小説木幡記:2008/11/22(土)黄色葉、紅葉そして沢田研二
桜葉の色
昨日早朝、RSのタイヤ近くで黄色から紅色に色が続いている桜の葉を見付けたので拾って座席においた。葛野について机上に飾った。午後になって見てみると、黄色も紅色もくすんでしまって赤茶けていた。鮮やかな朝の葉を綺麗とながめ(だから拾った)、ぼやけた葉を綺麗でなくなったと感じた余は、こういう風に感じるのは人間だからだろうかと、疑問に思った。長い人生でいつのまにか、鮮やかな色彩をよしとして、時間がたってくすんだ色を良くないとしてしまったようだ。猫君もたしかにものに対する態度の違いがあったから、人間固有のものかどうかは分かりにくい。亡くなったマタリン翁は、いろいろ見分けていた。食べ物や、ベッド代わりの敷物や、訪れた数人の少年少女のだれに関心を持つかなど、人間そっくりだったから。
片手にピストル、心に花束
昨夜、食後にNHK-TVを背中で見聞きしていたら、ジュリーの番組があった。頭の片隅にあったか細い記憶が鮮明に蘇った。
「片手にピストル、心に花束。口びるに火の酒、背中に人生を、……。」たぶんそういう歌詞だった。
若いころのジュリーがその部分を何度も歌うたび、「うーむ、よいなぁ、ジュリー、君はたしかに時代の寵児だったなぁ」と呻いていた。「サムライ」という歌だと知った。で、部屋にもどって横臥して、きらきらしいジュリーの歌う姿を思い出しながら、不意に、「そうだったんだ。阿久悠だったんだ」と、はっと気付いた。
実はもう一人有名な作曲家がいて、大野克夫作曲家+阿久悠作詞家+ジュリー(沢田研二)歌手、この三者の力が合わさったとき、相当に偏屈爺である余にも、いまだに深い感動を呼び起こす「大衆歌謡曲」が残ったと、思い出した。
昔よりも良く感じる
自室に早々と戻ったので全編観たわけではない。
そして現在のジュリーがどうしているのかは知らない。昨夜の番組をご本人が観ていたら、面はゆさもあっただろう。そういう舞台姿もあった。ただ、ジュリーの歌の質を、若い頃の余よりも、昨夜の余は数十倍「うまいなぁ」と思ったのは事実だ。沢田研二のことが気になったので、そばに聞いたら余と同世代のようだ(笑)。
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