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2008年10月10日 (金)

小説木幡記:2008/10/10(金)直感と記憶

 華々しくノーベル賞が日本人関係者にもたらされた。物理学賞の南部という先生は国籍がアメリカで、永住されているようなので、アメリカ人と考えておる。化学賞の下村先生は、長年アメリカに住まいしているだけで、日本国籍のままらしい。

 こういう世界では今さら国籍がどうのという論議は、無駄にも思えるが、イタリアの学会が物理学賞の益川、小林先生の関係で、イタリアの研究者に与えられなかったのはおかしい! と怒っているらしい(笑)。まあ、オリンピックの金メダル、百個! とか、ノーベル賞50件! とか、なんとなく「全国に、(薬局とか飲み屋)店舗一千軒!」とかいうかけ声に似て、馬鹿馬鹿しい。

 しかし、なぜ馬鹿馬鹿しいかというと、それは余の個人的理由だが、一言。
 なるようになるのさ、余はそのころ、この世にいないという諦念じゃなくて、真理を体得したので、馬鹿馬鹿しく思えるだけのこと。

 さて、世間の祝い事にケチを付ける気は毛頭ない。
 もともと科学少年だから、忘れていた夢を思い出した。科学者って、よい人生だと思う。一応、好きでやっている方が7割以上だろう。好きでやって、なんとなくこの世の真理の一端を見たり経験したりする科学者は憧れの仕事だった。

 20代のころ、数学者、理論物理学者、コンピュータ科学者の、いまから思うと天才みたいな人達のそばで仕事をしていた(司書)。その想い出は、長くなるので今朝は止めておこう。ただ、懐かしいし、今でも「すごいな!」と思うし、その関係の研究者達はもっとも親近感を持つ人種だった。

 たびたび、若い研究者(今では、みんな大家)に語りかけた記憶がある。
 「あんた、何考えてんのや?」
 「うーん」
 「おもろい本あったら、おしえてよ」
 「ええ、じゃ、幻魔大戦。おもしろいですよ」
 「ほんなら、かりるわ」、……。
 ……。

 学問で一番分かりにくかったのは、そのころは素粒子論だった。理論物理学といって良いのだろう。なにかしら、直感的に思えた。何かを覚えていて、それを組み合わせると言うよりも、キラリと光るものがあって、それがぐわーっと脳内でズームアップして、全貌がわかる。そんな学問に思えた。だから、抽象的すぎて、縁遠い世界だった。

 数学は? これはたまたま懇意にしていた大家が、応用数学というのか、一般科学書も書いておられたので、身近に感じた。四色問題とかあって(忘れたが)、それの理屈を書いておられた。素粒子論よりも、分かりやすかった。
 コンピュータ科学? うん、これは理論よりも実践面で役にたった。ただ、30代、40代ころからは、「日本語文章」というものをどんな風にコンピュータのメモリーの中で泳がすのか、整理するのか、というそういう視点で、いまでも大好きな分野になってしまった。

 最後に。
 素粒子論の、少し年上の先生と仲良くなって、余は自宅で、大枚はたいて買ったPC(今なら高級車並の価格だ)を御覧にいれた。当時のBASICで、数学的な曲線をいろいろ描いてみせたら、先生は目を丸くされていた(笑)。というわけで、直感的には一番分かりにくかった素粒子論が、人間としては結構おもしろく味わえたという記憶。

 実は、直感と記憶は別の観点(認知心理学系かな)で書こうとしたが、途中で変わってしまった、あはは。

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