白髭神社と鴨稲荷山古墳:近江の継体天皇 (0)はじめに
先に、「小説木幡記:2008/11/23(日)Jo翁との遺跡巡り:湖西の白髭神社と高島市」で記しましたが、表記の滋賀県高島市・白髭神社と、近くの稲荷山古墳を訪ねてきました。目的の一つには、継体天皇の父親と言われる、応神天皇四世の孫の故郷を実地に見ておきたかったことです。
ご承知のように同行したJo翁も私Muも考古学者・歴史学者といった専門家ではありませんが、歴史全般に関しての態度というか、考えは若年時から持っておりました。その現れが「現地を見てみる、眺めてみる」という行動につながっているわけです。たとえば、神社や古墳が、なぜその地にあるのか、現場を確かめることで、机上で得られる知識以上の全体像が見えてくるものです。もちろん川や渚の位置は変化します。琵琶湖ですら太古は三重県あたりにあったと知っています。しかし文明史の中では、人智をつくした建物や遺跡の数々は、そのおかれた場所の景観を眺めるだけで、より深い洞察をえることが出来ると経験的に分かってきています。
今回の紀行は、「継体天皇の祖地を訪ねて」と、テーマ名を付すことにしました。しかし肝心の継体天皇の父親「彦主王(ひこうしおう)」関係遺跡(御陵など)ではなく、別の箇所を訪れました。これにはきっとMuBlog特有の謎があることでしょう(笑)。
写真の白髭(しらひげ)神社は湖岸を走る国道161号線にそって座(ま)します。宇治市を午前9時にでて、丁度1時間で到着しました。
御祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)と伝えられています。サルタヒコといえば容貌魁偉で有名です。口が赤く目が光る巨人ですから、普通の神様ではありません。ニニギノミコトの天孫降臨で、世界を明るくし道案内をした土地鑑のある神様ですから、いわゆる国津神(地上の土着神)と考えられています。しかし容貌を想像すると、渡来系の一種の激しさを感じます。そこから、Jo翁が車中でもらした「シラヒゲは漢字で白髭を想像して老翁、長生を考えるよりも、新羅(シラギ)とちがいまっかぁ」という説の信憑性が高く思えました。なんとなく古代は、日本列島も朝鮮半島もごった煮状態で混ざり合っていたのだと想像しました。ゴールドラッシュのアーリー・アメリカに似て、気候温暖・風光明媚な日本列島には周辺地域から沢山の人々が訪ねてきて住み着いたことでしょう。
なぜ湖西の北辺・僻地(高島市の方達に、すまないことです。あくまで言葉の綾)に、全国290前後も分社のある白髭総大社が、この地にあったのか。琵琶湖という当時の一級国道沿い、その要害地であったことは確かでしょうが、同時にこの地が渡来人の祖地だったと考えても間違いではないと思いました。
さて、神社裏の山手にある磐座(いわくら)など、心惹かれた当地の詳細は(1)に続きます。
白髭神社にお参りをして、湖中鳥居にお別れしたのは午前11時前で、昼食のあと訪ねたのは隣町の高島歴史民俗資料館でした。そこでは珍しく写真を自由に撮ってよいとの許可をいただき、気になる展示品や掲示物をカメラに収めました。
写真は、鴨稲荷山古墳跡、すなわち往時の前方後円墳・復元模型です。6世紀と言いますから、継体天皇の後の時代のものですが、当時のこのあたりの支配者三尾氏族長の古墳と推定されています。前方後円墳といいますと、Muなどは古い時代の「縦穴式」を想像するわけですが、この古墳は横穴式のようです。模型では、横穴の位置が分かるようになっています。そして実際の古墳は、この資料館の北側にありました。その詳細は、(2)に続きます。
なお、現地表示には「稲荷山古墳」とありますが、資料館では「鴨・稲荷山古墳」と地域を限定しています。これは関東・埼玉県の著名な稲荷山古墳(ワカタケル大王、……と銘のある鉄剣出土)と間違わないようにする配慮かと思いました。そして、なぜ「鴨」なのかについて、Jo翁と私はひとしきり話し込みました。この高島市には地名に松尾神社や鴨川や貴船神社、鴨神社があるのです。京都市と似ているわけです。鴨川は千葉県鴨川市に同じ地名があると知っていましたが、よく似た地名が重なると不思議な気持ちになってきます。
続く
(1)白髭神社
(2)鴨稲荷山古墳
参考
これまでJo翁と同行した紀行文をリストしておきます。
・私の京都:木嶋神社の三柱鳥居:魔界巡礼秦氏の謎
・私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎
・恭仁京と紫香楽宮 (0)はじめに
・・・・(1)恭仁宮跡
・・・・(2)紫香楽宮(甲賀寺)跡
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