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2008年10月19日 (日)

NHK篤姫(42)徳川家茂・なにわの死

承前:NHK篤姫(41)小松帯刀の薩長同盟

 14代征夷大将軍徳川家茂(いえもち)は今宵、軍艦奉行勝海舟に見守られ21歳の若さを終えた。
 その若さで、激務心労は激しかったと想像できます。
 家茂は、幕府内で一橋慶喜を将軍に推す中、井伊大老の力で将軍になり、井伊大老が勅許なく開国し天皇の怒りをまねき、幕臣達の画策で和宮の降嫁を、攘夷という条件付きで迎えたわけです。

 攘夷の約束を朝廷と長州に迫られ、京へ自ら出征したのは数度。いずれも、かつての将軍家の威令およばず、惨憺たる中で、後見人の慶喜のやりように歯を食いしばり、孤立無援の大坂城、なにわの土地で薨去されました。

 たしかに、そういう背景からみて、勝海舟が家茂の死に水をとったのは、スジから言うなら唐突なのですが、なぜかドラマの中では、あれよあれよというまに、みている私も勝海舟になって悲哀を味わい、21(数え年)の青年の悔しさを十分丁寧に受け止めた夜でした。

 ドラマでは多分、大坂城でのことはわずかな時間だったのですが、厚みがありました。あれだけの激務をこなし、何一つ成し遂げられなかったという思いを背負ったまま、若くして死ぬ青年の悔しさが、手に取るようにわかりました。
 松田さんという俳優、どこか面影が父親のふと見せた優しさをほのみせて、よい演技だったと思います。

 そしてまた、江戸で大阪からの悲報を聞いた篤姫、足が地に着かないまま嫁に知らせに行く姿、言葉なく涙だけで将軍薨去を和宮に伝えきり、まさかと言ったまま崩れ落ちた和宮。

 お飾りの将軍ではなくて、そしてまた陣羽織なびかせ幕府を切り開いた将軍でもなく、ただ末期の徳川を支え、力およばず上方(かみがた)で病に倒れた若き将軍。だからこそ、今夜の勝海舟、家茂、篤姫、和宮のそれぞれの涙が綺麗だったのだと思いました。胸をつきました。

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