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2009年2月 8日 (日)

NHK天地人(06)兼続の初陣:演出の変化

承前:NHK天地人(05)織田信長と直江兼続の出合

 意外な成り行きでした。いえ、物語のことではないのです。演出というか、表現方法がこれまでの大河ドラマとは異なってきました。兼続が初陣で相手にした青年とのからみは、周りが暗くなってスポットが当てられていました。木枯らしの吹く場面では、芝居で使われるような、まさに「木枯らし」らしい音響効果でした。上杉景虎の部下達が犬に喜平次(兼続の主君、景勝の幼名)と名付け檻にいれて虐める場面も、舞台そのものでした。昔の大河ドラマ「義経」も様式美を突き詰めた作風でしたが、このたびの「天地人」はキーになる場面を舞台演劇風に表現したようです。

 「義経」の絵巻物をみるような華麗な様式美ではなく、暗転した幕前で無言劇をする独特の、意表をついた演出でした。心理劇の要素を味わいました。ドラマですから、自由度はあるわけです。すべて壮大なロケにする必要もないわけですから、今回の試みは今後も要所要所でみてみたいです。着目点が明確になるわけですね。

 さて、私が面白かった場面は。
 意外にも、初音さんです。
 どうして男子はこういうクノイチ風女性に翻弄されるのでしょうか。しかし見ている分には罪はないわけでして、実際に女性スパイにからまれて身を滅ぼした男性達もいるわけですから、味付けの一品として楽しみました。長澤まさみさんは、とても似合っていましたから、生来のクノイチだったのかもしれません。
 しかし初音さん、信長には嘘を申告しましたね。
「あの若造にあってみたのか?」
「いえ、……」
 これは伏線だと思いました。一つは初音さんが兼続に惚れる伏線。もう一つは、初音さんが信長から離反する伏線。さて、どうなるのでしょう。

復習:初陣
 昔は「初陣(ういじん)」が通過儀礼でした。比較的若く行われ、織田信長が満12歳、徳川家康が満16歳ころでした。今夜の上杉謙信と織田信長との戦闘が天正5年(1577年)前後のことならば、兼続は1560年の生まれですから、17歳前後だったと想像できます。「その時歴史が動いた」風に申しますと、関ヶ原の戦いまで、あと23年を残すところだったのです。
 周りが、失敗しないようにお膳立てをするものですが、戦場は生きていますから無事通過できるのはサイコロの目にまかせるようなものです。双方の軍に初陣者がいたと仮定して、ひきわけではなく「決戦」だったとするならば、どちらかの軍が負けるわけですから、敗軍の初陣者は失敗する可能性が大きくなります。
 事実、兼続が相手して逃がした青年は討ち死にしました。

 勝てる戦で初陣を済ませる風潮と推測しますが、十代で初めて戦場に出て、何割かの初陣者は命を失うわけですから、酷い話です。そして、初陣と元服の前後関係は分かりませんが、初陣をすませると、名目的な元服(個々の成人式)以上に、実質的な大人扱いをされるわけです。
 今夜は、兼続は初陣で失敗しました。その上、戦陣で私闘に及び、謙信から戦場退去、蟄居を命ぜられました。主君の景勝も面目を失いました。

 余談ながら、17歳といえば現代なら25歳前後の雰囲気だと思います。少年法は適用されませんが、若い内の失敗は罪一等減じ、情状酌量の余地を残すのもよいと、ふと思いました。何故なら、戦に怯え、さらに軍法を破った青年兼続は、後に秀吉や家康さえびびらせた名将になるのですから、ここで切腹(織田家中なら軍法破りは死罪でしょうね)していたら、もったいない話ですし、「天地人」は今夜で終わりになります。
 ただし。どう考えても兼続の初陣失敗は大きいです。それがバネになって、今後の展開があったのでしょう。

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