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2008年11月15日 (土)

硫黄島からの手紙/クリント・イーストウッド監督(映画)

承前:小説木幡記:2008/11/01(土)父親たちの星条旗(映画)

 2時間20分の映画があっというまにすぎた。栗林中将役の渡辺謙と、(バロン)西中佐役の伊原剛志とが特に印象に強く残った。

 場面としては、栗林司令官の訓辞場面が秀逸だった。「天皇陛下万歳」とか「悠久の大義に生きる」とかが、アメリカという当時敵国の現代監督によって、おしげもなく、現代東アジアにおける日本の政治的配慮には考慮せず、切実にリアリティを持って語られるところが、この映画の心髄だと思った。

 映画は常にプロパガンダ(主に政治思想・宗教宣伝)の意味を深く持つが、イーストウッド監督はそういうものを捨て去った、鳥の目・昆虫の目で「硫黄島の戦い」を描いたのだと思う。
 最後の突撃前夜の司令官訓辞は落涙禁じ得なかった。<諸君の勲功は、必ずや後世の国民から、靖国で、涙をもって偲ばれるだろう>という内容だったが、この時役者の渡辺は栗林中将に同化していたことと思う。そして訓辞の最後は、軍刀を半身抜き「余は常に諸子の先頭にあり」と言い、鞘を棄てるシーンだった。

 「父親達の星条旗」と「硫黄島からの手紙」という複眼を使ったイーストウッド監督の手法に近似のものを、小説では以前村上龍の「半島を出よ」で語った。村上龍は、北朝鮮の将官、政治状況、工作員にたいしてすら視点を同化し、事態を鳥の目で眺め、瞬時に昆虫の複眼を作品に導入した。
 そして日本という他国の歴史視点を、アメリカ人が深く扱ったこの映画は、監督の才能と余裕の結果でもあったが、それよりも、参考↓にあげた渡辺・伊原のインタビューによると、イーストウッド監督は日本人俳優達の言葉選びを自由に任せた、つまり原案英語脚本に日本人という一つの視点を丁寧に扱い導入したから、この映画の完成度が上がったのではないかと思う。

 監督が、アメリカ国内やアジア諸国の政治的バランスを抜きにして、映画芸術のバランスにこそ専念したことが、この『硫黄島からの手紙』という秀作を残し得たのだろう。だから、語る言葉の一つ一つが、平和的言辞の糖衣に包まれてはいなく、直裁だった。

 大半が洞窟基地の中で描かれる日本軍、そして大海原を埋め尽くすアメリカ海軍の艦艇。描写は、それぞれが「父親達の星条旗」と反転対応する場面も多いが、「硫黄島からの手紙」単独で日米の対比を鮮明に表現していた。この小さな島を何故に命がけで守らねばならなかったのか、という問いにたいして栗林中将は、一日守れば本土が一日救われるという単純極まる言葉を持って応えた。自決も万歳突撃も、そして脱走も、すべて無駄死にという合理精神が、俳優達や監督によって描かれた。

 さてまとめとして、音楽も良かったが、回想によるエピソード挿入の積み重ね、洞窟内での逼塞感、物量のアメリカ軍、寄せ集め(特に日本陸軍と日本海軍)守備隊の複雑さと葛藤、指揮官の多様性の描き方、これらすべてにおいて破綻が無かった。

追伸
 こういう映画を作った数年前のアメリカや、そしてクリント・イーストウッド監督の存在が、映画もすてたものではない、という感慨をもたらした。世界中の人達が相互に、戦争だけではなくて、歴史も、宗教も、人間も、ゆとりある鳥の目・昆虫の目で描くことを期待できる。

 ついでながら、疑問に思ったこと。
 まず、偵察用小型軍用車を日本軍人が「ジープ」と表現していた。ジープとカタカナでいうのは、米軍の言葉ではなかろうか?
 もう一つは日本兵士が自決禁止を破って手榴弾で自決していたが、この形が小型のスマートなパイナップル形だった。日本軍にも、こういう手榴弾があったのだろうか?

 回想中での憲兵の描き方が幾分ステロタイプだった。もちろん、どのような国、どのような歴史(現代も)でも、小官が権力権威を振り回すのは、現実に山のようにあるが、ステロタイプになりがちなので、監督や脚本の人には、余から注意しておこう(笑)。

参考
 硫黄島からの手紙/渡辺謙・伊原剛志インタビュー (Mu注:内容が濃いです。日本人俳優が、イーストウッド監督と、どのように意思疎通を果たしたのかなど、貴重な資料だと思いました)

 硫黄島からの手紙 - goo 映画

 超映画批評『硫黄島からの手紙』
 栗林忠道(ウィキペディア)

硫黄島

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コメント

イーストウッドの手法

 硫黄島二部作はなかなか良かったようですね。
あんまり(普通の)映画を御覧にならないMuさんの記事としては珍しいなあと思いました。

 当方は、この二部作、見たいと思っていて見逃しました。
ちょうど日本公開の前でしたか、キャンペーンの一環だったのでしょう、彼が来日してテレビ出演していました。
そのときに(私はファースト・ショットを大切にする)という風なことを言っていたのを覚えています。

(僕は多くの監督が役者に何度も繰り返しを要求することで、最初1テイクの素晴らしい演技がどんどん失われていく様を何度も観てきた。だから僕は最も自然で素晴らしい1テイク目で済ませるのだ)
と彼自身が語っていると紹介してくれたブロッグもあります。

 監督作品としては映画館で(マディソン郡の橋)だけは見ました。
Muさんのおっしゃる(回想によるエピソード挿入の積み重ね)という手法はこの映画でも重層的に使われていました。
メリル・ストリープのもとにナショナル・ジオグラフィックのカメラマンだったイーストウッドの遺品が届けられます。
かけていた眼鏡やなんかが写し出されたとき、込み上げるものがありました。

 ロー・ハイド、ダーティ・ハリィで(西武の男)を演じて世に出たイーストウッドはしっかりとハリウッド映画の手法を身につけたなあと(マディソン郡の橋)のラストのタイトルバックがながれるのを見ながら思いました。
回りにいた女性観客たちが何故かクスン、クスンと鼻を噛んでいるので驚きました。

投稿: ふうてん | 2008年11月15日 (土) 23時40分

Mu→ふうてん

ふうてんさん
 映画好きなんですねぇ~。
 さて、「ハリウッド映画的手法」について。つまりはアメリカ映画について、感じたこと。

 むかしNHKのスペシャル番組で見たのですが、アメリカは大昔から、映画内容に関して、巧妙な検閲、ないし製作関係者の無意識の自粛によって、豊かで強く正しく明るい(特にアメリカのお父さん)映画だけを輸出していた、という傾向を知りました。戦時平時にかかわらず「宣伝操作」が上手な国のようです。
 それが過剰になるとトンデモない映画が沢山生まれてしまうわけですが。

 そういう背景は背景として、この二部作は「アメリカ騎兵隊正義の味方」的な視点をこそげ落としている点で、まともな映画なんだと思いました。……。

 栗林将軍(渡辺謙)は、映画の中でコルト45を後ろ腰に差しています。これは若い頃、米国駐在武官だったころのお別れパーティで米軍将校から贈られた「アメリカの魂」でした。

 実在の栗林中将がそういう軍装をしていたかどうかよりも、両国の武人間の気持の交流として目を惹きつけられました。そして、この小道具がどういう風に描写されていくのか、そこにハリウッド的人心掌握の術を感じ、さらにその象徴の扱い方に、監督の美質を味わいました。

 おっしゃるところのマディソン郡カメラマンのメガネと似てはいますが、さて「硫黄島」では、どうだったのでしょう(笑)。

 ハリウッド映画でもインド映画でも中国映画でも、監督の資質に加わって、ある種の迫力というか根性が表れた作品は、どんなものでも、見終わって、胸を突かれますねぇ。

 映画万歳!

投稿: Mu | 2008年11月16日 (日) 07時08分

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