小説木幡記:2008/10/21(火)木幡でわしも考えた/Mu
★ 『木幡でわしも考えた/Mu』
というような本をかいてみたいと思った。
内容はまったく想像もできないが、この「わしも」という、「わて」でもない「余」でもない、「おいどん」でもない、独特のニュアンスが気持よいのだ。そのあとに、「考えた」とくるのだから、この「わし」さんは考える人だとわかる。
「木幡で考える人」、とかけば哲学書じみておもしろくないが、「木幡でわしも考えた」というのは類例がすくなく目を惹くではないか。
ところが、類例がないどころではなく、立派な集英社の文庫本で『インドでわしも考えた/椎名誠』があった。
最近、この椎名氏の図書内容を毎朝毎夕耳にしてきた。余が読んだわけでも見たわけでもない。余が読書好き故か、余の周辺には読書人が多い。その中でも鉄人クラス、最強と言ってもよい読書人が、しきりに「インドでわしも~」の内容を話してくれる。
余は幼少期以来、回りの影響を強くうける質(たち)で、数度同じことを耳にするとすぐにその世界に染まってしまう。この場合、普通なら『インドでわしも考えた』を読むのだろうが、余はもう読んだ気になってしまって、あわてものというか、書いてもいない『木幡でわしも考えた』のことまで、考え出している。
それほどに椎名氏の図書内容は強烈だった。この世の中には、身体張って、命がけで、他の人の真似が出来ない決死の世界に飛び込んで、考えや思想をまとめる人がいるようだ。作家の筆力、行動力とは、ここまで伝染力が強いのかと、毎朝あっけにとられるこの頃だった。
いや、未読でも、耳にするだけでよくわかる。耳学問とは、言い得て妙なり。
★感染したのか体質なのか
余、自らを知るためにここで思い出しておこう。感染したのか、自らの体質によって病気になったのか。病気ではないのか、診断のよすがに記しておこう。
ミステリー病。
森博嗣、京極夏彦、島田荘司 、……。このあたりの感染ルートは、はっきりしておる。あっというまだった。
松本清張、内田康夫。ここは、自然に発症した。
綾辻行人。意外にも、この症例は体質による、自然発症だった。
小野不由美。この病に罹患した時の情景を今でも覚えておる。場所は葛野の屯所だった。不由美菌の入った玉手箱を、言葉巧みにそそのかされて開けてしまったような思いがする。
……。
鉄道図書館列車病。
大局的にみるなら、森博嗣HPからなのだが、実は少年期への挽歌であり、そして引き金は講談社の「昭和の鉄道模型」だった。少年期への挽歌とは、そのころOゲージという三本レールの電車を一台だけ走らせていたことがあったのだが、資金難でそれ以上に発展しなかったうっ積が半世紀つもりつもっていたわけだ。引き金になった講談社のシリーズは、手にするまで数度迷いがあった。衝動買いでは決してなかった。一ヶ月以上悩んだ末に、感染覚悟で手にとった。
もちろん、ここ何年もの授業の間、数年ごとに「鉄道図書館列車」に感染しかかったことが何度もあって、心身抵抗力がなくなっていたのも原因だろう。もう、治らないだろう、不治の病。
漫画世界病。
これは幼児期はほぼ体質から、自然に病になっていた。病弱だったのだろう、日々雑誌「少年」や「冒険王」のことしか頭になく、身体中漫画発疹がでておった脳。もちろん後発の少年サンデーやマガジンが症状を悪化させた。
ここ二十年ほどは、感染源が二つあって、毎日毎晩漫画菌に汚染され続けてきた。最近はまた別種多種の菌にも感染し、まるでバイ菌世界に住んでいるようなものだから、これも生涯治らないだろう。
★病原菌あるいは情報の伝搬
余も、外界から選択的に情報を受容してきたようだ。いや、選択的にウィルスや細菌汚染に身をさらしてきたといってもよい。ある一定の閾値をこえた場合、それが強烈な菌だからなのか、病膏肓(やまいこうこう)にはいってしまった。実に、免疫の少ない、要するに素直な性格のようだ(笑)。
そうそう、ロボット少年司書の場合、これは明確な感染源をおもいだせないので、多分少年期以来のうっ積への復讐劇の一種なのだろう。
勉強好き、研究好き。これは、青少年期に学校で勉強の成績がはかばかしくなかった事へのリベンジに過ぎず、病気とは言えない。まともな世界じゃ。
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