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2009年1月31日 (土)

卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡

承前:卑弥呼の墓(008) 箸墓古墳の大規模周濠確認

三輪山と箸墓(2004年11月)
200901dsc00051

JR巻向駅(2004年11月)
200901dsc00043_2 今朝の産経新聞の第一面と三十面に「邪馬台国・纒向(まきむく)遺跡」の記事が踊っていた。MuBlogでは昨年八月(2008)以来なので、心待ちにしていた記事といえる。
 ↑上写真は、箸墓周濠に立ってカメラを東に向けたもの。←左写真はJR巻向駅の風景で、1998年と2004年に写しているが変化は無かったから、現在2009年もこういう雰囲気だろう。近いうちに出掛けて確認する。
(ところでわが木幡研で邪馬台国記事を熱心にみていると、大抵は江戸や在京から「ああ、あの岩下志麻さんの卑弥呼だね」(卑弥呼/篠田正浩監督 1974 岩下志麻、三国連太郎、草刈正雄 他)と聞こえてくる)

 産経新聞の見出しを記録しておく。
 1.纒向遺跡中枢解明へ
 2.邪馬台国有力地 来月から初の学術調査 奈良・桜井
 3.卑弥呼即位の場? 奈良・纒向遺跡本格調査へ 研究者、熱い視線

新聞記事の要旨:
 これまで纒向遺跡は昭和46年以来160回以上の調査に及んでいるが、いずれも小規模だったので全体の5%程度しか済んでいない。桜井市では今年の2月から数年かけて一定のケリをつけるようだ。私自身はこの世界に詳しくないので、今後「桜井市埋蔵文化財センター」に通って成果を見るしかないが、現場では発掘の計画が入念に練られていると想像する。(2008年1月の記事では国費補助の可能性があったが?
 第三十面は補足記事で、今回調査される巻向駅近辺は、すでに昭和53年に橿原考古学研究所が調査(寺澤薫部長)した所で、纒向(まきむく)遺跡の中枢と考えられ、時代と地域両面から卑弥呼が強く関係した神殿跡のようだ。

卑弥呼の館(やかた)
 2004年の夏に大阪の弥生文化博物館へ、卑弥呼の館を見学に出掛けた。精密な模型が展示されていた。そういうイメージを今回の神殿跡発掘に当てはめて良いのかどうかは迷うところだが、弥生時代~古墳時代の雰囲気は模型を見ないと想像しにくい。
 ただ、私も長年この関係の図書に親しんできたので、纒向遺跡全体の中心がこのあたりにあったろうとは思えるが、卑弥呼の居館自体がこの平地だったとは想像しにくい。
 次の地図の等高線で言うと、標高130mあたりの高台に卑弥呼が住んでいたと想像する。現代の檜原神社の高さで、おそらく造成中の古墳群や、執務(政務)館を見下ろしていたのではないだろうか。姿を見せなかったのは、下界の神殿は空白で、実身は大和全景を日々眺めていたからだろう。真西には落日の美しい二上山が正面に見える絶景の土地柄である。
Photo
 (↑プロアトラスW3で巻向駅近辺から三輪山頂上までを測定しました)

纒向遺跡の難しさ
 纒向遺跡は弥生時代末期から古墳時代にかけて、2世紀から3世紀の大規模遺跡と言われている。東西2キロ、南北1.5キロが想定されているから、その規模の上でも発掘調査が完了するには何十年もかかるかもしれない。既に昭和46(1971)年以来発掘し今年で39年目に入る。それで5%というのだから、先の困難が思いやられる。真ん中にJR奈良線と国道169号線が走り、宮内庁書陵部管轄の箸墓(やまとととびももそひめ墓)があって立ち入りは思うに任せない。
 しかし2008年8月には、現在の箸墓全景からは想像もできない450mもの全長を持つ周濠遺構も見つかった。この2月からの調査がどういう進展をみせるのかは、奈良県だけではなく北九州から全国に及ぶ関係者や好事家の注目を浴びることだろう。
 私は隣県京都府宇治市在住なので、自動車やJRだと2時間でゆっくり現地をみることができる。元気なうちに三輪山神話の現実化をこの目で見ておきたい。

地図
 今回の大規模発掘は、昭和53年に「神殿跡」と推測された450平方mで、産経新聞朝刊(2009.01.30)第一面の図をAlpsLABとGoogleとで再表示してみました。私が指定したところはおおよそJR巻向(まきむく)駅付近と分かるだけで、正確ではありません。


大きな地図で見る

参考 (インターネット上の新聞記事は、後日リンクが切れるかもしれません)
  「「邪馬台国」の中枢解明へ 奈良・纒向遺跡を2月から初の学術発掘」(MSN産経2009.1.30 22:23)

MuBlog記録
  三輪山遊行(1)巻向から箸墓

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受信: 2009年3月 2日 (月) 00時12分

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間接承前:卑弥呼の墓(010) 『三輪山と卑弥呼・神武天皇』笠井敏光、金関恕、千田稔、塚口義信、前田晴人、和田萃(あつむ).学生社、2008.8 直接承前:卑弥呼の墓(009) 卑弥呼の館周辺を発掘開始:奈良県桜井市纒向遺跡  一昨日(20日金曜)の夜間にインターネット(産経ニュース)で纒向遺跡・宮殿跡の発掘ニュースが流れた。そして昨日21(土)の朝刊では「卑弥呼宮殿の一角か 特異な張り出し柵や建... [続きを読む]

受信: 2009年3月22日 (日) 02時10分

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