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2009年1月14日 (水)

小説木幡記:2009/01/14(水)古墳、教授の死、会議、倶楽部

 夕食は焼きそばだった。太めの中華麺に野菜たっぷり、極上の牛肉がほんの少し(笑)、そして刻みニンニクを油で充分に炒めたものが味の秘訣、のようだ。デザートは「イチゴに練乳」。余は煎茶と、ソーダー水を仕上げにした。

 最近古墳の話があった。NHKニュースだったが、奈良県桜井市の茶臼山古墳を、橿原考古学研究所が戦後60年ぶりに再調査するとのこと。全長200m以上の前方後円墳。おそらく西暦300年前後のものと推測されている。つまり、大和王権発祥の古墳の一つなんだろう。すでに、緑色玉杖が発見されていて、以前に写真を見たが、素晴らしい色合いと杖のカーブのなめらかさに驚いた記憶がある。調査代表に「寺澤薫部長」という名前が耳をかすめたが、例の(笑)邪馬台国纒向遺跡で著名な研究者だったはず。おもしろくなりそうだなぁ。

茶臼山古墳(すぐ北に三輪山があります)

 もう一つ話は、~。忘れた。確か、関西。仁徳天皇陵か応神天皇陵の近所の220m級の古墳話があったのだが。

 NHKニュースで、中央大学の電子工学教授(45歳)が今朝10時半ころに研究棟のトイレで刺殺されたようだ。未知の方だが、哀悼の意を表したい。40代前後に教授就任と言っていたから、若くて優秀な方だと想像した。余はねっからの文系軟弱の徒と自称してきたが、実は理工系の方達の方が知り合いが多く、なんとなく話しやすい。亡くなった先生も、同じ大学なら話しかけていただろうと、思った。

 多くの大学キャンパス、研究棟や教室は、ホテルと同じく公道のようなところがある。中央大学のような大規模大学だと人の出入りも激しい事だろう。余の通う葛野のキャンパスは真珠のように可憐な大学だし、警備室も365日、24時間機能しているので、安全とは言えるが、ニュースを聞いて、震え上がった。やはり、大学は公道なのだろう。気をつけよう。それにしても、大学に刃物を持ち込んで、人を殺めるとは、世も末だと思う。

 今日は、午前中からずっと会議だった。3つあった。最後の会議が3時間半あったので、疲れた。途中忘れ物に気がついて研究室にもどると、屯所に灯がついていた。覗くと、副長と書記局長とが倶楽部の仕事を大机の上でしていた。教材・機関誌を各地に発送する準備のようだった。それから2時間後、暗くなってやっと会議室から戻ると、まだ灯が付いていた。覗くと、同じ二人がPCの前に座って、倶楽部の別の仕事をしていた。葛野図書倶楽部2001は伝統的に最上級生になると、ものすごく働き者が多くなる(複雑なニュアンスじゃ)。ありがたい。合掌。

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コメント

先生御身大事に

 怖い事件でしたね、未だ犯人は逃亡中です。後から10か所以上刺されているので、卑劣な犯行ですね。

 先生は恨みを買うような事は無いとおもいますが、気をつけてトイレでは廻りをよく観察して用を足しませう。

 桜井茶臼山古墳、再度の調査ですか、今度の目的は何なんでしょうね。新しい科学の力を使うのでしょうね。ヤマト王権初期の時代だそうですから、楽しみですね。

 邪馬台国問題でしょうね・・・・。

投稿: jo | 2009年1月15日 (木) 07時14分

Joさん
 重ねて申しますが、ホテルも大学も、建物があってセキュリティはある程度確保されていても、やはりドアの外は公道と同じですね。以前電子図書館関係で通っていた百万遍の大学だと、廊下向かいの手洗い行くにも施錠していました(本当です)。PCやカバン類はすぐ無くなる世界です。
 しかしお互いに気をつけましょう。

 茶臼山古墳については宮内庁書陵部の指定がないので、つまり陵墓参考墓でもないので、100%の研究対象と成り得たのでしょうね。60年間手つかずだった事情は分かりませんが、大王墓の可能性は高いです。木製棺桶かな? は既に以前発掘されていて、橿原考古学研究所の博物館にあるのかも知れません。
 新たな出土品は出ないと思いますが、構造とか石棺の詳細が分かるのだと思います。

 松本清張さんの小説だったはずですが、あのあたりも昔は盗掘銀座というのか、組織的な盗掘があったようです。古墳の数も全体でどれほどあるのか、掴み切れていない土地だと想像します。

 しかし場所が纒向遺跡直近の真南ですから、あれこれと想像をたくましくしましたよ。

投稿: Mu→Jo | 2009年1月15日 (木) 20時38分

磐余(いわれ)の土地

 何か仮説か、新しい技術を使用して結果を出せると踏んでいるんでしょうね。そうでなければ、研究所は手を下さないと思います。

 今は誰でも足を踏み入れる事が可能なんですね。近くのメスリ山古墳とセットで考えられているんでしょうね。

 丘尾切断型古墳というのは、古い形の古墳なんですね。昨年、韓国の旅をしていてバスの中から山の尾根に沢山のお墓を見ました。

 イワレというのが気になりますね、直ぐにイワレ彦を思い出します。研究者の間では、大王墓という説とアベ氏の祖ではないかという説なのが、あるそうですね。

 面白いですね・・・、早く観に行きたいです。

投稿: jo | 2009年1月15日 (木) 21時06分

Joさん
 最近、反応が鈍くてすみません。いろいろ野暮用がありすぎて、日々こなし切れていない、とそういうことです。

で、決定。
 次回、帰京の折には、邪馬台国周遊の旅(1)「茶臼山古墳」「メスリ」「ホケノ」と、いたしましょう。
 纒向の周辺から攻めるという手法ですな。イワレが先ですよ。

 宇治から90分程度で櫻井北方に着きますから、まずまず。
 ついでに桜井市の資料館と橿原市のカシコウケンも眺めておきますか(笑)

投稿: Mu→Jo | 2009年1月16日 (金) 11時14分

fuji 素晴らしいアイデアだす

 これは、楽しみです~~。是非、お願いしますです。

 3月10日前後あたりには、帰省しますので事前に日程の調整をお願いします。

 桜井市教育委員会ではまだ、発掘の人夫さんは募集しているのかな~~。電話で問い合わせて、可能ならばマキムクでの発掘、やりたいです。

投稿: jo | 2009年1月16日 (金) 12時01分

では、探検・茶臼山古墳といたしましょう。3月ですね。委細はメルにて。

投稿: Mu→Jo | 2009年1月17日 (土) 06時17分

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