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2009年5月15日 (金)

小説木幡記:2009/05/15(金)「どうする? 鉄道の未来」

 今年は良書に出会うことが多くなっている。最近入手した<増補改訂版>『どうする? 鉄道の未来/鉄道まちづくり会議・編』緑風出版、2009.4 増補改訂1刷、これは余のここ数年の思いをきっちりまとめている。幾つかの解もあった。余自身の切実な疑問にこたえてくれていた。

 カバーに記してある内容紹介をいくつか選び記録し、要約としておく。

1.鉄道にはどんな価値があるのですか?
 鉄道というイギリスに始まった交通体系、日本は明治時代に取り入れた。現代、そして未来の「鉄道」に価値はあるのだろうか? という問いかけに、答えられる人が何割いるのか、余も考えてみた。

2.鉄道を選択するための財政的方策はありますか?
 「採算」という視点からは、儲かっているのは新幹線と首都圏交通と、他の大都市圏だけに思える。ならば、残余は赤字で、赤字が続く企業や組織は消えるのが妥当なのだろうか? 「採算」だけが人間・社会システムを判定する物差しなのだろうか?

3.世界の流れは鉄道よりもクルマではありませんか?
 そう余も思っていた。20代のころ自動車通勤していた時、京都市電の軌道が邪魔で、クルマの側を市電がとろとろ走るのが嫌でしかたなかった。京都市電が廃止されてほっとした。しかし。これは痛恨の、余の誤算だった。余はいまだに当時の余を「考えの足りない、馬鹿者」と罵倒している。 今となっては、京都市の市電撤廃は、稀にみる悪手だったと判断している。さて? この本を読めばわかる。

鉄道中心の街づくりが都市を再生させる! どうすれば鉄道を存続できるのか?

 ↑帯にはこう書いてあった。そして余は思った。<鉄道は田舎と田舎、田舎と都市、都市と都市を結びつける、もっとも安全、安定したクリーンな動脈。これが消えたとき、日本は標準時計の無い世界に戻る。>

 日本の鉄道時間の正確性は世界の中でもトップクラスと聞く。沿線の人は時計代わりにしていることもある。余は青年期まで京福電車(嵐山線)の側で寝起きしていたので、始発と終電が生活のリズムだった。
 そして、都市部や新幹線はその正確性の故に、時には事故を起こすギリギリのダイヤ編成となってしまっている。

 で、なぜ正確なのか。一つは日本人の几帳面さ。いや、几帳面であっても出来ないことは出来ぬ。なぜ出来るかは、「安定」している故に、というものすごく単純な事実に支えられているからである。こういう「安定性」というまれに見る上等な鉄道システムを棄ててまで、地方が疲弊し、道路が渋滞し、ガソリン垂れ流しのような事態を良しとする、そういう常識は一体どこから出てきたのだろう? ……。

 鉄道を廃止し、バス路線にし、そのバスが鉄道時代の利用率をさらに半減にし(鉄道を復帰したとたん、利用が戻った事例も書いてあった)、ついには全国路線バスの廃止。残るは自家用車、トラックに頼る未来の日本!
 自動車運転。
 これが問題だな。ハンディのある人。子供。高齢者。運転免許の無い人。自動車を飼うほどの余力のない人、……。隣町に行くにも自転車か、徒歩か、籠か馬しか方法が無くなる。
 今のままでも大都市周辺の鉄道や新幹線は残るだろう。しかし狭い日本、大都市だけで出来ているわけではない。無数の村や町があって、我が祖国。
 うむ。
 そもそも、鉄道を廃止するときの錦旗「採算がとれない。赤字」これが日本の未来を暗くした元凶だった。

 「採算」は、トータルな視点「費用便益分析」の一つの要素に過ぎない。と、この図書にはその解の一つがあった。
 そこで、余は思った。
 採算が取れないから小中高校を維持できなくなるのか? 喰うて寝るだけの人達は採算が取れないから、年金も出せなくなるのか? 現代でも数割の人は「自衛隊なんて、無駄弾撃って税金使うだけの、赤字組織」と思っておるだろう。だから国防をやめるのか? となると、犯罪者が少なくなったり、防火建築が普及すると、警察も消防もそのうち赤字団体として解散するかもしれぬのう(笑)。 いやいや、クルマの交通事故がある限り、警察も消防救急車も安泰、だなんてブラックな。

 鉄道を帳簿上「採算」レベルで考えた秀才達は未来を見る力がなかったようだ。当時の余と同じ、机上や流行で物事を決したツケが、そろそろ顕在化してきた。高速道路を千円で走らせて、めくらましをかけても、もう駄目だ。底がわれておる。あはは。

 この図書は、明確に以下のような内容(要旨)を示していた。
 つまり<鉄道の採算が取れるかどうかは単に事業者の問題。サービスを受ける人や地域全体の視点で見ると、おつりが出る場合が多い>、<世界には無料の鉄道もある。そう言う場合、事業者の採算という考えは意味をなさない。全体の便益を考えないと間違う>

余の感想
 この図書は、今後余の「鉄道図書館列車」システムを考究するさい、座右の書としよう。
 図書館や博物館は、世界中採算どころか、赤字組織だから、効率・採算が跋扈する世界では、うかうかしていると「廃止」になる?
 赤字路線に「二階建てトロッコ図書館列車」を走らせることの意味をますます確信できた。いや、新幹線に走らせるのは附録とも思った。
 だからこそ、この図書を瞥見し、胸のつかえがおりた。

追伸
 余は生来クルマ好きである。若年時よりハンドルを握っておると精神的に安定するくらい、心身にぴったりあっておる。鉄道がどれほど良くても、逆にクルマ廃止、高速道路閉鎖だなんて、またぞろ馬鹿げたことになったら、鉄道の良さは良さ、クルマの良さもあると、断言する。

 日本の鉄道も賢い人達がいて、線路を走っている電車バスが急に一般道を走り出すシステムとか、非電化線路になると電池で走り停車場で充電しながら走るものも実用研究されているようだ。
 どんなことも、資産と資産とをつなぎ合わせる工夫が必要だと思った。

 たとえば余の試案:鉄道フェリー列車(笑)。
 無敵のEH500電気機関車・三重連の後ろに百台の車載用特殊コンテナがあって、余はまず京都駅まで自動車で行って、適当なコンテナにするりと乗って、そのまま居眠りしたり、列車編成内の図書館・書庫コンテナで読書したり、ディナー取ったりして、気がついたら「札幌、札幌」となる。こういうハイブリッドな世界が早くこんかのう。

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コメント

鉄道の話

 採算だけで話が済む世界ではないかも知れませんね。農業も似たような話かも知れない。住民が生きてゆく為に必要なものですよね。

 鉄道と言えば、カナダの大陸横断鉄道のVIAも私が米国に住んでいた頃は毎日バンクーバから東のトロントへ4泊5日の個室列車が走っていましたが、最近は週に1~2回に削減されたようです。

 日本と同じように山とフィヨルドに囲まれたノルウエーの鉄道は滅茶料金が高かった思い出があります。けど、大事に守られているようです。

 日本でも長距離の列車がどんどん姿を消していってますね。何処か淋しい気持ちになりますが、皆さんのんびり時間がとれない時代になったのでしょうね。だから、鉄道は贅沢なんでしょうね。

 贅沢でない経済の足となっている鉄道、首都圏の地下鉄や近郊私鉄、新幹線は儲かってる。地方のローカル線は赤字。

 しかし、いざという時に鉄道は物資を多量に一度で運べるので重要なんですよね。CO₂を出さないしエコです。

 JTBの時刻表を片手に旅がしたくなりましたね。(笑)

投稿: jo | 2009年5月16日 (土) 07時21分

Joさん、ご無沙汰しております。まだ脳に霧がかかって、仕事に専念すると身体がだるくなる毎日です。
(笑:みんな、そうかもしれないと、ふと思った。つまり仕事をし出すと疲れる)

 採算も、費用便益分析の大きな要素項目ですから無視するわけにはいかないけど、社会全体のシステムを考えるときは、個々の採算は意味が変化しますね。
 そしてどんなことでも一般に、組織や事業は、経年変化で無駄なこと、意味のない慣習にこてこてに染まっていきますから、ときどき「採算優先」で切り捨てたり縮小も必要だと思います。

 しかし食料自足率が減りに減って貿易なしでは餓死するとか、商売専念・国防は傭兵でまかなうのが効率的とか、図書館や博物館は無用の長物だから「文化的」のふりだけして、一括外注アウトソーシングだけですませるとか、……。

 世の中は、賢すぎる秀才達に動かされています。しかし彼らは茫洋とした未来を見つめる能力が欠如しています。眼前の採算に狂奔するのはただの秀才にすぎない。
 もし、百年二百年の天下国家を本気で論じる書生がいても、処世ではじき飛ばされてしまいます。

 日本の社会的基盤、インフラストラクチャーについて、長い視野を持った先生はどっかにおりませんか? 一時期の流行りや儲けだけでは動かない考えをもった大人(たいじん)に話を聞いてみたい。意外にJoさんやふうてんさんがそうだったら、灯台もと暗し(笑)。

追伸
 紹介した図書には、各地域が廃線になりそうな鉄道を、なんとか工夫して再生した事例もあります。現実的な採算は無視できないから、鉄道は地域全体の財産であると共同認知を持ったとき、成功するようですね。

投稿: Mu→Jo | 2009年5月16日 (土) 08時17分

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