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2008年10月 4日 (土)

小説葛野記:2008/10/04(土)能の周辺

能の周辺
 観能の経験は少ない。若い頃に宇治の神社で薪能があったとき、能を楽しむよりも蚊に刺されて四苦八苦したことや、京都の能楽堂で居眠りしたことや、平安神宮の薪能で行列の長さに唖然としたこと、大阪の梅田近くへ、小鼓を楽しみに行った時は、見知らぬ能舞台にたどりつくのに疲れ切った、……。自宅と大学とを往復するしか無い人生なので、観能に出かけるには一大決心が必要だった。

 能の発祥について、歴史的な興味がそれなりにあった。奈良県の川西市結崎(ゆうさき)あたりが、観世能の始まりのようだ。最初は申楽(さるがく)と言われて「能」という言葉が生まれたのは別に調査しなければならない。また「踊る」じゃなくて「舞う」と言わないと駄目です、とは能に身近な「局長2007」(注)からさんざん言われ続けた。

 私は、観世能ができたころの室町時代について興味があって、観阿弥、世阿弥、元雅(もとまさ)の三代について、周辺をいくつか調べたことがある。そこから当時の「能」は現代の「能」とは異なるものだという、感想が生まれた。まず能役者世阿弥は、おそらく現代のスーパー・スターだったという想像。格式に包まれた現代の能楽とは趣が異なり、見る者達は、上は足利将軍義満から公卿、権門勢家、庶民老若男女まで、寺社で催される観世の踊りや舞いに無我夢中になったのだろう。そう、小柄な美少年・鬼夜叉(世阿弥)は、スーパー・アイドルだった。

 しかし生身から発散する強烈なオーラは、年齢とともに衰え、人気もなくなる。なのに世阿弥は高校歴史教科書に名を残し、中世芸能史では筆頭に位置する人物として現代に続いている。
 世阿弥にはもう一つの才能があった。おそらく物凄く聡明な方だったのだろう。人気故に武士階級の頂点にいる将軍義満に愛されただけではなく、時の朝廷の最高権力者にして歴史に残る文化人だった二条良基(にじょう・よしもと)にも気に入られた。良基から藤原家の一字をもらい、「藤若」という名さえ与えられ、最高の英才教育を受けた。悠々の青年時代だったわけだ。

 世阿弥の書き残した「風姿花伝(ふうしかでん)」という著作がある。美学・芸術学の教科書になるような伝書である。こういう作品があった事実から、観阿弥、世阿弥、元雅(優れた謡曲を残している)の三代で能楽が大成されたと言われるのだろう。しかも、世阿弥の伝書(著作)は、不思議なことに明治時代になって初めてこの世に現れた。それまでの500年間、秘匿されていたのか、そういう物があることに気づかなかったのか、それは分からない。幻想的な話だと私は思っている。

 時々観阿弥が踊り、世阿弥が舞い、元雅が謡曲を考案している三代勢揃いのイメージをすることがある。もとより時代的に観阿弥は世阿弥の二十代に亡くなっているから、元雅はいないのだが。そして、そのころの能を想像し、「幽玄」とか「花」とか、独特の能言葉を直接世阿弥や元雅に聞いてみたいと、思うことがある。

(注)葛野図書倶楽部2001、第七代局長2007

後書き
 先週だったか、授業が終わって研究室でまどろんでいるとノックがあった。入ってきたのは見知らぬ学生二人だった。
「能楽部のものですが、◎◎先生の紹介で、原稿をお願いにまいりました」
「はあ」
 ◎◎さんは、大学で毎日毎週、能学部をしっかり支えている方だった。
「あのぉ、○○先輩からも指導を受けた者です」
「あ、○○君? そうなの」
「ええ、今春卒業されるまで、お世話になりました」
 ○○君は、私が顧問をしている葛野図書倶楽部2001第七代局長で、三年間の付き合いがあった。
「わかりました。書きます」

 私は、いろいろあって、能学部とは微妙なつながりがあり、断ることはできなかった。かといって、能楽そのものを熟知しているわけではなく、「書く」と気安く返事をしたが、翌朝「困ったなぁ」とため息をついていた。掲載する誌面は、能楽クラブが発行する数頁の、肩の張らない小冊子だから、困らなくてもよいのだが、結構たくさんの人が目を通しているのを知っていた。
 偽名変名源氏名を条件にしようと一瞬思ったが、それでは余計に目立ってしまう。学生以外の執筆者は毎号大学関係者ばかりだから、私も葛野で使っている名前を出さないと、混乱が生じる(笑)。

 というわけで、『能の周辺』にタイトルを決めた。周辺をうろうろする原稿なら、書けないこともない。一番書きやすいblogにまず書いて、それをそのまま手渡すという実に効率のよい方法に気づいたとき、胸のつかえがおりてほっとした。

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