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2008年11月18日 (火)

小説木幡記:2008/11/18(火)もう一つの世界を創る

 何故なのだろうと、自分のことを考えた。

 たとえば小説を書いている。半歳の休憩を経て、大体週に数回定期的に書いている。一番書きにくいのは毎回のスタート時。一番快感があるのは、たとえば原稿800枚分ほどを書き終えて、それを500~600枚に圧縮するとき。時々前後を入れ替えたり、登場人物3人分を一人にまとめたり、逆に一人分を二人に振り分けたり。あるいは結末を変えたり、自由にできる快感が忘れられない。しかし根っからの長編志向なのか、800枚ほどを書き上げないと、その快感が得られない。なのに、遅筆。
 なにか、もう一つの世界を文字を使って文章構造を使って作り上げる欲求が無くならない。多分、もう一つの世界を我が手にしたいのだ。

 たとえば、図書館列車を頭の中で考えている。ずっと考え込んでいる。しかし時々爆発的に、それを眼前に見てみたいという欲求がわきあがる。小さなボードに線路を敷いて、何度も何度もなめらかに走るように調整する。図書館と見立てた建物を、あっちやこっちや、いろんな所に置いてみる。どんな機関車に図書館列車をひかせるのか、時間をかけてモデルを捜し、ときどき改造する。図書館列車は市販モデルを大抵改造してつくる。
 ようやく線路や他のものがイメージとしてまとまったとき、発泡スチロールを貼り込み切り刻み石膏を溶かして塗りたくり、乾いたら色をぬって、色粉をまぶす。
 なにか、頭の中のイメージを、眼前に見てみたいという欲求が無くならない。もう一つの世界を我が手にしたいのだ。

 たとえば、この8年間ほど学生達と演習授業をやっている。特に支援してくれる学生達には「葛野図書倶楽部2001」という環境を提供し、助勤と名付け、授業構成自体も任せている。序盤では受講生も助勤たちもぎくしゃくする。中盤になって受講生達は「よい作品を作りたい」という欲求が表れてくる。そして助勤たちは、過去の経験を思い出し、新しい作品が円滑に生まれることを願い、そして同時に「うまく行かない」ことを味わう。「なぜ、こうすれば、こうなると分かっているの、こうしないのだろう」と、過去と眼前の現実とを比較する。やがて、受講生達の目が血走り、助勤たちは錯綜する思いの中で、客観的に評価する責務に立つ。
 なにか、私自身が青年時からやってきたことを、助勤達に再現してもらうことを、願っている。助勤達が触媒になって、受講生達が全く新しい作品世界を創る、そのプロセスを眺めている私を発見する。
 私は、私以外の青年が、それぞれの役割の中で、もう一つの世界を生み出す場面を、見つめていたいのだろう。それは、実は私にとって、もう一つの世界を我が手にすることになる。

 現実に倦んでいるのではない。現実は現実として日々創造する過程を見ることや、自分自身が絶え間なく創造する現実の中で、気持ちが温かくなってくる。もう一つの世界を得たいと思うのは、もう一つの世界に立った自分が、現実を検証しているのだと考えた。

 さて。
 その「検証」が、MuBlogの構築だったのだと、今夕、理解した。

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