています)
 セリフの信憑性は岐阜や安土城で側近達がよく耳にしていたようなので、本能寺でそれをつぶやいたとしても、おかしくはないです。しかし、まさかクノイチ初音の子孫が伝えたとはだれも思わないでしょうね。
 だから想像上の「決めセリフ」です。


↑地図:本能寺の変当時の「本能寺」界隈

見どころ
 お船と兼続とが終盤でようやく夫婦らしくなってきました。いわゆる鉄(かね)のワラジを履いてでも探せといわれてきた、姉さん女房(夫婦)の典型となっていく、そのスタートを切りました。ドラマ展開をみているかぎり、直江兼続は愚痴愚痴と反省ばかりして、ときどき泣きじゃくるというまことにもって戦国時代には似合わないキャラに設定してありますが、それは今後内輪の話となって、結局表に立つときは、お船さんに背中を押されてあっぱれ名将智将越後だけじゃない、天下の名家老として生きていくわけです(そうだと想像)。
 これは以前の大河ドラマ「功名が辻」の千代に似たキャラをお船が引き継いでいるとも思えますが、千代よりもう少し過激な感じがしました。女優の違いというよりも、お船さんは名門直江家の跡取り娘でしたから、最初からの御姫さまであり、直接的な言動をとるからだと思います。

今後の展開と楽しみ
 今夜で「濃い」信長が死んで、すでに謙信公もおらず、越後の内乱も収まり、いよいよ直江兼続は中央政界(秀吉や家康の世界)で越後を守るために獅子奮迅するわけです。役者の妻夫木さんは若い魅力が売りで、これまで決して重厚な演技に人気があったとは思いません。すると、兼続がどんな風にややこしい世界を、老成しながら、とりあえずは1600年の関ヶ原まで、上杉景勝はじめ家臣団を引っ張っていくのか、そこが楽しみです。もう、泣くのは止めにしないとぉ。

 そうそう、クノイチ初音さん、どうなるのでしょうか。最近は目点(Mu注:目が点になるような、の省略形)の衣裳がないので、ちょっと寂しいもんですな。

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2009年5月 9日 (土)

140万アクセス(Asajiharaサイト全体/MuBlog他)

承前:130万アクセス(2009.02.10)

(0)観測
 2009/05/09(土)23:03

サイト全体累計アクセス数: 1400035 1日平均: 745.10 

携帯全体累計アクセス数: 67558 1日平均: 87.85

MuBlog累計アクセス数:   8071591日平均: 429.57

解析対象期間: 2009年1月1日(木) ~ 2009年4月30日(木)

↓4ヶ月間のAsajiharaサイト全体統計

(1)PC・ページ別アクセス数

ページ別アクセス数

アクセス数: 133,251
訪問者数: 98,806
解析ページ 訪問者 アクセス
1 MuBlog: トップページ 2,760 5,660 2.8% 4.2%
2 MuBlog: 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 1,946 2,273 2.0% 1.7%
3 MuBlog: 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 2,040 2,239 2.1% 1.7%
4 MuBlog: 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 1,093 1,746 1.1% 1.3%
5 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 1,191 1,706 1.2% 1.3%
6 涼夏2007: ASUS社のSmartDoctor画面 1,044 1,254 1.1% 0.9%
7 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 843 1,218 0.9% 0.9%
8 MuBlog: 自作鉄道模型 838 1,091 0.8% 0.8%
9 涼夏2007: BIOS設定:(2)SATA RAID/AHCI Mode 798 1,005 0.8% 0.8%
10 MuBlog: NHK天地人(12)兵糧と桑取 727 850 0.7% 0.6%
11 MuBlog: 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 497 833 0.5% 0.6%
12 涼夏2007: RAIDドライバーのFDへの複製 633 823 0.6% 0.6%
13 MuBlog: Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 624 774 0.6% 0.6%
14 MuBlog: じょうしょうこうじ:常照皇寺 522 722 0.5% 0.5%
15 MuBlog: 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 376 662 0.4% 0.5%
16 涼夏2007: BIOS設定:(*)CTRL+Iによる、RAID設定 477 638 0.5% 0.5%
17 MuBlog: よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 311 551 0.3% 0.4%
18 MuBlog: みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 473 549 0.5% 0.4%
19 MuBlog: 室町和久傳(むろまち・わくでん) 332 519 0.3% 0.4%
20 MuBlog: 20世紀少年:本格科学冒険映画 (第一章)/堤幸彦監督、浦沢直樹原作・脚本 (映画) 468 511 0.5% 0.4%
21 日々17: カフェーでのアトムとゲジヒト 441 501 0.4% 0.4%
22 MuBlog: さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 297 494 0.3% 0.4%
23 MuBlog: 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 308 482 0.3% 0.4%
24 日々: 佐野藤右衛門邸 354 479 0.4% 0.4%
25 涼夏2007: 涼夏2007PC配線:マザーボード正面 336 472 0.3% 0.4%
26 MuBlog: 地図の風景 428 465 0.4% 0.3%
27 涼夏2007: アクリルPCケースM-acky(角の細部) 348 459 0.4% 0.3%
28 日々14: 20世紀少年/浦沢直樹 392 445 0.4% 0.3%
29 MuBlog: NHK天地人(11)御館の乱:跡目争い 379 442 0.4% 0.3%
30 涼夏2007: BIOS設定:(3)ディスプレイ関係初期化 302 435 0.3% 0.3%
31 涼夏2007: BIOS設定:(4)組み込みVGA 283 432 0.3% 0.3%
32 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 262 425 0.3% 0.3%
33 MuBlog: 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 326 402 0.3% 0.3%
34 MuBlog: HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 325 377 0.3% 0.3%
35 プロフィールページ 325 368 0.3% 0.3%
36 MuBlog: 嵐山の桜:20080401 288 366 0.3% 0.3%
37 涼夏2007: スイッチON 219 364 0.2% 0.3%
38 涼夏2007: BIOS設定:(1)Integrated Peripherals 239 354 0.2% 0.3%
39 MuBlog: 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 290 346 0.3% 0.3%
40 MuBlog: 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 282 344 0.3% 0.3%
41 日々3: ロボット兵(天空の城ラピュタ) 282 339 0.3% 0.3%
42 涼夏2007: 稼働一時間後のケース内温度、29度C 237 338 0.2% 0.3%
43 MuBlog: NHK天地人(06)兼続の初陣:演出の変化 307 337 0.3% 0.3%
44 日々5: 865GM3-FIS(MSI MicroATXマザーボード) 298 322 0.3% 0.2%
45 MuBlog: 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 291 319 0.3% 0.2%
45 MuBlog: ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 258 319 0.3% 0.2%
47 涼夏2007: アクリルケース内の温度計、27度c 219 312 0.2% 0.2%
48 MuBlog: CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 185 311 0.2% 0.2%
48 日々17: 神々の乱心/松本清張 245 311 0.2% 0.2%
50 日々: 登喜和の店内 225 309 0.2% 0.2%
51 MuBlog: NHK篤姫(32)勝海舟と桜田門外の変 275 305 0.3% 0.2%
52 MuBlog: 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 206 304 0.2% 0.2%
53 涼夏2007: 涼夏2007PC配線:フロントパネルの配線 197 295 0.2% 0.2%
54 MuBlog: てらまちどおり:私の京都・寺町通{四条→三条} 249 294 0.3% 0.2%
55 MuBlog: NHK天地人(13)武田(高坂弾正)との和議 240 292 0.2% 0.2%
56 MuBlog: 大沢池(大覚寺)の桜:20070403 223 285 0.2% 0.2%
57 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(36)道路パーツ、街灯、電柱(小) 224 283 0.2% 0.2%
58 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 205 282 0.2% 0.2%
59 涼夏2007: アクリルPCケースM-acky (側面) 222 281 0.2% 0.2%
60 涼夏2007: アクリルPCケースM-acky 218 274 0.2% 0.2%
61 MuBlog: 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 211 273 0.2% 0.2%
61 涼夏2007: 涼夏2007PC配線:フロントパネルコードのピン配置 201 273 0.2% 0.2%
63 MuBlog: NHK天地人(10)春日山城本丸の占拠 224 271 0.2% 0.2%
64 涼夏2007: CPU・マザーボード・メモリ 227 269 0.2% 0.2%
65 涼夏2007: 涼夏2007PCの後ろ姿 192 267 0.2% 0.2%
66 MuBlog: 読書余香 236 261 0.2% 0.2%
67 MuBlog: 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 237 260 0.2% 0.2%
68 涼夏2007: Intel(R) Matrix Storage Console:積層記録装置確認画面 207 259 0.2% 0.2%
69 日々3: サンフランシスコのケーブルカー 232 258 0.2% 0.2%
69 日々: 伏見桃山御陵の大階段 163 258 0.2% 0.2%
71 涼夏2007: メモリ:A-DATA社DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB HEAT SINK付き  197 257 0.2% 0.2%
72 MuBlog: 京都の書店 237 256 0.2% 0.2%
73 MuBlog: 050316・20世紀少年/浦沢直樹(漫画:小学館) 233 254 0.2% 0.2%
74 MuBlog: 卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡 154 247 0.2% 0.2%
74 日々: 登喜和のヒレ・ステーキ 188 247 0.2% 0.2%
76 MuBlog: 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 179 245 0.2% 0.2%
77 MuBlog: CPU空冷装置・掃除のお勧め 161 241 0.2% 0.2%
77 MuBlog: 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 193 241 0.2% 0.2%
79 鉄道模型11-20: 11:「山」 ジオラマ/レイアウトの製作(1)発泡スチロールで山を作る 175 235 0.2% 0.2%
80 MuBlog: 墨絵のような佐野桜2009:2009/04/03(金)佐野藤右衛門邸 150 234 0.2% 0.2%
80 北九州紀行: 和布刈神社(由緒) 152 234 0.2% 0.2%
82 涼夏2007: CPU::Intel Core2 Duo Processor E6600 193 231 0.2% 0.2%
83 MuBlog: 小説木幡記 208 230 0.2% 0.2%
84 MuBlog: On30レイアウト:庭園鉄道趣味/森博嗣 195 227 0.2% 0.2%
85 日々: 国友一貫斎屋敷 142 223 0.1% 0.2%
86 涼夏2007: 室温:葛野研 154 219 0.2% 0.2%
87 涼夏2007: ケースファン:8センチ静音、4センチ2連装静音 178 216 0.2% 0.2%
88 MuBlog: 天神川の桜 152 215 0.2% 0.2%
88 MuBlog: 桜井・茶臼山古墳と纒向遺跡紀行(0)はじめに:初期・前方後円墳 116 215 0.1% 0.2%
88 日々24: 京都大学時計台:2005/11/15 185 215 0.2% 0.2%
91 涼夏2007: トップページ 93 214 0.1% 0.2%
92 MuBlog: NHK天地人(02)直江兼続の幼少期:禅寺で修行中 175 213 0.2% 0.2%
93 日々: 太宰府政庁跡石碑 121 209 0.1% 0.2%
94 MuBlog: バックナンバー 88 208 0.1% 0.2%
94 MuBlog: 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 132 208 0.1% 0.2%
96 MuBlog: 映画の余香 193 207 0.2% 0.2%
97 MuBlog: 嵯峨野の桜、まだまだ:2009/03/25(水)嵐山、広沢池、佐野邸桜 162 205 0.2% 0.2%
97 日々: 明治天皇伏見桃山陵 117 205 0.1% 0.2%
99 日々16: 淀川・背割桜・大山崎天王山 144 204 0.1% 0.2%
100 MuBlog: 卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認 101 198 0.1% 0.1%
101 MuBlog: 佐野藤右衛門邸の桜:20080330 159 197 0.2% 0.1%
101 MuBlog: NHK天地人(03)直江兼続の青春編 161 197 0.2% 0.1%
103 MuBlog: 私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎 140 196 0.1% 0.1%

★携帯サイト全体(合算)・ページ別アクセス

 携帯サイトの統計ではアクセス数と訪問者数は常に同一です。

アクセス数: 17,730
訪問者数: 17,730
解析ページ 訪問者 アクセス
1 MuBlog: トップページ 2,021 2,021 11.4% 11.4%
2 MuBlog: 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 476 476 2.7% 2.7%
3 MuBlog: NHK篤姫 394 394 2.2% 2.2%
4 MuBlog: 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 281 281 1.6% 1.6%
5 MuBlog: 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 228 228 1.3% 1.3%
6 MuBlog: NHK天地人 217 217 1.2% 1.2%
7 MuBlog: NHK天地人(11)御館の乱:跡目争い 214 214 1.2% 1.2%
8 夜麻登志宇流波斯/浅茅原竹毘古: トップページ 210 210 1.2% 1.2%
9 MuBlog: 20世紀少年:本格科学冒険映画 (第一章)/堤幸彦監督、浦沢直樹原作・脚本 (映画) 208 208 1.2% 1.2%
10 MuBlog: ミホミュージアムの秋 203 203 1.1% 1.1%
11 MuBlog: オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 168 168 0.9% 0.9%
12 MuBlog: 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 160 160 0.9% 0.9%
13 MuBlog: NHK風林火山 154 154 0.9% 0.9%
14 MuBlog: NHK天地人(12)兵糧と桑取 146 146 0.8% 0.8%
15 MuBlog: バックナンバー 143 143 0.8% 0.8%
16 MuBlog: 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 134 134 0.8% 0.8%
17 MuBlog: NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 126 126 0.7% 0.7%
18 MuBlog: NHK天地人(14)上杉・武田、塩を送り黄金を贈る 119 119 0.7% 0.7%
19 MuBlog: NHK天地人(02)直江兼続の幼少期:禅寺で修行中 106 106 0.6% 0.6%
20 MuBlog: NHK篤姫(34)和宮降嫁 98 98 0.6% 0.6%
20 MuBlog: 地図の風景 98 98 0.6% 0.6%
22 MuBlog: NHK篤姫(48)西郷隆盛と勝海舟 94 94 0.5% 0.5%
23 MuBlog: ηなのに夢のよう/森博嗣 91 91 0.5% 0.5%
24 MuBlog: NHK篤姫(49)さらば大奥 90 90 0.5% 0.5%
25 MuBlog: 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 89 89 0.5% 0.5%
26 MuBlog: さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 86 86 0.5% 0.5%
27 MuBlog: 小川珈琲本店 85 85 0.5% 0.5%
28 MuBlog: 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 83 83 0.5% 0.5%
28 MuBlog: NHK篤姫(46)最後の将軍・徳川慶喜 83 83 0.5% 0.5%
30 MuBlog: 円山公園(京都・祇園)の枝垂れ桜:20070402 82 82 0.5% 0.5%
31 MuBlog: NHK天地人(06)兼続の初陣:演出の変化 81 81 0.5% 0.5%
32 MuBlog: NHK天地人(05)織田信長と直江兼続の出合 78 78 0.4% 0.4%
33 MuBlog: 小説木幡記:2008/02/02(土)二階建て電車:京阪ダブルデッカー:近鉄ビスタカー 76 76 0.4% 0.4%
33 MuBlog: NHK天地人(13)武田(高坂弾正)との和議 76 76 0.4% 0.4%
35 MuBlog: NHK篤姫(22)老中・阿部正弘の死 74 74 0.4% 0.4%
36 MuBlog: 江戸東京博物館(えどとうきょうはくぶつかん)と、ほそ川の穴子天付そば 71 71 0.4% 0.4%
37 MuBlog: じょうしょうこうじ:常照皇寺 70 70 0.4% 0.4%
37 MuBlog: NHK天地人(03)直江兼続の青春編 70 70 0.4% 0.4%
39 MuBlog: NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死 67 67 0.4% 0.4%
39 MuBlog: 目次:新撰組(新選組!) 67 67 0.4% 0.4%
39 MuBlog: 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 67 67 0.4% 0.4%
39 MuBlog: NHK天地人(04)年上の女(ひと)や九ノ一や 67 67 0.4% 0.4%
43 MuBlog: NHK篤姫(17)小松帯刀前夜 66 66 0.4% 0.4%
44 MuBlog: 小説木幡記 64 64 0.4% 0.4%
45 MuBlog: 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 63 63 0.4% 0.4%
45 MuBlog: NHK天地人(08)天下取りの系譜:上杉謙信 63 63 0.4% 0.4%
47 MuBlog: 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 62 62 0.3% 0.3%
48 MuBlog: 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 61 61 0.3% 0.3%
48 MuBlog: 墨絵のような佐野桜2009:2009/04/03(金)佐野藤右衛門邸 61 61 0.3% 0.3%
50 MuBlog: 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 60 60 0.3% 0.3%
51 MuBlog: 20世紀少年(21)/浦沢直樹 59 59 0.3% 0.3%
51 MuBlog: NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 59 59 0.3% 0.3%
53 MuBlog: 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 57 57 0.3% 0.3%

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1 二十世紀少年 ネタバレ  G Y M 1,278 2.2%
2 丕緒の鳥  G Y M 828 1.4%
3 佐野藤右衛門  G Y M 731 1.2%
4 佐野藤右衛門 地図  G Y M 514 0.9%
5 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 484 0.8%
6 じぶり  G Y M 376 0.6%
7 神々の乱心  G Y M 345 0.6%
8 じょうしょうこうじ  G Y M 310 0.5%
9 アクリル PCケース 自作  G Y M 302 0.5%
10 桑取  G Y M 294 0.5%
11 うぶめのなつ  G Y M 268 0.5%
12 嵐山 桜  G Y M 244 0.4%
13 大覚寺 桜  G Y M 222 0.4%
14 佐野藤右衛門邸  G Y M 181 0.3%
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16 天神川 桜  G Y M 178 0.3%
17 smartdoctor  G Y M 176 0.3%
18 勝海舟  G Y M 171 0.3%
19 丕緒(ひしょ)の鳥  G Y M 170 0.3%
19 天地人 演出  G Y M 170 0.3%
21 天地人  G Y M 165 0.3%
22 登喜和 周山  G Y M 161 0.3%
23 京都 寺町通り 地図  G Y M 155 0.3%
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25 しる幸 京都  G Y M 143 0.2%
25 布刈神社  G Y M 143 0.2%
27 周山 登喜和  G Y M 132 0.2%
28 桜守 佐野藤右衛門  G Y M 126 0.2%
29 背割り桜  G Y M 125 0.2%
30 登喜和 ステーキ  G Y M 124 0.2%
31 桑取 上杉  G Y M 118 0.2%
32 松本清張 神々の乱心  G Y M 112 0.2%
33 GA-G33M-D S2R  G Y M 108 0.2%
34 小野不由美 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 105 0.2%
35 二十世紀少年 ともだち  G Y M 104 0.2%
36 佐野籐右衛門  G Y M 101 0.2%
36 御館の乱 桑取  G Y M 101 0.2%
38 貴志祐介 新世界より  G Y M 99 0.2%
39 京都 佐野邸  G Y M 98 0.2%
40 地蔵禅寺  G Y M 97 0.2%
41 京都 書店  G Y M 92 0.2%
41 佐野 桜  G Y M 92 0.2%
43 アクリル PCケース  G Y M 89 0.2%
44 椿井大塚山古墳  G Y M 88 0.1%
45 ASUS Smart Doctor  G Y M 80 0.1%
46 京都 桜田  G Y M 79 0.1%
46 佐野邸 桜  G Y M 79 0.1%
48 落飾  G Y M 78 0.1%
49 室町和久傳  G Y M 77 0.1%
50 asus raid 設定  G Y M 76 0.1%
51 京都 登喜和  G Y M 75 0.1%
51 小野不由美 丕緒の鳥  G Y M 75 0.1%
51 神功皇后  G Y M 75 0.1%
54 HD 増設  G Y M 72 0.1%
54 登喜和 京都  G Y M 72 0.1%
56 浦沢直樹 20世紀少年  G Y M 71 0.1%
56 井手町 地蔵院  G Y M 71 0.1%
58 背割りの桜  G Y M 70 0.1%
58 20世紀少年 まとめ  G Y M 70 0.1%
58 ハードディスク 増設  G Y M 70 0.1%
61 PC アクリルケース  G Y M 67 0.1%
62 ディオゲネス症候群  G Y M 66 0.1%
62 アクリルケース 自作  G Y M 66 0.1%
62 20世紀少年  G Y M 66 0.1%
65 さのとうえもん  G Y M 64 0.1%
65 地蔵院 桜  G Y M 64 0.1%
67 王仁公園  G Y M 62 0.1%
67 鉄道模型 自作  G Y M 62 0.1%
67 xp raid インストール  G Y M 62 0.1%
70 室町わくでん  G Y M 60 0.1%
71 ジオラマ 川  G Y M 59 0.1%
71 平安郷  G Y M 59 0.1%
73 昭和の鉄道模型  G Y M 58 0.1%
73 smart doctor  G Y M 58 0.1%
73 天空の城ラピュタ 画像  G Y M 58 0.1%
76 篤姫 ジョン万次郎  G Y M 57 0.1%
77 甘樫丘  G Y M 56 0.1%
78 高山彦九郎 銅像  G Y M 54 0.1%
78 谷口敏夫  G Y M 54 0.1%
78 20世紀少年 小説  G Y M 54 0.1%
78 20世紀少年 画像  G Y M 54 0.1%
82 PCケース アクリル 自作  G Y M 53 0.1%
82 佐野藤右衛門 桜  G Y M 53 0.1%
84 渡辺豊和  G Y M 52 0.1%
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84 益田の岩船  G Y M 52 0.1%
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84 木曾の最期 解説  G Y M 52 0.1%
84 raid 自作  G Y M 52 0.1%
90 高橋慶太郎 ヨルムンガンド  G Y M 51 0.1%
90 アートスペース上三条  G Y M 51 0.1%
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90 しる幸 京都 味噌汁  G Y M 51 0.1%
94 samurai z  G Y M 50 0.1%
95 Smart Doctor  G Y M 48 0.1%
95 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 48 0.1%
95 佐野邸  G Y M 48 0.1%
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検索ワード 割合
1 京都 2,718 4.6%
2 2,266 3.8%
3 丕緒の鳥 1,625 2.7%
4 二十世紀少年 1,584 2.7%
5 佐野藤右衛門 1,574 2.7%
6 地図 1,406 2.4%
7 ネタバレ 1,383 2.3%
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13 天地人 805 1.4%
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15 登喜和 720 1.2%
16 十二国記 710 1.2%
17 RAID 680 1.1%
18 桑取 658 1.1%
19 篤姫 639 1.1%
20 神々の乱心 548 0.9%
21 PCケース 539 0.9%
22 周山 497 0.8%
23 20世紀少年 466 0.8%
24 xp 448 0.8%
25 模型 447 0.8%
26 レイアウト 418 0.7%
27 風林火山 412 0.7%
28 じぶり 387 0.7%
29 嵐山 381 0.6%
30 佐野邸 372 0.6%
31 松本清張 363 0.6%
32 じょうしょうこうじ 334 0.6%
33 bios 333 0.6%
34 BIOS 306 0.5%
35 windows 299 0.5%
36 しる幸 293 0.5%
37 小説 290 0.5%
38 うぶめのなつ 282 0.5%
39 天神川 275 0.5%
40 smartdoctor 270 0.5%
41 インストール 269 0.5%
41 NHK 269 0.5%
43 大覚寺 266 0.4%
44 森博嗣 264 0.4%
45 写真 262 0.4%
46 アクリルケース 254 0.4%
47 ステーキ 252 0.4%
48 佐野 249 0.4%
49 ハードディスク 246 0.4%
50 佐野藤右衛門邸 242 0.4%
51 ASUS 239 0.4%
52 感想 236 0.4%
53 勝海舟 232 0.4%
54 小野不由美 229 0.4%
55 Nゲージ 223 0.4%
56 PC 216 0.4%
57 御館の乱 212 0.4%
58 asus 209 0.4%
59 日立 207 0.3%
59 XP 207 0.3%
59 CPU 207 0.3%
62 地蔵院 206 0.3%
63 SmartDoctor 205 0.3%
64 2009 203 0.3%
65 邪馬台国 202 0.3%
65 卑弥呼 202 0.3%
67 丕緒(ひしょ)の鳥 201 0.3%
68 ケース 198 0.3%
69 ときわ 197 0.3%
70 常照皇寺 195 0.3%
71 Doctor 193 0.3%
72 演出 192 0.3%
73 画像 191 0.3%
74 掃除 189 0.3%
75 Smart 186 0.3%
75 上杉 186 0.3%
77 新世界より 184 0.3%
77 交換 184 0.3%
79 増設 183 0.3%
80 ドライバ 182 0.3%
81 prius 180 0.3%
82 寺町通り 177 0.3%
83 背割り桜 175 0.3%
84 GA-G33M-D S2R 173 0.3%
84 地蔵禅寺 173 0.3%
84 SATA 173 0.3%
87 佐野とうえもん 170 0.3%
88 AHCI 168 0.3%
89 天空の城ラピュタ 167 0.3%
89 配線 167 0.3%
91 ともだち 165 0.3%
92 平安郷 160 0.3%
93 桜守 159 0.3%
93 布刈神社 159 0.3%
95 直江兼続 152 0.3%
96 京阪 142 0.2%
97 HDD 141 0.2%
97 MuBlog 141 0.2%
99 和久傳 140 0.2%
100 ロボット兵 133 0.2%

(4)アクセス地域

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都道府県 割合
1 東京 7,875 26.3%
2 大阪 3,534 11.8%
3 京都 2,264 7.6%
4 神奈川 2,086 7.0%
5 愛知 1,591 5.3%
6 埼玉 1,031 3.4%
7 福岡 922 3.1%
8 兵庫 873 2.9%
9 千葉 863 2.9%
10 静岡 820 2.7%
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12 茨城 562 1.9%
13 三重 472 1.6%
14 長野 406 1.4%
15 広島 376 1.3%
16 岡山 351 1.2%
17 新潟 341 1.1%
18 宮城 323 1.1%
19 奈良 298 1.0%
19 岐阜 298 1.0%
21 栃木 265 0.9%
22 福島 260 0.9%
23 滋賀 259 0.9%
24 群馬 244 0.8%
25 愛媛 229 0.8%
26 石川 206 0.7%
27 鹿児島 184 0.6%
28 大分 169 0.6%
29 福井 160 0.5%
30 秋田 158 0.5%
31 富山 156 0.5%
32 熊本 154 0.5%
33 岩手 153 0.5%
33 山口 153 0.5%
35 沖縄 141 0.5%
36 山梨 129 0.4%
37 山形 121 0.4%
38 長崎 117 0.4%
39 香川 113 0.4%
39 和歌山 113 0.4%
41 青森 104 0.3%
42 徳島 99 0.3%
43 高知 90 0.3%
44 宮崎 81 0.3%
45 島根 72 0.2%
46 鳥取 64 0.2%
47 佐賀 53 0.2%


(5)検索サイト

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集計対象アクセス数:59,165
検索サイト 割合
1 Google 40,083 67.7%
2 Yahoo 14,568 24.6%
3 goo 1,973 3.3%
4 BIGLOBE 1,937 3.3%
5 MSN 276 0.5%
6 @nifty 108 0.2%
7 Excite 103 0.2%
8 livedoor 70 0.1%
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2009年5月 7日 (木)

小説木幡記:2009/05/07(木)横臥読書記

 今朝の起床は午前3時半すぎだった。昨夜就寝が午後9時半すぎだから、睡眠時間6時間で体内というか脳内時計は正確を保っておる。一週間ほど前に、午後の12時半から夕方の5時半まで爆睡したとき、その夜は案の定目がさえわたっておった。

 昨日は小説木幡記の筆すらとるあたはず。横臥しておった。いや、この一週間ずっと横臥していたと言って良かろう。蒲柳の質とはかねがね喧伝してきたが、これほどまでとは余も思わなかった。その間、えどるん、春ちゃんをまじえて木幡研総出で毎日うまいものを食しておった。山海の珍味のいいではない。丁寧に食材をあつめ丁寧に調理すれば、米もふくめて、すべて甘露の味となる。それにデザートというかおやつは大抵和菓子(宇治橋あたりの柏餅を二度ばかり記憶あり。近所にもよいのがある)で、これもよいよい。京都や宇治に住んでいてありがたいのは、比較的手頃な価格で、優れた和菓子を味わえることだろう。

 横臥しておる間、合計十冊ほどの読書があったが、唾棄したものや業務上極秘図書や、忘れた図書は木幡記にすら記さぬ。

1.家守綺譚(いえもり・きたん)/梨木香歩(新潮文庫)
 Mu絶賛。この三月に京都駅の書店でえどるん君から薦められた一本。
 絶賛、また絶賛。明治以降日本近代(純粋)文学の華と言えよう。

 場所は大津市と京都市の端境あたりか。いや哲学の道とおぼしきところや、疎水の水が庭にひかれていることや、琵琶湖が見えることや、京大ちかくの吉田山があることや、三井寺や石山寺がでてくるので、おぼろ。綿貫征四郎といううだつの上がらぬ作家が、琵琶湖で死んだ友人の家に住んでおる。しかし友人はちょくちょく現れて、征四郎にアドバイスしていく。犬のゴローは主人の守り犬のような働きをする日々。ゴローはカッパとサギの諍いを仲裁したことで、仲裁犬として琵琶湖の姫や春の龍田姫にも頼られる始末。
 そばの征四郎といえば、庭のサルスベリにぞっこん惚れられて、お返しに時々小説を読み聞かせてやる。

 作家の名はまるで板垣征四郎将軍を思い出させるような厳めしさだが、こういう人物が友人ならおもしろかろうな、と一読して思った。
 木幡研の小説談議で話しておったら、「それでは、これを」と梨木さんの別の図書が歌人の手からテーブルに乗った。<からくりからくさ>、先にえどるんが読むことになり、余は後日のこととした。この世に楽しみは尽きぬのう。

2.歳三の首/藤井邦夫(学習研究社、2008)
 ミステリーのジャンルに入るといえば入るのだが。むしろ新選組副長助勤二番隊組長・永倉新八の、土方らとたもとを分かった後の、後日談となろうか。
 扉裏に当時の蝦夷地「渡島半島」の地図があって、これと見比べて読むと感興が深くなった。函館の御殿山と五稜郭との間に一本関門という地があって、そこで新選組副長土方歳三は銃弾に倒れ、これで五稜郭戦争は終わったようなものだった。これは史実。榎本武揚(えのもとたけあき)や大鳥圭介(おおとりけいすけ)は後日に明治政府で活躍したが、ともに戦った土方は遺体の行方も分からず、消えた。

 ところで元新選組の生き残りは幾人かいたが、著名なところでは二番隊組長の永倉新八と、三番隊組長の斎藤一(さいとうはじめ)だろう。永倉新八の人物性格は数年前の大河ドラマ「新選組!!」で印象深く残った。その影響のもとで読んだせいか、ときどきドラマ俳優の顔がちらついた。しかしそれは余の事情である。

 この小説の見どころは、上にあげた函館界隈と西の「松前」を足繁く行き来する永倉や関係者の行動にあると思った。新政府からは追われる身だから、「逃亡者」の危うさがひしひしと文中から味わえた。政府密偵につきまとわれる中、それでも<土方歳三の首>を新政府に渡さないという気力だった。ここで「新政府」と書いたが、実は新政府の意向というよりも私怨があった。それが昔の京都、新選組初期の池田屋事件にからまり歴史小説の醍醐味となった。

 居酒屋や寺でときどきまともな食事にありつけるのだが、新鮮な焼き魚、味噌汁、米飯。漬け物もあったかな? そういう実に質素だが豪華な食卓が目に焼き付いた。追われて追われてやっとご飯を食べる。味噌汁の味、魚を箸で取り分けて、酒でぐっと胃の腑を温める。こういうのは、時代小説でないと味わえない。
 なおミステリー部分の結末は、歴史的にも「さもありなん」と、納得した。歳(とし)さんの最期は、一体どうだったんでしょう。タイムマシンがあったなら、その時その場へ駆け付けたいところです。「新選組!!」の一年後に「土方歳三の最期」が放映されて記録したが、もう一度見たくなりましたなぁ(笑)。

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2009年5月 5日 (火)

自動往復運転の実験:サロ124形「二階建てトロッコ図書館列車・あたご2号(HOゲージ)」

承前1:二階建て図書館列車考(8)改造車篇:あたご号2号【HO-サロ124】
承前2:小説葛野記:2009/04/28(火)責務の狭間、二社共存

概要
 Nゲージ用自動運転制御装置(TOMIX 5563 TCS Automatic Operation Unit N)をHOゲージ用レール(KATO HOユニトラック)に組み込み、単線でのHOスケール・二階建て図書館列車の自動往復運転を実現した。

はじめに
 一般に、地域観光施設や生涯学習施設のコンセプト(概念)の説明には、模型(ジオラマ)をもってあてることが多いです。これはジオラマが概念(想念・イメージ)と現実との間に橋渡しをする媒介となり、概念と現実間のメディア変換機能をもっているからです。

 この考えに基づいて、すでに「二階建てトロッコ鉄道図書館列車・あたご2号(HO)」を作成しました。この図書館列車の機能を明確にするために、モデルとした鉄道車両はHO(日本では16番)と言われる線路幅16.5mm、縮尺1/80のものを使いました。これは日本で普及しているNゲージ(線路幅9mm、縮尺1/150)模型よりも若干大きいものです。原型とした列車はJRサロ124と呼ばれる二階建て客車です。この詳細は冒頭の承前1に記しました。

 この大きめの図書館列車モデルを説明や展示のために運転するには、一般的な円周(エンドレス・レイアウト)配置ですとスペースがかさみ、移動や持ち運びが不便になります。これを解消するには幅40センチ、長さ180センチ程度の長方形レイアウトが最適です。しかしエンドレス方式とは異なり、両終端間を往復させるには人手によるスイッチの切り替えが数十秒毎に必要となり、はなはだ効率が悪くなります。そこで、自動往復機能の有効性が生まれます。

 しかし調査したところ日本の鉄道模型世界での「自動(往復)運転」は、とくにHOゲージの場合は特殊な技術を必要とし、一般に普及しておりません。DCC(Digital Command Contorol)という方式によればこれらが可能となるわけですが、日本では高額な設備投資や技術的な難しさもまだ残っているようです。そこで日本で一番普及しているNゲージ鉄道模型で使われているTOMIXの「5563 TCS 自動運転システム」を、今回モデルとしたHO方式の線路で使えるかどうかを実験しました。このTOMIXの5563はあらかじめ10種類の自動運転モード機能を持っていますが、今回使ったのはモード1に該当する「自動往復」です。

↓写真:二階建てトロッコ図書館列車あたご2号(HO)と、編成
Bimg_5069
 ↑この列車編成は承前1で説明したサロ124(TOMIX製)改造の二階建てトロッコ図書館列車「あたご2号(HO)」と、それを牽引するディーゼル機関車DE10(KATO製)です。中間の黒い小さな貨客車は車掌車です。レールは幅16.5mmのHOゲージ・レール(KATO のHOユニトラック)です。

↓写真:HO用レールに取り付けた自製・列車通過センサー
Bimg_5074
 ↑写真上部は改造されていないTOMIXのサロ124(HO)です。写真下部のレールや自製のセンサー感知部との比較ができます。
 レールの裏底面に設置した未改造のTOMIXセンサーから2本の線を引き出し、一本はレール(写真下部)に、一本は自製の「感知部」にハンダ付けしました。自製の感知部は真鍮板のような弾力のある金属なら他のものでも使えます。写真ではNゲージ車両用の集電板を使いました。この集電板とレールとの間を、金属製車輪が通過することで短絡し、センサーが信号を制御部に送る仕組みです。
 この感知部とセンサーとを組み込んだ直線レールを、レールレイアウトの左右にセットしたことで、自動往復が可能となりました。

                  ←列車・往
 @===[センサー:3番結線]========[センサー:2番結線]===@  KATO製のHOユニトラック
                  列車・復→

 以下に各部の説明をします。各写真をクリックすると拡大写真と詳細説明が現れます。
     
電源と自動運転制御装置

自動往復:電源と自動制御器
自動往復:5563  TCS自動運転ユニットN
自動往復:センサー出力(感知)

 この実験では、HOタイプ車両を動かすための電源や制御装置は、レールに組み込まれたポイント駆動装置以外のすべてをTOMIX製Nゲージ用のものを使いました。レールからみると相互に他社で、かつ規格(NとHO)が異なるわけですが、鉄道模型は世界的に直流12Vを線路に通電することが基本になっています。HOゲージはNゲージに比べて電気容量の問題は若干残るわけですが、電源に使ったTOMIXのN-1000-CLは比較的容量(1.2A)が大きく、HO用に流用しても問題はありません。

 TOMIXの自動運転制御装置は、4個のセンサーを処理できますが、本実験では左右の完全停止のセンサー2本を省略し、左右の加速減速センサーを2個接続しました。左右二個というのは、列車の進行方向(直流の極性にあわせて)によって、列車が通過したことを信号として受けた制御装置が、加速するのか減速するのかを内部で判定しているわけです。そして減速の終わりは停止です。これらのタイミングは、装置のツマミによって調整できます。

列車通過センサーの加工

自動往復:5558  TCSワンタッチ装着センサー
自動往復:車輪通過センサー
自動往復:5566 TCSスラブレール用センサー

 使ったセンサーはTOMIX製です。市場には3種類(ワンタッチ装着センサー、スラブレール用センサー、Nゲージレール組み込みセンサー)ありますが、前二者はすべて写真詳細説明に記した方法で、HOゲージレールにも取り付けることが出来ます。センサーの内部はブラックボックスなので詳細は分かりませんが、もともと自動信号機などで使われるのが一般的です。要点は、レールと感知部が金属車輪によって短絡されたかどうかを判定する機能を持つと言うことです。

 ただし、一度短絡すると列車が通過して次にセンサーを通過するまで3秒間は反応しない様に作られています。ですからセンサー間が隣接していたり、列車編成が極端に長くなり、同一センサー上通過に3秒以上かかると、機能不全になります。(電源のリセットで復帰)

他社(KATO)のポイント装置をTOMIXで制御する

自動往復:KATOの線路切り替え機(ポイント)
自動往復:TOMIXのポイントスイッチでKATO社のHOゲージ用ポイントを動かす

 今回は使いませんでしたが、自動運転システムにはポイントを2個まで制御出来るモードが含まれています。別途のNゲージ用ファイントラック仕様(TOMIX)では、ダブルスリップポイントという複雑な複線両渡り用ポイントで試行した結果、カタログ通りの効果を確認できました。

 幅40センチで長さ180センチ程度の往復モデルでも、やがて駅舎と図書館を設営し、支線などを使いますので、とりあえず今回はHO用のKATO製電動ポイントを、TOMIXのNゲージ用電源やポイントスイッチで制御出来るかどうかを確認しました。相互に結線をつなぎ替えるだけで、実験結果は良好でした。

 ただしポイント電動駆動装置は、世界にはモーターを使うモデルもあり、今回のTOMIXとKATOの場合は両者共にソレノイド方式(コイルの中に稼働心棒がセットしてある)で、コンデンサーに蓄えた電流を一挙に放出しポイントを作動させるので、比較的互換性が高いものと推量しています。実際に長期間運用することで妥当性が明確になると考えています。

スラブレール用センサーについて

自動往復:スラブレール用センサーを一般レールにはめ込む
自動往復:壊れたセンサーの再利用

 センサーが3種類あっても方式に違いはありません。列車がどこを通過したかを判定するために、レールと感知部の短絡を診る方式です。他にロボットで使われるセンサーはもっと多様ですから、将来は鉄道模型にも取り込まれる可能性があると思います。

 さて、本実験の趣旨はHOゲージレールでの自動往復運転にあるわけですが、ここで副産物としてセンサーについて記しておきます。
 TOMIXのスラブレール用センサーは用途がNゲージ用スラブレール(新設新幹線などで使われる、犬釘接合で枕木のないコンクリート道床レール)専用となっていますが、工夫次第ではNゲージレールに直接組み込むことも可能です。別途「専用センサー付きレール」もありますが、既設のレール・レイアウトに組み込むとき無理も生じます。その際、写真で説明したような方法があることも応用の一つと考えます。

 またTOMIXはセンサーその他の配線方法にTCS(Terminal Connection System)と名付けています。この詳細も今のところブラックボックスですが、最低限写真の様に結線を数珠つなぎにできる機能があることを理解出来ました。これは、実はジオラマ(レール・レイアウト)で経路の途中にポイントを挿入して切り替えることで、2つ以上のセンサーに同一機能を割り振ることもできます。つまり、減速開始センサーを数カ所に数珠つなぎで埋め込んでポイントで切り替える工夫です。なぜそのような工夫が必要かというと、自動運転制御装置には、センサーを受け入れるソケットに制限があり、たとえば4つの受け口をモードによって機能変更しているからです。

 もちろんDCCシステムのように車体搭載デコーダー(車体自己確認装置)で機番を割り振る方式も現在あるわけですが、センサーにPC世界のSCSIのような機番がもてるようになれば、この現行通常方式でもセンサーの使い勝手が上がると思いました。一個の受け口で各センサーを識別できるようになります。
 以上は、正確な仕様書なしで、現実のコントローラを診ただけの推量に過ぎません。ただし副産物として記録しておきます。

狭い空間を往復運転する「あたご2号」

自動往復:机上隙間を走る図書館列車あたご2号
自動往復:減速センサー上のあたご2号
自動往復:無事にでてきたDE10と「あたご2号」

 写真ではまだレイアウト基盤(幅40センチ、ながさ180センチ程度)を用意していませんが、KATOのHOユニトラックは道床方式なので、このように自由に仮設営ができて簡便です。類書を見ますと、HOゲージでもフレキシブルレール(自由変形)を用いて、60センチX90センチの小さなレイアウトで半径25センチのエンドレスHOゲージを設営出来るようですが、一般にフレキシブルレールは完全固定を前提としています。

 他にドイツのフライシュマン(Fleischmann)製のレールでは道床付きレールでも半径35センチ程度の円周を構成できますが、HOゲージは車両の可動半径に制限が強く基本的にNゲージのような小空間での円周エンドレス運転をできるようにはなっていません。
 よって、小さな隙間でも、間にドアなどの遮蔽物があっても、概念上エンドレス運転を可能とする自動往復装置は今後もその役割を果たすと考えます。その意味でも、今回の実験成功は、鉄道モデルによる「未来の図書館」を表現するのに役立つと確認しました。

まとめ
 鉄道図書館列車の構想を、その概念全体を明瞭にするために一旦鉄道模型ジオラマにメディア変換するには、物理的に比較的大型の模型車両が必要です。これまでは、地域全体を表現するためにNゲージタイプのジオラマ「嵯峨野鉄道図書館列車ジオラマ」を構成してきましたが、最近、図書館列車そのものを明瞭に表現するためにより大きいHOゲージのサロ124を改造し、「あたご2号(HO)」を開発しました。
 しかしHOゲージになると、移動設営のための諸設備がNゲージに比べて大規模になります。これを解消するため長方形の基盤上での直線運転に取り組み、今回実験ではその自動往復運転を可能にしました。
 こういう方式はDCCというデジタル方式によれば容易に実現できることは周知ですが、装置や設備投資、扱いの簡便さからみて、Nゲージ用に普及している装置を、HOゲージレールに組み込むことで、簡便な自動往復を実現することが出来ました。
 今後は同装置によって、レール・ポイントの自動切り替えモードを応用し、より具体的な図書館列車の運用を実験してみたいです。

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2009年5月 4日 (月)

小説木幡記:2009/05/04(月)松尾芭蕉、読書記

 GWの中日、土曜日と日曜日と今日を読書日にした。幾つも読んだが、そのうちblogに公開できるものをメモしておく。

芭蕉:その人生と芸術/井本農一(いもと のういち).講談社現代新書、1968

 新書としては随分昔の図書だ。余が入手したのは、1983年(15刷り)で、長く積ん読したものだ。いや、このころNDK(日本文学データベース研究会)関係でプログラミング教本を書き、その際余は「奥の細道」を題材にして、<古典とプログラミング>をまとめた。その関係で手にしたものだろう。

 この夏期には『芭蕉/保田與重郎』を考究予定なので、新春から芭蕉関係の図書をいくつか眺めてきた。眺めて~という意味は、手にとってぱらぱらページをくると、それだけで善し悪しが分かるから、不要なものは全ページ舐めるように読まなくてもすむ。しかし読んで置くべき物は読む、もちろん読書メモに残すかどうかは別のこと。

 井本先生のこの本は、舐めるように読んでおいて良かった。芭蕉を芸術至上主義者の視点で描いていて、それが「なるほど」と、納得できる筆力でデビューから大阪終焉まで、一読了解できる。

 芭蕉は実事(世間で無事いきぬくこと)と虚事(芸術至上)とのバランスをとらず、晩年においても家なく、財産なく、家庭がなかった。虚事、虚構世界構築者として死んだ芭蕉は、実世間からみれば人生敗残者である。短詩系芸術の世界からみれば、芭蕉はその道の始祖であり、輝かしい変革者である。

 いや、こういう対比はこれまでも芸術全般の世界で語られてきたことだから、とりわけ芭蕉が、とか井本先生が、と記しても意味が薄い。なによりも、井本先生の筆力に感動を覚えた。特に、芭蕉晩年の「秋深き隣は何をする人ぞ」を先生は<芭蕉の最後の光芒>と見なしておられた。それはつまり、他の秀作に比べても至高の境地の句であるとの、断定である。それが、余の肺腑をついた。

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2009年5月 3日 (日)

NHK天地人(18)魚津城の攻防

承前:NHK天地人(17)直江兼続は戦国婿養子


大きな地図で見る
地図:魚津城跡

1.今夜の見どころ
 魚津城での攻防戦、俯瞰で撮したのが良かったです。CGとは思いますが、全体が見えると分かりやすかったです。これまで(私の昔からのドラマ、小説歴)は大抵、京都から北にむかっての戦いばかりをみてきたので、つまり殆どのドラマでは織田軍の柴田側からみていたので、越後から見た攻防戦が分からなかったわけです。

2.リアルに思えたこと
 与板の妻・お船から、兼続に直江家伝来の短刀とお船の髪一握りが送られてきました。で、その時運んできた武者のセリフで、騎馬が35、徒(かち)が30を<奥方様からつけられた>というセリフでした。直江家のしかるべき家臣が一族郎党を引き連れてきたわけですが、その数があわせて60~70名というところに、当時戦国の実情を知りました。
 上杉景勝にももちろん親衛隊がいたわけですが、各武将が一族と家来たちをよりあつめてきて、戦が行われたことがよく分かりました。

3.意外な魚津城への潜入
 二千程度の城兵を、織田軍1萬5千が取り巻いていたわけです。兼続が春日山城で<降伏勧告使者には私が行く>と言ったとき、その潜入方法を怪しみましたが、やはり海でした。そして先程地図を見て愕然。城は海から現在でも300mほどの所だったのです(富山湾が動いていない限り)。景勝らが春日山城からたどりついた天神山は、その海岸から東(やや北より)4km地点です。間に北陸自動車道が走っていました。
 この潜入は、地の利を活かしているので、現実的に思えました。

4.家老・直江兼続の作戦
 景勝が軍を魚津に進軍させ、一旦春日山城を空にして魚津城を助けるとみせかけ、織田軍の信濃からの侵入をおびき寄せ、間髪を入れず引き返しこれを叩く。

 この間、魚津城落城は必定。捨て石とする。
 関東からの侵入は三国峠、山岳地帯の地の利で時を稼ぐ。
 油断した信濃からの侵入者(滝川一益)を叩くことで、戦局を一挙に挽回する。
 ~
 と、セリフからだけの情報で聞き間違いがあるかも知れませんが、おおよそ以上だったと思います。
 (注記:NHKの解説では「関東からは滝川一益、信濃からは森長可(もりながよし)の軍勢が春日山城をねらっている。そんな中、信長は柴田勝家ら有力な武将を配して越中の魚津城攻めを開始した。」とあったので、私の<信濃からの侵入者(滝川一益)>は、誤りのようです。古い時代のことは難しいですね)

 さて。
 本能寺の変が来週なかったなら、この作戦は成功したかどうか。考えてみました。
 信濃からの侵入をうち叩いても、魚津城を陥落させた柴田勝家が血に酔って北陸道を進軍してくることでしょう。すると兼続らは戻って春日山城に籠城せざるをえません。

 もしも謙信公以来、越後に水軍があったなら、春日山城から海岸までに防波堤(人垣も)で退路を確保し、海にでる。景勝一人なら蝦夷とか西国に逃亡する策もありますが、それよりも一挙に敦賀へ水軍を進め、そこから琵琶湖を南下してついには安土城を落とす策が残っています。
 しかし、上杉謙信公は大規模な水軍を作った形跡がないので、これはボツ。
 来週を楽しみに見てみましょう。

5.不満
 直江兼続さんの泣き顔はみたくないですね。泣き虫キャラを現代に活かそうとしているのかも知れませんが、戦を描く限り、智将としてのイメージなら、戦いが総て終わって回想したとき号泣するくらいでよいのですが。あいにく、私は演出を任されていませんので、あはは。

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2009年5月 2日 (土)

小説葛野記:2009/05/02(土)無人キャンパス仕事三昧(苦笑)

 午前8時葛野着、木幡研でやりのこした仕事を持ち込んで朝の珈琲を飲んだ。うまかった。9時に事務室に行き、文科省から届いた司書新科目の打ち合わせをすませた。帰室後、もう一度書類を確認した。昨年以来の仕事だから慣れてきてはいるが、先のことは分からぬ。一人でやっていけるのだろうかと、不意に不安。……。自信たっぷりに大学の先生してる人っておるんかなぁ~。あはは。

 10時に屯所に行って、局長、副長、経理局長、書記局長の面々と機関誌7月号の第一回編集会議を開いた。司会は副長。オープンキャンパス用の特集号も作ると経理局長動議、みなみな了承。書記局長は歴史物の重厚な書評を執筆するよし。90分後に終了し、一同久しぶりの昼食にでかけた。和食屋さん。局長が「久しぶりですねぇ、昨年は先輩達よく行ったのに、今年は~」と怨嗟(笑)。まあ、余も二週間ばかり病弱だった故に、また7月には昼飯でも食べようと、お茶を濁しておいた。

 帰学と同時に全員いなくなったので、余しばし横臥(いや、別に弱っているわけじゃなくて、地球重力がどうにもかったるいので、横臥しているのが普通状態)。しばし想念を飛ばしていたが、どうにも未来の図書館やレジメ作成や科目構成や、あれこれが頭と胸を圧迫してきて、「これは、気分を変えないと、鬱になるな」と自己診断。席をけって屯所に駆け込み、小説類を見渡した。「あった。(土方)歳三の首!」また部屋にもどって、物も考えず頁に埋没した。30分間。新選組副長助勤(二番隊長だな)永倉新八が出てきただけで、目がうるうるになり、霞んできた(笑)。

 そこで止めた。
 続きはまたの日。

 で、おもむろにカメラを取り出し、HOゲージ・サロ124・未来の図書館列車の自動往復運転の仕組みを撮影しだした。ついでに数日前に手をいれた「高台の図書館」も撮した。前者は、センサーやポイントを撮しても、結局説明しないとなんの事か分からない。後者は先回記事と今回記事がどんな風に変わったのかを説明するのが難しい。ともかくまずMuBlog に近々掲載し、さらに抽象化をはかり、来月の発表に臨むなり。

 やがて夕方になった。キャンパスは午後無人だった。しかし、簡便きわまる自動往復運転をしばらく眺めていて、余は充実感を味わった。そして、「歳三の首/藤井邦夫(学習研究社、2008)」は僅かに30分読んだだけだが、「いける」と思った。

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2009年5月 1日 (金)

小説木幡記:2009/05/01(金)もう五月、清々しい夜

 季節は巡る、もう五月。やがて梅雨がきて、初夏がすぎて、晩秋になる~。
 と先読みしてはいけません。永遠の繰り返しであっても、その時その時をじっくり味わうことが大切です。
 と、自戒。

読書:技術系
 概念を明確にするためにモデルを作る。そのモデルはこの場合、二階建てトロッコ図書館列車に代表される「未来の列車図書館」。しかしモデルをきっちり動かすには基本的な技術、手技が必要となる。そこで、最近も数冊関係技術図書を入手した。

 そこで思った。世の中には当たり前のようにまともな図書と、どうにも嘘嘘しい図書があるということ。あまりに両者の違いが大きかったので今夜メモ。

 一つは嘘嘘しい図書。
 ある特殊技術について、紹介記事にも、図書そのものの帯にも、さらに前書きにも、「如何にその特殊技術について深く考察したか」と、麗々しく書いてある。余がその図書を発注したのは紹介記事にもそうあったからだ。手に取って前書きを一読したときも「ああ、これを読めば一歩前に進める」とおもった。

 しかるに、その特殊技術に言及があるのは、全300頁の図書の内、前書きを含めてわずかに20頁分。そして、その内容はメーカーサイトの「宣伝記事」を一歩も出ない。つまり「こういう製品がありますよ」にすぎない。
 余は、驚愕した。こういう遣り方でこの業界(関係図書出版社、著者達)が成り立っている不思議さ。2500円もした。

 一つは、思った以上の良書。
 もしかしたら十年以上座右に置くような図書に出会った。90センチX60センチ(つまり、我が「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」と同じ大きさ)の小さなレイアウトでHOゲージという大きな列車を走らせる「レイアウト製作」図書だった。詳細は省くが、百戦錬磨の書き手が丁寧に本を作った、とそういう雰囲気だった。出版社は「誠文堂新光社」とあって、もしかしたら余が小学生の頃に読んでいた模型関係雑誌図書の発行所と同じかもしれない。

 で、今サイト検索したところ「明治45年創業」そして、……。なんのことはない「子供の科学」を出しているところだった。そりゃ、出版社のメンツにかけて嘘嘘しい図書はだせないだろう。ともかく、このたび手にしたのはたった2000円(TCSセンサー二つ分!)の図書だったが、読み応えがあり、良書だと思った。

 世の中、違いが大きすぎるのう。

短詩系のこと
 現代短歌や俳句を作ったこともないので(つくると、すぐに狂歌とか、川柳じみてくるので)良くはしらないが、それにしても圧倒的な力量に愕然とすることがある。朝食をとっていたとき、木幡研究所所員がある短歌雑誌をひろげて、「読んでみな」というので、目を向けた。十首あったが、箸(スプーンじゃ)が止まった。

 短歌は小説とは違って、瞬時に目から脳、というか心に突き刺さる。その十首がものすごい勢いで余の目から肺腑を突いてきた。衝撃的だった。
 もちろん使われている日本語が、とりわけどろどろしたものでもないし、刺激的な単語など一切なかった。なのに胸を突いた。ジーンとしてきた。<日本語の力はものすごい><こういう短歌を作る人は、やはり天才なんだろう>と独り言をぶつぶつ言って、朝の珈琲を飲み終えた。

 その歌人は現代女流で著名な人らしい。余と年代が同じだから、余は同世代の優れた歌人と同じ世間に住んでいるわけだ。なにも、勅撰和歌集に名を残した古の人ではない、現代人なのだ。

 素晴らしきかな、この平成の御代なり。

というわけで芭蕉
 芭蕉さんより長生きしている余、とは以前にも記した。
 あの方の俳句(正確には俳諧と言った方がよかろう)も、目から鱗が落ちるような印象を与える。
 芸術を芸術として、詮索せずに味わえるのが一般読書人の特権なのだろう。評論家とか、まして現代日本文学研究者は、その意味では芸術を芸術として味わうことが出来ぬ人が多いと昨今思った。
 いや。今読んでいる現代人の芭蕉評論は面白いがな。

 そうなると。
 歴史を歴史と味わえずに、プロパガンダに走ってしまう国々があって、それに呼応した日本のジャーナリズムとか、愚かしい秀才達がいつの世にも、「世の中を動かしている」と傲岸不遜に振る舞うものが多いことだよ。歌一首詠う気持があれば、その馬鹿馬鹿しさに愕然とすることだろうに。いや、秀才故にそれを知っているからこそ、自らを見つめることを退職するまでしないのだと、思った。

 と、愚痴に傾いてきたので、今夜はこれで筆置き。

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