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2009年3月14日 (土)

小説木幡記:2009/03/14(土)復讐の春ちゃん:小猫の知能

 今朝朝食中のことだった。ハルキ(通称・春ちゃん)が余の足に飛びかかって噛みつき両手をふって叩いてきた。一度なら甘えているのだろうと、忘れるところだが、攻撃は執拗だった。払いのけても五度ばかり同じ事を繰り返した。思いあまってお仕置き部屋に入れたが珈琲を飲みかけだったので、戸を閉めずそのままテーブルに戻った。すると、だだだっーと脱兎のごとき走行音をたてて、またしても猛然とジャンプして余の同じ右足を攻撃してきた。

 生後三ヶ月だというのに、これは一体何なのだ、と考え込んでしまった。
 前提として、春ちゃんと余とは仲が悪いわけではない。余が出掛けるときは玄関まで見送りにくる。洗面台に立つと追いかけてくる。まるっきり姿がなくても、「春ちゃーん」と呼べば必ずでてくる。最近は、朝はかならず足にすり寄ってくるので、ご飯のカリカリ(栄養満点の乾燥宇宙食だな)を袋からとりだして皿にのせると、感謝のゴロゴロ音を発し、食べている。

 相変わらず猫じゃらし遊びをすると、延々と余と遊んでおる。しかるに何故? 恐怖を感じるくらいの執拗な攻撃だった。たとえ甘噛みで、手の爪は丸まっていても、力があった。これが来年10キロくらいになって、本気で襲ってきたら、逃げられないなぁ~という怖さだった。

 思い当たる節もある。これは復讐なのだ、と解ってきた。
 高いところが好きなのだが、テーブルに乗るのを厳禁してきた。強い口調で「駄目!」を連発し、降りないときは右手で掴んで(まだ、片手で持てる)、お仕置き部屋に閉じこめる「躾」をしてきた。しかし、最近は知能が発達したのか、一度二度で一旦引き下がり、隙をみてまた登るようになってきた。今朝はそれが朝食前に繰り返された。

 そして。
 余にジャンプして攻撃を繰り返したのは、春ちゃんの「復讐」だと、ようやく解った。
 驚いた。
 単純攻撃ではない。駄目と言ってしばらく余は朝食をとっていたのだから、その間に時間がある。万全の攻撃態勢に入るまで、春ちゃんの脳は何を考えていたのだろう。そこに明確な知能を余は察知した。殴られたら速攻で殴り返すの、昨今キレる少年少女とは違って、江戸のカタキを長崎で返す時間差があった。まず攻撃対象を余と認知した。そして余の朝食の様子を観察していた。余が完全に春ちゃんを忘れて「うまい、うまい」と食事に没頭した頃を見計らって、足を攻撃してきた。この一連の攻撃には本能を越えた「知能」がある。

 余は今朝、生命の神秘、知能の発達という現象に直面し、この世の不思議を再確認した。

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コメント

教育とは?

 非常に愉快に拝読しました。
子育ての時代を思い出したりもします。
このごろときどき駆り出される某F社での新人教育を思い出したりします。
うちはノラなのでこういう苦労はしなくてすんだなあと思ったりします。

 しかしなんですなあ。
ハルキくんはなかなか侮れない衆生のようですねえ。
ネコちゃんのことは全部知っている積りのご主人を慌てさせて春。
あれ?あわてさせてはる変換とやったら春が出てきました。
春ちゃんの呪いやろか?

 記事には書かれていませんが(せんせ~)というお仕事のこともチラッと心に浮かんだに違いないと楽しく愉快に愚察してニヤニヤしております。

投稿: ふうてん | 2009年3月14日 (土) 19時18分

ふうてんさん
 なんとお答えしてよのやら。
 まず春ちゃんですが、たとえば普通に玄関に行っても付いてこないわけでして、服をちゃんと着て(笑)、カバンを持って通り過ぎると、パッと来るわけです。
 本当は、お見送りと言うよりも、ドアを開けた隙に外へ飛び出そうとしているのはわかるのですが、やはり見送ってくれると考えた方が面白いし、そういう兆候もあるわけです。
 部屋を歩くと、ときどき物陰に潜んで、姿勢を低くしてジャンプ、攻撃態勢に入っていることもあります。
 誰に習ったわけでもないのに、獲物(私のこと)を捕獲する術は、本能の賜でしょうね。ただし繰り返し、あっちからこっちから、波状的に仕掛けてくるのをみると、高度な思考のもとの猫行動と思えてくるのです。猫は、猛獣の一種ですよ。
 性格は、あきれるほど甘えん坊です。お茶目です。犬みたいに思えてきます。じゃらじゃらとすり寄ってくるので、時々蹴飛ばしそうになって困ります。まだちいこいので、一瞬一瞬姿が見えなくなります。

 躾とか教育の点では、おっしゃるように、なにかしら現実人間世界を想像しながら春ちゃんを見ております。
 しかしこの問題は昨今の大学では非常に難しい面が多々あって、ひと言では申せません。教育とは有史以来の大問題なのに、みなさんも学生さんも軽く考えているふしがありますね。教育というよりも、積み重ねなしでは、ただの有機体に過ぎないわけでして、壊れたロボットよりもなお対応に窮するものです。まあ、止めましょう。
 ただ、ひと言で言えば、どんなことでもマスターするには1000時間ほどの繰り返し、つまり脳(論理)と心(感情)と手の操作が必要ということです。どれかが欠けているとうまく行きませんなぁ。(いえ、我が身も対象です)

投稿: Mu→ふうてん | 2009年3月14日 (土) 21時55分

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