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2009年5月28日 (木)

小説木幡記:2009/05/28(木)ぼんやりと五月の終わり

 木幡静養と決めたのに、相も変わらず起床は午前五時前だった。
 朝食のあと、薬を飲んだ。
 薬の事だが、医師は「キツイ鎮痛剤ですから、痛みが無くなったら止めるか、日に一回ほどでよいですよ」と言った。実は案の定、昼食後に飲んで午後すぐに胃がもたれてきた。夕食時には軽くなったが、鎮痛剤は飲まぬ事にした。また明日に飲めばよかろう。

 今日も終日床でぼんやりしていた。金曜以来一歩も外に出ず、昨日にやっと合計40分間ほど医院と家とを往復しただけだ。しかし同じ在宅でも、じっとぼんやりしている限りは無痛というのが極楽に思えた。部屋の中は歩けるようになったから、明日は少時杖突散歩もできそうだ。

 などと客観的に書いていると、闘病記そのものになってきた。気持は二十代のままなのに()、身体は年相応とは気色悪いような、当たり前のような、しかたのないことやな。有史以来全国民は平等に、今現在の余の気持を味わっておったのだ。ただし夭折したひとは、知らないままに消えた。老醜を極端に嫌った三島由紀夫さんは冥途でどう思っておるか? たしか45歳で逝かれた。一度は、定家卿のごとく長生きすると気持を漏らした文章もあったが、……

 では今日の日記メモ。

1.夕食の白身魚の天ぷらが佳かった。醤油をつけて食べただけだが、サクリと歯ごたえがあって後はとろけた。不思議。そういえば、余は本式の天ぷら屋へ行った経験がないと、思い出した。「天ぷら」は随分値の張る店らしいが、今夕ほどに美味い物かどうかは、知らず。

2.ぼんやりしながらも、保田與重郎『芭蕉』の下読みを高速で始めた。「やはり」「そうなんだ」「すごい」の連続で半分以上読み切った。が、止めた。多分、今の状態で最後まで読み切ると体調を壊す。すでに数度は読んでおるのだから、慌てる必要はない。
 メモとして、今日のところは芭蕉を西行、後鳥羽院のあたりから連続した文藝としてとらえていた。これはしかし何度読んでも凄まじいとらえ方だと思っている。余は、それがさらに万葉集、家持卿まで連なると知っている。数日後には、そのあたりを最後まで読もう。楽しみだ。
 予断は許さぬところもあるのだが、今夏の論文は久しぶりのヒットになりそうだ。萬葉集の精神を分析したのは、たしか2006年夏だったはず。これもヒットだった。しかし現代畸人傳、日本の美術史と、凡打に終わった。畸人傳は保田の連想の随想形式に難渋し、美術史はおびただしい作品用語の整理に精根果てた。芭蕉は、これはなにかしらうまく行きそうだ。

3.疲れたので夕食前に小一時間、十年ほど昔の海外ミステリを読み出した。「フリッカー、あるいは映画の魔/セオドア・ローザック」文藝春秋社文庫で上下。最初の数十頁は「映画マニアの本かいな」と思って、読み止めるか棄てるかと迷っておったが、気がついたら100頁を越えていて、食卓に付く寸前までむさぼり読んでいた。これ、ものすごい図書かもしれぬ。映画技術はエジソンなんかとは関係なく、遠い昔のマルタ騎士団、あるいはエジプト、……。いやはや、Mu好みの本だ、ふむふむ。イリュージョンというカタカナがえらく気に入った(日頃カタカナ嫌いを標榜しておるがのう)。

4.そうだ。午前中に気がかりが生じて、古いアプリケーションをネットで探して注文した。UMLとは関係はないのだが、概念間の関係を図化するよさそうなソフトだった。今入手しても、使えるのは初夏になってからだが。

 今日はそんなところだ。ぼんやり天井をながめながら、時々せかせかとページを繰り、しばらくすると目をとじて仮眠して、また起きてぼんやりして、今度はデコにハッカ油をぬって、また続きを読んで、昼食とって夕食とって、一日が過ぎてしまった。

 当たり前の様に外を歩き走り、人と打ち合わせして、会議にでて、教壇でえんえんと演説して、屯所で油をうって、実験して、……。そんな当たり前の様に思っている日常が、歩けなくなるだけで消えてしまう。なんとも、現実とは儚いものよのう。

 さて。ミステリの続きを読んで、快眠しよう。
 明日は、鎮痛剤は一回か、二回までにしておこう。散歩リハビリもそろそろと、30分が限度じゃね。
 そうだ、調子にのって図書精読モードにはいるのは止めないと。

追伸
 余は木幡研にいると、すこぶるハルキ君を大切に可愛がっておるらしい。と、指摘を受けた。茶や水を飲みに居間にでるたびに「春ちゃん、どこや?」と声をかけておるようだ

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コメント

静養中のMuの旦那はん

 随分と身体の調子が悪いようですね。季節の変わり目、大事にして下さい。静養が一番。ハルキ君とくつろいで下さい。

 所で、猫は長く一緒にいると言葉が判るんでしょうかね。北海道の娘の家の二匹の猫を観察してると、彼らは我々の言葉を理解しているのではないかと思う時があるんですね。
 
 天ぷら、今度、東京に来られたら『天一』にお連れしますよ、安いですよ。目の前で揚げてくれるのを食べるのがいいですね。

 箸墓古墳、歴博が240年~260年と結論を出したようですよ。日曜日、早稲田で考古学学会で発表するらしいので、出席してきます。

 

投稿: jo | 2009年5月29日 (金) 10時29分

Joさん、箸墓のこと
 http://akatonbo-jo.cocolog-nifty.com/jo/2009/05/post-6b93.html
↑御記事確認。
 さっき夕刊(産経)でも確認。今回は朝日が朝刊と、先んじましたね(笑)

 なによりも31日の早稲田での発表、きっちり記事に留めおいてください。翼あればMuも飛んでいきたいですなぁ、早稲田の森へ。ところでJoさん、学生さんだから、きたいない手拭いを腰につるして、学ランで行かれるのかな。TVにでまっせ!

 今夜、気分体調がよければ、産経の記事を元に、一文書いておくつもりです。

 炭素を使った測定と年輪を使った測定でもって、周辺土器をデータ化したところが強みでしょうね。

「墓」は天皇陵とは扱いが異なりますから、今回のことは宮内庁も動いてくれればよいのですが。

 墓を暴く罪と、国家の始原を明にする責務とを、秤りにかければ卑弥呼さんも許してくださることでしょう。ご神体と同じく、魂を一旦三輪さんに遷して、それからおもむろに最小限の調査をすればよいと思います。斎主にどなたがおなりになるかは、当然すぎるので、筆にはいたしません。

 さて。こまったことです(笑:いや。その、まだ足腰が不自由で)、今夜あたりRSを繰り出して90分で到着し、記念に夜間撮影をと、ふと思いましたが、あはは。やめておきます。

追伸
 江戸のてんぷら、楽しみです。安い? てんぷらって高級寿司と同じで、値段がないほど(時価)天井知らずと聞いておりましたが。ふむ。
 ハルキ君は明確に人語を聞き分けます。想像以上の知能を猫族はもっておりますね。危なくって悪口、陰口も言えません。強烈な仕返しが数分後にありますから。

投稿: Mu→Jo | 2009年5月29日 (金) 17時54分

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