« 八十万アクセス(80万/全体138.6万):MuBlogの分析 | トップページ | 北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」 »

2009年4月26日 (日)

NHK天地人(17)直江兼続は戦国婿養子

承前:NHK天地人(16)二代目達の世界:兼続家老となる

 昨年の「篤姫」では小松帯刀(たてわき)さんが幕末の婿養子でした。小松家の兄が病死し妹だけが残ったので、江戸で勉学中の肝付尚五郎さんは君主島津斉彬(なりあきら)からの主命として、小松家を継いで、病弱で嫁がず香を教えている年上の女性と一緒になったわけです。小松家は薩摩で歴史があって、家老が出る家柄だったわけです。そして帯刀は20代で家老になりました。

 さて今年の主人公。樋口与六(妻夫木聡)さんには弟と妹がいて、樋口家は与六(兼続)が嗣ぐはずでしたが、直江家のお船が迎えた最初の婿養子が非業の死を遂げました。そこで、直江家存続に与六さんが出てきたのが今夜の話でした。そして直江家も謙信公以前から越後・与板の名家として、筆頭家老がでる家だったわけです。

 このように現代人の個優先世界からみると、個よりも家を大事にする風潮にはなじみがたいところもあると思います。事実、結婚その他、個の思うにまかせないことも多かったのでしょう。しかしたとえドラマであっても、時代時代の息吹をあじわうことが大切だと思います。今夜、兼続が若後家(死語でしょうか)お船さんと一緒になった経緯を、彼の立場になって考えてみました。すると、日頃は草食系の兼続が、やけにくっきりとその苦渋と覚悟を見せた、その気持がすとんと胸に納まりました。

 お船は春日山城(上越市)から北東に70キロほどの与板(長岡市)に実家がありました。兼続はなかなか会いに行けないのですが、「名家・名跡に目がくらんだ、さもしい男と見られはしないだろうか」と、胸の内を弟与七にこぼします。つまり「家」とは、兼続が思い悩むほどに世間の値うちが高かったのでしょう。名門の一員として家老につき、越後を切り盛りするのは、実は戦国時代ですから並大抵の事ではなかったのですが、それでも世間から羨ましく思われる立場だったのです。個々の実力はあったとしても、家という大家族・集団の一員として動くことが求められ、その家が名家であるほど責任と義務と栄誉とがセットで若い兼続にのしかかってきたわけです。

 今夜の見どころは兼続やお船の戸惑いと、武田(勝頼)の滅亡でした。武田からきた菊姫は上杉景勝の真意にふれて涙を流します。そして、これでついに上杉は孤立しました。ドラマの地図表示では完全に四方を織田方諸将に取り囲まれていました。孤立の中で次回以降、上杉景勝、直江兼続がどのように死地を切り開いていくかが見どころになるわけです。戦場は越中富山の魚津でした。

 気がついたのは、兼続は山伏達を仲間にし、ゲリラというか忍者のような訓練をしていました。山伏といえば、春日山城の西には湯殿山がありますが、これは上杉家が後年移り住む山形県の出羽三山(月山、羽黒山、湯殿山)となにか縁があるのでしょうか? 

追伸
 松方弘樹さんの家康、ずいぶんお似合いですね。頭頂の隆起した、コブを隠した小頭巾とか、先回は扇子を載せて帽子代わりにするとか、細部に凝っていますね。家康さん、ツノでもあったのでしょうか(笑)。 ついでにと言っては失礼ですが、明智光秀さん役の鶴見辰吾さん、私は「義経」(平宗盛役)以来のファンなんです。

|

« 八十万アクセス(80万/全体138.6万):MuBlogの分析 | トップページ | 北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」 »

NHK天地人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: NHK天地人(17)直江兼続は戦国婿養子:

» NHK天地人(18)魚津城の攻防 [MuBlog]
承前:NHK天地人(17)直江兼続は戦国婿養子 大きな地図で見る 地図:魚津城跡 1.今夜の見どころ  魚津城での攻防戦、俯瞰で撮したのが良かったです。CGとは思いますが、全体が見えると分かりやすかったです。これまで(私の昔からのドラマ、小説歴)は大抵、京都から北にむかっての戦いばかりをみてきたので、つまり殆どのドラマでは織田軍の柴田側からみていたので、越後から見た攻防戦が分からなかったわけです。... [続きを読む]

受信: 2009年5月 3日 (日) 21時37分

« 八十万アクセス(80万/全体138.6万):MuBlogの分析 | トップページ | 北九州・門司港を走るトロッコ列車「潮風号」 »